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七話 邪神と雪崩と傭兵団

 ――現在、魔物に囲まれる真っ最中だったりする。



「ええい、潰しても潰し足りん…!!!!」



 俺達が歩いた草原の道程にはことごとく青色の粘液がまるで教室にかけるワックスのように広がっている。

 あれ全部スライムだから。

 あまりにグロすぎて草原一体がべちゃべちゃになってるっていうしか言いようがない。


「うぷ…」


 ナツがあまりの気持ち悪さに姉に介抱されている。何せさっき背後から迫る高速タックル(スライム)を彼女の足下辺りに結界で潰して見せてしまったからだ。


「これは、昨日の結界のせい、か…!?」


 何せ、深夜の超超広域結界のせいでここいら一体の強かったり弱かったりするモンスターがまとめて壊滅してしまったのである。ならその空いた空間を縄張りにしようと脳のない魔物がなだれ込んでくるわけで。


「確かに、これはまさしく縄張り競走といった風ですねっ!」

 ナツを腕に抱きつつ中腰で例の火炎砲撃で遠隔射撃する。

 じゅわっ…とスライムが、恍惚と()く。ああいいな俺もあんなのがいい。




 一五分程ゴブリンとスライムその他を相手に無双してからもう十分だと広域結界再発動。

 魔物という魔物を掃討し、押しやり、結界の外側にいる人々に魔物の群れをプレゼントする結界。ぶっちゃけ魔物の雪崩に巻き込まれて死人が出るかも知れない。

 だからあまり使いたくないのだ。スライムの死骸すら押しだしていっちゃうから今頃ニルべ村すごいことになってるかも知れない。守人のルージノも涙目なこと受け合いである。


「ま、いっか! 俺邪神だし!」

 あんまり周りのこと気にしてもしゃーないしゃーない!


「ヒカル様、………あちらの方向に、負傷者が」


 片手で拝むようなポーズで念じながらミナが言う。魔力感知が本当に便利だ。


「姉様、どうしてそんなに、強いの…」

「いい? ナツ。私はヒカル様の『手厚い加護』があるのだから」


 きらきらきらきら……!! と後光ささんばかりの笑顔で妹を諭す嘘つきの姉。


 さわっ。


「…っ…………………!!!」


 びくん!と急に背筋を伸ばして顔を高揚させ、唇を噛みしめるミナ。


「ど、どうしたの姉様…」


「い、いえ何でもないわナツ。さぁ先に急ぎましょう」


「ほほう、なかなかやりおる(さわさわ)」


「ほらヒカル様も、おイタしない♪」


 ぎりりりりり…っとお尻に添えられた俺の手の甲をつねってくる。


「うふふふ…」

「くくくく…」


 悪な神官の笑みと邪神の微笑が応酬する。










 どんどん草先が高くなっていきながら、ものの一〇分ほどで負傷者の場所に到着した。救護道具を持っていたナツがすぐさま冒険者の傍に駆け寄り、意識を確認する。


 剣士だった。黒髪で割りかし長身の女剣士。赤をベースにした、へそを露出した胸だけの鎧と肩当て、薄めの腰当ては、この剣士がスピードを武器にした結果だと容易に想像がつく。全身には剣と言うには小さすぎる切り傷を幾多も受けていて、特に頭からの出血がひどい。


 だが問題はだ。


 装備の鷲紋の小楯は中心からヒビが入っており、剣は先端が欠け刃こぼれもすごい。何より鎧の胸元が杭でも打ち込まれたかのようにへこんでいて…肋骨ろっこつまで届いている。

 これを『ミナ』は負傷者と言った。否、言い切った。

 

「意識…ありません! 姉様、」


「血液の乾き具合から見て昨日の夜ですね…分かりました。では私が頭部の止血するのでナツは殺菌消毒をお願いします。ヒカル様、申し訳ありませんが今しばらくお待ちいただけませんか」


