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五九話 邪神の瞳で踊る、銀/赤 (後)

 それでは恒例の、各絵師達の更新情報をどうぞ!

 

 ・和良(雪)さん

 http://www7b.biglobe.ne.jp/~kirisame/


 ・穂里みきね さん

 http://etherweiss.blog135.fc2.com/




 ――同時刻、コロシアム一般席最上階・東席




「マグ姉……」


 

 観客席はすり鉢状に配置されているため、最上階は試合の全貌はよく見えるがその分遠い。

 オペラグラスを使ったり、遠視魔法入りの飴玉を口にしてようやく見ているような、あまりコロシアムに熱狂していない気楽な観客がほとんどである。

 かくいう僕も、瞳に、ニスタリアンで習った簡易遠視魔法をかけている。


 ――僕が、……『ブックナー』が目指していたマッシルドのコロシアムが、目の前にある。


 最初のファン姉は試合に現れないし、何やってんの!? と目を点にして膝を叩きながら焦っていたら、結局そのまま見事な不戦敗だ。

 同じニスタリアンとしてちょっと恥ずかしい。

 ああ、やってしまった。

 ばか。

 ……パーミルとかの大きな溜息が目に見えるようだ。



 そして今は、一般観客席最上階から、僕はマグダウェル達の試合を固唾をのんで見守っていた。



挿絵(By みてみん)



 三試合後は、自分の試合。

 精神統一なり、戦術の最後の確認もした方がいいのかも知れない。

 しかし一時とはいえ、姉と呼んだマグ姉の試合を見ないわけにはいかなかった。

 今戦っているルリューゼルは、ゼファンディア第二位。

 聞けば、マグ姉を裏切り、仲間を売った、アーラックの手先でもあるという。

 何の因果か、マグ姉は決勝戦に辿りつかずしてアーラックと対決することになる。


 ――単に僕は、マグ姉の復讐が成就するところを、見たいだけなのかも知れない。

 オットー山脈でマグ姉の、アーラック盗賊団に対する叫びを聞いていたから、できれば叶って欲しいのだ。



 自分を信じてくれた、仲間のため。

生徒会長としての意地。



 ――どれも、自分には眩しすぎる。


 結局パーミルにしか自分が女であるという正体は話していない。ある意味、ファン姉達ですら僕は信用できていなかったことになるかも知れない。

 ヒカル兄さんにはバレちゃったけど。いつバレたんだろう? ……見ていなさそうで見ているようなところがあるしなぁ。


 コロシアムに出場するのは僕の意地だった。というのも、ただ、……ブックナー兄さんに会えるかもしれないから、というだけだ。コロシアムで優勝する必要性なんて、ない。

 お金目当ての人。

 名誉を求める人。

 強い選手と技を競い合いたい人。

 楽しみ、熱狂する観客達。

 皆、正しい。

 皆が正しくコロシアムに臨んでいる中で、僕が一番、このコロシアムの中で、場違いなのだ。

 兄さんがいなければ、結局僕は、なんのためにコロシアムに出場したのか分からない。

 そんな人間の試合の行方より、本当に切実な思いを持って出場してきた選手こそを応援したくなるのは、当然だろう。期待や欲望や使命を背負った選手の両肩からにじみ出る、闘志のようなものは、見ていて感動を与えるに違いない。


 マグ姉もルリューゼルも壮絶なまでの使い手だ。

 自分が相対して一〇秒持てるかどうかも想像できない。

 剣技と拳技。

 魔法の技術は専門じゃないけど、金属の魔法も六力の新たな派生系なのかもしれない。


 熱狂し、感嘆し、息をのみ――技に酔わせることのできる、どちらも名選手達。

 本当の意味で、彼女たちはコロシアムの選手に相応しいと、傍目から見て分かった。

 マグ姉が苦戦しているようだが、でもマグ姉には大陸有数の切り札がある。きっと何とかなると、信じる。ルリューゼルの見たこともない金属の魔法をどう突破するのか、僕には全く想像できないが。


 拳を、握りしめた。

 試合の熱狂が、なぜか遠い出来事のように思えた。

 僕は、ちっぽけだった。


 この三年間。

 ずっと、ずっと。

 コロシアムに出場すれば、兄さんに会えると信じ続けてきたのに――


 突然観客達が、悲鳴と、言葉を絶し、静まりかえった。さすがに自分の中に没入していた僕でさせも気づくほどで、意識を闘技場の中央に向ける――。


「……あれ? ……そんな、マグ、姉!?」


 手折られようとしていた。

――気高い心が、僕の目の前で。




§





「フラガトリカッ!」


 ガギギギギギッギギギギギギギギイギギギギギギッギギギギッ!!!!

 残像すら残すマグダウェルのフルーレと、応酬してみせる小町の拳。

 足りない小町の手数は、液体じみた金属達が切っ先を弾いてくる。


「堅、い! なんて早さ……!」


 マグダウェルは眉間にしわを寄せながら、驚愕する。

 物理的な硬度。実質的な責めづらさ。


「お互い様ですわねっ」

 油断できないのは小町も同じだった。真剣にフルーレの切っ先を見切り、踊るような身体運びで弾き続ける。常に、互いに一撃必殺。隙あらば、くびり殺す勢いで剣速と拳速を叩きつけ合う。


 ガギン! ブフォオンッ、ギッギギギッギッ!!


「さぁ、その剣にガードはできないですわよ、やるならば的確に受け流し(パリィ)なさい」


 囲い込んでくるようなサイドステップ。

 お手本のようなワンツーパンチ。

 ただしマグダウェルの過去に類を見ない、尋常ではない鋭さだ。確実にマグダウェルの逃げ道を塞ぎ、足を運び、たくみに懐へ滑り込んでくる。


 タ、タンッ! 

