五一話 邪神と弓姫と役得の悪戯劇(前)
投票はっぴょーwwwwwwww
ミナ・7
ナツ・1
シュトーリア・6
ブックナー・16
ファンナ・23
選ばない?(⑥)・4
よって…ファンナイベントに決定っ!
今回は前話。後書きの次話への予告を見逃すなぁ?www(*^_^*)
それではファンナ、いっきまーす!wwwwwwwwwwww(どこの魔女っ子やねん)
ニスタリアン戦士学校の前を通り、そのままマッシルド西大門を抜けるとすぐに林に出くわす。背の高い針葉樹林達がカットする日差しは木漏れ日となって煉瓦道を蛍の光を伸しつけたように発光させ、木が止めどなくさざめいてはヴィスヤーロ海からの追い風で、風車を回すように俺達を吹き抜けていく。森の大工――異名されるキツツキのように、カッカッカッカッ…と鳴き声だか木を打ち付ける音だか、林の至る所遠くから聞こえてくるから俺は気もそぞろに周囲を見回していた。
隣を歩く彼女も森林浴を満喫しているのか「ん~~…っ」と背伸びをしながら、
「あーっ、やっぱり森は良いわぁ。空気が違うわね、どうも人混みだと濁っててやだ。
それに何より人の会話が聞こえてこないしねー、スカッとするわ」
「結構田舎暮らしとか好きなんじゃないか?」
「あ、それはダメ。第一私そう言うのが嫌だから、ていうのも含めて出てきたわけだし。ったく、なーに考えてるんだか。子が可愛いなら旅を率先してさせろってのよ。最終的に嫁に行かせるって言うならせめて若いうちは旅に連れ回すとかさ。
時代遅れだわ、子不幸ものだわ。娘は自分の所有物じゃないっての。
うちの親父のそこらへんどう思う? ヒカルぅ」
「どーも言えん。強いて言うなら、嫌なら親父をはっ倒して家を出ろってくらいか」
風で流される、さらさらな砂金のような長い金髪を指先で持ち上げながらファンナが言う。
てか人んちの事情である。貴族なら貴族、平民なら平民――それは俺のいた現代でもそうだったが、そういう身分のしがらみや理不尽はなるべくしてなっているようなもんだ。むしろこの年でまーだ貴族としての役割を自覚してないファンナの方がどうかしてるんじゃないかという俺である。はっきり言って今の状況ですらゆとり以外の何ものでもない。あの現代ですら、未だに上層階級では本人が自由とか外とかを意識し自覚していく間もなく、綺麗に丁寧に箱詰めされて出荷される家柄の子だっていたのだから。――とまぁ、それを見てきた俺としてはファンナはずいぶんと暢気優柔不断に見えるわけだ。
今日は一日オフである。
昨夜、たまには誰かと遊んでみるのも悪くないと思った矢先ファンナに出くわして何だか粘着されて、気づけばファンナの家に遊びに行く羽目になってしまったのだ。他のメンバーを連れて行っても良かったがみんなはみんなで用事があるようだし。『バウムでも…』と連れて行ってのんびりさせようかなと思って名前を出したら微妙な顔をされた。もしかしてあんまり大人数を呼びたくないのかも知れない。で、じゃあ俺が連れてかれる理由があるのかどうかは不明である。
「まぁゆとりとか何だかんだ言っても――こんなファンナに『コロシアムで優勝すれば自由にして良い』って言ってるあたりで親父さんも娘のことよく分かってると思うよ? ファンナだったら負けたらとりあえず歯を食いしばって悔しがってからすごすご言うこと聞いちゃいそうな感じがする」
「あによそれ、何だか私が負けること前提で言ってるけどアンタ。悪いけど私と当たったら手加減しないからね、いろんな意味で」
「俺と本気でやったらすごいぞ? 嫁に行きたくても行けない体になるから」
「アンタ女の子に何するよ!?」
ジトーッと至近距離から睨み付けてくるけど無視だ無視。俺本心としてはもうちょっと怒らせてみたい気もするけどこれから向かうのは完全あるアウェー、ファンナの実家である。何があるか分からないからご機嫌だけは取っておくべきだろう。
「でもファンナくらい可愛いと、手加減しちまうかもな?」
