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「茜はさ、最近行きたいところとかあるの?」

「わたし? そうだね……」


場面は変わって、まだ女神の国へ来るよりも前の茜が夕暮れの帰り道を歩いていた。

そしてその横にいるのは穂香だった。


「わたしは、お寺とか神社とか、そういう静かなところに行きたい」

「女子高生らしからぬ趣味嗜好だねえ」

「……だって、それが事実だし」


二人が幼馴染であることからも容易に推測は出来るのだが、家はすぐ近くにあった。

茜の家から歩いて2件隣、そこが穂香の家。


だからこうして学校からの帰り道を共にしているのも自然なことだった。

いや、正確には委員会の仕事で遅くなった茜のことを穂香が待っていたのだが。


二人の家からそう遠くなく、偏差値もそこまで高いわけではない並みの高校を進学先に選んだのは茜で、それは距離の面もあるし自分の学力とも見合っていたという至って妥当な理由だった。

ただ、穂香も同じ高校を選ぶとは思っていなくて、出願先が同じであることを知ったのは受験の少し前。

穂香の学力ならもっと偏差値の高いところだって選べただろうに。


二人の関係が今もなおこうして続いているのは、ひとえに茜に寄り添い続ける穂香の存在があったからこそ。

だけど、二人の距離はそれ以上は縮まらない様子で。


「確かに茜はそういう落ち着いたところの方が好きそうだし。ほらさ、小さい頃テーマパークに行った時のこと覚えてる?」

「えっと、うん。わたしが泣いて嫌がった時の」


あれは小学校低学年の時、それぞれの親が一緒になって二人の大きなテーマパークに連れて行ったことがあった。子供向けのアトラクションも充実した人気の場所だったのだけれど。


二人の反応は対照的だった。

穂香は喜び勇んで園内を駆けまわり、今の身長で乗れるアトラクションを次々と制覇していった。

一方の茜はその場にいることを嫌がり、人の少ない日陰のカフェで休ませるまでずっと泣きべそをかいていた。


「茜、あの頃からそういう場所は苦手だったから」

「……うん。今も大体そんな感じだよ、残念だけど」


幼かった頃の茜にはすべてが苦痛だった。

目の前に広がる鮮やかすぎる世界も、そこに集まるたくさんの人々の動きも、そこから上がる歓声や喧騒も、何もかもが茜の心には重くのしかかってきて、それを泣くという行為でしか表現できなかった。


