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六一話 邪神の在り方と武魔踊る宴(後)

六一話 邪神の在り方と武魔踊る宴(後)





 ラグビーの体当たりを受けたように、小町とエマはもつれ合うようにして地面に倒れ込んだ。

 仰向けの小町を下敷きにする形で、エマがマウントポジションを取る。

「くっっ!?」

「――――……ッ!」

 ぎ、ぎぎぎぎぎッ……!

 極限まで引き絞られた筋肉が、あたかも金属の軋みのように音を立てる。

 小斧を持つ左腕と槍を持つ右腕を、小町は上手く掴んでいた。

 しかし、目をむいて顔を上気させながら歯を食いしばり――かろうじて押しとどめている小町を、止められたのが驚きなのか不快なのか、エマは無表情の顔を押しつけんばかりに近づけて、小町を上回る力で押し潰そうとしている。

「ば、かなッ……! こんな娘に、な、何でこんな力がっ……ぐぅ……!」

「こ、小町っ!」

「ヒカル君は離れてくださいな! 手出しされては邪魔ですわッ」

 そう言って小町は、エマを見上げながら獲物を狙うように、ニッと笑った。

 周囲の席壁が波打つ(・・・)

 俊敏で捕らえるのも難しそうなエマが、小町に馬乗りになることで、今や固定標的となっているのだ。

 ピンチどころか、むしろこれ以上ないチャンス……!


『ン――超・僥・倖! ゼファンディアの女生徒よ! 感謝する! この! キャスパードが! 今ゆっくぞォオッ!』


「え、なに?」

 生死のかかった光景にはあまりに場違いすぎる、芝居がかった声色だった。振り向く。

 そこには、通路の先でシュバ! シュバ! と真剣な表情でさまざまな格好いいポーズを決めながら汗を浮かばせているローブのイケメンがいた。

 お世辞にも、お近づきになりたくない雰囲気である。


『美・麗・弾! ほぉあ! ほぁほぁほぁほぁほぁ、ほぁああああああああ!』


「ゲッ――!?」

 氷結を伴った青い魔力弾である。ただの。

 しかし、連続して放たれ、それらは全てエマの背中に注ぎ込まれる。

「え――あらっ?」

 背を見ずに動物的勘で危機を察知したらしいエマは、小町との力比べを止め、天井に飛び上がる。

 何が起こってるんだかさっぱりな小町は、自身の真上を突然通過する青い弾幕に顔を引きつらせた。

「ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいなんですのなんですの!?」

「――!」

 ダンッ、ダンダンダンダンダン!

 エマは天井を蹴り、前転跳躍しながら壁を跳ね回る。

「何とう、美し――いや! しっかりしろキャスパードッ!」

 弾幕が終わった頃、ガギンッ! と、持っていたまがまがしい様相の大槍を地面に突き立て、その反動でもって強引に着地した。 

「――――」

 エマは、大槍を杖にするようにして機械のように、ゆらりと立ち上がった。

 そして空気を読まない弾幕を放った赤髪の男――キャスパードを真っ直ぐ身体を向ける。

 そうまでして殺されたいのか、と言わんばかりの殺意と威圧を、周囲に撒き散らして。

「ン~! 逃げるのはもう終わりか、殺人鬼エマよ! よく避けたと褒めてはおこう――ンしかし! この美の使者・魔術師キャスパードから逃げ切ろうなぞ、不可能だと知るべきだなッ!」

 武器である、エメラルド、グリーンの宝珠を頂いた杖を振りかざして、キャスパードは言った

「~~っ! ちょっとそこの変なポーズとってる貴方! 人を殺す気ですの!? 張り倒しますわよ!?」

 小町は起き上がった直後、突然の横やりに激昂の限りを言い放つ。

「おぉっと、その美しいルージュの輝きの御髪! 君はゼファンディアの可憐な一輪、ル・リュ~~ゼル嬢ではないかっ」

「いつつ……小町、アレ(・・)、顔見知り?」

 俺は立ち上がりながら訊く。エマとキャスパードから視線を外さないまま。

「……()は、知りませんわね」

 震える右手を庇うように左手で胸に抱きながら、困惑するようにぼそりと呟く。

 つまりキャスパードの知り合いは、小町の同位体であるルリューゼルの方だろう。

「あのエマさんとやら……とんでもない力ですわね。単純な力勝負なら負けてましたわ」

 小町は、忌々しそうにエマの背を睨んだ。基本的に小町も負けず嫌いだから、押さえ込まれたのが悔しいのだろう。

「本人の力じゃない。たぶん呪いのせいだ」

「あれが呪い……いえ、本人の力には違いないですわ。強引に引き出させられているんでしょうよ。人体のリミッターを無視して」

「リミッター……」

 物には、耐久度というものが存在する。どんなに堅く、弾力性のある物でも、力を加え続けられたらいずれ折れたり、千切れたりしてしまうのだ。

 ――でもそれは、人体でも同じこと。エマの化け物ぶりは、永遠ではない。無茶をすればするほど、限界は早く訪れる。くそっ……!

