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五五話 邪神と土剣老と惨血の始まり

「…………ん」


 カーテンの外はまだ薄暗かった。体がまた起ききっていないようで、転がり落ちるようにベッドから出る。寝癖立った髪をもしゃもしゃかきながらカーテンまで這いずっていき、のぞき見するように藍と朱と層雲が溶けた紫色の狭間をじとっと見る。超高度をミッポ鳥の親子が悠々と横切っていく。薄い雲の固まりが海の方から迫ってきているところを見ると一雨降るかもしれない。


 …五時くらいかなぁ。


 時間の概念はあるのに時計がないという不便な世界ゆえに、一ヶ月もすれば目測で時間の見当がつくようになってしまうわけだ。温帯地域で季節的には冬という先考材料もあるのだから順応するのも思ったより早かった。異国の地、異常の時はとにかくその中での習慣を確立する事が大事だ、と小町も言ってたし。


「ふわぁああ……あ――、あーおはようテツ」


 大きくあくびしながら傍らを見ると、ごっちゃりと呪いの武器達がそれぞれ変わりなく微発光、小さく鳴動している。昨日の宴会が長引いてホテルに戻るのが遅くなってしまい、全部を吹き終わるまで小一時間は使ってしまってその遅寝が尾を引いているのだろう、体が少し重い。け、決して武器達の呪いじゃないと信じている。この子達は悪い子じゃないやい。ちょっとペナルティ持ってるだけなんだっ。


 あの後ファンナやシュトーリア達の予選通過のお祝いに食べに行ったのだが(シュトーリアの奢りで)、ギリリー達も混ざってきての大宴会となった(俺達を除いて後は割りカン)。……ブックナーと二人で行ったあの料理屋で。誘おうと思ったのに予選通過早々会場から姿を消したブックナーの事を思い出してしまい、ミナに飲みすぎだと咎められながらもナツナ酒をついつい飲み過ぎてしまった感がある。


 ……………ナツナ――ナツ?


 あれ、なんだかナツをうつぶせに押さえつけてあえぎ声を上げさせてる映像が脳裏に浮かび上がる。14才の少女が両腕を頭の上で捕まえられ、おしりを突き出して、ベッドに沈んでいる光景である。夢でも見たんだろうか、俺は武器を磨いてすぐ寝たはずなのになぁ?



『ぁっ!!、ひ、ヒカル様ぁあああ、だ、だめ、お、豆つままないでくださ、ッッ、ぃ、お豆はだめンン――ッ!!』



 鮮明な夢だなぁ、と、俺は絨毯の上に投げ捨ててある武器ふき用濡れタオルを手にとって畳む――あれ、何で糸引いてるんだろう。洗濯残りの洗剤かな。まいいか。


「散歩でも行くかな」


 蛇ララララ! と鉄輪鎖が呪いの武器の山よりにじり出てきて自分も自分もとアピールしてくる。

 おうよ、今日は久しぶりに語り合おうぜ。

 相談したいこともあるんだ。

 色々とな。






 神服にポンチョをかぶってホテルを出る。地肌にたすきのように巻き付いているテツは、襟首の後ろから頭を出して俺の肩に乗っている。こいつなりのベストポジションなのかもしれない。


「蛇ラ」


「ん? 護身用の武器はいらないのかって? テツがいるだろー、頼りにしてるわ」


 鉄輪の部分(アゴだと思うたぶん)を人差し指の先で撫でてやると気持ちよさそうに体重をかけてくるテツだった。心象はリスである。とても全部で6、7キロある黒光りした鎖だとは思えない。

 飲み屋の帰りらしき傭兵達がちらほらのみと、まだ屋台も出していない大通りを歩いている。ゴゴゴゴ…と地鳴りがすると思えば、マッシルド四方の大門は今まさに開き始めているところであった。ざっと縦四〇メートル横幅二〇メートル、暑さ三メートルの巨大な青銅色の門である。左右にゆっくりと開閉し、その隙間からは朝日にうち光る森林が遠くからでも覗けた。深い、ダークグリーンが揺れている。

 何かの色に似ているかと思えば、そう、エマの髪の色だった。


「……………………そういえばマッシルドって港町だったな。港行ってみるか」


 俺は視界に露わになっていく木々達から逃げるように、きびすを返して港へ足を運んだ。




 大門をくぐり抜けてのマッシルドの港はすでに盛況だった。大型タンカーが10隻は悠々と入るだろうコの字船着き場では、クジラみたいな形の木船から船乗り達が荷下ろしをし、釣りたての鮮魚を卸す釣り人を業者が囲んで競りが盛んに行われている。帆張りの旅客船やらも停泊していて、今は客を乗せていないのか波に船体を静かに揺らがせている。


「船旅かー、ロマンだロマン。でも海は逃げ場ないしなぁ………まいいや」


 お金ないし、競りに加わるつもりもなし。縦横二.五メートルはある巨大な魚の赤身を肉塊の競りを尻目に俺は港沿いに歩いていこうと――、



『1890シシリーだっ!!』



 競りの群がりの中で声高く叫んだ男性の声が――どこかで聞いた事あるような――耳に残り、視線をやってみる。

 黒フードで顔をすっぽりと覆い、掲げた手には217番の号札。それでは1890シシリーでお買い上げェー、と下品なオヤジ声が競り終了を宣言する。徐々に人混みが晴れていく。

「全く、野営組の食料調達も困ったモノだ、競り一つできないとは。しかし値が張ったな、酒を節約させるか。

 ふぅ……しかしどうやって引きずっていけばいいやら。

 なぜ俺が?

 ムロゥを呼びつけて運ばせるか、おいムロ、……む?」


「………………あ"」


 振り返ったその姿は、つい先日ニスタリアンの燃えさかる校舎で見かけた――大陸を騒がせている盗賊団の首領その人であった。


「サカヅキ、ヒカルか」


「だったらどうした」


 ……最低だ、テツ以外は丸腰である。見回して魚屋が振りかぶっている骨切り包丁を見つけたがあれでも心許ない。二〇代前半……青年が抜け切れていない声質だ。こんな男が一大陸を荒らし回っているボスだって言うのか。


「……ほう、いい鎖を持っているな?」


 テツがびくりと震えて俺の首筋に鉄輪を寄せてくる。大丈夫だ、手を出させなんかするもんか。でも……ここにいる人々を人質に取られたらマズい展開になる……!!


(急いでここから離脱しないと!!)


「まぁ待てサカヅキヒカル。取引をしようじゃないか」


「何だって…?」


 俺は力一杯目をすがめてアーラックを睨んだ。港の人達、エマと俺から人質を取りまくってるアーラックと取引など成立するはずがない。


「何、ちょっとした力仕事だ」






 ごろ、ごろごろごろ、と丸太芯の荷車が大通りど真ん中を進んでいく。荷車の上には巨大な魚の肉塊がデンと鎮座していて、テツが荷車に縛り付けている。そして俺とアーラックはあろう事か肩を並べて荷車を引いているのだった。


「そう睨むな。前を見ろ、つまずくぞ。貴様一人では引けもしなかったせいで俺も手伝っているんだ、ありがたく思えばいいものを」


「ああ! そう! ですかっ!!」


「思ったより雲足が速い。もう少し急ぐぞ。…だらしがないな、強く押せ」


「あーーーーもおおおおおぉぉおおおおおお!!!!」


 俺の全力とアーラックの七分くらいが均衡しているようでそんなこんなで一キロくらい運んできたあたりだった。魚肉の巨大さに店を開け始めている店員達が目を丸くしている。


『魚肉を運ぶ代わりに今、マッシルドの民には手を出さない』


 予想通りにもほどがある。もうちょっと物事に厳しめな所を見せておかなければならなかったのか。くそう、見事に下手に出る羽目になってしまった。


「宿代は高いし食事も自炊の方が安く上がる。門外に野営をさせていてな。持って行けば後は適当に捌いて食すだろう」


「ほぉ~? 天下のアーラック盗賊団ともあろうに節約術? 泣けるね」


「ハ、子守に忙しい邪神が言える言葉ではないな」


「アァン? 今ココで周囲の店もろともお前を殺してしまってもいいんだぞ。亡熱刺扇(ぼうねつのしっせん)返せ。気に入ってたんだぞ」


「ああ、この使い勝手のいい扇か、手に馴染む良い鉄扇だ。このままもらおうと思っていたが小遣い代わりにくれてやる。もうなくすなよ」


 良いから返せっ、とアーラックが胸から出してきた鉄扇をもぎ取るようにして手中に収める俺。おうおう可愛そうに、帰って磨いてやるからな……。


「聞きたかった事があると思っていたが?」


「何が。こっちは話すことなんか何もないね。魚肉おいたら仲間もろともだ。エマを助けてお前も倒す。俺の中では決定事項だ」


「おお怖い怖い、邪神ともなると俺達も矮小な無象にすぎないようだ。――仲間の少女一人一緒に消し飛んでしまっても分からないな。なぁサカヅキヒカル」


 心の中で舌打ちしながらも発する言葉の選択に全神経をそそぐ。なるべくこの男とこの場でコミュニケーションをとるのは避けたい。うかつに情報を渡すわけにはいかないし、アーラックという悪党と一緒にいるところを誰かに目撃されてことあるごとにちらつかされるのは面倒だ。

 何より顔を向けることができない。光魔法という強力な手段をこいつは持っているからだ。それに光魔法じゃなくとも暗示めいた話術なんかもあるかもしれない。黙秘の香……嗅覚だけで死に至らしめる暗示に追い込む方法もあるくらいなんだから。俺がこの世界に来て浅く、知識に疎いという事を知られるわけにはいかない……!


