四九話 邪神の言づてと逃亡のタクティクス(後3)
ゴールデンウィークお疲れ様です~っ!!(>_<)
バイトしてる人はお疲れ!
やべぇえwww人間と思ってないwwこの悲鳴が分かる人、きっと貴方はサービス業か飲食業。
更新が予想以上に遅れちゃったので、これ読む前に四五話くらいから読み直してくれると良いかも…! 今回最長なのでぜひ楽しんでいただければと。
一番楽しんだのは私だけどねっ!wwwwwwwwwwwwww
ニスタリアンの夜の校舎を、爆炎が染め上げていた。
「…く、…!!」
連射の反動に、さすがのミナがうめく。
毎秒2発の合計210発。空間酸素を陵辱するがごとき暴熱の高圧炎弾をノンストップでたたき込んだミナは、煙を上げている両腕を、魔力孔の痛みを抱くようにして堪えた。
だがその表情は弱気などみじんもない。痛みにゆがみすらせず、――まだおかわりが足りないのかと忌々しげに煙炎をにらみつける。
ミナは自身の魔力放出量のなさを精度で補う工夫型だ。炎弾その一発一発が十倍以上の圧縮率で加工され、着弾と同時に大気中のマテリアルを効率的に誘爆させる相乗効果は、最終的にその一発を中級魔法クラスの破壊力に昇華させる。連発すれば効果範囲は次第に広がり、男の座標点を中心に本館と石塀を巨竜が爪でえぐり取ったかように半壊させて。
「み…ミナ殿!! いかぬ! やめるのだ、それ以上は…!」
背後からミナの両腕をつかむように――バウムが言った。ミナの二回りも三回りも太く、ふっくらと柔らかな体毛のせいで細木の幹ほどにも見える獣の腕で、必死に巫女の両腕に嘆願する。
「何ですかバウム氏。貴方には二人の護衛に徹しろと、任せたはずですが」
文字通り焦土と化していく一帯を見据えながら言うミナ。
「魔力量のほど…! 邪神の名に恥じぬ巫女の魔力は確かに理解かった…!!
ヒカル殿を侮った発言に我慢ならないのも分かる、罰せねばならないのも分かる!!
しかしその魔力量はそのまま諸刃の剣でもあるのだっ…!!」
―― 毎秒2発の合計210発 ――
…300は確実に優に超えている。その総量はベテランの王宮魔術師二人が全身の魔力貯蓄を使い切ってもまだ余るという異常な数値だ。
使い切っても。
つまり、魔術師が全身の魔力を使い尽くし昏倒するほどの苦しみをすでに二人分背負っていることになる。
体を鍛えたから体力がある、という単純な話ではない。その実、ミナのその六〇〇近くもの魔力は生まれながらのものではなく、宝石や薬草によるドーピングと同じだ。いくら体をその使用に耐えられるように修行や制限を課していたとしても、ミナという元々の個体のキャパシティは余裕でオーバーしていることは間違いなかった。
魔術師であり魔力運用をよく知るバウムだからこそ、ミナのやっていることの危険さに怖じ気づいているわけにもいかない。まるで死兵にでもなったかのような顧みなさ。それでは……………この少女が…死んでしまう…!!
「あまりにも…情が移ってしまっておる。
死なせる…わけにはいかんのだ…!!!」
「……………………バウム氏…」
恥や外聞、年齢差など関係なく。きつねの体毛に覆われてその顔の深みあるしわは見ては取れないが、ミナのみを案じていることだけは切に伝わる声色で――。
「…ですが時と場合が、」
言い辛さを漂わせた言葉を続けようとした時、もう一人が正面から抱きしめてきた。
「な、ナツ…っ」
「バウムさんの言うとおりだよ!! また広場の時みたいな無茶するの!? 姉様は姉様一人だけの体じゃないんだよ!? あのヒカル様なら、この事を知ったら絶対悲しむ!
漆黒だって…私がいないところでは使わないって……前にあれほど言ったのに……!!
本当に、本当に本当に姉様は簡単に死んじゃうんだから!!
姉様は…強くないんだよ!?
姉様は…邪神様じゃないんだよ!?
姉様は人間なんだから!!」
それが、ミナを再び灯らせる結果になるなど、この場の誰が想像しただろう?
「…ヒカル様だって人間です!!」
自らのみを案じてくれている妹を、振り払う。
「…っ。バウム氏――お手を。すみません」
バウムの太い腕をしとやかに外す。ナツが再び立ち上がってくるがミナはにらみつけてそれを制した。
「姉様…!」
「ナツ。…その発言はヒカル様に失礼です。恥を知りなさい。まるで私達とは違うような、化け物を扱うような言い方。貴方はあの方の何を見てきたというのですか。
ナツ。
貴方はヒカル様を見てきて分からなかったのですか。
あのように私達に笑いかけてくれる神が、この世のどこにいますか。私達は見放されている。神の手による私達の救済など、この世界にはどこにもない」
今は見ぬ先祖が邪神を掲げると言ったその日から。
ミナは、未だに先祖のその心中に同情することしか出来ないけれど――。
「ヒカル様はまごうことなき人間です。
邪神であるからと言ったその諦観、それこそがヒカル様へのこの上ない侮辱……。
私達も、人さらいしたのです。あがめ奉る神としてお呼びしたとて、アーラック盗賊団のなしていることと何も変わらないのですよ。
なのに――、」
神が巫女を守るのではない。
巫女が神を守るのだ。
そう教えられてきた。いつの日が自分でもそう思うようになった。
邪神を導くコト。
その、いつか仰ぎ見るだろう幸福の頂へ、ニルベを救った邪神を立たせるその日まで――。
「巫女としての覚悟に欠ける者など、私の妹ではありません。下がりなさい」
辛辣なまでに、言葉。だが、同時に言いながらもミナの表情はさらに覚悟に引き締まっていく。
ミナはバウムに目で促すと、ナツの手を引かせてヤークのいる障壁の元へ向かわせた。
「………………ねえ、さま…。…私」
すれ違えど、かける言葉などなく。
ミナは目すら向けず、アグネとギリリーに警戒を指示した。
「しかし………………今ので仕留め、きれませんか」
再び自らの初手を鑑みるミナだった。
「…嘘だろミナ様、あれは十分入ってる」
「ギリリー、ったくあんたの目は節穴かい。
…といっても、高速化したあたしでも何とか確認できる程度だったけどさ。あのレベルの剣士を近接されたら私でもたまったもんじゃない。中範囲専門のアンタの出番だよハゲ」
そう言いながらもアグネの発言の本質は、爆炎の向こうに消えた剣士への賞賛だった。
「…あの男、ミナ様のあの速度を炎弾を切ってやがったのよ」
唇をかんでにらみつけながらアグネは、小さく振り回して待機させている鉄球鎖の投げ手を握り直した。
『……ふむ。
それで、そちらは満足か?』
ゆらり、影。
炎のヴェールを一枚一枚抜けて、男が再び姿を現してくる。相変わらずの黒フードは焦げはおろか乱れた気配もなく、背後の炎光に異質な枝剣の金銀色が場にいる全員の目を見張らせた。
「邪神の巫女殿は我々の悪名をお知りのようだがな。何、悪名の度合いについてはかの邪神様には及ぶとは思わん。小さい小さい盗賊だ。
…アーラック。
そう呼んでくれていい」
「……………………あ、アーラック…!? 貴様が…!?」
ラグナクルト大陸各地で悪名をとどろかせる盗賊団の…長。
アフタの村を滅ぼし。エマを壊し。
ミナはあごを引き、伺うような視線で言う。
「…いや……………。
男。冗談ならば今すぐ訂正しなさい。
理由が必要なら、述べましょうか?
貴様を疑う理由。それは、あまたの手勢を従えているはずのアーラックがわざわざ顔を出してくるメリットがないからです。
私達程度、貴方達のような大勢に影響を及ぼせるほど大ではないはず。各国の政府の手を免れているその手腕、疑ってはいませんが、この場合は下策も下策。児戯にも等しい。祭りを目の前にして浮かれ、人前に顔を出すような愚人が、あれほどまで一盗賊を成長させられるとは思えない」
「お披露目の場が整ったということだ。
つまらない事を聞かせるな、程度が知れるぞ巫女。
お前達は勝手に俺達の腹の中に入っただけのこと。…どこで生き死にが起こってるかも把握できていない諸国と違って我々は矮小なのでな、料理についたゴミにも敏感というわけだ。少々見過ごすには癖が強すぎたのもあるがな。
お前が言う、祭りの前だ。これから大切になってくる手勢をいらぬことで損害を出してしまって俺が困る。不測の事態ほど癪に障るものはない。後始末も工作も面倒だ」
男は、さもミナ達を袋小路に追い詰めたネズミ等を見るように睥睨した。
「案の定――…ふむ。
この場で叩けば一網打尽、ということで――よろしいか?」
「くッ…!」
退路はすでに無い――。
「ア…は、っ…!」
校舎の窓ガラスを割りつつ校舎の3階に廊下に転がったファンナは、血を流れだした額の顔で苦悶を押し殺すように顔を上げた。文字通りファンナを砲弾として破壊した校舎の壁は、その一部だけを見てみれば廃校舎の損壊のそれよりもひどい。白のノースリーブも、直撃する瞬間に神殿障壁で自身を覆ったというのに、物理衝撃の余波を殺しきれなかったらしく背中の方が裂けている。
「はぁはぁはぁ…。
で、でったらめだわホント。剣撃の重さ…堅くなった頭ほどには鈍ってないって訳ね……!!」
一振り。ファンナを転がし膝をつかし血を流させた一撃は、パーミルのただ一振り。神聖仮装を持ち、魔力切れを計算に入れた持久戦が定石とされるニスタリアン同士の戦いにおいて、それがどれだけあり得ない光景か。
《はは、……足震えちゃってる…っ。
…弓…折れたか。
やはりこんなボロじゃ…!》
安物というが一般の傭兵が使用するそれだ。ニスタリアンの心をも削る訓練が摩耗させているとしても、その強度は確かに一般使用に耐えうるだろう。
だが、それが通用しないのがあのパーミルだ。その剣撃の攻撃力ならニスタリアンの史上随一を誇るだろう。今まで友として、そしてライバルとして観察してきたその実力、敵意を持って迎えられる今になってまざまざと見せつけられる。
伸びる神聖仮装の剣。しかも二刀流。それが全ての理由…!!!
