五〇話 邪神と金銀の二つ笑顔
―― コロシアムまで後、2日 ――
快食快便の朝で「もうお昼ですわよ」……………えっと、昼である。
「ふわぁ。…つっても、こっちは久しぶりにまともなベッドなんだよ…」
ホテル一階の、カーテンの木漏れ日のような明るさのレストランでの朝食だった。豪奢なシャンデリア、並ぶ白巾敷きのテーブル、囲む椅子。
アルミトレーを携えたウェイターや水をついで回る慎ましやかなメイドの足音。
小ステージでは、いつぞやブックナーと食事に行ったときに店で見た奴より厳かな金銀装飾の施された縦ピアノが、癒しの旋律を奏でている。どこか宮廷音楽を思わせるその音色を囲む人間も、繊細な刺繍のドレスやシルク生地のツヤを持った紳士服に身を包んだ…小貴族達だった。
…――なんだが、そんな『貴族サマ』からちらちら視線が向けられるから肩身狭いし気まずい。というのもここ、マッシルドでも有数の高級ホテル「アルタンシア」。一夜1000シシリーものホテルに俺みたいな貧民オーラ振りまいた男子が一人で昼食とかさぞかし奇異な光景だろう。この蒼のチャイナ風の神服のせいかもしれないけど。
カリカリに焼けた実入りの丸パン、尖り顔のふくらんだフグみたいな焼き魚に野菜漬け、ポタージュスープ、洋なしの味をした荒絞り赤ジュースの朝食を一人食べていると、大階段から下りてきた銀長髪のお嬢様がめざとく俺を発見し今に至る。
「マグダウェル、他のみんなは?」
「鬱陶しいですから私が外に追い出しました。男一人に何人も女性がまとわりついてはしたなくないのか、と。妾でもあるまいし。他の用事を済ませてくるように言ってあります。ああ、ファンナとシュトーリアについては昨日の事後処理、とのことです。
ヒカル君は、肘をつかない」
マグダウェルは今から昼食らしく、俺の正面に同席してきた。アンチーブ風の野菜ソテーと紅茶のパンセットを注文するやいなや、髪をさっとかき上げて周囲の視線を怜悧に見回し、蹴散らす。獅子が野鹿の群れを散らしていく感じである。要するに、今の彼女には視線がお呼びではないのだろう。てか、追い出されていくミナ達の顔が目に浮かぶ。
ファンナあたりにミナが引きずられていって「私は残りま…アーッ!」。
ありうる。
「ってことは、この静かな朝食を提供してくれたのはマグダウェルって事か」
「礼には及びません」
本音半分嫌み半分の言葉を物ともしない。実際、ミナ達に昨日の夜の出来事の説明をとせっつかまれたり、ブックナーみたく腕試しするよ! とか言って朝から連れ出されることはないのは助かってる。自分の中で寝かせていた思考やこれからの方針。考えたいことはあった。
じゃあ嫌みってなによ。べ、別に一人だったのが寂しい、ってわけじゃないやい。
…一人なら、ずっと一人でいさせて欲しいって事だ。
「……ヒカル君。貴方は人の食事する様を観察する趣味でもあるのかしら?」
………………つまるところ俺に集まる視線って、マグダウェルのせいじゃないかと思うのだ。内心を言えば、お嬢様とそれに釣り合うはずもない一般学生の組み合わせの、男の方。
赤いブレザーにほぼ黒のダークグリーンのスカート。胸に王冠の刺繍をあしらった、名門ゼファンディア魔法学校の生徒ってだけで注目を引くだろう。ファンナやブックナーのように戦士の汗臭さとは対照的な、生粋のお嬢様。視線の動き、テーブルマナーの練度…話し方一つをとっても気品があふれ、ホテルマンの目すら奪うほどの格式高さは、他の客を差し置いて最もこの空間にふさわしいとも言える。
何より、綺麗なのだ。黒と赤バラを模したような柄のカチューシャが留める姫カットの銀髪は夜のうちに星の光を孕んでいたかのごとくうち光る。俺と同じ168センチくらいの高身長で、胸はシュトーリアたちに比べれば控えめだが、ブレザーの起伏から見て美乳に違いない。きゅっと絞ったようなウエストは女性の目から見てもうらやましいだろうし四肢も女軍人のような強かさがある。目元も直視すれば鳥肌が立つくらいの切れ味で、ぞくりと気圧されるかMッ気で胸がいっぱいになるかのどちらかである。
ブックナー曰く、『ゼファンディアの切り札』。
