青春って、平穏なだけなんですか?
放課後--。
チャイムの音が鳴り響き、教室がざわつき出す。
ノートをまとめながら、俺はふぅと一息ついた。
(なんとか今日一日、乗り切った……)
まるで異世界帰還初日とは思えないほど、平和な一日だった。
微分積分で冷や汗はかいたけど、それも含めて“日常”の一部だ。
――しかし。
ピコンッ♪
ポケットのスマホが、軽快な効果音と共に震える。
「うわ、またかよ……」
画面に表示されたのは、見慣れたウサギのマスコットとともに――
《Re:quest》からの通知。
【放課後ミッション】
青春っぽいセリフを“誰かに”言え
特別報酬:スキル感知(魔力探知)
獲得ポイント:70pt
ペナルティ:足音がポコポコになります(1時間)
そんな足音になったら恥ずかしすぎる。
絶対阻止だ。
どうする……誰かに……青春っぽいセリフ……)
そこへ、ちょうどタカがやってきた。
「よう、優斗。俺、部活行ってくるわ」
(よし、こいつでいくか……!)
深呼吸をして、照れを押し殺して言い放つ。
「……なあタカ。こうやって何でもない日が、一番青春っぽいよな」
「……は?」
一拍置いて、タカは爆笑した。
「おま、なに急にキャラ変してんだよ!? ダッセえ! でもそういうの嫌いじゃないわ!」
「うるせえ! 二度と言わねえ!」
耳まで真っ赤になりながらスマホを確認すると──
《Re: quest》
【判定:微妙】
……ダメです
「なんでだよっ!! 恥かいただけじゃねえか!!」
「なに一人で叫んでんだ、怖っ! んじゃ、俺は部活行ってくるから」
そう言い残して、タカはポンと俺の背中を叩いて駆けていった。
野球部の声が、校舎の裏手から遠くに聞こえる。
(俺も、昔は何かやってたんだっけ)
異世界の記憶が濃すぎて、こっちの記憶が曖昧になってるところもある。
屋上でも行くかと思ったけど、今日は立ち入り禁止だった気がする。
(それにしても……他に誰か。そういや彩音がいるな)
白石彩音 小学校からの幼馴染。
俺が唯一気軽にしゃべれる女性。 これはいけるぞ!
窓際、俺の前の席でぼーっと外を眺めている彩音に、ぽんと声をかけた。
「なあ彩音、窓の外見てみろよ。あの1年生たち、めっちゃ騒いでるぞ。……俺らにも、あんな若い頃あったよな」
彩音は一瞬きょとんとしたあと、くすりと笑って
「優斗くん。あの子たち1歳しか変わらないよ? ふふ」
ポケットの中でスマホが再び震える。
《Re:quest》
【判定:ギャグとして認識】
コメント:確認ですけどギャグですよね? なかなか面白かったです。
特別に合格とします。
獲得ポイント:70pt
(俺は、いたって本気で言ってたんだよ!)
彩音は、こちらに背を向けてまた窓の外を眺めている。
ふわりと揺れる髪が、夕方の光を受けてやけに綺麗に見えた。
その時、またスマホが震える。
画面を閉じようとした、そのとき。
《報酬受領》
【スキル感知(魔力探知)Lv1】
説明:一定範囲内に存在するスキル保持者の存在を感知可能。ただし詳細は未表示。
(……え?)
次の瞬間、目の前の風景が、わずかに色味を変えた。
(あー、これは以前使っていた魔力探知か。こっちではスキル感知になっているらしい)
ぼーっとしている俺に、彩音が心配そうに「大丈夫?」と声をかける。
「あ、いや……ちょっと最近寝不足でさ!」
「ふふっ、またゲームでしょ。やりすぎ注意だよ?」
「……お、おう。気をつける」
気を取り直しながら、俺はそっとポケットにスマホをしまった。
(スキル感知……この世界でも、スキルを持ってる奴がいるってことか)
そのときだった。
何の前触れもなく、胸の奥に“感知”の反応が走る。
ピクリと眉が動く。視線を教室内に巡らせるが、誰が原因なのかはわからない。
(……今の反応。やっぱりこの中に、スキル持ちがいる──)
空気が一瞬、ざらついたように感じた。それは、紛れもなく“異物”の気配だった。
(ここでも、何かが始まろうとしてる……?)
その気配に向けて、ほんの少し緊張に襲われる。
――そして放課後の定例チャイムが鳴った。
チャイムが鳴り終わっても、教室はまだざわついている。
俺は自分の席――窓際の列の真ん中に座ったまま、目をつぶり意識を集中する。
(あの反応……まだ消えてない)
先ほど《スキル感知》で捉えた、微かに揺れる“魔力の気配”は、今もこの教室の中にある。
どこだ⋯⋯。どこにいる。
(後ろの方……入口側? ちゃんと確認しよう)
何気ないふりで立ち上がる。机の中の教科書をゆっくり鞄に詰めながら、ちらりと後方へ目を向けた。
教室の最後列、入り口付近――掃除道具入れのあたり。
(あいつか……)
窓とは反対側、一番後ろの端に、ひとり静かに突っ伏している男子がいる。くしゃっとした黒髪。顔はよく見えないが、存在感が薄く、俺の記憶には残っていない。
(誰……だ? 名前が出てこねえ)
ゆっくりと後方に歩き出す。周囲からは、これから帰宅しているようにしか見えないはずだ。
彼の席の背後を通り過ぎようとした、そのとき。
突っ伏していた男子が、ふいに顔を上げ――こちらを振り返った。
目が合う。
無表情。その瞳の奥に、ほんの一瞬、鋭い“光”が閃いたように見えた。
「……何?」
静かだが、冷たく、刺すような声。
「いや……、なんでもないけど」
俺は気まずさをごまかすように、掲示板に貼られた部活のポスターに目をやる。だが、内容は頭に入ってこなかった。
(……こいつだ。間違いない。スキルの気配が、こいつから――)
背後の視線がまだこちらを見ている気がして、自然な歩調で教室を出る。扉の影に隠れたところで、ようやく息をついた。
(この世界に、俺以外にもアプリの“持ち主”がいる……?)
夕暮れの校舎に吹き込む風が、シャツの裾をわずかに揺らした。