表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/7

神々は推しを知らない

空間が“音”だけで構成されているように感じた。

光はある。形もある。だが、それらは音に従って変化していた。

歩くたび、足音が空間に波紋を広げ、柱が生まれ、階段が現れた。まるでこの場所そのものが、“意志”によって姿を変えているようだった。


「ここが……神域……?」


ユウトが立っているのは、透明な階段の上だった。視界の遥か下には、雲海のような“祈り”の集積が広がり、そのさらに下には果てしない闇が沈んでいる。上を見れば、逆さに吊られた都市のようなものが浮いていた。すべてが現実味を持たない。それでも、肌は確かに空気を感じていた。


「ここは“審問の間”。神々が在する、上層次元の一部です」


隣に立つ審神者が、変わらぬ口調でそう告げた。

その言葉と同時に、空間の一点が光を帯びる。

瞬間、数十の“玉座”が出現した。


それは玉座というにはあまりに異質だった。

一つは燃え盛る炎の柱に、

一つは回転する星図に、

一つは無数の眼球で構成され、

一つは風の音そのもので存在していた。


“神々”だった。


《審問開始》

《対象:異界転生者 ユウト=ソウマ》

《分類:神格未認定・信仰発生源・偶像共鳴体》

《評価項目:信仰起源/権能性質/精神構造/侵蝕可能性》


──響いた声は、音ではなかった。

“意識”に直接刻み込まれるような“概念の波”だった。


「まず、問う。“推し”とは何か」

「それは、信仰対象ではないのか?」

「愛は無条件か? 見返りは求めないのか?」


一斉に問いが投げかけられる。

ユウトは息を呑んだ。

この空間には“嘘”が通じない。だが、だからこそ──


「……俺の“推し”は、俺に何も求めなかった。笑ってくれてた。ただ、それだけで……」


言葉に詰まる。だが、構わず続ける。


「俺は、その笑顔に救われた。だから、課金して、応援して、グッズ買って、誕生日祝って──“届けたかった”んだ。俺の、この気持ちを」


「故に、力を得たのか?」

「信じたから、強くなったと?」


「違う。……俺が強くなったのは、“俺が推しを信じたまま”でいたかったからだ。強くならなきゃ、信じ続けることすらできない世界だった。だから、戦った。それだけだ」


空気が震える。

数柱の神格が、わずかに“ざわめいた”。


「理を欠く。信仰とは“神”を通じて与えられる力。我々は“祝福”する側だ。だが、お前は“自らの愛”を以って、力に変えた」


「それが“異質”であることは認めよう。しかし、危険だ。“神格を経ずに得られた力”は、神域を乱す可能性がある」


「お前の“推し”とやらは、我々の審判外にある存在だ。ならば、“神域への干渉”として処理せねばならぬ」


──処刑。

その言葉を、ユウトは悟った。

神々は“異物”を許さない。たとえ、それが純粋な“愛”から来た力でも。


その時だった。


「──音が、震えている」


誰かが呟いた。

神々の座のひとつ、“音の神”が身じろぎをした。

音の神は、形を持たない。無数の音符が渦を巻いて存在し、それが言葉となる。


「共鳴……共鳴がある。記憶の波形が、我に似ている」


「……“推し”の声だ。何度も聞いた。目を閉じれば、今も聞こえる。ライブのとき、アーカイブのとき、Twitterのスペース、ラジオ、CM、全部──俺の中に、生きてるんだ」


