五四話 邪神と喝采と忍び寄る影
コロシアムの選手登録所が閑古鳥ならぬ人気がなくなり始めた頃、その長い金髪をぼさぼさに跳ねさせたファンナがよろめきながらエベレンの前に現れた。弓と矢を背負い、白のノースリーブブラウス、赤い鎧ミニスカートというコンパクトに収まる服装でなかったならば、服までもそのぼさぼさざまを見せつけていたことだろう。薄茶軍服でショートカットという、受付台を隔てて焦燥しているファンナとは随分対照的なエベレンが苦笑する。コロシアム会場からは、静寂の後、歓声が聞こえてきた。開催の辞である。
「ファンファン、随分疲れてるのね」
「ぜい、ぜい、ぜい……くっ、結局なし崩しに広場まで押し戻されたのよっっ! ……ヒカルったら、試合だったらただじゃおかないわよっ!
何よもー、私が何したって言うのよー……。
まぁいいや。……エベレン、登録お願い」
だがエベレンはペンを置いたまま、ニコニコとファンナに微笑み続けている。気味が悪いくらいだ。人の勝利を信じているとか願っているとかとは一線を画する、悪意すら感じる微笑みである。『何よ良いことあったの』から始まり『ねぇったら……もしかして何か顔についてる?』とか『調子乱そうとさせてるわけ? あんた私以外の人間に賭けたのね。姑息ぅ~』とか『……ちょっともうお願いから試合前にそういうの止めて』とか『もう見ないでよっ気になるでしょ!』と最終的に赤面まで行き着くやいなや怒って受付台を殴って友人のエベレンに抗議するに至り、
「残念。一〇分前に、受け付け終了しちゃった」
「………………………………。
……………………………………………え?」
「私も、何度も来る登録締め切りの伝達を伸ばしに伸ばしに伸ばしに伸ばしたのよ? 八年間、私の、ギルドに貢献してきた結果とか人脈とかの貯金も使い切ってね。ファンファンがあと十分早かったら…」
はぁ、と鷹揚にため息してみせるエベレンはそれでも友人をたしなめるように意地悪く見上げる。その様があまりにも苦労を物語るので、ファンナは一瞬で青ざめきったくせに反論も出来ず、その口をゆっくりと閉じ、噛みしめる。いや、今開いた。
「ど、どど、どどどどどどっっ、どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどうしようどうしようどうしようエベレンんんんんん~~~!!!!!!??????
そっ、しょ、しょんな、バカみたいなぁぇああああ…!!」
エベレンの両肩につかみかかり腰砕けになり呂律も回らずにつばを飛ばしまくるファンナである。能面のような笑顔を続けながらも片手の手布巾で顔をぬぐうエベレンの態度は、慣れた物であった。無言である。余計にファンナは堪えてボロボロと涙をこぼし出す。登録台にしずくが落ち、エベレンは崩れない微笑みで慣れた手つきでそれを手布巾でぬぐう。無言でである。ついでにファンナの顔もぬぐう。登録台の木色のシミがほんのり頬に残るファンナであった。「……って拭く順番が逆なのよっっっ!!!」と『すぱちんっっ』と矢の羽の方でエベレンに突っ込みを入れ――エベレンはついに破顔した。
「嘘よ。登録はぎりぎりで私が入れといたわ。
感謝しているなら絶対に勝って私に奢るのよ」
「試合前に要らない体力を使わせるなバカぁあああ~~~!!!」
くすん、と、エベレンから奪い取った布巾の綺麗なところで目尻をぬぐい直したファンナは白手袋を投げつけるようにエベレンに顔にぶち当て、
「…………………………………登録、早まったかしら?」
「ハッ、ざまあみろだわ、優勝しても賞金なんて一シシリーもくれてやらないから覚悟するのね、無様にギルドの受付台で臭い戦士の息嗅ぎながら一生を終えると良いのよ」
「大飯食らいで物事の感謝も出来ない女じゃ嫁のもらい手もないでしょうねぇ~。ボルダノ様も悪趣味でいらっしゃる。痴肉と胃袋と他人にかみつく口しかないんだから」
「おあいにく様、あの変態は森で魔物に食われて死んだわ」
「上手くやったのね。おめでとう。貴方のランク落としておくから。大口の顧客を失ったギルドの代表として宣告するわ。ああ、理由は依頼を失敗したことにしておくから安心して? 『村にあと数百ニールという距離での魔物掃討中に、お昼ご飯の時間だからと言って戦闘を離脱、侵入を許した』ってのはどう? みんな信じそうでしょう」
「どしてよ!? わたしそこまで腹ぺこキャラじゃないわよ!」
「知ってるわよ」
言いながらエベレンは内ポケットからシリアルスティックのような物を抜き出してファンナに突き出す。息を合わせていたかのようにファンナはスティックを咥えていた。かりっこりっ、と硬めのクッキーの歯ごたえが人気のない登録所に響く。