「危ないから下がっていたまえ! 陛下と! 平和にあだなす輩を倒すのは! この! 正義の王宮魔術師ボンモンル・アグナルン・ラ・キャスパードの役目であるがゆえ~に!」

「うっとおしいですわねあの人。あの言葉を切るタイミングとか、いちいち癇に障りますわ……」

「見ろよ。エマが困惑してるぞ、エマが」

 俺の視線の先では、高らかに名乗りを上げてシュビシュビかっこいいポーズを取っているキャスパード、そんな変人と俺達を見比べるように顔を交互に向けているエマがいた。

「――――?」

 友達? と質問するかのように俺を見て首を傾げるエマだった。

 俺はブンブン顔を横に振った。違う、断じて違う、と。

「……。――っ!」

 突然立ち尽くしていたエマが、何かを思いついたかのように、地面に突き刺していた大槍を持ち上げ、動いた。

「くるかッ……!」

 小町と俺が、襲いかかってくるのに備えて身構える。

 ただでさえ身体能力が異常なエマ。一度たりとも振るわれていないが、あの巨大な大槍が妙に危機感を煽ってくる。通路では使いにくいだろうが、あの血管が浮き出ているような不気味な見た目からして、なんらかの呪いを持っているとみて間違いない。

 とことことこ。

 とことこ……くるっ。

 エマは、俺達とキャスパードに場を譲るかのように、通路のわきに移動した。

『自分が今から審判をするから存分にやってくれぃ』と宣言するかのように、再度大槍を地面に突き刺し直す。

「…………あれ?」

「――?」

 唖然としている俺達に向けて、また、エマが首を傾げる。

「あ、あほかあいつは……」

「――……いや、違いますわ」

何かを察したらしい小町の呟きに、応えるように。

 ――ブォン!

 緩んだ空気を絶命させるように、エマは小斧で真横に一閃した。

「……こう言ってるんですのよ」

 小町の声は、震えていた。

 恐怖だろうか。

 それとも――、

「私達全員に、――――『まとめてかかってこい』って、ね

 自身に腕に覚えがあるからこその、大言を吐かれた屈辱だろうか。

 キャスパードは完全に視界の外だ。

「……殺人鬼よ、あくまで、大人しく捕まってはくれぬと――言うのだな」

 あのキャスパードすら、今では眉間に皺を寄せて警戒心を露わにしている。

 ――気づけば、俺も首を絞められているかのように声が出なくなっていた。

 声をあげた直後に首を飛ばされる。無駄な注目を浴びるなと、俺の生存本能が喉を無理矢理に締め上げている。

 エマを囲んだ全員が、動かない。

 呪いや魔法を、かけられたわけではない。

 誰だって死神にその鎌を首へ添えられて――動けるわけがないだろう?

エマの異常な身体能力ならば、一息で刃が届く。振られる斧は岩すら砕く。首を飛ばすなど、造作もない

 俺達は既に、エマの手の内。

 少女が支配する殺人領域に、囚われていた。



「――イヒヒヒヒッ! さっさとやれよゥ。ぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐず。もしかして童貞(ドーテイ)なのォ?」



「っ!?」

 張り詰めた空気に投じられたのは、幼い子供の一声だった。

 背筋に手を添えられたような怖気。一瞬たりとも油断は出来ない、起こることは全て危機と気を張っていたせいで、突然のことに頭の中が真っ白になり、飛びのくように振り返る。

「きゃっ!?」

 バックステップが強すぎたせいで、小町の背に背中がぶつかってしまう。

「ちょ、気をつけてくださる!?」

「ご、ごめん」

 俺と小町は背中合わせになりながら、耳打ちするように会話する。

「遊んでる場合じゃありませんのよ…………で、何ですの今度は。新手?」

「わからん。次から次へと……」

 通路の先から、少年が飛行(・・・・・)してきたのだ。

 正確には、青白い小さな魔力のサーフボードに乗っていた。

 沢山のポケットのついたパーカーのような服を着た十歳くらいの少年だ。つんつん頭の金髪。けだるげにポケットに両手を突っ込んだ体勢で、強気に切れた眼で俺達を見据え、さも面白いものを見つけたと言わんばかりに、愉快そうに口を歪めている。

 ボゥッ! とサーフボードが砂を飛ばしながら空中で停止すると、そのままゆっくりと地面に下降し――弾けるようにして消滅した。

「おお! 君は確か――オルチノ少年か! ちょうどいい!」

「カスパーさんもちわーすゥ」

「カスパーではない! キャスパードだ!」

「パーは頭のパーね。イヒヒッ」

「オルチノ少年! 年上を! からかったらお兄さん! ン~許しませんぞっ!」

「でさぁ、にーちゃんたち何やってんのォ? おれっちも混ぜてよゥ、面白そうなコトしちゃってさァ。えーーーーーーーと? オホッ、ゼファンディア魔法学校の二番手サンにぃ~~、」

 いいながらオルチノは、がくん、と首の骨が折れたかのように頭を後ろにそらし。

 次の瞬間、ガバッと再び顔を起こして、へらへらと言った。

「――おいおいおいおいおいおいぃいいいい、噂のバカ魔力なヒッカルさんじゃないっすかァ! どうしてどうして! 運命ィ~!? うほ、濡れるゥ~!」

「全く! ンあいかわらず――(スウェーしながら)――気色悪い少年だな君は!(決めポーズ)」

「あんたらどっちも気持ち悪いわ」

「同感ですわね」

「そんなそんなァ、そっちのババァはともかくとして、にーちゃんに言われるのはショックだわァ」

「お、おほほほ! 何か言いましてこのガキんちょ……ッ!」

「こ、小町! おさえておさえて!」

 慌てて背中から羽交い締めにして小町を抑える。小町が暴走してそっちの少年にかかりっきりになりでもしたら、俺一人でキャスパード(へんたい)とエマを相手しないといけなくなるからだ。