文武に優れ魔法とその研究に関しては他者の追随を許さない天才として帝都各地に名が知られ――コロシアムの優勝候補筆頭としてニスタリアンに警戒されるほどの、人物。これだけ有名だったらもしかしたらこのレストランのお客の中にマグダウェルの素性を知る人がいるのかも知れない。ていうか何でそんな人物が俺の目の前でパンちぎってんだか訳が分からん。
「…そうやってパンを全部一口サイズにちぎっちゃうのはあんまり上品じゃないんじゃないの?」
「毎回毎回ちぎるのは手間がかかって無駄です。マナーの本質とは他者に迷惑をかけないこと、食事を円滑に進めることにつきます。ちなみに、肘はテーブルクロスにしわを与えます」
筋が通ってて何も言えない。…確かに『そうするべき』っていう上品な食事のイメージが染みついてるだけかも知れないのだ。本当の意味でマナーを理解している人だから見える物もあるのだろう。――…とかいいつつも、ちょっとむしりむしりしてるマグダウェルが可愛かっただけだったりする。
「――ところで、聞きたいことがあるんじゃないですこと?
そしてそちらから話すべき事があるんじゃないですこと?」
「というと?」
焼き魚の身を口に入れながら、促す。話し合いたい事はいくつかあるけど…まぁ少なくとも食事中にする話でもないのだ。察するに、他のメンツを外に散らせてまでマグダウェルが一人残ったそのわけもあるに違いない。
「……もしかして、試してますの?」
「まさか。そっちこそ試してるんじゃないのか? …あー、待って。やっぱり聞きそびれそうだから聞いとく。
マグダウェルはさ、あの女性の軍人とどういう関係なんだ?」
「私の剣の師匠で、姉がわりで、家臣ですね」
なんじゃそりゃ。
「簡潔すぎる返答、ありがと」
――ようやく事の顛末に筋が通ったので、おさらいしとこう。
オットー山脈を命からがら下山した俺達は、山の麓の町に停泊している巨大な物体に目を点にした。
マグダウェルやブックナーはようやく自分達が遭難していた場所を認識することで。
対する俺は、何でこんな物がこの世界にあるんだ、という驚きで。
――だって巨大な戦艦みたいなのが町に隣接しているのである。聞けば飛ぶらしい。一体どんだけファンタジー!? ロマンをくすぐられる。俺はブックナーに背負われながら死にそうな体にむち打ってうつろな視線で手を伸ばし、乗りたいと心中熱望した。いやもう乗るしかないだろ。飛行船とか大好きだったのである。良い思い出はないが。
『ヒカル君の体調の回復を優先させたいですが…やむを得ませんね。…意外と良い作戦かも知れませんわ』
全然要領を得ていないブックナーと俺は突然先行し出すマグダウェルに慌ててついて行く。マグダウェルが腕輪を売り払い小金でローブを買ったかと思えば、そのまま大陸巡航横断船に無賃侵入し――――道中でハイジャック。
乗客が軍人だけだったというのは乗り込む前に町の酒場(流し演奏を邪魔してた奴が目障りだったので挨拶代わりに店外へたたき出す俺のサービス精神)で情報を集めていたので初めから知っていた俺達である。
『今からハイジャックなさい』――マグダウェルよ気が狂ったか。
だがマジだった。むしろこの女性の本性だったと言ってもいい。その時はさすがに三六九から言われてきた無茶の数々が蒼然とよみがえってきたもんだ。無茶だと返すと、睨まれた。泣いた。
で、そのまま滑らかに運転席占領。船の舵取りも出来るという完璧ぶりであるマグダウェルに操縦をお任せ。途中で軍人達を無力化するべく一芝居打ったが、ガヴァンドルさんと舌戦交渉中マグダウェルの、俺に乱暴されているかのようなメイドの演技は真に迫る物があった。後からガヴァンドルさんのみを呼び出した時には、「お嬢様に狼藉を働いたたわけがッッ!!」と運転室のドアを蹴り開けるやいなや突然斬りかかってくるほどである。剣先で喉ちんこを人質に取られたときはさすがに死んだなと思った。泣いた。
そんなガヴァンドルには主従(端から見るとご主人様と犬)を堪能させてもらったりブックナーと仮眠混じりにデッキでちょっと話したり――そんなことをしてると、夜頃には懐かしきマッシルドの夜明かりを捉えたというわけである。