「ファンナみたいなのは、底なし食いキャラって言うのよ」
ファンナがハッ、と気づく頃には、スティックはもう腹の底だった。
「――登録を、お願いいたしますわ」
その声は、あるべき前兆がなかった。
向き合っていたファンナとエベレンの視界ぎりぎり限界からの、声。ノイズをともなった男性かも女性かも判別を許さない機械的な声だ。
存在として必要な息音、臭い、物体が存在するとして皮膚が感じるはずの遮風感、または纏うべき魔力がそれまで全くなく。何より、半径一〇〇ニール(五〇メートル)ならばファンナの脅威の聴覚の支配下であるにもかかわらず――。
ファンナが、突然の声に背筋を伸ばしきって跳ねのくように後退する。相手は丸腰だ、武装はな…………………「え……?」
たとえるなら、顔だけがマネキンであった。人間の顔の個性を構成する髪や目や鼻や口、人ごとにゆがみをともなった輪郭が、あるべきはずのものが、ない。白色のマスクをすっぽりとかぶってしまったように――あるいはそれらを取り払われ穴を埋められた蝋人形のような白濁の能面で、立っている。亡霊でもまだ元は人間という印象を抱かせる分親近感をわかせただろう。そんな顔の頬にしわ、張りがあるわけもなく、顔だけで言うなら年齢や性別さえも特定できない――不気味な何かがそこにいた。
唯一その服装……ローブを羽織るようにしてきているがその隙間から見える、赤いブレザー、修道女を思わせるような栗梅色のロングスカートという特徴的な身なりにゼファンディア魔法学校の生徒の制服だと特定できた。ソフトボールでも仕込んでいるのかとばかりにふくらみを見せつける胸や、スタイリッシュなくびれを見れば――身体だけ見れば女性だとは一目で分かるのに。それも知性的な。
(………何この…変装? 容姿の隠蔽? 認識阻害の強力なマジックアイテム……?)
わからない。磨かれ抜いた石膏のような頭部は鈍く陽光を反射している。逆光だった。深い、目や鼻にできた陰りが、不気味でならない。何よりその顔以上に底知れない何かをこの女性?が持っているかも知れないという可能性がファンナとエベレンの脳裏を支配した。ファンナは戦士としてもとより、エベレンもギルドの受付として、毎年コロシアムに参加する猛者という猛者を見てきている。中にはコロシアムの優勝者も彼女の受付を通っているのだ。その彼女が今更、たとえおおざっぱであれ実力を計れないわけがない。
不気味。
しかし、エベレンはそれでもギルドの構成員であり、コロシアムの登録所の受付女である。登録をしにきたのならば相応の対応をしなくてはならない。動物的な直感で全身を総毛立たせているファンナを庇うように、エベレンは佇まいを直し、毅然と、微笑を持って応える。
「申し訳ありませんが、当方でのコロシアムの登録はつい先ほど終了しておりまして」
「あら、そうですの? ……仕方ないですわね」
引き下がる、と言う様子ではなかった。
マネキン白面の女性はその瞬間こそは腕組みして不満を露わにするが、すぐに行動に移った。
――ただ、正立から右手を宣誓するように掲げて、その『呪文』を口にしたのである。
「全く、しっかりしてくださいませ。機会が合わなければ、助けられるものも助けられないですのよ?
――『Masterへ文脈修正を申請いたしますわ。この個体、元【ペトー・クロテッサ・ラ・ルリューゼル】のコロシアム参加登録、認定をなさい』
5、
4、
3、
2、
1、
0」
一秒間。
び、キキキキキキキシシシシシシシシシシシシシシシシキシシシ――ッ――――。
ファンナ達の視界の全ての色が消え音が消え、事物という事物の動きが消えた。
数式が縦横無尽に世界を埋め尽くし、どくん、どくん、と鼓動の波紋が――ルリューゼルと名乗る少女から発せられて世界がゆがむ。
――そして。最後の波紋が広がると同時に色や音が戻っていき、凍結した時間から解放されるのにふらついて、膝をついた。
この女性に、敵意はない。
だが未だかつて触れたことのないような、禁忌の何かを目撃したような薄ら怖さがファンナに顔を上げさせない。
『――あ………………………………いえ、申し訳ありません。
ゼファンディア魔法学校からおこしのルリューゼル様ですね。魔法学校校長より登録申請を受けております。どうぞお通りください。大会の健闘をお祈りいたします』
友人の、夢から覚めたような物言いに、全身に悪寒を覚えながら――。
「さぁ! コロシアム実行委員会会長の暖かく長くそして寒い訓辞を乗り切りまして――…………え、この表現だめ…?