「…………ぅく、改めて異常ね……っ…!
…破壊力を生み出すのは『遠心力』…。
しかも伸びる剣筋は神殿障壁。重さがないから長剣特有のペナルティがそこにはない。伸縮自在でフェイントも可能。二刀流でその剣撃の領域に隙もない――、」
あのパーミルは最大40ニール《20メートル》の射程すら実現する。小中距離はすでにパーミルにとっては自ら剣戟結界の中だ。
ファンナの矢による流星斉射が敵うべくもない、さながら剣戟による障壁。右の大銀鉄、左の小銀鉄は使い手は一人なのにそのそれぞれが違う軸で動いているので二人を同時に相手にしているプレッシャーすら与えてくる。
二つの白剣を携え、銀鉄鎧、白銀髪のオールバックといういかにも伝説の一説から抜き出したような神々しさは、もはや自身に及ぶ者を許さぬ英雄だ。風格まで得つつあるのが恨めしい。
砂を踏む足音が、近づいてくる。
「チッ…ぃ、ッ!」
逃げようにも応対しようにも、腰を上げるだけで足がぷるぷると震え、地を噛んでくれないのだ。ファンナは両手で必死に床板から這い上がろうと必死に――――そしてうごけず、再び地表を歩いてくるパーミルにその射程を許してしまう。
「弓兵が弓で身をかばうようになっては終わりだな、ファンナ」
「『生きるためには何でも使え』。弓使いにとって弓も道具の一部よ、…くっ。
ふふ…これだから弓を分かってない奴は」
「それは残念。だが君も墓に供えられるは無残に叩き折られた弓であってはイヤだろう」
「…あー、私はアンタみたいにそういうの気にしないから。死んだあとはどうでも良いの。墓の下で耳ふさいでゆっくり休みながら女の子らしい趣味についてでも考えるから…ねっ!!!」
右手につかんだ石を流星化させパーミルに投げつける。俗に指弾と呼ばれるこの攻撃もニスタリアンでは極限状態におけるまっとうな戦闘法だ。神聖仮装された一撃は魔力を伴わない剣ならへし折り胸を強打して昏倒させる。
「君の地獄耳ではふさいでも無駄だろう? せいぜい聞き及ぶままに苦しむといいぞ。幸い俺達は陰口には困らないからな」
パーミルは全く動じずにXを描くように同時二振りにてそれを破壊して見せたが。…ファンナがただニスタリアンの訓練を思い出して反射的に行った『その動作』に、わずかな期待も込めなかったことが唯一の救いともいえた。もしもその一投に可能性を感じてしまっていたなら、それを難なく切り崩したパーミルの剣技に心まで折られていただろう。
「《踏ん張りきかないと思ったら、…肋骨やっちゃってるんだ…》」
魔力を巧くまわせば立ち上がることは出来るだろう。けれど立ち上がったところでパーミルのスピードからは確実に逃げ切れない。
万事休すじゃない――ファンナはつぶやきつつ空を見上げ、
「…………………………………………ねぇ、パーミル。入学当時のこと覚えてる? 私がアンタをからかって一日中訓練と称して闇討ちしまくったことだけど。まぁあの時は入学試験でパーミルに負けた腹いせだったんだけどね」
パーミルは校舎の地面から校舎からぎりぎり見えるファンナの顔を、目を細めて見つめた。どこか遠いところを見ているようなファンナに、パーミルも釣られたのか、
「………ああ、覚えてるよ。最期にはどこからか連れてきたブックナーまで巻き添えにしてやってたな。とことん君の足を引っ張っていたが」
「そーね。ありゃ失敗だった。あの子一人で私のトラップに引っかかっていってさ。
確かに今回の大会選抜の試験ではまたもやアンタが一位だけどだけど、でも実践っていうのもあると思うの。私は実践ではまだアンタに負けていない。
だから、今一度やろうとおもうの――――――――あの時の続きを」
顔をおろす――少年が強烈ないたずらを思いついたような顔で白い歯を見せつけてくるファンナだった。
そして、世界が闇に包まれた。
「なっ…!!?? あ、…く、雲か…!?」
のっぺりとした暗闇がゆっくりと、星空の明かりを食いつぶしていく。ファンナは体の下から徐々に姿を消し、逃さない、という視線を最期に闇に溶け込んだ。
あとには炎の大きな灯火が残されるだけで、
「はぁあああああああああああああああああああ!!!」
炎を振り向いた瞬間だった。校舎から、白色彗星と化した瓦礫の小岩が投擲される。
「――しまっ…!」
ファンナ全力の一投は、パーミルの反射速度やその身体スピード諸々を置いてけぼりにして灯火を破壊する!
祭りを待つ街の息吹と明かりは、遠く。傭兵達や兵士達のざわめきが、さらにパーミルの感覚を鈍らせてくる。
ニスタリアンの内外を隔てる城壁がここへ来てあだとなる。そのわずかな光さえも取り込めない完全な闇夜だった。空にはとうとう視界に限り全ての星々が厚く早い雲足に食いつぶされ、パーミルの銀鉄のきらびやかな装備もただの黒鉄であった。
――だが、徐々に装備に光が灯る。
「…いいだろうファンナ。だが、提言するぞ。いくら耳が良いとはいえ今の俺相手に通用するとは、」
神聖仮装で白光させた両手剣を十字に構え、ファンナがいるだろう校舎二階の瓦礫を見上げた。
「――良いからアンタはおとなしく私の的になってなさい。身ぐるみ剥いで縛ってから妄言聞いてあげるわ」
背後から声。
パーミルが焦り混じりに小銀鉄を先導に振り向くと、右の膝裏をすくうような、しなりあるローキックを食らって膝が落ちる…! パーミルは両手剣を一〇ニール《五メートル》長大させ、自身の射程360度ドーム内を惨殺する剣風残光であらわにする。が、そこに声の主の姿はなく、
――ガンッ!!
「つっ!」
左のふくらはぎに硬質な打撃。…その正体は岩だった。続けざまに左小手、首筋、横腹と小岩がパーミルを狙い、その余風のなさ、無気配さに蒼白になる。
「チィッ…!! これではただの的になるだけか…!」
パーミルは両手剣の光を一気に押し殺すと自身も暗闇に溶け込んだ。即座に四歩ほど斜め後ろに移動し、吐息さえ殺し、ファンナの出方を見る。
「《暗闇での戦いを学んだのは君だけではないんだぞ、これで条件はおな、》」
――ッ!!!!????」
ギ、キィンッ!