 小町の身体が地面を滑る。体重の乗った右ストレートがマグダウェルを捉えた――かに見えた。

 (すみません、ガヴァンドル。でも無駄にはしない!)


  ――ベキィイイインッッ!!


 腹を庇うマグダウェルのフルーレが、小町の鉄拳を受けて砕け散る。

 

「はぁあああああああああああっっ!!!!」


 マグダウェルは、勝機をみて、なお、前へ。


(――血に眠る小さな巨人よ、筋力倍化・改(グラーディクス・メイ)限定倍化(ノイヴーネ)!)


 ささやくような声量で、骨格筋肉の仕組みに従い、右腕に部分強化魔法を付与。

 同時に水と火の、融合魔法を発動。蒼と朱の魔力光が右腕に集い、スパイラルする。

 構造はまさに、ミサイルの中にミサイルを仕込む、に等しい。魔術師でありながら竜種ですら昏倒させる物理破壊機構を組み上げ、大きく振りかぶる。


 マグダウェルの拳は、うなりを上げて小町の胸へ吸い込まれていく……!


 ズ、ドンッッ!!


 爆薬が破裂したような音。|

 白光と水蒸気(・・・)を上げて、疾風を辺りに撒き散らす。

 空気が爆散する勢いに、小町の身体は重力を忘れたかのように軽々と吹き上げられ、コロシアムの端の壁に叩きつけられる。

 瓦礫になって壁が崩れる。

 砂の噴煙が上がり、コマチの姿が見えなくなった。



『ルリューゼル選手ダウンか!? マグダウェル選手決死の反撃だあ! しかし……マグダウェル選手の武器が破損してしまいました……! 一試合に使える武器は三つまでになっておりますが、これは予想外、マグダウェル選手は一本しか用意していないようです! さぁどうするマグダウェル選手!』



 マグダウェルは肩で息をしながら、小町を吹き飛ばした壁から、手元の折れたフルーレに目をやった。

 手の甲を覆う、金色のお椀型の円盤と握りを残し、剣の鋼の途中から、押し曲げられるように折れてなくなっている。

 

「……徐々に、私の周りからいなくなっていくのですね、思い出は」


 ガヴァンドルがアストロニア王国一番隊少佐に昇進した時の初給料で買ってもらった名のある一本だった。以後このフルーレとは二年ほどの付き合いになるが、よく頑張ってくれたと思う。

 できれば……最後までついてきて欲しかった。


 徐々に腫れていく砂煙。マグダウェルは、傷心に浸っているわけにはいかない、と頭を振る。


「……はっ!?」


 その一瞬の隙を狙っていたというのならば、この女は――悪魔だ。


 砂煙の中から、突風が真っ直ぐマグダウェルに放たれる。

 金の、大槍……!?



 完全に、隙だった。

 マグダウェルは身体運びが遅れる。

 しかし折れたフルーレのわずかな剣身で太い槍先を何とか受け流す。

(重、いッ! っ、!?)

 槍は、制服の肩のパフ、肩の肉を力強く引き裂いて、そのまま地面に突き刺さった。


「ぐ、ぅうううう……!!」


 堪らずにマグダウェルは肩を抱いて地面に(ひざ)をついた。油断していた。武器を持っていないから、近距離魔法使いであったから、質量のある飛び道具を予想だにしていなかったのだ。


「すぐ、余計なことを考えますわね」


 小町は見下すようにマグダウェルの前に立つ。


「……っ、この……!」


 小町は、またしても無傷だった。悠然と腰に手を当てる小町を、マグダウェルは負傷した肩を押さえながら、顔を歪ませて睨む。

 おそらく直撃の際に、また(・・)小町を守る金属達が防壁を為して、衝撃をブロックしたのだろう。

 現在進行形で、地面から吸い上げられているらしい金属達は、アメーバのように蠢きながら小町の周りに滞空し、旋回している。その質量たるや、両手剣に換算すれば、おおよそ200本を越えるだろう。

 小町がめざとく『む……』と眼を細めた。

 彼女の周囲の金属達が、小町の意志に従って、急速に形を為していく。

 息を、のんだ。

 自身の目を、疑った。

 剣が、錬成される。

 マグダウェルのフルーレと、剣身から柄、握りにいたるまで全く同じフォルムのフルーレが、100本を超える剣の弾幕となって小町の周りに滞空する。


 ただし、それら全て、銀一色。

 のっぺらぼうのような、不気味な無機質さをもったコピー(・・・)で。 


「足が、止まってますわよ」


 シュバ、シュバババババババババババババババババババババババ!!!!


 マグダウェルは覚悟して、眼を閉じる。

「――神殿、くぅ――……!」

 血が制服を伝って地面に流れていく。肩の痛みで集中できないが、それでも。




 100本のフルーレが、弾丸のごとく空を奔る。


 見覚えのある切っ先達は、寸分の狂いもなく、マグダウェルを串刺しにせんと襲いかかった!



「神殿、障壁っ!!!!!!」




 腹の底から吐き出すような、叫び(ねがい)

 その瞬間、破邪に光り輝く球盾が、白光の力強い守りをもって、マグダウェルを包み込む――!


 カキンギンカギギギギギキ、キキキキキキキキキンカキンガキンカキン!!!


 体積差のある質量兵器、密度差すらある魔力であろうと、それが三次元空間の理ならば、一切を防ぎきる最強の守りだ。絶対防御の一。神のルールでもって事実をねじ曲げるに等しい、輝ける反則。

 フルーレ達の切っ先がまるでゴムまりにでも跳ね返されるように、マグダウェルの周りに散らばっていく。


「なるほど。それが噂の、反則魔法とやらですのね――さて、鉄柱掌底ッ!」


 その瞬間、地面がひび割れた。

 柱による掌底(ポール・アッパー)。太さ30センチもの鉄柱が障壁を破壊しようと、足下から槍地獄のように突き出てくる――!