どっかで停泊させよう…と思って、俺は神獣召喚でシュトーリアを呼び出して(呼び出された時には相当びびっていた。敵の技かと思ったらしい)…なにやら戦闘中であるらしいことを告げてくるシュトーリア。
アーラックと。
それだけで何となく事態が理解できた。三六九達との経験がなければただ、急ごうとくらいにしか思っていなかっただろう。だけど俺は、それだけでは足りないと思った。
一歩足りなくて最悪の事態を招いたことは何度もある。
腕一本分届かないだけで死なせた友達がいる。
俺もいい加減学習するというものである。俺が関わったときはいつもそうだったから――このまま突入するぞ、と言い切れたのもきっとそのおかげだろう。シュトーリアを戻して神殿障壁で向こうからも防備を整えさせた後、俺は飛行船全域を神殿障壁で覆って校舎に突っ込んだ、ということだったのである。その後はガヴァンドルの先導でニスタリアンから脱出し、彼女が止まる予定だったホテルになだれ込んだ。
ちなみにマグダウェルが最初に言った、ファンナやシュトーリアが行ったという『事後処理』とは、ニスタリアンの半壊した校舎の後始末や、校舎同然に半壊したマキシベー含む軍人達のその後、に関しての情報収集のことである。
「…それだけですか? あら、もう少し情報にしつこい人間だと見ていたのは私の見込み違いかしら?」
「ん。今はね」
平然と返すように努めるが、背筋がぴんと張るような緊張感に体が硬くなった。…生徒会長って人種はどうしてこう、無駄にカリスマあるかね。瞳孔の観察でもしているのか俺の目をじっと見据え――――ながら、閑かに口を開いた。
「――お互いが捕まっている間の、記憶について」
「え?」
「……及びませんでしたかしら? いえ、よろしいのです。特にヒカル君は目下の敵に集中することが肝要でしょう。皆も、あの様子だとヒカル君に裏で立ち回られるより目の届くところにいてくれた方が安心するに違いありませんね。
――ですからこれは、オットー山脈を脱出するまでだったとはいえ共闘を宣言していた私からの、よしみ。まだ仲間と信じるわけにはいきませんが、敵の敵は味方。見える物も違ってくるでしょうし。
説明いたしましょう。
まず結論からですが、ヒカル君。私やブックナー君もですが…記憶の改竄が見られました」
スープを運ぶ手が、言葉を吟味するべく、びくりと止まる。
「…どういう事?」
さすがの俺もその予想はなかった。ただでさえ注目されている視線に極力悟られぬよう、一瞬とまったスプーンを再び口へ運びながら、
「雪山ではヒカル君の体調が悪かったですし、話し、思考する体力消費も考えると打ち明けにくかったのですが、あの時私が細部診断を使用したこと、覚えていますかしら?」
「ああ、診断魔法だっけ、医療系の」
今思うと便利だよな、覚えていれば体の状態が一発で分かるなんて。病院に行くか教会に行くかで迷わずに済むし。
「そうですね。その時に、です。光魔法による記憶の矯正、改竄。ヒカル君が起きる前に私やブックナー君にも試しましたが脳に同様の魔力痕が見つかりましたわ。記憶については封印暗示ではなく破壊されているので復元はほぼ不可能でしょう」
「じゃ、じゃあ、俺達って…覚えてないけど何かしら拷問尋問されてた可能性があるって言うことか!?」
紅茶で喉を潤しながらマグダウェルは、こくりとうなずいた。
苦み走った顔つきで。
「尋問などせずと光魔法で傀儡化してしまえばいいのです。おおかたマテリアルドライブの貯蓄に回されたか。…私がオットー山脈に放置されて気づいた時には魔力は半分以上減っていましたから、何らかの形で魔力を使用させられていたのでしょうね。
体に性的暴行の形跡はありませんでしたし、何よりこの制服にしわ一つなかったことを考えると床に転がされていたのも怪しい。ずっと立ち続けで放置されていたと考えると妥当ですね。
その時私に意識があったなら行っていただろう現場の物品の確保もされていませんでした。ああ、砂とかでも地域の判別は出来ます。胸ポケットにも内ポケットにも一切それが無し」
知らぬ間にセクハラされていたりとか人権どこ吹く風と言った尋問をされていたりしたとすると、そりゃもう歯がゆいだろう。俺だってそうだ。
