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第二章 協心する人とロボット その一

 東の空から太陽が顔を出す冬の朝焼けが美しかった。アミはイオを抱き抱えてスラム街の中央にある広場に足を運んだ。そこには古びた石畳が広がって、周囲には高くそびえる廃ビルやバラックが立ち並び、雑草がところどころに生えていた。


 広場の一角では地域のボランティアの手によって炊き出しが行われていた。大きな鍋から湯気が立ち上り、暖かい食事の香りが漂っている。


 既に行列を作っていた住民達は、お皿を手に順番を待っていた。アミはいつものように静かに列の最後尾に並び、そして周りの人々の顔をひとりひとり見渡す。子供達の元気な笑顔、疲れ切った労働者のほっとした顔、老人の穏やかな表情、そこには十人十色の人生があった。


「二人でいると退屈ないつもの順番待ちも違って感じるよ」


 そうアミはと背中のリュックサックの中にいるイオに話した。


「そう言って頂けるとイオも嬉しいです」


 イオはそう応えた。


 アミは少し考える。イオが感じている嬉しいという感情は本当のものなのだろうか? それとも本当は何も感じてなくて、機械的に人間が満足するような答えを出して返答しているだけなのだろうか?


「あたし馬鹿だから分からないなぁ」

「何がですか?」

「何でもない!」


 イオは機械にしてはあまりに人間的すぎてアミはどう接して良いか悩む。でも、イオという人工知能の電子回路がどんな思考または演算をしているかは不明だが、アミは他の誰でもないアミ自身がイオを人格として認めているのだからそれで良いかと思った。


 やがて順番が回ってきて、アミは丼に注がれた熱々の野菜スープとお椀に盛られた炊き立てのご飯を受け取る。食事をする場所を探していると、スラム街でよく見かけるおばあさんが「ここに座りなさい」と隣にスペースを空けてくれていた。


 アミは感謝の意を込めて頭を下げ、お婆さんの隣に座る。


 アミはまず体を温めるために香りを楽しみながら一口野菜スープを飲み込んだ。体が内側からじんわりと温まっていくのを感じる。


「またお婆さんの世間話でも聞いてくれる?」

「もちろん! お喋り大好きです」


 アミは笑顔で答えながら、野菜スープとご飯を美味しそうに食べ進めた。そうしておばあさんの昔話に耳を傾ける。このスラム街は出来たばかりと聞いていたが、それでもちゃんと歴史があるようで、短い間に色んなことがあったようだ。


 そうしてアミは食事を終えると広場を後にする。


「よし! お金ないし、家も追い出されそうだし、今日は休日だけどしっかり労働に勤しむぞおおおおおおぉぉぉッ!」


 アミは道中の路上のど真ん中の頂で両手を広げ、日の出の空に向かって雄叫びを上げた。アミはすれ違う人から奇異な目で見られる。


 仕事場のゴミ山は直ぐ傍だ。アミはゴミ山に向かって歩みを進める。


「アミ様、イオは一つ提案します。新しい商売に挑戦してはどうでしょうか?」


 アミとイオは道中で作戦を練る。


「ほう、助手君。君の意見を詳しく聞こうじゃないか」


 イオは、現在のスラム街は構築されて日が浅いために生活の最適化がされていないと説明した。特に水不足の問題は深刻でこれに切り込める余地があるとも話した。


「水に関しては皆困っているんだよね。皆で井戸を掘ったこともあるんだけど、ゴミ山が近くにあるせいか変な匂いがするし、濁っているし、危なくて使えないのよね」

「雨水を集めて溜め、家庭用水にするというのはどうでしょうか?」


 イオはアミにスラム街の住人の家の屋根に竹の雨どいを設置して、雨水を集めさせる有効性を説き始める。


 イオの話によると日本の平均降水量は一年で約千七百ミリメートル。スラム街の住宅の屋根面積を約十立方メートルと仮定する。それを計算すると一年で屋根に降る水量は一万七千リットルとなるそうだ。


「えっと……。あたし馬鹿だから大きい数字並べられても分からないよぉ……」

「計算の結果、屋根に降る雨水の量は一年で二リットルのペットボトル約九千本にもなるとイオは算出します」


 もちろん屋根に降った水全てを使える訳ではない。しかし、それでもかなりの量の水が集められるのはアミにも分かった。


「なるほど……。皆の家の屋根に雨どい設置するお仕事が出来そう……。竹なら林にいくらでも生えているから困らないし、良いね! でもここら辺って工場がいくつかあるから雨汚いよ? それはどうしたら良い?」

