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ほら吹き地蔵 第七夜 狼どんと狐どん

【お断わり】今回も三題噺ではありません。


ボクのうちの裏庭に、かなりいいかげんなお地蔵さんが引っ越して来ました。

でもまあ、とりあえず、ありがたや、ありがたや。


**********


【第一夜】


むかしむかし、ある大きな川のほとりに、それはそれは、ものぐさな狼が住んでおりました。

今日も今日とて、ねぐらにしている岩の上にあおむけになり、日なたぼっこをしていたら、知り合いの狐どんが、やって来ました。


「狼のダンナ、ダンナさんよ。そんなところで犬ッコロみたいに惰眠をむさぼってたら、狼に取って食われちまいますぜ。」


「おお、狐どんか。あいかわらずセカセカしているな。そんなに急いで、どこへ行く?」


狐のイヤミをイヤミとも捉えず、サラリと流してしまうあたり、この狼、大物と言えば大物ですな。いや、そうかもしれないと言う話ですが。


狐、くるりと目を動かした。こいつ。なにか言うつもりだな。


「お言葉ながら、ダンナ。

いずくへ急ぐと問われちゃあ、墓場までまっしぐらの、明日なき暴走とお答えするしかありやせん。

あっしゃあ、走るために生まれて来たんでげす。」


「ジェームズ・ディーンだったっけ? それ。」


「ちょっと、ちがいます。」


狼、ようやく体を起こして大あくび。目じりの涙をふきながら、狐に向かって言いました。


「そんなに急いでも、金は落ちてないぞ。ボタモチも降って来ないぞ。ブドウの房ひとつ、見つかりゃあしないだろう。」


狐、待ってましたとばかり、身を乗り出して言葉を続ける。


「それが、そうじゃないんすよ。この間、あったんすよ、タナからブドウってやつが。」


「なんだい? そりゃあ。」


「岡の向こうのケチケチじいさんの果樹園、ごぞんじでしょう?」


「東西南北、高圧線で囲った、例のアレか? バカな猪が感電死したとか言う。」


「そうそう、アレです。一昨日の大風で果樹園のブドウ棚が崩れましてね、よく熟したブドウの房が、外の通り道の、ちょうど頭の上に、ゆうらりゆらりと揺れてたんすよ。」


「良かったじゃないか。うまかったか?」


「それがねえ、まあ、聞いてくださいよ、ダンナ。そのブドウの野郎、微妙な高さにありましてね、ジャンプしてもジャンプしても届かないんでさ。」


狐、いかにも悔しそうな顔をしてみせる。


「オマエがか? ホラ吹くために生まれてきた、人呼んでジャンピング・ジャック・フラッシュのオマエでも届かなかったのか?」


どうも、恐竜ロックっぽい話になって参りましたな。

狐、わが意を得たりと言った顔で。


「いえね、いっそカスリもしないんだったら、あっしも早々に諦めやす。

ところがどっこい、鼻の頭がギリギリ、タッチするくらいの高さなんでさ。

熟したブドウのあま~い匂いが鼻の穴をくすぐって、そのくせ舌先までは届かない。

歯はくやしがる。歯がみして泣いている。呼べども飛べども届かない。

こんな思いをするならば、いっそアンタに会いとうなかったってね。

憎いよ、こんちくちょう!」


狼、再び大あくび。


「今度は三味線かい。忙しいやつだなあ。

オマエさんのことだ。それで小一時間はジタバタしたんだろう? フィジカル、フィジカルって。オマエさんのボディ・トークを、たっぷり聞かせてやったか?」


狐、「よくぞ聞いてくださいましたぁ!」と言う顔をしつつ、


「いえね、常にポジティブ・シンキング。オール・タイム攻めの人生、いや狐生が看板のあっしでやす、そのブドウの野郎にピシッと言ってやりやしたよ、『けっ、オマエみたいなスッパい女は、こっちから願い下げだぜ』ってね。」


