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五三話 邪神の高鳴りと闘祭の初鐘






 白絹で磨き上げたような朝焼け。日の高さからして、四時くらいだった。祭りの宴早く目を覚ました俺はベッドで安眠するファンナに一人挨拶した後、早々にファンナ家を出た。

 マグダウェルが借りてくれた高級ホテルにそのまま泊まり続けているミナ達である。あんまり豪華なのに慣れると後が怖いぞ-、と嘆息しながら自分の部屋へ。ブックナーなんかはもう部屋でごそごそやっていて、邪魔しちゃいけないと思いそのまま通り過ぎる。シュトーリアは……寝てるな。ぐっすりだ。枕がよほど気持ちいいんだろうか。同じ参加者なのにずいぶんの図太さ違いである。勝つときは勝つし、負けるときは負ける。


「さてと」


 部屋で一伸び。そして化粧台のふきんを取ると、そのまま部屋の隅でごっちゃりしている武具達の前に座り込んだ。試合前に道具を磨き直すのは俺の習慣だ。まずは、魔王精製の超分身投げナイフ『シェイドリック』


「アーラックの、問題。アイツとアイツの変な武器をどう攻略するか」


 剣面と『つか』と。専用の鞘も作ってあげないといけないなー。よしと、次はちょっと頑張ってブルブムアックス。涙から作ったとは思えないくらい光が淀んでるよなコレ。断末魔だから仕方ないか。


「エマの、問題。どう救出するか。あの武器からして大会に出てくる可能性があるなぁ。………エマ…」


 大きな音を立てないように寝かせ置いて、次は六式宝珠の儀礼剣『根源色の宝剣(テューダーレア)』。あとでまた魔法の訓練しとかないとな。継続は力なり、だ。


「そして…ブックナーか」


 ――なぜか、手が止まる。

 …何考え込み出すんだ俺は? 悩むことでもない。アイツはニスタリアンの戦士学校の五位で三年間を意地で走り抜けた、男装の王女様だっただけだ。


 マキシベーの王女、アミル姫。思えば町を歩いていたときもティアラに目を奪われていたこともあるし男にしては妙に声高いし…。なんでラクソン公から60万シシリーなんていう大金をかけられて捜索されているのか、なんて、事情を知った後で聞いた当初は単に家出迷惑王女を必死こいて探してるだなんて安穏なイメージしか浮かばなかったけど、どうもそう言う簡単な話ではないらしいのだ。金髪に翡翠の目。マキシベーの血統はみんなそうらしい。ということはファンナもマキシベー流れなのかな。だから一見なんの接点もなさそうな二人の心の距離は最初から近かったんだろうか。



 ―― 三日前・飛行中の大陸巡航横断船『ターヴ』操縦室 ――



 急に押し入ってきたかと思ったらマグダウェルにむしゃぶりつかんばかりに泣きついて「おいたわしや、おいたわしや」とひとしきりオイオイやってた女指揮官ガヴァンナさんだが、パイプ越しに話したときだって演技だったって言うのに『お嬢様に狼藉を働いたダニが!』とかいって激怒の拳振り回す始末だし、俺としてはさっさとどっかにいってくれという心情だった。ほっぺ痛い。

 ターヴに乗りこんだ町の酒場でマグダウェルが偶然見つけた彼女はマグダウェルの家にお世話になっていた人らしい。マグダウェルの失踪に気が気でならなかったのだとか。今回のハイジャックや、ターヴ潜入の手配もしてくれた彼女には感謝モノである。こうもまんまと上手くいくなんて。………………あ、そう考えるとマッシルドに着いた時どこに停泊していけばいいだろ。んー、降りてる時に見られたりしたらまずいしかといって町から離れてたら到着も遅くなるし――。


「…いや、マッシルドに着く前にやっとかないといけないことがあったな」


 軍人達も大人しく、マッシルドへ向けての飛行も順調、障害物も無し。マグダウェルの操縦にも心配できるところがない。日は暮れ始め、到着は夜中になりそうだとマグダウェル。仮眠していろって言われたけどそう言う気分でもない。

 …だからそんな俺の唯一の懸案要素。

 それは、今もデッキで一人物思いにふけっているあの男装の金髪少女だろう。



 艦板は魔力で風圧が制御されているのか、まさに船上のそよ風程度だった。柵に肘を乗せてもの憂げ、過ぎていく地面を見下ろしているブックナーの横顔はあまりにもちっぽけで、後ろめたくて、押し黙っていて…いつかの家出少年のようで――――少女だった。


「つ~ん♪」


 背後に回り込んだ俺は無防備な背筋を指先でなぞる。


「あぁぁん…って、わ、わあわわあわわああああああああああ!!!??? ひっ、ヒカル兄さん!!?? 危ないじゃん超落ちるところだったよ!?」

「はっはっは。冗談だ」

「口は冗談でもやったことは冗談にならないって言ってるのぉおおおおおお!!!!」

「今の『あぁぁん』はめちゃくちゃ良い表情(かお)だったなぁ。もっかいやっていい?」

「会話してよもう……だから、だめだよ!! ………………………だっ、だめ! だめだよ!? そんな小動物みたいな上目遣いしてもダメだからね!? ホントだめだからね!?」