息を呑み、無意識に右手が動いた。天性のなせる技か、大銀鉄の剣風が自身の真後ろの空を切る。迫ってきた小刀程度の剣風を相殺する。
「あー、危ない危ない……ふふ、さすがニスタリアンきっての第一位。それくらいやってもらわないと張り合い無いのよ」
「ファンナ、どうしてお前こうまで的確だ。見えないのはお前自身もだろう…!?」
パーミルが大々的に移動せずわざわざ五歩のみの移動で終えたのは、さっきまでパーミルがいた位置にファンナが気を取られることを期待してだ。
ファンナの聴力はすさまじい感度を誇るから、足跡で移動したことは分かるだろう。けれどニスタリアン相手ではそれがフェイントである可能性がある。であるから、再び攻撃したいのならその攻め手の場所取りは、パーミルの五歩内最大移動可能距離と元の位置の中間を通るようにしていかなければならない。その中間とは、ちょうどパーミルにとって右手の大銀鉄の射程にぎりぎり入る距離であることもパーミルは計算していた。それを――躊躇なしにいきなり裏切られたのである。まるで最初からパーミルがその座標にいることが見えていたかのように。
「悪いけどアンタの姿、バレバレだから」
ファンナが持つのだからナイフか、ダガーか。
パーミルの予想通りの刃渡りで、ファンナはすぐ数歩手前で、右手でその刃を構えて、あたりを見回すパーミルに挑戦的に微笑んでいた。赤く青く腫れぼったノースリーブうちの骨折した胸を押さえ、苦しげながらも、勝敗はここに決定的であった。
黒目夜目のダガー・ダガー。
装備者の闇夜を昼に変える暗闇殺しのナイフだった――。
「前から思ってたわ。アンタみたいな奴は、一度負けないとダメなのよ。」
「クソッ!!!!」
剣風むなしく。パーミルはあっさりと背後を取られると、首への殴打に意識を失った。
燃える瓦礫、半壊を始める校舎――。
ギリリーが口をあけて無詠唱の爆発魔法を放ち、その隙間をするすると抜けてくるアーラックをミナが的確に炎弾射撃する。アグネの鉄球は高速化して水風船のようなしなやかさで投擲、返し、投擲、返しとタイムラグはあるが一撃でも入れば勝敗が決するほどの威力。ギリリーの巨躯ですらその一撃に耐えきれるかといった具合なので、そのギリリーよりはるかに体格が普通な男が脅威に思わない――はずがない。
ミナの爆撃はその連射性に加えて中級魔法の貫通力を有し、ギリリーの爆発魔法は殺傷範囲がアバウトであるがゆえに攻撃の予想が立てにくい。即席の布陣としてはできすぎているほどの捕縛性である。ベテランが半数以上を占めているがゆえだろう。
「《どうして…どうして捉えられないのです…!?》」
あと一歩ずれれば総攻撃の的である。なのにアーラックは焦燥の苦悶すら上げず、時にはよそ見すらして攻撃という攻撃を、空中を漂う黒布のように、手からこぼれ落ちる泥のようにするりぬるりとすり抜けていってしまう。
ただの一撃すら通らず。
たまにあの黄金の枝剣を振ったかと思えばミナ渾身の炎弾が軽く真っ二つにしてのけた。羽毛のような体術を目の当たりにしていると、直撃したところで、刃物で切り入れたところで、はたして感触があるかどうかも怪しいとおもえるほどだった。
「ゴーストでも相手にしてるみたいだぜ…ッ! アグネぇ、気ぃ緩めるなよ! てめぇの一撃さえ入れば終わる!!」
「ッ、わかってるよォ!」
鉄球鎖を短く持ち接近戦に挑み、見事に回避されたアグネはアーラックの一投をバック転でかわし、そのままギリリーの巨腕を足台に着地しながら言う。パワーだけかと思いきや好手を探す嗅覚も持ち合わせるアグネは確かに守りより攻めが体質なのだろう、言えば本人は激怒しそうだが、そのケバメイクと相まってもはや山姥を思わせる身軽さだった。
「そゥら、一撃なんだろう?」
フォヒュン、とあざ笑うような浮いた声色でミナの炎弾をぬるりと躱しながら言う、盗賊王。
「黙りなさいアーラックッ! こ、この…!!」
「ミナ様、ちょい下がってくださいやし! 後衛が出張ってちゃ前衛のアグネの面目丸つぶれでさ。
アグネ! ミナ様の攻撃通すように囲いながらやれ! 俺も中継しながら出る!!」
「くッ…すみません…!」
さすがに息継ぎが必要だったミナは後退して片膝をついた。絶え間ない連撃を続けながらも視野の広いギリリーの心遣いだったのだろう、ミナをアーラックのフード越しの視線からかばうように仁王立つ。思いを決した表情でナツが、バウムの叱声を振り切って姉に駆け寄った。玉の汗を浮かべて唇を噛むミナは、手を取ってくる妹をちらと流し見て、
「姉様!」
「ナツ…、貴方にやる気があるというのなら、手伝ってください。私一人では出力不足のようです…! サポートを、お願いします。
包炎陣を敷きます!」
「…っ、はい姉様!」
ナツがすかさずミナの右手が届く斜め前を陣取ると、アグネ達の猛攻で遊んでいるかのようなアーラックを一瞥した。その身いっぱいの敵意を視線に込めたあと、瞼に残影を残すように目を閉じ、両手で△を作り、男を抹殺するべく詠唱を開始する。
「――編むは地。炎神ストゥータを現す脈動の血脈よ、その産毛、緩やかに上らん。
延焼省みず血肉を焦がし煙りし御手で包むべし。
祖よ祖よ、加護を捨てよ。咎人は叫ぶ…!」
詠唱が、始まった。
姉がナツの背に手を当てて魔力を流し込む。すると、ナツ達を囲うように、天使の冠輪をおもわせる三重の赤帯が展開された。
同時にアーラックの動きが、突如攻撃的に変わる。鉄球を枝剣が力尽くで弾くとアグネ背を蹴り飛ばして、ギリリーに特攻する。
「アグネっ!?」
「――面倒になるのは目に見えているのでな。打たせてもらおう」
「させません!!」
ミナの速度を重視したライフルじみた炎弾が、ギリリーの爆発魔法に勝るとも劣らない爆音とともにアーラックの黒フードの端を焼いた。――居合いかと見まがうほどの速度の一振りに真っ二つにされて、焼くだけにとどまったのだ。だが、
「攻撃の後が最大の隙ってなぁ!!」
ギリリーにとっては的確な牽制だった。ミナの砲撃を背で感じた瞬間に棍棒を振りかぶっていて、ミナの一撃に気を取られていたアーラックは見事に剣を振り切っていて、ギリリーまで数歩を残すばかりという距離で、愚かにも無防備なその胴をさらしている――!
「もらったゼえええええええええぃ!!!」
ギリリーが直撃を確信する。
背を抜かれたアグネすら反対側からその光景を見て同じ事を予感した。
鉄製の棍棒の軌跡は、ダルマ落としを狙うように一撃必殺で横薙ぎ――、
ぼふり、と。
「《はぁ――――!!??》」
確かに、アーラックは捉えていた。
でもまるで、煙でも払ったかのように空を切る――…!
「邪魔だ」
冷血漢の教師が、生徒の懸命な回答を一笑に伏せるがごとく、驚愕に反応が遅れていたギリリーの腹を膝蹴りする。体を折りながら唾をこぼすその顔を、続けざまに黄金の枝剣のつかで殴り飛ばす。
「ち、ちぃ…! く、オラぁあ!!」
それでも脳震盪を起こしながらも意識はおろか、そのタフネスでアーラックから目を離さなかったギリリーだった。体勢を崩しながらもアーラックの体をねじ切らんと棍棒が風をうならせる。信じていたように、アグネがその棍棒の軌跡に合わせてアーラックの退路を断つ。
ミナの体中から魔力を絞り出す抜き身の刃のような視線が。
ナツの、中位魔法の完成間際の詠唱が。
それぞれが、アーラックを威圧した。ギリリーのたたらを踏みながらも放った、アーラックの剣の持ち手を狙った一撃は、今度こそ間違いがない。アーラックがまとう黒子のような雰囲気の中で唯一堅さを持っていると思わせる枝剣だからこそ、この棍棒で打ち合わせられる。存分に力を乗せてたたき落とせるはず…!
「――――ふむ、やはり――――――、」
《させない…!》
「楚々として息吹――炎煙の輝き、瞬け、――包炎陣ッッッ!!!!」
ギリリーの棍棒がアーラックの小手を直撃する瞬間、ナツの魔法が完成した。
それはゼロコンマゼロゼロ以下の出来事だ。
アーラックを中心に、地面が赤色円形に灯り、煙のような光がちらちらとあがる。触手と言うべきか機敏なミミズと言うべきか、地から生まれ空へあがっていく炎熱のそれらはアーラックの四肢という四肢へ絡みついていく。徐々に範囲指定された円形の地面から伸びていく炎のツルがアーラックに伸びて、腕や首や足や胴やらをことごとくを縛り付ける。
これはナツが以前マサドの魔物の群勢に対して使っていた一定空間内索敵強襲炎弾陣・『双炎蛇の陣』と同種の索敵強襲魔法だ。ただし『包炎陣』――瞬間的な捕縛性に優れ、中威力を直撃させる必中魔法なのである。
つまり、瞬間的にだが、アーラックの動きが止まるということだ。奇しくも最高のタイミングで発動した包炎陣は、範囲から炎という炎を集めてアーラック中心部で逃れようのない爆撃を起こす!
ギリリーの棍棒が、黒フードにめり込む。
そうだ、そのまま振り抜けばいい。フードの感触があった。ならばその先に肉体の感触があって当然。
《――え、?》
ナツが、目を見開いた。
包炎陣の輝きがアーラックを包んだからだろう、黒フードに隠れていた表情が一瞬だが現れたのだ。
アーラックのその自嘲的な笑みが、あまりにもその瞬間には、似合うとは思えなかったから…!