「――なら一つだけ。裏オークションで俺と一人一緒にとらえたよな? マグダウェルもそうだ。あんな雪山に転移させて何の意味がある」


「なんだそんな事か。

 生薬、という言葉は分かるな?」


「かんぽ……………いや、ようするに薬草とか動物鉱物を配合した薬のことだろ。それがどうしたんだ」


「人も生薬になると言うことだ。魔力を取り込むと言うことは、魔力を服用すると言うことに等しい。魔力石、強精薬。そして魔力を一定ため込める性質は人間の体も当てはまる。

 素体そのままが優秀ならそのままの冷凍保存で輸出も可能だし、人体実験の余りを魔力石と配合することも可能だ。元来生薬に使える人間は魔術師でね、魔力石の服用回数、身体の魔力適応度、素体の保有魔力。王宮魔術師一人分の生薬はこぶし大で末端価格300シシリーで売り払える」


 …………そうか。

 だから雪山なんだ。

 だから、俺達以外の捕らわれているだろう人間の姿が見当たらなかったんだ。


「食わせ、てるのか」


「分かるだろう? 元来治療に使われる生薬というモノに人体を向上させる役目はない。

 だが偉大な魔術師の血を飲めば自分もその力にあやかれる。そんな迷信に自らと目の前が見えなくなっている人間にちらつかせるものでしかない。貧しい者は盗んででもほしがり、その生薬を飲みたいがために団員になる。金だけが余り、自らさえも余り物になっていく人間は驚くほどにすがってくる。

 まぁ……送った張本人として言うが、あの山から脱出した事には正直驚いている。

 山の主はどうした。きちんと()ったか?」


送った張本人(・・・・・・)?」


 魔力のない者には夢を見せ。魔力がある者には成り上がるチャンスとしてぶらさげるニンジン。

 ……こういう世界に根付くわけだ、権力の最下層と中堅以上の層をきっちりと押さえてる。規制をかけようと討伐隊を送ろうと、止めようがない。団員一人を捕まえる間に一〇人増えていくゴキブリのような繁殖力。アーラックを追う側も味方がいつ寝返っているのか分からない不安を抱えなければならない。討伐隊を指揮しなければならない立場の人間は、裏オークションに客として集ってしまっているこの状況の中で。いざとなればアーラック達に従うしかない。

 増長させるのは…………やはり貧富の差。ベーツェフォルトのように、戦火の後始末に奔走して地域一帯を搾取する存在。そして戦争の邪神(げんいん)

 もしかすると人々はアーラック盗賊団を畏れながらも、徐々に国すら支配していくのではないかというそのあり方に憧れすら抱いているかもしれない。盗賊団の戦力、実力者の中には母国へのクーデターをもくろんでいる人間がいてもおかしくない。


 ――よしよし、生薬という存在からここまではとりあえず推測できる。

 大陸を荒らし回るだけでは終わるまい。大きくなる組織はいずれ腰を据える形をなさねばならない。行き着く目的は……、


「ふぅん。目的は建国、って所か。夜盗上がりもここまでうそぶければ上等だ。やってみろ、人々の良心は果たしてお前みたいな重罪人を国賓として迎える?」


「俺の腰にある剣の輝きがあれば、な。そして今度のコロシアムでの優勝をひっさげて俺は蛮族王でも名乗ろうか」


「その剣見せて」


「だめだ。この剣は生涯俺だけしか触れる事はまかりならん」


 ――金でできた幹に太い枝、銀細工のような小枝、鋼の薄長の一枚葉刃。

   金剛や紅玉の実を模したような宝玉が華奢な枝に大きく実っている――


 ミナから聞いた話によるとそういう風な様相だったという。実物を見てみないと分からないが、随分と儀礼くさい印象を受ける。剣と使うよりは飾りとか贈呈。少なくとも実践向きの品とは思えないのだ。


「剣と言えば。

 そうそう、不思議なことがあったんだ聞いてくれよ。

 しっかり俺の扇は取ってるくせにどうしてだろうな? マグダウェルって奴なんだが、売って小金になる程度の腕輪が無事だったんだ。これはまだ良い。

 俺と一緒に捕まったチビ。ブックナーって言うんだけど、そいつが大事にしてたって言う金製のネックレスがとられてなかったんだよね。

 あれぇ?

 そういえば転移させた張本人は俺だ、って自分で言ったよな?

 はっきり言わせてもらうが、俺やマグダウェルは分かるとして、ブックナーは『王族である』事以外に利用価値がない。普通なら王国へ身代金を要求するなりするはずだ。ましてやラクソン公なんてわかりやすい追跡者がいたんだ、ブックナーという人物の正体など容易に気づけただろう。 何より、ラクソンにブックナーの顔見せをした後で都合よく草原で襲撃されてもいるんだ。自分が直接手を下しに行くとは考えにくい。ということは汚れ役(・・・)が必要って事になる。

 現在マッシルドに網を張っていて、犯行を見つかったとしても全てをなすりつけられて、たとえ国の重鎮相手でも黙殺させられることが可能な手駒。

 ――確定だ。あんたとラクソン公、この二人は組んでいる。もしくは利用しあっている。

 ブックナーはどうするつもりだったんだ?

 高貴なる血とか言ってラクソン公が所望したか?」


「…………たかがこれだけの会話でよくもそれだけ頭の回る」


「おあいにく様。こういう状況にだけは慣れっこなんでね」


 頭を回さないと生き延びられなかった、という言い方の方が正しいけど。でも、せいぜいお勉強できる子に毛が生えたようなものだ。三六九が持つ筋金入りの冷酷さもなければ貴族社会のいざこざに通じているわけでもない。小町のように幼い頃から戦場を駆けてきたわけでもない。俺が一番情けなかったんだから。


「……どうやら、アーラック。お前をただストレートに叩きつぶしても問題がありそうだ。コロシアムならお互い承知の上だよな? 公衆の面前で地べたに這う次期王様っていうのもお笑い草だね。楽しみだ」


「優勝のミスリルティアラと一緒に邪神の首を手土産に王座に座るするというのも悪くない。まぁ半死半生になるまでせいぜいあがけ。殺し合うがいい」


 ――そこからは会話もなく、雨がぱらぱらと降り始めたこともあって会話はなくなった。門の外に出ると商人風な男達が林から出てきて俺達を取り囲んだがアーラックが一声かけると一歩下がる。

 俺にもご苦労とだけ声をかける。どうやらお払い箱らしい。


「最後に一つだけ。

 『不幸のアーラック』。傭兵の仲間から聞いたよ、お前の畏称で蔑称だ。

 これはお前の盗賊団の行く先行く先不幸をもたらすって当てつけ?」


「ああ、それは自分でつけた」


「……………………………はぁ?」


 確かに耳には残るがもう少し聞こえの良い物は思い浮かばなかったのか、と唖然となる俺だった。

 アーラックも分かっているらしい。ハハ、と乾いた笑いとともに頭の黒フードを持ち上げて改めて俺を見る。


「――あ、………………」


 記憶に焼き付けてやろうという思惑。

 エマの敵という恨み、エマ自身の所在。

 今後の俺達の敵。それらへの対処と結果への覚悟を連立して考えていた思考が、一瞬で消え失せた。かき消えたと言っても良い。アーラックの正体という疑念も消えた。倒さなければならないと確信していた覚悟に――躊躇してしまった。


