10.理想の自分を探して
「……レグルス」
辺りの木々が大きくざわめく。
舞い散る木の葉は、一つの影を作り出す。
影からはバチバチと、小さな稲妻が飛び散る。
「……まさかお前に呼ばれるとはな」
レグルス。
以前相談室に来ていた相談者。
「来てくれてありがとう、レグルス。
少し、手伝って欲しいんだ」
「なるほどな。
ナナが消えて、それでも相談室を続けるために……か」
レグルスは腕組みしながら話を聞いていた。
ナナが消えたこと。
ナナのいない相談室を続けようとしていること。
その全てを話した。
「……それで?なんで俺なんだ?」
「今の時期見える星で、一番観測しやすかったから……」
「お前なぁ……」
レグルスは呆れたように頭を掻く。
以前も、レグルスの前では思ったことが全て口から出ていたことを思い出す。
「まぁ、そんなとこだろうとは思ったよ。
分かった、協力してやる」
どうせ暇だしな、とレグルスは照れたように付け加える。
「ただこの見た目は変えるつもりはねぇからな!」
「分かってるよ。
むしろ変えないでほしい。
ありがとう、レグルス」
「ただ、さすがに毎日ってわけにもいかねぇし……どうすっかなぁ」
そんな風に、相談をしているとコッコッと階段から凄く小さな足音がした。
「相談室……やってますか?」
それは明らかに無理をした裏声。
全身フードの、怪しい人物。
零れる光から、星だと分かるが……。
昴には不審者にしか見えず、恐怖した。
「あ、ああ……えっと……」
「やってるぞ、相談か?
とりあえずそこに座るといい」
レグルスがテキパキと席へ誘導する。
昴は自分が情けなく思いつつ、次回からはこうしようと心に決めた。
「ありがとうございます……」
階段の方向をチラリと見る。
誰もいないことを確認すると、ふぅと一息ついてからフードを脱ぐ。
青白い髪に水色の輝く瞳。
整った白と青の制服。
その姿は、本人の輝き抜きにしても、輝いて見えるほどだった。
「単刀直入に、相談させていただきます。
リゲルの本来の姿とは、なんなんでしょうか」
その完璧青年は。
唐突にそんなモラトリアムなことを言うのだ。
リゲル。
オリオン座の左足元に位置する多重連星系。
その明るさは、全天で7番目の明るさを誇る。
「……リゲル本来の姿?
今の姿はキミの本来の姿じゃないのか?」
リゲルは言い方が悪かったと、少し頭を悩ませる。
「なんといいますか……。
そうだ、僕って昴さんからどう見えてますか?」
唐突にそんなことを言われ、昴はリゲルを見る。
整った毛髪、シワ一つない制服、非の打ち所のない立ち振る舞い。
「なんというか、いかにも強くて明るい星だと分かる感じがする。
例えるなら……生徒会長もやりながらテニス部主将も兼任する才色兼備な生徒、かな」
「そうなんですよ!」
リゲルはダンッと立ち上がる。
恥ずかしそうにコホンと一つ咳払いして、再び席につく。
「そうなんです。
それが僕の目指した理想の姿でした」
「分かんねぇけど、理想の姿になれたんならいいじゃねぇか」
レグルスのその言葉に、リゲルは首を横に振った。
「いえ、それはみんなが求めた姿。
みんなの求めたリゲルなんです。
そしてそれも、形だけなんです。
僕は今も、他の光に支えられてばかりだ。
それなのに……僕だけしか見られていない。
僕に寄り添ってくれるみんなの輝きは見られない……」
きっと、このリゲルは自分の輝きに気づいていない。
周囲の輝きが全てだと思い込んでいる。
昴はそう理解し、その答えも持ち合わせていた。
しかし、その言葉は、まだ彼に届かない。
それも理解していた。
「……そっか。
それなら、一度違う自分になってみようか。
ね、レグルス?」
「……なんで今、俺の方を見た……?」
レグルスは嫌な予感を感じ取り、顔を引きつらせた。
「また足閉じてんぞ!」
「は、はい!」
「返事がちげぇだろ!」
「お、おう!」
なんかコンビニの前で面白い光景が広がっていた。
ヤンキーを伝授する金髪と、必死にメモを取りながら学ぶ優等生。
そしてそれを遠巻きに見つめる昴がいた。
コンビニの前が、鬱陶しいくらいに光り輝いている。
昴は心の中でこのコンビニに謝罪した。
「なかなかサマになってきたじゃねぇか」
「お、おう!」
ヤンキー座りに慣れていないのか、リゲルの足はプルプルと震えていた。
「……俺も別にこんなこと、やるわけじゃねぇんだぞ……」
レグルスは小声で文句を吐く。
「何すりゃいいのか、分かんねぇけど……。
とりあえず、それっぽいセリフからいってみるか」
頭を掻きながらも、レグルスはヤンキー練習を始める。
「俺が今から言う言葉を、ヤンキーっぽく言い直してみろ。
まずは軽いものから……あなたはどこの中学校に通っていましたか」
レグルスの言葉に、リゲルは頭を悩ませる。
そして爽やかな笑顔で答える。
「キミはどこの中学校出身なのかな?」
「ちげぇよ!
お前どこ中だ?ああ?
