アララギの経験ではこの保安部門は――
アララギの経験ではこの保安部門は事実上の暗殺部隊になる。
そして、その隊員は作った機体のなかでも汚れ仕事ができそうなメンタルのあるものに任せるのが安全だろう。愛国心や大義、地球を取り戻すとかよりも、生活のためとか誰かのためとか、うまくいけば倫理が飛ぶような動機のものがいい。
以前の保安部門の担当者はアンクル・チャンと言われていた。アジア系なのにカンフーの達人でもないし、元チャイニーズ・マフィアでもないのに、この部門を引き受けた。実はチャンは愛国者だった。第一次〈キツネとブドウ〉において、キラキラした動機を持っていたのはこのチャンだけだった。
そんなわけで他の人間が酔っ払っていたり、ポーカーのチップのことで殴り合いの喧嘩をしているあいだも真面目に仕事をし、〈キツネとブドウ〉の安全を脅かす危険分子の排除に務めていたが、〈キツネとブドウ〉壊滅から随分たったある日、ついに世界にうんざりしたチャンは自らを激戦地に追い込み、エア・シップから降りたその瞬間に味方の地雷を踏んで死んだのだった。
保安部門立ち上げのため、最高幹部会が開かれた。統括アドバイザーのアララギ、生産部門統括のダギー、財務部門統括のターキー・アンダーセン、研究開発部門統括のファブリシオ博士、そしてタイムキーパーを務めるメアリー・アンダーセンからなるこの集団は無料のビールとフライドチキンを摂取しながら、今度の保安部門も頭がおかしいやつに任命するのは大前提として、どんなふうにイカれているのがいいかを話し合った。コントラクト・ブリッジに熱中し、点数の付け方で喧嘩になり、疲れ果て、二日酔いでバーの床からのろのろと立ち上がったとき、アララギは思いついた。いつもこんな気分でいる人間が一番適任ではないか。
そこで最高幹部会を再度招集し、二日酔いで割れそうな頭が本当に割れてしまいそうなので左右両側から頭を押さえながら話し合った結果、最近、戦闘で全ての部下を失って自分ひとりだけが生き残ってしまった指揮官がいいということになった。
部下を全滅させてしまった特殊部隊の指揮官専門の回復センターがあり、案内嬢アンドロイドが言うには回復率は0.34%。
「回復しなかったのはどうなるんだ?」
「回復するまでここにいます。勝つまでやれば負けません」
「そんな物量チート国家みたいなこと言われてもなあ」
「回復した連中は?」
「戦場に戻って、そのうちここに戻ります」
「では、実質的な回復率はもっと少ないのですな」
「ぴー。その情報はあなたのクリアリングでは開示されません。ぴー」
「計算めんどくさくて、警告のふりしてるでしょ」
「バレましたか」
「気に入ったぜ。今の倍の給料払うから、〈キツネとブドウ〉に来ないか?」
「よろしくお願いします。社長」
いまや〈キツネとブドウ〉の受付嬢となったアンドロイド3355号は普通はさらさない回復センターの住人のうち、特にマズいやつを紹介した。
ユリウス・ユーラーが若干二十三歳で特殊任務中隊の指揮官になったのは強化手術との相性の良さとあらゆる訓練で弾き出した最高の評価、そして、キラキラ輝く動機の高さだったが、現在はひたすら『パンチョ・ビリャ・ラビリンス』というメキシコ人を三つそろえて消去するパズルゲームに熱中する廃兵となっていた。
3355号曰く、完全にキレてしまっているらしい。
「よっ、リアルなパズルゲームに興味ないか?」
ユーラーはポーズボタンと押して、ゲームを止めると、ん?と振り向いた。ボブヘアのブロンドの優男でニコニコしているが、いろいろイッてしまっているアララギたちはその幼げなニコニコに狂気の片鱗を見た。これは条件が揃えば、地球コロニー問わず、あらゆる生命を虐殺する目だ。
「無料のビールサーバーもある」
「僕はお酒はちょっと」
「まあ、それはいいんだ。あんたにしてもらいたいのは、おれたちがつくった部隊を率いてだな、まあ、厄介事を持ち込むやつを消してもらいたいんだ」
「つまり、そいつは三つそろったってこと?」
「そうなんだよ! 三つそろっちゃったやつなんだよ」
「なんなら専用のゲームコーナーもつくるぞ」ターキー・アンダーセンが言った。
「それはいいねえ。きみたちのために誰か殺せば、ゲームがし放題なの?」
「そうなんだよ」アララギは指をパチンと鳴らして、肯定したが、これは部下皆殺しのショックで幼児に退化しているなと見た。ということは残虐さも幼児並みか。