マグダウェルの言ってることにはほぼ同意。付け加えるとすれば武器装備や持ち金が綺麗さっぱり取られてたって事。そう考えるとマグダウェルが町で売った腕輪や、ブックナーの持っていた黄金の三本剣のネックレスが無事だった理由が分からない。いずれも金製だろうに。
「なぁ、さっきから思ったんだけど…光魔法ってそんなに危ない物なのか? 俺は良いイメージがどちらかというと強いんだけど」
ずっと不思議だったのだ。RPGや漫画では何かと勇者の代名詞とも言える光魔法。だけどマグダウェルの話によると、あろうことか禁呪ときた。
疑問を呈する俺の顔をキチガイでも見るみたいに見つめ、
「貴方…何言ってますの? 禁呪ですよ? どうやれば良いイメージが浮かぶのか、私にはそちらの方が気になりますわ。利益と災厄の二律背反。それこそイグナ教の茨天秤の紋章のような悪面も孕んでいるでしょう。神に許されど倫理を重んじる人の子には過ぎた技術と言うことです。
確かに…六力最速の名に恥じない高速性はありますね。しかし人体とは電気信号でまかなわれているモノ。何より全感覚の70パーセントを占めると言われる視覚を惑わし、脳をも侵す凶悪性は禁呪にふさわしいものがありますわ」
「でもさ、こう、光は闇を払うというか、そう言う考え方はないの?」
「闇を払うなら炎でも雷でも、魔力を伴うなら六力全てが該当するでしょうに。
貴方は日光がただ生活を照らすだけの明かりとお思い?
…ああ、まぁ私があの時使ったのは緊急事態だったからですわ。その、使えるものは何でも使うみたいな事はないですよ? あの時は状況的に必要だったからであって、」
そういえば、とマグダウェルは続ける。先とは違い、興味本位という顔つきで、
「貴方ブックナー君とケンカでもしたんです?」
「…いいや。ちょっとした意見のすれ違い。それだけだよ」
ことりと、白く細い指が穏やかに置くカップで、ソーサーを鳴らし。
「ならいいですけど。内輪のもめ事に意識を取られて警戒が怠ってしまうのはいけません。仲間は大切です。いらぬと思っていても、後の宝となります。くれぐれも…くれぐれも大切になさいませ」
……それなりに名残を惜しむような吐露が、なぜだか心に染みた。
俺の、マグダウェルの手を掴む手がするりと空を切った感じだ。その行き場をなくした俺の手を優しく包み込み、そっと離すように。
「仲間か。
――やっぱり行っちゃうのか? 一人で」
「ええ。貴方達にとっても私にとっても、それが一番のようです」
オットー山脈で出会ったときの彼女の慟哭を聞いてから、何となく――察しはついていたんだ。それでもこのマグダウェルほどの実力者が俺達と一緒に来てくれるなら、組織が相手でも臨機応変に対応できる。
俺達みたいな奴らでも、同じ敵を追っているなら一緒に行動した方が良いに決まってる。確かに一人で行動した方が状況に応じて機敏に対応できるのは間違いない。マグダウェルはオールマイティーの天才だ。苦手な魔法はないし単身でもニスタリアンのブックナーに負けず劣らずの身体性もあるし、作戦の立案から戦略、実行にいたるまでその持ち前の賢能がいかんなく光る。…くわえて、ナツやヤークと言った非戦闘員を抱えている俺達に比べれば背負うものも少ない。
(むしろそれでいっぱいいっぱいなのかも知れないけれどな、)
彼女は言わないけれど。
その両肩には、死んだという友人達の亡霊の、無念の微笑みが確かな質量でのしかかっているのだろう。そう思うと、彼女の綺麗な背筋も友人達の死の重さに必死で耐えている風にさえ思える。
――冷たい冷たいとても寂しい山頂で。
これから下山するために必要な魔力だというのに無感情に使って、雪の中に、凍った友人達の亡骸を埋めるマグダウェルの横顔を、想像した。
「それでは私はこの食事の後、情報を収集しに行きますが。同時に、当初の約束通り、貴方達との協力もここまでです。私は私でアーラックを追います。この手で、闇から引きずり出して、悪行を暴露して絞首台へ連れて行かせますわ。
先の言葉を反故にするわけではありませんのよ。
仲間というものは…反面、枷でもあるのです。今の私にとっては、足手まとい以外の何者でも、ない」
それっきり、マグダウェルは口を閉ざした。俺も今話すべき事はなかったし、マグダウェルも同じのようだ。言葉の途中で、無意識でだろう、悲しい表情を一瞬見せたりと…大丈夫そうに見えて、内心はまだまだ参っているようだが。