 ちぇ~、っと遊んでたおもちゃを取られたように消沈した俺はそのままブックナーの隣で柵に寄りかかる。夕暮れの斜光に、俺とブックナーの影がツヤ板張りのデッキに伸びている。


「ヒカル兄さん、風邪引いてたんだからもうちょっと寝とかないと」

「もう大丈夫」

「………じゃあなんか、用?」


 俺の動向が気になって仕方がないのかちらちら俺の顔やら視線やら手やらを追って落ち着きがない様子のブックナーに、つぶやくように話しかけた。




「一人で悩んでるとこ追い打ちするようで悪いんだけどさ、お前、金髪に戻ってるから」


「ッッ!!!???」




 バババっ!! と髪を腕で覆い隠すブックナーだった。まるでトイレ中にドアを開けられた少女のように赤面した。むずむずと吠え猛る寸前の口元が徐々に今にも泣きそうにゆがむ。ほんのりと目尻から光る涙まで露わにして、


「…い、つから」

「オットー山脈でお前が神殿障壁を発動したところ。無意識だったんだろ、自分と外界を隔絶させる障壁を展開させたんだから――そのイメージを作るためにはまず自分を強くイメージしないと始まらないよな? だからたぶんブックナーはがむしゃらに、そのままの自分をイメージしちまった。それだけのことなんじゃないか?」


 肩をすくめる俺。だが――俺の左手はがっちりとブックナーの左腕を掴んでいる。強く、はねのけようとする力を感じていたから、できるだけ平然といようとつとめる。


「今思えばいくつも怪しいところがあったしなぁ~。たかが人一人に60万シシリーの懸賞金だぁ? 日本円に直せばざっと…えーとどれくらいになるんだろ…ひぃふぅ…じゅ、15億…!? 計算間違ってないよな!? ……うゎ…もうラクソン公必死すぎるだろ、バレっバレ。

 次は裏オークションで、ブックナーの名を出した時の周りの反応だ。確かこんなだった」


――『マハル…? マキシベーのマハル家って…』

――『――王族の懐刀(ふところがたな)が、どうして、…!?』

――『バカな、一家のほとんどがが近衛隊親衛隊の血筋で構成されてるっていう、あの…?』


「…そしてお前は一度、金髪っ子を集めて俺と一緒にラクソン公と顔を合わせている。貴族って奴は幼少から関係を作るためにいろんな貴人と顔合わせさせてるもんだ。次の世代を担う立場になるかも知れないんだからな。

 マハル・マキシベーって言う家系がそんな重要人物なら、ラクソン公にもたくさん顔を合わせているはず。しかしラクソン公は怪しみはすれど、気づいた素振りは見せなかった。


「…他人の空似ってこともあるんじゃない?」


「簡単な証明だ。以上からつまりお前は『マハル・マキシベーじゃない』。

 金髪で、多額の賞金を賭けられるほどで、名をそんな大人物から借りられるくらいその大人物に近しい人物。性別すら偽って戦士学校で何を思って剣振ってたかは知らないけどさ、――さて、もう隠せるもんでもないだろ」


「…ま、待ってよヒカル兄さん!! 確かに僕は…僕はマハルじゃない。…悔しいけど、女だ。でも、」


「マテリアルドライブとか言ったっけ、あの魔力増大させる奴」


「――ッ…!!」


「マッシルドの外で俺と初めて闘ってみた時も使ってたけど。ヒュグルドドラゴンを殺した時も…そう叫んでたよな? マグダウェルも驚いてたぜ、どうしてお前が使えるのか的に。

 俺もね、すごく不思議だったんだよ。……………………………『そんな便利な魔法があるなら、どうして俺の知る皆は誰一人使ってなかったんだろうな』――ってね。

 ――なら、そこで逆転の発想だ。マグダウェルは魔法関係の研究者でもあるらしい。つまり骨まで戦士のブックナーちゃんとは絶対的な知識量差がある。だからマグダウェルが使えるのは分かるが、ブックナーが使えるのはちょっと不合理だ。俺のパーティの誰もが使えない技術をお前が使えるのは不自然だ。ニスタリアン固有の技術だというのならファンナとかが使えないのは不可解だ。――――つまり、一部のモノにしか明らかにされていない次世代技術…新技術ってワケだな」


 新技術はたいてい軍部で密かにお披露目されるモノと相場が決まっている。俺がいた世界だって、宇宙人の死骸はとっくの昔に発見されていたしUFOの初期構想も固まっていたって状態だった。良い例がパソコンのプログラムだな、常にその時代最高機密のプログラムは市場で販売されるOSの三世代先を行っているっていうのは都市伝説じゃなくて真実。

――…そして、そのような世界の秘密が明かされるのは社会でも最上位層…王族や豪族、貴族、世界的大企業やオカルトな連中の大幹部クラスのみだ。


「ブックナー。お前は、王族だな?

 おそらくマキシベーの」


 …これが現代であったらただの憶測と切り捨てられるだろう。だがここはそんな現代のルールが通用しない、情報に関してとても(ふる)い世界だ。どこでも自由に情報のやりとりが出来る環境ではない以上追及する側も困るが、何より受け手側の反論要素も強くない。わずかな情報で真実をくみ上げた方が、勝者だ。


「……………………………そう。

 それを聞いて、兄さんはどうするの」


「どうするも何も確認さ。何よりそんな頭でコロシアムに突入するわけにも行くめー」


「…呆れたよ。60万でしょ? …欲しいんじゃないの? アーラックに盗られてすってんてんなんだし」


「い、痛いところを……くっそこの世界に銀行の仕組みがあれば速攻で貯金してたよ…ッ!