「いや俺は良いから早く助けてやってくれ」


「ありがとうございます。では」



 さすがにこういう事態になれてるのか姉妹の手際は見ていて素早い。ミナは気道の確保をさり気なくしながら頭部をひざで支え、首筋を押さえて止血、患部を消毒し、包帯を巻く。全身消毒というから一度装備を外すナツは、外し方を心得ているのか鎧がものの数秒で解体される。

 鎧の内側は腹周りを除いて黒のタイツを着用しているようで身体のラインが、なんというか、とにかく…エロい。下着なんてしない世界らしいからこの人も例外なくそうで、乳房の辺り…その頂点がぷっくりとしてるのがわかる。邪神のお仕事終えたら女剣士の装備を剥いで捕らえて鑑賞する旅も悪くない。うんそうしよう。邪神だし。



 …むぅ、



 やはり胸の打撲…いや骨折が酷い。

 似たようなのはまぁ見たことあるけど、やはり慣れない。


「ん…? あ、この人の持ち物か…?」


 二人が真剣に応急処置している一角から数歩離れた所。草の根が高くて気付かなかったが、大木が何物かになぎ倒されたかのように草むらに沈んでいて。

 それが何でかも気になったが、それよりも…その根本近くに、女物っぽいウエストポーチらしきものを見つけたのである。

 元の世界では『勝手に女性の物を!』とよく怒られたもんだ。緊急事態の時まで言い出す人もいるからホントやりにくかった。


「……ちら」

 二人の真剣具合を再確認。ナツがミナの指示を受けつつ、右足腿のタイツを切っているところであった。

 まぁむこうは大丈夫だろう。あるなら、回復魔法も勉強しなきゃ。

 俺は嘆息すると、ひっそりと草原に身を沈め、ポーチの中身を開陳した。


「お、この世界にもカードあるんだ」

 鉄製だけど。ううむ、読めない。


「薬草?」

 俺の物と見比べてみる。ちょっと違う。薬草にも色々種類があるらしい。ハーブと柑橘系を混ぜたような清々しい臭いがした。


 その他には携帯食やら布巾やら貨幣袋やら。貨幣は銅貨ばかりで銀貨が数枚混ざっているだけだ。ふむ、鋳造モノだ…。この世界の通貨かな?

 銀貨を一枚いただいておく。だってお金ないんだもん。



「――もよし。この方を近くの村まで送り届けましょう。ここからだと…マサド駐屯村が近い…か」


 処置が終わったらしい。包帯を巻き終え血液を拭き取られた女性をポンチョの枕に寝かせると、ナツの視線に応えるようにミナが頷いた


「ミナ、でもどうやって連れて行く?」


 遠くから投げかける俺の問いにミナは腕組みし、顔をしかめる。


「そうですね…下手に抱えると骨折に響くでしょうし」


(男が二人いたらポンチョで簡易タンカ作れるんだけどな)


 しかしミナやナツよりも一回り大きい女性は、女性とはいえそれなりに重量もあるだろう。ざっとみても五五キロはかたい。それも装備を一切ここに置いていった場合だ。

「でも姉様、私とどちらかがマサドに男手と運搬用具を頼みにいったとしても、こんなに強そうな方がボロボロになる相手では…」


「二人いてもまずいでしょうね」


 確かに。こんな状態になってまで生存してみせる人だ。ルージノとはまた違った鍛えられ方をしているらしい事は、細くもしなやかな筋肉を見る限り理解できる。現役の冒険者がこのやられ方なのだ。


「俺が結界張っておけば問題ないだろ?」


「はい、ですが出来ればヒカル様の神聖魔法は人の目につかせたくはないのです」


「こんな時にそんな守秘義務言っている場合か?」


「ヒカル様。私はヒカル様とこの方の命ならばヒカル様を優先します。この方を助けるのは私の…いうならば、わがままなのですよ。村の秘密と切り札を危険に晒してまで助けようとは思いません」


