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現在のところ、組織構成は司令が――

 現在のところ、組織構成は司令がジェンキンス、生産部門がダギー、会計と財務がターキー・アンダーセンで、嘱託のアドバイザーがアララギになっていた。あと必要なのは保安と研究開発だが、保安は抹殺とか暗殺とかが関わるので、いい塩梅に壊れたやつを探さないといけなかった。研究開発部門はマニー・ファブリシオがまだ存命であり、その住所も知れたので、アララギが全員を乗せて、1947年型クライスラーの赤のコンバーチブルを駆った。

 今度は車ごとエア・シップに乗りこんだが、というのもファブリシオ博士の住んでいる地域は空港にレンタカーショップがないほどの田舎だったからだ。

 コロニーをつくる際、当時の国家元首たちは居住スペースを作れるだけ作った。それでも希望人員には足りないと思っていたのだ。

 しかし、実際に住んでみると、こうした居住スペースは実に45.88%があまりものであり、未開発であることが分かった。スラム住人を強制的に移住させたりしても、またスラムができるだけだったし、コロニー政府主導のリゾート開発計画もあったが、それも結局は破産して、掘り起こされた穴と錆びた工事機械を残しただけで終わった(ターキー・アンダーセンは開発公社の報告書をダウンロードして読み、ひと言『飛ばしが足りねえ』)。

 マニー・ファブリシオが住んでいるのはそういう地域だった。

 エア・シップがその過疎化地域にアララギたちを吐き出すと、シップは感染症でも心配しているみたいにさっさと飛び立った。空港は地面を引っかいてむき出しにしただけの丸い空き地であり、円周のすぐ外に空港管制センター兼税関と呼ばれるブリキ小屋があった。銃や外来植物の種子、児童ポルノを持っていないことを申告して、未舗装の道路へと出ていった。丈の高い雑草が道の左右で伸びあがり、投影ドームの天気は夏の灰色の曇りだが雲が全く動かず、故障して静止状態になっていることに気づいたころにはアララギたちはこの地域にうんざりした。

「ジジイめ、なんて場所に住んでるんだ」

 土地は多少の起伏があり、雑草の丘の頂に一本の梨の木が立っていたり、へこんだ土地にバグの雨が降り続けていたりしていた。湿地帯みたいになった場所を走るときは少し大袈裟過ぎじゃありませんかね?と思うくらいに豪快に水が跳ね飛んだ。

 ここまでしてファブリシオ博士を仲間にするのは、彼が、大義という言葉にべらぼうに弱い女医や看護婦を紹介できるからでもある。〈キツネとブドウ〉が改造する少年少女は信じられないかもしれないが、全員志願制だった。動機は愛国心の場合もあるし、妹の手術代のためというのもある。ともあれ、そうしてやってきた高い志を持つ少年少女たちをアララギやダギーのような人間が応対したら、志願者は全員まわれ右をしてしまう。そうならないために優しくて使命感に燃えている女医や看護婦が必要なのだ。実際、志願者が身体的に問題ないかの検査や改造との親和性を調査するのも彼女たち医療スタッフが行う。

 ビールの六缶パックが全てなくなったころには車はポンプがひとつしかないガソリンスタンドの前に止まっていた。コーラやフルーツ、自らフライ鍋に飛び込むナマズ等がぎちぎちに描かれた絵を避けるように右端にドアがあった。カウンターの男にビールの六缶パックを頼むと、寸胴な蓋付きバケツに濁ったビールを流し込み、二千五百クレジットを要求してきた。

「経営がうまくいってねえらしいな。〈飛ばし〉してやろうか?」

「おい。ちょっとあんた、おれは六缶パックの、きちんとした大企業製のビールを頼んだんだぜ? ランディラとかノースキャッスルみたいなさ」

「これだってきちんとしたビールだ。おれが自分で仕込んだんだからな」

「なあ」とダギー。「あんたにいたずら好きの娘がいるか? できれば、六歳くらいの」

「こら、ダギー。あっちに言ってろ。なあ、こちらの若者が誰だか知ってるか?」

「知らねえな。お前の母ちゃんか?」

「ビール協会の筆頭監査官だ。コロニーのどこでもまともなビールが提供できているかを確認しにきた。あんたのビールが馬のションベンだった場合、彼はこのビールをつくった人間はキリストを裏切ったものたちの末裔だと報告しないといけない」

