第五章 二人の冒険 その四
アミとイオは神威総合テクノロジーに立ち向かうため、反神威のジャーナリスト、坂本圭太に会うことを決意した。坂本の事務所は都心のビルの一角にあり、雑多なオフィス街の中にひっそりと佇んでいる。
「緊張する……」
「神威と戦うには坂本様の力が必要です。頑張りましょう」
アミとイオが建物の入口に立つと、古びたエレベーターがアミ達を歓迎するかのように開いた。そのままエレベーターに乗り込み、坂本のオフィスがある最上階へ向かう。扉が開くと薄暗い廊下が広がっていた。奥にある扉に『坂本圭太ジャーナリスト事務所』のプレートが掲げられている。
アミが緊張しながらドアをノックすると、直ぐに中から声が返ってきた。
「どうぞ、入って良いよ」
アミとイオはドアを開けて中に入る。坂本はデスクの後ろで書類に目を通していた。だが二人を見ると立ち上がり、笑顔で迎え入れた。
坂本は背が高く、筋肉質な体格であった。短髪で鋭い目つきをしており、年齢は四十代半ばぐらいだと思われる。黒いスーツに身を包んでいるが、顔には幾つかの傷跡があり、風格が漂っていた。
「ようこそ。話はイオから聞いている。どうぞ、座って」
坂本のオフィスには資料や新聞の切り抜きが所狭しと並べられ、壁には神威などの調査対象の企業や人物の写真がピンで留められている。古びたデスクの上には山積みの書類とパソコンがあり、薄暗い照明が厳粛な雰囲気を醸し出していた。狭いが、確かな情報の宝庫である。
アミは少し緊張しながら、イオをデスクの上に置き、自分も椅子に座る。坂本はその様子を見て興味深そうに目を細めていた。
坂本はアミにアイスコーヒーを出し、話を切り出す。
「ではまず、なぜ俺に会いに来たのか教えてくれる?」
アミは深呼吸をしてから話し始めた。
「あたし達は神威総合テクノロジーに追われています。イオは神威が廃棄したロボットです。でも、神威はイオが危険だと主張して、再び回収しようとしています。あたしはイオを守りたいんです……」
坂本は静かに頷いた。
「ほぉ……なるほど……。アミは神威の本当の狙いは何だと思う?」
「イオは人々の生活を向上させるために作られた人工知能を搭載したロボットです。でもその能力が神威の利益を損なう恐れがあるから廃棄されました。今もその能力を恐れて、再び廃棄しようとしているんです」
坂本は考え深げに頷きながら、デスクの引き出しから数枚の資料を取り出す。
「実は、俺達も神威総合テクノロジーの裏で行われていることを調査していてね……。貴女達の話は、確かに俺達の調査とも一致している。具体的な証拠があれば、世間に公表することが出来る」
「証拠はあります」
イオが口を開いた。
「イオは神威のデータベースにアクセスし、廃棄の理由や再廃棄の計画に関する情報を取得しました。それらは全てここに保存されています」
イオが口からにょろにょろとケーブルを出す。そしてそれを坂本のパソコンに接続した。どうやらデータを送信しているようだ。
坂本は静かにそれを確認する。
「面白いデータだが、使えない」
アミは驚いて息を荒くして坂本に食って掛かる。
「何故ですか! これは神威が実際に残していたデータですよ! これ以上ない証拠じゃないですか!」
「このデータが本当に神威の物であるかが分からない。これを公表したところで、捏造の一言で片づけられてしまう。それに面白味もなく話題性がない。これでは多くの人の心を掴めない。大きな波は起こせない」
坂本は社会を動かすような波を作ることは難しいのだと端的に説明した。
「そんな……」
「イオもそう思います……」
アミとイオは意気消沈する。
坂本は偉そうに、アミを諭すように話す。
「……アミ、貴女はまだ十四歳と若い。若者には未来がある。だからこんな危ない橋は渡らず、スラム街に戻るべきだ。スラム街で身の丈に合った幸せな生活を送るべきだ。それが貴女のためだ」
「イオは……?」
「イオのことは諦めなさい」
坂本は射抜くような真っ直ぐな目でアミの顔を睨んでいる。そして上から見下ろすような意見をアミに伝えた。そして坂本はアミに興味を失ったように、脇に置いた新聞を手に取るとそれを読み始めた。
「……やだ」
だがアミは頑固者だ。こんな大人に屈服したくないのだ。アミは坂本に出して貰ったアイスコーヒーを一気に飲んだ。そして氷も口の中に放るとぼりぼり砕いて飲み干した。
「これだから子供は面倒臭い」
坂本は呆れた様子だった。アミには一瞥もせず、ただアイスコーヒーを片手に新聞を読み続ける。
「………………………………………………………………」
神威の物という証拠があれば良いのだ。面白味があれば良いのだ。アミは一生懸命考える。アミの人生で一番頭を使った数分間であった。
「提案があります」
アミは立ち上がって坂本の傍まで行く。そしてイオに聞こえないように坂本にこっそり耳打ちをした。
坂本は笑って再びアミを見つめる。
「ほう……、面白い。ただ遊びに来た訳ではないらしい……」
「アミ様……何を……?」
イオは坂本の変わりように驚いたようであった。
坂本はアミときちんと向かい合って話す。
「君にその覚悟があるか?」
「いやぁ、あたしが未成年で良かった」
坂本はアミの内緒話に納得がいったようだった。
「その妙案の効果を最大にする方法がある。俺も協力しよう」
坂本は出来る限りのことをすると約束してくれた。そして難しそうな渋い顔をして「後は金だな……。シンプルだが一番厄介だ」と呟く。
アミはイオに目を配る。そしてイオの目が光ったことを確認すると持っていた百万円の札束をドンと机の上に出した。
「これで足りますか?」
「あのね君達……、そんな物を直ぐ人に見せちゃいけないよ。少しは人を疑いなさい」
坂本は苦笑いをしながら手を差し出した。
アミは坂本の手を握り返した。
この瞬間から、アミ達は神威総合テクノロジーという巨大な企業から逃亡するだけの生活を終え、逆襲を始めることになる。