「…姉様……」


 ニルベの巫女は一切の後ろめたさなく言い切ってのける。その海の底を模したような蒼眼には迷いがない。

 どこまでも思慮深く。

 足下の虫の息になっている剣士を見た。助けない可能性なんかみじんも感じさせないくらい徹底して丁寧な処置が行なわれたことは一目瞭然だった。

 ミナを見る。軽蔑しますか? と問いかけてくるような視線は、迷いがない。邪神の俺なんかよりよっぽど冷徹で、村の守り神たり得る風格があった。


「ええい、何とかしてみせるぞ」


 状況を整理する。さぁ冷静になろう。あの頃みたいに、また性懲りもなく、人の生死がかかっているぞ、坂月ヒカル。


 空を仰ぐ。元の世界と何一つ変わらない陽光が、じりじりと暑い。


 なら。

 そんな時、わがままな邪神はどうすれば良い――?











「こうすればよかったんだよ」

  二メートル前、俺の頭くらいの高さに女性が浮いている。ふわふわ、と浮遊呪文の滞空間は全く感じさせない。髪すらも重力を逆らって女性の身体にならい、横向きに。まさに、空中にあるベットに横になっているそれだ。つけていた装備もその傍で浮いて寸分の狂いなく平行移動している。


「結界をこんな使い方するなんて聞いたことない…」


「流石ヒカル様! 神ともなると発想が違いますね…」


 呆れた顔のミナと眼をきらきらさせているナツの視線を背中に感じながら、女性を出来るだけ安定するように両手を使って結界に触れ、集中する。


 太陽にヒントを得たのである。地球も太陽と同じ丸であるのに、こうして俺達が歩いている地面はどこまでも平面に見える。

 ようするにそれ。

 今俺の結界は中心を地中深く。その魔力量を最大に使って最大級の『球』を作っているのである。

 ずーーーーーっと向こうの方で結界にぶつかったらしいスライムなど魔物達が俺の歩く速度で小さな雪崩を起こしていてエンカウント率もゼロである。地中の魔物がもしいるなら災難だったろう。昨夜に引き続き圧死の大盤振る舞いである。


 一時間ほど草原を歩き続け、川を渡り(流れにスライム達がまとめて流れていくのを生暖かい視線で見つめつつ)、小さな林を抜けるとそろそろマサド駐屯村の物見矢倉が見え始める。


「あ」


 目先には。

 川を渡った後から結界に捕捉され雪崩になった魔物の雪崩が村に直撃し、その魔物よけの囲いを次々になぎ倒していく様が遠くで繰り広げられていた。


「まさに……………………………………………………………………………邪神、ですね…」


 ナツが笑いたいんだが泣きたいんだかどっちつかずの顔で、呻いた。







 飛び入りの助太刀冒険者と言う事で魔物退治に参加した。俺は小さな結界を限りなく無色にして土系の派生である『重力魔法』と言う事で圧死をつなげる。兵士がちょうど不足していたらしく、俺達はマサド村の村長さんから歓待を受けつつ宿屋に案内してもらう。胸が痛い。

 二階建ての大きいコテージじみた宿屋。廊下の窓から見える地表では、囲いを立て直す大工係達で大わらわ、と言った様子だった。


 その二階の一番端。


「あ…」 


 すやすや、と静かに生気のこもった寝息が聞こえる。十字窓が電車の窓くらいの大きさで取り付けられている、六畳程度の個室だった。

 俺達が戦っている間に救護の人が女性を運んで治療をしてくれたのである。俺達はさっきまでマサド村長…六〇越えてるが現役の兵士らしく俺達と一緒に魔物退治をした…と先ほどの戦闘について熱く語られながらご馳走をいただいていた次第だ。


 あのダチョウの卵みたいだけど黒くてわらび餅な食感の食べ物…美味しかったな。ドラゴンのキモだそうで、ゴマ酢みたいなタレとホントよく合った。ちょっと残ったので火を通した後包んでもらったりした。携帯食は旅の醍醐味である。