「って、待てよ――お、おいそっちの、……」

「おれっち? オルチノオルチノ! うわぁにーちゃんが名前聞いてくれるなんて!」

 なぜそこまでノリノリに嬉しそうな顔をするのか、疑問だ。

「オルチノ、そしてキャスパード。お前らは――俺達の、敵なのか?」

 敵対しないならしないにこしたことはない。

 少なくともキャスパードの雰囲気からして、エマを止めようとしているならば俺達と共闘できるはずだ。どこからともなく現れたオルチノは分からないが。

 打算もある。奇しくも、この場にいるのは全員本戦出場者だ。実力は高いだろう。

 総出になれば、あのエマだって、無傷で捕らえることだって可能なはずだ。

「ン~!? 言ってる意味がわからないな! むしろ――君らは殺人鬼と仲間なのかい?(星くずを散らしながらウインク)」

「なら、一緒に戦ってくれるのか……!?」

「ふむ! 良いだろう!」

 よしっ! 希望が一つ出来たことに、思わず拳を握りしめる。

「――ならばともに! 陛下の前に、殺人鬼を美しい亡骸のまま、けんじょ~う、しようではないかっ!」

「……雲行きが、怪しいですわね」

 苦虫を噛みつぶしたような声で、小町が俺の内心を代弁してくれた。

 こうして対面して分かるが、キャスパードの、自分の考えに一直線な感じからすると、とても説得に応じてくれなさそうである。

「にーちゃん、おれっちにも訊いてるんだったら、安心しなよォ。そいつァ愚問な質問だぜェ? ……強姦魔が極上の獲物前にしてよゥ、レイプしねぇなんてありえねぇだろオイ! イィィヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」

「こんの、ヤロォ! 結局全員敵かよ! くそっ!」

「来ますわよ!」

「――!」

「諸君! ンならば! 我が美の礎となるが良い――!」

 オルチノの狂った笑い声で、乱戦の火蓋が切られたのだった。



§



 コロシアム会場の正面には、中継映像を流すための巨大な魔力スクリーンが取り付けられている。

 トーナメントの進行状況、各選手の配当倍率や試合結果語には配当金の表示。試合中では、選手達の危険な戦闘を来賓や観客に見やすくするためであったり、選手らのHP、MPを表示して試合の進行具合を分かりやすく数値化したりと、観客の眼は何かとスクリーンにと注がれていた。

 ――そのスクリーンの裏側に、コロシアム運営本部はあった。


 ――コロシアム中央棟7階、コロシアム運営本部――


「報告します!」

 ギルド制服の若い男が威勢良く金属製のドアを開け、入室してくる。

 薄暗く、巨大な立方体の、黒塗りの部屋だった。

 入ってきた男から見て、部屋の正面は、ちょうど巨大スクリーンの裏側であった。マジックミラーのように部屋の内部からは外が透けて見えている。

 部屋の両側にはサッカーボール大の水晶玉のようなクリスタルが計三十個、それぞれのクリスタルに対応した魔力台の上で浮遊している。

 各クリスタルのそばには魔術師達が三人ずつついており、真剣な表情で両手を添えて魔力を注ぎ続けている。

 マジックミラー式スクリーンからこぼれてくるわずかな陽光と、クリスタル球から放たれる怪しげな紫電のみだ。

 試合を随時観測する、心電図のような音が部屋中に響いていた。

「おやおや……ずいぶん急いでいますね」

 スクリーン裏のそばに立っていた男が、両手を背中で組んだまま、ゆるりと振りかえる。

 禿頭の壮年だった。

 細身の顔で、丸眼鏡をかけている。

 仏のような糸目に、今まで長年怒りの表情を知らずにきたような微笑い(しわ)

 着ているマント付きの上等なギルド制服にはいくつもの武勲を称えた勲章が提げられ、個々に鈍い輝きを放っている。

「しっかり呼吸をしてください。落ち着いてから報告をよろしくお願いしますよ」

「は、はっ! 申し訳ありません!」

 部屋に入室して来るなり駆け足で近づこうとしていた青年ギルド員は自らの胸を押さえ、深呼吸してみせる。その様子を見て禿頭の男性は、質問に来たのに質問内容を忘れた生徒を見るように、困った笑みを浮かべた。

 落ち着いたらしいギルド員は、胸を張るように姿勢を正し、言った。

「司令官殿。西棟4階にて危険レベルCの戦闘が開始されました!」

 司令官と呼ばれた丸眼鏡の男は、即座にそばにいた魔術師に目配せした。

 分かっていたように魔術師は片手を空に向け、魔力にて青みがかった小さなスクリーンを作り出す。

 ドォオオオンッッ!!

 ――スクリーンを見るまでもない。

 司令官はマジックミラーの巨大スクリーンの方を向き、対岸の西棟を見やった。

 現在の爆発のせいか外壁にわずかだかヒビが入っており、いたるところにある窓から砂煙が噴出した。

 幾多の色をともなった魔力光の撃ち合い、衝撃波すら伴うような剣戟音が対岸でも分かるほど。

 危険を察知して、周囲の観客達が慌てて移動していっている。

「戦闘中なのは?」

 それを横目に、青年ギルド員が続けた。

「現在捜索中だったエマ選手、それを追跡していたらしいキャスパード選手と、……その場に居合わせたヒカル選手、ルリューゼル選手、騒ぎに乗じてやってきたオルチノ選手です!」

「おやおや、豪華なケンカですねぇ」

「既に西棟四階の観客の避難、同階への立ち入り禁止封鎖が完了いたしました。傭兵魔術師達による人払いの結界の維持限界は、およそ二刻ほどとのことです」

 コロシアム開催に際して準備してあった問題対処マニュアル通りの解答を聞き、司令官は満足そうに頷く。

 勇者の名声とそれに付随される利益は多大だ。一騎当千の人間兵器クラスすら参加するこの大会において、この程度の問題は、運営にとっては(・・・・・)想定内であった。

「わかりました。それでは試合状況観測を一人残して(・・・・・)、他全員、事態の解析を開始してください」

『『『ハッ!』』』

 司令官の言葉に、部屋の全員が声をそろえて応える。すぐにマジックミラーの巨大スクリーンがあったところに巨大なもう一枚のスクリーンが現れ、ヒカル達のいる区域と個人個人の動き、発動される魔力の属性や数値が表示されていく。

