終章 灯
アミとイオが神威総合テクノロジー本社で行ったライブ配信は、配信終了後わずか数分で爆発的に拡散された。その感想がソーシャル・ネットワーキング・サービスに投稿されることとなる。
「アミちゃんは馬鹿っぽいけど、その馬鹿みたいな行動力は褒めるべき。なんかしらんけど目から汁が出てきた……。アミちゃんが捨て身の覚悟で真実を伝えたんだから、私達も行動しないと」
「神威には愛がない。せっかく育てたエーアイの人格を、損得勘定だけで邪魔な存在として捨てるなんて……。本当に信じられない」
「イオの話し方、感情、全部リアルだった。イオはただの機械じゃない。知性を持った新しい命だって俺には分かった。だがイオを作り育てた神威には、なぜかその認識がまるでないんだな。親みたいな存在のはずなのに……」
またアミとイオが抱える危険性への懸念も見られ、物議を醸す。
「確かにアミの行動は勇敢だけど、法を犯しているのも事実じゃん。これを本当に容認して良いのか? 俺は不安だ。この事件を評価するのは難しいな」
「イオが人類にとって良い存在かはまだ分からない。エーアイの話題性だけで盲目的に支持するのは危険だ」
「イオは良い方にも悪い方にも可能性を秘めてる。だから神威がイオを脅威と感じるのも分かる。でも、だからと言ってそれを廃棄するのは間違ってると思う。我々がイオを正しく導くことを考え、イオと共に歩まなければならない」
賛否はあれど、ソーシャル・ネットワーキング・サービスのトレンド欄には「イオを守れ」「神威総合テクノロジーの闇」「人工知能の未来」などの関連ハッシュタグが瞬く間に並び、全てのトレンドランキングを独占した。
またインターネット上の掲示板でもこの事件に関するスレッドが数十個も立てられた。
「【エーアイ革命? イオ、またの名をドラえもん?】果たしてイオは人類の友達になれるのか?」
「【友達?】イオは機械なのに、涙が出る……。野比のび太の気持ちが分かった」
「【速報】アミちゃんの勇気に感謝。神威の闇を暴こう」
このようにインターネット上の掲示板には笑いを誘うスレッドが多く見られた。だが中には事件を詳細に分析するスレッドや、イオの人間らしさについて議論する真面目なスレッドもあった。
こうしたソーシャル・ネットワーキング・サービスやインターネット上の掲示板等での反響を受け、ニュース速報アプリのプッシュ通知には「神威総合テクノロジー、エーアイに関する重大疑惑が浮上」「エーアイ、イオの驚異的な真実が暴露される」といったタイトルが並びんだ。そしてあらゆるメディアがこの事件を取り上げ始めた。
マスメディアでは深夜に専門家を招いてのテレビ討論番組が放送され始めた。テーマは「エーアイの倫理と未来」や「企業の独占とその影響」である。
「イオの存在はエーアイの未来を象徴するものです。イオを廃棄することは、人類がエーアイとの共存を拒否することを意味するでしょう」
「神威総合テクノロジーの行動は、倫理的にも社会的にも許されるべきではありません。アミさんの行動は重要な一石を投じました」
このようにエーアイ研究者や社会学者がイオの存在やアミの勇気にスポットを当てた。
また市民団体のエーアイの権利を求める市民団体が次々と声明を発表した。オンラインで署名活動が開始され、二十四時間で数十万の署名が集まった。
「イオを守ろう!」
「エーアイにも生きる権利を!」
「アミとイオを支援し、神威に責任を取らせよう!」
そんな意見を持つ市民がアミとイオのいたスラム街に押し寄せたらしい。
このようにアミとイオは社会全体に大きな影響を与えた。
だがアミは元々インターネットに疎く、テレビも見ない。スラム街の中でしか活動をしてこなかった。だから自分が全国的な注目を浴びる存在となったことにアミは気付いていない。もちろんメディアからの取材の依頼が相次いだが、アミの保護者役を買って出た坂本が全て対応した。