「やはり――、俺個としてはこの程度らしい。使わせてもらう」
アーラックの吐露に応えるように、その金枝の剣が瞬く。
瞬間、その存在感が消えた。
棍棒が空を切る。アーラックの体をすり抜けて全くの感触無しに。
炎のつるを伝って地面という地面から炎が集まって空間燃焼を開始するも、燃焼音がなかった。ただ空気を貼り付けにしただけのように燃え、無意味に消える。
「ギリリーぃいい!!!!」
「そんなッ…!!!」
アーラックの一刀で、ギリリーの巨体が燃焼しながら血潮を吹き出して倒れた。ミナ達にはそのギリリーの激痛を伝える声が断末魔に聞こえてならなかった。
「優男が、このアグネに接近戦かいっ!!」
舌打ち混じりのアグネの鉄球が真っ直ぐにアーラックを飲み込むが、体ごと、すり抜けていく。ミナが思わず目を見張る。
まるで、おぼろだ。鬼火だ。霊炎だ。感触など在るわけがない。実態のない影、実態のない剣。なのに、その一振りでギリリーは致命的だった。分からない。物理的に攻撃が当たらない相手がどうして物理攻撃を仕掛けられるのか――。
そしてアグネすら突破するアーラック。アグネもうまく体をひねって一振りは避けたが、読んでいたかのような蹴り上げにあごを取られて悶絶する。
止まらない。
体を炎のように揺らめかせながら、だが真っ直ぐにナツとミナへ疾走する。
「ナツ!! 下がりなさい!!!」
「イヤです!!」
ナツを守るように地面から溶岩の強流が展開される。ミナが苦し紛れに展開した熱火障壁だった。待機魔術による高速展開。しかしその数には限度がある。
自身が、無防備なままなのだった。
姉が妹を守るのは当然だったのだろう。しかしこの場での戦力を考えれば、それは愚策であった。
「死んでおけ巫女! うつろな邪神は我が大望にうまく使わせてもらう!!!」
「くっ…!」
熱火に閉じ込められる形のナツを無視してミナへ肉薄するアーラック。ミナが何とかわずかな時間に発動した炎弾二発を飲み込み、やはり貫通していく。枝剣が、その疾さのままに振り落とされ――、
「ハアッ!!」
ミナが奇跡的なバックステップで一刀を躱したのだ。巫女服の端を鋭利に切る一刀に背筋が凍る。
だがそれが限界だった。剣士の領域から脱せなかった以上、さらに肉薄して絶対の距離感で迫り来る袈裟斬りを避けることは今度こそ不可能だった。
そのアーラックをさえ上回る速度で突撃してくる、シュトーリアの剣風さえなければ。
「ミナから離れろ、賊め――ッッ!!」
「シュトーリア!」
アーラックも隙を突かれたのだろう、見事に、ギィイン! とシュトーリアのレイピアと剣らしい剣音をはじめて上げる。少女とは思えない重剣士を相手にしたようなその剣撃の重さに知らず口元がゆがむほどだ。
ウェーブがかったショートの黒髪を揺らして、威風堂々とシュトーリアはミナを背にして剣を正眼に構える。
剣気、そして高速化呪文による身体の薄蒼の発光とレイピアからこぼれる黄と緑の魔力のほどばしりが、アーラックのおぼろを蛇にらみした。
「…………シュトーリア? お前、タンバニークの…!!
――――なるほど、なるほど、お前は毎度、ことごとく俺の邪魔をするというわけだ」
「何だ、私を知ってるのか?
あっちはすでに片付けた。あまりはバウムが応戦してくれるだろう。
ナツにミナ、下がっていてくれ。私が出方を見る。
剣士の相手は剣士が一番だ。
――ついでといっては何だが、このまま倒せるなら倒してみる」
「…貴方、」
シュトーリアを知っていたというアーラックが、初めて焦燥らしい焦燥を見せて感情をあらわにする。アーラックの知るシュトーリアがどれほどの者なのか想像もつかない。
半死に転がるギリリー達を視界に納めていて、この言葉なのだ。ミナも、ただの強がりかと思ったほどだ。
「何、この程度の剣士。
少なくとも私の敵ではない」
黄金の枝剣が、銀鉄の少女にたじろいだ。
悔しさがにじみ出るほどに握りしめられる。レイピアの刃よりわずかに短いほどの黄金枝剣の剣葉の先がちらつき、動揺をあらわにする。
「――四年だ。この四年、一日たりとて貴様のその顔を忘れたことはなかったぞ、ノースランド・タンバニーク・ラ・シュトーリア!!!」
「むむ? ということは最期にあったのは私が12の時か?
まだ剣を振り始めて間もない頃じゃないか。その程度の私に雪辱を覚えたという時点で貴様の程度が知れるな」
「ああ、俺には才能がなかった。剣の才能はな。だがその他の才能に恵まれたぞ。剣の才能では、この剣を得ることは出来なかっただろう」
「ご託はいい。…ずいぶんな未練だな。
問題は、その剣の才能がない貴様が私に今勝てるかどうかと言うことだろう?」
「ほざけっ!!!」
アーラックが先手をとった。枝剣を振り上げ、銀葉を煌めかせて斬りかかる。
「ふんっ!」
正眼から横薙ぎに変えてアーラックの剣戟に合わせるシュトーリアだった。が、
「ん? ――ッ!?」
剣と剣が合わさる瞬間、シュトーリアは横っ飛びで転がったのだ。先ほどのギリリー達の棍棒や鉄球と同じく、アーラックの剣は物の見事にシュトーリアの剣をすり抜けたのである。ただその軌跡の先にシュトーリア本体がいなかっただけだ。
「よく、避けたな」
「なんだそれは。本当に見た目通りの剣なのか?」
「俺程度の剣士の剣だ、その身で確かめるがいい!!」
シュトーリアをさらに追うアーラックだった。シュトーリアは再度正眼に戻る。
「そうか。
――ならば、その通りにさせてもらうとしよう」
レイピアが、白色に輝き出す。神聖なる白色結界が織り込まれた魔力だ。
同時に、アーラックの疾走が、止まった。
「――それ、は、……………………………神聖、仮装…!!!
なぜニスタリアンに連ねていないお前が使える!!??」
「ああ、見て覚えた」
当然だとばかりのシュトーリアは、何を疑問にしているのかとアーラックを不思議そうに見つめる。
「バカな…そんなバカな。ニスタリアンの極技がそんな簡単につかえてなるものか!」
「へぇ、これがニスタリアンの極技なのか?」
「……ニスタリアンのその輝きを、お前ごときが振りかざすか!!!!!!!!!」
ギィン!!! とアーラックの怒号とともに首を刈り取ってくる軌跡に、合わせるシュトーリア。ぎ、ぎぎ…! と、つばぜり合う白色の刃と銀葉の刃。お互いを欠片に変えるべくギチギチと音を鳴らす。
「四年前…マキシベーの少年剣術大会のことか? それ以外に対人戦闘で恨みを買うなど覚えがない。
どうした、先のように煙のように逃げても良いんだぞ?」
アーラックが起こしていた不思議な現象のことをいっているのだろう。鉄球や棍棒を当てど感触なく、爆撃に何の衝撃も受けない。なのに剣は持ち主が当てようと思えば当てられるという。
「……ッ!!」
「――やはりな。その幻影のような現象はその不可思議な剣によるものか。
やっかいだが、さすがに神聖魔法を相手に出来るほどではないらしい。
…さながら持ち主と剣の実体の有無を操作する魔剣、といったところか」
ギンギンギィン! と、三度。シュトーリアの言葉を肯定するようにあれほど接触出来なかった枝剣をことごとく受けてのける。そこにはシュトーリアが避けた一振りにはなかった実体だけが持ちうる剣風があった。シュトーリアはこの剣風の有無で実体無実体を判断したのだ――剣士でなければ分かるまい、とてもわずかな微風である。
「――『炎よ、捕らえろ』」
突然だった。レイピアとつばぜり合っていた剣が赤色に灯り、炎のツタをのばしてシュトーリアの銀鉄の小手を縛る。
「…これ、は!?」
払おうにもぎっちりと両手を固定されていて自由がきかなかった。シュトーリアは後退して校舎を蹴り、アーラックを飛び越すように空中前転して剣で炎弦を切断する。
シュル、シュルシュルととめどなく黄金の枝剣から現れる炎のツタ。白色剣が近づいていくる物から切断していくが、足りぬとばかりに本数がどんどん増えていく。さらに追い打ちするように、アーラックの剣に新たな赤光が灯る。
「…ッ! シュトーリア、今すぐその空間から撤退するのです!!!」
叫びがシュトーリアに届いた。
何事かと声の主を振り向けば、シュトーリアへと手を伸ばし、蒼白とその顔をゆがめたミナが、
「さぁお返しだ――『包炎陣』!!!」
先ほどの巻き返しだった。シュトーリアを中心に半径10メートルの赤円に地面が光を放ち、剣から伸びた赤ツタというツタがシュトーリアに絡み、地面に伸びていく。地面の朱光が、ツタを伝って地面からシュトーリアに集まっていく…!