 ――いや、こういう事態(・・・・・・)こそを待っていた、といっても過言ではない。

 勇者の名声を糧に国力増強を図っている各国と違い、大陸全土に情報ラインを持つギルドにとって重要なのは、強力な個々人の戦力と人物の分析である。

 必要ならば内通し、可能ならギルドに誘致し、危険ならば暗殺する。

 それらをなすには情報が必要だ。明確で、油断しているときにこぼれる致命的なものがいい。――たとえば、予期せぬ戦闘に巻き込まれたりしたときに出てしまう秘密――などが、特に。

「邪魔してはならない、とギルド員に厳命しなさい。……そこの君、西棟外壁の魔力管に魔力注入率を二〇%引き上げて。――せっかくいきいきとしているのです。ここが観賞用の檻の中などと、気づかれてはなりませんよ?」

「は、ハッ!」

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 青年ギルド員が敬礼をした直後だった。

「……何事ですか?」

 表情は菩薩のまま、若干不機嫌を含んだ声色で、そばで声を上げた女魔術師に視線をやる。女魔術師はもう一度手元の個人スクリーンを見て、自らの眼が間違っていなかったことを反芻し――告げた。

「申し上げます! た、ただいま西棟の当該監視区域にて異常が――」

 


§



「――っぃいいいいいいいいいいやっほぉおおおおおおォィ!」

 真っ先に動いたのは、オルチノだった。

 両足の足首にコンパクトな高速魔法の魔方陣を浮かばせ、目を血走らせながら弾丸のように特攻してくる。

「ヒカル君! 貴方武器は!?」

「ある! ――こい、テツッ!」

 俺は神獣召喚の魔方陣を眼前に強くイメージし、魔獣使いの蛇鎖――テツを召喚する。

「頼んだぞテツ、アイツを捕まえてくれ!」

「蛇ララ!」

 尾を掴み、魔力を込めながらムチのように地面を叩く。波打ちながらも稲妻のように空を走り、オルチノに襲いかかった。

 迫り来るテツの鉄輪に向かって、オルチノはタン、と走り幅跳びのごとく自分から突っ込んだ。

「いいじゃんいいじゃんよォオオイイイ! イヒャッハーーッ!」

 跳躍したその足元に顕現させたのは、来たときにも乗っていた魔力の青白いサーフボード。

「な、っ!?」

「イヒヒ! にーちゃんの初物はもらったぁああああああああぁいいい!」

 サーファーのごとくテツの波打つ鎖の上を滑り、真っ直ぐにこちらに――!

「――鉄柱掌底ッ!」

 腰を抜かしそうな俺の目の前に キュボッ! と地面から直径三十センチほどの鉄柱がダンジョンの罠のごとく突き上がってくる。

「んだっ!?」

 突然現れた鉄柱を避けることが出来ず、オルチノは身体をぶつけて苦悶の声を上げた。

「こ、小町サンキュ!」

「しっかりしなさいな! 気圧されてるんじゃありませんわよ!」

 小町の心強い叱咤につばを飲んだ。

「これを機に覚えておくことですわ。戦闘とは勝てる要素と戦略を積み上げていくものだと!」

 小町はその場に屈み、地面に手を添え、叫んだ。

鉄柱戦場アイアニック・テリトリクス!』

 ドンドンドンドンドンドン!

 俺と小町の周囲に、不規則に次々と鉄柱が出現した。

 古代ギリシャ・イオニア式の鉄柱はどれも重々しく黒光りし、いかなる大剣であれ切断は容易ではないだろう。

「くっ、何という速度! 美し――いや! その前にル・リュ~ゼル殿らが、隠れてしまったではないかっ! ショック! コレでは、彼らは美しい私を見られないではないか!」

 柱の林の向こうで、バカが何か言ってるようだ。

「――ッ!?」

 エマの息づかいと、跳躍する音が聞こえた。

 ガギンガギンガギンガギン! 

「チッ、逃しましたわ」

 隣の小町が、腰に手をやりながら優雅に言った。

 おそらく鉄柱に近づいてきたエマに、鉄柱からさらに小鉄柱を真横に伸ばしてエマを狙ったのだろう。

 俺も元の世界で何度も見てきた、小町の鉄柱のメイン攻撃だ。

 メインの鉄柱を茎とすれば、その枝、さらに棘を伸ばし、追撃する。

 さも、愛でるべきバラに手を伸ばした不届きものに罰を与えるがごとく。

「ダァメダメダメェ! すきま風にご用心ってねェ!」

 オルチノが狂おしいような喜声を上げる。

 直後俺の手の中の鎖が、首を絞められた蛇のように、びくんっ、と跳ねた。

「――ぃい!?」

 導火線を辿る火花のごとく、テツの鎖に満たされた俺の魔力(ピンク)を伝って蒼い光が鉄柱領域内に侵入し、

「今行くぜェエ、にーちゃん!」

 俺の手元一メートルほどで停止した蒼い光は、その場で拡散し――魔方陣を描いた。直後、魔方陣の上に降り立つようにしてオルチノが現れる。

「にーちゃんも乗り気じゃんよゥ、こうしておれっちを狭い空間に呼びつけるんだからァ、イヒイヒヒヒヒッ!」

「転移、魔法……! 小町ヤバい!」

「え!? 嘘、し、侵入ですって!?」

 小町に鉄柱の守りを解除してもらい、すぐさまオルチノと距離を取った。

「ちぇー、つれないねェ」

「戦闘とは勝てる要素と戦略を積み上げるんじゃなかったのかよ! 破られたよ!」

「くっ……ヒカル君が迂闊に鎖なんか出したりするからですわ!」

「いやいやァ、そこらへんはあれだァ、愛の力ってやつゥ」

「……ひ、ヒカル君。あの子といったいどういう関係ですの……?」

「なんもないよ! そのドキドキ窺うような視線は止めて!」

「きゅっぴーん! その微笑ましき少年少女のワンシーンをいただき――ぬっ!?」

 がぎんっ!