――え~~~~……………っと、
やい野郎ども、このミスリルのティアラが欲しいか!」
貴賓席の真正面。その貴賓席からおおよそ一階分低く作られた土台上で、トマトのへたのような髪型の二十歳前半の女性が声だかに、顔の前に持ってきた右腕に何かを叫ぶ。腕時計のように右手首に巻かれたベルトに、時計の部分が紫色の宝珠であるそれはマイクか何かなんだろう。拡声して聞こえる。
その眼下。コロシアムの闘技グラウンドに寄せ集まった二〇〇〇人近くの戦士達が「オウウウウッ…!!!」それ毎に野太く返した。青春クイズか。
俺とシュトーリアは過半数を占める戦士達から離れて一番端っこを陣取っていた。熱血している戦士や剣士、重戦士は良いが、精神を集中させたい魔法使い達にとっては良い迷惑である。シュトーリアは俺の横で皆と一緒に一緒に叫んでいた。表情は真剣そのもので、頼まれたらこのまま宣誓でもしにいきそうである。それで、一通り叫び終わった後は腰に手を当ててドヤ顔である。見てて飽きない。
「ははっ、皆さんの元気で分厚い怒声は観客の賭けへの期待を大きく燃え上がらせたと思います! 今はまだ玉石混合、の参加者ですが今日から二日間をかけて予選でその実力をより分け、三日後の本戦では、この大陸一の勇者を決める激戦となります! 例年に劣らぬ猛者の参加にマッシルド運営委員会会長より喜びの言葉も届いております!!
さぁそれでは予選を開始したいと思いますので参加者の皆さんは受付での番号にしたがって該当の番号看板のもとへ移動をお願いしまぁす!」
「俺13番か」
壇上から後ろに振り返ると、グラウンドの各所では1から20までの看板を持った薄茶軍服のギルド員が左奥から右手前に10ずつ並んで、それぞれ高く番号入りの丸看板を掲げている。
しかしこの闘技場、本当に野球スタジアムを彷彿とさせる作りである。電光得点板に当たる場所には大きな宝玉が四つ、長方形を描くように浮かんでいて、薄エメラルド色の巨大なスクリーンを展開している。
「私は4番だ。お互い本戦で当たることになりそうだな。ヒカル」
「まぁ運が良ければだけどな? ん~…俺はとりあえず今日は観戦、か。応援に回るとするよ」
今からこの広い闘技場を使って四区画にわけ、番号を元に集められた戦士達が、番号内の戦士達と戦いトーナメントを行うわけだ。二日間で20グループと言うことは、13番は明日にまわされる番号である。意気込んで入ってきたのに、ちょっとばかし拍子抜けである。
「ヒカルはこういうオープンな試合に参加するのは初めてだと聞いている」
この世界では、だけどね。
とりあえず無知者なスタンスでいた方が情報は入ってくるものだからここは下手に出ておく俺である。
「他の参加者の分析も良いが、純粋に雰囲気を楽しむというのも大事だぞ。私の初参加の時は自分のことばかりで周りは見ていなかったが、それでも勝てたからな」
初の試合で実力を出し切って勝つ、っていうのも才能だからなー。そうそう出来る事じゃないし。
しかしながら大会の空気に気もはやるのか、得意げに言うシュトーリアはいちいち可愛くて仕方がない。…いや単に、性欲的に俺が限界なのかも知れない。ムラムラ感で今にもこの観衆の中でシュトーリアを襲ってしまいそうだ。我慢。大会でシュトーリアを徹底的に負かせてからの楽しみである。ああ、早く来い本戦。鎧越しの感触もその隙間に手を滑り込ませる背徳感も、あと三日後なのである。
「とまぁ、おふざけはこれくらいにした方が良いな。エマ達を探さないと」
白砂が陽光を反射してじりじりと暑い。日中に入る前に日陰に身を隠したいところだ。
さて――あの黒フードの男、アーラックの言いなりになってしまった形が、何気に俺が相手の油断を誘えるポイントだと睨んでいる。向こうはまだ俺がエマを人質に取られてなし崩しに参加を表明したと勘違いしている可能性があるからだ。その実最初から俺はコロシアムに参加する気でいた。――わずかな違いかも知れない。でもこの違いが後々に響いてくることを俺は経験してきている。受け身と思わせておいて、俺が攻勢に回っている事に気づかせないためにも。こちらは最初から、エマを助けて、アーラックも倒す姿勢でいるのだから。
大斧二刀流のギリリークラスの巨体の女戦士の脇をすり抜けるようにして人混みの奥へ奥へ。獣の臭いがすごい。これが装備の臭いや体臭だっていうんだから…切って殺して採集する仕事な戦士にもなるとお風呂とか気にしなくなるんだろう。
小ぎれいな竜人の騎士、王宮魔術師然としただぶだぶなローブの老魔術師、布より肌の面積の方が多く見えるターバンをかぶった軽装備のケモノ耳女戦士。
俺も、灰ローブを脱いで肩にかける。目が覚めるような青神服で足音を殺す邪神の黒トーシューズは一瞬で周囲の視線を独り占めした。
(さて、エマは気づくかね。それとも最初から、今は顔を合わせる気はないか?)