あーもうアーラックボコボコにしてやらないと気がすまないぃいいい!」


 ぐしゃぐしゃ髪をかきむしりながら艦板をごろごろ転がって悔し悶える俺。何それぇ…とクスクス笑いながら、デッキのベンチに足が引っかかってごろごろが止まった俺の元へブックナーは呆れたのかとことこやってきて、


「人のことこそこそ覚えてたんだ兄さんは。抜け目ないや。…兄さんは、一体何を考えてるんだ? あ、そう言えば僕全然兄さんのこと知らない…。

 どこからきたの? 家族は? ……兄妹は?

 どうして――どうして僕のこと庇ってくれるんだ? 何も兄さんに利はないのに」


「何それ、なんか理由がないとダメっていう人なのかブックナーは」


「そういうわけじゃないよ。…聞いておきたかっただけ」


「んー…前にも話したかもだけど、エマって子がアーラックに襲われたりしてね」


「…それ、前食事してたときに話してくれたじゃないか。はは、お酒で酔ってた?」


「え? そう? おっかしいな。俺お酒で意識飛んだりなんてしてないよ? お酒強いもん……………なっ!」


「わっ!?」


 手を差し出してくるブックナーに促されて立ち上がり――俺はそのまま後ろに倒れ込むようにブックナーをベンチに引っ張り込む。

 お姫様だっこしてるみたいに胴体を抱きしめて、髪をぐしゃぐしゃにしてやる。嫌がるがそんなの相手にしてやらない。


「な、何さっ! きき急に…!」


「ん。兄妹ってこういうもんだろ」


 昨日も助けてもらったしな――。何もご褒美が思いつかない今、こうしてねぎらってやることしか思い浮かばなかっただけだ。

 ヒカル兄さん、ヒカル兄さん、といつの間にか俺の周りにいるブックナー。本名()も知らぬ少女。頼りないこいつは等身大で悩みを持っている。…正直、迷っていた。その悩みを打ち明けてみないかと薦めることに。


「――色々なこと、あったよ」


「強引なんだから…。って何の話?」


「昔の話知りたいって言ったろ。色々なことがあって、色々惜しい思いして、あー今度はこうしようああしようって考えて今に至る。終わり」


「………何それ」


「結論だよ。結局俺も成長過程ってこと。修行不足。心も体もね」


 それ(・・)は、聞かなければならないことだ。けれど後悔は後先に立たず。ここでブックナーと離反してしまえば何かあったときにそばにいてやれない。この大会で一番危険に晒されているのはブックナーなのだから。

 悩みを打ち明けないまま、危なくなれば頼ってくるかも知れない。

 だがその可能性は低い。

 なぜなら、王族の女の子が一人、誰にも打ち明けないまま家出同然で戦士学校で剣を振っている理由にならないからだ。誰にも打ち明けられぬブックナーの行動理念にすら起因する諸悪がある。誰かに話すことで解決する、簡単に納得できる問題ならば、素直に手近の自分より有能な臣下達を頼ればよかった。けれどブックナーはそれをしなかった。つまり、ブックナーは自分の手で何とかしたかったに違いない。

 

 ……………ああ、だめだ。俺、…今ならこいつ納得してくれるって思ってる。もやもやとした確信は単なる思い込みでしかないのは分かるのに。説得に失敗するのは目に見えているのに、それでもとわずかな可能性に賭けてる。そんな奴じゃないって分かってるのに。

 俺とブックナーとの間の時間は少ない。けれどこいつは俺のことを…ヒカル兄さんと呼んでくれたんだ。あっちの世界ではとことん妹不幸だった俺を、当たり前のように慕ってくれた。


 だから、何とかしてやりたい。憂いを取り払ってやりたいと思う。


「お前は、バカだ」


 びく、と急に何を言い出すのかといった風に俺をきょとんと見上げるブックナー。俺はもう我慢ならずに、ぶちまけた。


「ブックナー。お前は王族の責務から逃げた。最低だ。どんな理由があったって許される事じゃない。

 数年も国を空け、自分は剣士の真似事だ? 民草の生活削っての、騎士達の俸禄俸給は何のためにある? 政治や礼儀のお勉強は? テーブルマナー覚えてるかどうかも怪しいもんだ。

 こんな、髪を汚して目の色すら捨てて性別まで偽って汗臭い学校にすし詰めになって何が得られた? お前が国を空けていた間の臣下達や、国王達の心労はどうなる?