今同じ場所に行ったら少しは違うのかもしれないけど、根本は大して変わっていないと思う。

泣くという表現から、出来るだけ人の少ない場所に逃げるという行為に代替するだけだろう。


「じゃあ私も一緒に行こうかな、寺社仏閣」

「……穂香、そういうところ好き? たぶん何もなくてつまらないと思う、けど……」


茜は自分がたぶん趣味を楽しむ上の考え方が同年代のそれとはズレていることをわかっていて、それに付き合わせることを申し訳ないと思ってしまう節があった。

だから、そんな言葉が口をついて出てしまったのだけれど。


「そっか、じゃあ私はやめとくよ」

「……あっ、ごめん……別に嫌なわけじゃなくて」

「ううん、いいの。茜がその気になってくれた時に、また誘ってくれれば」


好きで一人になっているわけじゃないのに。

決して一人きりになりたいと思っているわけでもないのに。


こうやって穂香の間にすれ違いが積み重なってしまっていることは茜もわかっていた。

でも、それでも二人の関係が続いていくからそれに甘えてしまっている。


「そっか、最近土日に遊びに行っても茜が家にいないのはそれが理由かあ」

「えっ……穂香、来てたの?」

「うん。なんとなく茜に会いたくなって家に行ったら、おばさんが『茜は今出掛けてるの、ごめんなさいね』って言ってお菓子だけくれる」


その通りだった。

こうして高校に進学して、自分一人で行動できる範囲が広がって単独で出掛けていくことが増えたから。

もちろん行き先は人が少なくて静かな場所。


それにしても土日まで家に来ているというのは初めて知った。

中学生の頃は部活で忙しくしていたからかもしれないが、穂香が家に来るのは平日の夕方くらいだった。

高校では部活をやっていないことは本人から話を聞いていたけれど、まさか自分に会うためにその時間を割こうとしていたなんて。


他にも友達がいるんだし、一緒に出掛けて行けばいいのに。

わたしのことなんか、そんなに考えなくてもいいのに。


でも、こんなにわたしから離れようとしないなんて、もしかして本当は穂香もわたしのことを……



そうやって考える自分もやっぱりいて、ふと隣にある彼女の手を取りたくなる。

そうしてちゃんと言えたらいいのに。わたしは穂香のことが好きです、って。


でも相変わらずその勇気はないし、その先の想像が茜にはできなかった。


その先の想像というのは何か。

具体的に言うと、恋人になった先の未来がよく見えない。


恋人になったら、その人と一緒に過ごして、お出かけしたり食事をしたり、そういう感じがしていた。無論茜の頭の中での話だが。


でも自分が何か恋人のためにできることはあるだろうか。

ただ近くにいることしかできない気がする。それって結局今の関係と変わらないんじゃないか。


そうなった時に穂香は満足してくれるだろうか。

もっと言えば自分に飽きたり愛想を尽かしたりしないだろうかと怖くなる。


人を好きになるってそんな軽い話なのか、いや違うだろうと叱咤してくる自分もいれば、穂香みたいに明るくて人に囲まれて元気な人とこんな閉じこもりがちな人間が好き合えるのかと疑問を投げてくる自分もいる。


告白する勇気、その先の自分を変えていく勇気。

結局のところどちらも茜には足りていなかった。



―――



だから、縁側に座ってぼんやりと遠くを眺めていた時、横からぴょこっと顔を見せた小春のことを穂香と勘違いして飛び上がらんばかりに驚いてしまったのは仕方のないことだった。


「ひゃぁっ!? ……あ、あっ……」

「茜さん、大丈夫ですか? 虚ろな目をしておられたので心配になってしまいました」

「こ、小春さんですか……いえ、ちょっと考え事をしていただけです」


同じ顔というのはタチが悪いと思う。

心の準備をしていないとこんな風に本気で驚いてしまう。好きな人と同じ顔が目の前に来るなんて。


小春はそんな茜の気持ちには気付かないようで、同じように縁側に腰掛けて隣に来た。

二人で昼下がりの穏やかな景色を視界に入れながら、静かで柔らかな風を感じながら過ごす。


「茜さんはここでの暮らしをどう思いますか?」

「えっ?」

「もうここに来てから半月経ちましたからね。お世話係としてのお仕事です」


そうだった。そう言われれば半月くらいが過ぎたように思う。

カレンダーなんてものはないから、肌感覚で捉えるしかないけど。


それにしても小春はちゃんと日数を数えているのだろうか。

それも気になるが、今は自分の気持ちだ。


「静かで落ち着いていて、自分に合った場所で暮らせていて、すごくいいなって思います」

「でしたらよかったです。周りの皆さんも茜さんのことを好いているようですし、わたくしも安心です」


茜の答えに彼女は嬉しそうに微笑んでみせる。


限られた人しかいなくて、周囲を自然で囲まれて外界から隔絶された空間。

現代日本で自分を取り巻く、そして自分の周りを行き交うヒトもモノも情報もここには届かない。


それは茜にとってのユートピアとも言える場所だった。

だから、とても心地よい。日々の辛いことも全部忘れて、ただ静かに暮らせる。


それでも一個だけ心の片隅から消えないのはやはり穂香のこと。


彼女と同じ顔をしている少女に、この気持ちはまだうまく言えなくて、ただその横顔を見つめるしかできない茜だった。

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