女子に話しかけるだけで筋力があがるって本当ですか?
――朝起きたら、俺、日向優斗の人生がバグっていた。
布団の感触、見慣れた天井、遠くで聞こえる朝のニュース。
間違いない。ここは日本だ。俺の部屋だ。俺の世界だ。
「……帰ってこれた、んだよな」
昨日まで、俺は異世界にいた。
異世界転生って聞こえはいいけど、現実は地獄だった。
モンスターは毎日襲ってくるし、飯はまずいし、ハーレム? なにそれ、都市伝説?
気づいたら周りは――
「……野郎ばっかだったしな」
マッチョ、マッチョ、ヒゲ、筋肉、マッチョ。
女神様、どうしてあの世界、9割いやもはや10割が男なんだよ。
それでも必死に生き抜いて、なんとか魔王を倒して――
帰ってきた。ようやく、俺の現代ライフが戻ってきた……はずだった。
「なんだこれ……」
スマホのロック画面に、見覚えのないアイコンがあった。
ウサギのマスコットがウィンクしてるアプリ――《Re:quest》。
寝ぼけながらタップしてみると、ぴょいーん☆という軽快な効果音と共に画面が光る。
【ミッション】
電車で隣に座った女性と天気の話をする。
報酬:筋力+1
獲得ポイント:60pt
ペナルティ:知らない子どもの泣き声がスマホから爆音で鳴ります。(10分間)
「…………は???」
冗談だろ?
目を疑ってもう一度見たけど、やっぱり書いてある。
そのとき、昨日の“女神様の声”が脳内再生された。
「異世界の力? そんなのそのまま持ち帰れるわけないでしょー? あたしの力じゃムリムリ。
でも大丈夫。代わりに《Re:quest》ってアプリあげるから!
ミッションをこなせば、ちょーっとずつ元の力、戻ってくるよ! がんばってね♡」
俺は、かつて勇者だった。確かに強かった。
でも今は、能力の戻った、ただの陰キャ高校生、日向優斗。
異世界でモンスター倒すより、女子に話しかけるほうがよっぽど難易度高い。
しかもこのミッション、選べない。
強制参加。逃げたらペナルティ。理不尽にもほどがある。
「てかそもそも、電車で隣に女子が座る確率って……」
スマホの画面に、冷たく残酷なタイム表示が浮かぶ。
《残り達成可能時間:48分》
「くそっ、縛りプレイにもほどがある!!」
俺の“平凡な学園生活”は、こうして終わりを告げた。
これから始まるのは、“恥をかいて、強くなる”人生。
女の子に話しかけるだけで、筋力がつく世界線。
(……女神ィ、責任取れよー!!)
♢♢♢
朝の電車は、ほどよく空いていた。俺の右隣も空席。頼む、女子じゃありませんように……いや、女子であってほしい。でも話しかけたくない。くそっ、複雑すぎるだろこのミッション。
そんな葛藤の最中――
「失礼します」
その声が聞こえた瞬間、俺の心臓が跳ねた。
視界の端に、スッとスカートの裾が入り込む。
柔らかい香りが、ふわっと鼻先をかすめた。
(……女子だ。マジか)
隣に座ったのは、制服姿の女子高生。
さらりとした髪、長いまつげ、涼しげな横顔。
(えっ、普通に可愛いんだけど……)
緊張で喉がカラカラだ。
手汗が止まらない。
これはもう、異世界のドラゴンとタイマン張るより心臓に悪い。
スマホを見ると、例のアプリがぴょいーん☆と通知を出してくる。
【残り時間:12分】
ミッション未達成
(クソッ、リタイアしたら子どもの声が爆音で流れちまう)
目の前の窓に映る俺の顔は、ひきつった笑みを浮かべていた。
(言え……言うんだ、俺……!)
声を出す覚悟を決めた、そのとき――
彼女がスマホで何かを操作しながら、ぽつりとつぶやいた。
「……今日、いい天気ですね」
俺の口から漏れたのは、勇者としてあるまじき情けない声だった。
「えっ?」
思わず漏れた間抜けな声に、隣の彼女が小首をかしげた。
「さっきから、空をちらちら見てたから……天気、気になるのかなって」
「あ、ああ。そうですねえ」
(やべ、天気のこと気にしすぎて自然と見てたのか!?
まさかあっちから話しかけてくるなんて完全に想定外だ)
完全にミッション逆輸入。 でもこれ、条件満たしてるよな!?
だって会話成立してるし!ねえ、そうでしょ女神様!!
慌ててスマホのアプリを見る。
【ミッション達成!】
筋力+1(ペットボトルのキャップが開けやすくなりました)
得ポイント:60pt
「…………地味ッ!!」
思わずつっこむ俺を、隣の彼女が不思議そうに見ていた。
「あ、いや、ごめん。えっと、うん……これは明日も晴れそうだなあ」
「ふふっ、変な人」
彼女はくすっと笑うと、イヤホンをつけてスマホを見つめた。
(やった、優斗……! お前、やったぞ!!)
脇汗びっしょり。心拍数は限界突破。
でも、なんだろうこの達成感……!
異世界で魔王を倒したときより、たぶん今のほうがキツかった。
でも俺は、ひとつ“クエスト”をクリアしたんだ。
「……ハーレムとか、夢のまた夢だな」
思わずつぶやいたその言葉は、車内の騒音にかき消された。
この時、俺は――次なるミッションが、電車を降りた先で俺を待っているとは知らなかった。
初投稿になります。