(…考えることがまた一つ増えたな)
古ぼけたピアノのような音色に身を任せながら咀嚼を続けた。料理をかみしめる度に、染み出る隠し味。苦い香野菜も、今一時だけ、人のぬくもりが恋しいのだろうマグダウェルのそばにいられる免罪符なのだ、と理解して。
「…まぁ、粗野ではありますが見込みはあるとだけ言っておきましょう。
ご精進なさいな。男の子なのですから…ね」
つん、と。
「あっ…」
だからもう――。
そんな人生の苦み感じさせるような微笑みで鼻を突ついてくるの、反則だろ。
「あ、ヒカルじゃない、ちょっ…ちょっと!?」
「悪いな。俺は風になる!」
通りすがりのファンナをあざ笑うかのように軽やかなステップで引き離す、ザ・俺。
マグダウェルと別れてから俺はいそいそと軽い財布で街に繰り出した。
何せ何せ――無一文である。格好悪いったらありゃしないのである。
おのれアーラックめ…! とっつかまえたら政府に引き渡さずにまず返済させる。安らかな死などその後の問題だってんだコンチキショウ…!!
シュトーリアあたり稼いでるだろうから、俺がおすがりするなどとあってはならない。なんというか当初はがっぽがっぽ稼いでいた身としてはプライドが許さないのである。両手を腰にやって『何、おごってやっても構わないが?』などとシュトーリアにいい気にされるのもヤだし。たんに褒めてもらいたがってただけなんだろうが、なんかドラゴン倒したって昨日の夜自慢げだったし…あーくそ、良いとこなしじゃんか俺。
「にしても、人多くなったな…これもうスリし放題じゃないか」
俺が最期に見たときより人口密度がさらに三割増しといった具合で、フライパンの底を叩き合わせての怒声じみた客寄せ、この一瞬に人生賭けてますと言いたげな見せ物、きらびやかな飾りを見せびらかすように両手に掲げる宝石売り、一口だけでもと試食を迫る焼き菓子生菓子地方菓子の店々――商人や家族連れが傭兵然とした戦士の人口をとっくに超えて商業都市さながらといった風情だ。
なんてショッピングをそそるのか。金、金が足りない。くそう、金が…!
「また手っ取り早く傭兵でも狩るか………ん?」
ウェール通りの中頃で、酒場のつり看板が見えたと思えば人だかりである。斧や弓や槍を持った傭兵達三〇人くらいが――あんな所に看板置いてちゃ入れないだろうに――入り口をふさぐような立て看板にいちゃもんをつけるようにギャーギャー騒いでいる。そこだけ一般人も狭くなっている道を、できるだけ関わりあいのないように距離を置いて通り抜けている通行妨害してる状態である。ええい目障りだ、黙らすついでに狩ってやろうか。
「おねーさんおねーさん、どしたのこれ」
…なんて事はしない俺は日和見主義。ぶっちゃけどこでアーラックの目が光ってるとも限らないから目立つ真似はしたくないのである。青の神服も目立つから着替えたいが金がないのでハイジャック用のローブで我慢している。むしろこっち着てたら警備兵に見つかるんじゃね? とホテルを出る最初こそ戦々恐々だったが、よく考えるとマッシルドの旅人や一般人、傭兵を含めみんなローブなのである。
「何さ。あんたも依頼待ち?」
「まぁね。どしたのこれ。何? 営業停止でも食らったの?」
背の高い傭兵達の肩の隙間からやっとのことで覗くと、…酒場の中の明かりはなく。そんな入り口前に立てられた立て看板に貼られてある紙と言い、読めないから分からないけど、少なくとも『ここいらでお勉強がてら改装しまっす~』みたいな雰囲気ではない。
「知らないの? 今政府が介入してきてギルドが一時停止だってさ。な、暴動モノだろ?」
「ええーっ!? ちょ、 ええぇええーッ!? ま、マジでですか…!?」
軽槍を肩に背負ったお姉さんの言葉に愕然とする。
ちょぉおおっと待て…ッ、冗談じゃない。金策の当てが…。金づるが…。
「ど、どうしてなんです? 仮にも掃討依頼とか、一日でも止めちゃいけない依頼とかあるじゃないですか」
むしろコロシアム間近だからこそ一般人を魔獣や傭兵同士の諍いから守るためにも、外に用事出しといて出払わせるのが策ってもんだろうに…!