 アーラックの容姿を視界に収めた瞬間だった。

 今このマッシルドに巣くう全ての要素が、あっけないほどに、一本の線でつながった。


 脳裏に、ファンナが裏オークションにいた時に説明してくれた声が再生される。……ああ、言ってたよな。ブックナーがかつて偽名していたマハル・マキシベーが使えている王家とは、【小国であり数々の戦渦に巻き込まれながらも生き残り、繁栄を重ねてきた『奇跡を起こす』と呼ばれた王家『マキシバム』】――だと。


「と、いうことだ。初めましてサカヅキヒカル。俺がアーラックだ。

 ――奇跡の王家マキシバムに名を連ねるにはおこがましい、マキシベーの出来損ないのマキシバム・マキシベー・ラ・ブックナー(・・・・・)という男で。

 お前が面倒を見てくれていた(アレ)の人生をねじ曲げてしまった愚兄だよ」


 長髪を後ろで束ねただけの金髪。愁いをたたえた鈍い光の碧眼の青年が、雨粒に頬を濡らしながら俺を見つめていた。

 その(・・)顔はあまりにもブックナーを連想させた。俺に初めてあった時の路地裏に追い詰められていたアイツの驚いた顔が。連れ帰った後の寝息が。ヒカル兄さん、ヒカル兄さんと、アヒルの子共みたいについてまわる親密な距離が。ブックナーの三年間胸に一人抱き続けてきた想いを思うと、とてもじゃないが前を向いていられなくなる。


「お、ま――――え」


 だめだろ、それは――それはやっちゃだめだろ。

 あれだけ「兄」に盲信していたブックナーを見ていたから分かる。アミルではなく。兄の名を語って温室から訓練の毎日に身を投じた女の子の気持ちを考えてみろ。兄の後ろ姿を追いかけて。追いかけ続けて、第三者が危険だと思うほどに何も見えなくなってたんだぞ。死ぬかもしれなかったんだぞ。死ぬより恐ろしい目にあったかもしれないんだぞ。お前兄貴だろ、兄貴がやって良い事じゃないだろ……………!!!


「――あ、やまれ。ブックナーに」


「……ブックナーは俺だ。教えてやろう、あいつの本当の名前はアミ、」


「そんなことは分かっているッ!!!!!!!」


鎖の端を思い切り握る。魔力と感情に呼応した鉄輪鎖がどう猛な野獣のようにうちしなり、縛っていた厚い魚肉を引き裂きながらアーラックを襲う!


「お前はアーラックだ。ブックナーじゃない。その汚らしい名前を一生背負え」


 商人達は一瞬で着ていたポンチョをはぎ取って盗賊団の姿と化した。――が、アーラックが片手で彼らの手出しを遮る。


「そう、だな。確かに正論だ」


 カ、キン!!! ただの剣撃。だが一万もの魔力をはじくにあまりある魔力をその剣身から吹き出すように発する――――ミナの言ったとおりの、魔剣の姿であった。


(なんだあれ、……植物をかたどったにしては見覚えが――剣の部分なんて笹の葉、みたいな)


 縦線の筋が幾重もあり、まさに笹の葉をかたどったとしか思えないような刃紋。それにしても――なんなんだこの剣、俺が剣一本に全力で魔力を込めたときと同じくらいの魔力があるだなんて…!


「ここでこの剣の魔力を解放してやっても良いが――こうして大門のそばにいるわけだ。爆風で厚く巨大な鉄門が町側に倒れたとすれば、かなりの被害になると思うが?」


「そうだな。だけどもう見ず知らずの他人を気遣ってる場合な心情じゃないんでね」


「そこに、お前の大事な仲間が寝息を立てているとしても――かな? うん?」


「お前……!!!」


 何かにつけてエマエマエマ!! くそっ、完全に俺から手出しできないじゃないか…!


「そのまま帰れ。予選落ちしてくれるなよ? 余興も用意してある。俺の建国の目撃者となってもらわねば困るのだからな」


 アーラックは仲間とともに林へ消えていく。俺は見ていることしかできず、テツに気遣われていることすら気づかずに立ち尽くしていた。

 通り雨だったのか、じょじょに雨が引いていく。雲が割れ、今日のコロシアムの開催を告げるように陽光が注いだ。アーラックが大陸中から盗んだ宝袋からこぼれた宝石達かのように、足下の草むらの露達が照り返してくる。盗人を見送ったにしては余りにも綺麗すぎる光景に、やるせない思いでいっぱいになる。

 疑問は消えた。

 でも、何も解決していない。何も――。








『さぁ、皆さんお待ちかねの二日目コロシアム予選~!!! ぱふぱふぱふ!!

 昨日の試合に血の気がわいた猛者共! 昨日は問題行動なかったみたい、皆さんよく我慢したね! お姉さん褒めちゃうよ~ん!!! ………え、何? なんかまずいこと言った? ええい係員引っ込め! 邪魔すんなっ。このマイクは私の魔法の杖だ~!

 それではさっそく本日の試合に移りたいと思います!! いくぜっ!

 一コーナーに11番、二コーナーに12番、三コーナーに13番、四コーナーに14番、各自出場者は行ってくださいね! 健闘を祈ぉ~る!!』


 おぉおおー!! と体の血管が切れるじゃないかと言うほどに全力の返答で応える戦士達であった。やはり耳に堪えるのか、涙目で思い切り耳をふさぐファンナに苦笑する。今日はシュトーリアは試合がないからか『む、がんばれよ』とばかりに腕組みで周りをぐるりと見回していた。


「くっ…耳ぃたあぁ……昨日はもろに聞いちゃって頭抱えてうずくまってたわ私。さんざんよ。大声が怖くて試合に出られないとかありえないわもぅ…」


「ま、きょうは耳栓でもして回るんだな。じゃあ、行ってくるよ。シュトーリアは手はず通りエマを。ファンナはブックナーを頼む」


「りょうふぁ、い……」ファンナが剣士の盾におしりが当たってふらふらよろめきながら応える。大丈夫だろうか。ブックナーを探させるつもりが、ファンナ自身が迷子になってしまいそうである。


「了解だヒカル。そうだな……とりあえず見つけたらどうすればいいんだ?」


「会場内で発見できたらそれでいい。近くにアーラック盗賊団が潜んでいる可能性大だからな、この会場誰もが武器を持っているからうかつにエマに手を出したがために暗殺されかねない」


「なるほど、わかった。ヒカルの試合がゆっくり見れないのは残念だが、今はエマの方が先決だな。昨日もバウムは食が細かった。それをいたわるヤークの姿は、正直見てられない。町中で襲われたとて魔法のキレも期待できないだろう。……可哀想なことだ。

 ……ん? どうしたヒカル」


「何でもない。それじゃあ頼む。俺はさっさと予選通過してくるよ」


「あ、ああ」


 ヒカルの素っ気ない物言いにあっけにとられながらもヒカルの後を見送るシュトーリアだった。ヒカルの真面目な顔に胸が詰まったのである。思えば、この男は不真面目で淫らな印象ばかりが目立って、真剣な表情を目の当たりにするのはそうそうなかった。


「……今朝からよ。あいつが不機嫌なの。う~、耳痛…またお酒のせいかと思ったけどそうでもないみたい」


「む、そうかファンナ。私はてっきり試合に思いをはせて意識を緊張させていたのだと思っていたが」


 ふむ、と空に答えを探しながらアゴを撫でるシュトーリアだった。

 思い出すのは朝食時から口少ないヒカルの顔だ。ミナが話を振ってもわずかしかレスポンスを返さず、気の毒そうに苦笑した彼女が可哀想だと思ったものだ。さすがのシュトーリアもミナを気遣って町の話などを振ってみたほどである。


「よく分からないけど、そっとしておいてあげましょ。さー私はブックナー探さないと」


「ああ、そうだ。ブックナーなんだが今朝白銀髪のオールバックの男……ええとパーミルと言ったか。ダルルアン・エレティノ・ラ・パーミル。彼を先導に林に入っていってたぞ」


 剣士同士、何より同じ学舎の生徒同士つもる話もあるんだろう、とうんうん頷いてみせる黒髪剣士にファンナは目を丸くして声を張り上げた。


「……ええええ!? それ本当!? 何であんたさっき言わなかったのよそんな大事なこと!」


「何を言っている。言ったらヒカルが心配するだろう?」


「あ、あんた何『気が利いているだろう?』って言いたげな顔してんのよ…っ。

 ……そのヒカルの心配事が一つどうになるって、か、考えなかったわけ」


「……………………む……、む、むむ! ――、あ」


「『あ』、じゃないわよこのおバカっっ!! どうしてあんたはそう戦闘以外は気が利かないのよ使えないわね! 順序があるでしょ、キンキン剣打ち鳴らさせるよりも人質とか相手が狙って来そうな人物の所在とか、頭を使って相手の先手先手を読むってことの方が先! しゅんとしてもだめよっ、このアホ子がっっ!!」


