第六章 決戦の時 その一
薄暗い部屋の中、坂本は古びた木製のデスクに肘をつきながらアミとイオに向き直った。メガネの奥の鋭い三白眼がアミを捉える。その視線にはかつてジャーナリストとして培った覚悟が滲んでいた。
「アミ、計画を実行するには、まず神威の本社に侵入する必要がある。具体的な行動計画を立てようか」
そのように坂本が切り出す。坂本は手元の小さな端末を操作する。
「イオ、このデータを確認してくれ。俺が若い頃に手に入れた神威本社の見取り図と警備の情報が入ってる。これが必ず役に立つ」
イオは口からケーブルを伸ばし、坂本の端末に接続する。
坂本はアミにも理解させるため、見取り図のデータを印刷した。その紙をデスクの上に広げ、指差しながら説明を始めた。
「これが神威本社だ。各フロアのレイアウト、警備の配置、そして主要な出入口の位置が記されている」
アミは見取り図を覗き込みながら、苦笑いを浮かべた。
「坂本さん、何でこんなデータ持ってるんですか?」
坂本は照れたように頭を掻きながら答えた。
「……若い頃、君が今やろうとしていることを俺も考えたことがあるんだ。結局実行には移せなかったけどな」
「へぇ、やんちゃだったんですね」
アミがクスっと笑うと、坂本も照れ臭そうに微笑む。
坂本が指を見取り図の一箇所に置いた。
「ここがメインエントランスだ。ここから入ることが出来れば楽なのだが、日中も夜間も厳重なセキュリティが敷かれている。他を当たった方が良いな」
イオが静かに補足する。
「警備員の交代時間は午前一時です。この時間帯はセキュリティが一時的に手薄になります。また地下駐車場からの侵入が可能です。監視カメラを無効化すれば、発見されるリスクは低いでしょう」
「なんか、映画みたい……」
アミは思わず呟いた。
「でもでもでもぉ! その監視カメラをどうするの?」
アミが不安そうに尋ねると、坂本はポケットから小さな端末を取り出して見せた。
「これを使うんだ。神威のセキュリティシステムに干渉し、監視カメラの映像を一時的にループさせることが出来る。本当なら俺自身が使いたかったんだけど、今は君達に託す」
坂本は真剣な表情で端末をアミに手渡した。
イオが直ぐに補足する。
「アミ様、この端末を監視カメラのLANケーブルに接続してください。イオがソフトウェアを起動し、リアルタイム映像をキャプチャしてループ再生の設定を行います」
「分かった。やってみる」
アミは端末を手に取り、力強く頷いた。
坂本がさらに続ける。
「君達の目標は神威が隠しているイオという弱味を世間に明らかにし、イオを守る世論を作ることだ。必要な証拠を手に入れるためには、本社のデータベースにアクセスしなければならない」
「データベースへのアクセスは、このイオにお任せください」
イオが淡々と答える。
「以前のハッキングで証拠のファイルの場所は把握済みです。迅速に必要な情報の抽出が可能です」
アミは深呼吸し、静かに微笑む。
「リスクは承知の上。あたしはやるよ……」
坂本は頷き、見取り図を指し示す。
「よし、細かい計画を詰めよう。夜が来たら行動開始だ」
アミ、イオ、坂本の三人は見取り図を囲み、細部の計画を練り上げていった。しかし計画には一つだけ致命的な欠点があった。それは『脱出の具体的な計画』が抜け落ちていることだ。
そのことで坂本はイオに感付かれないようにアミに視線を送った。アミもそのことに気付いていたが敢えて口にしなかった。イオが二人の無言のやりとりに気付く様子はなく、アミは安心した。
「よし、準備は整った」
アミは静かに宣言する。
「行こう、イオ。坂本さん。これから大勝負だ!」
そして夜の帳が落ちると同時に、計画は実行に移された。