戦士等の群れを突っ切って、そのまま闘技場最前列、貴賓席が一望できる正面まできてしまった俺である。戦士達はおのおのの番号の元へ移動し始めていて、何をしているのかと、俺一人に貴賓席の人らの視線が集まってきているのが分かった。豪奢な椅子に座り、白いテラスから見下ろしてきている。遠目から見ても、きらきらと彼らが部分的に光って見えた。
そのうちの一人。
白いテラスの最前列の右端――まるでこの国の王様にでもなったかのようにどっしりとその金刺繍作りの椅子から俺を見下ろしている白髪白ヒゲの初老の人物と、ふと、目があった。
(ラクソン公…)
向こうも俺を認識してか法王のように右手を掲げ、俺に応える。まるでもうこの国をとったような態度だ。
たったそれだけ。
だがそれで、宣戦布告は十分だろう。
大丈夫だ、やれる。その無根拠な信頼を、俺はずっと信じてきたはずだ。とりあえずいつものように、何でこんな事になっちまったんだろうなぁ、なんて後悔をしないように頑張るだけ。三六九にせせら笑われるのはごめんだ。
「それに俺、今は邪神だしな。王様ごときに見下ろされてたまるか、ってくらいでいないとミナに怒られそうだ」
もうちょっと邪神ぽいことした方が良いかな。
……なぁんてね。
――――にやりと口元をゆがめ。三六九のように悪魔的に一笑した俺は、俺は自身を乗せた完全無色の神殿障壁を拡大させて高速上昇、ゆったりとした足取りで、白いテラスに降り立つ。天国への階段を足で上るのは人の所行だと言わんばかりに。
ぎょっとしている貴賓席の一同を、挑戦的に、睥睨した。
「き、貴様ッッ、ここは高貴なる御仁の席であるぞ、控えろ!!」
騎士達が焦りと叱声をともなって慌てて迫ってくるのを、障壁で壁に押しつけ、腰の、あるいは抜刀していた剣類をベキベキンッと、目に見える限りを、へし折る。そこまできてようやく俺に気づき、どよめく観客。うろたえる、その身を飾りに飾った貴賓の老若男女。王族すら混じるその空間で、俺は目の前で血の気が引き始めているラクソン公を道路のゴミかのように完全に無視してその横を通り過ぎ、白いテラスのその中央に立ち止まる。
誰に聞かせることもなく、冷たい笑みで言葉を紡いだ。
「挨拶が必要かと思って。アーラック盗賊団って知ってる? この度は裏オークションから始まり、俺や俺の仲間が随分とお世話になった。コロシアムに際して、貴方達に危害を加えるつもりは全くない。ただアーラックを巡ってこのコロシアムで無茶するかも知れないからその時は大人しく逃げてくれって事でよろしく。
そうそう、これとは別件。
今回は、俺のエントリーを推してくださってありがとうございます。俺がヒカルです。
話はミナから聞きました。良い結果を持ち帰れるようにコロシアムでは奮闘するつもりです。期待に添えるかは分かりませんが、ね。そこはやってみないと分からないというか。
俺は明日の予選組なので、他に良い試合がなければまぁ見てあげてください。それでは」
終わりは好青年っぽくフレンドリーに………………って訳にもいかず、何なんだこいつは、というクエスチョンマークばかりを生む結果に終わった。それでも――……一人二人三人四人……顔に出る奴は出るもんだ。アーラック、裏オークション、と釣れる単語は一通り流したつもり。この中にゼーフェさんもいるんだよな…あの一番上の席でニコニコしている紳士然とした好々爺かな? だとしたらこれで伝わると思うんだけど。
騎士達を押しやっている神殿障壁を解き、各自が体勢を立て直しているその隙に、俺はテラスから飛び降りて、スタコラと13番看板を目指して走っていった。
――……――
「な、何だ今の小僧はっ!!」
ヒカルがいなくなってから開口そうそうに悪態をついた中年貴族が吠えるように言った。アストロニアの警備指示の総責任者として訪れた、中肉中背の騎士上がり、フォトー卿である。「にもましてだらしない護衛どもめ……気品の方々をお守りできずしてどうする!? 貴様等全員降格だっ! 剣も折られた兵士など兵士ではない! 兜を脱ぎ、即刻一番隊と交代せよ!」
「これだから戦士という奴は…」
「名をなんと言ったか。フィカル…いや、ヒカル、だったか」
「今年も随分と波乱を呼びそうですわねー」
――そのほとんどが、日常茶飯事だとばかりに平静を取り戻すあたり、さすがは各国を代表する貴族達の面々である。いかなる事があろうと、国を出ればそこは社交の場。取り乱そうものなら国に泥を塗るも同然なのだ。自らの格にも関わる。
「貴族の面目を何だと思っているのだ! 即刻先の男の登録を取り消、」
ラグナクルト大陸の一大王国アストロニアの貴族のプライドだからだろうか。格上の辺境貴族にすら下手に出るアストロニアの貴族の面目を背負うには、騎士上がりにはあまりに心が若すぎたかも知れない。そこまで怒鳴って――その袖をくい、くいと誰かが引くので乱暴に振り向く。「なんだね…っ、」
「………………………………………あの少年。
…………………………………悪い人じゃないと、思う。
………………………………………怒るの、ダメ」
「あ、――………………」
先ほどまで、まるで自らが貴族達の総意見を代弁しているのだとばかりに声高く非難を重ねていたフォトー卿の顔が、凍り付く。
年はちょうどヒカルと同じか一つ下に見える。細身で、白い顔や肌はいかにも病弱を思わせる、何とも腰の引けた美男子であった。ヒカルがきたときも椅子に座って微動だにせずその光景を見ていたその黒髪の少年は、幾何学的な太陽のレリーフをエメラルド色の縁でかたどった、破格の守備力と特殊効果をともなった輝ける装備の数々で身を纏っていながらにして、全くヒカルにその存在を悟られない『影の薄さ』である。
俯きがちに自信なさそうに上目遣いで、しかしフォトー卿の袖をひいて離さない。
「も、申し訳ない……つい、気が動転してしまってだね……」
「…………………………………アララがいるから、問題ない、から」
今大会に出場するという隣大陸の勇者パーティのその一柱の名を、親しげにあだ名して安全の根拠にする少年は、ぱぁ…っ、花がほころぶように笑んで、フォトー卿の気勢を奪い席に座らせるのだった。
「……………………………………………もしも何かあったら。
……………………………………怖いだけど、僕が、やるから………」
「――そう言うことなのです。私が頂く勇者様が『悪ではない』と言ったなら、それは魔王でさえ生かすに値すると言うことなのですから」
バチリ、バチッバチッバチバチバリバリバリバリッッ!!!