 言い合う俺と小町を狙おうとしていたキャスパードに、隙と見てかエマが襲いかかったのだ。

「――ッ!」

「ふんぬぅうううう! 魔術師に! 肉体言語を! ン求めてはダメだよ君ッ!」

 小斧を杖で受け止めたキャスパード。全身が赤色に光ったと思うと、杖を振り切り、エマを吹っ飛ばす。めちゃくちゃ力技だった。

「――く、くる!」

「キィッ!」

 俺達の方に飛んできたエマは素早く空中で体勢を立て直すや、壁を蹴って斧を振り下ろしてくる。

「は、もらった!」

 俺は右手に手持ち唯一の盾――アルレーの町で買った魔界の上級兵の盾を召喚し、エマへ構えた。

 盾は、黒縁円形で蒼い宝珠で六芒星が刻まれ、中央には復讐の呪詛が刻まれている。

 ――その効果は、物理衝撃のみ攻撃してきた武器に跳ね返すという、カウンター。

 相手は完全な攻撃態勢だ。逃げ場はない。

 その怪しい小斧、ここで破壊させてもらう!

 ガギッ、ィイイイイイン!

「――ッ」

 盾に跳ね返され、斧の刃面がたわんだような音を立てる。思ったより丈夫だったようだ。もしくは刃を当てた瞬間に凄まじい反射速度で危険に気づき、刃を引いたかだろう。

 エマはそのまま盾の上面を踏み台に跳躍し、オルチノとの間に猫のように着地した。

「ひょー、今のすげぇクール! さっそく一人落ちたかと思っ――おっとォ」

 エマの小斧をバックステップ交わしたオルチノは、イラついた表情で、

「ンだァ、やんのかコラ」

 エマに赤く光る手をかざす。

「ろーそくプレイでもお望みですかァ――?」

 通路の横幅をほとんど埋め尽くすような巨大な火の玉を、砲音を上げてぶっ放してきた。

 対処不能と判断したのか、エマは俊敏に俺達を乗り越えて――って、俺達に丸投げ!?

「おおっとオルチノ少年! 陛下に献上する作品に! 煤つけるなぞ私が許さないっ!」

 キャスパードの周囲に蒼い弾幕が現れ、主の名に従って雨あられと通路を埋めるように飛来する。

「小町!」

「きゃっ!?」

 小町を壁に突き飛ばし、

「――神殿障壁ィッ!」

 キュボボボボボン!

 赤の砲弾とと蒼の魔力弾幕を、丸い白色結界がせき止める。そのまま障壁を拡大し、力尽くで二人に跳ね返した。

「ぬっ!?」

「うぉい! きゃーイカすゥ!」

 だが、あっさりと相殺してのけるあたりさすが本戦出場者と言ったところだ。

「うほっ、これこれェ! 『このお前らなんかコレで十分だ』的な漢らしさ! やべぇぶちこまれてェ! ウヘヘヘヘヘ!」

「待ちたまえ! そして落ち着きたまえ君達! 被写体が怯えるじゃないかっ!」

「んだよォ、にーちゃんはともかく、カスパーさんよゥ、邪魔すんのやめてくんねェ? 大体今のだって、おれっちにケンカ売ってきたのその乳クセぇメス豚なんだぜェ?」

「ならば立ち去るがいいオルチノ少年よ! 殺意に身をゆだね! 正気すら狂気に浸す壮絶な幼き少女を! この私は保存したまま陛下に献上したいのだ!」

「……へェ、じゃあ、おれっちとやるってのォ? まぁ確かにあんたにも興味あるけどさァ。ヤるとすればヒカルのにーちゃんの後なんだよねェ。おれっちのアッツイやつ、ぶち込むとすればさァ」

「おいお前ら! 人を放って好き勝手決めるな!」

 俺は二人の視線の間に立ち、声を張り上げた。

「殺すとか献上するとか……! こっちはエマはやらせる気なんてないんだよ! これ以上エマに手を出したらブッ殺すぞ!」

「ひ、ヒカル君! 危ないですわよ!」

 俺の手を掴みながら立ち上がった、小町が言う。なぜならここはオルチノとキャスパードの砲撃圏内で、

 ガギィンッ……!