 ミナとナツを残して俺は一人村に出る。


 ここマサド駐屯村は言うならば西部劇の町の雰囲気に近い。


 あ、村の名前を言う時は必ず『駐屯村』をつけるように、との村長からの厳命を受けたのでその通りにする。俺の重力魔法に興味を持って「うちに入らんかね。稼がせてやるぞ」と何ともヤクザな会話を振られて正直どきっとしたのである。


 ニルべ村に比べて地面に草木が生えてなく、どことなく乾いている感じ。視覚的に広々とベージュで、そこの民家の角からガンマンが現われてもおかしくない雰囲気だ。厳つい男達が多い。店の前面の壁が丸ごと取り払われたようなテラスがある建物。酒場らしく、そこには真っ昼間だというのに武装した男達が剣や楯をイスに立てかけて木のコップで飲み物をいただいていらっしゃる。


「まったく…なるほどね、」


 大声で会話し、ここでもさっきの魔物掃討戦の話で持ちきりだ。

 眼帯とか頬の傷とかの『戦の勲章』をそれぞれつけていてマジで近寄りたくない。



 マサド駐屯村。ここは言うならば、傭兵の町だ。



 駐屯というのは、国の軍隊が一つの地域に留まることを意味する。傭兵達は国有の軍隊じゃないが、俺の翻訳機能が『駐屯』をそれでも選んだわけは、おそらくは『戦力面』に違いない。

 先ほどの戦闘はかなり盛り上がったと言って良い。下はスライムから上は体長三〇メートルに及ぶクレイドラゴン(土系のドラゴンである)と多種多様で、傭兵団はこぞってクレイドラゴンに卒倒した。細々とスライムその他を圧死させている俺の頭上を、ドラゴンのしっぽでなぎ払われて越えていくバカ達である。でもめげない。体力が俺の常識とは桁違いで、納屋に突っ込むも笑いながら傷一つなく復活する奴らである。人間として誇りに思うわ。バカだけど。


「おうおう、俺の剣が奴の牙を折ったんだぞ!? お前はそのおこぼれを頂戴しただけじゃねぇかっ!!」

「言うねアンタ、でもハンターはその隙を逃さないのがプロだろ? 棍棒振ってりゃ飯が食えると思ってかこのウスノロ!」


 お。ケンカだケンカだ。いいねぇ…。



 スキンヘッドの大男が棘付の金属棍棒で地面に打ち込む。どん! と周りの会話が一瞬静まりかえるほど。そして、


「おおーっ! ギリリーそんな年増やっちまえ!」

「黙ってな、そこのなまくら剣士が!」


 パン! ムチのしなりで男の腹をひっぱたきイスから吹き飛ばす。こちらは妙齢の女性だ。唇が真っ赤でケバい。その張りのある巨乳を炸裂させんばかりに胸元を大きく開いた鎖帷子。まるで悪魔だ。あ……ムチじゃなくてそれが『持ち手』らしい。先に野球ボール大の鉄球がついている。あれを振り回すのか。


「おい出てこいクソババァ、どうしてもこの棍棒のサビをそのツラで舐めたいらしいな」

「ハゲが何言ってんだい。さ、相手しようか」


 先に表で肩を怒らせている大男の正面に歩いていく。さながら西部の決闘だ。


「なんだお前」

「ま、いいからいいから」


 鉄球おばさんの座っていたところに腰掛ける俺。女性の話し相手だったらしい気の強そうな弓使いの女性に会釈して座る。


「さ、行くよ!」

 ぎゅん、ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんぎゅんぎゅん――――!!!