ケケケ、とニヤニヤしながら流し見てやると。
――嘘だろ、こんな軽口真に受けてそんなに顔真っ赤にするなんて。
…足を止めて棒立ちで、俺を惚けたような目で見つめてくるファンナなのだ。あう、あう、と口が何かを訴えたい気概だけは伝わる程度で空まわりし、ノースリーブのむき出しの両肩を寄せるようにして腕を抱いている。可愛いセクシーさと勇ましさを共存させた赤鎧ミニスカートから生え出る太ももをもじもじとすり寄せあわせ。俺そんなにキモいこと言ったんだろうかと自分の言葉を反芻してみると、確かにやっちまった感はあるが。
――やば。こんなファンナ見てると本番でもマジで手加減してしまいそう。
…もしかして、さっきの『手加減しないからね、いろんな意味で』って、これが狙いなのか? だとしたら相当な策士だ、俺――俺としたことが、油断してた。
「ぶ、ブリッ子は減点だからな!」
「――………………え? 何、ブリッ子って?」
雰囲気に負けた気がして、赤面しながらファンナを指さして罵るくらいしか俺には出来なかったのだった。
林道を二〇分程度歩きつめるとようやく林の隙間から建物の輪郭が捉えられるようになる。道中でライオンくらいの大きさの魔物に2度、耳がないパンダみたいなのに三度出くわしたが、そこはさすが地元っ子。
「殺さないで。追い返すだけで良いわ。彼らの生態系もそのままウチの警備だから」
あやうくアクェウチドッドの雷剣でジュワッとやる所だったので危なかった。以後も、魔獣達も頭が良いのか、俺が雷剣を構える度でビビッて林を逃げていった。剣身からあふれでる蒼い電光に、自身の蒸発消滅を何となく察したのかも知れない。なんかアンタがいると楽だわ、と呆れたようにこぼすファンナも内一回は目にもとまらない速さで魔獣の足下に三矢打ち込んで退けていたから俺と同類だと思う。
林を抜けると、色とりどりの花園の向こうに、小さな白いお城があった。
「――はい、あれが我が家、キーシクル家の屋敷よ」
だが、踏み入れるとまるでこの屋敷は湖の上に立っているんじゃないかと幻想するほどに水の色がした。
花畑はどれも煉瓦で四角く整備された小さな池の真ん中に花壇があってそこに生えている。いくつもいくつも家を囲むように、黄、赤、ピンクオレンジ、紫――そして緑を鮮やかに点在させて風に揺れている。来客が来るのを知ってたんじゃないかって言うくらい藻の一つも見えない池。花達もしっかり長さも向きもそろった、手入れの行き届いた花池庭園だ。
そして極めつけは湖に浮かぶ城に続いている一本だけの煉瓦道――その桟橋めいた道の先にある白いパルテノン神殿のような輝く白さ、横広の『お城』だ。煉瓦造りだからそう言ってしまうのかも知れない。実質は風光明媚な屋敷といった感じである。
「言葉もない? まぁね、私もこの家だけは好きよ。お母様がデザインしたんだもの。こういう家でだったら私みたいなイイ感じの女の子も生まれるって寸法よ」
「(学校の生徒の中で、ブックナーみたいなお忍びの王族の気配に気づくくらいはファンナも敏感ってコトか)…ふーん、生まれは良かったけど育ちが悪かっ、」
「あ、ごめん足が滑っちゃったわ」
首だったら意識ごと刈り取られそうなローキックを受け、バッチャーン! と水の中にダイヴする俺。 ごぽぽぽ…と沈み、なぜ蹴り飛ばされねばならんと怪獣のように登場するとモグラ叩きのようにまた蹴られて沈み――そうになったのですんでの所でファンナの足を掴み、そのまま「き、きゃー!? ちょっっっヒカルアンタ私にこんなことしてタダで済むと…こわ、アンタ怖いったら! い、イヤぁああーーっ!!??」ずもももも…と引きずりこみ――。
屋敷を正面から見て三階の右端の大窓がある部屋にあたる。窓際のニットソファに背を預け、その窓を通してさっきまで水遊びしていた池を見下ろしながら、
「ったく、ひどい目にあったぜ」
ふぅ、とバスローブの格好で頭をタオルでふきながら胸をなで下ろす俺である。
「違う! そこ違う! ひどい目にあったのは私の方だから!!