「中位を無詠唱だと!? ミナ、大丈夫だ! …神殿障壁!!!!」
シュトーリアは全身のツタを引きちぎらんと踏ん張りながら、白色の最強結界でその身を纏った。ツタ達は空間遮断により引きちぎれ、しかし障壁に張り付いてシュトーリアの肢体をもとめてうぞうぞと障壁を覆っていく。
「違う、違うのですシュトーリア! その術は…!!」
『何だこれ…体に絡みついたツタが動いてるぞ!? い、一体、…う、ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??』
あたかも白水晶の玉に取り込まれた人間の地獄絵図だった。ツタが炎化して粘着し延焼する。障壁の中で逃げ場を失った炎がその燃え薪にシュトーリアを選んで皮膚節々を着の身着のままに焼き始める。
「シュトーリアよ、ニスタリアンだったならばその選択は愚だな。
――神殿障壁は確かに最上位種の障壁ではある。だがその絶対性はあくまで遮断力だ。効果範囲はあくまでその障壁部分のみ。内部外部はその神域のうちではないぞ…ん?」
「まだまだぁ!!!」
障壁から飛び出してくるシュトーリアは、半身を炭化させながらアーラックに一刀を合わせる。片手持ち故に簡単にいなされたが、シュトーリアはすぐさま五メートルの距離を取って右手でレイピアを構えた。
鎧内の衣服が焼け落ち、炭化し始めている左手がだらりと向きだしで垂れ下がっている。
障壁から脱出した際に炎も全て内部に措いてきたため消火は出来ているが、あまりにもその血肉の焼臭に、どうして立っていられるのかを問い詰める前に恐怖が先に立つ。
「――…サムラース、エクサムラース…!」
ポウ――、とそんな半死半生の彼女の全身に淡い水色の回復の光が灯る。
超回復。すさまじい回復力、回復速度、という意味で――。
ビシベキ、と皮膚にあるまじき再生音すら伴って、瞬く間に完治したシュトーリアは再び左手を剣の握りに添えた。
「――ふん、…あの頃から全く、うれしいほどに有り様を変えていないのだなノースランド・タンバニーク・ラ・シュトーリア。
大会最年少であったのもタンバニーク督戦騎士団の関係者に鍛えられられたゆえ剣士としてのセンスに優れていたのもそうだろう、だが勝敗を分けたのはそれらではなかった。
その圧倒的なまでの回復魔法、そして行使するための魔力ストック。
ダメージを与えても即座に回復されて戦闘復帰されてしまう『疲れ知らず』で『倒れ知らず』は、攻撃魔法禁止のあの大会ではもう反則モノだった。…いや、今のを見てしまうと、たとえ攻撃魔法が禁止されてなくても、あの頃の俺の魔法でどうにかなったとは思えないが」
「ご高説痛み入るが、これでも人の域は出ない。イヤになるくらい女の身でな。疲れはするし当然倒れる。ここのところ倒れ続きで良いとこなしだ。
いい加減良いだろう、名前を教えてくれ。分からない問題をいつまでも目の前にぶら下げられるのはつらいんだ」
シュトーリアの影に隠れるようにしてミナが、そんな彼女に耳打ちする。
「…シュトーリア。彼はアーラックです。アーラック盗賊団の長にして首謀者。ヒカル様達の所在を知っていると思われます。…『出来る限り』、でいいですから、捕らえてください」
「――『出来る限り』、か。君にしては弱気な言葉だミナ。私のいない間にずいぶんと痛い目に遭わされたらしい。…。ギリリー達の容態も心配だ。急ぎでいこう」
「先ほどの魔術のカラクリは分かりました。隠蔽魔術です。
――魔法には魔法を隠匿する技術があるのはご存じですね?」
「ああ、…魔力感知を逃れたり、呪いを持ちながらもその性質で教団の目をかいくぐる品などだろう?」
「それもありますが――魔力発動を察させないのを術式隠蔽と言います。本来存在する詠唱とは異なる短縮詠唱、詠唱を横読みではなく縦読みする暗号詠唱。待機による無詠唱もこれの亜種です。そして、もっとも戦術が物を言うのが代用隠蔽なのです。
本来魔術は詠唱こそ異なりますが、六力ごとに…砲撃魔法、範囲魔法等々、大まかにその性質は定められることになります。さきほどの包炎陣は双炎蛇の陣の類似、といったところでしょうか。
…ですが、『双炎蛇の陣』は『炎蛇弾』が範囲魔法になっただけなのです。当然、詠唱の組立や術式、現象がその延長線上に双炎蛇の陣が存在します。
包炎陣もそれ単体の魔法が存在します。
おそらく…先ほどの件からあふれ出てきたツタ。あれは包炎陣の単体魔法『炎粘弾』の、奇形」
「なるほど。…初級魔法を発動しながらもその術式の経路を通じて格段に早い中位魔法の発動が可能、ということでいいか?」
「理解が早くて助かります。私はあの剣が怪しいかと」
「それは私も思っていた。あれだけ儀礼向きの形をしていて、ほとんど魔力がほとんど感じられない」
――金でできた幹に太い枝、銀細工のような小枝、鋼の薄長の一枚葉刃。
金剛や紅玉の実を模したような宝玉が華奢な枝に大きく実っている。
それが相対しているアーラックの剣だ。盗賊団の長としては確かにお似合いなのかも知れないが、この男、戦闘には実践向きの考え方をする。ミナならばそのような金目の物は武器には使わずシュトーリアが以前使っていた銀鉄の剣のように無骨で丈夫なモノを選んでいただろう。
「なるほど、…これでマキシベー少年剣術大会の決勝進出者の俺達は、ともに悪の手先に落ちていた、というわけだ」
卑屈なほどにため息じみた声で、シュトーリアを観察するアーラックだった。
この慚愧に堪えない様がシュトーリアを少しでも動揺させようとするモノだったならばこの作戦は失敗だった。
「…は? 何を言っているアーラック。私はアーラックという名前の男など初対面だ」
あんまり、そう言うことにはこだわらない少女なのだった。このシュトーリアという剣士は。
「勝手に思い出せ。貴様が、ニスタリアンで鍛えた剣を這いつくばらせた男の名前を。
大会前にまみえられるとは思わぬ僥倖だった。この場で貴様を斬り殺し、我が覇道への足がかりとする!! 礎となってもらうぞ!!」
「くっ…! 私は謎かけは嫌いだ!」
ついでにお馬鹿だった! まさに暗記問題や簡単な計算問題なら天才的だが、唯一国語が壊滅的という具合である。心情描写とか、もはや最悪であろう。ヒカルが教師なら目も当てられない。
だがミナも内心相方の無頓着さに今ほど助かったと思ったのは、初めてだった。心配が要らない。一対一で対抗できている。だからこそ――ミナは息を整えて、アーラックのさらなる隠し玉探しに専念することが出来る。
「はぁあああああああ!!!」
「ぬ、ぐぅううう!! くそ、この女相変わらずなんて力だ…!」
炎分身したり障壁をつかった視覚封鎖などの匠の技に加え、ボヒュンと神聖仮装の剣の速度を上回るおぼろ具合で急に消え黒子のように背後に現れたり、異様な技をも織り交ぜてシュトーリアを翻弄する。が、単純な反射力と剣撃の強さ、正眼の構えによる隙のなさがアーラックを攻めあぐねさせていた。シュトーリアも同じで、剣戟は出来どいつまでも体を捉えられない。
――ゆえに、体力の限界というモノがちらついてくる。主に、アーラックの脳裏に。
なるほど、拮抗した実力の剣士同士の戦いで、シュトーリアの単体だが超回復する魔法の存在感はすさまじいモノがある。炎が届けど即座に回復されてしまう。乳酸ですら生まない、生ませない。アーラックのテクニカルな動きは体力を多く消費するが、反面シュトーリアの剣技はそれに対して待ちの剣だ。この拮抗を崩すには喉をつぶすしか他にない。 そこまでアーラックは組み立てて――気づく。シュトーリアの正眼の構えは、その喉への距離が…最も遠い構えだ。このシュトーリアの才能を見抜き、その戦い方を教えた督戦騎士団の腕のほどが垣間見える気がした。そして、
「なんとも…攻めづらい戦い方をする。盗賊とは皆、そんな釣り枯れ木のような戦い方しかできないのか」
「お互いさまだ。
はぁ、はぁ…断言しよう。俺はお前には勝てない。一生な。俺には、きっと剣の才能がなかった。もっと別のことに才能を回せれば良かった。今の年齢できっともっと大きな事を成せていたに違いない。時間を無駄にした。
運のない男だ。
そう思わないか?」
アーラックは、自らを『不運』だと、言った。
「…………すまない、私には言葉が一瞬言い訳に聞こえたのだが。私は何も、貴様の剣の才を否定してなど、」
「いいや。
俺が剣を目指そうと思ったこと。
あの大会に参加したこと。
お前と当たったこと。
お前が参加したこと。
観衆の視線。
全てがただただ俺にとって『不幸』で『不運』だった。今だから確信もしよう。
この剣がなければ、お前にもきっと勝てなかった。
今はきっと幸運なんだろう。でも、俺の業は深い。直ぐに足下をすくわれて真っ逆さまさ。他人の不幸をすすって生きる、こんな盗賊の身がお似合いの、な」
闇夜だった。速い風が連れてきた雲がのっぺりと星を覆い、希望を埋め尽くすかのように。
炎が背後で踊っていた。校舎や校壁に影が伸びて壁がちらてらと照らされて、影絵。
人の形をした黒子は、きっと元は人間だった。
いつしか表舞台に出ることを恐怖し裏方で息づいていたのだ。
その黒子が、自らさえ照らす黄金の枝剣を掲げるのは。
――きっと、黒子をやめる時が来たからだろう。
「――術式隠蔽、解凍開始」
黄金の枝剣が、根本から光源となる。その細幹を握るアーラックから水分を吸ってみずみずしく光り、枝がしなり、実がそのうちからあふれ出す魔力の金切り声に、震えだす。
銀の長葉の刃が、神聖魔法とは異なる銀の輝きで場を圧倒する。いつしかミナがこの校舎裏でまき散らした火炎達こそが光源に飲み込まれて影を作りはじめる…!!
