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五話 邪神と決意と宴の儀

「ナツ、この人型の人参はなんていうんだ?」


 傍らに一四才の少女を侍らせて祭りの飯をいただく。


「ひゃい!? あ、ま、マンドラコールといいます。お風呂上がりに薬湯をおのみになられましたよね…」


 俺が、ちょうど人で言う髪の辺りになる葉っぱの部分をむんずと掴み挙げて見せるのは邪神感謝のために積み上げられた作物だ。うめぇえ…と言ってるかのように顔を盛大に歪ませているこの薬用人参。


「だからマンドラコラのことだろ?」


「いえですからマンドラコールと…」


「いい。分かりにくいから今日からマンドラコラと言え」


 おっさん達も良いよなー! とキャンプファイヤーの炎の向こう側に叫ぶと、


「おおもちろんですぞーマンドラコラでもマンマンドラドラも! 邪神様あってのニルベ村でございますからな!」


 ルージノの親父が酒で顔を赤くして(泣き崩れて最初から真っ赤だったが)器を掲げた。勢いよくあげすぎて一緒に飲んでいる若者の顔にかかるが、嫌な顔一つせず一緒に喜んでいる。

 ルージノの呪い…というか呪いと分からず調子の悪さはこの村でも周知のことだったらしく、俺が解呪した後の驚きようといったらそれはもう意外中の意外。ほんとついでだったのである。いや、何気なく覚えておいて良かった。


 キャンプファイヤーを囲むようにして一〇〇名近い男女が輪を描くようにひしめいている。輪の外側には肉汁したたる料理が、新鮮な野菜のソテーが、祝い事にしか出さない珍味『ナツナロ』…要は銀箔をたくさんあえた梅干しみたいな奴のことである。ナツナロの『ナツナ』はもちろんミナの妹のナツの名前の由来でもあり、ここアストロニアでは基本的な甘味の果物だったりする。ブドウの味と食感の桃とでも思えばいい。とっても美味だった。子供達が取りまくるのでちょっと自重した次第である。次は負けない。


 会話をしながらも、いくつもの視線を感じる。


 それは先ほどの巨大な白光ドームを体感したからだろうか。邪神、と言うことに誰もが疑いを持っていない…変な信頼を一身に受けている気がして何だかこそばゆかった。

 使えるモノは、まだ解呪と神殿結界だけ。コレでもやれそうだけどちょっと心もとないよな。


「所でミナは?」

「姉さ…いえ姉は長老宅にて占儀の準備をしております。じきに戻ってくるかと」

 俺の言葉にいちいち神経を働かせながら応対するナツ。

 さわっ。


「ひゃぁああ!」


 急にナツは呻く人参を掴み俺の顔を殴打した。


「…………………………」


 静まりかえる周り。


「じょ、ジョークジョーク!」


「お、ジョークだとさ!? いや、びっくりしたなぁ――」

「ナツっっ、あんた邪神様に何してるんだいっ!」


 冷汗の笑みで誤魔化しながら祭りの宴に戻る皆。だか所々からナツに向けてギロリ睨みが飛んできている。


「そ、そんな…でも、邪神様は姉様と」


「おおっ…」


 なんというか俺ルール展開中って感じがする。

 最低だな!

 でもなんかこの最低感が邪神だと思えば!


「では遠慮なく」


「えぇ、っ、そ、そんな…いやっ、わきぃ…っっ」


 料理を食べ終えた後は嫌がるも逃げないナツで遊び始める。




 宴も中頃。俺の相手に疲れたナツがこっくりこっくり船をこぎ出し、


「おっと」


 正面に倒れていこうとするのを抱き留めて膝枕してやる。さらりとした髪の感触がズボンを通して伝わってきた。


「薪持って走ってたもんな…」


 炎にちらてらと照らされているナツの顔を覗き込みながら呟く。それ以外にもたくさん働いたんだろう。

 こんなに小さな子でも、もしミナがいなければきっと――。


「ごくり…………………いや、いかんいかん」


 身体の凹凸は控えめだが、その分身長もない。あと二年でミナのようになるというのならその成長を傍で視ているのも良いかもしれないと思った。


 ざっざっ…


 宴の喧騒の中から、畑方向から小さなモノが歩いてくる足音が聞こえた。カクテルパーティー効果という奴である。


「お前…人参!」

 というかマンドラコラ! こいつ自分で歩いてるし!


 輪を迂回するようにして一列になったマンドラコラ達は俺の後ろをも通過し、空きの大木箱の所まで行くとぴょんぴょん飛び入っていく。まだお尻に土がついてるのが気になる一本は飛び込む前におしりをぷりりりっと振り、やっぱり飛び込んでいく。見えない木箱の中身からは「うめぇえええええ…」とうめき声を発してくるので何となく最初に視たマンドラコラの表情が思い出された。


緑「きゃっきゃっっきゃ!!」


 ショートボブのマチーがとにかく愉快そうに同じくらいの身長のマンドラコラ一体の手を引いて走り回り、餌を取り払われたアリ達のように列を乱す。慌ててるっぽいそのマンドラコラは根っこに今にも足がもつれそうだった。


「マチーはとにかくやんちゃっ子だな…」


 他の子は何やってるんだろ。とりあえずどこかで楽しんでるかも。

 名前を聞くのを忘れたが、厚切りの焼き豚みたいな奴をもぐもぐしながら眺めていると「んう…」とひざの上のナツが寝返りを打った。わずかに隙間の空いた唇から白い歯が覗く。