 単なる正義感だったなら、俺はお前をここで叩きのめしてでも国に送り返す。俺は水戸黄門や町を徘徊する王様みたいな、正義感と自己満足を勘違いした奴は認めない性質(たち)だからな。百害あって一利無しだ。臣下を信用していない態度だ。そんなんで国の長がつとまるモノか。今更どの面下げて国に帰るつもりだ。帰るつもりがないなら、ラクソン公に見つかる前に、コロシアムなんか出ずにとっととトンズラしろ。

 それに比べたら悩みなんてどうせ些末なこ、」


 それ以上の句は継げなかった。俺は跳ね起きたブックナーに頬を張られ、唇を噛んでしまい顔をしかめる。

 逃げるように俺から距離を取ったブックナーは肩を怒らせて、今にもかみつかんばかりの顔を必死にうつむかせながら言った。



ヒカル(・・・)、言って良いことと悪いことがある。

 それ以上は侮辱罪で、ヒカルを切り捨てなくちゃいけない」


「ててて…っ。…ったく、図星突かれてまず腹立てるような思慮のなさで、よく上から目線をほざいたなこのクソガキ…!」


 やべ、思い切り噛んじまった。ぅあー、こりゃしばらく腫れるな…


「当たり前だっっ! ヒカル(・・・)は赤の他人だ!

 そんなことくらい僕だって分かってる…!!

 さんざんに悩んだ!!

 でもどうして…どうして兄さんがマキシベーを去ったのか。兄さんは、なにも。

 王家の重みも、歴史も、…それにつらなってきたマキシベーの英霊達をヒカル兄さんは知っているのか!? それを対価にしてでも、とどうして考えてくれない!

 僕ら兄妹の一つも知らない赤の他人の分際でよくも…!

 その時の、その瞬間の苦しみを知らないで好き勝手なことを言わないで欲しいな!!」


「――ああ、分かってる」


 生まれたときから貴族王族は、そうした生活が当たり前なんだから、国民が思っているほど国民のことは重要視できない。そう言う生まれなんだからしょうがない。これは必然だ。生まれた時からスラムで育った人間がある日突然聖人に目覚める? あり得ない。『国民に感謝して生きる』という教育がなければ、国民と交流が持てない王族はそう言う意識すら持てないモノだから。


 そんな狭い価値観の中で、その『兄さん(・・・)』とやらがどれだけ大きな存在だったのか、想像もつかない。

 でも今は俺が『兄さん』だから。

 だから、何とかしてやりたい。憂いを取り払ってやりたいと思う。

 俺って奴は、結局、そういうことなのか――?










 ――違う、な。








 コイツはまだ分からないのか。

 俺が持ち出そうとしている話は――これはそういう立場云々の話じゃない…!

 自分の意志を貫いているようで。その実使命に陶酔して。目標に近づいているようでどんどん遠のいていく。自らが望む未来に突き進んでいるなどと思い上がりも甚だしい。生け贄だ。もっと広い世界が小国を飲み込もうと、その図式を自ら模すように冷酷なまでに策略と思惑とに取り込まれてしまっている、哀れなバカにこそ言っているんだから…!!


「――いいだろう、一小国を知っているつもりでいるなら、お前は現実の厳しさを知ってるつもりでいるなら、教えてやる!

 世間は自分の想像以上に自分を見ているもんだぜ? ましてや王族が飛び出して誰もその行方を調査しなかったりってありえないだろ。間違いなく向こうの手の内。

 その証拠に、お前がニスタリアンでコロシアム参加を決めて学校を出たあたりで、『60万もの破格の賞金が賭けられた』。当たり前さ、大会資格を得られた人しか学校から出られないんだろ? でも『そのまま大会に出るとは限らない』。実は大会に出ると常々うそぶいて、大会の大量の人混みの中に紛れてマキシベーの追っ手から逃走される可能性があると踏んだからだ。まずったわ、おそらく例の金髪ッ子を見せに行ったときに…ラクソン公は間違いなくお前のことに気づいていたんだろうな~。所在を確認してとりあえず一段落、と言ったところか」


「ま、………待ってよヒカル兄さん、僕を監視していたのだとしたら、どうして茶髪の方で指定しなかったんだよ! おかしいだろう!?」


 狼狽し、一歩後ずさるブックナー。

 いらいらしている俺は立ち上がりそれに合わせて二歩詰め寄る。


「バカが。それこそ向こうの頭の使いどころだぞ。コレばっかりは俺も冴えてるなと思ったくらいだけどさ。

 金髪、緑眼の方で指定したのはあくまで町を徘徊しているお前自身への当てつけだ。『自分を探させている』と意識させるためにしか過ぎない。だがその実、本当の狙いは基本的な容姿にあったんだ。


 身長155センチ(・・・・・・・・)

 性別 女

 目が覚めるような白みがかった金髪のショート(・・・・)顔は幼げ(・・・・)だが眼光の鋭い緑の瞳。逃走時茶ローブでマキシベー王国兵士の剣と胸当てを奪って逃走…


 考えても見ろ、生け捕りにする人物は60万(15億)もの大金をかけられるほどの人物が、変装屋すらもあるこの町で、元の容姿のままでホイホイほっつき歩いてるとどれだけの人間が安直に勘違いする?