「そこで再びアミ様の出番です。水をろ過する使い捨てのフィルターを作って売り込みましょう。ここにペットボトル、砂、小石、木炭、衣類など布はありますか?」

 アミは眼前に広がるゴミ山を見渡す。

「そんなの……山ほどあるよ」



******************************



 アミとイオは家がある商店街まで戻り、雑貨屋で足りない品を入手した後に家にある工作道具を揃えて再び出掛けた。


 目的地は近場の公園であった。外で作業すれば砂利や石で部屋を汚さないし、公園なら以前から集めているゴミ山の商品を売りに出して店番も出来るからだ。


「たまには違う場所で店を開くのも良いよね。イオ」

「新しい顧客確保に期待が持てそうです。イオも応援します」


 アミはリュックサックに道具を詰め、イオを丁寧に抱えながら歩く。商店街を抜け、広がる林を横目に進むと公園が見えてくる。


 今はちょうどお昼時。冬の霜や雪は少し溶けており、草木がキラキラと光を反射していた。時折、雲間から覗く陽の光が古いベンチや滑り台を温かく照らす。かつては手入れされた花壇やきらめく遊具で彩られていたこの公園も、今では色褪せて一部の遊具は錆びつき、草木はやや乱れている。しかしその荒廃ぶりにもどこか人の温もりが残っていた。


「ここ、結構良い場所だよね」


 アミは荷物を下ろしながら微笑む。


 遠くのベンチでは野良猫を餌付けする老人達がのんびりと過ごしており、サッカーや鬼ごっこに興じる子供達の笑い声が響いている。その光景を背にアミはビニールシートを広げ、リュックサックから道具や材料を取り出した。


「さて、作業しますか……。うわ冷たい」


 アミが冷たいバケツの水に手を浸けると、鋭い冷たさが手に染みた。


「お手伝いが出来ないのがイオは心苦しいです」


 アミはイオの指導を受けながら、小石、砂利、木炭を別々のバケツに入れ、丁寧に洗った。冷たい水に何度も手を浸しながら、それぞれの材料の汚れを丹念に落とす。痛む手を時折こすりながらも、アミはその作業をやり続ける。


「ここに布を入れて……」

「その調子です。アミ様」


 次にペットボトルの底をカッターで切り落としてそこから中に布、小石、砂利、木炭、砂、布を隙間のないように詰め込んでいく。気が付けばアミに興味を示した子供達が十人ほど集まって来ていた。


 先ほどまで遊んでいた一人の少年がアミに質問する。


「アミ姉ちゃん何を作っているの?」

「これはねぇ……。なんと水を綺麗にする装置を作っているのですねぇ……」

「嘘だあ。だってペットボトルに入っているの、全部ゴミじゃん」

「本当に本当なのですねぇ……。ね? イオ先生?」


 実のところ、アミも少年と全く同じことを思っていた。こんなゴミの寄せ集めのような道具で本当に水が綺麗になるのか、疑問であった。


「イオは科学的に説明します」


 イオは全員にろ過装置について説明する。


 逆さのペットボトルの上の開けた部位から入れられた水は布、小石、砂利、木炭、砂のろ過材を通って下のペットボトルの蓋を外した口から出る。その時、それぞれのろ過材には小さな孔が開いており、汚れ濁りの元となる異物はそれを通り抜けることが出来ないため、不純物の少ない水のみになるという訳だそうだ。


 そう説明されると、なるほどそうなのかなとアミは思わされる。


「では実際に水をフィルターに通してみましょうとイオは提案します」


 最後にイオはそう告げた。


 アミは装置の上の開けた部位から濁った水を入れていく。するとペットボトルの下の口から黒い水がちょろちょろと出てきた。


「ほらぁ! 全然綺麗な水じゃないじゃん!」


 子供達は鬼の首を取ったようにアミとイオを責め立てる。そして興味を失ったようでサッカーをしに戻ってしまった。


「こ、こんなはずでは……」


 アミはがっくりとうなだれる。


「アミ様、最初はこんなものです。何度か通水すれば細かい黒い木炭の微粒子がなくなり、透明な水が出るようになります」

「はい……」


 アミは負けじと何度か試行錯誤を繰り返し、通水し続けた。するとイオの言う通り、濁った水が装置を通すと少し透明な水になっていく。それを繰り返すとどんどん透明度は上がっていった。


 アミは嬉しがったが、その様子を見るために残った子供達は十歳くらいの男の子と女の子が一人ずつだけだった。


 男の子の名前をハルといい、女の子の名前とユウナといった。


「すごい! 本当に綺麗になるんだ!」


 ハルが感嘆の声を上げる。


「では、この綺麗な水、飲みます!」


 アミはペットボトルに溜めた透明な水をごくごくと飲み干す。実のところこの方法でのろ過は、菌までは除去出来ない。だから飲み水にする場合はろ過後にその水を煮沸する必要があるとイオから説明は受けていた。けれどもアミは観客であるハルとユウナの期待に応えるため、飲んだ。


「おお……。凄い……」


 ハルとユウナは小さく拍手する。


「えっへん」


 アミは小さな胸を張った。


「お姉ちゃんのお手伝いがしたい!」

「良いよぉ。一緒に作ろうか」


 アミは二人の助手の確保に成功し、三人とイオでこの装置の量産体制を敷いた。

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