声――? とフォトー卿らテラスの貴族があたりを見回したもつかの間、紫電が突然空間に発生し、地面から、何もない空間から『人の形』をかたどるように集結していって、実体をなす。
勇者とフォトー卿の目の前。
白いテラスの手すりに殺到していた騎士達の間の抜けた背中を背後に、纏っていた二重螺旋の魔力を稲光のごとく解き放ちながら……声の主は出現した。
「この簡潔で完結な真理を、蒙昧な貴殿は理解は出来ますですか? ――エレクラニ・クロテッサ・ラ・フォトー卿?」
――その異質なまでの声の重さは別にして、琥珀色のお団子髪の少女の容姿は一際幼く、一三〇センチあるかどうか。何十年来のものかと時代を感じさせるしわを持った、ずり落ちて目も隠れてしまいそうなぶかぶかの山高帽を片手の人差し指で押し上げている。夕焼け空を切って織ったようなローブコート。まるでその杖の形になるために生えたかのように切り目、磨き目が全く見あたらない樹木の杖を片手に――魔術師の少女は言った。閉じられた瞼と小さな唇は、その全身にやどる確かな誇りを代弁するかのように、開く必要も無し。
子供が迷い込んできた、とは思えるまい。
ふぁさり、と風で持ち上げられるローブの裾には、白桃色の宝石を溶かし込んだような、フリル一つ一つに銀糸金糸で王家の紋章が刻まれたピンクドレスの裾が見える。それがフォトー卿の言を許さない理由だ。ラグナクルト大陸が孤島になるほどの、巨大な隣大陸――小さな少年少女が憧れるそのプリンセスドレスをただ一人許された、救世の魔女であった。
「アララッ!」
黒髪の少年が駆け出して――まるで行方不明になっていた妹を開放するようにその肩を抱く。
「ああ~ッナイン様ッ♪ えへ、お留守番大変お疲れ様なのです、本来なら煩わしい社交の場は私の役目ですのに~ッ」
ぼてっ、と――由緒あるだろうに――山高帽が地面に転がるのも構わずに勇者の腹に額をすりすりとこすりつけて求愛する"アララ"なる少女だった。端から見るとぶかぶかな魔術着の子供がじゃれてるようにしか見えない。
「口が、過ぎました。ばッ――バルテミッサ・テティオラ・ラ・アラスト陛下代理……」
年半端な、酒屋にすら入店を禁じられそうな見た目の少女だが、その国土はラグナクルト大陸をすらすっぽりと覆うという隣大陸最大の王国にして世界七大王家の一つ、バルティターニャ大国の姓を冠する、次期王位継承者なのである。
兵達が逃げ去るようにアラストから距離を置き、膝をつく。席に着いていた貴族等も跳ねのくように腰を上げて膝をつき、頭を垂れる。最奥席のゼーフェだけは椅子に座ったまま、ヒゲをなでつつその光景に、ほう、と息を飲んだ。たとえ一介の国の貴族であろうと――この隣大陸から訪れた『大勇者』にたしなめられたとあっては、その家存亡に関わるであろうなぁ、などと暢気に状況を推察して。
「……………………………アララ。
………………………………年上には敬語、使わないとだめだよ?
…………………………………………僕も謝るから。ほら」
「えぇっ!? ええぇと……あのナイン様ぁ? 一応私、バルティターニャの王女とかやってて」
「だめ」
ともすれば白タイルにあたまをこすりつけて低頭しそうなフォトー卿らをよそに、偉そうな言い方してごめんなさい、と、仕方なくなのだろう、見た目そのままのたどたどしい舌っ足らずな滑舌でぺこりと頭を下げさせられるアラストだった。
「あ、話は変わるのですがナイン様、開会の後でしょうか、少々気になる人物を発見しましたのです。報告をお聞かせしたくなのですが」
「……………………………ん」
内密な話なのです、と勇者の袖を引っ張って、テラスから屋内に入っていく二人。嵐が過ぎ去ったような安堵のため息が、テラスに満ちた。
――風船が割れるような歓声を皮切りに、コロシアムが始まった。
闘技グラウンド四区画に赤い太綱で十字に切るようにして、トーナメント形式の試合が行われる。それぞれの区画に専任の実況者がつき、互いに競うように第一試合目の選手の名を声一杯に張り上げる。ひとたび試合が開始すれば早く、時に重量感ある剣音を響かせ、魔力が閃光を上げて肉を裂き、地面を穿つ。めちゃくちゃ痛そうである。はて、いつからこんな光景を平気で眺められるようになったんだっけ?
