1.新月の夜に、キミを探して
今日は新月だった。
夜空の星々は一切の遠慮なく、輝いている。
星の一つ一つが、僕に語りかけてきている。
そんな気持ちさえしてくる。
「…………キレイだ」
僕はその中でも一番輝く星を見つけたんだ。
その星の輝きは、月が出ていないことすら忘れさせるほど眩しかった。
それと同時にどこか、儚げで美しい光だった。
神谷昴。
地方で一人暮らしの大学一年生。
なんとなくで勉強し、高校は地元の中堅進学校に入学。
友人と同じだからという理由で理系を選択した。
大学では就職に有利そうだから、と情報学科を選択。
受験勉強の成果もあって、無事第四志望の大学に拾ってもらった。
「……我ながら、どうかと思うよ……」
そんな彼は今、夏休みも折り返しという時期だった。
昴の大学は夏休みの開始が遅く、秋も終わりに近づく頃大学が始まる。
夏休みは昴にとって、学校に行かないだけの平日にすぎなかった。
行きたい場所も、趣味もない。
かといって目標もない。
お金もかからないからバイトも少量。
「……これが過小評価だったら、どれだけ良かったんだ」
真面目に生きてきたつもりの昴の頬に涙が流れる。
そんな昴にも、好きな場所があった。
家からさほど距離のない、山の中腹にある廃天文台。
星には全く興味無かったが、あの寂れた雰囲気とキラリと光る望遠鏡が昴は気に入っていた。
中でも夜の景色は一段と光って見えた。
そこだけ光源でもあるのではないかと思うほど輝いていた。
そんな場所へ向け、夜の山道をスマホのライトを頼りに歩く。
「……今日は天の川が綺麗に見えるな」
空を見ると、天の川が頭上で輝いていた。
天の川が、自分の歩く道と重なってみえる。
なんだか少し、ワクワクした。
月のない夜は、星が一段と光ってみえる。
今日は、そんな夜だった。
山道はしばらく整備されておらず、荒れに荒れていた。
半ば獣道と化した道を歩くこと40分。
ようやく目的の天文台が見えてきた。
壁面にはツタが回っており、一部壁には亀裂も入っていた。
入口付近には立ち入り禁止の看板が倒れていた。
昴は看板の隣を素通りして中へと入る。
階段を登るとそこには、いつもの望遠鏡と、開けた景色が広がっていた。
「…………キレイだ」
ポツリと、そう呟いた。
私を見てと主張するように鋭く光る星。
その後ろで鈍くも色鮮やかな光を放つ星々。
その光を拾って、鈍く光る望遠鏡。
そのどれもが神秘的だった。
しかし、より一層、昴は神秘的なものを見た。
赤白く光る髪。
琥珀色の目。
どんな星より一番輝き、それでいて儚げにみえる少女がそこにいた。
「……あなたも、星を見に来たんだ」
その少女は、ゆっくりと振り返って問いかける。
満天の星空を背景に、昴を見つめた。
「えっ、あっ、いや、その……ただここが、好きで……」
「……そうだったんだ。
ごめんね、変なこと聞いて」
言うと少女は再び夜空に向き合った。
「いやいや、好きだよ!?星!
めっちゃ見たかったんだよ!」
「あはは、嘘はいらないよ。
……私も、この静かな時間、すごくいいと思うから」
なんとか話をしたい昴は、咄嗟に嘘をついた。
振り返ることもなく、スパッと会話を切られる。
「でも、もし本当に星が好きなら、好きな星とかあるんだよね?」
「えっと……ベガとか、アルタイルとか、デネブとか……あとオリオンとか!」
「はは……オリオンは星座だよ」
少女は少し肩をすくめて、笑った。
「あれがベガで、あっちがアルタイル。
その間にある、あれがデネブ。
夏の大三角。有名だよね」
楽しげに、昴が適当に挙げた星を指さす。
「ーー星、好きなんだな」
「……うん、そう。
だから私、もっと星のことを知りたいんだ」
その目は楽しげに輝いていた。
でもどこか、寂しさを滲ませていた。
「ねぇ、知ってる?
……この世界には、星が人の中に溶け込んでいる」
「えっと……それは比喩か何かか?
星座占いとか、そういう?」
少女は首を横に振る。
「星たちは、人の暮らしに混ざって生きてるんだ。
……キミと同じ学校にも、ひょっとしたら名前を偽って生活しているかもしれない」
突拍子もないことを言われ、昴は黙る。
「私はもっと星のことを知りたい。
ちゃんと知って、理解したいんだ」
昴は面白半分で話を聞いていた。
きっと、「びっくりした?」と少女はおどけるだろうと。
でも少女の目は本気だと伝えていた。
「私、相談室を開くつもりなの。
星をもっと、知るために」
「……それは……凄いな」
昴は上手く言葉に表すことが出来ず、曖昧な返事をする。
でも昴には、この出会いが自分を変えてくれるという確信めいたものがあった。
「僕も……何か、手伝えるかな」
昴は星に興味など全くもって無かった。
でも、この少女をもっと知りたいと願った。
少女は昴の発言に少し驚き、微笑んだ。
「…………うん。
ほんとうに興味あるなら……明日の夜もここに来てよ」
少女は少し悩んだ素振りを見せた。
まだ昴のことは信用しきった訳では無いのだろう。
ただ少女としても、何かが変わると思ったのかもしれない。
「そろそろ帰ろっか。
お化けでも出たら嫌だからね」
なんてね、と少女はおどけてみせた。
階段を一段一段コツコツと音を立てて降りていく。
「……やっぱりキレイだ」
昴は、夜空の星々を見たまま、そう呟いた。