 ぶばばばばばばばばばばばば、とつばを飛ばしながら激高するファンナにたじたじ、次第に理解してか肩を落として落ち込む黒髪の少女だった。眉尻もしょんぼりと八の字、指先をあわせてぼそぼそごにょごにょと言い訳めいた言葉をつぶやき始めるシュトーリア。


「で、でもだな…………その、私は、ヒカルは試合に緊張しているのだと思って、」


「んなわけないでしょあの男がこんな形式めいた試合にくそまじめに取り組むと思ってるの!? ヴァッカじゃないの!?」


「ひっ!? す、すまない……っ。ほら、昨日の夜の宴会の時も、私が語った戦士の心構えとか剣術を競い合う良さに心打たれた、とか…………」


「ありえないわね」


「う、」


 天地がひっくり返ってもあり得ないわ、とまで言い重ねてシュトーリアをジト目し続けるファンナである。ぐりぐりと額を人差し指で連打し、端から見たらこんな問題もできないのと出来の悪い妹いじめている姉にしか見えない光景であった。


(そ、それに…………、コロシアムで私に勝ったら、わ、私を好き勝手にしていいって約束に真剣になっていたかと思うと、ど、うにも口を挟めなかったというか………)


「ちっ、分かったわ。じゃああんたはエマを。

 私は、『あんたの脳筋な気遣いのせいでやばい状況に陥ってるかもしれない』ブックナーの方に急ぐわ。じゃがんばってよね」


「す、すまない…」


「アァ? すまない、じゃないわよ。何この期に及んで剣士ぶろうとしてんのよ。あんたのその『全然気が利かない』剣士脳のせいでこうなったんでしょシュトちゃま? ん? 頭働いてる? 鞘みたいにすっからかんなんじゃないの? あーん?

 ごめんなさい、でしょうが。

 足にすがりついて『ヒカル君の事で夢中になってて周りが全然見れてなかったこの可哀想なオツムの子を許してくださいごめんなさい』って言いなさい。はい今ココで」


「こ、ここで…」


 初出場ながら健闘が期待されている銀鉄一式の黒髪少女剣士を見据え、見つめているものは多い。そういった彼女の仕草でさえ、周りの出場者達は見逃さないが、さっきまで当のシュトーリアは気にするそぶりは全くなかった。がこうして周りを意識してみると視線視線視線、とたんに顔は高速沸騰してファンナにすがりついてそれだけはと懇願する。


「やりなさい。じゃないとあんたの無能ぶりをパーティのみんなに開陳してあげても良いのよ」


「うぅううう、く、………………ぶ、ックナーの方を急がないといけないんじゃないか? 私とこんな事で言い争ってる場合じゃ、」


「そぉね。だからあんたが今すぐに『謝って』くれればすぐにいけるわ。

 ほらほらどうするの、あんたが躊躇している間にもブックナーは危険にさらされているかもしれないのよ? あんたのせいで(・・・・・・・)



 数分後、シュトーリアはやり遂げ、ほくほくとした顔でファンナはコロシアム会場を後にした。



 『剣士の情けだ、み、見てくれるな…』と顔を羞恥と目尻涙で周りに訴えるも、コロシアムグラウンドの戦士達はおろか観客までもが注視して瞬間的に音がなくなるほど。膝を落としてファンナの太ももにすがりつき、うるうると悔しさと恥ずかしさでろれつも回らない口でそれはそれは女の子らしく――懇願したそうな。



 シュトーリアのファンが23372人増えた!

(うちファンクラブ会員は834人。この時点で会員カード製造機が製造スピードに耐えきれず故障した)


 






『――れでは次の試合です! 右コーナーァ、二刀流の魔法剣士アレイザムゥウウ! 隣大陸最北端のニレージェの村出身、今大会再遠からお越しの実力者です! 国からは剣山勲章ももらっている戦争老傭兵! 若い者にはまだまだ負けない、ギルドランクも今大会有数のA級! これは予選も肩慣らしになるかぁ!?

 そして左コーナー、放浪の魔術師ヒカルだぁあ! ギルドランクはアレイザムには劣るB級ですが、ギルド資格を得てからの掃討系の依頼こなしはラグナクルト大陸では歴代最速スピードを誇るとの報告です! 通称『重力使い』の異名は格上にどう立ち向かう!?


 白髪の老剣士――なのは顔だけだ。ニカリといたずらっぽく見せつける黄黒い歯は一本欠けて空洞になっていて相対している俺も緊張感がプツンと一瞬消えてしまった。顔のしわをもってしても少年の心を感じさせるには十分な快活な笑みだ。

 首から上が七〇代かもしれない。だが下は下手したら二〇代でも通用するような瑞々しい筋肉肌である。傷に年月と幾重の戦闘を感じさせる、ベスト型の鋼色鎧と腰当て。左肩から輪を描くように体に巻かれた藍色の掠れたマント。丸眼鏡の左目の方はヒビが入り、欠けている。


「――ヒッヒッヒ! 生涯最後の旅と意気込んで出奔したにしては中々死なぬと思っていたら、くじ運も良いらしい! こりゃどうも当分死にそうにないのぅ!! ヒッヒ!」


「こりゃー叩いても死にそうにないのと当たったなぁ……」


 いけないいけない、とゆるみそうになるアクェウチドッドの雷剣の握りを改めて握り直す俺であった。くそ、油断を誘うタイプか…。期待して良いものやら。


 対戦相手の俺を値踏みするように下唇を指でいじっていたアレイザムなる爺様は、いつの間にか進行の女性に近づいて口説きに行って笑いながら一蹴されていたりしてどうにも打ち込みづらい印象だ。始めますよ!? と司会者が警告しても知らんぷりで背中をポリポリかいていたりする。そしてかいた指をクンクン臭う…!


『……とんだヒヒ爺で遅れましたが――それでは試合を開始いたします!

 3,2、1――闘技開始(アファラダ)!!!! ぶっころせー!!!』


 慌てて試合開始を宣言した進行の女性の声が響き渡る――!


「ぅし! いくぞ、遠出で瞬殺されてもおもしろくないだろうが爺さん!」


「のぉ小僧。お前さんは何でこの大会に出場したんか?」


 が、開闘早々。右腰と背中の二振りの剣に触れもせず、アレイザム爺様は会話してくる始末である。


「…………………………えーと、お金のためとか?」


 まさかアーラック盗賊団の狙いを打ち崩すため――なんて言っても理解不能だろう。あわよくばエマを足すケアーラックをこの手で(くじ)く。金は巻き上げられるわミナ達は襲われるわで散々だったんだから。たとえ残党が残ったとして、俺達に手出しするメリットがないと思わせるためにも仕返ししない手はない。


「さっきネェちゃんが掃討依頼うんぬん言っとったろうに。金は持ってるだろが」


「まーね。でもまぁ、なんて言うかお金の巡りがよすぎるみたいでね、入ったと思ったらすぐに出て行くんだ。今だってすってんてん。それより行っていいか爺さん。剣構えるくらいしてよ……」


「あほぅが。こういう時は若いモンから打ち込んでこんかい。老人に動かさせるなぃ、ヒッヒッヒ!」


 いかん、誘う気満々だ。対戦相手は毎回毎回実力を計ってから学べるところは学んで――のスタンスで行こうと思ったのに。寝首をかいてくるタイプでは話は別だ。学ぶ前に首元を取られる可能性があるし。――油断してやるつもりもない。

 俺はため息をしてアクェウチドッドを片手に持ち替え、地面にさくっと突き刺す。


「――おねーさんが言ってた事、もう一つ聞いてたはずだけどね。

 どうやら俺は『重力使い』らしいよ――っ!?」


 素早くアレイザム爺さんに右手の平を向け、完全透明の神殿障壁を高速で展開する!!

 高さはちょうどアレイザムの頭上、そして足下1メートルに一個ずつ。無防備な体勢で毎秒半径10メートルの速度には対応しきれまい――!!!


「ほっ」


 が、アレイザム爺さんはその頭上一メートルに神殿障壁の卵が出現した瞬間に、俺を中心に円を描く方向に大きく二回横っ飛びして躱してみせるのだった。


「は、はぁあ!?」


 球体面で砂利の地面が最大一メートルの幅で隆起する。直径およそ六メートルのその範囲ぎりぎりを、この老人は――あろうことか初見で避けきった……!


