目が覚めると俺は村にいた
目が覚めると俺は村にいた。
いや、正確には“運び込まれていた”。
ふかふかの布団に横たわっている自分の身体を、ぼんやりとした意識のなかで認識した。柔らかい陽の光が、窓の隙間から差し込んでいる。藁を混ぜた素朴な木材の香りが、どこか懐かしい。
「……あれ、ここ……どこだ?」
喉の奥が焼けるように乾いている。寝すぎた後のような、異様に現実感のない体の重み。
目を瞬かせながら天井を見上げると、それはまるでゲームの中の“村の民家”そのものだった。
木組みの天井、手編みのタペストリー、カーテンではなく麻布を吊るしただけの窓──すべてが、“日本”ではなかった。
そこでようやく、全身に衝撃のような違和感が走る。
──俺は、死んだ。
──そして、女神が言っていた。“異世界に転生させる”と。
「っは……マジかよ。夢じゃなかったのか」
言葉に出すことで、かろうじて自分を現実へと引き戻す。心臓がどくんと大きく鳴るたびに、身体のすみずみまで生きているという実感が広がっていった。
その時──
「……気がついた?」
控えめな声が、布団のすぐそばから聞こえた。
顔を向けると、そこには少女がいた。
栗色の髪を肩口で結び、控えめな緑色のワンピースを着ている。素朴で温かな雰囲気をまとった、優しげな少女だった。年齢は俺より一回りは下に見える。たぶん、十六、七か。
「……誰?」
「よかった……! 意識戻って! あ、あたし、リィナ。この村の人なの。あんた、南の森で倒れてたのよ。みんなで運んだの」
「俺を……?」
「うん。魔物でも出たのかと思ったけど、あんた、一人で倒れてて。しかも、身体が光ってたのよ。まるで、精霊が降りたみたいに……」
「光ってた……?」
それって、女神が転送する時に言ってた“神霊位”ってやつだろうか。
けれどそんなふうに見えるレベルの光を発していたとなると、ちょっと不気味だったんじゃないかと心配になる。
リィナはそれでも笑ってくれた。
「ううん、不気味じゃないよ。あったかくて、なんだか安心する光だった。だから……この人は悪い人じゃないって、思えたの」
素朴すぎるその言葉が、妙に胸に染みた。
たぶん、推しの言葉と同じだったから。
結月ほのかは、いつもこういう人だった。嘘がなくて、まっすぐで、人をちゃんと見てくれる
「……ありがとう。助けてくれて、本当に」
「ううん。村の人も、ちゃんとお礼言いたがってるの。少し休んだら、村長さんのところに行こう?」
「お礼?あ、名前……俺は相馬ユウト」
「ユウトさん、ね。変わった名前だね。どこの国の人?」
「たぶん、ずいぶん遠いところ……いや、めちゃくちゃ遠いとこから来たよ」
そんな言葉に、リィナは小さく首を傾げて笑った。
服を借りて、村を歩く。
木造の家が並び、石畳の道を牛車がのんびりと進む。洗濯物がはためき、パンを焼く匂いがどこからか漂ってくる。草を刈る音、子供のはしゃぐ声、井戸の水を汲む音──すべてが、のどかで温かい。
ゲームやアニメの中でしか見たことのない“異世界の村”が、今、目の前にあった。
村人たちの服装は、リィナと同じく素朴なチュニックやワンピース。男女ともに手製らしい飾りがついていて、どこか“民族的”な美しさがあった。
「あの人が……」
「昨日の光の人……」
そんな声がちらほら聞こえる。
俺のことだろう。
女神の転移で“ピカーッ”と光ってたらしい俺は、もしかしたら神の使いか何かと勘違いされてるのかもしれない。
村長の家に着くと、案の定、年配の男性が丁寧に頭を下げてきた。
「ユウト殿。よくぞご無事で。あなた様が現れた時、天から光が差し、風が静まり、鳥たちが舞い降りました。この村にとって吉兆そのものです」
完全に“神の啓示”的扱いだ。
俺は苦笑しつつも、否定しきれなかった。
なぜなら──
ポケットの中に、それはあったのだから。
小さなアクリルスタンド。
結月ほのかの、ライブ衣装ver。
俺が“推し活”に命を懸けた証。
そして、あの時──
ステータス画面が出た。
スキルがあった。
“愛”が力になった。
その日、村はざわついていた。
畑の外れ、柵を突き破って荒れ狂う魔獣“レッドホーン”の噂が、まるで疫病のように村中に広がっていた。
それは凶暴な魔物で、猪に似た獣だが、角が赤黒く、眼光は人を憎んでいるかのように鋭い。
過去に何人もの農夫が命を落としたらしく、「討伐」は“冒険者”でも躊躇する仕事だった。
