六話 邪神と剣士とお灸の結界
「んー…」
ぱぴよーぱぴよーと窓際で仲良く合唱する三匹の声で目を覚ます。
三人「ぱぴぴー♪」
…一応歌らしい。
チッチが指揮者っぽい動きをしている。元気はつらつに歌う緑ショートボブのマチーと、その隣で不敵な笑みで小さく歌っている青ツインテールのピルチである。
「あ、起きたにょ」
くるりっ、と金セミロングを振り、目を丸くして振り返ってみせるチッチだった。俺が半身を起こすと途端にひざの上あたりに飛び降りてきてでんぐり返ししてみせる。
そんなチッチを踏みつけるように、
緑「だっこー!」
ぴょんぴょん半ズボンではねる様は、なんかこのまま成長すると男勝りな美少女になりそうだなぁというほほえましさであった。半ズボンの裾がジャンプする度に顔に当たってチッチはすごく嫌そうだった。
それぞれ、子人用の簡単な上着とスカートまたは半ズボンを着ている。昨日裁縫の得意なおばさんに祭りの最中に頼んで一時間くらいで作ってもらったのだ。
最初はチッチ達に驚いていたが、その愛らしさにどうでも良くなったらしい。なるほど祖先の愛らしさを前にするとニルベの民は無条件に降伏するようインプットされているのか。
青「……」
というか、この子。
何か拾ったときは他に感化されて明るかったが、人里に降りてくるやいなや個性を発揮し始めて不敵な黙り少女に変貌した。ぬぼー、とも思える半眼の目はマチーとそれをあやす俺を観察しているのである。頭の中で色々考えてる、意外と文学系の子なのかも知れない。
「マチーはミナに起きたって知らせてくるにょ! ピルチっ、一緒に邪神様起こすの手伝うにょぇ」
腰に手を当てて言う感じで、仕切りやさんな特性を発揮し始めたチッチは、他の二人のいない隙を突いては甘えてくる甘えん坊さんだったりする。赤いミニスカートがホントよく似合ってる。(なお意味はないがおばさんに注文してパンツも作ってもらっている)
んー、んー、と全然ない力で二人して俺の寝間着の袖を引っ張る様に苦笑して、起き上がる。
「おはようございますヒカル様。朝食はもうすぐ用意できますので、しばしお待ち下さいっ!」
エプロンのままで現われるミナは、それだけ言うと部屋を出て行った。
「ナツー! 貴方も早く起きなさいっ」
「えぅ…ぅううーん、…んぎゃ!!!!????」
「何か砕けてきたなぁ」
これでも召喚されてまだ一日経ってないからな?
寝ぼけ顔のナツが姉から引っ張り出されて追い立てられる様を何となく想像しながら初めてのニルべ村の朝食に胸を膨らませるのだった。
――今日は、ベーツェフォルト公国に『出稼ぎ&ギルド』登録に行ってくるつもりである。
「いけません」
「そんなあしざまに」
朝食一口目を咀嚼しながら何気なく切り出した提案をいきなり否定される。
「姉様、…邪神様は何かお考えがあるのでは…」
「あ、ヒカルって呼んで」
いい加減邪神様って言うのもなぁ。姉が名前で呼んでるんなんだし。
「いえ。ナツ? ヒカル様はまだニルべ村にいらしてからまだ一日です。外のことよりまず村のことを知ってもらうことの方が先決でしょう」
「村のこと? ああ、何となく分かってるよ。いくつか問題があるって事もね」
「いーえ。それは早計というものです。それではなぜ、今のように戦える者が少ないニルべ村に魔物の気配がないか、分かりますか?」
む、と口をつぐむ。
確かに出稼ぎで外に基本戦力が放出されてる事態を人類の敵である魔物が気付かないわけがない。
三人で囲む朝食の机の上ではチッチ達が自分の目当ての皿に行ったり来たりしているのを見ながら、何となく思いついたことを言ってみた。
「妖精の、加護か何か?」
「そうです。彼らの幻惑の守りは私達の村へいかなる外敵も辿りつけさせません」
こんなちっこい妖精達も束になれば森を覆うのか。
妖精と友に時間を重ねてきた森は妖精と似た特性を得て、森全体が強力な結界となっているのだという。森にくっつくように存在している村もギリギリその加護の中にあるのだ、と簡単に説明してくれた。
「じゃあ、昨日の盗賊は?」
「……そうです。それが、一番の問題なのです」
何となく出鼻をくじかれたような気持ちになった。公国からニルベの民を助けてくればいい、と安直に思ってたが自分の中で露見する。
「主力戦力がいない、っていう方がダメなんじゃないの?」
分かって、聞いてみる。
「いえ。それならばその放出している村人だけの苦労ですみます。労働死することもあるでしょうが…………………口惜しいですが、それが占領民の立場でもあります。
ですが、村の結界を突破されたとなれば話は別です。結界の突破が盗賊に出来るなら公国軍にいつか制圧される可能性だってあるのです。
邪神様はかの一〇年前の大戦で多大な影響を現王朝アストロニアに及ぼしていますから、その子の一つであるベーツェフォルトが狙わない『わけがない』。分かりますか?
