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ムスタファとミーガーが用意したのは――

 ムスタファとミーガーが用意したのは観光区域の外れにある湖のそばの小さなホテルだった。

 客室は三十六。近所のリネン会社がカモフラージュとして必要な物資を運び、完成したサイボーグを持ち出す。

 アララギは部屋を見ていったが、壁紙から家具まで『バートン・フィンク』に出てきそうなレトロ感溢れるもので、そこに立地条件で敗れたホテルならではの切なさが加味される。この切なさがエンジニアたちの精神にどんなふうに影響するかは未知数だったが、そもそも〈キツネとブドウ〉をもう一度再開するなんてこと自体がコロニー全体にどう影響するか分からないのだ。もちろん、地球奪還の原罪を人類全体で背負うのは面白くないだろうが、なに彼らはいざとなったら全ての罪をアララギにかぶせることができる。ジェンキンスは無理だろう。ざっと見た感じ、彼には罪悪感がない。子どもたちを犠牲にした一大プロジェクトをだらだら続けたアララギだから分かるのだが、ジェンキンスは地球奪還なんてどうでもよいと思っている。関心は別のところにあり、それはたぶん兄にまつわることだ。〈キツネとブドウ〉の非公式アドバイザーにどれだけの情報アクセス権が与えられるかも未知数だ。ただ、アララギは自分が破滅に追い込んだ子どもたちの情報はそんなにランクは高くないと踏んでいた。

 ジェンキンスがたずねた。「三十六全ての部屋をユニットの作成に使えますか?」

「できると思うが、いろいろ設置しないといけないものがあるし、エンジニアを雇わないといけない」

「最初にユニットが完成するのは?」

「さっぱりだな。おれがやってた時期は一週間だったが、まあ、科学の進歩があったんだし、もうちょっとはやいだろう。じゃあ、行くか。いろいろ揃えないといけない。それにしてもきれいな湖だよなあ」

 アララギがハンドルを握り(ジェンキンスは運転ができなかった)、セントラリア通りの交差点で湖岸道路を離れ、09号居住地区へ。

「家族はどこに住んでるんだ?」

「わたしは孤児です」

「兄弟は?」

「兄がひとり」

 09号地区のノースサイドを丘のほうへ登っていくと、カエデの並木がさらさらと音をさせる静かな住宅街に入った。右側にはニスのにおいがまだ香りそうな木造ポーチが並び、左は崖になって土地が下っていて、眼下には黒く深い光をたたえた湖や岸辺にある丸太づくりのレジャー施設がある。湖沿いにはピンほどの大きさになったカタギの住民たちが子どもを連れて、グリーンのシェードをかけた店舗の前を歩き、植木ロボットが小刻みにふるえながら小川沿いの灌木の高さをそろえていた。新生〈キツネとブドウ〉の本部となる運命を背負わされた小さなホテルは視界の左隅、ノルウェーカエデの紫の葉に隠れて、ちらりと屋上が見えただけだった。

 しばらく穏やかな午後の住宅街をゆっくり走っていたが、丘を越えて道を下ると突然、大きなショッピングセンターがあらわれた。煉瓦の門と噴水のある広場、パンの焼ける甘いにおい、パラソル席とカプチーノ。アララギはそのパーキングの障害者ゾーンに停めて、〈キツネとブドウ〉再構成を約束したことで得た黒いカードをハンドルの近くに立てた。何の変哲もない、白いバーコードが書かれたカードだが、これがどんな違法駐車も許してくれる。

「どこに行く気ですか?」

「昔の仲間を集める。まずダギーってやつがいて、こいつが殺戮サイボーグ改造に関しては負け知らずのやつなんだ。やつがプログラムを組めば、モジュールがポッコポコ殺戮サイボーグを生み出してくれる。もちろん、ダギーはメンテナンスもできる。あんたにやってもらいたいのはね、ミスタ・ジェンキンス。ただ、ひと言。あんたを採用する。そう言うだけ。もちろん、おれの人選が信用できないってのもあるだろうし、それに正直なところ、あいつは児童ポルノで前科がある。変態と仕事するのはごめんだよな。だから、やっぱりあんたにはきちんと判断してもらったほうがよさそうだ。ほら、この〈キツネとブドウ〉がさ、万が一にも大成功をおさめて、地球を異星人たちから取り戻したとき、そのヒーローのひとりが児童ポルノのコレクターだったってバレたら、まあ、あんたも任命責任を問われて、マヌケのふりをする羽目になるかもしれない」