「ほほ、なるほどなるほど。重力と言うよりは圧力といった具合かの。体が地面にひっぱられんかったわい」


「……へぇ。やるな爺さん」


「そりゃの。ということはお前さん、重力と見せかけた――――障壁使いだろ」


「いいねその呼び名。……使わせてもらう!」


 次は色を隠さず白色の神殿障壁を老人の上下、そして八方の合計十個に同時展開。まるで何個もの爆弾の爆風がスローモーションで拡散していくがごとく、老人を包囲せんと高速拡大する。


「ほほ、なら間を抜けるまでじゃの!」


 あろう事か爺さんは一個の神殿障壁の上を転がり出るようにしてまたもや脱出してみせる。もちろん、それが狙い!


「――残念、そこはハズレだっ!!」


 俺の予想通りに、無色の神殿障壁が縮小して老人を丸い牢獄に閉じ込めた。両腕でそれ以上の縮小を耐えるように顔の両側で壁を押し返すが人間の力ごときで神域の力場を崩すことはかなわない。ぐいぐい、と圧死をほのめかすように老人を圧迫する。


「ろ、老人を労らんかいっっ!! この小僧ハメよったな!!」


「俺より十数倍腕相撲強そうな爺さんを俺は老人なんて差別しない。全力でぶつね! さっさと降参してくれ……」


 相手に剣も抜かせずに終わるとは予想外だ。進行の女性も周りの戦士達もA級にしてはあっけない終了に驚きを隠せないらしく小さなどよめきが起こっている。何か企んでいたにしても――相手が人間でニスタリアンとも縁遠いならばこの絶対障壁の牢獄から逃れられるわけがないのだ。


「ぐぬぬぬぬ……、なら小僧、先ほど何でワシが重力もどきを避けられたか知りたくないか? ずいぶん驚いた顔しよってからに」


「ああ、そだな。せっかく遠方からはるばるきたっていうし、それくらい教授して帰っても悪くないだろ」


 俺は呆れて腕組みしながらぼやくように言った。確かに今後避けられるときの指標になるしなぁ。それが自分の魔法の未熟さの露呈なのならミナ達に頼んで矯正してもらう必要があるし。


「魔法を発動すると、その瞬間いかなる場合でも体が微発光するんじゃ。小僧は体内魔力を使わんようじゃからその微発光がない。見切れん奴も多いだろー。

 ――だがの。魔法には常に『範囲指定』というものが求められておるもんじゃー。水を水差しから移すにはコップが必要なようにの。なければ魔力拡散(こぼれる)。炎を呼び出すにもその大きさをきちんと決めていなければちょっとあたりの温度を上げる程度にしかならんというわけじゃ。ちとせまいのぅ、もうちょい緩めんかいバカモノ!」


 うるさい爺だ、と少しだけ障壁をひろげてやる。ミナが火炎を拳大の魔力弾にしているのも、アレがミナの火炎弾丸ということなのか。一定の魔力で威力を均等させるための技術の一つ――なるほどねぇ。


「……つ、まり?」


「なんじゃ覚えたてみたいに察しの悪い小僧じゃの。小僧の今の神聖魔法の障壁はあらかじめ無意識に魔力で範囲限界を作っとった。空気中の魔力の濃さ薄さの境目で分かる。

 四方の綱と周りのほかの参加者に危害が及ばぬように無意識に制限したんじゃろ」


「なるほど。あー確かに確かに。ためになるわ」


「じゃろ? このありがたい講習に感謝するならばちょっとこの障壁はノーカンで…」


「ばーかばーか、勝手にしゃべったのは爺さんだし? いいからギブアップしてくれ」


「なんちゅー小僧じゃっ! 人のこ、好意を……!! げ、狭めてきよる!」


 一秒に一センチずつ小さくしていく。ほれほれほれ、とうろたえる爺さんに目を細めながら――爺さんの言っていたことを反芻してみた。闘技場内での戦いだからと言ってその戦い方までコンパクトにしなくて良い、ってことだ。無意識とはいえ手加減している余裕は俺にはないのだし。

 周りの参加者もこの試合は終わったとばかりに次の試合ムードになっていた。爺さんに賭けていた人間は舌打ち混じりにその券を破くなどして次々に試合から目を外し出す。


(あれ?

 ――もしも『範囲指定』してなかったらこの爺さんはどういう風に避けたんだろうか?

 馬鹿正直に術者に特攻かな)


 アイタタタタタタ、限界、もう限界じゃー、と情けなく爺さんがうめき声を上げる。

 じゃあ早くギブアップしろよ。とうとう周りの参加者からも呆れた声が上がりだし、




「――――なんつって」

 んべ、と狭っくるしい障壁の中で俺にベロを見せつけた老人は、その瞬間微発光(・・・)とともに、障壁の中から忽然と消えた(・・・)




「え!?」


 眼前から一瞬にして。転移!? 

 でも今のはま、魔力光――待てよ、さっき爺さんが言った『魔法を使えば体が発光する』ってことは少なくとも魔法を、


『こ、これは……!!』

 大きくどよめく観客。中には歓声を上げてすらいる。進行の女性が言葉が見つからず、動揺してきょろきょろする俺を見ている――――――、


 ――――――違う。

 俺の真後ろ(・・・・・)を見ているんだ。


「というわけでの。ギブアップしてくれんかのー」

 冷たい刃が首に押し当てられる。



『で、でましたアレイザム選手の『高速転移』!! これぞA級! クーデター軍一個大隊を手上で遊んだ神出鬼没の技に会場も驚きを隠せない――!!』



「ヒッヒッヒ、老骨なジェントルメェンがどたばた走り回るわけなかろー。

 さてさて、ギブアップする代わりに何か好意で説教してみるかン?

 ん、聞いとるんか?」


「ああ、聞いてるとも。

 どっちもお断りだっっ!!! テツ!!」


 襟首から飛び出てきたテツが、紫黒い魔力光に光を放ちながら老人の両刃の剣を圧倒的なスピードで羽交い締めにする! 素早く腕にまで伝いアレイザムの首を狙って絞殺せんと伸び、――すんでの所で、剣ごとその姿は前方五メートルに転移してしまう。


「くっそ、ちょこまかと……! 神殿障壁ィ!!!」


 同時9個をランダムに設置し、全てを老人に対象取って爆大させる! さらにテツをしならせて大きくしならせながら闘技敷居を超えるほどにテツを延ばし円を描くようにして振り回す。どこに転移してこようとテツが爺さんを捕まえてくれる……!


「よ」

「ヒッヒ」

「なわとび~」

「ヨッホ」

「おっとあぶない」


 まるで妖精にでもなったかのように踊るように転移して避けてくる爺さん。こ、殺してやる……! 雷剣でモグラたたきするかのように雷撃を五、六個連発するも周りの参加者に悲鳴を上げさせるだけで一発たりともかすらな、――――クッ!?


 ガキィン!!! 俺の隙を狙ったか、一気に眼前に転移してきて打ち込んでくるアレイザムの一降りを半分勘で無理矢理に反応して合わせる。ほとんど生存本能だった。しかも……っ、なんて重い……!!


「打ち込みも握りもなっとらん。剣は素人のようだの。

 ほれほれ、ワシは二刀流だろー?」


 右剣と右剣で打ち合っているその硬直を狙い澄ますように、左の剣が抜き放たれて袈裟切りに振り下ろされる。――まずい、まずいまずいまずい!! 間に合え…!!

 

「はぁああああ!! マテリオイムッッッ!!!!」


 アクェウチドッドの雷剣を引きながら、アレイザムの双剣をまとめて、魔力を込めた呪いの砂レイピア(・・・・・)の逆袈裟が受け、


 ガキキキキキキキキキキキキッィイイイイイイイイイイイイイイイ―――ギジジジイジイィイイイイイギギキキキキキキキキ!!!


 レーザー光のような強烈な火花を散らしながら双剣を強烈な振動で軌道のままにアレイザムの剣撃をはじき飛ばす!!!


「むぅ、く……………砂の魔剣かっ、一皮持って行かれたわい」


 転移で避けつつもまさか自身の剣がはじき返されるとは思っていなかったのだろう。間に合わず、胸にマテリオイムの切っ先が作った一筋の赤いせんがだらりと体液を伝わせる。


 ――砂の魔剣マテリオイム。


 砂鯨の体内で出来る胆石を使用したレイピアタイプの砂製の剣だ。魔力で砂が固められていて、魔力を込めると砂が微動して超振動、振るう勢いに比例して刀身が長くなる。いわば伸びる全方向チェンソーである。触れれば対象の肉を削り肉片をまき散らす悪夢の剣。アレイザムが避けきれなかったのも、刀身があろうことか伸びたからだろう。使用中少しずつ体内の水分を奪っていくペナルティがあったが、そんなもん解呪である。あと、ちょっぴり握りがクジラ臭いのがたまにきずだ。


(爺さんの剣かなり業物らしいな……約500の魔力込めたマテリオイムの一撃で削りきれないとは、化け物か……!?)