「間、一髪でしたわ……っ!」

「――ッ!」

 数歩の距離にエマがいたのだ。

 小町は俺の代わりにエマの小斧を金色の手っ甲を作って受け止め、押し止めていた。

「んぁ? にーちゃん、寝首をかかれるプレイが好きなわけェ?」

「んなわけあるかっ! そいつは、操られてるだけだ! 責任なら――一緒に背負ってやるさ! 仲間なんだから! それでも手を出すって言うなら――」

 エマにも、バウムにも、そして自分にも誓ったのだ。エマを救うと。

 俺は無手のまま振りかぶり、アクェウチドッドの雷剣を右手に召喚し、

「――躊躇だって、しない!」

 一万近くの魔力を込めて振り下ろした。オルチノ目がけて。

 極太の蒼い雷撃。

 人知を越えた、邪神の一撃だ。

 相手がどれほどの使い手であろうと、直撃すれば骨も残らない。何十という魔物を一撃で屠る魔力が、この一振りにこめられているのだから。

 そして、この通路という回避行動を阻む地形ならば、即死攻撃も同然だ。

「で、でっけぇええええええ! やっべ精通以来の絶頂がきたぁあああああああ!」

 よだれを垂らさんばかりに歓喜の表情で、オルチノは叫んだ。一一歳とは思えないセリフだ。バトルジャンキーが。

 でも――。

 そこで興奮を押し殺してでも、回避行動をとっておかなかったのは、不憫としか言いようがない。

 魔力の壁を張るなり、壁を壊して外に逃げるなり方法はあったはずだ。

 もう自ら死ににいったも同然だ。

 ――数秒後そんな俺の狙いの斜め上を行かれるハメになるなんて、思いもしなかった。

「イヒヒヒ、ヒカルのにーちゃんが発情してせっかくおれっちにぶちこもうっていうだぜェ!? あんなデカいの、受け入れなくてどうするっての――!」

 あろうことか、オルチノは雷撃に両手を向けて自ら突貫し、

「――侵食術式デロイボイレ・イクシディウム

 ギ、ギシシシシ、シッ――!

 地面を踏みしめ、アクェウチドッドの雷撃を――受け止めた。

「……うそ、だろ……!?」

 なおも蒼い雷を放ち続けながら、剣を持つ手が震えた。

「――式の構成があめェ、魔力運用があめェ、力点の絞り込みがあめェ、属性も純粋な雷撃過ぎて、バレバレ。そりゃにーちゃんのはアッツくて、マジ濡れるくらいでけぇよ? そこがにーちゃんのいいとこなんだけど――」

 ぺき、ぺきぺき。

 俺の雷撃の先端が、食われる(・・・・)音だった。

 責めているのは俺のはずなのに、食われている気配が迫ってくる。

 たった一枚の白で盤面の全ての黒が塗り替えられていくオセロ版が、脳裏をよぎった。

 じゅる、とよだれを舐め取る音の後、

「……抵抗のねぇマグロは、レイプしがいがねェんだよ! ヒャハハハハハハ!」

 バチンッ!

「ぐっ!?」

 突然、雷剣が雷撃放出を止めてしまったのだ。反動を受けて尻餅をついてしまう。

「おいおいィ、どうせ倒れるならケツ向けてくれよゥ、にーちゃん」

 ――視線の先には、全くの無傷のオルチノが、肉食動物の笑みで嗤っていた。

 眩暈がするほどに強く眩しい――蒼い光の魔力を、全身に巡らせて。

 そして理解する。

 こいつは俺の雷撃を文字通り、食った(・・・)のだ。俺の魔力を奪いやがった(・・・・・・)

「やべぇ痛ェ、熱い熱い熱い熱いぃいいいいいいいいい! さァ、次はこっちが攻めだぜェ! イヒッ、イヒヒヒヒヒヒ! 一撃で絶頂しないでくれよォ……!?」

「――く、くぬうううう! この魔力は一体! 美しずるい! このキャスパードを差し置いて良くも!」

「や、やばい――小町!」

 こうしている間にも、オルチノの足下に三つ、背中に四つ、横から見たらドリルのようになるだろう、先に往くにしたがって絞られていく形で、芸術的なまでに模様の細かい魔方陣が並べられていく。

 オルチノはビリビリと帯電していたが、徐々に電流がオルチノの眼前に集まっていく。

「鉄壁でどうにか――はぁっ!」

「――ッ!」

 小町は手っ甲の腕を振って競り合い中だったエマを弾き飛ばしながら、オルチノを睨む。

 だが、もう遅かった。

 急激にオルチノから噴き出していった魔力が、周囲の石壁にヒビを入れていく。

 そして空間が歪むかのような万力を感じさせる力でオルチノの眼前に絞り込まれていっ。

 バリ、バキキキキキキキキキキッ!

 神がかり的なまでの効率で魔力が電気に、変換されてゆく――!

「神殿障へ、」

「教えてやンよォ――、コレがオスの本気レイプってなぁああああああ!」

 カッ――!!!!

 百光を束ねたような雷が、打ち出される。

 床の岩がえぐれ、外壁に致命的なまでのヒビが入り。

「く、ううううううううううううう!?」

「きゃ、きゃあああああああああああああ!」

 蛇ではなく竜の力強さで蛇行しながら、白色結界ごと通路を飲み込んだ。竜巻を圧縮したような風圧。背中に庇っていた小町と、ギリギリ障壁内に入っていたエマまでもが、あまりの風の勢いに地面にしがみついていた。

 なぜ風があるのか。

 負けているのだ。俺の神殿障壁が。最強のはずの守りが。強すぎる魔力に、耐えきれずに。

 俺は風に負けないよう踏ん張り続けた。片手を正面に向けて障壁を維持させるのに全力を注ぐ。俺がくじけたら小町達も死ぬのだから。

 ――雷剣何発分の魔力を使えば、俺も同じことが出来るだろうか。

 同じ、魔力量だったはずなのにこの差なのかよ――!

