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茜が女神の国へ迷い込む数日前のこと。

その日の茜の自室には来客があった。


「穂香、あのさ」

「ん、何?」

「わたしの部屋にいるままでいいの? 他の友達もいるのに」


長束穂香はその疑問にさほど考える素振りも見せずにあっけからんと答えた。


「私は茜と一緒にいる方が楽しいし」

「わたしの部屋でゴロゴロしてるだけじゃん」

「訂正。茜と一緒にいるのが一番気が楽」


茜の幼馴染である穂香という少女は、それはそれは社交的な人間だった。

人付き合いがそんなに上手くない茜からすると、学校でもすぐに新しい友達を作って、色んな人と楽しそうに会話して、放課後は遊びに行ったり、そういうことが出来る穂香は自分とは違う存在だと思っていた。


たぶん世の中の俗な言い方をするのであれば、自分は陰キャと呼ばれる属性の暗くて閉鎖的な人間で、逆に穂香は陽キャというような明るくて活発なタイプであり、二人は真逆だと捉えるのだろう。


だけど、二人が高校生になってなおこうして同じ時間を過ごしているのはひとえに幼馴染という関係が大きいと思われる。

二人の出会いは幼稚園に入るよりも前で、親同士が引き合わせて一緒におもちゃで遊んでいたらしい。

そしてその関係は幼稚園、小学校、中学校と変わることなく続いていった。


成長するにつれて性格ははっきりしてきて、二人の好む人付き合いの仕方も、趣味も気になるものも分かれていく。

それでも二人の関係は終わらなくて、ひとえに穂香が茜から離れようとしないのが要因だった。


こうして穂香が茜の部屋へやって来るのは週に3回程度。

多い時は平日全部まとめて茜の部屋に入り浸っていることすらある。


そうして彼女が何をするかと言えば、組み立て式のテーブルを部屋の隅から持ち出してきて宿題を始めたり、茜と他愛もない雑談を繰り広げたり、今日のようにベッドに寝転がってスマートフォンを眺めている時もある。

でも大体の共通点として何かしら茜と話をして、時間を共有しようとしている仕草があり―


「そうだ茜、今話題のスイーツの店があるんだけどさ」


今だってそう。

ベッドを占拠してゴロゴロ転がっていたかと思えば、突然起き上がって茜の方にスマートフォンの画面を見せてくる。


「このフレンチトースト美味しそうじゃない? アイスクリームとセットになってるんだよ。ここ、茜と一緒に行ってみたいなあ」

「わたしはいいよ。人多そうなところ苦手だし、他の友達と行ってきなよ」

「えー、私は茜と一緒が良かったのに」


茜は歳を重ねるにつれて自分が外に行きたがらない、自分の世界に閉じこもりがちな人間なのは自分でもわかってきて、それは穂香にも伝わっているからこそ、こうしていつまで経っても懲りずに積極的に誘ってくる穂香のことがわからずにいた。


それに穂香には友達だってたくさんいる。

何故か茜と同じ高校に進学して、同じクラスになったからこそ穂香の交友の広さはわかっているつもりだ。


なのにどうして、そんなにわたしに執着するのだろう。

こうして外の世界から離れようとしているだけの、大して取り柄もないわたしなんかと一緒にいるのだろう。


「茜、そんなんじゃ将来就職した時に社会人として生きていけないよ?」

「……その時は、なんとかする」

「なんとかならなそうだから言ってるのになあ」


そう言ってベッドに戻っていった穂香はまた適当にスマートフォンを弄って寝返りを打っては黙って過ごしている。

それを横目で見つめながら机に向かう茜は思う。本当にこの幼馴染は何を考えているんだろうと。


だけど、そんな今の関係を心地良くて嬉しいと思ってしまう自分がいることはわかっていた。

このまま穂香がずっとそばにいてくれたらいいのに、という気持ちがどこかにあった。


なぜなら、茜は穂香に片想いをしているから。

いつから恋心を抱いていたのかは自分でも明確にはわからないけど、気付いた時にはもう好きになっていた。

和風で整った顔立ち、柔和な雰囲気、自分にも優しくしてくれる明るくて元気なところ、可愛いものに目がなくてキラキラしているところ、怒る時は真剣に怒ってくる姿、自分の前だけは見せてくれる気が抜けてぼーっとしている様子。


だけど、その気持ちを伝える勇気は臆病な茜にはなくて、でもそうしなくても穂香は自分のそばにいてくれるから伝える必要もなくしてしまって、結局何も言わないままの関係でこうして続いているわけなのだが。


(でも、わたしがこのままじゃ、穂香も愛想を尽かしていなくなっちゃうのかな)


そんな考えが時々脳裏をよぎる。

さっきのように穂香が自分に何か提案してくれたり、一緒に何かをしようと言ってきても、自分には無理だと思ったり辛いから嫌だと思ったりして、こうして断ってばかりの自分がいる。


スマートフォンで見せてくれたフレンチトーストのお店だってそうだ。

それ自体は嫌じゃないのに、そうやってそんなにキラキラしたものが出てくるような都会まで出ていくのが怖いだけだった。人が多くて、騒がしくて、モノや情報がうるさく行き交う世界は苦痛だから。


こうやって苦痛から逃げてばかりなのは良くないと思っても、結局怖くなって引っ込んでしまう。

こんな自分じゃ愛想を尽かされる、なんて想像が浮かぶのは当然だった。


そうやって考えていると目の前の問題集もノートのページも何一つ進んでいなくて、結局そこから先へ進むことを一度諦めた茜は、ベッドの端っこにぽふんと腰掛けて、背中越しに穂香に問いかける。


「穂香はわたしの部屋が好きなんだね」

「そうだね、茜も好きだし茜の部屋も好きだよ」


その「好き」は恋愛の意味なのかと問う勇気はやっぱりなくて、無難な言葉を重ねる。


「わたしも、心地良いとは思ってるけど」

「けど?」

「けど、穂香は本当にわたしと一緒にいて満足してるのかなって」

「ふふふ、なにそれ。私が自分で選んでここにいるから満足してるよ、もちろん」


その満足とは一体なんなんだろう。

わたしと一緒にいて何か得られるものがあるのだろうか。気が楽だなんてそれだけで。


でもそれ以上が怖くて訊けない。

そこで一緒にいる理由が全部わかってしまったら、わたしたちの関係はそこから先に進まない。

ただそばにいて心地良いだけの幼馴染で終わってしまいそうで。


もしかして、天文学的な確率で穂香もわたしのことを恋愛的な意味で好いてくれているのかも、と想像したりする。

無論ただの想像でしかない。


だから、ここで立ち止まっている。

世間はこれを友達以上恋人未満とでも言うのだろうか。


自分で一歩を踏み出す勇気もなくて、自分を変えていくほどの力もなくて、ただその場で留まっている。

それが雁瀬茜という少女だった。

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