妹を怒らせたのは誰ですか?
ある日の放課後。 俺は自宅のリビングのソファでだらけていた。
《Re:quest》の通知はいまは来ていない。
つまり、貴重な“平和な日常”タイム――
の、はずだった。
「んぐ……ぷはっ。うまっ……!」
聞き慣れないそしゃく音が、リビングに響く。
振り返ると、テーブルの上にちょこんと座っているリックがいた。
スプーンを両手で器用に使い、プリンをちまちまとすくって食べている。
「……おい、リック。それ何食ってんの」
「この……黄色くてぷるぷるしてるやつだ。冷蔵庫にあったぞ。うまいな!」
「それ……たぶん妹のやつ」
「プリン? なるほど、これは“プリン”というのか……名前まで美味そうだな」
「お前、冷蔵庫どうやって開けたんだよ……」
「……お前がさっき麦茶取りに行ったとき、開けっぱだったろ? あの隙にこっそりと。俺、そういうの得意なんだ。でもちゃんと取った後、閉めておいたぞ」
「いや、それでチャラにはならないから」
そのときだった。玄関が開く音が聞こえた。
廊下から足音がリビングに近づいてくる。
「リック!!」
俺の声に即反応し、リックが跳ね上がる。
「うおっ、実体解除!!」
ピシュンッ、と空気が揺れて、白い毛玉は俺以外から見えなくなる。
その数秒後、妹・菜摘が「ただいま~」と言ってリビングに入ってきた。
俺は反射的にテレビのリモコンを握る。
「あー、これ今日やるやつか〜……へー、特番だったんだ〜……」
ひとりごとのボリュームを不自然に上げる俺。
菜摘はちらっと目線だけを動かし、すっと冷蔵庫へ向かう。
扉を開ける。
中を確認しているようだ。
菜摘は扉を閉じ、そして――
「お兄ちゃーん、うちのプリン知らない?」
そのまま、テーブルへと視線を向けた。
「…………あ?」
テーブルの上に置かれた、食べかけのプリンカップ。
そしてスプーンが、その横に落ちている。
(終わった……)
「ど う い う こ と ぉ お お お お !?」
突然、リビングに爆音が響く。
俺はとっさに耳をふさいだ。反射的に口が動く。
「ま、まって菜摘! それは、その……違うんだ!」
「何が違うっていうの!? このプリンは今日のために昨日から楽しみにしてたのに――!」
テーブルをバンッと叩いた菜摘の怒気が爆発した。
「お兄ちゃん以外、こんなことする人いないでしょ!!」
(ひいいいいいいいいいいいいいい)
♢♢♢
その夜、俺の財布から小銭が消えていた。
しかも、プリン2個分。
「くそー、俺だって今月金ないのに……」
部屋のベッドに寝ころびながらぼやくと、どこからともなく、声が返ってくる。
「お前の妹……すごかったな。あの目、本気で殺されるかとおもったぞ……」
「でも、プリン……あれは禁断の味だった……できるなら一個だけ食べたい」
俺の勉強机の上で、もぐもぐと口を動かしながらしゃべっている白い獣。
「おまえ、何食ってんだ……」
リックが俺のポテトチップス九州しょうゆを抱えて、さも当然のようにバリバリと食っていた。
「んー、ポテトチップスって書いてあるな。机に置いてあったから食べていいかと……」
「お前はほんと、反省って言葉知らねえのか!!」
「人間界の食べものがおいしすぎるのが悪いんだ……」
「そんな理由で許されるのは子どもだけだ!!」
その日から、許可されていないものは勝手に食べない、というルールが俺たちの中に出来た。