「邪神様」


「ん?」


 顔を上げると、そこには村の住民数人が俺を前に列を作り始める。

 先頭の老人が、しわがれた声で、

「御来界、誠に…」


 挨拶回りが始まった。





 こっちに来てくれたというお礼と、今後のお願いごとを俺の意志関係無しに言ってまた祭りに帰って行く村人達。来年も豊作でありますように-、とか。あの子と結婚できますようにっ! とか言う純な少年もいた。

 ただ。

 ただ思ったのは――。


「少ないな…」


 出稼ぎに出されているという二〇(正確には一五)~三〇代の人口が。おそらくこの年代層は出稼ぎに出ている全体の二割も帰ってきていない。

 年若い美人が明らかに少なすぎるのだ。それを半分楽しみに応対していた俺がっかりである。落胆と同時に、――あの、盗賊の言葉が思い出される。



『――売女の村の女がなにふかしてやがる――』



 最悪だ。

 ただでさえ挨拶で気疲れしたのに今度は腹立たしい。


 ナツはギリギリ一四才だった。だから出稼ぎに行かずにすんだ。それだけのことだったのだ。後数ヶ月を待たずしてナツは一五になると言うから、その時は――。


「豊作云々よりそっちの方が重要じゃないか?」


 俺が触るのは良いんだ。何せ、周りに見せつけて色欲具合を印象づける、と程度を弁えているから。

 だけどそれ以外はダメだ。加減のある世界じゃない。


「全く…」


 キャンプファイヤーの火を見つめる。




 潰すか、ベーツェフォルト。






「ヒカル様!」


 たったった、と軽い足取りで息も切らさず走ってきたミナは俺の傍で立ち止まると片膝をついた。


「占儀の準備が整いました。今しばらくお待ち下さい」


 ざわめきが広がり、――そして一瞬で静まりかえる。


 楽器も止み、代わりに森の暗がりから、シャン、シャン、と鈴の音が響いてくる。


「…なんだあの水晶…」


 周りに気付いたか、ナツが膝元で呻いて目を空け、自分の状態に気付いてか飛び上がる。


「あ、……………………も、…! もうしわけ『いいから』……は、はい」


 キャンプファイヤーの輪に辿り着いた頃にはその音の正体もしっかり見える。

 両手の布でしっかり支えられた大きな水晶だった。布の端に鈴がついているらしく。歩く度にそれが鳴っていたのである。いつの間にか火元の前に黒塗りの台が置かれていて、その中心には玉を受けるためのくぼみがある。


「今宵も、皆々様が感じたじゃろう…。邪神様は、また、到来なされた」


 おおー!! と叫び歓喜する村人。

 玉に目を奪われている俺をよそに、老婆は朗々と語る。


「もはやその力は周知。

 じゃが、ワシはそれでもこの目で視てみたいと思うのじゃが…」


 また、歓声が上がる。なんだあんまり堅苦しい奴じゃないのな。


「以前から邪神様は堅苦しいのが好まれないそうで」

「ふーん」


 ミナが説明してくれる。やっぱり堅物のミナはそこらへんどうかと思ってるらしい。


「邪神、ヒカル様。前へ、お願いし申す――」


 台座に水晶を仕掛けると、老婆はわきに控え、こちらを仰ぐように土下座した。


「ヒカル様。そのまま水晶の元へ行かれて、触れるだけです」


 ん、と小さく頷いた俺は立ち上がって水晶へ向かう。


 たった一〇歩程度の距離。

 ちょっとだけ『もしも一八万がなんかの間違いだったらどうしよう』と脳裏をよぎった。

 何せ俺の身体には魔力なんてないのだ。

 不思議なことにゼロの俺を纏うようにして魔力が渦巻いてるだけ。

気分としては身体強化とかである。付加呪文って奴?


 残り三歩。


 水晶耐えられるのかな。なにせ神の魔力だぞ。ひび入ったっておかしくない。


(でも、一〇年前にも占儀やったっていうし)


 前の邪神どんなんだったんだろうな。ま、いいか。


「…つめたいな」


「ええぇ、氷と水の魔術で成分凍結してありますからの…」


「なんと。そこまで応用が利くのか」


 ぽうっと水晶が光り出す。そのまま炎の上らへんに光が集まり、もやが始まった。



 ――189835



「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 数字を視て周りは吠え猛り始める。目を見開いて驚いている者、その拍子に器を落として酒を零す者、隣の者と抱き合い喜び合う者――


 だが、俺は、固まっていた。




「あ、アラビア数字ぃいいいいいいいい!!!???」




 冷静になる。思えば最初から一八万という単語が何かと。数字の概念が一緒なのか? だからといってこれは。数字さえ翻訳してくれるとでも? バカな。それなら最初から古文書は翻訳されて俺にも読めるはずだ。


「都合が良すぎるな…」


 風呂といい、文化があまりにも俺の世界に近しい。異世界ってこんなに異なってないものだったのか? それとも人類って奴がこういう風に進化すると最初から遺伝子にプログラムされていたと? ――…ん――わからん…。


「ヒカル様? 終わりましたので、お席に戻られて大丈夫ですよ」


 ミナに手を引かれて席に向かう。


「どうか?」


「いや、…別に」


 それからナツと俺の間に入り込んだミナは、俺のわずかにしかめた表情を、ちらちらとだがいつまでも気にしていた。










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