「おれはユダヤ人じゃねえぞ」

「それだけの重罪ってことだ」

「あんた、教会に通う人間には見えないがな」

「おいおい。こんな粗悪な密造ビールを出す、文明の果てのレストラン・オーナーに、このおれさまの何が分かるってんだよ」

「なんにも分かんねえな。けどよ、あんたの相棒どもがおれのビールを気にいってることは分かる」

 振り返ると、ターキー・アンダーセンがバケツから直接ごくごくビールを飲んでいた。

「おい、アララギ。メアリーがさ、このビールすげえキレがあるって言ってる」

「おれが必死に交渉してるのに、なに、お前らは飲んでるんだ、タコども――なあ、あんた。このビール度数はいくつだ?」

「十五度」

「うん。まあ、いい。筆頭監査官も見逃してくれるってよ。そこでだ、同じものをもう一杯くれ」

 キレッキレの酒精添加ビールですっかりやる気を取り戻したアララギたちはいまの状態なら、ファブリシオ博士と会っても、優しい、気の利いた言葉のひとつやふたつかけられる気がした。気分はふわふわしていて、それでいてドライ。ジェンキンスとメアリー以外の三人でビールのバケツを回し飲みし、ファブリシオ博士が地球奪還作戦に対して貢献できる度合いを過剰に見積もり、たびたび小便のために車を止めてはパンパスグラスにキレッキレのビールを浴びせかけた。

 右手の前方に大きな工場が見えた。灰色のコンクリート製で煙突が三本立っていて、その煙は真っ直ぐ上っていた。社名やロゴはない。窓も片手で数えるだけしかついていない。工場に寄り添うように倉庫が立っていて、オレンジ色に塗った柵が緩やかな谷に下っていく。道路は真っ直ぐだったが、工場は左後方へと消えていく。そのころにはまた白く柔らかそうな穂をつけた雑草に囲まれて、視界が閉ざされ、そのうち、草に埋もれそうな小さな村に着いた。

 アララギはもうちょっと飲酒運転していたい気分だったので、村を一周してみた。

「バーは?」

「七軒だが、やってるのは二軒しかない」

「神社は?」

「神社に何の用があるんだよ、ターキー」

「賽銭を盗むんだ」

 ターキー・アンダーセンはお金をつくるのが得意だった。稼ぐとはあえて言わないが。

「神社は八つ」

「そのうちやってるのは?」

「九つ」

「お前、さっき神社は八つって言わなかったか?」

 マニー・ファブリシオ博士は稲荷神社の千個の鳥居が連なった奥、吸い殻のミステリーサークルの中心で本日、五百本目のラッキーストライクを吸っていた。

「マニー、人の道を外れようぜ」

「もうとっくに外しているのですよ、アララギさん」

「見た感じ、煙草吸ってるだけにしか見えないが」

「神域をニコチンで穢しているのですな。しかし、八百万の神と言われて、八百万も神さまがいるからには喫煙者の割合を二十パーセントとすれば百六十万の喫煙神がいるのですな。そこでわたしはこうして禁煙中の喫煙神の前でラッキーストライクを喫むのですな。神さまがわたしに神罰を下すまで、こうやって喫んでいるのですが、何もないのですよ。それで火をつけた煙草をお賽銭箱に入れたのですが、千クレジット札がめらめら燃えるだけで何も起こらないのですよ」

「相変わらずマニーはマニーやってるんだな」

「児童性愛者さんもお元気そうで何よりですな」

「マニー。〈キツネとブドウ〉が復活するんだ」

「トスカーナ銘柄の葉巻は手に入りますかな?」

「今度の本部はホテルなんだ」

「古い、フィリップ・マーロウなホテルな」

「そういうホテルの一階には何がある?」

「長距離バスの切符販売店なのですな」

「煙草パーラーだよ!」

「なるほど。それは素晴らしいのですな。そこには葉巻を持ったインディアンの人形はあるのですかな?」

「あるある」

「では、行くのですな。実は処理済みのA05Hサンプルを実体に注射したら、つまり、実体とは十五歳から十七歳の少年ですな、これに注射したらどうなるだろうと、さっきからかんがえていたのですよ。おや、ミス・アンダーセン。これはこれはなのですな。ごきげんようなのですな」

「いまはミセス・アンダーセンだ」

「ターキーと結婚したのですな。それは結構。それで、わたしはいつから行けばいいのですかな?」

「いまのいまから。ところで、マニー」

「なんなのですぞ?」

「あんた、若返った?」

「なーに、ほんの六十年ほどなのですな」

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