 ショートで童顔のチビ。カツラやメイクをしていることも含めてな。コレで十分だったんだ。

 俺とブックナーがバカみたいに金髪っ子集めてる間にも、腕利きの傭兵達は俺達の知らないところで、これに該当する人間を全部ピックアップしていってたに違いないんだ。当然ブックナーも狙われていただろう。

 だがそばに俺がいた。

『エマ』っていうタネを蒔いて、自分達を敵視させている俺がな。だからこそラクソンは『B級以上』なんて言う六〇万懸賞を設け、あたかも規則的に俺と謁見し、その実、人となりを確かめた上で放置していた。そんな俺とブックナーが一緒にいるんだ、その行動の方向性は自然と定まってくる。裏では当然アーラック盗賊団の下っ端達も暗躍してな。全ては、裏オークションを初めとしたアーラックのつばのつけているアヤシイ場所へ誘い込むため。足手まといを増やして、俺を、ハメるために。

 まぁ解せないところはたくさんある。オットー山脈に放置される前まで何の乱暴も受けてないみたいだしね。殺されてもおかしくなかったのになぁ。

 いや――待てよ。ハハハ、もしかしたら、俺自体がブックナーの足枷に…?」


 罠に落ちて落ちて、落ちきる寸前でようやく分かることもある。俺でもここまで分かったんだ、冷静になればブックナーの方がさらに至れるに違いない。後はコイツが気づくか、気づかないか。


「そんなの、僕の悩みには何の関係ないよ!!」


「ブックナー。今お前を庇護できる奴は誰だ。いもしない兄か! 今ここにいる俺や俺の仲間やマグダウェルか、どっちだ!

 お前は危険にさらされてるんだどん底に。あぶねぇよ、マッシルドに到着した瞬間殺されてもおかしくない!

 そんな生きてるかどうかも分からない兄貴なんてさっさと忘れて家へ帰れ!!」


「だからっ! そんなことどうでもいいんだ!!!

 僕は兄さんを連れて帰る…ッ、ヒカル兄さん離して! 離してぇっっ!!!!」


「まだ分からないのか! もうそう言う問題じゃない!! きっとたくさんの人を巻き込むことになる!!! 勿論お前だって、…この問題に関わっているならその『兄さん』とやらもただじゃすまないんだぞ! 賢い方法はまだ他にもある!!」


「ぅぐっ…絶対、絶対に!! そう誓ったんだっっ!! 死んでるものか! 誰にだって負けるもんか!

 に"いさんは僕に、あのティアラをくれるってっ、言ったんだから!!!!!」





 ……――それが顛末。

 それからはマグダウェルが間に入ってくれたこともあってとりあえず普通に会話するだけは問題なくなったけど、どこかで顔を合わせるのを敬遠している気がする。アイツはたぶんもっと気にしているだろうし。なっさけないなぁ俺。どうするかなぁ…。


 コンコン。

 まるで――見計らったようなノック。俺が応えながら首だけ振り向くと、ミナの伺うような声がドア越しにかけられる。


「ヒカル様? 今、…ようやくお帰りですか?」


 何かトーンが低い気がするが気にしない。全く俺もモテモテだな困っちゃうコレでも人助けしてきた帰りなのだ(たぶん)美少女が豚旦那にアァンされる未来を回避させただけでも褒められるモノだと思うんだけどだめかな。「だめです」あ、そう…。


 脱力した顔でため息しつつ入ってくる蒼髪ロングの少女は重たげに首をかしげる。


「眼力で何を言わせようとしていたのかは頭痛が始まりそうなので聞きません。あのですねヒカル様、無断外泊するなら先に言っていただくては困ります。アグネさんに聞いてみるとギリリーさんと夜遊びに出かけたとかで…もう私気が気では…」


「ギリリー、なんて報われない子」


 文句も言わず、全くして無意味だがメイド服を着てくれた彼の献身のためにもそこは譲れないところである。ちょっとそっちの素質ありましたとか言ったら余計にこんがらがりそう。


「え? 本当にギリリーさんと外泊…!?」

 ガクガク身を震えさせながら言うミナ。


「するかよ!? それくらい分かるだろ!? 同室じゃなかったわい!」


 冗談です、とクスクス笑って済まそうとするが、してやられた俺は忘れてやらない。心の底で何かしら悪戯を計画しながらも、俺はふと…思い出して聞いてみた。


「まぁ座れよ。そうそうあのさ、ファンナから首飾り渡されてないか?」


 ん? こいつ…手、怪我してるな。何かあったんだろうか――。


「あ、ええ。この高価なネックレスのことですか?」


 ミナが内ポケットからジャラリと出して見せてくる、赤い宝珠をあしらったちょっぴり大げさな首飾りである。オークションでもデモンストレーションがあったが、炎を操作するのを補助する役目があるとか何とか。


「ん、それそれ。効果はそれなりにあるみたいだけどプレゼントって言うことで受け取っといてくれないか?」


「そうですか? それではこれはパーティの隠し貯金と言うことで。聞けばかなりの値打ちがあるそうですね。いざとなれば根回し交渉のための資金源となるかも知れません」


 思わず、ず、ずっこける。おい。プレゼントだっていっただろう。何それ、換金とか俺は水商売の女にでも貢いでるのか。

 不思議なモノでも見るようにきょとんと俺の前にいるミナはそれこそ傷一つつけまいとさっさと内ポケットに直してしまった。


「だぁーかぁーらぁー、それプレゼントだって。日ごろの感謝の印にだな、」


「え、ええ。どうしたのですかヒカル様? ですから資金の足しに――」


「お前なぁ…、俺をどういう風に見てたは知らないけどさ、男が女に貴金類渡すときはそう言う打算じゃないんだよっ、ったく!」


「えっ…ひゃ、ひゃあ!?」


 がばー!っとベッドにミナを押し倒し馬乗りになる。反射的に掴んできた右手は合わせるように左手で押さえ込んだ。吐息が当たるくらい近くまで顔を寄せて、ミナのうなじから漂う香水のような甘い芳香を感じながら強引に内ポケットに手を滑り込ま、

