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巫女舞を奉納する舞台は女神がいるという神殿の本殿。

その中央に位置する祭殿の前だった。


もちろんこの空間は何度も訪れたことがあるけど、今日は違う。

辺りを見渡すと広がっている鮮烈なまでの緊張感も、舞を見守る他の少女たちの存在というプレッシャーも、そして言葉では言い表せない張り詰めた神聖な空気も。


その真ん中で小春と並んで、手には採り物を携えて、ゆっくりと舞う。


楽器を演奏してくれる巫女たちの音色に合わせていく茜の心中は、凪いだ水面のように静かだった。

たくさんの人の前で、女神も見ているかもしれない場所で、それでも穏やかに舞い続ける。


舞が始まったばかりのゆったりとした様子から、中盤にかけて少しだけ動きが大きくなる。

それを小春と確かめ合って一個一個丁寧にこなしていく。


小春とは昨晩のことがあったけれど、こうして協力して舞を続けている今は何の気後れもなく向き合えている。

自分と同じように舞っている小春の姿がとても優雅で、美しくて、その隣にいられることが嬉しい。


その途中で小春と目が合って、一瞬だけ微笑んでくれる。

そんな小春の微笑みは彼女の想いを茜に伝えているようだった。


わたくしも茜さんと一緒にいられて嬉しいです、と。

茜さんにわたくしのことを好きになってほしいです、と。


微笑みだけではなく、一緒に舞っている中でお互いの姿を捉える瞬間にも小春の想いが伝わってくるような気がした。

茜と一緒に過ごせて嬉しいという想いが小春の全身から発せられているように思えて、それを感じる度茜も嬉しくなる。


舞が後半に入っていけば伴奏の楽器たちにも熱が入ってきて、それにつられるように二人の舞も最後へ向けて力がこもっていく。

小春は自分の茜への想いを表すように。そして茜は小春への想いを示すと同時に、自分がこの国で得た頑張れるかもしれないという気持ちを試すように。


そう。それが茜にとってのこの場所だった。

一人になれない場所も環境も苦手で、ずっと逃げてきた自分が、小春という支えを得てどこまで頑張れるのか。それを試す場所でもあった。


だからこそ、今全力で舞をやり遂げてみせることが茜にとって大事なことで、そして小春への気持ちを示すことにもなって。

だから、無心に一生懸命に舞を続けていたら、いつの間にか演奏が終わって、長かったような短かったような不思議な実感を残しながら舞も終わってしまっていた。


終わったことを認識した途端、思考に靄が掛かったようにぼーっとしてしまう。

無心に続けていたからこそ、その終わりが唐突に訪れて頭が追い付いていなかった。


そしてそれを現実へ引き戻したのは、肩に手を置いた小春と、その横にやって来た円佳から渡された供物だった。

これから茜は祭殿の奥へ進み、女神のご神体の前にこの供物を献上してくる。

そう言われていたのを思い出して、そこで茜の思考は明瞭に戻った。



―――



そうして踏み入れた祭殿の奥は、人が数人入れるか入れないかの小さな部屋で、その奥に佇んでいるご神体の前に供物をそっと捧げる。音ひとつない静かな空間。


そうしてその場を立ち去ろうとした茜を引き止めたのは、頭の中に直接響いてきた不思議な声だった。


『雁瀬茜さん、貴女にお話したいことがあります』


その声は母性に満ちた優しい女性の声で、そこで茜は直感的に理解した。

この声の主が女神という存在なのだろうと。


『引き止めてしまってごめんなさいね。でも、貴女が想像している通り私がこの国の女神です。どうでしょう、話を聞いてもらえる気にはなりましたか?』

「はい。……むしろわたしも、お話ししてみたかったので」


茜は部屋の床にちょこんと座って、女神との対話を続ける。

彼女との対話は初めから茜の思考をまっすぐに突いてくるものだった。


『私から貴女に尋ねたいことが一つあります。今後もこの国で暮らしていきたいと思いますか?』

「……それは、望めば元の世界に帰れるということでしょうか」

『ええ。貴女が望めば帰り道を示しましょう』


女神という得体の知れない存在を前にしても茜は揺らがない。

至って冷静に、落ち着いてその話を聞き、言葉を返す。


『……そうですね。貴女には説明しておくべきだと思います。この国が存在する意味を』


正体を見せない女神はそう言って話を続ける。


『この国は、私が少女たちを保護する場所として自らの力で作り出したものです。

 何かしら人や環境で苦しんでいる子、心に傷を負って辛い思いをしている子、そんな子たちを保護するため、私の力の及ぶ範囲でこの国へ連れてきているのです。それをそちらの世界では神隠しと呼ぶようですが―』


茜もその言葉に納得していた。

社会で生きることが辛くて、一人でいることでしか自分を守れなかったからこそ、この場所に誘われたのだろうということ。


『彼女達はこの国で穏やかな暮らしを送れるよう私の庇護下に置きます。貴女と舞を共にした彼女も同じような経緯でこの地へやって来たのです』


そして小春もまた同じだった。

彼女は両親の暴力から逃れるためにこの国へ導かれたのだろう。


「どおりでこの国には穏やかで静かな少女しかいないんですね」

『ええ。貴女もそうでしょう、人と社会の間で生きることを苦痛に感じていた貴女も』


その通りだ。ヒトとモノに溢れた社会で生きていくことが辛い、そう感じていた。

いや、今でもその気持ちは変わっていないのだけど。


だけど、今の自分は、ここに来た頃の自分とは違う。

小春のおかげで、雪音や蓮華、周りの少女たちのおかげで、逃げなくても生きていけるかもしれないと思えるようになった。


だから―


「最初の質問ですが― わたしは、元の世界に帰りたいです」

『よいのですか? もう二度とこの国には戻ってこれませんよ』

「はい。それでも、わたしは自分を試してみたいんです。元の世界で、逃げ惑わずに自分の力で生きていけるか」


それが理由の一つ。そしてもう一つは。


「わたしは元の世界に大事な人を置いてきました。彼女とちゃんと向き合わないと、一生後悔してしまいそうなんです」


いつでも自分のそばにいてくれた幼馴染。

彼女と真っ直ぐに向き合ってこなかったことへの後悔を持ち続けたままではいられない。

それに、彼女と一緒なら、自分ももっと強く生きていけそうな気がする。


『よいでしょう。では明日の朝、遣いを向かわせます。その者に従ってください』

「はい、ありがとうございます……いえ、短い間でしたが、ありがとうございました」

『礼には及びません。貴女が自分で自分の道を見つけて決心しただけのことです』


それを最後に女神からの言葉は途絶える。

言葉のなくなった静かな空間に茜だけが取り残される。


そこから立ち上がって出ていこうと歩みを進める茜の瞳には覚悟の色が満ちていた。

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