「そんなんアタシに言われたって困るっての。…マフィー、なんでだったっけ。ふむふむ…あ、そうよね。ありがと。
ボーヤ、友達が言うには、だ。どうも傭兵隔離命令が出されてる、みたい。掃討依頼も各地から警備で呼び寄せてる各国兵士がやってるんだって。魔獣退治に慣れてない兵士使って何やってるんだか。お偉い様は人命なんだと思ってるのかね…。んで、ここのギルドマスターのエベレンさんはその交渉で空けてるんだってさ。まぁお慰みだけど、酒場の店主はあたし等の八つ当たりのとばっちりを受けたくないから酒場の方も閉めてるんだろうって」
「い、いつくらいまで閉まってるっぽい…?」
「さぁ? 大体コロシアムが終わるくらいだろうから一週間後じゃない?」
「うゎああああああああああああああああああああああああ……!!!!!!」
頭を抱えてうずくまる俺だった。まずいまず過ぎる。これは奢られフラグ…! そんなジゴロみたいな真似出来るわけないだろ。ちょっと集めて(障壁で)、ちょっとつぶせば(障壁で)金貨も大量だってのに。ええい、そうだ…っ! そう言えば金髪碧眼の少女見つければ60万シシリーくれるとかラクソン公が言ってた…! よし良いぞ、それでブックナー連れて行ってだな……、
「わっ」
「ひやぁっ!!!???」
「な、何さいきなり!」
急に後ろから肩を叩かれて飛び上がった俺は槍女に抱きつくように突っ込んでしまい、二、三人雪崩を起こして周囲からドギツい視線を当てられる。
「あ、…その、ねぇ? わ、悪気はなかったのよ?」
ぎぎぎぎ、とそんな俺が槍女から離れ、首を後ろを向ければ、なんだかなんだか予想外だったのか、そんなに驚くことないじゃないのよともじもじ恥じらいに小さくなっている――薄桃な頬色のファンナがいた。
「無視したアンタが悪いのよ」
「開き直りやがったなこの女」
人に大恥かかしといてこの態度とは恐れ入る。その後の態度を間違えれば俺袋叩きになっていたっておかしくないのにこの女、謝りもしやがらないのである。ちょっと可愛いからって調子乗ってるんじゃないだろうか。てか無視されたくらいであの仕返しはひどい。
「ったく、なんなんだよお前。ほれ、愛しのブックナーとは一緒じゃないのか? 俺は別にお呼びじゃないからさっさとどっか行けよ」
俺だって可愛いからって手加減はしない主義である。それに金がないのに女の子と街を歩けるほど無作法でもないつもりだ。それがいくら俺に対して礼儀に欠けてるファンナであってもそれはそれ。
金髪のロングや白い肌が目に眩しく、肩の露出した薄手の白ブラウスにルビー色の鎧ミニプリーツスカートは持ち前のキュートさを増幅させてみえる。いつぞや町中でお世話になったという黒真珠の光沢を持ったコンパウンド弓と矢筒を背負っている。滑車つきの弓なんて俺でも博物館でしか見たことがないよ。
「あーら、いいの? 私にそんな口聞いて。今のヒカルにそんな余裕はないはずだけどねぇ~」
「な、なんだよファンナ…。俺は別に後ろめたい事なんてないぞ? ほっ、ホントだぞ? 大体そそんなに凄むからにはそれなりの――、」
「お金ないんでしょ」
「うげ」
へ、とニヤニヤ人の顔をのぞき込んでくるあたり徹底している。そう言えばファンナはめちゃくちゃ耳が良かった…! 俺のポーチの中のお金がすっからかんだってこと、すれ違ったときに分かってたんだな…! 最低だこいつ、なるほど俺を捕まえたのはこれをネタにいじり倒すためだったのか。何という暇人。