「ぃあ、あぁああ、ひっヒカル様…!? そそそそ、そのっっつ、明るいしその、まだ私その心の準備が…っ」

「うわ、こんな至近距離でつば飛ばすなバカ!?」

「ひっ…!? す、みませんっ! 私動かないので、どど、どうぞ――」

「そんなかちんこちんに背筋のばされたらやりにくいって! いやホントそんな難しいこと言ってるわけじゃないから、ちょっと腕あげてくれると…(胸に当たらないようにまさぐってると内ポケットの口が見つからないんだけど)」

「こ、こうですか?」

「…え"。どうして俺の首に手を回す?」

 上目遣いでぱちぱちと、まるで視線で首から舐めあげてくるように俺を見てくるミナ。

「え? じゃあ腕を上げるって……あっ…ぅん、はぁ、はぁっ………ま、まさか…こう、吊されてる感じにですか? 朝からそんなポーズだなんて…っ」

「どうしてそう顔真っ赤にしながら期待気味に言うかな」


 身をよじりながら熱っぽい息を吐くミナを見てるとこっちまで変な気分になりそうだ。ええい、もう胸に当たるのを気にせずに内ポケットを発見してっ…あったあった。一気に――!

 じゃららら、と胸から勢いよく飛び出していくネックレス。途中で何か突起っぽいモノに引っかかってピィンと肌を弾いたような音がした。


「ぁっ! だだめぇっ…あっ…! ひゃあああああああああああああん!!??」


 


 何だか涙ぐみつつピクピクとと全身を痙攣させながら腰が立たないとか訳の分からない事を言い出すミナに首飾りをつけ直した後、そのまま放置して部屋を出る。全く、巫女だか何だか知らないけどそこは察しろってもんである。


「お、おおおおおおおおはようございますヒカル様っっ。さささっきっ…、姉様がこちらにきませんでしたっけ…………? あぅ、…朝食にヒカル様を誘いに行ったかと思うんですが………………………」


 そこにばったり出くわしたのはナツだった。

 というより、居た(・・)

 情事に関しては隠し事できず。顔を真っ赤に染め上げる才能は姉譲りなのだろう。所在なく俯き勝ちに視線を彷徨わせ、ちら、ちらと時たま俺の視線を伺うナツだった。

 ああー、ミナがなんか変な声出してたしなぁ――。


「ぅう姉様、こういう時なんて言えば良いんでしょうか………ええと…、ええと…、

 『朝からおさかんですねっ』?」


「ンなアホな…………………………………………………………………いや、あ、…ああ」


 あぶないあぶない、ナツの前では姉を食ってる邪神を演じなきゃならないんだったぜ、忘れかけてた。ていうか、こ、この姉妹はアホか…っ。

 よし、なりきりだ。ちょっと目をキリッとして、口元を怪しく笑みにゆがめる。たじろぐナツを廊下の壁に押しやって睨め付けるように、


「ふふ…今からでも育てて熟れさせるというのも、一興…かな? どう思う、生け贄の妹。姉に似てさぞ甘美な舌触りをするんだろう…――?」


 わざとよだれを引くように口を開け、ねっとりとした口内を見せつけるように顔を近づけた。ナツはおっかなびっくりに身を引きつつ、背けるように目を閉じるので、


「あっ…ヒカル様、ち、違っ…ぁ………………………………………………………………………………………あ痛ぁ!!??」


 がじり、と鼻を噛む。驚きと痛みに目が点にして悶絶してうずくまるナツを放置して、俺は颯爽と廊下を突き進んだ。なんだぁ飯を呼びに来ただけだったのか。それならそうと言えばいいのに。






 はてさて。一階のレストラン前でシュトーリアと落ち合い、六人掛けの丸テーブルに向かい合わせに席に着く。


「ん? さっきナツがヒカルを呼びに言ったはずだが…」


「眠たくなったから二度寝してるんじゃないの? おお、バイキング形式じゃん。朝はそうでないとねぇー………お、バウム達もきたか」


 レストランの入り口に姿を現したのはバウムと、それに引き連れられるようにしてヤークだった。………なぜか、ヤークを背に庇うようにして。ヤークも、まるで化け物を見るみたいに俺をバウムの背からのぞき見てくる。


「………どしたのの、二人とも?」


「……………………いや、何でもない。ヒカル殿。ミナ殿はどちらか?」


「ああ、まだ俺の部屋にいると思うけど…」


 なぜかシュトーリアがクワっっ!! っと俺を睨んでくるんだけど理由が分からない。きつね耳もピンコ立ちの有様である。


「なるほど……な。巫女の役目は機能しているということか…。

 うむ、失礼をした。ヤー坊、座ろうかの」


 バウムの一挙手一投足を真似するように怖々と隣のバウムの動きを(なら)うヤークだった。なぁんで俺が警戒されにゃならんのだか。ブクオのくせに生意気な。


「ヒカル、調子はどうだ?」

「んーぼちぼちかな。でも試合する分には十分だと思う。準優勝くらいで満足しとこう」

「は、心にもない事を。

 …コロシアムのルールで得意の武具も使用数が制限される。重力魔法だけでは、油断していると足下をすくわれるぞ。気をつけろ」

「ん。てか敵に塩を送っていいわけ? 今日はシュトーリアも俺の敵だぜ?」

「親しい競争相手にこそ健闘して欲しいと思うのは普通だろう。せっかく久しぶりに密な修行も出来たんだ。ヒカルに買ってもらったこのレイピアにかけても私が健闘するのは当然のことだな」