 ズド、ドンズドンドンドンズドンッ!

 

「ぐ、ぅううッ!!」


 ギシュッギシュギシュギシュギシュ!

 突き出切った鉄柱は即座に枝分かれして、(いばら)のようにマグダウェルを金属の牢獄に閉じ込める。神殿障壁がなければマグダウェルを貫いていただろう。

 止まらない、金属魔法の連続攻撃。

数秒足らずで辺りの地面を埋めるがごとく、剣をミサイルのように放ち、処理場を埋めるゴミのようにまき散らされる剣雨。

 障壁ごと磔にするがごとき鉄柱の串刺し。追撃の(いばら)

 圧倒的な制圧力にマグダウェルは戦慄しながら、回復呪文(エクサム)で肩の出血を止めにかかる。


「もう大丈夫ですわよ、その燃費の悪い守りはお解きなさいな」


「何を……」


「なくなりますわよ、魔力とやらが」


 小町は優雅に、親指でステータス・ボードを指し示した。


 マグダウェル HP 121/152 MP  37/533

 ルリューゼル HP 483/549 MP   0/  0



 マグダウェルの魔力数値がガリガリと削れていく。毎秒10MPも消費してしまう神殿障壁を発動しているからだ。

 残り三秒守っても、解いた瞬間に襲われても、どちらにしろジリ貧である。

 マグダウェルは勝機を考え、舌打ち混じりに神殿障壁を解いた。


「はぁ、はぁ……くっ、」


 制圧力、という単語を個人に使うなど、マグダウェルは初めてだった。


 ――マグダウェルは分析する。

 小町という人間を評価するに、やはり『制圧力』が相応しい。

 強靱な身体能力と、発動に隙のない高い応用性を誇る物理魔法。特にインファイトをも得意としてしまうような達人級の反射神経を用いて、敵陣に単騎駆けし、一気にその戦線を制圧し、物理魔法で陣地構築し、すぐさま自分の領土としてしまう――軍隊を一人に集約したような、まさに『戦術兵器』ともいうべきスペックだ。


 マグダウェルは知らないが、先咲くバラ(オルタ・ローズ)の名も、石柱鉄柱で墓標を建て並べるかのような、小町の戦場を評しての、恐怖名でもある。


 ゼファンディアの切り札と呼ばれた自分が、まるで格下扱いだ。

 マグダウェルは別に、(おご)ってはいない。

 ただ、自分を称え、頼りにし、自慢にしてくれた皆に申し訳ないから。

 ゆえに、マグダウェルは歯噛みして、悔しさを心中にぶちまける。

 魔力を使いすぎた。

 精神力を保つ体力も、残り少ない。

 ――逆転する方法もあるにはある。

 ただしその方法は、アーラックのためのモノ。それに、目の前の人間は、ルリューゼルではないのだ。どこの誰とも知れぬ小町にマグダウェルの切り札を使ってしまうのはあまりにも無駄だった。

 可能性と使命を秤にかける。

 これ以上の消耗は、できない。


 マグダウェルは落ちている小町製の銀フルーレを取り、微細な魔力で支配権を得、斬りかかった。

 当然のように、小町の拳が受ける。

 そのままつば競り合うように、二人は肉薄した。


「くっ……。コマチさん、聞きますが、貴女は、この大会に何を求めるのですか」


「いえ特に。――強いていえば、危険物の回収と、最近調子に乗ってる知り合いを叩きのめしてどちらが上かを改めて分からせてあげることですわ。別にコロシアムの試合でなくてもよろしくてよ」


 ギギギギッ……ナックルとフルーレが、鉄の軋む音を鳴らしあう。


「ならば引きなさい。

 この大会は既に、本来の様相を為していません。相応の裏取引も行われているでしょう。国家間の利権と思惑が、一人の大犯罪者を持ち上げようとしているのです。貴女はその犯罪者を野放しにするおつもりですか」


 歯を食いしばって全力を押しつけるマグダウェルと、地面を踏みしめて押し返す小町。


「私なら、アーラックを止める手段がある。彼はあまりにもこの大陸を荒らしすぎた。誰かが今、この最大の好機に仕留めなければ、取りかえしのつかないことになります」


「でしょうね」


 小町は淡々と返した。マグダウェルには他人事のように聞こえた。


「――貴女がここで引かなければ、私が引きます。私の目的は、ルリューゼルがいない今、アーラックただ一人ですから」


「随分と周囲から期待されてるみたいですけど、いいんですの? オッズも随分高いみたいですし。これはギャンブラーには随分とやけっぱちになりそうな……」


「…………期待は、所詮期待です。気にしていては成せないこともあるのです。泥でも被りましょう。私にはもっと大切なことが、」


「――そう、ですの」


 ギィイイン!

