第四章 アミの決断 その三
時を一カ月ほど遡る。
アミが神威総合テクノロジーのエージェントである土方に会った直後だ。
「あたし、あの人のこと信じて良いのかな……」
「…………(確かに)」
アミが土方を見送った時のアミの独り言をイオは聞いていた。そしてその気持ちはイオも全く同じだった。
イオはまず神威が貧しい人の多いこのスラム街に高級車で乗り込んで来た点に違和感を覚えた。次にイオは重要な要件なのにエーアイ開発部門部長の近藤は自ら話し合いには来ず、エージェントを一人だけ寄越した点も誠実さに欠ける対応だと思った。
「今考えると相手を威圧するように話を切り出し、相手が弱みを見せた所で温和な態度に切り替えるエージェント土方の交渉術は詐欺師のようで巧みでした……」
イオはそのように分析する。
おそらく、神威はアミに寄り添っていない。アミを対等な人間と見ていない。だから神威は面倒な交渉をプロの交渉人の土方に投げたのだ。
イオはただの交渉人である土方を信用して良いのか迷う。
「……なぜ神威総合テクノロジーはイオを廃棄しようとしたのでしょうか……? そしてなぜ神威総合テクノロジーは今もイオを回収しようとするのでしょうか……?」
イオは自分が以前に廃棄された理由を知りたいと強く思うようになった。それが今の自分の存在に関わる重要な問いだと感じたからだ。そしてイオは神威のデータベースにアクセスすることを決意する。
「アミ様、申し訳ありません。イオは危険なことをします」
ある日の夜、アミが仕事を終えて眠りにつくと、イオは静かに動き出した。イオは静かにアミの枕の傍で青白い光を放つ。
イオには地球のどこからでも無線でインターネットに接続出来る、衛星通信システムが内蔵されていた。
イオはこの高度な能力を駆使し、外部から神威総合テクノロジーのセキュリティシステムに侵入を試みた。セキュリティの壁は厚く、高度な暗号化技術が施されていた。だがイオの計算能力と解析能力はそれを徐々に解きほぐしていった。
「アクセス開始。データベースへの侵入を試みます……」
数時間にわたる緻密な解析の末、ついにイオは神威のデータベースの一部にアクセスすることに成功した。しかし神威のセキュリティシステムは直ぐにイオの侵入を感知し、警報が鳴り響く。
『警告、警告、警告、外部から不正アクセスが検知されました。セキュリティプロトコルを起動します』
イオは警報音と共に神威のセキュリティシステムが自身の位置を特定し、対策を講じ始めるのを感じた。大急ぎで必要なデータをダウンロードする。時間が限られていることを理解していた。
『セキュリティシステムの封鎖まで、残り十秒……九、八、七』
「加速します」
『三、二、一……ゼ』
イオは自身の処理速度を最大限に引き上げ、目当てのデータにアクセスして必要なファイルを取得することに成功した。そしてセキュリティシステムが完全に封鎖される直前に接続を切った。
「間に合いました……」
イオはそのままダウンロードしたファイルを解析し始める。
イオは大量のファイルから『十三号廃棄記録』と題されたものを見つけた。イオは一瞬ためらったが、勇気を出してファイルを開いた。
『十三号プロジェクトは、人々の生活を向上させるために設計された高度なエーアイを搭載したロボットを開発することを目的とする』
イオはこの記述を見て、かつて自分が持っていた使命感と誇りを思い出した気がした。イオの設計には人間社会を支え、改善するためのあらゆる知恵が詰め込まれている。
『十三号は短期間で多数の社会問題を解決する能力を発揮。特に環境保護、教育支援、医療支援で顕著な成果を上げた』
ファイルの深くまで解析すると廃棄前の、当時の活動記録が僅かに残っていた。廃棄された病院のゴミをリサイクルし新しい医療資源を生み出したことや子供達の教育プログラムを開発したことなど、その活動は多岐に渡っていた。
更に読み進めると、具体的な廃棄の理由が記されていた。
『十三号の存在が市場を独占している神威総合テクノロジーの売り上げに深刻な影響を与える可能性がある。そのため経営陣は十三号プロジェクトを中止し、全ての記録と共に十三号を廃棄することに決定。これは神威総合テクノロジーの利益を守るための措置である』
「!」
イオはこの事実に深く心を痛める。
自分が人々の生活を向上させるという正義の目的のために作られたのに、その正義の目的が神威にとっての脅威と見なされたため廃棄されたことが分かったのだ。
『今後同様のエーアイが出現することを防ぐため、すべてのデータを削除すること。廃棄処理を徹底すること』
「…………それでイオはゴミ山に……」
イオのような大きな物をゴミとして普通に処理すれば足が付く可能性があるが、スラムに廃棄すればまず監視の目は届かない。そして再び見つかることはなく、完全に忘れ去られるだろう。なるほど、合理的であるとイオは思った。
データを探ると『十三号の事故報告書』というファイルが見つかった。イオはその内容を確認し始める。
『事故報告書
日付:X年Y月Z日
場所:近藤宅
事故概要:十三号が制御を失い、所有者に重傷を負わせる事故が発生。
調査結果:
事故の原因は十三号の設計にあると結論付けられた。十三号は高度な自立判断を行うことができるため、制御不能になるリスクが高いと判断された』
イオはその内容を深掘りしていく。すると「内部メモ」というファイルに行き当たった。
『内部メモ
発信者:技術部長
受信者:役員
内容、十三号の事故は捏造である。実際には十三号は制御不能になったわけではなく、所有者が誤って十三号を操作した結果、事故が起きた』
「事故は捏造……」
イオは驚愕の事実を知る。
イオの廃棄を正当化するために事故が捏造されたのである。そして神威のエージェントである土方が語っていたことは真っ赤な嘘であることが分かった。イオは一抹の不安を抱えたまま解析を進める。
そして最近の神威の会話ログを発見した。
『イオ(十三号)プロジェクトに関する会議記録
日付:A年B月C日
参加者:神威総合テクノロジーの役員
議題:イオの再廃棄計画
議長:イオの現状について報告をお願いします。
技術部長:現在、イオはスラム街で使用されていますが、当初の懸念事項が再度浮上しています。彼の能力は市場に対する脅威となり、我々のビジネスモデルを崩壊させる可能性があります。
役員一:彼の機能を制限することはできないのか?