『4』と看板の立てられている区画でシュトーリアの姿を探しながらうろついていると手持ちぶさたそうなファンナを見つけたので強引に連れ回している。「かっ、彼女だと思われたらどうするのよ!?」思われないよ? 首根っこ掴んでるし。
きっかり正方形に試合場と観客場が区切られているので四画に回るようにして一周。………あ、今もう一周してしまった事になる。おかしい。シュトーリアがいない。選手も100人くらいしかいないから見落とす事なんて――。
「…………ヒカル、この対角線上で私達と同順路できょろきょろ歩いてる銀鉄の鎧の女の子、シュトーリアじゃない?」
何て、ま、マヌケな子………ッ!
隠れてシュトーリアを待ち構え、二人で(ファンナは嫌々ながら)巨体の参加者から飛び出して驚かす俺達である。――が俺が足を滑らせて「うわは!?」とシュトーリアに頭突きする形になってしまう。か、かてぇ……こいつの頭額当てでもしてるみたいにかてぇよ!?
それを見ていたのか進行が「試合は闘技場内でお願いします」などと注意も来る始末。とどめのように、すりすりとちょっと赤くなったおでこを指でさすりながらのシュトーリアに、
「何を遊んでるんだヒカルは」
呆れたように言われてと俺の茶目っ気すら気づいてもらえない結末。泣きたい。こんなはずじゃなかったんだ、こんなはずじゃ、
「はぁ…。次は私が呼ばれる番だそうだ。ヒカル、はしゃぐのは良いが、頼むから変な応援とかは止めておいてくれ。気になって試合に集中できない」
「………アレ待てよ? シュトーリアが集中できなければシュトーリアが負けて賭けは俺の勝ちで……?
おお、シュトーリアありがとう! 俺全力でお前の邪魔するわ」
とおせんぼ! と両腕を前回に開いてみせるが、見かねたのかファンナにげんこつを食らわされてうずくまる。く・ぉ・お・お・お・お・おォ――!!?? と声にならない悲鳴だ。シュトーリアの頭突きとファンナのげんこつのコンボでちょっとばかし俺の脳内がピンチなのは否定しない。
「そんな調子のアンタ達と一緒にいるアタシが恥ずかしいわよ!?
ったくぅ――……まぁ、あれよシュトーリア。ヒカルなりの緊張ほぐしだと思えばいいわ。アンタが試合するときは全力で押さえててあげるから安心して?
その代わり私の時はシュトーリアがお願いね、身体を張って」
「ああ、頼む。その時が来れば私も全力を尽くしてヒカルをどうにかしておく」
「偉そうな口がたたけないように一応私が闘ってるとこが見える位置でね? シュトーリアもその方が良いでしょ、こいつ調子乗ってるから」
「わかったよわかった、邪魔しないって。ほれほれシュトーリアもう呼ばれるぞー」
神獣召喚の命令権を使えば自滅するように行動させることも可能だけどちゃんとした試合だというなら卑怯だから、絶対しない。『試合』なら正々堂々とであるべきだ、というのがスポーツマンシップだと思うのだ。そこはさすがの俺も譲れない。
「わかった。……くれぐれもだぞ? 本当にだぞ?」
「そこまで念を押してくると実は望んでるんじゃないかって邪推したくなる」
「だぁいじょうぶだから、行ってきなさいって」
ファンナの顎で示す仕草にこくりと小さくうなずくと、シュトーリアはまだ疑っているような視線で俺を一瞥した後、黒髪を翻して戦いの舞台へと歩を進めた。
『シュトーリアへのお仕置きポイントが1増えた!』
『さぁさあ次の対戦も格別な戦いを見せてくれることでしょう。
右コーナー! 筋骨隆々、長ズボンに乳首を隠す裸サスペンダーがなんとも漢で汗臭い、ギルドBBランク、大槍使いマガイトぉおおお!!!! 怪力なれど蝶をも差す繊細な槍使いは、今回の大会でも一、二を争うと私見ております!!
