第五章 二人の冒険 その三
アミとイオは無事に朝を迎えることが出来た。
イオは昨晩から安全確保のために周囲を警戒しつつ、インターネットに接続して情報収集を続けていたようであった。その時、あるライブ配信サイトに目を留めたとのこと。そこには神威のエージェントである土方が、アミに対して懸賞金を懸けるとの情報が載っているようだった。
イオの顔のディスプレイにはいつも目が表示されているが、今はそのライブ配信サイトの映像が表示されている。
「これってインターネットでやるテレビの生放送みたいなもの?」
「そうです。テレビと違い個人で行われているものですが、リアルタイムで映像を放映しているという点では同じです」
「へー面白そう」
アミは呑気にそんな感想を抱きながら映像を確認する。映像は土方が画面の中央に位置し、アミの写真を掲げながら特徴を公開するだけのシンプルなものだった。
『重要、逃亡者の情報を提供してください。彼女を捕まえた者には高額な報酬を差し上げます。
指名手配情報
名前:アミ
性別:女性
年齢:十四歳
特徴:馬鹿らしいことにリュックサックを前後に二つ背負っている。ゴミのような臭いがする。やせ型で背が低い。小汚い服装。肩にかかる程度の髪。
目撃情報があれば、以下の連絡先にご一報ください。情報提供者には報酬として現金を差し上げます。更に確保に至る重要な情報には最大三百万円の現金を差し上げます。
連絡先
電子メール:××××××××@××××××××
電話番号:××××―×××―×××
緊急事態です。この逃亡者は危険な存在であり、速やかに捕らえる必要があります。皆様の協力をお願いします』
このような内容であった。他にも同じ情報が巨大なインターネット上の掲示板やソーシャル・ネットワーキング・サービス、動画投稿サイトなどあちこちに拡散されているらしい。インターネット上における物量作戦であった。
イオは映像をアミに見せながら、声を落として言う。
「アミ様、ご覧下さい。貴女の情報がこのインターネット上に載せられています」
アミは映像を見つめ、拳を握りしめる。
「……くそがぁぁああああああああ! 馬鹿らしい? ゴミのような臭いがする? 小汚い服装? 許さん……。絶ッッ対に見返してやるッ!」
「アミ様、その通りです。我々は変わらなければなりません。直ぐにこれらの特徴を消しましょう。まずは体を洗い、新しい服を手に入れましょう。そしてリュックサックの持ち方も変えましょう」
イオはアミを見つめてそのように提案する。
「そうだね、イオ。今直ぐ動こう」
アミは頷き、「生まれ変わってやる!」と決意を新たにした。
そうしてアミとイオは朝早くから立ち入り禁止の雑居ビルを後にする。そうしてアミは繁華街へと向かった。
朝の繁華街は忙しなく、人々が行き交っていた。ビルの谷間から見える青空は一層の眩しさを増し、道行く車のクラクションや人々の喧騒がアミ達の耳に響く。アミはその喧騒の中でも自身を見失うことなく、力強く歩いて行く。
「あそこに入ろう!」
「え? ……なるほど、プライバシーは守られていますし、良い考えかと思います」
アミはラブホテルの看板を指す。イオは一瞬驚いて戸惑っていたが、アミの真剣な表情を見て肯定の返事をする。
ラブホテルのフロントは薄暗い照明が漂う静かな空間だった。赤い絨毯が敷かれた床にはゴールドの縁取りが施されたカウンターがあり、その上には小さなベルとチェックイン用のパネルが置かれていた。
アミはイオから説明を受けながら、そこでチェックインをして部屋の鍵を入手する。そのまま部屋に向かう。
「よいしょっと……」
アミは薄暗いラブホテルの部屋に入り、前後のリュックサックを二つ慎重に下ろした。
ラブホテルの部屋は豪華で異世界のような雰囲気が漂っていた。床は柔らかなカーペットで覆われ、壁にはシックな色合いの壁紙が貼られている。広々としたキングサイズのベッドにはふかふかなクッションとシーツが敷かれ、天蓋が優雅に垂れ下がっている。浴室にはジャグジーバスが備わっており、広くて綺麗だった。
アミは真っ直ぐ浴室へ向かう。そして浴室の大きな鏡に映る自分の姿を見て、深く溜め息を吐いた。
体中に染み付いたゴミのような臭いや、乱れた髪、小汚いと言われた服装、それらはスラム街では気にしなくても良いことだった。しかし今はその常識からズレた考えがアミ自身を追い詰めている。
「イオ、ちょっと手伝って」
アミはイオに呼びかける。リュックサックからイオの頭部を取り出し、浴室の棚に置いた。イオの緑の目が静かに光った。
「アミ様、どうしましたか?」
「あたし、変わる。……変わりたいの」
「了解しました。手伝えることがあれば何でもお申し付けください」
アミは浴室の蛇口をひねり、シャワーを浴び始めた。これでもかというぐらい大量の石鹸を使って全身を丁寧に洗った。そうして温かい水がアミの体を包み込み、ゴミのような臭いをも洗い流していく。
次にシャンプーを手に取った。それを髪の毛に馴染ませながら、いよいよアミは髪を切る決意を固めた。
「イオ、髪を切るから見ていて。もしも変な風になったら教えて」
「了解しました」
アミはシャワーを浴び終え、タオルで体を拭いた後に大きな鏡の前に立った。濡れた髪が肩にかかり目の前に垂れている。アミはリュックサックの中から取り出しておいたハサミで、慎重に自分の髪を切り始めた。
「うん、まずはこの辺りから……」
アミは鏡を見ながら髪を一束ずつ切り落としていく。髪の毛が短くなることでアミの外見は少しずつ変わっていった。
「どう?」
「良い感じです。もう少し後ろの方も整えると、より自然に見えると思います」
アミは頷き、イオのアドバイスに従って後ろの髪も丁寧に切っていった。やがてアミの髪型はすっきりとしたショートヘアになり、以前の姿とは全く異なる少年のような印象を与えるものとなった。
「これでいいかな? 男の子っぽくしてみたのだけれど」
「とても素敵です」
アミは微笑みながら鏡に映る自分の姿を見つめる。これで少しは追手の目を欺くことができるだろう。
「ありがとう。自分では分からないけど、多分体臭は大分マシになったと思う。後はリュックサックかなぁ。荷物を選別しないと……」
アミは背負っている二つのリュックサックの荷物を捨てて、一つにまとめる。イオ以外のほとんどの私物を捨てることになるがやむを得ない。お金はあるから必要な物は現地調達でどうにかすると決める。
「あたし達の冒険はまだまだこれから!」
「はい。イオはいつでもサポートします」
アミはイオの入ったリュックサックを背負い直し、部屋を出る。次は適当な露店で少年のような服装に着替えるつもりだ。アミは自分のおっぱいが小さく良かったと思えた。中性的な顔立ちで良かったと思えた。
アミは「利用出来るものは何だって利用してやる……」と逞しい思考に至る。
「イオ、次の作戦はある?」
「やはり逃げ回っているだけでは駄目ですね。ここで攻めの一手を繰り出し神威に逆襲しましょう。そのために反神威の仲間を募ります」
「うっし、頑張るぞッ!」
こうしてアミは新たな姿で、逃走生活を再開させた。