 突然、小町はナックルで振り払うようにして、フルーレごとマグダウェルの身体を弾いた。

 この女は、どれほどの鍛練を重ねたのだろう。マグダウェルはたたらを踏みながら後退する。マグダウェルは意を決して、手を掲げた。


「……競技委員! 私マグダウェルは、この試合を棄権し、ッ!?」




 ――そして、観客が、悲鳴を上げた。

 言葉を絶した。

 目の前の出来事から、目を離す事ができないまま。






「か、は……!」


 マグダウェルは、小町の急激な接近に反応すらできず、首を掴まれて宙に掲げられていた。

 苦悶を上げながら息ができず、じたばたと足はもがき、小町の腕を握りしめて外そうとする。





「――で、続きはなんですの?」





 嘲笑うかのような声色で、小町はほくそ笑みながら、ささやいた。


「ぐ、かっ……は、!」


 ぶん、とマグダウェルをそのまま地面に投げ捨てる。マグダウェルは受け身も取れずに四回転がり、うつぶせに倒れた。

 皆の悔しさが否定されたような気がして、

 ――マグダウェルは地面の味を吐き捨てることもできず、

 ――初めて瞳に涙を浮かべた。



「ああ、やっと分かりましたわ。貴女がなんでこんなにも気にくわないのか。全く嫌な配役をしたモノですわね。帰ったらとっちめてやらなきゃですわ」


「……ことは、理解は、しているはずでしょう。貴女は……!」


 勝てない。目の前の『敵』は強すぎる。このままでは目的を達せられなくなる。

 それが怖い。だからマグダウェルは自ら進んで敗北を――、



「クセになりますから止めておいた方がいいですわよ、負け犬根性は」



「…………ッ、誰が、誰が、負け犬と!?」


 マグダウェルは、膝で何とか身体を立たせながら、叫んだ。顔を真っ赤に染め、小町を親の敵のように睨む。


「気持ちいいですものね、大義名分のある復讐心は。自分がどれだけ貶められようと、『自分は復讐を遂げるためにある』と思うことで我慢できるようになりますもの。自己憐憫に浸って思い出だけにすがれば、目の前の人と付き合う欲求もどうでもよくなりますわ。……知ってます? そういう人間には運も見放してしまうんですのよ。敗北者には敗北者に相応しい人生と結果しか残らない、って寸法ですの。

 神など、いない。

 世界が善でできているとでもお思い?」


 肩をすくめて言う小町だった。

 マグダウェルから目を逸らし、どこか昔を思い出すような溜息をする。憂いのこもった視線を、何もない宙に向けている。


「技術や知識や切り札なんてものは、結局迫り来る荒波を乗り越えていくためのものでしか、ないですわ。大事なのはその使い方。その覚悟。」


「……何が、言いたいのですかッ! 貴女のつまらない昔話など、私は、」


「……まだ分からないんですの。泥水に慣れようとしている時点で、貴女の今の器など取るに足らないと分かります。

 誰かを背負うってことは。

 その時点から、『自分』というものを置いてきているということですわ。何の成長もないまま。そんな人間が目的を成し遂げられるわけ、ありませんもの」



 ギィン!

 次の瞬間には、マグダウェルは、小町に、側に落ちていたフルーレを振り下ろしていた。


「……黙り、なさい。それは他人事の弁。貴女の杓子定規で私を、私の皆を計るなッ!」


「誰かを背負おうと思った時点で、誰かの思いを為そうと思った時点で、それはもう貴方の人生ではなくなっていますわ。

 貴方自身が選んだのではなく、『他人に言われるままに生きた』表面的な、仮面のような人生でしかない。

 当の貴方は、その仮面を演じるので精一杯。

 『現状維持』しかできないような人間のどこに、上の目標が成し遂げられるというんですの?」


「他人だからそう言えるのです! 悟ったように上から物を言って! 耳障りです! 何が分かる! 貴女の人生と私の人生は違う! 私の人生の中で、あの子達にどれだけの価値があったか!」


「昔ね、……あるヤツに同じことを言われましたわ。

 私はある部隊にいて、私を庇ってくれた人間の生き方をなぞろうとした。

 少しでも多く世界に平和が満ちてくればいいと思った。

 笑い声が聞こえる場所が少しでも増えてくれればいいと思って、強くなったと思った。

 ええ実際強くなりましたわ。

 でもね、大きな壁にぶち当たると簡単に露見するんですの。目の前の敵を越えようとするのではなく。押しつぶしていこうとする感情しか生まれない。自分より大きな壁がいるなんて認められない。その時、確実に相手は自分より強かった。結局、こんな風に押し負けるしかない。当たり前ですわよね。

 気づかせてくれたヤツも結局は『私と同じ』だったからわかったんですの。

 後で彼も私と同じ風になって、私も同じことを言って怒りましたわ。そうですわねぇ、人の人生を背負うっていうのも、やはり才能が要るみたいですの」


 魔力が残り少ないの構わずに、無詠唱で火炎砲撃を頭上に展開し、撃ち出す。

 小町は稽古のワンシーンかのように軽やかに、バックステップして避けてしまう。

 フルーレが空を切り、マグダウェルは足をつんのめらせて前に倒れた。




「じゃあ聞きますけど。

 貴女、自分がアーラックに勝てない状況を、想定していまして?」




「…………っ………………あ、」


 マグダウェルは、目を見開いて、頬に手を当てる。

 からん、とフルーレが手から落ちていった。

 ――冷静になれば分かるはずの、初歩的なことだ。

 次善策を考えるのは研究でも当たり前のこと。

 すっぽりと抜け落ちていた。

 愕然とする。

 そうだ、自分は、自分の力だけで、アーラック盗賊団という巨大な組織を相手にしようと。


「――ね。それが死亡フラグ、ですわ」





§




「……で、仕込みは上々なのだろうな」


 貴賓席を立ち、自分に割り当てられた部屋のテラスに備えられた豪奢な椅子に座り、試合を俯瞰している。グラスを傾けながらラクソンは言った。

 仮にも優勝候補と言われたゼファンディアの切り札が翻弄されているのを見て、不安に思ったのである。

 

「今更後戻りはできん。わしと、マキシベーの今後がかかっておる」


「それは勿論でございます。ムロゥは不戦敗で私が勝ち上がり、Aグループも弱い。実質私は二回命を賭すだけ」


「二回も、か?」


 ラクソンは一言一言に突っかかるようにして、背後の黒装束の男をなじった。


「おやおや、これは手厳しい」


 盤石にことが進むかと思えば、アミル王子は取りこぼし、救世のパーティの一人・アラストまで参入してくる始末である。不安に思わないわけがない。


「すでに部下は各軍隊の警備隊に潜ませております。周囲の人間は光魔法で洗脳済み。この場を掌握するのはいつでも可能かと」


「今は、栄光という免罪符を取るのが先、というわけか。いいだろう」


 ふん、と鼻で笑いながら、白い髭をせわしなく撫でる。恰幅のいいともいえる身体は、――やはり老いは隠せない、といったところだろうか。先は短い。自分がこのまま上手くことが進み、マキシベーを牛耳ったとして、……自分の寿命の方が持たなければ意味がないのだ。