これはある意味村の存亡がかかったゆゆしき事態なのですよ」
「一〇年前…? ってこと何か、邪神って一〇年単位で呼んでるのか?」
「そうなるでしょう。生憎私は先々代の邪神については詳しくは知りませんが、言い伝え通り半身半獣で、私の祖母の身体を食らって盟約したと聞いております」
薄っぺらいパンを千切りつつ淡々というミナ。
「先代は…?」
「ええ。そちらは私のように身体を重ねた、と。その光景を私は目撃しておりますので」
ナツを意識する言い方でさらりと嘘をつくミナ。
してその邪神である。顔上半分が犬で下が人間、毛むくじゃらで手が六本あり、足はあるが、サソリに似たしっぽを自由自在に動かしていたとか。…どこの化け物だ。
「姉様…」
「ナツ。朝食中に肘をついてはいけません」
俺とミナの会話に割って入ろうとしたのか身を乗り出していたナツを叱責する。彼女なりに会話を止めようとしたんだろう。
俺も興味本位で、悪いことを聞いてしまった。
「――ってことは、その、なんだ村の侵入者対策をしてくれって事だな?」
「はい。その通りです。詳しい方法などは私と一緒に検討――、」
待った、と、ミナが続けようとするのを手で遮る。同時に目を閉じて右手を机の中心に向け、
――人を傷つけようとする感情。
刃物を持っていて、持っていない者を見るときの時の優越感。
ニルベの臭いのしない者を――
「――神殿、結界…!」
ぐわん、と昨日よりも早いスピードで俺とミナの間から白色結界が広がり、一〇秒足らずでニルべ村を満たした。
「な…!」
唖然としているミナと器を手でひっくり返しそうになっているナツをよそに、俺は朝食を再開する。
「これでいいだろ。行こうぜベーツェフォルト」
「……ヒカル様、いつの間にそこまで………………対象者随時識別だなんて」
結界を肌で感じているのか家の中を見回すミナに、
「妖精の結界じゃダメなら邪神の結界はどうよって奴だ」
薄パンで野菜をはさんでみる。ナツは上目遣いながらもその食べ方に新しい物を発見したかのように感心している風だった。
フードのついたポンチョみたいな上着を羽織ると三人で村の入口に向かう。
「あーぅ……」
どんどんどん、と窓ガラスを涙目で叩く金セミロングのチッチ。そんなチッチをなだめるかのように青ツインの半眼がよしよしと頭を撫でている…。
三匹は注目を浴びるのがやなのでお留守番だ。お土産も勿論約束した。
「俺も短いのが良かったんだけどな…」
ナツとミナの間を歩く俺だけ地面すれすれまで灰麻生地の裾が伸びている。
「ヒカル様の身体をあまり周囲に晒したくないので、すみません」
「昨日散々晒したのに?」
ミナに注意されるまで握手とかもしちゃってるし、今更感なんだけどな。
「でも…そばにいるだけで本当に、――あつい、ですね」
ナツは、はふっ、とフードから顔を出すと俺の身体を足の先から髪の毛までしげしげと見つめ、
「ヒカル様の魔力で身体が火傷しちゃいそうですよ私…」
どきっとした。
「ほう。それは物理的に? それとも生理的に? 詳しく聞きたい」
「比喩表現ですよヒカル様」
ナツを横見ながらミナが涼しく言う。フードにすっぽり顔を深く収め、…せっかくの綺麗な青い髪が全く見えない。正直もったいないと思った。
「あまりにヒカル様の魔力の密度がありすぎて、肌に触れると全身の魔力孔に押し入ってくるのですから。近くに寄っているだけで撫で、触れられているような感じになるのです」
「何となくタンポポの綿毛を想像したが…」