「逃がすかっっ!!!」


 だが今こそはアレイザムの隙である。俺は高速化呪文(エノート)が刻まれた腕輪、さらに神殿障壁を踏み台に加速してアレイザムにさらにマテリオイムの一降りを浴びせる。――が、避けられて背後に回られ、双剣による襲撃。雷剣で雷撃の強烈な軌跡を作りつつ力任せに受けきる!

 後退する俺を転移で追撃、右剣左剣の順に振り上げて執拗に迫るアレイザム。神殿障壁の子球で受け、拡大してアレイザムを後退させる。――転移。先はわかっている、この爺が一度ははじき返された魔剣に正面から挑むはずなどない!


「はぁあああああああああああ!!!」


 雷剣を捨て、マテリオイムを両手でもって背後に全力で一振りを送った。意表を突かれたのか左剣の側面を捉え、ぬるりと、鋼の刀身が切り離され宙を舞う。


(しめた!!)


 休む暇など与えない…! 神殿障壁を五個多重展開させてさらにアレイザムのテンポを乱させ、その隙に雷剣を拾って雷撃を転移先を予想して放つ。MP12〇〇を込めての勢い任せのマテリオイムが砂をまき散らしながら直径3メートルにも伸びて闘技敷居を綱ごと一刀両断する!!

「もらったぁっっ!」

「ぬ、うぅ!!!??」

 何十何百もの剣が一度に一本の剣を襲うような衝撃と金属音と花火とともに――マテリオイムがアレイザムの転移先を捉え、アレイザムは右剣の握りで受けつつも衝撃に耐えきれず右剣も手放し、宙に舞う。

 折れた左剣一本。ほとんど丸腰のアレイザムにさらにとどめを刺すべく転がっている右剣をマテリオイムで切断した。愛剣だったのだろう、口元をゆがめてそれを見やるが、視線はすぐに俺に戻る。


「なんと……この縦横無尽で傍若無人な戦い方は。

 魔将軍でも相手取ってるようじゃの……!!」


「当たり前だ、俺と全力でやる以上何も残さないし持って帰らせない。転移の手品はそこまでか? ないならギブアップしろ爺さん。次は片腕をもらうぞ」


「ほぉ……………………ワシ相手にそこまで吹いたのは何十年ぶりかの」


 当たり前だ、小手先の戦い方をする傭兵ならば油断さえしなければ、力勝負に持ち込めば俺に敗北などあり得ない。相手な自身との魔力に折り合いをつけた戦闘をしなくてはならないし――そのためには動き回らなくてはならない。事実アレイザムは転移こそ使っているが俊敏に駆け回り、対する俺は初期位置から3メートルも動いていない現実がある。


 ――魔力なんて言うものがない俺には不可能級な強敵そのものだった敵にこうもアドバンテージを稼げるなんて。

 ……やはり邪神の魔力は異常だ、徹頭徹尾悪用する人間だったならどれだけの被害と地獄絵図を生んでいるかすぐには想像できない。


「爺さんすまない、俺は功名心はあまりないがそれでもこのコロシアムに目的がある」


 誠意を込めてアレイザムに言った。アレイザムはそれでも強敵だ、体力的には十分まだまだ戦える敵だろう。老人なんて鼻で笑った最初が恥ずかしいくらいだ。A級の実力も確かにこの目で、


「爺さん?」


「ふむ。訳ありなら仕方あるまい、素人にしては剣撃のキレがやけに鋭いと思ったらずいぶんと死線を見てきたようじゃの……ヒッヒ」


 アレイザムは左手に物寂しく握られた、折れた剣と、俺とを見比べて眼鏡の眉間を上げる。一撃一撃に込めた魔力で伝わっただろうか、俺には爺さんの言う『体内魔力』とやらではなく体外魔力……才能や人体の限界とやらに左右されない大容量の魔力を所有しているという事に。頼む、素直に降参を――…、


「お主も人外(・・)かの。そぉか、魔力保有量の異常を怪しんでおったが、なるほどなるほど、祭り上げられた、人を捨てなければならない身だったならば、理解もできる。

 それだけの実力を持ちながらもギルドに入ったのは最近――察するに()を追われたか、追い出されたか。人を超えるとどうやら人はよほどの権威がない限り恐れるからのォ……」


 人外……?

 邪神のことを言っているんだろうか。それとも、ま、魔王? やっぱりニルベの邪神以外にも俺みたいな奴がいるって事なのか?


「――ならば、と。

 ヒッッヒッヒッッヒ!!! 司会のおなご、周りに伝えてあと二〇ニールは離れるように声を張り上げろ。巻き添えにしても知らぬぞ。


 構えよ小僧。――ここより先は人外のみが火花散らす場ぞ。


 降参などさせぬぞ、ワシはのぉ……今生の土産に自分の全力に応えられる人間とやりたいがために旅をしてきたのじゃから」


 空気が、一本の名刀が降り立ったかのようにの空気を冷えさせ、支配する。あたりの人間も腕に覚えのある実力者達だ、この程度の温度差に気づかなければすぐにも魔物に食われてしまい『生きてこれなかった』。死線をくぐったものだけが冷や汗を浮かばせながら、にじり下がるようにして距離を取る。


「あ、アレイザム選手……要望通り観客の距離は取りましたので再開を……、

 ぇ…!?」


 白髪がさらり、と前髪に落ちてアレイザムの眼鏡ごと目を隠してしまう。だが最後の瞬間は目を祈るように閉じていた。

 左手の剣をうつむく顔に反して大きく掲げ。戦場で相手の対象の首を取った戦士がそうするように、戦の神に今日も生き抜いた感謝と、戦い抜いた自身への賞賛と、その身一身に受けてなお孤高を貫く静かな鬼神を思わせる。


「――我、剣神に懺悔を捧げん。

 我が王は既に死せり。

 この身の無力、今ここに血と命の限りを持って終わりなき剣音を奏でんとす――」


 呪文、ではない。

 それは俺もよく知る類の、自身への自己暗示。これから臨む場への心構えだ。自分の敗北はなく、これからもするつもりはないと世界へ生き様を宣言するもの。

 ……決意の、現れ…ッ!!


(めちゃくちゃだこの爺さん、何人斬り殺してきたんだよこれ……!!)

 

 元いた世界でも威圧感を訴えてくる敵がいた。……が、ここまで人切りを重ねた気配は初めてだ。それもそのはず、ここは元いた世界ではなく、人馬が駆ける戦争が未だにはびこっている所だから。


「……何をするか知らないけど、やる気なんだな?」


 無色透明の神殿障壁を半径3、2、1メートルの三段階で作って俺を守る。最後の直に自身を覆う障壁だけは白色を濃くして、マテリオイムと雷剣に魔力を三〇〇〇ずつ上乗せして蒼い電光と紫と桃色によどんだ魔力を充満させながら向こうの出方を待ち受ける。

 人外だかなんだか知らないが、こんなところで負けるわけにはいかない!!

「いいようじゃの。では、ゆくぞ。ヒッヒッヒ!! 土剣山陣!!」


 ぎし、びししししししししししししししししし!!!!!!


「く、!!??」


 あろうことか、神殿障壁の中の土が変化して針の山となりはじめる。俺は瞬間的にジャンプして作った神殿障壁の土台で自身を覆い剣山地獄をこらえた。詠唱なしでこの威力…!!

 あっという間に上方を除いて俺の四方八方が土色の剣山におおわれてアレイザムの姿が確認できな、


 ざしゅ。


「え」


 脇腹を貫くように何かが、背中から正面にかけて。

 痛みに反射的に背中に手を回してそれを抜くと、――俺の血でべっとりと刀身を濡らした土の剣(・・・)がそこにあった。


「うグッ、…………ま、さか…!! チぃッ!!」


 神殿障壁を拡大させながらで土針の牢獄をへし壊し、背後に振り向いた。

 俺の真後ろだった。空間に浮かぶようにして薄いオレンジ色の光が浮かび、土の刀身が高速で打ち出されて現れる瞬間だった――!!