 鉄球が二メートルの円を描きながら回転を始める。風圧がすごい。彼女の足下やらの砂が風を受け、周りに転がっていく。ていうかこわい。あの鉄球外れたりしたらすごいことになるぞ。


「うぇいっ!」

 棍棒を振り上げ走り出す大男。巨体に似合わない素早さはルージノとかには劣るものの、確かな威力を伴うならおつりが来るレベルである。


「しっ!」

 間髪入れず男の腹めがけて真っ直ぐに鉄球を投擲するケバ女。振り下ろした棍棒でこれを迎撃しさらに間を詰め、


「…ぬぅああああっ!!」


 女性のモノとは思えない声で鉄球を引く。いや、『しならせる』。地面を鞭打つようにして跳ね上がった鉄球先は大男の棍棒とその腕を四重に締め付け『捕獲』する。


 ギシッ! と男と女性の力と睨みが一瞬均衡し、


「がぁああああああああああ!!」

 大男が叫ぶと、瞬間飛び上がっていた女性の足下が爆発した。





「あれは?」

 正面の弓使いの女性に聞く。長い茶髪を簡単に後ろに束ねているだけ、化粧もない顔は戦勤めの大和美女、と言った印象だった。格好はアマゾネスだが。


「ギリリーの爆発魔法よ。火の派生系でね、図体でかいからパワーファイターって思われガチだけど、彼あれでもわりと魔法使いなのよね」


「ほほー、結構有名なの彼」


「そう言うワケじゃないわよ。同じ傭兵だし、ここを根城にしてるしね。色々見聞きすることもあんの。

 アンタは? 見たところ初めての顔だけど」


 皆と同じくらいの胸をむっちり鎧の上側から覗かせる大和アマゾネスの挑発を受け流しつつ、


「ええ、この村には怪我人を運びに寄っただけですよ」


「ふぅん? 遊びにじゃなくてぇ?」


「またまたご冗談を」







「エノート!」

 爆発魔法を警戒してか棍棒から鉄球ムチを取り解き、距離を取り直すケバ女。彼女の足下に魔方陣が広がり、何やら詠唱する。青色の蛍が飛び散ったかと思うと彼女の表皮にまとわりつき、

 ゴイン! 棍棒をへし折らんばかりの一撃を鉄球を振らずに打ち出す。あまりの速さに受けるのがやっとの大男は足をもたつかせる。流れるような動きで女性はそのまま回転しムチの要領で男の両足を払う。宙に浮いた大男。まさに滞空。その瞬間にはもう鉄球を男めがけて大きく振り下ろしていた。


「死ねギリリぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

「力しか能がねぇか、アグネェえええええ!!!」


 尻餅をつきつつ鉄球を棍棒で打ち返してみせる大男。いや、今のどうみても即死級だったし!


 

 それから五分近く闘武を続けた二人だが、決着がつかず、飽きたらしい女の方から終戦を迎えた。やんややんやと拍手で迎える俺達だが、


「アンタ人の場所に何座ってんのさ」


「いや面白かったよ。はいな」


 怪訝そうなおばさんの顔を無視して席を譲る。


「アグネに惚れたってさ」


「ちょっと待て!」


 大和アマゾネスが何か言い出しやがった!


「へぇ、可愛い顔して案外大人じゃないのさ」


 ネコでも撫でるようにアゴを指先でさすってくるのに身をまかせながら、イスにどっかり座り直しての見直しているギリリーを見た。さっきの戦闘など感じさせもせず酒のコップを一気に飲み干して大笑いする。…何ていう魔術士だ。