何が哀しくて自分ちの池に引きづりこまれなきゃいけないのよ、ううっ…食人花に食べられる恐怖を味わった気分だわ…………メイド達のいかにも微笑ましげな視線に晒されたし……………チッ、仕返ししてやらないと気が済まない。曲がり角で闇討ち…」
あくまで穏便には過ごさせてもらえないようだ。隙を見て逃げよう。
――…今いる所はファンナの自室。
ううううっとファンナは、俺と同じく女物のバスローブの格好でこれじゃないあれでもないと服を見繕っている。何やら普段着は全部寮の方に持っていってるらしく、家に残っているのはパーティー用のドレスだけだったようだ。母親の服も残っていたが、…試しに行ってすぐ帰ってきた。胸がきついらしい。この胸は遺伝ではなかったのか、マザーよ。
「時々チャイナ服みたいに足がこぼれるのは良いなぁ…」
「ああ、それ偽足だから」
「なんだって!?」
……………………………あ、いや、その発想はなかった。ファンタジーな世界だからそういうのもあり得るかと思って思わず反応してしまったぜ。というか偽足を見せる意味も分からん。
こんな単純な嘘にも引っかかるバカだと目測されてしまっていたと俺は、そのショックで、ファンナのおきまりのような『べー』に、全身全霊でもって指先で出来るあらゆる侮辱のジェスチャーで答える。別の部屋を探しに行くのか、ファンナがドアに手をかけたと同時にノックがした。
「誰?」
「ほっほっほ、デミアンテルでございますお嬢様、お召し物がご用意できましてございます。そちらのご友人の分は言いつけ通り購入しに行っておりますが」
ドアを開けると、黒髪をツヤだしワックスでぺたぺたに固めた銀縁眼鏡の老執事が朗らかな笑顔でお辞儀した。
「ありがとう、デミアン。じゃ私着替えてくるから。お茶の用意が出来てるなら、後ろのアイツにもう飲ませちゃっててちょうだい。あ、付き添いはいいから」
「はいお嬢様すぐにお持ちいたします。それでは貴賓室の方へ…」
ありがと、とデミアンテルなる執事に軽く会釈してドアの向こうに消えていくファンナ。
そんなファンナの背中にお辞儀していたデミアンテルはその微笑みのまま入室してきて後ろ手でドアを閉め鍵を――――――鍵を?
「あ、あの…」
「これはこれは初めまして、私キーシクル家に使えておりますデミアンテルと申します。本日はお嬢様のご友人をお迎えできましたことをうれしく思っております…………………男でなければ」
「え?」
あれ、今なんかぼそっと聞き捨てならないようなワードを洩らした気がするぞこの執事さん。
「お嬢様の魅力に惹かれ、下心を抱くのも分かります。度々にご学友、ギルドのご友人がファンナお嬢様につれられてこの屋敷を訪れました…。
ですが、お嬢様の部屋に入室されたキーシクル家関連の者以外では初めての男性となったヒカル様には、過去最大のその誇りと死ぬまで消えない恐怖とをお持ち帰りいただこうと思いまして、メイド共々腕を鳴らしておもてなしさせていただきます。楽しみにしていてくださいませ」
イ キ テ カ エ レ ル と お も う な よ。
くわっ、と、菩薩の微笑みが般若に豹変した瞬間だった。つかつかと俺がソファから身体を起こすまもなくバスローブの首元を掴み上げ軽々と、そして腹の底からの怒りでプルプルと震えながら持ち上げてくる。