狼、言葉を選びながら、


「うーん。それで良かったのかねえ。

まあ、今でも心に残ってるのは、選ばなかった方の選択肢ばっかだもんなあ。

それを後悔し始めたら、それこそ切りが無いもんなあ。

そういうのはスパッと切り捨てて、『ありゃあ、スッパいブドウだったんだ』と割り切って、別のブドウを探しに行く方が、理にかなってるのかもしれんなあ。」


狐、ここで手を緩めず、


「ダンナ、今度はダンナの番ですぜ。

あっしにだけ恥さらさせといて、自分は悟りの境地って、そりゃあナシにしましょうや。」


狼、急に下を向いて、


「そりゃあ、天下ごめんなさいのネタは、しこたまストックしてるけど、もう夜も白んで来た事だし、続きは明日の晩にしないか。」


「こんな日の高いうちから、ナニ千夜一夜物語してんですか、シェエラザードじゃあるまいし。」


狼、しぶしぶ、


「分かったよぉ。半年たっても心の傷が塞がってないんだけどなあ。」


「待ってました! じゃなくて、あっしで良ければお話を聞きやすよ。」


「こういう時だけは、ホントにいい顔するなあ、オマエ。」


狼、口を開きます。


【第二夜】


「この春先の雪どけシーズンの事さ。知っての通り、ここいら一帯の原野は、雪どけ水で川の水面が上がって水びたしになる。

オレたち狼のエサとなるべく生まれついた小動物たちは、みんな、どこかに行っちまう。

だから、オレたち食べる方も動かざるを得なくなる。

まあ、毎年の事だけどな。」


「アンタのエサになりたくて生まれて来た訳じゃないんだけどな」と狐は思いましたが黙ってました。


「毎度毎度の繰り返しが、なんか面倒になっちまってな。

『常に先回りする。ターゲートの二歩三歩、先を読む』。

それがハンターの仕事だと分かっちゃあいるが、食われる方は、こっちの五歩六歩、先を読んでるさ。それを良く教えてくれたのが、狐どん、オマエさんだ。

オマエさんと、こうやって時々、話をするようになってから、なぁんか、エサの事をエサと呼べなくなってなあ。別に情が移ったって訳じゃないんだが。」


「こっちだって、別に情をかけて欲しい訳じゃないよ。面白いから、からかってるだけだ」と、狐は心の中で毒を吐きました。


「そんなこんなでウダウダしてる内に、オレは、この岩の上で孤立しちまった。

水底まで足も届かない泥水に包囲されて、エサどころかトイレにも行けやしない。

そこでオレは思ったよ。

『狩るのが仕事のオレが、もう狩りたくないと言う。そう発心した時点で、こうなる事は決まってたんだ。この上は、ここで餓死するのもご縁、生き延びるのもご縁。じっと耐えているのも断食修行とは思えんか』とな。」


「そんなんで、良く生き延びれましたね。今年の雪どけ水は、えらい量が多くて、引くのも遅かったじゃありませんか。」


ここで狼、ぐっと言葉に詰まる。胸に迫るものに耐えながら言葉を続ける。


「ああ、つらかったよ、つらかったよ。毎度のことだが、飢えほど恐ろしいものはないね。病気になれば死にたくないと思うが、空きっパラを抱えてどうしようもないとなると、『いっそ誰かオレを殺してくれ』と思うもんな。」