 ……嵐の夜のような呪文(あくむ)が、終わった。

「く、っ――!」

「ひ、ヒカル君! 大丈夫ですの!?」

 たまらず、膝をつく。直撃すれば確実に死んでいたという死の手触りに飲まれていたのと、障壁を突き破って入ってきていたわずかな電気に身体が痺れてしまったからだ。

「ばけ、もの、かよ……!」

 邪神(ばけもの)の俺がして言うんだ、間違いない。

 俺は歯を食いしばりながら顔を上げ、閉じてしまいそうになる瞼を維持で見開いて、オルチノを睨んだ。

 ……思い出した。コロシアム本戦前にミナが、本戦に出場する選手達の詳細を説明してくれたのだ。たしか――、

「大会、最年少の11才……コーエン郡域北部の、天才魔法少年……」

「ハッ! そんなの強姦されるしか脳のない連中の戯れ言だぜェ? ほっとけよォ。オレはよォ、そんな便器ら相手にするより、攻めたいし攻められたいんだっつのォ! イヒヒヒ!」

 嫌なヤツに、目をつけられちまったな……。

「ぬ、ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! こぅらオルチノ少年! 貴様よくも私のローブに、す、すすすすすす(すす)を!」

 キャスパードが、地団駄を踏みながらブチ切れていた。

「あ、わりィわりィ」

「ていうか、あんたもアレで生きてたのかよ……」

 ほとんど俺の障壁が防いだとはいえ、ただの魔力の守りではひとたまりもなかったはずなのに。

「少年達よ! 大人への狼藉も! 限ッッ度があると知るがいい!」

「はたけば大丈夫だってェ」

「シャラップ! 私、大・激・怒! なれば私の作品に加えることで慰みとするぞ! 君達全員だ!」

 杖を魔法少女顔負けにクルクル回し、キャスパードは杖先に『ンちゅっ♪』と口づけした。怖気が走る。

 念のため障壁の準備をした。

 さっきのオルチノの雷撃は俺の魔力を盗用したからこそ出来た一撃であって、個人の魔力で行使する程度なのであれば、恐るるに足らないのは道理だからだ。

「――――天水(てんすい)

 天に祈るように、一単語(いち・ワード)

 一瞬、拍子抜けした。大魔術ならいくつもの詠唱を重ねるか、詠唱破棄して放つのが、俺の知る常だからだ。

 だが、発現したのは、杖先にできた、白い、結露のような水滴だった。

 水滴が杖先から、落ちる。

「――ッ」

 何かを察したのか、エマが、素早くバックステップした、

 白い雫が、落ちる。

 地面に白い氷ができ。

 ――ついに、その魔術が、姿を現した。

 水滴が落ちた周囲に氷が張っていく。

 空気が蒸発したように白い煙が噴き上がるが、即座に地面にへばりつくようにしてそれも凍っていき。

 氷は円上に広がっていく。

 犬が駆ける程度の拡大スピードだ。

「なんだこれ――え?」

 地面から透明な氷の固まりが盛り上がってくる。次々に。

 氷を張った部分にだけ、吹雪がはじまった。神と交信しているかのように動かないキャスパードだけ雪の一粒もつかずに。

 障壁が凍り始めた。

 そして数秒すら耐えきれず、呆気なく障壁内に氷が広がってくる。

「な――!?」

 慌てて小町を抱き寄せ、二重三重に神殿障壁を張った。

「ヒカル君、後退なさい! 第二波が来ますわよ!」

「わ、わかった!」

壁を伝い、氷は外にまで広がっていった。

 観客の悲鳴が、聞こえた。

「え――お、おい! お前観客にまで何やってんだ!」

「観客? 君達をおいて、他にいないが――」

 通路の天井につららが出来た。

 壁が凍った。氷山が出来た。クリスタルのような、鏡のような氷。俺達の姿があちこちに映し出される。

 壁を跳躍していたエマの足が、氷に取られた。動けなくなる。

「え、エマ!」

 だが、今神殿障壁を解けば俺達も二の舞になる――。

「うほっ、やべェ! 侵食術式ィ!」

 地面を叩くようにしてオルチノが魔方陣を広げる。

 ――だが、無駄だった。

「……マジかよォ、全然読、め、ね」

 エマとオルチノはその場で氷の波にのまれ、彫像と化した。

「――や、やめろおおおおおおおおおお! キャスパード! 今すぐ止めろぉ!」

 天水。

 天に祈るように、たった、一単語(いち・ワード)

俺はしっかり聞いた。それだけの呪文だった。

「……固有魔法(・・・・)

「小町、……わかるのか!?」

「わ、わかるはずないじゃないですの! ただ……いまそこのガキんちょが言いかけてた『読めない』っていう感触に聞き覚えがあっただけですわ!」

「それでいい! つまり?」

「普通(わたくし)達は六力をベースにそれぞれを調合、また六力から派生したものを現象として行使していますわ。魔術書も存在しますし、他人が読んでも理解できるほどに、ある程度理論が確立されているんですの」

 障壁は毎秒凍るので、俺はその都度張り直している。常に三枚自分達を覆うように維持し続ける。

 障壁の外は、銀世界だった。一切の物が凍っていた。ただ一人、キャスパードを残して、全てが。

「ですが、中には生まれることもあるんですのよ。コレは受け継がれた物なので例外ですが、例えば私の金属魔法のように……存在する理論に、使い手の思想、哲学、或いは呪い、思いという不純物が核となり、そこから固有の理論が始まるんですわ。六力理論をねじ曲げて独自の解釈で現象を展開する、狂気を絶した術式が」

 小町の言いたいことが分かった。

 つまり、オルチノは読めなかった(・・・・・・)んだ。理解できなくて(・・・・・・・)

 天水。

 天に祈るように、たった、たった一単語(いち・ワード)

 だがヤツにはそれで十分だったんだ。ヤツの魔法の全てがその一言に収まっていたのだろう。

「キャスパード! それを今すぐ止めろぉおおお!!」

「何! コレを使っていれば! いずれは君達も凍ってくれるだろう! 私はそれを待つのだ!」

「バッカやろう! 罪も関係もない人を巻き込んで何が待つだ! ふざけるなっ!」

「ふむ! なぜ君が吠えているのか私には理解できない! だがだが! 私は陛下と美さえ残ればそれでいいのだっ!」

「――お前、宮仕えしてんだろうが! 民を守るモンじゃないのかよ!」

「んん? なぜ私が! 不細工で不潔な! 顔も知らない民を守らねばならないのだね! ――こうして氷とし、その醜さが劣化せぬだけマシではないか!」

 こ、い、つ――!