対する左コーナー! 銀鉄、黒髪、直刃の美麗! Bクラス新米、野郎どもの中に花咲く一輪の女剣士、シュトーリアだぁあああ~~!!! どこか町中でパトロールしてるのを見たことがあるような気がする! 応援団にはこれまた彼女と一緒にパトロールしていたような熱狂的な様子の兵士達が駆けつけております!! これは怖い!』
にんじんの頭のような太くとがった髪……これからサンバでも踊り始めそうな真っ赤なヘアスタイルの巨漢マガイトは、細身の丸太のような無骨な槍の尻をドスン、と砂利に落とす。一センチほどの幅のサスペンダーが絶妙に乳首の上に乗っており、帯がぴんぴんに張っている。深い鼻に深い眉、髪型のせいで顔の陰りは不気味であり、汗がワックスのように全身をテカらせて筋肉美を実現している。渋い、とヒカルは思った。ヘアスタイルとサスペンダーさえなければ。
その、対岸である。
「しゅとーりあちゃぁあああああああああああああああああああああああああんんん!!」
「優勝信じてるぅぅううううううう!!!」
「シュトシュトシュトシュトシュトシュトーリア! 俺を切ってぇえええええ!!」
「こっち! こっち向いてガッツポーズおねがい!! …やったシュトちゃんが俺に手を振ったよ!? ヤバイ可愛い過ぎるぅうう!!」
「笑顔笑顔! シュトーリアちゃんの横顔だけで一週間がんばれる!!」
「シュトーリアちゃんに怪我でもさしたらてめぇ皮剥いで湯釜にぶち込むぞオラああ!」
「ああ俺達の戦乙女!! 俺達の嫁ぇええええええええええええぃいいい!!!」
「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」
「困った顔エロ過ぎっっ!! ああぁ、シュトーリアちゃんの晴れ姿ぁッ…!! この角度でこのアングルのシュトーリアちゃんはきっとこの世で俺だけのものなんだっ…!!」
『あ~、観客席より内側は対戦者の妨害となりますので立ち入らないようにお願いします~』
他の観客を押しのけて最前列を陣取る、目の血走った兵士達に、困った笑顔で手を振るシュトーリアであった。目が合う度に恍惚とし、あるいはお叫びをあげ、ゴリラのように腹太鼓をして我こそはとアピールしている兵士の群れ。
「大気との会話の集中を妨げるな。鬱陶しい」
身体年齢は若々しくも年輪を刻んだ声質はひどく低く、ドラゴンがうめくような底冷えとした力強さがあった。
「すまない、彼らも悪気はないのだろう。……よく分からないんだ、彼らが何でガッツポーズを求めるのか私の横顔を見たいのか私が嫁なのか。…………ぺ、ぺろぺろ?
……む、名乗らずしての試合は騎士としての落ち度だから名乗らせてもらおう。私の名前はノースランド・タンバニーク・ラ・シュトーリアという。マガイト、わずかな時間ではあるがお相手願いたい」
「いい。構えろ。それで終わる」
「心得た」
『それでは良いですかぁー!? 両者構え!』
シュトーリアの太ももほどもある槍をわしづかみにして持ち上げ、盾にするようにシュトーリアに向かって横向きに、地に対して水平に構える。
構えからして槍先そのものの殺傷力を狙ったものではなく、大きく太い棒の武器先に刃物がついていると言った風情であった。槍を扱う軽々とした様子は、さながらその巨棒が発泡スチロールであるかのよう。水平に構える時もすべらかさが先に立つ印象で、パワーよりも棍技を主に扱う重戦士と見受けられる。
鎧、手甲、肘当て、腰造り、足と銀鉄様相でのシュトーリアはそんなマガイトを片目を閉じて目測すると、腰の一振りに手をかける。鞘走り、撫でるような金擦り音を立ててすらりと引き抜いた少々大きめの、風の魔力を織り込んだレイピア。思えば、鎧といい剣といい全部ヒカルから買い与えられたものである。自立は遠そうだという事実につゆほども気づいていないシュトーリアはさも勇ましい騎士を乗り移らせたかのように正眼に構え、口元をにやりと小さくつり上げた。兵士達がその凛々しさに次々に昇天する。
「女と扱っていると痛い目を見るぞ。良い試合がしたい。油断せずにくるんだな」
『3,2、1――闘技開始!!!!』
実況が声高く響き渡り、――同時に、二人の剣気が衝突して激音を上げた。
ゴゥン…!! 大鐘が鳴らされるような衝撃でレイピアと巨槍がぶつかり合う。マガイトの元々の身体能力だけの速さとパワーでその音を奏でたのも凄まじいが、身長と体重を加味すればマガイトの三分の一程度の女剣士がそれを相手にぶつかりきったというのも、見たものを総毛立たせるには十分だったろう。
「んん!」
「つぅえぃいい!!!!」
シュトーリアが大きく二歩バックステップで距離を取るのを、マガイトの暴風めいた横払いが少女をなますにせんと追う。剣を寝かせて受け流し、棒を転がるようにしてマガイトのワキへ滑り込んだシュトーリアが、踏み込み強く切り上げを放つ!