「アンタあれだけ異常な武器持ってるんだから道具屋に売ればいいじゃない。ちょっと解呪して二、三本売れば結構な値がつくと思うわよ?」
「自分の大事な商売道具を売るなんて正気の沙汰とは思えないよ」
そりゃゲームみたいに最初から売り専用の装備とかがあるなら話は別だ。でもあれは全部俺が必要だと思ったから買ったもの。暇さえあれば綺麗に磨いてるし、それなりに愛着もある。何だか女性メンバーばっかり増えて行ってるからいずれ多数決の暴力で枕を涙でぬらすだろう。…もう少しがんばれば呪いの武器の憑依霊とも会話できるかもしれないのだ。未来の友人を売る事なんて出来やしないのである。
「そうだファンナ、それならちょっとそこらの男引っかけてお金巻き上げてきてだな、」
「どう考えても『そうだ』、じゃないわよそれ!? アンタ唐突過ぎるのよ言動とか考えが色々!」
「ハン、そんな男を誘うようなエロ可愛い武装しといて奥手とは見下げた根性だな。そんなヤツが俺の相手なんて甘い甘い。ビキニ一つにピーピー言ってるようなもんだ、どこの生娘だよ。
俺の隣歩きたけりゃ――もうちょっと器量と気遣いとサービス精神を養ってから出直すんだね」
「え、えろかわ…」
「そうじゃないか、だってこの肩をむっちり見せてる切れ込みなんかお尻と相違ないし、けしからん胸のラインや谷間が裸より露わに思える。それに戦士がミニスカなんだよ? 跳んだり跳ねたりとかもう想像力誘い過ぎ、ううむムムぅ」
「ちょ…ばっ、バカっっ! しーっ、シーッ!、何言いだしてんのよ町中よ町中ッ…!
は、恥ずかしいじゃないッッ」
口押さえてくるくらい恥ずかしいならもう少し落ち着いた格好でくればいいのに。大体、エマみたいにプリ可愛属性と早くも婚期を意識してる早熟な女の子とかだから許されるんだよミニは。その隣を歩かせられる男の身にもなってもらいたい。スパッツ履いてるから大丈夫とかそう言うレベルじゃないんだよもう…。
「…何なのよアンタは…。あのね、いつどこで襲われるか分からないのよ? 傭兵狩りだって起こってたくらいだし、いくら警備兵が巡回してるからって、危険なの。危険じゃないっていいきれる方がおかしいの。
それに一つの事件防止なのよ? 私みたいな女の子が武器もなしに身一つで歩いてみなさい、勘違いした男どもが群がってくるに違いないわ。弓背負ってきてるけど、鎧スカートっていうのはそれだけで厄除けの意味もある。
それにね、この格好は私のポリシーなの! 結婚するまで処女守ってるような長袖ドレス? ワンピース? はッ、そんな箱入り娘みたいな格好はうんざりだわ。ニスタリアンに入ったのだって『動きやすい』って言う言い訳があればいくらでも薄着できるからだもん」
「先生達が聞いたら泣くだろうな、それ…」
仮にもニスタリアン三位の実力者の本音がこれである。ファンナに期待してる教師達の面目も丸つぶれだろう。
「で、話は戻すけど。あんた、コロシアム中どうやって生活するつもりよ。当てがないんでしょ?」
「あるにはあるんだけど。…言っちゃうと、シュトーリアなんだけどな。でもさ、そのほかにお金かかるだろうし。せっかく街にいるのにお小遣いもないでぶらぶら歩くだけなんて不毛すぎると思わないか?」
おみやげとかおみやげとかおみやげとかおみやげとか、あと呪いの武具とか。コロシアムで優勝しさえすればモホモス馬車も買えるし旅のお金も十分見込める。ぅう、皮算用は止めとこう。当てにならない。
「へぇ-、つまり借りは作りたくない、ってわけ? それだけ?