 長寿の妙薬を欲するほどに、ラクソンの内心は、見た目の余裕以上に切迫していた。

 逆に、その焦りを表に出さない所こそ、ラクソンの強い意志の表れであろう。


 お目付役のルダンもいない。

 ラクソンは、ついぞ気になっていたことを知るため、口を滑らせた。


「貴様の目的は、なんだ? もしやマキシベーの縁者ではあるまいな?」


 言って、ラクソンは薄桃色の酒を喉に流し込む。

 後ろで立っている黒装束のアーラックは身じろぎもせず、一瞬間を置いて、にやりと口を開いた


「ふふ、どうやら随分とラクソン公は酔っておられるようだ。

 前にも申したはずです。この世界には秘密がある。箱庭に、我らは生かされているだけに過ぎないと。世界は破滅の危機にある」


 ラクソンは、まなじりを上げて憤慨する。


「竜王種でも暴れるか」


 お伽噺が現実になるはずがない、と言うように、ラクソンは言い捨てる。


「さて、それはご想像にお任せするとしましょう。今はゼファンディアの華でも見て楽しむがよろしいでしょうな」

 

 アーラックは、そのままコツコツと部屋を出て行こうとする。いつものように消えていけばいいのに。ドアから出て行っては、またルダンの血圧を上げかねない。


「どこへ行く」


「次の仕込みを。それではまた」


 ドアの目の前でアーラックの気配が消える。足音に気づいてルダンがドアを開き、ラクソンに気遣いながら、首を傾げつつ部屋を窺っている。


 ラクソンは、少し酔いの回った目でグラスを見つめ、覚悟を決めるかのように、一気に飲み干した。




§




 アーラック盗賊団。

 アーラックは、倒さなければならない。

 私の誇りにかけても。……私を慕ったみんなのためにも。


「ねぇ貴女。貴女が戦う理由は、なんだったのかしら」


 恨みを。

 呪詛を。

 私から大切なモノを奪い去っていった男をこの手で倒すと。

 ――だが、ハッとする。

 私が思い出せる仲間達は、なぜか見たこともないような怨念に、顔を歪ませていることに。


 実際それほど彼らはアーラックを呪っているだろうと決めつけて、気にも留めなかった。


「…………違、う……違う」


 確かに恨んでいたかも知れない。

 だから私は、魔法で自分達の命より私の命をつなぎ止めてくれたのを知って――代わりに復讐をしてほしいから、仇を討って欲しいからと解釈した。そうすべきだと思った。


 でも――私が雪の中に埋めた彼らの遺体は、まるで未練を残さず逝けたかのように安らかだったのだ。

 恨み言を一つくらい残してくれれば、迷いなど無かったのに。


「う、あ……」


 思い出も、もっと快活な笑顔と、悔しがって真っ赤にした強がり顔と、強く頼もしくりりしい顔と、私に信頼を向ける無上の微笑みで満ちていたはずなのに。


 勝手に私が、仲間の声を使い、聞いたこともない声色で、恐ろしい呪詛を脳内に繰り返していた。


 ごめんなさい、みなさん。

 幸せな時間をもっと思いだそう。

 綺麗な思い出を守ることこそ私の糧なのだから。


 みなさん。

 もう一度、愚かな私に教えてくれないでしょうか。

 皆の願いを。

 私に叶えさせて欲しい――。




「――いざ、」




 私は袖で涙を拭う。

 立ち上がりながら、コマチの銀フルーレを地面に転がし。

 代わりに、ガヴァンドルのくれた先の折れたフルーレを掲げ、コマチを正面に見据える。

 陽光がボロボロの切っ先に集まり、反射して、煌めく。

 切ってしまい血が滲む唇を、静かに絞める。

 最後まで捨てなかった、破損したフルーレの意味を信じ、しっかりと握り。


「へぇ……」


 感心するような声を上げるコマチだった。


「大した肝っ玉ですこと。もう立ち直るなんて」


「当然です。

 私は、アエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェル。

誉れ高きゼファンディアの一輪ですから。

 その私が大衆の前で負けるなど、恥以外の何物でもありません」


「剣、折れてますわよ。……修理した方がいいかしら?」


 私は、試合が始まって初めて、笑みを浮かべた。


「金属を操る貴女ならそれができるのでしょう。

 ですが不要。

 もはや私に、物理的な剣は必要ありません」


 眼を閉じる。

 アーラックに使うはずだった呪いを、私の誇りを守るための祈りに使う。

 