「…………そうよなぁ、普通は買ってもらったらそう言う反応するよなぁ」

「…それがどうかしたのか?」

「何でもないよ……………………あ」


 ホテルのロビーに、静かに、人影。

 周りの着飾った紳士淑女の中でただ一人高貴さをすら併せ持った、銀髪。

 長い銀糸を束ねるその頭脳はニスタリアンに対抗する魔法学校第一位。


「俺達とは…別行動するってさ」

「そうか。なおさら、負けられないな」


 無手の彼女が携える剣気の行方は果たして、コロシアムに向かっているのだろうか。

 こく、とマグダウェルが会釈をし、強かな足取りでホテルを後にしていくのを見送った。







「ここは百万夏祭りか」

 コロシアムへと続く大通りが人でごった返していた。ホテルがコロシアムに近いところにあったからいいものを。というか俺が早朝こっちに戻ってくるときにはまだ屋台は出てなかったのに、どうして一時間ちょっとでこうも道でひしめくように建ち並べるんだろうかね。パプーパプー、とラッパ音が各所から響き、花火、カーニバルソングの演奏まで聞こえてくる始末。建物と建物の間に色とりどりのリボンのアーチが作られている。騎士にに魔法使いに獣人までいるこの世界だけど、明らかに仮装している人もたくさんいた。男達は武器を背負い、やぐらを背負い、酒を背負い果物袋を背負い女を背負ってコロシアムを目指す。

 煉瓦造りな野球ドームみたいだなと思わせるコロシアムの面構えはいちいち壮観で、八〇段ほどの長い階段を登り切って見下ろすマッシルドの祭り模様は感慨深いモノがあった。五万や六万じゃ本当に足りない。これほどの人達の前で、試合をするのか。


「しっかし、選手はどこから入ればいいんだ? シュトーリア」


「あ"」


「おい、ちょっと待て。お前散々自由行動できてたくせしてどうして調べておかないんだよそう言うこと。全く、シュトーリアはおマヌケさんだな。コレはお仕置きが必要だな」


「すまない、つい修行に夢中に………………………………、

 ん?

 あれ、それはおかしいぞっ…だ、大体ヒカルだって何で調べておかない? どうして私ばっかり負い目なんだ」


「俺は子守してたから。お前、フリー。わかる? この歴然たる差」


「う…………………むぅ…どうせ釈明しても聞かないんだろうお前は…」


 いや冗談はさておき結構真面目に考えないと。眼下の超団体さんがこっちに到着しちまうと探すとか不可能に近くなるぞ、むしろ互いにはぐれないように必死になる可能性大である。


「ヒカル様、その点についてはご心配なく。…おや、向こうも気がついたようですよ」


「向こう?」


 向こうと言っても、階段上のここでも、祭り一週間前のマッシルドみたいに混んでいる。ぎりぎり人混みの隙間からコロシアムの入り口が見える程度。現在地も、人混みがいきなりふくらめば俺達は階段から転げ落ちてしまうぎりぎりだった。




「………んなぁ~~!



 ぉーい…ヒカル達ぃぃぃ…!!

あ、ヒカル…ってそっちじゃないったら! こっちィ! あぁあ~……ぅ。


 

 みんなってば、ホントこっちぃいいい~……………………ぅわ、ちょっとあんた押さないでよ今から通るの私よ、どっきなさいよ邪魔くさいわね……!!

 っせいぃ!!!


 …んあっ!?

 今誰か触った!?

 出てきなさいよ殺すわよ臭いのよ、うだぁあああああああああああ!!! 


 だからこっちってばみんなぁ! 気づけ、バカぁああああ――!!」





「あ、ファンナだ」


 はしたなくも人混みに揉まれながら必死に大声を出しているのだろう。バカだなぁ(もしくは人混みに溺れているのか)。


 ファンナを人混みから救出して一段落。ミナは魔力感知で、ファンナはその地獄耳で場所をつかみ合っていたとのこと。便利だねこの二人は。


「ぜぃ、ぜい、ぜぃ…………………あによヒカル、恨みでもあるの? 三回よ? 一度や二度の偶然じゃないのよ!? 三回も目があったのにどうしてスルーするのっ…」


「視界一杯に人の目ばっかりでわけわからんわい、無茶言うな。で、選手の入り口どこよ」


「ふん、教えたげないわ。対戦相手にどうして、」


「ヒカル様こちらです。コロシアム右手の貴賓席側ゲートに登録会場が設置されているそうなので」


「んなっ!?」


「おうミナさんきゅー。じゃケチな対戦相手のファンナはさようならだな。人混みに揉まれて反省してなさい」


 いかにも観戦と酒を楽しみにきたような厳つい男達の早足団体にちょうど引っかかるようにファンナを突き飛ばして亡き者にする俺。アンタ殺すとか叫ばれても全くそんな身の危険を感じないから困る。ぁあ…とミナ以外の全員が同情の目を、消えたファンナに向けた。何だか、世知辛い世の中の理不尽とか不憫を見るような風情である。合掌。


