消えたいって、ほんとに本心なんですか?
人気のない深夜の通学路を、俺は足早に進んでいた。
街灯の明かりに照らされたアスファルトの上、スニーカーの足音だけがやけに大きく響く。
(……スキル探知)
意識を集中させ、気配を探る。けれど、反応は――なし。
(……いや、微かに……)
遠くからノイズのように感じ取れる“何か”があった。すごく弱いけど、確かに存在する気配。
(やっぱり、こっちの方向だ)
歩を進めるごとに、気配は少しずつ強くなっていった。
(なんとなく確信はしていた。赤城……お前、本当に学校にいるのか?)
やがて見えてきたのは、いつもの校門。当然、夜間は閉まっている。
俺はその脇道を回り、裏門へ。以前、部活帰りに見つけた鍵の甘いフェンスの前で立ち止まった。
「……ここだな」
足をかけてよじ登り、音を立てないように着地する。
その瞬間、胸に刺さるような強い反応が走った。
(……っ! まちがいない、ここだ)
俺は暗がりの中を駆け、校舎を背にして立つ体育館の方角へ目を向ける。
あそこからスキルを強く感じる。
息をひそめて、気配を殺しながら近づいていく。
扉の前に立った瞬間、内側からひんやりとした気配が伝わってきた。
(冷たい……でも、動いてる。間に合ったのか?)
俺はそっと扉に手をかける。
ぎぃ――
静かな音が、夜の空気に響いた。
薄暗い体育館の中。照明は落ちていて、月明かりだけが床を照らしている。
そして、その中心。
――ひとりの少年が立っていた。
制服のまま、顔を伏せ、両手をだらんと下げている。
月明かりがその輪郭を浮かび上がらせていた。
「……赤城」
声をかけると、ゆっくりと顔が上がる。
その目には、焦点がなかった。
微かに……だけど確実に、狂気の色が混じっていた。
「日向……くん? どうしてここがわかったの?
もう誰も、僕のこと見えなくなってるのに。家族も、友達も、誰も」
かすれた声だった。でも、俺を見ているのはわかった。
「君も来ないほうがよかったのに。……こんなやつのために」
その背後に、黒い影が広がる。
床に染み出すように広がっていく“闇”。
スキル《気配遮断》の暴走……いや、それはもう、気配だけじゃない。
“存在”そのものを薄れさせようとしていた。
「……消えたいのか、お前は」
問いかけに、赤城はしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……消えたくないよ」
その声は、ほんとうに小さかった。
「でも、俺なんか……いない方がいいんだ……」
その瞬間――
闇が、跳ねた。
赤城のスキルが暴走し、抑えきれずに広がっていく。
(まずい!)
俺は構えながら叫んだ。
「赤城翔太! 落ち着け! 大丈夫だ、お前は消えたりしない!」
俺の声が、体育館の中に反響する。
だけど――
「俺なんか……消えたほうがいいんだ!!」
叫びと同時に、暴走した闇が一気に広がった。
床を黒く染め、空間そのものが歪んでいく。
(――くそっ、もう完全に制御が効いてない!)
歯を食いしばり、必死で考える。
「な、何か……何か使えるものは……!」
そのときだった。
ピコンッ。
耳元で、電子音が鳴る。
《Re:quest:更新通知》
【ポイントショップ機能 解放】
現在の所持ポイント:310pt
限定アイテムの購入が可能です。
視界にウィンドウが重なる。
《ITEM SHOP》
▼使用可能アイテム一覧
・リミッターキー(150pt)
→スキルを一時的に封印する、抑制用の鍵。使い切り。
・応急魔力キット(80pt)
→小規模な魔力損傷を即時修復。
・スタビライザー(200pt)
→精神の乱れを安定させる。暴走直前のスキル制御に効果大。
(リミッターキー。これなら!)
迷ってる時間なんてなかった。
俺は即座にそれを選択する。
《リミッターキーを購入しました》
「対象に接触し、魔力中枢に“鍵を挿す”イメージで使用してください」
手の中に、小さな鍵が現れる。
淡く光っている。
「赤城――!」
俺は走った。闇に飲まれかけている彼に向かって、一気に距離を詰める。
「お前を……消させるもんかよ!」
そのまま、“鍵”を赤城の胸に押し当てた――
その瞬間。
空間を支配していた黒い闇が、一気に圧縮され、霧のように消えた。
まるで、何もなかったかのように。
「……っ、はぁ、はぁ……」
赤城は力なく膝をつく。
その顔から、“スキルの狂気”は確かに、消えていた。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
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他に「魔王軍最強の貴族様、現代で女子高生の家に居候して配信者になります。」も書いておりますのでそちらもぜひ