タンポポの種子が俺本体だとすれば綿毛が俺の魔力だという意味である。たぶんあながち間違ってない。
「………………………………こそばゆくない?」
ほら、綿毛で肌をふさふさされたら。
「だか、ら…………………そ、そう言うことですっ! 村を出たら無駄口は慎んでいただきますよ…」
ちょっとだけ歩調が早くなるミナに、俺とナツが慌ててついていく。
村の入口の小さな監視小屋にはルージノさんがなかなか無骨な剣で素振りをしていた。
「おはよう、ルージノ。調子はどうだ?」
「おお邪神様ッ! ええ、もう見ての通りですよ!」
面胴袈裟切り、その隙に半歩下がり、まるで半身を後ろに残像残したようなフェイントで前進、逆袈裟――。
「すごいな! 全然三〇代後半には見えない。教えてもらいたいくらいだ」
まだ元の世界の常識が頭にあるのか今のよどみない動きは素人目から見ても凄まじすぎる。剣道の達人相手でも屁でもないな。こっちは殺すために研ぎ澄まされた剣術だもの。ほとほと武道って役に立たないなぁ…。
いやいや、と謙遜しつつも嬉しそうなルージノを微笑ましそうに見つめていたミナが、ふと思いついたように俺の側に来ると耳元で囁いてくる。
「……ヒカル様は何か護身術はお持ちで?」
「うんにゃ。そんなもんただの高校生がやってるはずもないね」」
落胆に眉を落とすミナを見てると何となくバツが悪い気持ちになって空を仰ぐと、
「――所で邪神様、昨夜拝見しましたがその腕、さすがというか引き締まっておられますな」
ふむ、とアゴに手を当てて小さく頷くルージノ。ミナはちょっと期待するような目に変わるが、
「生憎剣を交える器用さはなくてね。相手なら他を当たってくれ」
ちょっと余裕ありげに?
遠くを見るような視線で言ったからなかなか良い感じの実力謙虚に見えるだろう。
「あ、いえ、そんな…邪神様にお手合わせいただこうなど、滅相もない。この人のみではいくら鍛練を重ねようと邪神様の御力の足元にも及ばないことくらい、一介の剣士として重々承知しておりますぞ」
朗らかに笑い返してくるが、口元はどうにも残念そうに歪んでいた。
いやホント勘弁してくれ。
瞬殺だから。いや間違いない。
本物の殺人剣でからめ手禁止だなんて勝ち目ないわ!
「邪神様、では魔法なら良いんですか?」
「おいっ!」
俺達の会話からはずれていたナツが悪意のない顔で思わぬ一石を投入してきた…!!
わらわらと村人が集まってくる広場。
「……ふふん」
広場の中心で傲慢に仁王立ちしている俺だが内心絶叫していた。
キャンプファイヤーの薪は片付けられていて、わずかに掃除し損ねた炭で黒ずんでいる。そんな炭の円の対岸にはルージノがぴしっと手を伸ばして敬礼していた。
「いえいえ! 剣士ルージノ、せっかくの機会です、胸を借りる気持ちで打たせてもらいますからな!」
ルージノの復活した実力を見に来ている輩も多いんだろう。おのれ人間メガホンのナツめ。ここまでルージノに引っ立てられる形で連れてこられたがその際にすれ違った人全員に事の次第を話していたっぽい。
ミナも暴走するナツを機会を失ってか全然止められず、すいませんすいませんと小さく謝ってくるのだった。いや俺負けたらお前村からハブられるんだからな?
俺はフードを取り去ると、大きく深呼吸した。周りにはまるで魔力を身体の中で圧縮している悪鬼のように見えているだろう。実際は肺の裏側まで鳥肌である。
ふふ、こんなバカみたいな死の瀬戸際初めてだぜ。三六九、見てろよ、俺遊びで殺されるかもしれんぞマジで…!