「ま、まさか、…!」
「――さすがは呪われし巫女。ご名答だ、どこから気づいた」
「ええ…貴方の魔力はあまりに『普通』です。王宮魔術師にも劣る、『普通』。
そんな剣士しか生きようがないような貴方が、私の魔力バックアップを得たナツでさえ詠唱が必要な『包炎陣』が、『詠唱なしに使えるはずがない』…!!!」
そう。
だからつまり。
「アーラック!
その剣…一体どこの魔剣、聖剣を持ち出してきたというのですか……………!!!!」
魔力数、6890。
ミナの魔力感知が割り出した数値だ。
なおも解凍中で、その数値は10刻みで上昇し続けている。
――武具が魔力を持つ。一般に言う魔力付与された装備のことだが、確かに独自に魔力を保有する事がある。勇者の愛剣がその後の世界で特殊な能力、魔力を持つのと同じ理由だ。呪いでも同じ事が言えるし、教会の加護や悪魔の代償、特殊な製造方法で魔法を刻まれることは多々ある。
たとえばトラファルガーの怨念を抱いたアラマズールは高速化呪文が刻まれている。装備者の魔力保有に関係なく、だ。
ならその魔力はどこから来ているのか。
スポンジを思い浮かべるとたやすい。普段はエノート一回分を発動できる魔力を持っていて。使えばしぼむ。しぼめばまた周りにある魔力を吸って元に戻るのだ。自動魔力保有とも言える現象である。
だがアラマズールの自動魔力保有はわずか8。
幻と実を合わせて10万本にだって増えてみせる魔王生成の投げナイフシェイドリックは魔力を込めなければただのナイフだ。現に、ヒカルの持つ魔力保有する武具の最大MPは銀雷鳥を材料にしたアクェウチドッドの雷剣のMP40。
この正体不明の枝剣に比べれば、ヒカル自慢の一刀でさえまるで玩具。
たった一振りでミナの常人を超えた魔力ストックの一〇数倍を軽く保有するこの剣は、ヒカルの魔力数と同じく、常識とは一線を画しているのだ。
「この吹き出すような魔力…ま、るでヒカルの呪いの剣を見ているみたいだな…!」
シュトーリアが、この戦闘の中で初めてアーラックという人間に脅威を抱く言葉を吐いた。
あれほどの魔力を隠蔽するというのだ、持っているだけで魔力孔は焼かれるほどだろう。その持ち主の精神疲労はすさまじいモノがあるのは容易に想像できる。
「ええ、しかもあの黄金の魔剣には、自動で魔力を回復する性質もあります。ヒカル様のように打ち出してしまえばただの魔力武具、その威力を得るために再度魔力の補填が必要、という部類ではありません。
おかしい…これほどの魔力を刻み込むなど、低く見積もっても中位精霊クラスでしか、」
「…その通りだ。この剣は、隣大陸のとある活火山奥に住まう竜精を宿している。
我が盗賊団の至宝よ。私がコロシアムで勝ち上がるために探しに探した、最高の魔剣。
魔力はいくら使えど果てを知らず、その加護は持ち主を炎化し物理攻撃をシャットアウトする。精『霊』であるが故に神聖魔法や神聖仮装にも相対できる。
聖剣や魔剣ではないが――それに並びうるであろう精霊剣であると言うことだ」
「な、なんという…!!! …ん?
く、ようやく上昇が止まりましたか…!
魔力数値、8944。毎秒およそ20MPの回復。確かに私達が行使できる魔法で言うなら、その果てがないとうそぶいてみせてもおかしくないわけですか…!」
ミナがいてもたってもいられない、といった風に素早く魔力砲撃の構えを取った。左手は肘から天に、右手は真っ直ぐアーラックを射貫くように。
「私が何とか隙を作ります! シュトーリア、貴方の何かしら戦術を……シュトーリア?」
やけっぱち、と見えなくもないミナの表情を見るモノは誰もいなかった。ヒカルがその場にいたなら直ちに下がらせていただろうミナの様子を、シュトーリアやアーラックもお互いをにらみ合うばかりで目にすることはなかった。
だから、『この』シュトーリアの言葉は、彼女が彼女だけで考えた、れっきとした策だったのだ。
「いや――…うん。
……………………ミナ。他のみんなをつれて逃げろ」
「――は?」
「ここで、『包炎陣』をミナやナツに使われれば、…すまない。私に守りきる自信がない。何ぶんこれほどを真正面に相手にするのは初めてなのでな」
「す…みません、よく言っていることが。
――しゅ、トーリア、貴方」
「捨て石になるんじゃない。どうやらあの男は私とはずいぶん因縁が深いようだ。私とミナ達とを比べるなら真っ先に私の方にくるだろう。逆を言えば、今の私と一緒にいることは一番の危険だ。
違うか?」
――それくらい、ミナはシュトーリアが現れた時から考えていた。逆に言えばこのニスタリアンからの逃亡作戦に乗じたかのように突然現れ、底の知れないアーラックとこの場で剣を合わせることはあまりにも不確定要素が多すぎて危険だった。ギリリー達がもしもアーラックの剣に倒れなければすぐさまシュトーリアが現れた時点で撤退していたのだから。
銀鉄の鎧をかしゃり揺らして。風を編んだレイピアの剣気ゆるやかに、シュトーリアの双眸はアーラックを見つめたままだ。だがこの作戦の前で、背中を任せられると思った。
今だってそう。
ここでシュトーリアにまかせれば、このアーラックがいかに凶悪な魔力を振るうあの黄金の枝剣を用いたとて、逃亡の時間を稼ぐ事はできるだろう。
この蒼髪の巫女は、そのくらい平気でする。信頼させての裏切りなど、前回前々回の邪神、いや――きっと邪神が生まれた時から定石とも言うべき作戦の一つだった。
全てはヒカルのためだ。あの邪神がいなくては始まらない。あの邪神を導く自分がいなければ、ミナの願う大望は成せない…。
「…ナツは…うまくバウム氏が逃がしているようですね。
もう入り口まで八〇ニール《四〇メートル》ですか。
分かりましたシュトーリア。時間を稼いでください」
ミナは一瞥も残さずに、シュトーリアに背を向け走り出す。
「ああ、それでいい。後は私にまか、」
シュトーリアが、…名残惜しかったのだろうか。
ちらとふりかえり、相方の背中を見た。
ミナが振り返り、姿勢低く右手を真っ直ぐ、砲撃の体勢に構えていた。
シュトーリアの背後の火炎を反射しているのか、ミナのその真力が瞳に現れているのか見開いた、自分の限界に挑むような視線が瞳が赤く揺らめいている。
左手をゆらり空へ向け、
「ええ。時間稼ぎをよろしくお願いします。
とどめは私に任せてください。二人で、この男は倒しましょう。
いきます…――圧縮上限解除…!」
アーラックも。シュトーリアでさえも初見の、ニルベ固有魔法の異質な魔力光が、巫女の詠唱の声高らかに、あたりの風景を飲み込み始める――…。
―― コロシアムまで後2日 まで 残り11分 ――
祭り前の酔い、期待と予想に胸ふくらませる大天街マッシルド。
深夜であった。自分も酒をあおりたい気持ちを押し殺しての夜の警備はさぞ焦らされる心地であったろう。――マッシルド運営委員会直属の警備をすることになった年若いその男性警備兵が、『その』高速光源を発見した。彼…マッシルド城壁外巡回兵の証言の元に魔術師が遠視した結果、オームハイズ大平原を走行中の定期連絡船のモノだと確認された。
「『ターヴ』、『ターヴ』! 応答せよ! こちらマッシルド運営委員会書記官バリスレーである。貴艦は連絡船の航空路から外れている。至急方位を確認の上引き返されたし。繰り返す、貴艦は連絡船の航空路から外れている。至急方位を確認の上引き返されたし!」
マッシルド東城壁上の砦の貴賓室で、淡い緑を灯した水晶に中肉中背、額から右目にかけて深い切り傷を残した隻眼の紳士が語りかける。バリスレーと名乗った彼、そしてその脇に控えるショートだがもみあげの長い茶髪の少女はともに黒一色のタキシードである。そんな彼らを、手に汗握りながらマッシルドの巡回兵や遠見の魔術師、運営委員会以下各国の要人への連絡係等々が顔を連ね、見守っている。
曰く、内部で事故が起こっていて救助を求めているとか。
曰く、魔力路の方位針がずれて巡回船の軌道ごとゆがんでしまっているが、夜だから周りがよく分からないだとか。
ただでさえアーラック盗賊団の動向や特に各国の警備兵に目を光らせ続けで、気疲れしていた中でこの問題である…隠しきれないといった具合に大部分の兵士達に疲れが見え隠れするのも仕方がないのかも知れない。…しかし、こんな緊急事態を迎えてもマッシルドやその他の国の落ち度を伺う各国の要人連絡係の視線や言葉が交差していて、バリスレーはそのたくましさにため息が出るほどだった。
遅れて現れた白髪初老のラクソン公が『警備をアストロニアに要請した結果、巡回船で警備用の兵が送られてくる手はずになっている』と説明しはしたが、それならば応答がない理由が分からない。ラクソン公も要人の連絡係に混じって首をかしげ、窓外に見える、マッシルドに真っ直ぐ向かってくる巡回船の前方発光を見つめた。
「145、146…バリスレ―殿! まだ機体が加速しております!」
「何だと!? 死ぬ気か!?
