朝から全力疾走って、青春ですか?
スマホのアプリ《Re:quest》がピコンと通知を鳴らした。
【今日のミッション】
遅刻せずに登校せよ!
報酬:敏捷+1
獲得ポイント:30pt
ペナルティ:学校放送で「君が代」大音量で流れます(あなたの生歌で)
(って、なんだよこれ……中学生かよ!)
昨日までは異世界で魔王と殴り合ってたのに、今朝のミッションは「遅刻するな」。
あまりにも落差が激しい。
ただペナルティはやばい。想像しただけでゾッとする。
「まあでも、これは余裕だな……電車も間に合ったし、駅から学校までもあと5分で着く」
そう思った矢先だった。
「うう……重い……」
駅前の坂道の途中。
おばあさんが、大きな紙袋を引きずるように歩いている。
中には明らかに重量級の買い物袋が二つ。
しかも坂の途中で何度も止まっている。
(……ヤバい。ミッション、残り10分切ってる)
(でも放っておけるか? あんなの見せられて)
「おばあさん、持ちましょうか?」
「えっ……まあ、まあまあ! ありがとう、優しい子ねぇ!」
荷物を受け取ると、予想以上に重くて、バランスを崩しかけた。
(っくそ、筋力+1、昨日ついててよかった……!)
一緒に坂道を上がりきって、家の前まで運んでやる。
「本当に助かったわぁ。お礼、何もないけど……これでも食べてね」
ポケットからブドウ味の飴玉を一つ渡された。
(飴……! ありがとう、甘いの久しぶりすぎて泣きそう)
慌ててスマホを見る。
【残り時間:3分48秒】
(よし、まだ間に合う……! 走るぞッ!!)
――俺の平和な日常に、“ダッシュ”と“ブドウ飴”が追加された日だった。
チャイムの音が、校舎中に鳴り響く。
(やばっ――!!)
靴を履き替える暇も惜しんで、階段を駆け上がる。 あと数十秒。教室まで、あと数メートル。
「おおおおおっ!!」
最後はほとんどダイブする勢いで、教室のドアを滑り込むように開け放った。
「――セーフッ!!」
息を切らしながら席に滑り込んだ直後、担任が入ってくる。
「はーい、チャイム鳴りましたよー。席ついてー」
(ギリギリすぎる……でも、間に合った!)
スマホを確認すると、《Re:quest》の通知が表示された。
【ミッション達成!】 「遅刻せずに登校せよ」
報酬:敏捷 +1 (足腰の安定感が微増しました☆)
獲得ポイント:30pt
(足腰の安定感て……なんか地味にありがたい!)
机に突っ伏しながら、ひとり心の中でガッツポーズを決めていると、
「おーい、優斗?」
懐かしい声がした。
顔を上げると、斜め後ろの席に――俺の親友で野球部所属。タカこと、河野貴之がいた。
「……タカ」
思わず、名前を呼ぶ声がにぶく震えた。
「ん? どうしたよ、急にまじまじと」
「……いや、なんか、会うの久しぶりな気がして」
「なに言ってんだ。昨日も一緒に帰ったじゃん?」
「……あ、ああ、そうだったな。はは」
(俺にとっては、あれから一年も経ってんだよ……)
あの世界で、血まみれになって、何度も死にかけた。
でも、こうして――タカの“変わらない声”が、たまらなく嬉しかった。
「お前が朝から全力疾走とか、珍しいな。なんかあったか?」
「ちょっとな。……電車で筋トレしてたんだよ」
「は?」
「なんでもない。忘れてくれ」
俺はうつむいて、笑った。
(誰にも言えねぇ。
まさか“女子に話しかけて筋力+1”とか、“遅刻回避で敏捷+1”とか。言えるか、そんなもん)
だけど、こうして――“いつもの日常”に戻れたことだけは、本当に、心からありがたかった。