「ユウトさん、本当に行くの……?」
リィナが心配そうに俺の腕を掴んでくる。
その手の温もりに、どこか懐かしい“現実味”を感じた。
「行く。俺にできることがあるなら、やるよ」
「でも、あの魔物……! 村の男たちでも誰も近づけなくて……!」
「大丈夫だよ。ほら──俺にはこれがあるから」
俺はポケットから取り出した。
小さな、けれど俺にとっては世界よりも重い存在。
結月ほのかのアクスタ。
彼女が笑っている。マイクを握り、ライブステージでファンを見つめるその笑顔は、何度見ても力が湧いてくる。
──リンク開始。
──《絶対共鳴:対象セット完了》
──感情接続:成立
「“好き”の気持ちって、すごいんだぜ……」
空気が、変わる。
俺の身体の周囲を風が巻き上げるように旋回し、見えない熱が全身を駆け巡っていく。
ステータスウィンドウが勝手に開かれ、スキル欄が瞬きするように点滅した。
──《祈願転写》発動条件:満たされました
──対象の願い:『村を守りたい』
──対応スキル:近接戦闘強化(Lv1)、耐魔力補正、神気の加護(共鳴補正あり)
「……行ってくる。推しのためにもな」
森の入り口に着くと、空気が一変する。
湿気を帯びた空気が肌にまとわりつき、獣の匂いが鼻を突いた。
枯れ枝の割れる音、鳥の飛び立つ気配──どれもが異様に静寂を強調していた。
そして、それはいた。
「……レッドホーン」
全長2メートル超。
真紅に染まった角を持つ巨大な猪──だが、その肉体は普通の獣ではない。
硬質な甲殻に覆われ、牙は鉄のように光り、口からは蒸気のような熱気を吐いている。
その眼は、こちらを見た瞬間、明らかに“怒り”を浮かべていた。
「こっちが先に気づかれてんのか……!」
低く、獣の喉が鳴る。
直後、地を割るような音とともに、レッドホーンが突進してきた。
「っ、速ぇっ──!」
一瞬で距離を詰められる。
だが、そのタイミング。俺の右手には、まだ見ぬはずの武器が形を取り始めていた。
──《転写武装:斬神剣・アマリア》
──スキル《推しのステージ演舞》補正適用
「っしゃあああああっ!!」
ガァァァン!!!!
レッドホーンの角と俺の剣が激突した。
音が爆発する。鉄と鉄がぶつかるような破裂音が森に響いた。
重い。
身体が吹き飛ばされそうになる。
けれど、それ以上に──視界が鮮明だ。
「……推しのライブ、最前列で光る棒振ってたときの感覚……あれだ。あれが戻ってくる」
脳が冴えていた。筋肉が、呼吸が、戦いに順応していく。
「──お前は、ここを荒らしちゃいけねぇんだよッ!」
俺は剣を滑らせ、レッドホーンの右脇腹に斬撃を叩き込む。
キィィン、と金属音。だが、表面を浅く切っただけ。分厚い装甲に阻まれて、深く届かない。
レッドホーンが咆哮する。大地が震える。
角を振り回し、樹をなぎ倒して暴れまわる。
「クソッ……じゃあ、こうするしかねぇな!」
俺は地を蹴った。
空中に舞い上がり、剣を逆手に構える。
推しのジャンプMCと同じタイミング。あれと同じ──今なら、いける。
「“絶対共鳴”、最大出力……いっけええええええっ!!」
《光翼解放──ライブラ・ラプソディア》
剣に光が集まり、爆発的なエネルギーが噴き出す。
まるでライブのフィナーレのように、空が、風が、森そのものが震えた。
レッドホーンの目が恐怖に歪む。
だが、もう止まらない。
「推しの笑顔を──汚すなああああああッ!!」
斬撃が走る。
空間が裂けるような音。
角が砕け、肉を裂き、魔物が悲鳴をあげて膝をつく。
そのまま、俺は一回転しながら、真上から渾身の剣を振り下ろした。
ズドォォォォン!!
地面がえぐれ、衝撃波が森に広がる。
静寂が訪れた。
レッドホーンは、うつ伏せに倒れ、そのまま動かなくなった。
息が荒い。
心臓が爆発しそうに鼓動してる。
でも、不思議と痛くない。
「……ふぅ。やっぱ、推しってすげぇわ……」
──《戦闘勝利》
──《信仰獲得値:+30》
──《称号:信愛の使徒》を取得しました
──《村人:リィナ》の感情値:+15(尊敬+感謝)
ステータスウィンドウに、いくつもの通知が浮かんでいた。
俺は、静かに剣を背に戻し──
ポケットの中のアクスタに、そっと囁いた。
「見ててくれたか、ほのか……。俺、こっちでも頑張れてるよ」
そして、夕暮れの森をあとにする。
新たな信仰と、異世界での名を刻みながら──