手紙
茜さんへ
おひさしぶりです。小春です。
この手紙をもし読んでおられるようであれば、わたくしからの突然の便りにさぞかし驚いておられることかと思います。
茜さんの驚く顔を想像したら思わず笑ってしまいそうになるわたくしをお許しください。
さて、この手紙は茜さんに訊きたいこととお伝えしたいことがあってしたためています。
これを書き終えたら女神様にお願いして、茜さんのいるところまで届けてもらう予定です。
改めてそう思うと緊張しますね。こんなお願い、まさか聞いてもらえるとは思っていませんでしたので。
さて、茜さんは大切な方に想いを告げることが出来たでしょうか。
深く考えて決意してこの国を去った茜さんのことですから、きっと上手くいっていると思います。
そちらの暮らしはこちらのように静かで穏やかなだけではない、きっと世俗の波に呑まれてしまうようなことがたくさんあると思います。
でも、わたくしに決意を告げてくださった時の茜さんのことを思い出すと、それも超えていけるものだと信じています。
わたくしが言うことではないかもしれませんが、大切な方と一緒に歩む人生をどうか大事に過ごしてください。
そして、この先も幸せに暮らしていけることを祈ります。
そして、こちらからお伝えしたいことですが、わたくしは元気に暮らしています。
茜さんがそちらの世界に帰ってしまってから二年が過ぎましたが、わたくしは茜さんのことを忘れずにしっかりと憶えております。
時々雪音さんや蓮華さんとも茜さんの話をしますよ。
元気に暮らしていてほしいと二人とも言っていました。
それともうひとつ。いつか水墨画で描いた茜さんの横顔は今でも大事な宝物で、時折長持から取り出しては眺めています。そうすると恋人には嫉妬されるんですけどね。
そうです。わたくしにも恋人ができました。
茜さんが去ってから半年後にやって来たわたくしと同い年くらいの女の子で、茜さんに似て少し気が弱くて、でも茜さんとは違っておしとやかな子です。
ふふふ、茜さんもおしとやかでしたよ。怒らないでくださいね。
茜さんはとても優しい人なので、もしかしたらそちらの世界に帰った後、わたくしが落ち込んでいないかと心配してくださっているかも、と思っておりました。
どうでしょうか。わたくしの予想は当たっていましたでしょうか。
そんな茜さんに伝えたかったのです。
わたくしは元気でいます、と。
茜さんがいなくなっても悲しさに埋もれることなく生きています、と。
茜さんを見送った後、本当は落ち込んで食事が喉を通らなかった日もありました。
でも、その度に茜さんの言葉を思い出して、きっとそちらの世界で強く生きているのだろうと自分を奮い立たせて、そうしているうちに新しい出会いもあって、こうして幸せに暮らしています。
わたくしの人生の中で、茜さんと一緒に過ごした時間はとても大きなものとして心の中に生き続けています。
茜さんも、同じように思ってくださっていたら嬉しいです。
それではそろそろ筆を置きます。
こうして便りを出すことはもう二度と叶わないかもしれませんが、わたくしから茜さんへの想いはこうして文字にしたためました。
茜さん、わたくしに素敵な時間をくださってありがとうございました。
どうか元気でお過ごしください。
―――
ある日、家に帰ってふと机の上に置かれていた便箋を開くと、小春からの手紙だった。
茜が女神の国に迷い込んで、そしてその地を去ってから2年が過ぎ、穂香との暮らしは順風満帆で少しずつこの世界と付き合うことにも慣れてきていた。
だけど、茜の中から小春の存在が消えたわけではなかった。
わたしに大切を教えてくれた人。
彼女との思い出は茜の心に生き続けている。
そして彼女の存在は今でも茜の支えになっている。
だから、この手紙を受け取ってとても嬉しかった。
小春が幸せに暮らしていること、小春が自分を忘れずにいてくれていること。
今すぐにでも返事を出したいくらい。
だけど、それはできないから小さな声で呟く。
「小春さん、わたしも幸せに暮らしてます」
そして、その声に反応したのは穂香だった。
こうして茜の部屋に入り浸るのは昔から変わらない。
「ん? 茜、何か言った?」
「なんでもない。ただのひとりごと」
このことは穂香にも話さないでいいか、と思う。
大切な人と一緒に生きていくための希望と決意をくれた彼女のことは、誰にも触れさせない、心の一番奥深くの大事なところにしまっておくのだ。
そしてこの手紙も自分だけの宝物にする。
時々読み返して、彼女のことを深く思い返して、そうやって心の支えにするのだ。
小春からの手紙を、茜はいつまでも胸に抱き続けていた。