アミは坂本から守られ、社会のうねりの実感が湧いていないままだった。けれどもそれで良いのだとアミは納得している。多くは望まない。アミにとって一番大切なことはイオが無事でいられることなのだ。
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アミは神威総合テクノロジー本社でライブ配信をしている途中で取り押さえられ、その後警察に引き渡された。
警察はアミを不法侵入と機密情報の不正入手の疑いで取り調べを進めたが、最終的に年齢とスラム街での生活背景を考慮し、特別な保護観察下に置くことを決定した。
弁護士の助言のもと、アミは反神威のジャーナリスト坂本からの支援を受け、法的な手続きを進めた。裁判所はアミの行動が一部合法的な暴露活動として認識されるべきだと判断し、アミには刑罰ではなく社会奉仕活動の形での罰が与えられることとなった。
そのためアミは一時的にスラム街を離れることになり、社会奉仕活動の一環として貧しい地域での支援活動に従事していた。
「君の話、ニュースで見たよ。ロボットを守るために戦ったんだろう?」
ある日、アミが支援先の炊き出しで食事を配っていると、一人の老人がそう声をかけてきた。
「え……あたしのこと、知ってるんですか?」
驚きながら尋ねるアミに、老人は頷きながら言った。
「勇敢だったね。応援してるよ」
こういう一幕もあった。
アミはずっとイオのことを思っていた。「イオはどうしているんだろう?」という不安がアミの胸を締め付けることもあった。それでも坂本からの手紙や電話で、イオが守られていることを聞き、希望を繋いでいた。
しばらくして遂にスラム街に戻る許可が下りた。そして今日、アミは少し大きめのリュックサックを背負い、流れる風景を見つめながら電車に揺られている。アミの心は喜びと不安でいっぱいだった。
「うぅぅ……ドキドキする……」
そうアミは呟く。
「神威総合テクノロジーは今回の件で重大な過ちを犯しました。我々の判断は誤りであり、深く反省しております」
ふと電車のドア上部にある案内用のモニターにふと目が留まる。そこにはニュース映像が流れていた。画面には神威総合テクノロジーのエーアイ開発部門部長である近藤が大勢の記者達の前で深々と頭を下げる様子が映し出されている。
「…………」
そう、神威総合テクノロジーは民衆から痛烈な批判を浴び、企業倫理を問われる形となったのだ。その結果、神威はイオの廃棄計画を正式に断念せざるを得なくなった。多くの応援のおかげで、アミとイオは目的を達成出来たのだ。
アミはライブ配信の反響を坂本からぼんやり聞いた範囲でしか知らなかった。大きな波紋を呼んだとは聞かされていたが、こうしてニュースを目の当たりにすると今更になって大変なことをしたなと実感が湧いてくる。
アミはこのニュースを見ながら静かに微笑む。
「もう大丈夫だよ……」
車窓から馴染みのある風景が見えてくる。そうして電車がスラム街に近づくにつれてアミの胸は高鳴り、同時に手が汗でべとべとになるほどの緊張を感じた。
「あたし帰ってきたよ」
アミは窓に映る自分の姿を見つめ、小さく呟いた。電車がスラム街の最寄り駅に滑り込み、自動ドアが開く。
坂本から聞いていた情報が脳裏をよぎる。
スラム街でのアミとイオの活動が再評価され始め、市民団体や人権団体からの支援も増えたとのこと。そしてイオは今も多くの人々に守られながらスラム街にいるという。
「あ! あたしの自転車、ちゃんと残ってる!」
アミは最寄り駅で電車を降り、近くの古びた駐輪場の前を通る。そこでかつて自分が置き去りにした自転車を見つけた。そのボディは少し風雨に晒された跡が残り錆びついていたが、また乗れそうだった。