聞いたことくらいあるだろうが!」
こんなヤンキーが上にいたら、さぞかし女子率の高いことだろう。
「次だ次。
あなた、誰に向かって物を言っているか分かってますか?」
「ムリだよムリムリ!
そんな厳しいこと言えないって!」
「まだ直す前じゃねぇか!
言うだけでなんでムリなんだよ!」
レグルスは大きくため息をつく。
どうやらこの方法はダメなようだ。
「それなら、顔だけでもなんとかするか。
……そういえば、前もこんなことしたな……」
レグルスは手鏡を取り出す。
それをリゲルに手渡した。
「その鏡に向かって、睨みつけてみろ。
よく言うあれだ、ガン飛ばしてみろ」
リゲルはまた少し悩む。
怖い顔、怖い顔……と小さく呟いた。
「……こう、かな」
「……お前それ、自分で見て本当に怖いか?」
そこには、精一杯の笑顔を崩そうとして奮闘する微笑ましい姿があった。
「ほら、もっと目を細めて。
口角はもう少し上げてみろ」
「こ、こうかな?
あ、なんかこの顔やりやすい!
できてる気がする!」
「そりゃお前、満面の笑みだからな」
目を細めたせいで鏡が見えていないらしい。
きっとずっとやってきたのだろう笑顔がそこにあった。
諦めたレグルスはヒョイと手鏡を取り上げる。
レグルスはその手鏡で、少し自分を見つめる。
「……ニィッ……」
「すごい……すごいよレグルスさん!
とても怖い!」
目を細め、口角が上がり、間違いなく闘争を楽しんでいる。
そんな笑顔。
「……これが、笑顔なんだがなぁ……」
レグルスはしょんぼりしながら手鏡をしまった。
「じゃあ次は……」
「あ、おばあさん、その荷物持ちますよ」
コンビニの前、一人の老婆が通り過ぎる。
重たそうな荷物を両手に抱え、ゆっくりと歩いていた。
それに気づいたリゲルは、すぐさま手助けに向かう。
「こっちの荷物は俺が持つからな。
家はどっちだ?」
老婆は2人に感謝しながら、荷物を手渡した。
そして2人はそのまま、老婆と共に夜の闇へと消えていった。
「……違うだろ!」
レグルスは戻ってくるなり、頭を掻きむしる。
リゲルも、レグルスも、自然と手助けをしていたようだ。
「ご、ごめんなさい。
困ってる人を見つけたら、つい……」
「そのついって言うのが、リゲルなんじゃないかな」
落ち込むリゲルに、昴はそう声を掛ける。
「改めて聞くけど、今のキミはなんで、自分に不満を抱えてるんだ?」
少し困ったように、リゲルは俯く。
「僕はみんなから、明るく輝く星だって言われてます。
だから、形だけでもと思って、僕を演じているんです。
でも……形だけなんです。
周りのみんなが輝くから輝けるのに、僕一人しか見られない。
だからこそ、みんなのためにも、僕はみんなの求める僕であらないといけない。
だからちゃんと、演じるんじゃなくて自分にしたいんです」
みんなが求めるから。
だから彼はこうなった。
……果たして本当にそうだろうか。
「キミは今、違う自分を演じてみてどうだった?
楽しかった?
意外と楽だった?」
「正直……ちょっと辛かったです。
こんなにも難しいんだって。
レグルスさんを尊敬します」
「ちっ、ちげぇよ!
俺も普段こんなことはしてねぇ!」
突然振られて慌てるレグルスをよそに、昴は話を進める。
「そう、無理をしてるって自分でも思っていた」
「い、いえ、それは慣れていないだけで……!」
「そうだね、いずれはたぶんそういう自分に慣れる。
そしてそのうち、中身も追いついてくるんだ」
そう、慣れるんだ。
そして、なれるんだ。
「キミは今、自分の理想に慣れてるんだ。
そして、理想の自分に成れているんだよ」
「で、でも僕は形だけで……」
「形だけの何がダメなのかな。
周りのことを思い、周りのために行動できている。
僕はその時点で、それは理想の自分だと思う」
そして、それを自然体で行えるリゲルは、それこそが自分自身なのだ。
「……誰かになるのは、凄く難しいことなんだ。
ずっと、自分の中に自分が残り続ける。
俺も……」
レグルスはそう言いかけて、言い淀む。
顔を横に振ると、続きを話す。
「だからこそ、今お前がそうなれたんだ。
その内側の自分も、理想の自分になったんじゃねぇのか。
それこそが、今の本当のリゲルだ」
リゲルは少し俯き、振り返る。
数秒間の沈黙。
やがて、納得したように一つ頷いた。
「うん、そうかな……そうかも。
ありがとう、おかげで僕も、リゲルとしての役割が見えた気がするよ」
昴とレグルスは、その言葉を聞いて、顔を見合わせて笑った。
いずれは、自分の輝きにも気づいて欲しいと、そう願いながら。
***
「俺は、なれてないよな」
虚空に向けて、レグルスは言葉をこぼす。
「いや、ダメだろ。
俺はレグルスだ。
レグルスじゃなきゃ、ダメなんだ」
それは、小さな独白で。
「……お前がそれを言うなよ。
お前を見たからーー……」
それは小さな、会話だった。