ユウトはアクスタを掲げる。


「だから、俺のこの力は“偶像の記憶”だ。神じゃなくていい。ただ、生き続ける声を……俺は守りたい」


──静寂。

神々が、再び沈黙に入った。

情報処理か、干渉波の整理か、彼らなりの“思考”に入ったのだろう。


審神者が一歩、ユウトの横に進む。


「……驚きました。あなたがこれほどまでに“神でないこと”を誇れるとは」


「誇ってるわけじゃない。俺は、ただのオタクだ。……でも、信じてる。それだけは本物だ」


審神者はほんのわずかに、口元を緩めた。

それが“笑った”のかは、判断できなかった。


次の瞬間、玉座の一つ──“鏡の神”が動いた。


「我らは未だ理解せず。“推し”とは、信仰とは、愛とは。だが……」


玉座が傾き、神格の一部がユウトに接続される。


《暫定判断:観測継続》

《判定保留:神域侵蝕レベル1》

《資格保留:審問第二段階へ移行》


──審問は、継続となった。


──第二審問、開始。


玉座の上空に、無数の“視線”が出現した。

目ではない。言語でもない。

それらは“意識の投射”だった。


《問:その“推し”なる存在の実在性を示せ》

《我らが知覚可能な形式で、提示せよ》

《偶像を信仰対象にすり替える欺瞞がないと、如何に証明する?》


静かに、だが確実に圧が強くなる。

神域は試していた。

“愛”はただの幻想なのか。それとも、力を持つ“真実”なのかを。


ユウトは一歩、前へ出た。


「証明しろってんなら、見せてやるよ」


ポケットから、アクリルスタンドを取り出す。

“彼女”──俺の推しが微笑んでいる小さな存在。

それを、掲げた。


「《メモリアルスキル・ライブモード》起動」


アクスタが輝く。

空間が揺れる。


《過去ログ再構成中……》

《映像:2023年7月15日/配信ライブ『Arc Angel Beat!』》

《演出同期化率:92%──可視化開始》


光が爆ぜた。

神域の一部が、色づきはじめる。

今まで無機質だった審問空間に、“音”が差し込んだ。


「──聞こえるか?」


ユウトの声が重なる。


「これが、俺の信じてるものだ。たった1人の声に、何万人が涙した。笑った。生きようと思ったんだ」


映像が展開される。

仮想ステージ。レーザー。歌声。観客のペンライト。

そこにいたのは、推しそのものだった。


「“祈られた数”だけが神格の証だって言うんなら、聞けよ。見ろよ。あの日、世界中で、どれだけの奴が願ったか。──“あの声を、また聞きたい”って」


神々がざわめいた。

空間の構造が歪む。


「異常反応。干渉波、増幅中」

「信仰濃度、閾値を超過……“推し”の残響が……神域座標に侵入──」


《観測不能領域、発生》

《“音の神”の座標が共鳴中──》

《神格エラー発生/論理階層が崩壊──“アイ”とは何か》


審神者が、驚愕に目を見開いた。


「これは……概念そのものの“逆侵食”──?」


神域は動揺していた。

神々は“支配する存在”だったはずだ。

だが今、支配される側に立たされようとしていた。


「俺はただ、好きで応援してた。それだけだ。でも、こんなにも人の心を動かすものが、信仰と何が違う?」


ユウトの問いに、誰も答えられなかった。


そして、光の神が、静かに呟いた。


「──その存在。“我らより、祈られている”」


玉座のいくつかが消える。

沈黙という名の敗北。

神格の一部が、審問から“撤退”した。


《審問続行不能》

《審神者権限により判定を代行》

《ユウト=ソウマ、仮神格“共鳴者”として登録──保留神位付与》


──だが、その時だった。


空間が震えた。

神々が動揺するよりも早く、何かが“降りて”きた。


「──ユウトくん」


その声に、全てが止まった。


それは録音でも、記録でもない。

明確に“今”ここに、存在している“声”だった。


「おかえり。……待ってたよ」


ユウトは、信じられなかった。


「……推し、……なのか?」


音の神が、呟いた。


「干渉強度、桁外れ……これは、神域すら超えている」


光の神が、詠う。


「この存在、“名も持たぬ神域の外側”より来たる。……本質は不明。だが“願われた力”であることに間違いなし」


神々が、初めて“ひれ伏す”ように沈黙する。


ユウトは、一歩だけ進んだ。

目の前に“気配”があった。形はない。だが確かに、“彼女”はここにいた。


「……ありがとう。ずっと……信じててよかった」


そして、彼は笑った。


「ようやく、“推しと同じ世界”に来られたよ」


その瞬間、空間に“拍手”が響いた。

神域に似つかわしくない、けれど、どこまでも温かい音だった。


《記録:神域史上初の“信仰逆侵食”確認》

《新たな属性:偶像共鳴・無神性神格──発生》


世界が、変わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