 人混みをかき分けかき分け、三〇分ほどの待ち時間の末、受付に到着する俺達。今日はさぞ激務だろうに、受付のお姉さんが笑顔で迎えてくれる。あ。ギルドの人だ。


「それでは次の方。(わたくし)はエベレンと申します。こちらが大会についての注意、留意事項の項目でございます。全てに是をいただけて参加登録が完了いたします」


「うげ。……ミナごめん、教えて」


「ふふ、分かりました。それでは隣をよろしいですか?」


 

『     マッシルドコロシアム・事項


 1・試合は予選、第二予選、本戦と各一日ずつ行う。三日間のうち出場予定の試合を一つでも不参加の場合その時点で失格とする。


 2・一本勝負とする。死亡、戦闘続行不可能、及び棄権負けにより勝敗を決する。追加ルールとして予選時は闘技場のグラウンドに設けた一区画一区画の線からでてしまっても失格とする。


 3・武器は一試合に三つまで使用可能とする。なお、毎試合ごとに違っていてもよい。弓は一〇矢と合わせて一つとする。変形武具も全部で一つ。魔法使用も自由。


 4・試合時間制限は一〇分とする。


 5・出場の後援者の了解を得ている。



         マッシルド運営委員会会長 ゼーフェ・ダルク・ラ・ジャン』



「スポンサァああああ!!!!!????? うわーうわーやっちまったやっちまったははははははは! ごめんミナ、ちょっとブックナー捕まえてくr」


 この際立場隠してるだろとか言ってられん。俺にバレた方が悪い…!


「ヒカル様? あ、いえ、実はゼーフェ氏よりヒカル様の後援を承っております」


 走り出そうとしたポーズのまま、ミナの声にカチンと身体が止まる。


「……………ままま、マジ?」


「ええ。元々ゼーフェ氏には個人的に要談がございましたので、話のついでに。ですので、どうぞゼーフェ氏の名をお使いください」


「み、ミナァ…ホントありがと、ホントありがと! 恩にきる! やっぱりミナって頼りになるよ、帰ったら思いっきり、肩もみと言わず全身悶絶のマッサージしてやるからな楽しみにしといて!

 あ、あのぉ、あと、代筆を……」


 マッサージと聞いて頬を緩める当たり相当気持ちいいんだろうなぁミナの奴。ぽっと顔を染めるナツはもうよく分からない。

 さらさらと達筆(なんだろうが俺にはミミズがのたくったような文字にしか見えない)で俺に質問しながら記入していくミナ。最期に名前と保証人の名を添えてエベレンさんに提出した。


「はい、はい…おや同じ姓ですね…、本日は旦那様のご参加ですか?」


「ええ、新婚旅行ついでに。結婚記念に優勝ティアラというのも乙なモノだと亭主が言うので…」


 しおらしく身をよじってみせるミナ。

 え"。

 隣でぎょっとしている俺とナツや記入中だったシュトーリアをよそにニコニコと応対するミナだった。なんて曇りのない笑顔だろう、寒気がする。


「あとヒカル様。先日はファンナがご迷惑をおかけしたようですね。友人として代わりに謝罪させてください。あのじゃじゃ馬がどうもご迷惑を。大会では頑張ってくださいね」


 ファンナには友人として似合わないくらい常識人然としたエベレンさんを見ているとファンナ関係の苦労がすっ飛ぶような気持ちになった。コレがゼロ円スマイルの奥に隠された素の笑顔の強さか…っ。


「ヒカル様、予選は一刻と待たずに始まるようですね。シュトーリアはヒカル様の案内をお任せします。私達は本戦の観戦しか券を購入できなかったので、ここで」


「ああ、ヒカルのことは任せてくれ。でたらめなことをやりださないよう手綱は握っておく」


「無理だねシュトーリアには。お前は手綱を握られてる方が似合ってる」


「ふふん、握っているようで実は握られているということが分からないようだなヒカルは」


「ほう、それは予選前に腰砕けになりたいってことでいいのかな? 手綱握っちゃうぞ馬乗りになっちゃうぞいいのかコラ」


「…………………………………二人とも、なるべく勇者候補としてふさわしい行動を…」


「…ヒカル殿の健闘を祈らせてもらおう。勇士が集う大会も、その実力を垣間見るにはふさわしいであろうしな」


 俺達二人に『あちゃー』な様子のミナをよそに、バウムは目測するような目で俺を観察して、こくりとうなずいてみせる。

 俺に今更不安要素? ないない。どんな競技であれ、試合前ってのはそういう気持ちであるべきだ。楽しみで仕方がない。競う相手の顔が早く、見たいくらいだ。


「んじゃ、行ってきます!」


 大空に浮かぶ剣群を一瞬イメージして、口元はニヤリ。用意は万全、何でもこい。アーラックだろうが何だろうが蹴散らして、壇上に駆け上がり。


 今日は奥様なミナに結婚指輪代わりのティアラをプレゼントするのも、乙なモノだしな…!





 ――そうして始まるコロシアムの戦いの音。序の口も序の口。

   俺はやるさ。

   たとえ、その先に身の破滅をも孕んだ俺達の運命しかなかったとしても――。




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