ホテルに三つ目のユニットが取りつけられた――
ホテルに三つ目のユニットが取りつけられたころ、最初のふたりがやってきた。十七歳の少年と十八歳の少女で、ファブリシオ博士が用意した大義に殉じる用意のある女医たちに応対させ、検査をした。きけば、血液に先天的な病気を抱えていて、軍の検査で弾かれたのだという。
「でも、僕も、なにか、コロニーの――いえ、人類のために何かしたいんです。僕は病弱だけど、でも、ここに来れば戦えるときいたんです」
検査のなかには通常の健康診断の他にコアパーツやらエネルギー兵器やらとの相性も検査されていた。執行機体のほとんどは肉体を無機物のパーツに置き換えることで成立する。サイボーグというのは人間とロボットのあいだをぶら下がる頼りない自我を糧に生きていかなければいけないのだ。
志高い男女に見えないところで煙草を喫みながら、ファブリシオ博士は言った。
「メイランド嬢のほうはたぶん改造にもたないのですな。それよりもいくつか注入してみたいサンプルがあるので、そっちで使えると思うのですな」
「それって使い捨て?」
「万が一成功したら、執行機体とはまた別のものになるですよ」
「別のものって?」
「化け物ですな」
「さらっとえぐいこというなぁ。培養プログラム、修正しないとダメか?」
「駄目なのですな。ただ、培養のお世話にはならないのですな。たぶん二十四時間で拒絶反応を起こして溶解するのですよ」
「じゃあ、閉じ込めるのに客室はやめておこう。カーペットが汚れる。ダギー、男のほうはどんなもんよ」
「まだ、感じがつかめない。なあ、ターキー。失敗作にも補助金が出るよう、政府にかけあってくれ。でないと、商売が軌道に乗らん」
お偉方との交渉はジェンキンスが行うことになった。ジェンキンスは十七歳の少年試験体に弟がいるか調べ、胸を痛めていたので、ホテルを離れる必要があった。ジェンキンスはアララギたちが本当に人間をやめていることをあらためて思い知った。だが、ここでやめるわけにはいかなかった。
「兄さん……」
エア・タクシーが〈キツネとブドウ〉の最高責任者を議会区の特別執政府へと連れていくあいだ、各部門の担当は銘々自分の才量にあった仕事をし、少しでも時間が空くと、一階のバーに行って、飲み放題のビールをジョッキいっぱいにそそいで、クルミ材のヘラで余分な泡をきれいに落とす。そのあいだ、特別サンプルを注射された少女は完全防音の真っ暗な地下室で激痛と幻覚に苦しみもがき、狂乱のあまり、頭蓋骨にヒビが入るほどの勢いで壁にぶつかっていた。
アララギが「一度やってみたかった」とサーバーの下に顔を突っ込んで、直接口にビールを流し落としているあいだ、病弱な少年は培養槽のなかで四肢を除去され、機械のパーツに換装されていた。ときどき酒場に取りつけたアンティークなベルがジリリリリリと鳴くので、ダギーがぶつくさ言いながら、二階の客室に向かった。
最初の一週間はふるわなかった。病弱の少年が第一号として成功したのはよかったが、次の少年は駄目だった。志願する少年少女には事欠かないらしいが、肝心の製造ユニットがレアメタルの高騰でなかなか用意できなかった。
「なあ、ターキー。先物に手、出してみるか?」
「たぶん損すると思うけど、まあ、いいんじゃないかってメアリーも言ってる。損失はおれが隠してやるよ」
これで最初の一週間に〈キツネとブドウ〉は三十億クレジットを失った。ターキー・アンダーセンのスキームが猛威を振るって、その三十億クレジットは帳簿の借方からきれいさっぱり消えてなくなった。
次の一週間には十人が志願して、六人が死亡といった具合で、半分以上が失敗していたし、ファブリシオ博士は相変わらず、怪しげなエキスを注入しては秘密の地下室で子どもたちを狂気の坩堝へと突き落していた。出来上がった機体は軍が持っていって、その運用中のログをもらい、結果、指揮官の下手な砲撃要請のせいで、四体全部が破壊されたことが分かった。一体、一番最初に出来上がった元十七歳の病弱少年は破壊されて戻ってきたが、人間で言うなら、この機体は死んでおらず、ファブリシオ博士と女医、それに近所でポンコツ車の改造をしていた老人にも手伝ってもらって、機体は無事修理された。
情が移ったのか、ダギーはこの機体が戦場に戻る前に、実際運用できるかは怪しい接近戦特化型重火力兵器を換装してみた。戦艦が本当に使えるかどうかは水に浮かべるまで分からない。シャンパンをぶつけて、留め木を外したら、坂を滑ってそのまま水のなかへ沈んだ例もあるのだ。
しかし、〈キツネとブドウ〉で作られた機体は強化人間の兵士でも行きたがらない場所で運用されるので、破壊されてなんぼの話だった。ターキーは破壊されたときの修繕費用を水増し請求して、裏金をつくることにした。これは将来、ビールの価格が値上がりしたとき、無料ビールサーバーを維持するための準備金となった。
一か月後には数々の失敗作を生み出した末に、殺戮サイボーグだけで一個小隊を作れるようになり、その集中運用戦術が結果を出していた。ジェンキンスは上層部から隊単位での製造を命じられ、今日も少年十字軍がやってきた……。
ジェンキンスは自分の執務室にある壁面ウィンドウに映る面接を見ていた。
「γ共重合試験は合格よ。後はここにある承諾書にサインして」
映像の横に触れて、指を滑らせると、少年に関するデータがあらわれた――弟がひとり。
「弟さんの生活、教育、全てを保証する旨も書いてあるわ。もしよかったら、あなたの弟にも検査を受けさせる気はない? この結果なら、きっと――」
「なあ。おれ、この改造には同意するよ。軽く人類を救ってみるさ。でも――」
――大丈夫。兄さんとは少し会えなくなる。でも、きっと。
「もし、弟を巻き込んだら、絶対に許さない」
――きっと、会える。
ジェンキンスは目をつむった。ガラス越しに見える兄の微笑む顔。彼にはこの少年を施術対象外にする権限がある。この少年に何かあるかは分からない。だが、弟のほうにどんなことが待っているかは分かっているつもりだ。
「会うことはできない……決して」
そんな葛藤をよそに、アララギが内線で電話をかけてきた。
「はい」
「ああ、ジェンキンス。やばいことになった。どのくらいやばいかっていうと、おふくろを呼んで一緒に謝ってもらわないといけないくらいやばい」
簡単に言えば、あるジャーナリストが嗅ぎつけた。
バーではターキー・アンダーセンとファブリシオ博士が待っていて、すっかり出来上がっていた。
「な~に、心配はいらねえさ」ターキー・アンダーセンが言った。「おれのメアリーがすげえいいアイディアを考えてくれた。実はおれ、あるマフィアのマネーロンダリングを格安手数料でしてやったことがあるんだ。だから、そいつにその記者をぶっ殺させる。な、簡単だろ?」
「あれ? おれがきいたときは確かに母ちゃんに来てもらって一緒に謝ってもらわないとヤバい話だったんだが」
「アララギ。時代は常に動いているんだぜ」
「保安部隊が必要ですね」
ジェンキンスが言った。
「今後、このようなことの処理を外部に委託するのは危険です」
「そう! おれもそれを言おうとしてたんだよ、なっ!」
「うそこけ、アララギ! おれのメアリーをエッチな目で見てたくせに」
「責任者の人選は任せます。急ぎ、保安部門を立ち上げてください」