「至近距離でのお嬢様のあどけないお顔や濡れ肌やうなじやタオルからこぼれる臀部、上着のパイ裏臭、これらは私だけの楽しみでございましたのに、横から別の男にかすめ取られたような傷つけられたようなこのむなしさと言ったら。…幼い頃からこの手で育ててきたと自負しております。そのかいもあって健康的に、魅力的にお育ちになられました。私が言いたいことが分かりますかなァ? ヒ カ ル 様ァぁアン????」
「つまりアンタはヘンタイでタイホである、と」
「一族ゥ秘伝のォオ、ソイヤぁあああ!!!」
ジャーマンスープレックスホールドが存在する異世界なんて…き、嫌、い、だ…――。
「ん、ン…?」
「ねぇアンタ、もしかして結構疲れてたりするの?」
気絶していた俺を揺さぶり起こしてくれたのはファンナだった。紅茶のカップ片手に、ソファにいつの間にやら寝かされていた俺の鼻先をつんつんいじってくる。俺は未だにじんじんする首をさすりながら身体を起こし、
「いや、そんなことは…てかお前ンちのあのデミアンテルって来客の男みんなをああやって投げるのか?」
だとしたら男が来たくないわけである。ちょっとファンナと遊んだだけでアレされるんだ、恋人とかそう言うレベルになったらいつ刺されてもおかしくない。まー、あの自分より強い男じゃないとダメ的なファンナのお眼鏡に適うヤツが早々いるか、ってのは別だけど。
灰ブラウスに薄抹茶色のロングスカートと、あの老執事ぶりにしては無難な服装である。足が長いと得だな…と、なぜかうらやましい気分になってくる。机の上には紅茶のセットと懐かしい焼き菓子…アルレフールが八個ほどが盛られた皿があった。
「はぁ? バカね、何言ってるの。デミアンはもう今年で78よ? そんなことしたら腰痛めちゃうわ。私もなるべく重いモノも持たせないようにたまに手伝ったりしてるくらいだもの」
腐れエロ執事の綿密な策略に馬鹿馬鹿しいを通り越して愕然とする。欲望のための準備は確かに万端だ、あのファンナがこんなにも騙されきっているだと…?
「寒くなってくると分かるんだけど強風にも、よよよよ、って倒れそうになっちゃうくらいでね。よく私の方に枯れ木みたいに倒れてきたものだわ。家の仕事だけでいいって言うのに頑張っちゃうから…去年も山菜採りに行った時にデミアンが疲れちゃって、夕食も近いからってことで私がおんぶして帰ったりね、」
「何だか、くやCぃいいいい!!!!」
思わず握りしめた拳をがじがじやる俺である。あの老人がファンナとスキンシップしてる間のエロい目が簡単に想像できるからむかつく。枯れ枝のくせに頬染めやがって…!
悔しすぎる。
たかがファンナである。
だけどだけど、だ、仮にも見知った友人が変態の魔の手に晒されていることが分かれば何とかしたいって気にもなる。何よりファンナの、育ての親に対しての信頼に近いだろう、あの腐れ執事へ純粋無垢な印象を持っていることが不憫すぎて泣ける。『朝起きたら貞操がなくなってました』なんて冗談も、この家ではマジで笑えない冗談なのだ…!
「ま、ぁ…いいや。とにかく紅茶、冷めないうちにいただくよ…」
高級茶葉を使用しているんだろうお茶も全然味が分からず、俺は少しでも内心の不安やら嫉妬めいたものから開放されたくてアルレフールを一個つまみ、口の中に放り込んだ。
「ん…んぐ…ッ?」
パイ生地をかみ切ろうとするが、石みたいな妙な歯ごたえで咀嚼が止まる。
「は、はが…!? ぺっ…な、なんだこれ…」
人形である。チョコレートみたいなツヤと色をした人型の人形だ。執事服に眼鏡に…ってこれデミアンテルまんまじゃないか。
