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戦場より教室の方が怖いって本当ですか?

授業は、だるい。


「えー、ではこの問題を解いてもらいましょうか。日向くん、前に出て」


「……へ?」


先生の声が、自分の名前を呼んだことに気づくまで、1秒かかった。


「昨日と同じページ、黒板に式を書いてみてくださいね」


「あ、はい……」


ゆっくりと立ち上がる。教室の空気、クラスメイトの視線、床を踏む感覚。


全部、“懐かしい”。


(ってか、普通に授業出るの久しぶりすぎて手震えるんだけど)


異世界じゃ、黒板もチョークもなかった。あったのは、魔導書と剣と火球。


(やばい……微分積分ってなんだったっけ?)


「お前、昨日教えたばかりだろうが」


先生のため息とともに、お叱りが飛んでくる。 席に戻ると、隣の女子がクスクスと笑っていた。


そして――昼休み。


「優斗、昼どうする? 今日購買、パン激戦らしいぜ?」


タカが元気に話しかけてくる。


「お、おう。じゃあダッシュで行くか」


「よっしゃ、勝負な! 負けた方、ジュース奢り!」


「おい、いつの間にそんなルールが……!」


タカは笑いながら先に飛び出す。その背中を追いかけるように、俺も自然と笑みを浮かべていた。


(……なんか、懐かしいな)


異世界の激闘とはまるで違う、“日常”の風景。


でも、それが妙に胸に沁みた。


(このまま、何も起こらなければいい。静かに、普通に……)


そう思った矢先――


スマホがピコンと鳴った。


《Re:quest》が表示される。


【今日のサブミッション】

「教室内で女子に“ありがとう”と言わせろ」

報酬:スキル《瞬間加速》Lv1(5秒間だけ通常の3倍速で動ける)

獲得ポイント:50pt


(陰キャにはレベル高いって……!)


俺は叫びたくなるのをぐっとこらえながら、心の中で突っ込んだ。


(戦場の方が、まだ分かりやすかったわ!!!)



昼休みの喧騒が落ち着き、教室ではそれぞれが昼食タイムに入っていた。


パンと牛乳を片手に、自分の席に戻る。


(さて……“ありがとう”って言わせるには、どうしたら……)


斜め前の女子が消しゴムを落とすのを見て、反射的に拾って差し出してみる。


「はい、落としたよ」


「あ、ありがとう」


(よし! 成功--)


ピコン。


《条件未達成:心からの“ありがとう”ではありません》


「なんだよその判定基準!!」


思わず声が出そうになって、慌てて口を押さえる。


(ちょっとした親切じゃダメなのかよ。心からの“ありがとう”って何だよ、ラノベか!?)


すると隣の席の女子――成瀬さんがカバンをごそごそと漁っていた。


「……あれ? ハンカチ忘れたかも……」


(あ)


俺はおもむろにポケットから、まだ新品同然のハンカチを取り出す。


異世界生活では使うこともなかったが、母親が仕込んだ“毎日持ち歩け教育”だけは染み付いていた。


「……よかったら、使う?」


成瀬さんが顔を上げる。少し驚いたような表情だった。


「えっ……いいの? でも……」


「そのまま返してくれればそれでいいよ。気にしないで」


数秒の沈黙のあと、彼女はふわりと笑った。


「……ありがとう。助かる。じゃあ、あとでちゃんと返すね」


「うん、別に急がなくていいよ」


休み時間の終わり際、成瀬さんは「ありがとう」という言葉とともにそっとハンカチを返してくれた。


ピコン☆


《サブミッション達成!》

スキル《瞬間加速》Lv1(5秒間だけ通常の3倍速で動ける)

獲得ポイント:50pt


(よし……!)


嬉しさと疲労の入り混じった気持ちでスマホをしまおうとしたそのとき。


「優斗、それお前のハンカチか? なんか……女子っぽくね?」


タカが口いっぱいにパンを詰めながら、無遠慮に突っ込んできた。


「ち、違ぇよ! これはたまたま、家にあったやつで……!」


「え~? フリルついてるじゃん」


「母ちゃんのだよッ!!」


教室中に響いたその声に、数人が笑い、女子たちの視線がちらほらと集まる。


(……本気で戦場の方が、マシだったかも)


俺は静かに、机に突っ伏した。



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