からめ手。これ。これが封じられるともう実力勝負しかないじゃないか。
プライドなんか焼き肉定食付け合わせのレタスほどもない。本心は、謝り倒して何とか逃れたい一心である。これ、長生きの秘訣だ。
今までの三六九と味わった出来事はそれなりに勝つための卑怯が許された。今更正道で何をしろというのだ。
ふん! ふん! と重さ一五キロはありそうな剣で軽々しく空気を切ってみせるルージノ。何とも楽しげである。人の気も知らないで。
(おいおいおいおいおい、今の素振りで確実に俺の首が一発で飛ぶことが決まった…)
もういっそのこと吐血したいがそこは邪神の俺。
しかも観衆のシセンシセンシセン!
………………………いいもん神聖魔法でぶっ飛ばすもん。
「大人げないよな…いやそんな事言ってる場合か…」
手の中で小さな神殿結界をつくって、魔方陣をおさらいしつつ――
「それではっ! 邪神様と剣士ルージノの一本勝負を始めたいと思いますッ!!」
司会者、三姉妹の服とパンツを縫ってくれたおばさん! くそう、ありがたさを先に受け取っちまったがために恨みも飛ばせない!
「では、――はじ、」
「どりゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ちょ! おい、おっさんフライング!!!!!!!
一〇メートルほどの間合いが一瞬で詰められる。
練習の素振りが嘘のようなスピードにあっという間に懐を許してしまう。俺が障壁を展開しようとしたポイントをまさか一足で越えてくるとは――。
「それではまず一振り、いただきますぞ」
言いながらも獰猛な目は殺意とは無縁の、強者に挑む目だった。俺が初めて味わう瞳色に、意識の外で自分の立場を再確認した。
俺の半身を血のりすらつけずに切り裂くには十分すぎる速度で――!!!!!!
驚愕と同時に、安堵した。
「――はずれ」
すっと、ルージノの一振りを迎合するかのように足を蹴り上げる。
ビタッ――…!
ルージノの音速に近い剣風が下からの衝撃に勢いを失う。たまらず飛び退くルージノは、
「なるほど、まさに剣をも凌ぐ、ですな…!」
「ふん、さすがに俺もサービスはしないぞ?」
フードの下はびっしり冷汗だが、表情に全力を入れて余裕を演出する俺。にげちゃだめだにげちゃだめだ。
難しい事じゃない。簡単な、結界の応用だ。
昨日の盗賊を押し飛ばした結界だが、アレは発動した瞬間から盗賊の押し戻そうとする抵抗力その物を『無視』してドーム状に展開した。つまりこの結界、発動したら最後、俺の結界解除がなければ一切の力場を全く相手にせず拡大、維持を続ける。絶対結界のの名にふさわしい、圧倒的な『上位存在』からの暴力その物だ。まさしく邪神。反則すれすれである。これがあって負けないわけがない。
だが展開には座標指定とそれなりのスピードが必要だ。何せ展開開始直後は小さなビー玉にも満たない大きさなのだから。だから今回のルージノとやり合う場合、試合前から展開を始めていないと勝負にならない。
「足に魔法を込めるとは、全く、常識外ですな…! このルージノ初めて見申す」
なら『加速』をつけてやればいい。右足の靴の爪先に座標指定し、蹴り上げるだけで良い。実際、ルージノが剣を振り始めた時点でビーチボール大の神殿結界が完成していた。
そして剣を弾いた辺りで座標を空間に戻し、俺を覆う結界を完了する。
防備完璧!
こんどこそ邪に笑ってみせる。自分が傷つかないこと明白なのだから後は殺戮ゲーなのだ。出来るだけ光量を落としているからまるで俺のいる空間がたゆたった水面のように見えていることだろう。ふふ、俺様神域。
右手に結界を宿す。対象はルージノ。
「邪神ぱんち!」
「ぐふぇあ!!??」
遊び心一杯に結界仕込みの正拳突きする。剣もろとも吹き飛んで納屋に突っ込むルージノに内心ざまぁみろと――、
「あああ! 私の作業小屋が…!!!」
「おばちゃんの裁縫部屋!!?? なんてこった!!!」
俺は逃げるように広場を後にする。
ミナが続く。
「あ、姉様にヒカル様、待ってくださいよっっ!! 」
気付いたナツが慌てて追い掛けてくるのを尻目に、俺は黒い笑みで今夜のナツお仕置きの算段を立て始めるのだった――。