…あの速度で街に近づけば風圧で無視できない被害が出るぞ…!」
バリスレーの一声でようやく事態の重大さに気づいた大部分の兵士はすぐさま散って町中に走っていった。残った兵士達もいるが、誰もがバリスレーの最終緊急指令を待っているのである。マッシルドより2000ニール《1キロ》離れた場所に停泊せよという要請に何の反応も見せず、真っ直ぐに空を直進してくる巡回船の機影だった。
「応答せよ『ターヴ』! それ以上の距離に入るならば直ちに出力を弱め、」
『ジジ………………ジ、ィーン………………ブッ…、
……えー、こちら、ターヴ。こちらターヴ。
バリスレ―さん? 応答よろしく~」
「あ、ああ…バリスレ―だが…」
何とも若い男性の声に、バリスレーも寸間呆気にとられた。が、直ぐに怪訝な表情を取り戻してつじつまを合わせようとするかのような困った表情で水晶に語りかけ返す。
「やぁ――初めまして。バリスレー殿。こんな夜中までお仕事実にご苦労。我が機体の速度はいかがかな? 真夜中には彗星のようだろう。
まぁご託はそれまで。――このまま押し通らせてもらうよ」
「待て貴様! 押し通る、とは…」
バリスレ―が歯ぎしり混じりに机を叩いたので水晶玉が留め具から飛び上がって転がる。そばにいた侍女らしきタキシードの少女の無表情は主人の行為に何も言わず、留め具に乗せ直した。
「押し通るって…強盗ってそうやるモノでしょ。盗賊団に玄関からお入りください、はないだろ?」
「賊、か…!!! 中にいたアストロニアの兵士の安否は?」
大陸で最も員数が多く、タンバニーク督戦騎士団やエストラント真法騎士団には及ばぬモノのその装備、物量による展開力にかけては大陸最強を誇る軍人達である。…彼らを押さえるからには相当数の賊が入り込んでいると見て間違いないのだ。
「ああ、丁重に」
「ああ、分かった。
…警告する! 貴様等がその速度のままこのマッシルドに突っ込めば大々的な被害になる! 乗っている貴様等だってただではすまんだろう…!」
「おいおい、こっちはせっかく祭り前でようやく心も浮き立ってきたって言うのに水刺すの? しかたないなぁ、…まぁ小難しいことは突入してから考える。んじゃね」
「ちゃ…ちょっと待たないか!!」
「あ、そうそう忘れてた。
『女とお宝とレアアイテム。集まる人脈は確かです。アーラック盗賊団』
以後、よろしく」
…バリスレ―が必死に声を荒げて残させた言葉は、よりによってちょっと語呂の良い程度のキャッチフレーズだった。
開け放たれた窓から一吹き、つむじ風がカーテンを揺らし…がたがたと窓ガラスが揺れ始める。
「何をしているお前達! 伝令だッ!! 他の兵もたたき起こせ
警報を、鳴らせぇえええええええええええええええーーーーーーーッッ!!!!」
警備兵や連絡係、ラクソン公がその中にいるというのにバリスレ―は怒鳴り、残らずすくんだらしく皆慌てて部屋から走り去っていく。
「なんと…なんと言うことだ…!」
通信を閉ざした水晶玉を肩を怒らせ、苦々しい表情で見下ろすバリスレ―の目に、その球体が反射してターヴのフロントライトが徐々に眩しくなっていく――。
「ぐ、ッ…………!!!」
シュトーリア渾身の一撃。正眼から前屈姿勢に変え、下からすくい上げるようにレイピアを振り上げる。インパクトの瞬間に右足が地面を強く噛む。――なのに苦悶を現したのはシュトーリアの方だった。すぐさまアーラックの剣域より離脱して体勢を立て直す。魔力の猛りに直線を描けないほどの黄金枝剣は、大気圧をすら巻き込んで剣筋は蛇行するので、さながら龍閃である。
「距離を取っても貴様に良いことはないぞ?
――そら、炎よ捕らえろ!」
「くそ、次々と! …神殿障壁!!」
今度はツタが入り込む前に障壁を展開する。魔力使用が激しすぎるのでぎりぎりの大きさであった。…魔力を節約するのなら神殿障壁ではなく身を盾にして回復呪文を使うべき――。だが回復の隙を突かれてミナに迫られては一巻の終わりだ。
「《あの呪文………………少なくとも王宮の蔵書には載っていない…見覚えが、ない》」
ナツのような流れる詠唱ではない。
比喩などない。
一言一言、世界そのものに語りかける単純で簡潔な現象具現命令だ。
だが、一体どういう命令文を並べればそこに黒い、景色すら飲み込む球体が生まれるというのか。
「――空間摩擦熱補正、…………ッ…はぐ…!」
突如ミナの顔の苦しさが限界に達し、黒球を浮かばせた左手を右手で押さえ、両膝が落ちた。
「ミナ…! その呪文、危険ではないのか!?」
「だ、大丈夫です…! 貴方は、アーラックを」
「――だそうだ。
よそ見している暇はないんじゃないか、シュトーリア…!?」
再び振られくる、黄金枝剣が描く龍閃の軌跡をがなるようなうめきとともに受け止めるシュトーリア。一撃一撃の魔力に耐えきれず骨が悲鳴を上げ、受け流すのが無理ならば、一刀を受ける事に骨のヒビをエクサムラースで人知れず回復しているのだった。
「お前さえ…ここでお前さえ抜けば…!」
「抜けば…なんだという?」
「いらない心配を背負わずに済むと言うことだ!! はぁああああああああ!!!」
――ならば攻撃しかない。守りで体力や魔力を減らすなら、少しでも攻めて攻めてミナの一撃に賭けることも出来る。運が良ければその一撃を打たせずに済むかも知れないのだから。
距離を詰め、斬りかかる。刃と刃で合わせてなどやらない。一番右手剣士がいやがる角度で、立ち位置で、足運びで、されど高速化して徹底的に剣戟を降らせていく!
「は、やい…な!」
「ああ、貴様相手には速攻しかないと気づいたのでな、アーラック!! 盗賊が騎士に速度で劣る気分はどうだ!」
『――重力差分補正、――――――………………………………………………………………………………………え…――?』
ミナの詠唱は、勇気をもらうどころかシュトーリアの心を焦らせた。詠唱だけであの苦悶と激痛を生むほどのものである。確かにこの男へのとどめに値する魔法なのだろう。…体をむしばんで代償に威力を発揮する禁呪である可能性もある。
「このぉ! アーラックッッ!!
く、そぉおおおおおおおおおおお!!!!」
ラッシュラッシュ、刃の返し速く、自身の剣撃の軌跡にさらに上乗せするかのように次々と剣風でアーラックの心を刈り取っていく。
攻めようとすれば、アーラックは回避に回るのだ。それがこの均衡の正体。
ミナの詠唱が完成しようとその剣の魔力で吹き飛ばせると過信するような、ミナを眼中にすらとらえていない不遜な盗賊王…!
「『伝えのおぼろ』」
やっと切り込めたかと思えばボヒュン、と実体のない炎となってシュトーリアの腕を焼いた。そして背後から気配なく現れた細長い葉刃が痛みを食いしばって耐えるシュトーリアを襲った。決死の覚悟で右腕の肘のプロテクターで刃の横っ面を捉え、何とか逃れ出る。
「え、クサムラー、っく!!??」
「回復など、させてやるかな!」
ガギン! と、とうとうシュトーリアが打ち負ける。シュトーリアの懐に入ってきたアーラックの龍筋が鋭く刃を返して、魔力風とともにシュトーリアからレイピアを空へ奪い去った。剣はくるくると風車を描きながらアーラックの背後の地面へ突き刺さった。
「くッ……」
「拾わせて――やらんぞ? 剣士として貴様に勝てるとは思っていない。
だから、もはや剣士ですらない丸腰の少女をここで切り捨てるとする。
そら、回復でもするが良い。魔力が切れるまで焼いてやろう、激痛に意識を失うまで斬りつけてやる……………………ん?」
がたがたと。
校舎の窓ガラスという窓ガラスが、――なぜか、震え始めているのだった。
アーラックの一瞬の隙を突いてシュトーリアが自身に回復魔法をかけながらミナのそばに走り寄る。
「ミナ、これは一体…ミナ、ミナ?」
「…この速度……感知しにくいですが、何か、来ます!! マッシルドに入ってくる…!」
いつの間にか詠唱をやめていて、まがまがしいほどの黒い魔力光もその左手の先にはない。
「は? マッシルドは広大だが建物が多い。ミナが感知出来ないほどのスピードで直進できるわけが…」
ミナの思案顔を伺いながらシュトーリアが付け加え――ふと、そのまま視線をあげ、
「空…か?」
「ですが連絡船、もしくは野良の飛行船であったとして…ここを目指すりゆ、…わ!?」
突然、である。
桃色の魔力光がシュトーリアを包んだかと思うと、腕組みして考えているポーズのままシュトーリアが、消えた。
「え、え? しゅ、トーリア…!? シュトーリア!!」
シュトーリアの残影をつかもうとするミナの手が空を切り、スカートの裾を踏んでしまい前へ転ぶ。現状把握があまりにも遅れて、とにかく目の前に敵がいることだけを思い出したミナは炎弾を構えてアーラックに向き合った。
「……………………………おい、巫女。今のは、」
「こちらが聞きたいです!
