12.関係性を探して
「こっち!こっちから恋の悩みの匂いがするの!」
クンクンとベガが鼻を鳴らす。
アンタレスから話を聞いたベガが、今日は相談室に来てくれた。
そして今日も相談室で誰かが来るのを待つ。
……はずだった。
「近い……近いわ……!」
何やら突然、恋の予感とか言って相談室を飛び出した。
昴は呆れながらもベガの足元をライトで照らす。
初対面の時もそうだったが、彼女にはセンサーでも付いているのだろうか。
「……見つけたわ、あの公園、あのベンチよ」
……本当にセンサーでもあるのではないか。
公園のベンチに、若い2人の男女がいた。
2人はほのかに光り輝いている。
でも2人は、公園のベンチの両端に座っており、一言も言葉を交わそうとしない。
「……何してるのかしら、あの2人」
「さあ?ただ座っているだけでしょうか」
観察すること約20分。
両者、全く動きがなかった。
何をしているんだと、昴が自問自答を始めたその時だった。
「ーーじれったいわね……」
ベガはそう言って、草葉の陰からガサッと大きな音を立てて立ち上がる。
2人はそれで僕らに気づいたようだ。
「あなたたち!
ズバリ、恋の悩み、抱えてるんでしょ!」
ビシッとベガは2人を指さす。
2人は突然のことに、呆気にとられていた。
「私が、解決してあげる!
そのための相談室よ!」
「勝手なことを言わないでくれ……」
それを巷ではお節介と呼ぶ。
昴はそう思ったが、諦めた。
「えっと、うちらはべつに付き合ってるわけじゃなくて」
「そう、ぼくらは友人なんだよ」
金色の髪の少女はアウロ、青色の髪の少年はシアンと名乗った。
「男女の友情は成立んんんっ!」
「僕の勘違いならごめんだけど、そんな名前の星ってあったっけ……?」
デリケートな話題に立ち入ろうとしたベガの口を塞ぐ。
最近、昴は星の名前について調べる機会が増えてきた。
そしてそのどちらも、名前を聞いたことがなかった。
「えっと……」
シアンは少し気まずそうにアウロの顔を見る。
アウロは仕方ないと、シアンにアイコンタクトを送る。
「……ぼくらは、アルビレオって言います」
「ぼくら?」
「はい、2人でアルビレオです」
その答えに、ベガは目を輝かせる。
「何それ素敵じゃない!
名前が結ぶ関係性!
燃える、そして萌えるわ!」
「……むしろ逆よ」
ポツリと、アウロが言葉を吐き捨てる。
昴は、しばらく黙ってるようにとベガに伝える。
「逆?もし良ければ話してくれないかな。
さっきの恋の悩みとかは別として、星のための相談室をやってるのは事実なんだよ」
アウロはまた、シアンとアイコンタクトをする。
どうやら話してもいいと思ってもらえたみたいだ。
……話さなきゃ解放されない、と思われてもいそうだが。
「うちら、最初は付き合ってたんよ」
「そう、幼なじみたいな、そんな関係。
ゆっくりと、お互いが距離を測りながら」
2人はゆっくりと、自分のペースで、その関係性を構築していった。
「でも、ある時変わってしまった」
「名前がぼくらを変えてしまった」
「同じ名前という、鎖ができた」
付けられた名前は、アルビレオ。
2人ともそうだった。
それが関係性を変えてしまった。
「うちらは一歩ずつ進んでた」
「お互いを見ながら、感じながら」
「でも突然、同じ名前にさせられた」
「最初は凄く、嬉しかった。
何も考えずに喜んだ。
でも、考えてしまった」
「同じ名前、それは言わば結婚のようなもの。
一緒だと、定められた。
うちらは、一緒じゃないのに」
名前を与えられることは幸運なことだ。
名前をつけられなければ、呼ばれないのだから。
しかし、名前をつけられた時期が悪かった。
お互いに関係を強制させてしまった。
「ぼくらはそれで、距離があることを再認識してしまった」
「改めて考えちゃったの。
こんなにも距離があるのに、一緒にはなれない」
「それなのに、一緒の名前」
「ぼくらは名前のない関係性になってしまった」
ベガはその話を聞いて、少し難しい顔をした。
……おそらく、もしアルタイルとこうだったら、と考えているのだろう。
「それなら……。
こんなものがあるのよ!じゃん!」
何を言い出すかと思えば、ベガは花火を取り出した。
「まずはこれ!
定番の吹き出し花火!
この強い光と、勢いよく上がる煙が花火だけじゃなく恋も燃え上がらせるの!」
そんなことを言って、吹き出し花火を手渡すと、バケツの用意をする。
シアンが自分の花火に火を点ける。
そして燃える花火をアウロの花火に近づける。
何も言わず、アウロの花火に火を点ける。
「……ねえ、昴くん?
あの2人、やっぱり付き合ってないわよ。
熟年夫婦よ、あれは」
ベガから貰った花火を、アウロとシアンはキレイだと言い合っている。
しかし、そこからの発展は見込めなかった。
「ええい!次はこれよ!
王道!線香花火!
このドキドキ感が吊り橋効果的に作用して、距離もぐっと縮まるはず!」
いそいそと、ベガは線香花火を手渡した。
「私!私が火を点けるから!