 ――いずれ、きっと。

 どこにいるとも知れない男に、諦めない、と言霊を送る。


 私は、この身を一騎当千へと変える、世界で最も新しい呪文を、声高らかに叫んだ。




「解放せよ――マテリアル・ドライブ!!」




 キィ――キキ、ジジジジ。


 フルーレの金の円甲が、薄黄に発火(・・)する。

松明のような灯火から、徐々に私さえ包む大きな炎となっていく。


『こ、これは一体……! マグダウェル選手の魔力が、突然上昇を始めます!? あ、』



 マグダウェル HP  82/152 MP1799/533

 ルリューゼル HP 450/549 MP   0/  0



 ステータス・ボードの私の魔力数値の表示が、急激な上昇率に耐えきれずノイズが入る。ステータスのカウンターは、なおも上昇を続ける。

 周囲の砂が、重力から解き放たれて、ゆっくりと持ち上がり始める。


 身体貯蔵限界を超えて、魔力がその身にともるなど、あり得ない。

 魔力を流し込み、一定時間外へ霧散させないことなら可能だ。そのかわり、これまでの常識では、そばに魔力提供する協力者がいなければならないが。


「これは、……一体、」

 コマチが警戒し、大きく後退する。



 マグダウェル HP  82/152 MP4891/533

 ルリューゼル HP 450/549 MP   0/  0


 ――この呪文の存在に気づいたときから、暇さえあればフルーレに注ぎ込んでいた魔力達。

 脅威の圧縮率で隠蔽されていた魔力は、呪文によって解凍され、洪水のように身を奔る。

 徐々に濃さを増し、バチバチと電気を伴って私の周りにたゆたう、高純度の魔力。

 螺旋系に織り、それを何度も下から上へ、下から上へ循環させるイメージ。


 人や魔物が魔力を持つならば。武器や道具が魔力を持つならば。

 そして、武器や道具に魔力を込められるならば。

 きっと道具達に込めた魔力も、また人は受け取ることができるはず。


 身体限界を超えて個人が強大な魔力を保有することを可能にした、魔物の脅威に対しての、人類の切り札。


 ――故にその名を、『限界魔力超蔵(マテリアル・ドライブ)』。




 マグダウェル HP  82/152 MP6438/533

 ルリューゼル HP 450/549 MP   0/  0




 魔力数値の上昇が、ようやく止まる。

 全身の節々を、剣山で突き刺されているような痛み。ギチ、ギチギチギチ、と神経の焼け焦げる音が、鼓膜の内側から聞こえてくるようだった。

 意識を保てているのは、ドーピングでもなく他人の魔力でもなく、他ならぬ自分の感触がする魔力だからだ。本来なら少しずつ身体に魔力を流すことで、長期戦に魔法使いが対応できるようにするモノだった。溜めた魔力は一度に使うなど、可能であると想定はしていたが、運用のコツは未研究だった。


 私は、無意識に、口角を上げていた。


 ぶっつけ本番の不安はある。私はいつも研究と実験を重ね、確実と確信した時にのみ動き、結果を出してきた。

 まだ幼かった頃、初めて六色の光に囲まれた時も、同じ気持ちだった気がする。

 経験したことのない現象におののき、どうすればいいだろうと不安に思いながらも――何とかしてみせる、と不思議な高揚感が、心に沸き立ってくる。


「マテリアル・ドライブ、ね。見事なものですわね。いつの時代も地上のどこでも、技術職はいちいち驚かせてきますわ」

「貴女が言いますか、貴女が」


 肩の傷を回復させる。同時に、はがれかけていた身体高速化(エノート)身体硬質(プロソリクス)反射上昇・改(シラークス・メイ)をもう一度身に纏わせる。

 雷、水、炎の中位魔法の術式を脳内で三つ待機させる。くるんとフルーレを手の中で回した。フラガトリカは手首のしなりが物をいうからだ。


 準備は、整った。


「――いきます!」


「おいで。採点してあげますわ!」

 

 疾走を開始する。液体の金属を纏わせて、コマチがファイティング・ポーズを取った。

 私は、身体の正面に連射式の氷弾術式を展開する。六角に四角の魔方陣を閉じ込めた、幾何学模様の魔方陣だ。私と同じスピードで動き、太いつららのような氷槍が、細かい氷を飛び散らせながら次々と発射される。


「ほっ、はっ! しゃっ!」

 コマチは、氷を砕く感触を楽しんでいるかのように、気合いの声と共に拳を振るう。

 ダン!

 コマチが踏み込み、急激にスピードを上げた。すり足のステップで、私の懐に飛び込んでくる。

 私は、振りかぶった右腕に全てを託すように――!


「水流障壁!」


 当たる直前、地面から水流が突き破り、私の姿を覆い隠す。コマチの拳圧は水流をものともせずに大穴を開けるが、私はその隙にコマチの側部に滑り込んだ。

 拳を放った瞬間のコマチに、フルーレを振りかぶる。すぐさま折れたフルーレに、麻痺効果を含んだ雷力の魔力で剣身を具現させ、稲妻の軌跡を残しながら一気に振り下ろす!


「――――七〇点」


 キュヴィン!!

 コマチは目だけ私に向け、金属鉄板で雷力剣を防いでみせる。

 否、金属によって剣身を捕らえてきた。金属魔法の応用力の高さはもはや反則級である。

 雷力剣の強い振動が、金属を削りながら火花を散らせた。


 ヴ、ヴヴヴヴヴヴヴッ……!!


「くっ……! 解除!」


 パシュン、と黄色の剣身を解く。すぐさま距離を取る。


(……っ! いけない!)


 私は背後の殺気を感じて横に飛ぶ。私がいた場所に、八本のフルーレが次々に突き刺さっていく。


 コマチは手を掲げて空中で金属を編み始めた。同時に私も片目を閉じて高速詠唱に集中した。

「つぁっ!!」

 金の大槍を振りかぶったコマチは、すぐさま身体一杯に投擲してくる――!

槍雷(ディノーエ・ドッド)ッ!!」

 振り切ったフルーレの号令に従って、稲妻の槍が撃ち出される。金の大槍と威力を相殺し、金の大槍を砕きながらはじけ飛んだ。


 もちろん、散った雷力をそのまま私は利用する。

 その瞬間、コマチの足下に星座が刻まれたような魔方陣が三つ、三角に展開される。

 魔方陣は電撃を伴いながら発熱する。

「チッ!」

 逃げる隙がないと悟ったか、コマチはその場で跳躍した。足下に真っ黒な金属で船のように半球を構築し、自身を覆い隠す。

「昇雷撃・改!」

 三つ編みするように、地面から三本の雷が巨大な一本に結われながら撃ち出される。

 しかしコマチの黒い守りは強力な絶縁体なのか、黒半球から逃げるように稲妻が逸れていった。

「もらった!」

 ――これを待っていた。

 空に登っていった稲妻が、空中で反射(・・)した。

 空中にセッティングしていた雷力魔法の魔方陣を蹴ったのだ。跳ね返った稲妻達がコマチに雨あられと降り注ぐ――!


