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「こいつはまたいい趣味を――

「こいつはまたいい趣味をしてるな。1950年代風のパルプノワールなホテルを殺人兵器の工場にするのか。ミーガーとムスタファ、どっちのアイディアだ?」

 ホテルの一室に入って、ダギーが最初にしたのは椅子の上に乗って、天井近くから剝がれかけた壁紙に唾を吐き、元の壁にピッタリくっつけることだった。

「知らんよ。あいつらの脳みそのことなんか。安全に出世することしか考えてない。やつらも一度で懲りたんだ」

「じゃあ、おれたちはどうなんだ?」

「そりゃあ、何度やっても懲りねえチャレンジャーだ」

「一応、きくけどよ、司令ちゃん。本当にやっていいんだな?」

「最高評議会は既に裁決しました」

「で、ダギー。どうする? 壁は全部ぶち抜いて、培養水槽をズラッと並べたほうがいいか?」

「いや、ひと部屋一本でいいだろう。執行機体は犬用ビスケットとは違う。一体一体職人が丁寧に真心こめて作るもんだ。それに一度に十本以上の水槽で子どもがぷかぷか浮かぶのを見たら、エンジニアたちが良心の呵責でパンクする。ひと部屋一体。これが一番効率的だ」

「ね、司令。ダギーを雇ってよかったでしょ?」

「でよ、アララギ。どれだけ集める」

「あのときのメンバーを集められるだけ集める」

「死んだやつもいるだろうが」

「まあ、十年前の話だからな。とりあえずターキー・アンダーセンがどこにいるかは分かった。カラミナ管区にいる」

「いい感じに落ちぶれたな」

「それに研究開発にマニー・ファブリシオ」

「ジジイ生きてたのか?」

「煙草の量をセーブしてるらしい」

「保安は?」

「新しく探さないといかん」

「アンクル・チャンが死んだのか?」

「戦死。信じられねえよな」

「まあ、チャンならあり得る話だ。おれたちのなかで一番イカれてたし。まあ、チャンがいないならいいんじゃねえか? いつ背中からエアガンで撃たれるか気を張りながら仕事するのは健康によくない」

「それに訓練を一任できるやつもいないといけない」

「それならまかしとけ。おれがプログラム組んでやる。戦闘ロボットを何体か用意してもらえれば、それで足りる」

「ダギー、お前ってやつは、ほんと。愛してるぜ」

「礼はデンマークものでいい」

「1994年もの?」

「1999年もの。ほんと、妖精みたいなんだ」

 これが三日前の話。

 いま、三人はカラミナ管区へと下るエア・シップに乗り、アララギとダギーはヌードル専門店で中華風リブステーキ入りのヌードルを業務用掃除機が吸い込むがごとく食べていた。ヌードル屋の窓からは既にコロニーの下層階級用の世界が広がっていた。シップの空港や軍の施設がある場所だけは注射の後につける小さな絆創膏みたいに丸く小さく栄えていたが、それ以外の地区は濡らしたボール紙みたいな色をしていた。コロニー時刻では正午のはずだが、赤線地区に指定された通りではネオンサインが密集し、人口増加をセーブした安全なセックス産業がせっせとスラムの食い扶持を稼いでいた。

 空港に降りると、ガラス張りの巨大なドームに出た。何体か、案内ロボットがうろついているだけのガランとした空間で、数年前からアップデートしていないホログラムがB級映画の宣伝フィルムを流している。わざわざ下層管区に行こうとする物好きはおらず、ここを訪れるのは腎臓バイヤーかゼネコンの人身御供にされた開発担当社員くらいのものだ。

 閉店だらけのショッピングプラザから空港の外に出ると、広い通りに出た。空港はこの通りの袋小路であり、有刺鉄線の検問所の向こうには(所得水準的な意味で)まだきちんとしている市街地が存在を許されていた。

 ファミリーレストランや公衆浴場は政府の補助金を受けてギリギリ採算が取れている状態だし、集合住宅の入居率は十八パーセントを切っている。サンドイッチ・マンのモニター付き広告板が車道の真ん中にぽつんと置いてあり、誰もそれを片づけようとしない。浄化装置を取りつけていない工場の煙突群が遠くで毒をまき散らすのが見え、その上、つまり空の代わりでは有毒物質が上層区域に昇らないよう、一度吸い込んで、下層地区全体にまんべんなくまき散らすための空調設備があった。

 工業デザイン賞に選ばれたビニールドームのなかにレンタカーショップがあり、やたらと自動操縦システム搭載の自動車を勧めてくる店員に、アララギはこの店で一番大きくて、マニュアル操作のコンバーチブルを貸すように言った。

 メタリックブルーの1970年代風キャデラックで乗り出し、しばらく走っていると、だんだん建物が低くなり、女性器の落書きがされたシャッターや廃プラスチック置き場があらわれ、住民の髪型においてモヒカンが占める割合も増えていった。髪型がモヒカンということは髪型にこだわるほどの人間らしさが残っているということだ。おでこにHellとかKillとか入れ墨がされていたら、さらに字が読めることが保証され、このカラミナ管区を担う知識人階級ということになる。

 ターキー・アンダーセンは入れ墨パーラーの裏手にある二階建てのボロ家に住んでいた。ナマコ板と廃材と鋳鉄の集合体はターキー・アンダーセンが全盛期につくりまくったペーパーカンパニーに似ていたが、決定的な差はここに人が棲んでいるということだ。

「ターキーはこのダギーに比べれば、なんてことはない。なあ?」

「そうよ。このダギーさま以上に問題のあるやつはいねえ」

「ターキーはお人形を自分の娘だと思ってる」

「おれは手を出してねえからな」

 二階の元トレーラーハウスは人形用衣服の博物館になっていた。ターキー・アンダーセンは裁縫の手を止めて、十年ぶりの仲間たちに最初に言ったのは、

「お前ら、近親相姦ってどう思う?」

「ありじゃねえかな。双方合意の上なら別にどうってことないだろ」

「実はおれとメアリーは結婚したんだ」

「判事と神父を呼んでか?」

「うちは代々プロテスタントだ。まあ、牧師も来なかったが」

 それは結婚相手が人形だからか、娘と見なした異性だからか。

「なあ、アララギ。どう思う? おれたちは祝福されてるよな?」

 粉飾決算のやりすぎで頭がどうかしてしまった男にアララギとダギーは甘ったるい言葉を駆使して、真実の愛がどれほど尊いものか、あることないことぺらぺらしゃべった。

「ところでさ、ターキー。いま、暮らし楽?」

「楽ってことはないよ」

「いま、なにやってんだ? 人形用の服でも売ってるのか?」

「これは全部メアリーのもんだ」

「じゃあ、今は何してるんだ?」

「つぶれた工場をできるだけ価値があるように見せて、売り抜けてる」

「よくバレねえなぁ。まあ、腕が落ちてないなら、いい知らせだ。〈キツネとブドウ〉が復活するから財務と資金調達と、あと帳簿にまつわる面倒事全部任せたいんだけど」

「ちょっと待て。メアリーにきいてみないと」

 それからターキー・アンダーセンは人形相手にひとりで、「うん、うん」を繰り返し、

「メアリーがいいって言うから、やることにした」

 と、真剣な顔でこたえた。

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