うんうんと狐はうなづく。空きっパラが怖いのは、野生動物なら誰もが知ってる事ですから。


「その時だよ。現れたんだよ、目の前に。光り輝くヤギがさ。」


「足も届かない泥んこの水の中にですか?」


「いや、水面に浮いてた。浮島みたいに水の上に立ってた。」


「気のせいじゃないんですかい?」


「最初はオレも、そう思ったさ。

でも、こっちだってハンターだ。断食修行は、ここまでだ。これからは戦闘状態に入れりだ。

取り敢えず、そのヤギに飛びかかった。角でしこたま反撃されたよ。

今度は痛かったなあ。油断してた脇腹から、血がダラダラ流れたよ。

オレは自分に言い聞かせたね、『大丈夫だよ、ママ。血が流れてるだけだよ』って。」


「ダンナ、ホント古いロックが好きっすね。あっしもだけど。

まあ、とにかく、そのヤギの野郎が見間違えじゃない事は分かった訳だ。」


「ああ、そこから先は、飢えた手負いの狼と、謎のヤギの泥んこプロレスさ。」


「そりゃもう、怖いものはありませんからね。」


と、狐も深くうなづく。

野生動物はケガを恐れます。鼻の頭を擦りむいただけでも、消毒薬ひとつ塗ってはもらえませんから。

だから逆に手負いになったとなると、もう怖いものはない。遠慮しいしいターゲートと間合いを取る必要もない。ガチンコ勝負になる訳です。


「空きっパラのオレの、一体どこから、こんな力が湧いて来るんだと思ったね。

泥の中で血まみれになりながら、オレはどこでもいい、ヤギの体を咬み続けたよ。

あの血はオレの血だったのか、ヤギの血だったのか、今では分かりゃしないがな。」


「まあ、とにかくヤギは仕留めた訳ですな。

こうやってダンナがピンピンしてるって事は。」


ここで狼、ちょっと戸惑ったような表情を見せる。


「そう思うだろ? ところがどっこいでなあ。

動かなくなったヤギを見おろして、『やったぞ』と思った瞬間、ヤギの体がパッと消えちまったんだよ。」


「やっぱり、気のせいだったんじゃありませんか?」


「気のせいなもんか。空きっパラで、おまけに血だらけで、それから半日、オレはのたうち回ったんだぞ。

いよいよご臨終って時に、オレは思ったよ。


『長くて曲がりくねった道みたいな人生、いや狼生だったけど、やっと御仏のドアの前までお導きいただいたような気がします。兎にも角にも断食修行の誓いを破らずに済んだ、このご縁をちょうだいできました事に感謝します。』


その直後だよ、誰かが大きな声で笑いやがるんだ。


『なにが修行だ、ナマイキぬかすな。いいか、修行はお布施のためにある。いや、お布施そのものが修行なのだ。どっちが後でも先でも構わんが、それでも御仏に帰依してる積もりなら、もう一遍、顔を洗って出直して来い!』と、こうだぜ。」


狐も一瞬、絶句してしまいましたが、ハッと気づいたような顔で言いました。


「ああ、分かりやしたよ、ダンナ。あの方に、まんまと一杯食わされたんですね?」


狼も、ホッとため息つきながら言いました。


「ああ、その通りさ。ひどいよな。狐でも狸でもムジナでも、ここまでしないぜ。」


「それでダンナ、結局、どうやって助かったんで?」


狼、「もう隠す必要もないや」みたいな感じで淡々と答えていわく、


「傷はあの方が直してくれた。エサもくれた。『今回限り、命は助けてやるから、今度こそ、ちゃんとお布施しろ』だとさ。」


今度は狐が、ため息をつきました。


「お布施って言われてもねえ。

野生動物の私たちにお布施できるのは、せいぜい、この体くらいのもんですよ。」


「ああ。人間は、いいよなあ。電車で席ゆずっただけでも、お布施した事になるんだから。」


とうとう二匹とも、どよ~んとしてしまいました。


ちなみに「電車で席をゆずる」のは床座施しょうざせと申しまして、レッキとしたお布施であります。

詳細は兎平亀作の近刊『無財の七施(副題)お金なしでもお布施できる七つ習慣』をご覧ください。



死んだも同然の狼と狐の横に、お地蔵さんがスタスタと歩いて来ました。

お地蔵さんいわく、


「おい、おまえたち。いつまで遊んでるんだ? もう長期休暇は十分だろ。さっさと付いて来い。」


そう言って、お地蔵さんは振り向きもせず、向こうに行ってしまわれました。


「あ~あ、また、こき使われるのか」と、神狼と神狐は目で会話し、お地蔵さんを追いかけて行きました。



一時間後、川のほとりのカラスたちは、岩の上に死んだ狼を見つけ、岩の下に死んだ狐を見つけて、おいしい晩ご飯のお布施を、ありがたくちょうだいしましたとさ。

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