「あー、これデミアンお手製のお人形よ。彼、私が男友達連れてきたらいつも何かと工夫してそれを仕込んでたわ。この家父親以外は男がいないからうれしいのかもね」
たぶん、それ『敵』と認識したヤツに渡すんだよ…。
俺は、じんじん痛む犬歯をお茶で誤魔化しながら、どう仕返ししたモノかと考えていると、またもやノック。
「お嬢様、ご友人のお召し物をご用意いたしました」
今度は至って普通の女の人の声だった。アナウンス嬢とまではいかないけど高い声質で、メイドらしく優しい声色である。
「パティ、ありがと。ヒカル、パティについていけばいいわ」
「あ、ああ」
メイド共々、とか言ってたしなぁ…。
飼い主から引き離される子犬の心境でファンナを見つめながら、部屋を後にした。
「ヒカル様、ずいぶんぴりぴりしてますねぇー」
心配していた矢先、開口早々フレンドリーな口調で話してくるメイドだった。大学生くらいの印象がするから、19才なのかも知れない。熟れたリンゴのような赤い髪をシニヨンにまとめている、八重歯の可愛い悪戯好きそうな顔。ファンナの姉と言われても、俺は疑問しないだろう。
「パティって呼んでくださいね! いやはや…まぁたデミアンテルさんにいじめられたと見えますが、どう? あの人の焼きもちっぷりは見てる側は面白いんですけどねー」
「あ、あんたは共犯って訳ですか…」
「一応上司命令なんでー」
アルレフールに人形入れさせられたのも私なんですよね、とパティさん。聞けば、想像通り、毎回男友達を連れてきたらデミアンテルの洗礼にあっているらしい。良家の御曹司も訪れることがあるが身分は問わないそうだ。皆最期は口をつぐんでキーシクル家を後にし、二度と来ないという。
「でもお嬢様の部屋に入ったのはたぶん男友達ではヒカル様が最初ですよ! これは快挙ですよー、お祝いにナツナロでもお出ししますかね今日は…お嬢様のおっぱいくらい立派なのを。へっへー存分にかぶりついてくだせー」
ああ、あのナツナを甘い梅干しみたくしたヤツのことね。ブドウ味の桃なナツナの甘みが濃縮されて、梅干しみたくただれたような表面の舌触りと、中の果肉が何とも香り高い。銀箔であえるから見た目も綺麗で、ミナが言うにはアストロニアでは定番の祝い食だとか。お赤飯みたいなもんか。てかメイドに肘でうりうりやられるの俺初めてなんだが。
「ねぇねぇ、お嬢様とはどの辺までいっちゃってるんです?」
「あー、そういうのじゃない。まだ会ってから、一週間ほども過ごしてないんだ。それにアイツとは何かと噛み合いの日々だからなぁ」
大体アイツはブックナー一筋な感じじゃなかったか? まぁ実際はブックナーは実は女の子だって俺は発覚しちゃってるわけなんだけど。
「そうですねー、お嬢様と良い仲って言っても、犬猿で終わっちゃうのがほとんどでしょ。
大体、そんな出会って間もないような人間がともにバスローブ姿で、同じ部屋にいさせると思います? 別の人でも勘違いするかも知れないのに。
ファンナお嬢様はアレで十分身持ち堅いですよ、大概友達って言っても実力主義ですし、ギルドの話ばかりしてますしー。むしろ私としては、そんなわずかな時間にそれほどまで距離を詰めたヒカル様の手腕に興味が。よっ、このスケコマシ!
…たぶん内心焦ってると思いますよデミアンテルさん。そゆことで」
「間もないってこと知られたら殺されるな…」
「え? もう知られてますよ? さっきすれ違ったじゃないですか」
――お、おかしいな、なぜだかすごく鳥肌が立ってる。んー…?