「こ、れは転移…!?」

 転がるようにして間一髪で避ける。剣身は俺の神服を掠め、神殿障壁にぶつかって地面に転がった。


「――当たり前じゃろう。本来召喚はあるものをある場所から持ってくる魔法じゃが、生物(・・)と決められている訳じゃないのじゃから」

 アレイザムは俺の真正面にいた。その手には折れた剣はなく、再び片手片手に一本ずつ鋼の剣と同じ形状の剣が握られている。土色の剣だった。魔力で剣をなしたのか――ブックナーがオットー山脈の降りになした、ほぼ棍棒の剣もどきは比べものにならない業物を思わせる。光を反射するほどで、それだけで鋼の剣うり二つ。芸術的ですらあるが、どうしてだろう、それでもアレイザムにとっては機能性しか練り込んでない、そんな予感がした。


「このようにの!!」


 アレイザムが両手の剣を下振り上げで俺に投擲――した瞬間にオレンジの電光を伴いながら空間に消え、

 次の瞬間俺の眼前一メートル前に現れ、俺の警戒が薄く張っていた透明の神殿障壁に突き刺さり、カランカランと音たてて落ちた。

 寒気が一瞬にして全身を駆け巡る。なんだよ今の、もしも障壁を張っていなかったら俺の顔が串刺しになっていた……!!!


「――物事は応用じゃの。先入観だけが我ら魔術をたしなむものの敵じゃ。

 生物を召喚できるなら人も召喚でき、人が召喚できたときには衣服も一緒じゃ。ならばその装備のみの召喚も可能。召喚先に魔力がある限り範囲限界はない。小僧のような障壁にこもりっきりの魔術師にも剣の痛みを味合わせられる、そんな魔法なのじゃ、召喚魔法は」


 ――そして、息を吸うようにその両手には再び土剣が握られている。だらんと重力に任せて剣先を地面に落としているが、隙ではない、これがあの老剣士アレイザムの本当の構えに違いない。


「いつしか人相手では負けぬでな。どうもその理屈も反則じみた印象らしい。

 負けぬ事は神話になり、英雄譚となり、恐れとなった。ワシに手のひらを返されて襲われればと国も恐怖したのじゃろうな。一人、軍隊相手に立ち向かわされたこともあったし、勲章をもらった褒美というのはあろう事はたくさんの金品と、邸宅という名の森送り。

 鍛錬を忘れなかったことも災いしてか、ワシは人の中で人外になっていたのじゃ。

 この、戦いの度に増えていく、お主が使っているような体外魔力の理由も分からず。使えば使うほどに自分が人の身を外れた事を理解してきたのじゃ。

 寂しいでの。

 いかなる武勇を積んでも、その武勇で相手にされなくなるのは、剣士として辛いでのぉ」


 ごぅ、とアレイザムの姿がかき消え、俺の右後方に現れて右の剣撃を放ってくる。――だが神殿障壁がそれを阻んだ。ヒッヒとその光景に笑みをこぼしながら左手を振り上げ。剣は消え、俺が横っ飛びした空間を赤い電光を伴いながら現れて、障壁に突き刺さる。

 くっ…いかん、こうなると障壁が邪魔だ。障壁の仲間で突破してくるなら帰って障壁は自分の逃げ場を範囲限界(自分で制限する)するようなものじゃないか……!!


「なるほどね、何となく、爺さんが俺と一緒だって事は分かった!」


 爺さんやその周りは考え至らなかったか、知らなかったかだが。

 おそらく信仰魔力だ。邪神のように圧倒的な戦果に人が怯え、おそれ、畏れる気持ちが魔力となってその身にやどるもの。爺さんは理由に気づかないままに自身がその魔力を得ていることに気づき、こうして行使できるまでになったということ。なるほど、確かに超能力じみて感じたことだろうな。阻害されていく中で呪ったこともあるだろう。


「小僧! 貴様はその身をなんと例える!」


「そうだな……………………………邪神とか、どう?」


 ニカリ、いつかの老人のように白い歯を見せつけて自信満々に言い放った。


「なるほど邪神とのたまうか! ヒッヒッヒ違いない……! さあゆくぞ!!!」


 剣が飛ぶ剣が飛ぶ剣が飛ぶ剣が飛び、障壁にぶち当たって剣の山を築く。アレイザムの姿が赤い閃光とともにかき消え、俺の背後に現れて全力の双剣振り下ろし、魔力全快のマテリオイムで合わせて水飴を切るように切断する。

 ガギンガガガガガガガガガガッッガ、ゴギン、ギィイイイギンギンギンギンギンギンギギギッギギギ!!! 剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣に剣を重ねた剣撃の雨あられ!!!

  自身の剣があとから投げた剣に当たり前のように当たり、金属音しか奏でる音を忘れた戦場は大型のステンドガラスが幾重も割れ続ける音に似て、その中を夜叉のように戦場を踊り狂うアレイザムは零れ笑みさえこぼす。重ねる剣撃、投擲、縫うようなタイミングで土剣山牢獄、瞬間移動。一刀で一兵士を黄泉へ送れるならば、果たして何百人が何秒アレイザムの土剣怒濤を耐えきれるだろうか。俺は障壁を自身の内から何重も何十もと発動し続けながら現れるアレイザムを土剣の雨ごとマテリオイムで叩ききり、雷撃で爆裂させながら貫いて展開する。

 ――言葉を忘れた観客達を、感じた。予選でするべき試合とは思えないのだろう。もしくは俺達だけが光に音にと目立ち、注目を浴びているのかもしれない。

 血が、減っていくのが分かった。アレイザムの百撃に対応しながらも召喚剣撃に対応するためには俺も激しく動かねばならず、体力は消費し続け、脇腹の出血に致命的にまで感じるほどになってきた。視界が一瞬かすんだ。だがアレイザムは手を休めるそぶりは見えず、テクニカルな動きはさらにキレを増し、高速化呪文を一体何回重ねが消したのか分からなくなるくらいの動きで剣を地面から生み続け、放ち続け、転移し続ける。一〇分。時間にしてそれだけの試合で、俺の体力が息切れ、電池切れをおこそうとしているほど……!!


(まずい………完全なジリ貧だっ………この爺さんの体力につきあってたら俺が負けるのは絶対だ! 何とかして一気に勝負を決めないとッ…く!)


 俺はとうとうアレイザムに向けて駆け出す。にやりと口元をゆがめて合わせて特攻してくるアレイザム。先行するマテリオイム、追撃する雷剣の雷撃ととテツのコンビネーション、神殿障壁の多重波状!!


「くらえクソ爺!!!」


「わっぱが勇みおって! 握りが甘いぞ!?」


 すかさず転移して俺の背後に現れ、首に剣筋を走らせる白髪老人の強烈な一撃。俺は何とか動体視力で捉えてしゃがみながら反転、長大するマテリオイムでもって、なますにせんと振り込む! 今度は俺の左前方にノーモーションで転移し剣撃剣撃剣撃剣撃、隙を突いた左手剣転移による障壁内攻撃を怒濤に重ねてくる。だめだだめだ、これでは今まで通りのアレイザムの好むムードにしかならない!


(考えろ考えろ、思いつけ、これくらい考えつけるだろう、お前は坂月ヒカルだぞ!?

 召喚…召喚させない? いや、魔力が続く限り無理だ。しかも相手は信仰魔力を使う。

 魔力の量やその供給は限界がないと見てもおかしくない。

 先入観………………ものも召喚できる………………、ん? あ、そうか!!)


「む、目が変わりおったな。何かしら思いついたようじゃの」


 双剣を片方を体の前で、もう片方は体の横で水平に、警戒を露わにしながら構えるアレイザム。もちろんだとも。分かったんだからな、俺にだってそれが(・・・)使えるんだって!


「ああよ、爺さん…………」


 言い放ちながら魔力三五〇〇を込めた雷剣とマテリオイムを全力で投擲(・・)し、


「悪いがその技術、もらうぜ! 神獣召喚!!」


 俺の目の前で消え、ピンク色の極光とともに唖然としたアレイザムの()の上に現れる!!


 ズド、ズドォオオオオオオオオン……!!!!!!!!!


 大砲が着弾したかのごとくアレイザムがいたその空間に大穴があく。圧縮された力ゆえに無駄な破壊をせず、えぐられたと言うより型で綺麗に抜き取られたかのようにぼっかりと。


「な、なんじゃと…!? は、」


「なるほど、これは画期的じゃん。すごい、よくもまぁ……」


 きっちり避けながらも大穴に目を丸くしている爺さんの真後ろ(・・・)に現れた俺はその首に、今まさに地面に打ち込んだはずの雷剣の刃を当てている。


「………………こ、小僧、お前」


 熱い、うっすらと汗混じりの吐息を動悸に合わせて震えながら漏らし、その刃を視界に収める白髪の剣士だった。


「あいにく召喚には覚えがあったからね。コツを掴んだら覚えるのはやいタチだからさ。

 降参する?」


 ぷらぷら、と、高速で剣の形で砂が回転する魔剣を見せつけながら言った。


「まだ、まだじゃ!!」


 転移、そして闘技敷地ぎりぎりまで離れたアレイザム。はぁはぁ、と息を切らせながら俺を血を出さんばかりに凝視し、よだれを浮かばせて。


「我が魔剣、召喚剣の神髄を超えてみよ、話はそれからじゃな!!」

「こい爺さん!」


 両手に現れる土剣に合わせ、俺は体勢を低く取って二刀を投げる準備を計った。

 投げる双剣双剣双剣転移転移転移双剣転移転移転移双剣双剣転移転移双剣双剣双剣、自身が転移して双剣を畳みかける! 一度転移した剣が避けられても威力が消える前にまた転移させ、障壁に当たって落下し始める剣を拾い、または手に召喚し直して、もしくは新たに生んで剣撃を放ち続ける。体力切れが全く見ない。こっちは今にもぶっ倒れそうだというのにどこまでハッスルするのかこのクソ爺は!!