ジッとしててね!」
「は、はあ……」
「まあ、いいけど……」
ノリノリなベガに反して、2人の間に何とも言えない空気が流れる。
2人は肩を寄せ合い、同時に火が点くように構える。
やがて線香花火に火が
「消えた」
「はやっ!?」
今日は、冬のそれなりに風のある日だった。
花火はパチパチと音を立てる前に地面に落下した。
ベガは落ちた花火を悲しそうに見つめていたが、すぐに立ち上がる。
「ま、まだ策は尽きてないわ!
次はあれをやりましょう!
愛してるゲーム!」
「また懐かしいものを……」
少し前流行ったあれだ。
愛してるって言い合って、照れた方が負けの。
「一応やったことあるけど……」
「うちら決着つかないよ?」
「そう言ってられるのも今のうちよ!」
戦わない人が一番威勢がよかった。
アウロとシアンはため息一つ。
ベンチで互いに向き合った。
「じゃあうちから……愛してる」
「アウロ、愛してる」
「シアン、愛してる」
バリエーションを変えながら、距離感も変えながら、愛してるの応酬は続く。
30回はゆうに超えただろうか。
照れるような気配は、一切ない。
「……どういうこと?
あの2人、お互いに全くその気がない……?
いえ、違う、これだけ言われるとさすがにその気になったりもする……。
まさか……愛してるという感覚すら、当たり前の領域に……!?」
隣でブツブツと、ベガが何かを言っている。
おそらく、ベガとアルタイルだと一往復もせずゲームセットなのだろう。
今日の公園では、愛してるという言葉が、行き場もなく漂い続けた。
キィキィとブランコの音が寂しげに響く。
愛してるゲームは喉が疲れたため中断となった。
なんの成果も得られなかったベガは、ブランコで寂しく揺られていた。
「えっと……ごめんなさい」
「いや、謝らないでくれ。
むしろ、謝らせてくれ……」
辺りは気まずい空気が立ち込めていた。
「ベガさんは、きっとうちらのヨリを戻そうとしてくれてたんだけど」
「きっともう、この関係性は戻らない」
「うちらはこの、名前のない関係性のまま、モヤモヤするんだろうね」
名前のない関係性。
名前がついたからできた、名前のない関係。
それは嫌でもーーナナのことを連想させる。
「……僕は、名前を呼べないってことは、すごく悲しく思う」
ナナにもし、名前があれば。
僕は彼女を呼べたかもしれないのに。
ナナの名前を呼べたのなら。
今度こそ、気持ちを届けることが出来る。
名前が、無いからーー。
「昴さん、名前って、そんなにいいものじゃないんですよ」
「……そんなことは……っ……」
2人の今を知り、昴は言葉を詰まらせる。
……名前がなければ、呼ぶこともできない。
でも、名前があれば縛られてしまう。
なんて、皮肉なものだろうか。
「だから、名前なんてーー」
「……あなた達、名前を神格化しすぎじゃない?」
アウロの言葉を遮って、ブランコの方から声がした。
「名前が大事なのは分かるわ。
この名前が私なんだー!ってそう思うのも。
でも、名前なんて所詮は名詞でしょ?」
ベガは立ち上がり、そう言う。
その言葉は、昴には言えない言葉。
「あなた達みーんな、名前ってものに縛られてるのよ。
きっと、またあなた達の関係に、意味のある名前がついたらまた拗れると思うわよ?」
「そ、そんなこと……!」
「ないかもね。それは私にも分からない。
でも、あなた達は関係と役割、一緒に考えちゃってないかしら。
関係なんて変わっていいし、強制もされるものでもない。
言ったじゃない、名前は名詞、ただの道具に過ぎないのよ。
それでも、どうしても意識しちゃうなら……」
ーー名前を付けちゃいましょうか。
……それは意味のない行為。
ノワールを思い出す。
名前を付けても、呼べない星。
ーーでも、それは。
決して意味のない行為でも。
誰かの気持ちを満たすことは、確かに出来ていた。
「名前を付けるって、それはまた、あなたの言うように名前に縛られるんじゃ……」
「名前を付けるだけ。
定義とか意味とか付けなくていいの。
あなた達の関係を表す言葉。
意味は時間によって変化しちゃえばいい。
それこそ、アルビレオ、これはあなた達の名前であり、関係性そのものじゃないかしら」
「……アルビレオが、関係性……」
「うちらが、アルビレオ……」
2人はじっくり、その意味を咀嚼する。
ベガから与えられた、その名前を。
「……うん、少しだけ……考えてみる」
「また、自分達のペースで、歩いてみるよ」
2人は、少しだけ悩みの晴れた顔になった。
「……ねえ、シアン?」
「なんだい?アウロ」
「ーー愛してる」
2人は顔を真っ赤にして俯いた。
……どうやら、愛してるゲームは引き分けに終わりそうだ。
***
「あんなこと言ったけど、私達の関係性って、なんて名前が付くのかしらね。
ずっと山だけの、この関係」
私はきっと、求めているんだ。
谷を。
何かの事件を。
「……やっぱり、恋に試練は付き物よね」
ーー私達には、いつ来るのかしら。