「あなたはなぜ機体を殺戮サイボーグと呼ぶのですか?」

「まあ、少なくとも人間じゃないよな」

「執行機体という名称があります」

「執行って言葉はよくない。非人間的だ。なんか裁判所命令で家を差し押さえるみたいな響きがある」

 ショッピングセンターの碁盤目のような通りを曲がったり、戻ったりしているうちに木挽き台が道を塞いでいた。工事マンがペコペコ謝るホログラムシールが貼られていて、その半透明の謝罪体の向こうでは道を左右まで剥がして、何かの工事をしていた。工事を担当しているのは黄色と黒に塗られた工事ロボットだが、通行人を左右のバイパスに逃がす作業はペパーミントグリーンの作業ベストを着て、安全帽をかぶった人間で、今も不機嫌そうな顔をした男がLED誘導棒を左右にぶらぶら振っていた。

「よお、ダギー。元気?」

 アララギは誘導棒の男に話しかけた。

「アララギ。このクソッタレ」

「司令。このクソッタレってのは仲間内の憎まれ口みたいなもんだから」

「てめー、何しに来た。そっちのガキはなんだ? 社会科見学かよ」

「おいおい、こっちの御仁は〈キツネとブドウ〉の最高責任者であらせられるぞ」

「ふざけんじゃねえぞ、アララギ。おれの人生ぶち壊しておいて、一度じゃ足りねえってか? てめえ、どの面下げてやってきた?」

「おい、待て待て。はっきりさせておこう。お前の人生が台無しになったのはお前がロリコンだからだ。培養水槽の素っ裸なガキの体を片っ端からスキャンして3Dプリンターでダッチワイフつくったからだ」

「それがなんだ? どうせみんな地球でくたばるガキどもだろうが」

「見てくださいよ、司令。この通り、このダギーって生き物にはモラルのカケラもねえんでげす。おい、ダギー。おれもそのことについては反省したんだ。人によって性癖はそれぞれ。たとえお前がちっちゃいカエルみたいな胸のガキにしか欲情できない哀れな性癖の持ち主だとしてもだ、そら、しゃあない。お前はビョーキなんだ。ダギー。分かるか? 生まれながらのビョーキなんだ。治療法はない。そこでおれは考えた。ダギー・ボーイは確かにロリコンだ。だが、社会にそのまま泳がしてちゃ、いずれ実物に手を出す。なら、〈キツネとブドウ〉で思う存分発散させればいいじゃないか。殺戮サイボーグをつくって地球を取り戻すご褒美を前借りさせたっていいじゃねえかって。それが公共の福祉ってもんだろ? なにより、おれはお前を密告したことを恥じてるんだ。悔やんでるんだよ。このクソッタレな世界で、何が一番ひでえってタレコミ屋よりもひでえもんは存在しない。子どもをレイプするよりひでえ」

「おい、じゃあ、〈キツネとブドウ〉はマジで再開するのか?」

「さっき言っただろ。こっちの若きエリートは司令として、じゃんじゃん子どもを殺戮サイボーグにしていく。そのためのプログラムとメンテナンスはお前が一番だろ。だから、司令から許可をとった。そうっすよね、司令?」

 ジェンキンスは十秒ほど黙って、ダギーを見つめていた。そしてうなずいた。十秒はジェンキンスの倫理の断末魔だ。もちろん、アララギはこれからもっと倫理に外れたことをやっていく。

「そうゆうことだからさ、ダギー。そのペパーミントアイスみたいな色したベストを返して、現場監督に言ってやれ。『くそくらえ。おれはやめる』。本物の男の仕事が待ってるぜ、ダギー・ボーイ」

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