「狂って、やがる……!」

「ん! んん! 素晴らしい! 今君の瞳は出会って一・番・輝いている! あぁ! 保存したい! 飾りたい! 陛下にすごい見せびらかしたいいいいいいいいいいい!」

 脳に血が上った。

 今すぐここでコイツを倒さなくてはならない。

 殺さなくてはならない。

 エマが、やられたのだ。

 その事実だけでも胸が張り裂けそうだった、のに。

「ヒカル君! 耳を貸す必要はないですわ! 気を持ちなさい!」

 ――でも、そばに小町がいた。

 小町が心配そうに俺を見つめていた。

 そして、あの同情するような視線を思い出した。

『大量の魔物を殺して、人々には力を振りかざして、正義の味方を気取る――哀れな邪神、と言ったところですわね』

 そうだ。

 キャスパードは、まるで邪神だ。平気で殺せる。俺と同じく暴力的な力で。

 それが人相手か魔物相手だったかは関係ない。

 そういう暴力を振るってきた俺に、キャスパードを糾弾する資格はないのかもしれない、と思えたのだ。


 ――でも。

 ――こんな奴と一緒で、たまるか――!


 俺は、全力で扇いだ(・・・)

 ――バゥゥウッッッ!!!

 侵食を続けていた氷が薄皮のごとくはげていく。砂浜の白が波に崩されていくように、氷山が一瞬で溶けて蒸発し、クリスタルの氷は砕けながら吹き飛んでいった。

「あ、がっ」

「――っ」

 二人分の倒れる音。エマと、オルチノだ。だが今、駆け寄ったりしない。心配だが、すぐに医者に診せれば大丈夫かもしれない、と自分を叱咤する。

「な、んだと! くっ! 私の天水がッ……! 万死に値するぞ君!」

 俺は余熱で赤くなっている亡熱刺扇(ぼうねつのしっせん)を見せつけるように開いた。

「お前の芸術なんか知るか。吹き飛ばすぞ。――次は、お前の命ごと、だ」

 恐れろ。俺は目力を入れて、キャスパードを威圧した。正体不明の強大な力に、キャスパードが後退る。

 俺は邪神だ。変わらないし変えられない。

 でも。

 俺は、お前らみたいなヤツを倒すために存在する、そんな邪神になってみせる。

「なるほど……。だが! ンこうして私は殺せていない! 私の天水を! 甘く見てもらっては困るな!」

「じゃあ、覚悟しろ!!」


『こっらぁぁあああ! キャスパードォ! あんた何やってんのぉ!』


 俺が二撃目を放とうとしたときだった。

 俺達の戦闘で砕けた窓から、女の子の声が聞こえてくる。

「あんたまた天水使ったでしょ! ちょっと上大変なんだから! 陛下カンカンよ! 冗談抜きでよ! 約束ね。あんたの駄作3つ砕ぁーく!」

「ちょっ! 、ま、まままま待ってくれマリア! それはなしで! キャスパードの華麗で切実なお願いだよ♪」

「どこが華麗か! 死ね! 一緒に責任取らされる幼なじみの気持ちにもなれバカっ!」

 箒に乗って入ってきたのはキャスパードと同じ赤い髪の、短いポニーテールの女の子だった。大きめの眼鏡をかけていて、良くずれるのか、くいくいと上げ直している。

 背は一五〇センチと大きくない。王宮魔術師のマントを羽織っているあたり、同僚なのかもしれない。巨大なトンカチが、異様に目を引く。

「ん。何よあんた。じろじろ見ないでくれる」

 キッ、と強気な視線が矢のように突き刺さってくる。

「じろじろって……あのな! そのあんたが起こってるキャスパードとやらに巻き込まれてたんだよ! そこに倒れてるだろ二人! どうしてくれんだ!」

「あ~はいはい。またこういうことになってんのね。……頭痛いわもう」

 マリアと呼ばれていた女の子は箒に乗ったままふよふよこちらまで来ると、ぽいっと四角い紙を飛ばしてくる。

「弁償代の請求はそこでお願い。あ、そうそう、個別的なクレームは受け付けないから。じゃね」

 くいっ、と高圧なキャリアウーマンよろしくな眼鏡上げをして、ふよふよ飛んでいってしまった。

「…………あ、あ、貴方! 待ちなさいな!」

 俺よりも先に我に返ったらしい小町が、追いすがるようにしてマリアに叫んだ。

 キャスパード?

 今マリアさんに髪の毛掴まれて外に連れていかれましたが、何か。

「なん、だったんだよ、もう」

 脱力して、俺はその場に膝をついて倒れた。

 頭が朦朧としていた。

 きっとキャスパードが二酸化炭素や酸素ごと凍らしてしまっていたから、それらを吹き飛ばした今ここは、酷く空気が薄いのだろう。それに気疲れが便乗したのだ。

 エマを、オルチノを、医者に見せに、行、かな、い、と……――。

 遠くで、小町が俺を介抱してくれている。

 心配してくれる懐かしい声が、嬉しくて。

 俺はそのまま、ゆるやかに意識を手放した。









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