「何ですって――」


 ビギジジジジジジジジジジジッッ!


 電撃がコマチに直撃し、青白い稲妻を撒き散らしてコマチの身体を痛めつける。

 稲妻が去った後、半球の守りも崩れて、コマチは地面に(ひざ)をついた。


「ぐ、う、まず、いですわね……! つぅ……」


 節々から感電による煙を上げながら、口を噛みしめているコマチだった。

 ――呆れて言葉もない。

 この女、障壁も纏わずに直撃を受けて、意識すら失っていないというのか。

 でも。ステータス・ボードは嘘をつかない。




 マグダウェル HP 132/152 MP6399/533

 ルリューゼル HP 122/549 MP   0/  0




「さぁ、コマチさん。覚悟はよろしいですか」


 私はフルーレをコマチに向けて、宣告する。


「くっ……ふふふふふ。今のは、素晴らしかったですわ」


 ふらふらとコマチが両足で立った。砂で汚れた膝をはたきながら、私に賞賛の言葉を投げかけてくる。


「これで最後です。……棄権を」


「あらあら。立場が逆転してしまいましたわね」


 コマチは指を鳴らすと、滞空していた金属がドボドボと地面に落ちていった。あるものはそのまま鉱石となり地面に転がり、あるものは砂鉄となって潮風に飛ばされて消えていった。


「いいでしょう。これが最後の一合。それでは――構えさせてもらいますわ」


 コマチは片足を上げ、舞を始めるかのように両手を宙に漂わせる。

 見れば手にはナックルはなく、長い細い指先が優雅に曲げられている。


(これ、は)


 先ほどまでの腰を低く落として拳を構えるファイティング・ポーズとは違う、柔の構え。

 細められ鋭くなる眼光。

 間違いない。これがコマチの本気だ。むしろ、先ほどまでの拳主体は、その身に似たルリューゼルにあわせての即興演技(ハンデ)


 私は、フルーレを握りしめ、集中し眼を閉じる。

 切り札なら私にもあるのだ。

 その魔法にて、一撃で倒してみせる。


 いつの間にか観客の声も、実況の音声も止まっていた。

 会場中の視線が、私とコマチに注がれているのが分かった。



 およそ二十ニール(10メートル)の間合いは、ないも同然だ。

 生唾を飲み込む。目を見開いて、その揺らぎ、その呼吸一つ見逃すまいと精神を研ぎ澄ませる。

 本当は――ゼファンディアのライバルとやらに見せつけるための手品でしかなかった、その魔法(・・)

 フルーレに点火する術式は整えた。

 後は、肉薄し、突き立てるだけ。



 合図は、なかった。



「はぁああああああああああああ!!!」


 私と、コマチの疾走は奇しくも同時だった。


「土流障壁ッ!!」

 コマチの正面に土の壁が形成される。目測を誤らせるつもりか。

 いや、違う。これはブラフ。


「――術色層解放より解放色。火、水、雷、土、風、木、全指向性解放完了」


 私は構わずに振りかぶり、白銀の魔法を発動した。


「神殿障壁ッ!!!!」


 白い魔法は折れたフルーレにまとわりつき、聖なる剣身を具現する。

 決して折れぬ剣だ。そして、神殿障壁の性質通り、この剣の軌跡は同じ神殿障壁の剣でのみしか打ち合わすことはできない。


 ドコンッ!!


 読み通り、コマチは障壁を自ら突き破って拳を振りかぶってきた。

 されど土の障壁は砕かれ、岩の弾丸となって私を襲ってくる。

 私はコマチの胸目がけて、最速の勢いでフルーレを放った。


「終わりですッ!!!!」


 ベキギッ!!!

 音すらおいてけぼりにして、私の一突きはコマチの胸を貫いた。








 ――え?







 ――何、今の、……まるで。








 ――石を、貫いたみたいな。







「宝石、分身」



 コマチだと思って貫いたナニカ(・・・)の後ろで、声がした。


ッ、パァアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!



 コマチの肌色の顔が、蒼い瞳が、竜巻を描く赤真珠の髪が、薄焦げたゼファンディアの制服が、美しい肢体が、目の前で透き通った宝石の破片となって破裂した――!


「ウッ……!」


 私はとっさに顔を庇いながらたたらを踏んだ。


「くっ!!」


 目を瞑ってしまっているのでコマチの姿は見えない。けれど居場所なら気配で分かる。この一瞬、私は第三の目でもあるかのように冴え渡っている。

 フルーレを振りかぶり、コマチへと閃光のごとき一突きを見舞う――。


 しかし、予想だにもしなかった。


 私の刺突の先で、コマチは。

 ――逆さに立っていた。



 コマチは側転を途中で止めたような状態で、身体を竜巻のように回転させながら、ムーンサルトのように空から蹴りを振り下ろしてくる。



 そうか。

 この人は、蹴りこそが本領だったのか。



 一足で、フルーレの小手を弾き。

 最後の一足で、――私の意識を刈り取っていった。


 