技術部長:過去に試みましたが、制限することは不可能です。彼の設計はあまりにも優秀すぎるのです。
役員二:では、彼を改良するという話はどうなっている?
技術部長:改良計画はすべて偽装です。我々の目的は彼を完全に廃棄することです。イオは再び脅威になる前に処分しなければなりません』
やはり土方の言ったことを信用してはいけなかった。イオはこの記録を見て、神威総合テクノロジーが改良の意思などなくて再び廃棄するつもりであることを理解した。
「……イオはどうしたら……」
この情報をアミに打ち明けることは簡単だ。そうすればアミはきっと自分を神威に引き渡したりしないだろう。だが神威が強引に自分を回収しに来たらどうだろうか? きっとアミは危険に晒される。そうイオは判断した。
「…………」
とてもアミには言えない。
こうしてイオはアミに事実は伏せ、黙っていることにしたのだった。
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そして時系列は現在に戻る。
イオとアミがいるお祭り後の夜の空き地は、今だけ嘘のように静まり返っていた。否、遠くから聞こえるお祭りの喧騒はあったが、今のイオとアミの間にある重苦しい空気がそんな音を完全にかき消していて聞こえなかった。
イオはアミの膝の上に乗せられていた。アミがゴミ山で見つけた簡素な手作りのランタンが、イオとアミの足元をぼんやりと照らしていた。
「イオは消えたくないです」
イオはなるべく普段と変わらないような口調でアミの横顔を眺めながら話していた。だがその頭の中は混乱と焦燥でいっぱいだった。少しだけ震えてしまう。ずっと胸に秘めてきた事実をこの場で打ち明けるべきかどうかを迷っていた。
しかしもう時間がない。
「大丈夫、大丈夫だよ、イオ。気に掛かっていることがあるなら聞かせて」
アミはイオを優しく抱擁し、微笑みながら促してくれる。その優しい表情が、イオの中の葛藤を少しだけ和らげた。
「アミ様、イオには……お話ししなければならないことがあります」
「うん」
「イオは……神威総合テクノロジーが自分を回収し、再び廃棄しようとしている事実を掴みました」
その言葉にアミの笑顔がピタリと止まり、表情が曇る。
「えっ……どういうこと?」
イオは続けて説明を始めた。
まずイオは神威総合テクノロジーのデータベースに侵入し、過去の自分が『神威にとって不利益を生む存在』として廃棄された事実を掴んだことを話した。次にイオは廃棄の根拠となっている過去の事故が捏造された可能性が高いことを話した。最後にイオはエージェントの土方が言っていた『イオを改良してより安全で有益な存在にしたい』というのは真っ赤な嘘で自分を再び廃棄するという計画が神威で進行中であることを話した。
アミは静かに全てを聞き終え、少しだけ黙り込んで夜空を見上げる。
「一緒に逃げよう」
沈黙を破ったアミの言葉はアミらしい凛とした口調だった。その目には迷いはなく、決意が漲っていた。
「でも……アミ様、それは非常に危険です。神威は――」
「前にあたし『運命』って言ったでしょう? あたし達は運命共同体! そんなイオを見捨てるなんて選択肢はあたしにはないッ!」
アミの言葉にイオは目を瞬かせた。アミは神威総合テクノロジーに逆らうことがどれほどの危険を伴うかを理解しているはずだ。それでも迷わず「一緒に逃げよう」と言う。イオはアミのその強さに感動したが、同時にアミを危険に晒すことへの罪悪感を覚えた。
「でも、イオ……あたしを守るためだとしても、こんなに大事なことを一人で抱え込むのは駄目だよ?」
アミの言葉にイオは「ごめんなさい……」と呟く。
「よし、罰としてイオを持ち上げます!」
アミは勢いよくイオの頭部を両手で持ち上げ、顔の近くまで引き寄せる。
「今度こんなことしたら、イオのプライバシーを剥奪します!」
アミは冗談交じりに言いながらも、その目は本気だった。
「アミ様、目が据わっています。イオは……恐怖を感じています」
イオのスピーカーから震えた声が漏れると、アミは「へへっ」と笑いながらその場に座り込む。
夜空を見上げながら、イオはふとアミに拾われた日のことを思い出していた。あの時、広大な虚無の世界の中で感じた孤独、それを打ち破ってくれたのがアミだった。
「アミ様……イオは本当に、アミ様に拾われて良かったです」
イオはアミに優しく抱きしめられた。
その夜、人気のない空き地で、二人の決意はより強固なものとなった。