なんだ、アンタだってずいぶん子供じゃない」
「男子は見栄っ張りと強がりが美徳なの。シュトーリアに対してのプライドなのか男の子としてのプライドなのか、自分でも分かんないんだよ。ほっとけ」
ほんと、口からするする出ていったけどまさにその通りなんだ。こう、飼い犬にドックフードやるのは飼い主として当たり前だけど、その飼い犬に俺のご飯取ってきてもらうのはダメ、みたいな安っぽいプライド。
ということは、あれ? 俺にとってシュトーリアって飼い犬なのか? まー、しっぽは振らないけど見ていて飽きないしな…。お金貯めてからこの町でいぬ耳としっぽ買って試してみるか。売ってるよな。うさ耳とかねこ耳とか万国共通だよな。きっと異世界にだってあるはずさ。ないなら広めるまでだ。
「……ふぅん、…シュトーリアに対してのプライド、か…」
隣では、俺と同じように何だか考え事してる風なファンナ。反芻するように言葉を漏らしながらちらちら俺の顔を伺ってくるが、何考えてるのかしらん。どうせロクな事じゃない。
「つーわけで、俺様はちょっと金策に走ります。ファンナの相手をしてる暇はないってわけ。アンダスタン? んじゃそういうことで」
なんか隣のおなごが変なこと思いつく前に退散しようと、俺はてってれー的なステップで疾走を開始し、………………………………………………………………………いきなり後ろから捕まれた手に引かれて足が空を切り、仰向けにぶっ倒れる。
なんか奇異の目。
「何あの子、こんなところで寝っ転がって」( カップルの片割れ1 )
「だらしなぁい、女の子に投げられてる」( カップルの片割れ2 )
「地べたになんて、親の顔が知れるわ…」(三角眼鏡のきつそうな教育ママ)
「ち、痴漢かしらっ」(トドみたいなおばさんがワンピースの裾を押さえながら)
「何!? いきなり何!? この言われようのない辱め何!?」
くっ…ただ一緒にいただけでこの展開とは…! やっぱりそうだ、ファンナといると何かしら嫌なことが起こる。口で言えと。空気読めと。どうしてすぐに手が出て足が出て何かしら俺に災厄をもたらすのか、やんわりとだが離れろって言ってるのに本人は気づいたそぶりもない。 わざとか。わざとなのか。心の中で俺の本心をあざ笑ってるのか…!
「何すっ転んでんのよ」
「転ばせた本人がそれ言う!?」
マジでぶっ飛ばしたいこいつ。ええい、エロ解禁で物陰に連れ込んでやろうか。
俺のいらいらをよそに、ファンナはファンナで赤面してテンパっている顔だった。よっぽどなのか両腰に手を当てて顔を横に背けつつ、
「…かっ……借りが嫌なのは私もよっ。あのダガー、ずっと借りてたし? …けっこう使っちゃったし、助かったりしたから賃貸料くらい払うわ。
私も、アンタに借り作るのは気持ち悪いもの」
「はぁ? やや、ダガーは、裏オークションに潜入するときに俺が必要だと思ったから持たせてたわけで。それに昨日の夜、ブックナー共々黙秘の香破らせてくれたじゃん。貸しになるのはわかるが借りに感じることはないと思うんだけど」
何言ってるんだこいつ? と首をひねる俺である。俺の脳内ではファンナは『借りたもん勝ちよ!』的に図々しい印象だから、借りとか自分で言い出すのが不思議でしょうがない。相手がブックナーなら話は別だが俺なんか焼き肉定食つけそえのレタスだろ…。
「私がいいって言ってんの! だから、アンタは黙ってもらってればいいの!
大体私んち一応貴族だし? 放浪してるアンタよりかはお金持ちなのよ。文無しがわがまま言うんじゃないわ、悔しかったら二倍にして返しなさい。それまでアンタに『貸し』てあげる」
「ほ、らみろ…やっぱりそう言うのが狙いじゃないか。
………いくら貸し作ってるからって変なお願いとか無しだからな?」
「ふふ、さぁね♪」
立ち上がった俺の砂埃のついた背を払ってくれながら、ファンナは花が咲くような悪戯っこい笑みを浮かべるのだった。
嫌な予感しかしない俺である。
世の中は美人に味方だ。押しつけがましい親切でも美人がやればデメリットなんて無視される。こんなファンナを周りも、運命とやらもしょんぼりなんてさせないだろう。
「とほほ…」
この嫌な予感は、きっと、当たるに違いない――。