「おっと!」
なのに、ゴぎぃん! とシュトーリアを剣撃ごと弾き返してみせる。
…――受けきった、マガイトであった。シュトーリアの上を空振りする形であった大槍だが、そのまま身体を一回転させることで、槍の反対側でシュトーリアの剣を弾いたのである。大きく背中を見せることになるリスクを難なくこなして見せるなどと、シュトーリアはしてやられつつも感嘆した。
「ぐむ。…女だてらに。Bというのも情けが入っているわけでは、ないらしい」
「初戦から身体が温まりそうで嬉しい限りだ。ではさらに行く!」
フェイントを全く含まない、高速化によって強化されただけの素直な一振り一振りでマガイトと互角に打ち合うシュトーリアである。払いから反転、高速で突き出された巨棒の軌跡を剣先でずらし。レイピアの両手握りの逆袈裟を待ち構えていた槍の胴でドラゴンの首を落とすように弾き落として、一回転させて槍の尻でシュトーリアをたたきつぶそうとする。それを横転がりでぎりぎりに避けて、再び正眼の構え――。
さすがにヒカルも息を呑んだ。互いの実力を推し量っているに過ぎないというのも、それぞれが必殺を放ちながら、切り結びながら、その先の胴体に達せられないのは――それぞれの切り札を警戒しているからなのだ。だからこれは、単純な技量、胆力比べ。
「ふん。少女とは思えんな。
次がつかえている。こちらは次で決める。
出し惜しみは損――。存分にこい」
「良いだろう」
シュトーリアは一瞬目をつぶり、何かを確認するようにゆっくりと目を開けた。マガイトの巨体、巨槍。なれど技量はスピードに重きを置いている根使用にある。
かいくぐるなどと言う技をシュトーリアは好まない。打ち合って打ち合って叩き伏せる。重戦士すら相手取る少女剣士の剣術は一対一の持久戦で発揮されるものであるから。
(ならば、槍ごと叩き伏せるのみ――!!)
「行くぞマガイト!」
シュトーリアがレイピアを背負うように駆けだし、突撃する。風圧で前髪が流され、額が露わになるほどである。視界の景色が一気に後ろに追いやられていき、マガイトという消失点めがけてシュトーリアの剣筋が吸い込まれていく。
「流水障壁ィィッ!!!」
後三歩、と言うところであった。叫びとともに空間に集まった水流が、マガイトを守るように囲った。水が竜巻になったような勢いに、地面がカッターで削られていくように細い傷跡を幾重も残していく。スプラッシュカッターである。高い圧力で打ち出された水流は、爪楊枝ほどの細さでも、鉄をも容易に切り落とす。
そしてその内側にはシュトーリアの疾走を待ち構えるマガイトの槍の尻があった。突破されることはこれほどの練度の攻撃障壁をもってして予想済みであるのだ。突破したつもりで首を取りに来たシュトーリアの胴を反対になぎ払って返すシュミレーションをマガイトは一瞬で立て、シュトーリアがまんまとおびき寄せられる。
「はぁああああああああああああああああああ!!!!!!」
シュトーリアが手甲が水で削られていくのも構わずにその気合い一閃で振り抜き、水竜巻を切り裂く。槍が高速で打ち出され、シュトーリアの脇腹めがけて一直線に打ち抜く。
――はずであった。
その、シュトーリアの剣先が、白光に輝きを放っていなければ。
『こ、これはニスタリアン直伝の、聖剣の具現でしょうか!! おそるべき少女剣士ですシュトーリア選手! 凶悪な水流を切り裂き、待ち構えていた槍を一刀両断!! 首筋を取られ、マガイト選手、呆然と槍を手からこぼし落としましたぁあああああああああああああああ!!!』
「よしっ。マガイト、良い試合だった。また会う時はさらに良い勝負をしよう」
わぁっ!!! と拍手に包まれる中、シュトーリアは剣を鞘に戻す。
見るな、と言ってたくせに。
「やっぱり競い合うのは楽しいな!」
自分に拍手を送っているヒカルを見つけて、どうだっ、と言わんばかりに満面の笑みで手を振り返すのだった。
「「「「「シュトーちゃんが俺に求愛の手を振ったふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!♪!♪」」」」」
「ヒカル!!??」
いつの間に背後に回り込んでいたのか、どばだだだだだだだだだだだだだだだだだだ……………!! と雪崩れて、兵士達がヒカルを押しつぶしていくのだった。
「きゃ、きゃぅあああああ…アンタ達どきなさいよっっ…!! おもいいぃぃいいいいいって……………きゃあ!? 誰よ太もも触った奴! あ、後で覚えておきなさいよぅ……………!!!」
そばにいたファンナも巻き添えにあっていたのは、言うまでもない。
●初日・予選結果――通過者
1グループ サラブエ・コーエンアドニ・ラ・ナナルダ
決勝戦オッズ 2.4
2グループ クルック・カントピオ・ラ・カプト
決勝戦オッズ 4.9
3グループ マルーディ・クム・ラ・サーヘバルッハ
決勝戦オッズ 13.6
4グループ ノースランド・タンバニーク・シュトーリア
決勝戦オッズ 7.5
5グループ マハル・マキシベー・ラ・ブックナー
決勝戦オッズ 41.4
6グループ ダルルアン・エレティノ・ラ・パーミル
決勝戦オッズ 2.3
7グループ テオ・アグナルン・ラ・カッツィオ
決勝戦オッズ 11.5
8グループ キーシクル・マッシルド・ラ・ファンナ
決勝戦オッズ 6.8
9グループ アエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェル
決勝戦オッズ 1.6
10グループ ペトー・クロテッサ・ラ・ルリューゼル
決勝戦オッズ 23.3