ポケットに妙なふくらみ。
探ってみると、……………デミアンテル人形がまた一個入っていた。
俺は、シャツに半ズボンという少年スタイルで廊下をこそこそと移動していた。あの執事が頼んだのだから期待はしていなかったがここまでだとは思わなかった。これで野球帽を渡されたらまるで公園で駆け回る小学生である。死にたい。
「くッ…このコーナーはクリアか…」
なぜか知らないけど俺の着替えの場所は遠く、三階東側のファンナの部屋からすると全く真反対の西側一階である。ごめんなさいねーとパティさんが言ってた所をみると、これもデミアンテルの仕業か。
赤絨毯を低姿勢で壁を伝うようにして歩く。すると、スコッ!!! と俺の首元をかすめるようにして壁に突き刺さる突き刺さるナイフ。持ち手にはデミアンテル人形がひもでくくりつけてあった。ふん、もう着替えて部屋を出てから四回目とくると驚きもしない。
今まで回収してきたデミアンテル人形を腹いせに全部首を飛ばして放置してから先に進む。突然ドアが開いて鉄鎧が倒れてきたりとかぎりぎり両手を左右に伸ばせて支えられるほどの落とし穴とか踏んだ場所が実は接着剤トラップだったりとか、この好き放題は後で家主に言いつけてやりたいほどだ。しかしファンナに言ったところでその時にはすでに片付けられているだろう。その度に見つかるデミアンテル人形はバラバラ死体にしたり股間を砕いたり便座において尿をひっかけてやったり投球練習ついでに窓から池に投げ込んでみたりと有意義に処分した。スタンプカードじゃないんだから無駄な荷物である。
猛回転しながら首を狙うアルミトレーを手のひらですくうようにキャッチする。バイト柄、トレー捌きには定評がある俺だ。そこらのヤツとシルバーの扱いでも負ける気なんてしない。
「…あれ?」
トレーには、接着剤でつけたわけでもなく、デミアンテル人形が一体真ん中に乗って微笑んでいた。
「な、なんという技術――…ッ」
ここの執事の練度は、俺の想像を超えている…!
「ヒカル…………遅いわね」
ファンナはパティに温め直してもらった紅茶を傾けながらぼやいた。
「デミアンテルさんがお選びになった服がお気に召さないそうで」
「趣味の違いかもね。ま、ここにいる間は我慢してもらうとしてと。…ちょっといつもより雰囲気が物々しいけどどうしたのよ? メイド達も見たところ数がかなり少ないし」
「それがですね………………お嬢様が帰ってくることを事前に知らせてくれたなら良かったんですが、その、こういうことは大変申し上げにくいのですが………本日もうすぐにボルダノ様が旦那様といらっしゃる予定で…」
「――……そう。
あの馬鹿親、本気であんな豚男に嫁がせる気なのかしら」
「お控えくださいお嬢様! どこで間者がいるか分かりませんし! …相手はギルドのお得意様でしょう、デブで狸で息が臭くて唇でかくてワキガの臭いがしてあんな男に押し倒される運命にあるお嬢様を思うと…………ぷっくっくっく、ぷふっ…ざまぁ…わ、笑いが…!
…………………こほん、えっと、経理も担当していらっしゃる旦那様がうかつに断れる相手ではございません。お察しください、そゆことで。ね♪」
「貴方の歯に衣着せない所好きよ。私と立場交換しない? 一夜のうちに貴方貴族よ。今度は私がかしずいてあげるから。ボルダノに肩抱かれてる貴方を笑いながら」
「私匂いフェチなんで構わないですけど、私の代わりに夜伽とか毎日お願いしちゃいますからねお嬢様にー。まぁこのままお嬢様が結婚されても私がその役になりそうで怖いんですが。世知辛い世の中ですよねー。お金って怖いですワ」
「メイドはお手つきを恐れた…か。パティかデミアンテルの判断?
とどのつまり、ボルダノが来るってコトは会食があるのよね。お昼? 夕食?」
「はい、お昼からとなっております。その時は適当にドレス着てあげてくださいなー。私に矛先が向かないように。
あ、ご友人の方は私がおいしくいただいちゃいますのでそこらへんどうでしょ。
今夜は…華が二輪散る夜になりそう…ってか! ほらお嬢様も一緒に。ってか!!」
「あんた一人でやってなさいよ。
…冗談じゃない! どうしよ…あのクソ親父人の人生なんだと思ってるんだか。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ていうかホントにヒカル何してるの?
下からドスンドスン聞こえるんだけど」
「(チッ、お嬢様の地獄耳には防音とノイズキャンセルすら通用しませんか)
戦いでございますよ、男を賭けての。女には女の戦いがございますように、男には男の戦いがあるのでございます」
「そんなに気に入らない服だったのかしらね。…着こなすくらいして見せなさいよ。だらしない」
「んー、勧め方にも問題があったりして」
で、何着なきゃなの? とファンナの気の入らない言葉。それだけでも、貴族の責務を否応なく感じさせる諦観に、パティはいつも通りの笑顔で答え。
キーシクル家は静かに、ボルダノの到来を予感させるのだった――。