覚えているだけじゃ、守れないんですか?
―次の日。
水曜日の朝。いつも通りのHR。
「……赤井、天野、石川……うん、よし」
(……あれ?)
思わず、俺は眉をひそめた。
(今、赤城の名前――呼ばれなかった?)
気のせいかとも思った。けど、確かに違和感がある。
名簿順なら、石川の次は赤城のはずだ。
でも、先生はもう朝の連絡事項に移ってて、誰も気にしていない。
(まさか、呼び忘れ……?)
念のため、俺は後ろの席をちらっと確認する。
……赤城の席は、空っぽだった。
(休み、か? まあ、あんなことあったしな)
そう思いながらも、胸の奥に、うっすらとした不安の靄が残った。
♢♢♢
次の日。
「なあ、タカ。赤城って知ってるか?」
パンを頬張っていたタカが、咀嚼しながら首をかしげた。
「赤城? ……誰だっけそれ」
「え、お前……同じクラスの、後ろの席のやつ」
「後ろの席って、あそこ空いてんじゃん。何? 転校生でも来るのか? 女の子?」
(……え?)
その瞬間、心臓が嫌な跳ね方をした。
「……いや、昨日まで、いたよ。普通に授業も受けてたし、名前も呼ばれてた」
「……お前、夢見たんじゃね? 奇妙な話のタモさんみたいなこと言うなよ~」
タカは冗談っぽく笑ったけど、俺には笑えなかった。
(……記憶からも、消えかけてる……?)
その日から、赤城のことを覚えている人間は、どんどんいなくなっていった。
みんな、最初から「そんなやつはいなかった」みたいな顔で過ごしていた。
それでも俺だけは、日々のミッションに苦しみながらも、赤城のことが頭から離れなかった。
♢♢♢
夜、自室で《Re:quest》を開く。
スキル感知を使っても、何の反応もない。
けど、画面の奥に、何かが沈黙している気がしてならなかった。
(赤城翔太。あいつは、確かにいた)
(だったら、俺が……覚えてる限り、消させねぇ)
スマホを握りしめながら、俺はひとり、決意を固めた。
忘却に抗う、唯一の証人として。
その瞬間、スマホの画面が唐突に暗転する。
《Re:quest》
【システムアップデート完了】
見慣れたUIが変化し、黒地に金色の文字が浮かび上がる。
《ポイントショップ開通》
【条件達成:累計ポイント300pt以上】
【ユーザーの活躍により、アイテム交換機能が解放されました】
《ITEM SHOP》が追加されました。
スキルを強化したい?
命を救いたい?
それとも……ネタに走る?
――必要なのは、たった一つ。
“君の、行動の対価”だ。
(……マジかよ。これ)
思わず呆れたように息を吐く。
けど、指は自然と画面をタップしていた。
金色の《ITEM SHOP》が開く。
《ITEM SHOP》
~ようこそ、選ばれし者だけの裏メニューへ~
【▼アイテム一覧】
◆《リミッターキー》 [必要ポイント:180pt]
→ スキルを一時的に封じる抑制用の鍵。使い捨て。命を守る最後のセーフティ。
◆《応急回復薬(小)》 [必要ポイント:25pt]
→ 軽度の怪我・疲労を即座に回復。テスト期間や体育のあとにもオススメ!
◆《静音スニーカー》 [必要ポイント:40pt]
→ 足音が完全に消える靴。夜の潜入ミッションのお供に。
◆《万能鍵(使い捨て)》 [必要ポイント:60pt]
→ 鍵のかかったドアを1回だけ開けられる。良い子は悪用しないでね!
◆《ブレインキャンディ》 [必要ポイント:30pt]
→ 一時的に集中力と記憶力をUP! 勉強・作戦会議・告白の前にどうぞ。
(……買うべきか? でも、まだ必要とは決まってない)
画面に指を触れかけて、そこで止めた。
(今はまだ、“備え”の段階だ)
そう思いながら、スマホをそっと閉じる。
そのとき――再び、画面が震えた。
《Re:quest》
【緊急ミッション】
《スキルの暴走を感知。対象:赤城翔太。暴走を止めろ》
報酬一覧(達成時):
・新スキル:《スキル強化(Lv1)》
・称号:《初動対応者》
・ボーナスポイント:300pt
(……やっぱり、来たか)
俺はスマホを静かにベッドに置き、目を閉じて集中する。
(……スキル探知)
力が内側から広がっていく。周囲の“気配”を探る。けれど――
「……ダメだ。反応なし、か」
息を吐いて、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
(ここからじゃ、距離が離れすぎてる……)
スキル探知は魔力も感知できるが、万能じゃない。
ある程度近づかなければ、正確な探知はできない。
(でも……赤城がいるとしたら、あそこしかない)
俺は勢いよくベッドから飛び起き、立ち上がった。
(行くしかない。――赤城翔太が、完全に暴走する前に)