 俺は砂剣チェンソーマテリオイムと雷剣を障壁に的確に隠れながら半分がむしゃらに振り回して応戦し、


「爺さんよ。爺さんの話で分かったよ。さらに先も分かった。

 爺さんの話に乗っ取るならば、こんな事も可能だよな――!!」


 飛んでくる土剣に神獣召喚の魔力を刻み、力任せに送り返すという事が!

 俺を串刺しにせんと縦横斜め上下と向かってくる土剣が発動の瞬間こぞって消え、アレイザムのいる場所に全てが集まるように突き刺さりゆく。アレイザムが転移するも一本がそのマントを捉え地面に縫い付け、避けたはずの土剣が首横、足の間、そして右肩と地面に打ち付ける――!


「な、なんと」


「今度こそ、だ。降参してくれ」


 マテリオイムの猛回転の剣先をその眼前で揺らしながらチェックメイト。


「くぅ………クフフフフ、…ヒッヒッヒヒヒ!! こりゃ………ヒッヒッヒ!!

 来たかいがあったというもんじゃの! 負けじゃ負けじゃ!

 ほれ、肩の剣抜いて立ちあがらせんかい!」


 わ、え、――あ、ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア………………………!!!!!!!

 会場中の歓声。まるで優勝が決まったようだった。なんだよそれ、と俺はアレイザムに刺さった剣を抜きながら苦笑した。脇腹が痛くて体いっぱい喜べなかったのだ。


『で、でましたあああああああオッズ9302倍!!!!! 会場も開いた口がふさがりません!!!!!!!!!!!!!』


 おい、ナメられ過ぎだろ俺。

 肩の荷がズンと重くなった気がして、その場にへたり込むのだった――。






 試合を見ていたらしい『ほ、本戦でのライバルの研究ですわ』と聞いてもいないのに言ってくるマグダウェルにアレイザム共々治療してもらった俺は、その後も試合を重ね、『超振動ダークホース』『剣を折るついでに心も折った』などと悪名じみた肩書きを試合ごとにつけられながら13番コーナーでの優勝、予選通過を果たす。

 うー、シュトーリア達の首尾はどうだろうかな。

 きょろきょろと一人4つのコーナーに挟まれたど真ん中で辺りを見回し、


「ひ、ヒカル!! やっと終わったか!」


 シュトーリアが慌てて走ってくるのを見つけ、……ただならぬ事態を感じさせる焦り顔に自ら走り寄る。血相変えて、というより青ざめた体にむりやりむち打って走ってきたような感じであった。


「何があった!?」

「い、良いから早く! すまない……私の制止は一切聞いてくれず……! 何度もやめろと言ったんだ! 試合を止めに入ったが係員に引きずり下ろされて…………!!

 と、とにかくついてきてくれ!!」


 はぁはぁ……! 走る先は、14番コーナーの区画だった。今まさに14番での決勝戦らしい。

 闘技場で闘っているのは――――ククリ刀型の大剣を両手で構え、…ガチガチと震えている若き僧兵と。

 臙脂生地に赤い紋様のセーラー服のようなボレロ、プリーツスカートと、薄汚れたキャミソール。両目をぐるぐる巻きに巻いている、元は白かっただろう包帯も、緑のポニーテールも含め、その全身が血を浴びて、赤く赤黒く染め上げられている。14番闘技場。そこだけ一面に血の花火が地面に広がっており、参加者の中で一番血に濡れているのもその少女だった。握り手に包帯を巻いた小斧、とても俺だったら両手じゃないと持てないほどの不気味すぎる大槍を軽々と構えて、僧兵を震え上がらせていた。

 ガチガチと。ああ、今にも降参したいのだろう。だが言葉にならない。目など包帯で見えないのに、その中にある鬼すら震え上がらせるほどの殺気に全身が動かないのだ。その僧兵は、それはそれは戦場を経験したかもしれない。決勝戦に残るほどなのだ、当然ギルドランクも高く、コロシアム優勝を狙っての参加だったのだろう。

 だが。

 目の前の全盲の少女に全ての希望がかき消えた。今は生き残る事で精一杯で、逃げ出したい一心で。だがいずれ捕まって殺されるビジョンが頭を離れないのだろう、少女の一撃をなんとしても防がなければと失禁しそうな顔で相対していた。


「はぁはぁっ…………………え、――エマ? エマか!?」


 ちらり。ポニーの先を揺らし、俺の方を向いたかと思えば、舌でべろりと唇をなめて唇を釣り上げた。僧兵は一人、いやだ、いやだいやだ、と壊れた人形のように震えて声を出すが、おそらく誰も聞いていない。――エマの悪魔ぶりに、誰もが目を奪われている。


『し、試合を開始します。『3,2、1――闘技開(アファラ、』

 ドンッッ!!! 剣撃の着弾ではない、エマが地面を蹴り、スタートダッシュの爆発を起こした音だった。

「――い、いやだぁああああああああああああ、こ、降さ、」

 それ以上の言葉は、カヒ、ヒ、と首を片手で握りしめられて言葉にならなかった。誰もが絶望した。ああ、先ほどまでの試合の巻き返しだと。降参も、言えない。

 小斧を口にくわえ、エマは男の首を掴み釣り上げ、引きずるようにコーナーの端へ。

 ――俺の前へ。

 ぱっと、手を離す。

 涙とよだれで顔を汚していた僧兵は武器さえ取り落とし、痙攣混じりにもたつきながらコーナーから出ようと駆け出し、


 ああ、ああああああああああああああああああああああ…。


 悪魔だった。悪魔がいた。鬼か。人を食う、鬼が合ってる。

 ああ、ヤメロやめろやめろやめろ。

 俺に、俺だけに見せつけるために……!!


「エマ、止めないか!!!」

 悲しく響くシュトーリアの制止だった。大の男が縮み上がっているこの状況でその威勢はしたたかだったが、何の意味もなさない。


 逃げだそうとエマに背を向けて駆けだした、その後ろから、虫取りアミで蝉を追いかける少女のままに小斧を振り上げて――男を一瞬で何十にもスライスし、大槍で脳漿(のうしょう)をぶちまけながら恐怖ににじむ頭部を破砕する。

 血液を漏らしながら男の体が肉片と化して闘技場に崩れ落ちる。


「いや、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 参加者の一人の女盗賊剣士が血を浴びて会場いっぱいに絶望の絶叫を上げた。

 鬼人(エマ)の本戦出場を知らしめるがごとく――。



挿絵(By みてみん)






  ●二日目・予選結果――通過者

 1グループ  ペンテニュー・ドロングフ・ラ・トスラード

 決勝戦オッズ 5.7 


 2グループ  カイオイ・コーエンアルバ・ラ・オルチノ

 決勝戦オッズ 12.5


 3グループ ソルム・ソネット・ラ・ヒカル

 決勝戦オッズ 3.5


 4グループ エナ・サートス・ラ・エマ

 決勝戦オッズ 5.3


 5グループ ボンモンル・アグナルン・ラ・キャスパード

 決勝戦オッズ 9.4


 6グループ バルテミッサ・テティオラ・ラ・アラスト

 決勝戦オッズ 1.0(オッズ不成立)


 7グループ テテロペテル・ホンバレーズ・ラ・ムロゥ

 決勝戦オッズ 15.9


 8グループ  アーラック(姓地・秘匿希望)

 決勝戦オッズ 2.3


 9グループ  バルドーウェ・ランラン・ラ・ダラン

 決勝戦オッズ 7.5


 10グループ サリウス・ベーツェフォルト・ラ・ヴァルサー

 決勝戦オッズ 10.6




挿絵(By みてみん)

 夏はナツで! ってアホかwwwwwwwwww

 こんな子は、見て愛でるべきか…!?(>_<)悩む悩むww


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