「聞いてないのかい、ここの酒場はCランク以上の奴専用なんだよ」


「え"」


 撫でてりゃ気がすむと思ってたら飛んでもないことを言い出すアグネ。


「何、それ」


「あんたギルドじゃないのかい! へぇ、なのによくこの中に入ってこれたもんだ! カタギにゃちと入りづらいだろうって」


 物好きそうに俺の顔を大和アマゾネスとしげしげ眺め、顔を見合わせる二人だった。


「おい、お前さっきの戦闘の時スライムばっか倒してた奴じゃんか!」

「坊主だせぇええええ!!」

「せめてゴブリンくらいは殺っとけよぉー! ハハハ!!」


 ええいうるさい観衆め。あれは自重した結果なのだ。


「ここって賭けはやってる?」


「おっ、やるってかぁ! おし俺とやろうぜッ!!」

「坊主気をつけろよッ! こいつさっき味方に魔法食らって気絶しててやんの!」

「うるせーな、お前から来るかぁあ!!??」



「いいよ、やろうか」



 どれ、先の戦闘を見てたぎったことだし。アレをただで見せてもらったんだ。俺もやって見せたいって気持ちになる。



「オッズはどうする? 俺これ賭けるけど」


 銀貨をばちん、とテーブルに打ち付ける。


「おいおいおい、服もきれいどころだなと思ったらお坊ちゃんかぁッ!」

「いいカモだぞー、アルー! やっちまって飲もうぜー!」


「……………アンタ大丈夫かい? 無理はすんじゃないよ。こんな大金出して何しようってんだい」


「アグネさんありがと、いや、さっきの本当に面白かったからさ。ね、男の子でしょ?」


 二カッと笑ってみせると、アグネはバツが悪そうに目を背けた。

「ご愁傷様…」

 何やら大和アマゾネスが呟いているが無視無視。







 向き合う。


「おい、ボーズ。負けました、っていったらそれで終わりだぞ? 俺の秘剣は痛いぞっ」


 革の鎧といい、背格好といい、ルージノに後ろ姿は似ているものの顔はニキビだらけでどうにも汚いへちゃむくれだ。剣も刃こぼれが所々に見える。楯をいつもは装備しているみたいだが、それはイスに立てかけてきたままだ。


「坊主、魔術士だろ?」


 この世界で魔法使いと魔術士は混同しているらしい。ニュアンスで使い分けるのか。


「うん、まぁ昨日覚えたばかりなんだけどね」


「…いいのかい? 止めるなら私に言ってくれれば、」

 アグネがしつこい。


「開始の合図、お願いね」


 ポンチョを脱いで傍らにやる。蛍光色の青の上下は傍から見たら拳法家か何かだろう。


 右手を構えた。相手との距離を測るような高さで。

 必中にして必殺。

 ただの傭兵崩れに、邪神が後れを取るはずもなく――。


「開始」


「ぐべぁ!」


「………つまらん」



 瞬殺ッッ! あんぐりと口を開ける大多数をよそにへこんだ地面にめり込むようにして気絶している戦士を流し見た。何、重力に見えるように地面も一緒にへこませたからそれっぽいだろう?


「ええい、次はいないか? 俺はそのまま二枚を賭ける!」


 俺の突然の大声に再度静まりかえる荒くれども。

 次第に、


「おおおおおおおおおおおおぉおおっ! こいつは大物かもだぞッッ!!!」

「まかせな、次はあたしがやってやるから!」


 未だ呆れたままのアグネと大和アマゾネスが、まるで夢でも見たんじゃないかと頭を抱える。








「あ、このウエストポーチいくら?」


 帰り道、服飾関係の道具屋があったので入ってみると見つけたのである。宝箱の刺繍の入ったチェック柄の一品だ。ガラスに展示されてあった奴で、おもわず一目惚れ。他のと比べて丁寧にベルトに縫い込まれているところをみると何か長持ちしそうだな、と好感だったのである。


「…それは、六〇〇シシリーだよ」

「これで足りる?」

 銀貨をじゃららららららららららららら、とポンチョのフードから取り出して会計に乗せる。


「………………………………に、二枚で良いよ」

「はいな」


 残り三〇枚か。他には何を買おう?


 真新しいポーチをさっそく腰に巻いてコインを投入する。うん。しっくりくる。


「さてと、武器でも買うか」


 異世界のショッピングに、ちょっぴり胸が高鳴るのを感じた。

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