アミはハンドルを握り、そのまま自転車に跨る。そしてそのままスラム街へとペダルを踏み出した。都会の喧騒を離れ緑がちらほらと現れる田舎道を抜ける。そうして目の前に広がるのはかつてのゴミ山だった。
アミはスラム街の中を歩きながら、見慣れたゴミ山の周りを回る。風に乗って漂ってくる懐かしい匂いがアミの心に一つ一つ記憶を呼び覚ます。
そうしてアミはかつてイオを見つけた地点に辿り着いた。そこは昔と変わらず壊れた電化製品や家具、廃材が雑然と積み重なっている。あの時もこんな風だったのだと、アミは遠い記憶に思いを馳せた。
「イオ……」
アミはその名前を静かに口にし、手元のゴミを丁寧に掻き分ける。そうしてアミは少しずつその場所に近づいていく。イオがいた場所はまるでアミを待っていたかのように静かだった。
「あれ……? あれれ……?」
アミがゴミ山を掻き分けている最中、急にゴミ山からポコンと何かが生え出て来た。それは見慣れた人間の頭部ほどの大きさで金属とプラスチックの混ざった外観、言うまでもなくイオだった。
「イオ……イオ!」
アミの声を聞いたイオがぶるぶると震え、バッとゴミ山から勢いよく抜け出した。宙を舞い、綺麗に地面に着地する。
「おおおおぉぉ! そ、その姿はッ!」
そこには前とは少し違うロボットがいた。見慣れた頭部に胴体や手が付いて、下半身にはキャタピラが付いていた。しかし見た目が変わっても直ぐにイオだと気付いた。それはアミがずっと待ち望んでいたイオの完璧な姿だった。
イオの目はまるでその時を待っていたかのように、微かに光を灯した。
「アミ様、お帰りなさい!」
最早頭部だけではなくなったイオが両手を上げ、キャタピラを器用に使い、アミの元に駆け寄って来る。そして小動物のようにアミの周りをぐるぐる回って、アミの足下にぴったりくっつく。
アミは嬉しくなって涙ぐむ。そして両膝を突き、イオを強く抱き締める。両腕がある今のイオもアミを抱き締め返した。アミはそれがまた嬉しくて、鼻をすすって涙をぽろぽろとこぼした。イオは金属の感触を持っていたが、ほのかに温かかった。
「見ないうちに大きくなって!」
「イオの体は支援団体の皆様に作って頂きました……。便利で嬉しいです」
アミは「そっかぁ、良かったねぇ!」と言ってイオの頭を撫でまわす。その感触すら懐かしかった。
「ごめんね、イオ。遅くなって……」
「アミ様、大丈夫です。イオはここで待っていました。お帰りなさい」
そうイオは穏やかに答えた。
スラム街の夕暮れはどこか優しく、そして力強い風が吹いていた。その道をアミとイオが歩いていく。
最初に出会った時、アミは母親を失って独りだった。小さな背中に背負うのは重いリュックサックと孤独だけだった。イオもただの廃棄された人工知能に過ぎず、自分が何のために存在するのかさえわからなかった。
けれども今は違う。
アミの背にはリュックサックだけではなく、イオとの絆が詰まっていた。その歩みはかつてあちこちのゴミ山で探し物をして彷徨っていた少女の足取りとは異なり、力強く前を向いている。
イオもまた、ただの廃棄された機械ではなかった。イオの目にはアミとスラム街の人の縁が映っていた。つまりイオはアミや誰かの支えになる存在として、確かに新しい生を得ていたのだ。
「ねぇ、イオ」
アミが歩みを止めて振り返る。
「はい、アミ様」
イオの答えは変わらないが、その声はどこか生き生きとしている。
「これからもよろしくね!」
「もちろんです。アミ様とイオは運命共同体です。これからも共に歩み続けましょう」
二人は手を取り合い、再び歩き始めた。その姿はスラム街に差し込む夕陽の中で一つの影を描いていた。こうしてアミとイオの物語は多くの人々に勇気と希望を与え、今も語り継がれているのだった。
完結です!
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