§



『……9、10……! 10カウント! し、試合、終了――!』


 実況が高らかにマグダウェルと小町の決着を告げた。

 興奮冷め止まぬ、といった様子で、試合の素晴らしさをまくし立てている。観客もどよめき、試合のハイライトをスクリーンで見ながら、オッズの勘定に指を折っていた。



 それは貴賓席でも同じだった。ドレスの女性が男に耳打ちし、宝石をおねだりする。

 王族は髭をなで、大金が近づいたことにほくそ笑む。

 しかし貴賓席の8割が無言で無表情であった。まるで試合の行方など興味がなかったかのように。

 貴賓席に座っていた貴族等、各国の重鎮等の元に、一人のゼファンディアの兵士が走り込んでくる。



「も、申し上げます!」


「何だね」


 入り口付近に座っていた、格式高い商人の服装を纏う老人、マッシルド会長ゼーフェ・ダルク・ラ・ジャンは興奮する兵士を一瞥のみで冷静にさせる。


「は、い……コロシアム進行に問題が発生した模様です」


 ゼーフェは貴族等を一回見回し、また兵士に視線を戻した。

どの貴族等も興味がないかのように闘技場を向いて―― 聞き耳を立てている。

ゼーフェは鼻を鳴らしながら、言った。


「簡潔に頼むよ」


「はい。では……」


 兵士は一瞬眼を閉じ、恐怖を押し殺すように言った。


「トスラード選手とエマ選手が会場内で突然戦闘を開始し、…………トスラード選手が殺害されました」


 そして、兵士は顔を青ざめさせ、嘔吐を押し殺すように口を押さえた。


 思い出したのだろう。


 血と肉片と化した、トスラードの残骸を――。

 

 






挿絵(By みてみん)




挿絵(By みてみん)



名前   戸泉小町 (といずみ こまち)

性別   女

種族   人間

職業   典法術士(アヴェスト)


戦術型  典法術士・特化型前衛魔術士・中規模制圧型魔術士・EXスキル 先咲くバラ(オルタ・ローズ)


『典法術士』

 現代の魔法形態『典法術(てんほうじゅつ)』を使う魔術士。魔力ではなく体力を消費して使用する。

『特化型前衛魔術士』

 戦闘が開始した時、また中隊を相手にする際に敏捷、魔力発動速度に「×1.4」の上昇補正がかかる。小町は近接戦闘(カポエイラ)に特化しているため、回避能力にも「×1.4」の上昇補正がかかる。

『中規模制圧型魔術士』

 『制圧○』『拠点構築Ⅲ以上』『戦上手』『敏捷250以上』『拠点構築○』を全て保有すれば手に入れられるスキル。小町の場合、金属魔法と土魔法のマッチング、戦闘形態による。

 単独で一小隊以上8中隊以下を相手にした戦闘の場合、技の演出値を上昇させる。また、魔力発動速度に「×1.2」、魔法効果範囲に「×1.2」マスの補正がかかる。

『EXスキル 先咲くバラ(オルタ・ローズ)

 『制圧○』『敏捷補正が合計1.65以上』『勇猛』、を全て保有し、かつ武術スキルが一つ以上MAXになれば得られるスキル。救世の名声が世界に認められた末の、小町の固有スキル。

 技の演出値、敏捷に「×1.5」その他のステータスが「×1.2」の上昇補正がかかる。物理攻撃の場合30%の確率で一時行動不能(スタン)状態にさせる。




筋力   290     

 力の強さ。ギルド協会測定での換算。


体力   549

 ヒットポイント。我慢強さである。


攻撃力  330

 金属魔法によるナックル装備時。


防御力  171

 打たれ強さ。


敏捷   481   

 素早さ。身のこなし。この値が高いほど行動ターンが回ってくるのが早い。小町はさらに『EXスキル 先咲くバラ(オルタ・ローズ)』を持つので同スピードでも優先的に行動権が得られる。


気配 151    

 暗殺の成功率。相手の気配値、回避値で成功率は減少する。


健康状態 110  100が平均値。ヒカルが側にいるので少しやる気がある。


運の良さ 110   50が平均値。勘が鋭い。


退魔力  21    実家がキリスト教徒と仏教徒ではあるが、この世界では効果はない。


精神力  124

 精神力。達人級である。


反応速度 311

 攻撃に際して反応する速度。この値が高いほど敵の攻撃に対しての回避行動率が高い。小町は敏捷が高いため、直感クラスの回避、反射的な行動ができる。


魔力   0

 現代人なので魔力を持たない。



魔術知識(典法術)  220/300

 魔術における知識、教養。この値が高いほど新しい魔術を覚える成功率が高くなり、その時間が短縮されていく。また、魔術使用時のMP浪費率が少なくなる。

 小町の場合、土魔法については弟子が取れる。


武術知識   261/300

 武術における知識、教養。この値が高いほど新しい武術を覚える成功率が高くなり、その時間が短縮されていく。現代世界においてカポエイラで小町の右に出る者はいない。これ以上は自己研鑽の道である。


拳術    150/150

 小町は拳を使うためこのパラメータを持つ。しかしカポエイラがそもそも蹴り主体のため、最大値は低い。


 使用魔法

 小町は魔術知識が高いため、使用必要魔力(体力)量に「×0.39」の軽減がかかっている。

 ・土力魔法

習熟度 10/10

 土を使った魔法、宝石精製、構造精度は最高クラス。威力より速度重視である。


 ・金力魔法

習熟度 8/10

 現代における典法術士達のTOP10通称T.Sの一人が発明した『金属魔法』の最初で最後の継承者。土と炎の混合・変則融合魔法。

 土と基本同じだが、硬度、物理条件が金属に起因する。

 温度変化無く、金属の液体化が可能。



演出値  329/500

攻撃の派手さ。この値が高いほど攻撃する度に威圧感を与え、相手の行動回数を減退させる。ただし精神力が高いと減少できない。


攻撃範囲 11種+魔術攻撃31種

 扇形放射攻撃、近接攻撃、4マス内範囲砲撃などの攻撃に適正がある。

『EXスキル 先咲くバラ(オルタ・ローズ)』により、同スピードならば小町に攻撃判定が優先される。


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