ぅむ……そんな、でも間違いない。
この巨大な…間違いない、飛行、巡回船…!!」
右手の高い校舎越しに、こちらへ神風特攻してくる巨大な機体を夢想して、ミナは恐ろしさに身が震えた。どうして、と、ありえないが何度も何度も反芻して炎弾を構えている右手が震えるのだ。
マッシルドより4キロ…ミナの感知に入った瞬間から空へ上昇しマッシルド中央まで上りに上り続けたかと思いきや。急に方向を真っ直ぐにこのニスタリアン戦士学校に向かっている。対象は、飛行物体は今まさに滑空を始めたのだ。空圧と重力も相まって速度はその機体限界を超え、あまりの風圧にソニックブームさえ起きて地面が黒板をひっかくような音をかき鳴らして大きく響く。真っ直ぐに、遠くの町々何十何百という店のガラスがニスタリアンの校舎までの滑走路を描くように割れていく…!!
「おかしい…こんな作戦、こんな事態は計算外だ。くそ、ムロゥの奴は何をしている…!」
アーラックの作戦かと思いきや、そのアーラックまで見覚えがない事態なのだ。
大都市に、巨大な飛行物体が着弾する。どれほどの惨事になるか…!!
そこまで考えて、――ミナの顔が、凍り付く。
「あ、
これ、――まさか、まさか」
ゴゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――…!!!
大地や建物が鳴らすには異質すぎるほどの空裂音が、空気で地面を振るわせ局地的に地震する…!!
「何だ…これは巫女、貴様の策略か!?」
アーラックの言葉も耳に入らないほどに、思案、そして確認――間違い、ない…!
そんなアーラックの言葉に応えるかのように桃色の光がミナの傍らに再度現れる。シュトーリアだった。が、彼女は慌ててミナの両肩をつかんで叫ぶ。
「ミナッ!! 話は後だ、急いで魔力感知を頼む!
今、校舎本館周辺にはもうバウム達はいないな!?」
「え、ええ…! すでにファンナやバウム氏が校門を突破して、きゃぁ!?」
半分からミナの手を引いて、あろうことかアーラックのいる方向へ走り出すシュトーリアだった。
「アーラック! お前を相手にしている暇はない! 助かりたければ勝手に逃げろ!」
「…どういう…! ――ッ!?」
シュトーリアが用があったのは、地面に倒れているギリリーとアグネだった。アグネの体を半分抱くようにしてミナとともにギリリーの巨体に飛び込み、全員を覆う大きさの神殿障壁を展開する。
アーラックが、校舎を見上げる。
その瞬間、ばりばりと、校舎のガラスが飛び散るように割れ。
ゼロコンマ、走馬燈するような瞬間映像。木造の校舎の壁が、内側から盛り上がった。
それが、シュトーリアが叫ぶ全ての意味だった。
「『みんな、伏せろぉぉおおおおおおおおおおおお――!!!!!!!!!』」
大陸巡航横断船『ターヴ』が天から、ニスタリアン戦士学校を直撃した――!!
地裂、隆起。何十組あっただろう木製の机達が空を舞い。ガラスなど雨粒より小さく、武器武具が材料へ戻っていくかのようにコマ送りで粉々になる。着弾と同時に機体と地面で圧縮された空気が衝撃波を生み、ニスタリアン戦士学校を囲う厚い石壁を内側から段ボールでも引きはがすように吹き飛ばしていく。周辺の木々、森をへし倒し。兵士達の悲鳴など圧倒的な破砕音に空圧に飲み込まれ、地面すらえぐられていく中、シュトーリアの神殿障壁が空間から切り離されて空中に浮いている状況だった。戦士学校の燃料に着火し、衝撃波がえぐれた大地に反射して上昇気流を巻き起こし炎を戦士学校外にまでまき散らして――わずか四秒の間に地獄絵図を作り出した。
なのに――おかしいことに機体の大半は全く傷を負っていなかった。
まるで普通に着陸したかのように運転席のある前部乗り組み口のドアが開き、全身隠れるほどの茶色いローブを頭からかぶった人影が一つ、二つ、三つ。
「ぅ、うあぁあああああ…が、学校が……母校が……………!?」
「あーもう、済んだことをいっても仕方ないだろ。ほら、なんかあのタイミングだと突っ込むしかないっていうかさ。着陸場所に悩んでたし一石二鳥」
「でももっと他に良いやり方があったはずでしょ!?」
小さなローブのキーキー声が隣の青年声のローブに突っかかるが軽くあしらわれるのだった。
「――急がなければ現地の兵士がやってきますわ。すぐに仲間を回収してこの場から離脱しましょう」
脇に控えるような位置にいた3人目のローブの人物が言う。そうだな、とうなずくと、茶ローブの小さい方を先頭にターヴから離れ、校舎本館裏『だった場所』を目指す。
「神殿障壁…うわすご、地面えぐれて宙に浮いてら…。
おーい!
大丈夫かー!?
シュトーリアぁー!」
ローブの青年は、その親しみこもった声で『仲間の名』を叫んだ。
「………………くっ………………あのな、ヒカル!!!
一体お前、何があったら巡回船で突撃してくる状況になる!!??」
白色障壁が茶ローブの三人がいる所まで移動し、地面に触れたところで――そのヴェールが解かれる。
それに合わせるように茶ローブの三人も頭のフードを取り払い、その相貌をあらわにした。
見忘れるはずもない。先頭に立つ、このような大破した地獄絵図の中でさえ経験があるといった風な平然さをたたえた、黒目黒髪のその顔を。
「ヒ…カル様、よくぞ、よくぞご無事で…!!」
「ミナ!」
抱きっっ、と。何だか疲れて幽鬼のようにふらついていてその場から動けない風なミナを正面から抱きすくめる。…一週間程度だったのに、とても、長い時間だったようにも感じた。この、母親の強さと優しさのような声を聞くのも久しぶりだった。目尻から涙をこぼすほど再会を喜んでくれているらしいミナに、なんだか遠いお使いから帰った子供のような気持ちになる。
「いや-、今思うけど今回もよく生きてたなとしみじみ思うわ。なぁブックナー」
「こっちはさっき死にそうになったよ!? どうしてくれるの、ぼ、僕の…栄光あるニスタリアン戦士学校の校舎が………めちゃめちゃに…!!!!!」
金髪に碧眼の少年――…声は改めて思うが、少女のそれだ。年相応の幼さと戦士としての剣気と、その小さな両肩からは王族を思わせる気品を漂わせて――突っかかってくるので何だか色々台無しである。この男装お転婆娘め。
「ですがブックナー君。ちゃんと多数決でこの作戦をするかしないか決定したではありませんか。決定や信念を反故にする貴族はただの税金のタダ飯食いですわ」
「それはマグ姉の学校じゃないからでしょ!? いっぱい思い出あるんだよこれでも一応!!」
姫カットの銀髪の少女――。これでも一個年上なので女性と言うべきか。
アエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェル。ニスタリアン戦士学校と双璧をなすゼファンディア魔法学校の主席にして第一位。マッシルドコロシアム今大会では優勝候補とされ『ゼファンディアの切り札』とさえ称されているという天才魔法少女だ。本家はアストロニア王家にゆかりある生粋のお嬢様なのである。
「………あれ、そこに倒れてるのは?
…………ぎ、ギリリぃー!!?? アグネも!? 何で血だらけ!? もしかしてちょ、直撃したのか?」
「心配するくらいだったらするなよ!? 私の障壁が後数秒持たなかったら一緒くたになってたからな!? …いやいい、二人は一刻を争うかもしれない。急いでエベスザーレに会いに、」
「――心配ないですわ。患者の傷口を私に見せなさい」
マグダウェルが前に出ると、シュトーリアを回り込むようにして倒れ伏せる二人にひざまずいた。手を当て――薄青の糸のような魔力光がマグダウェルの白い指先から現れ、ギリリーの傷口を発光させる。
「頼んだマグダウェル。
…シュトーリアはブックナーにはあったことあるな? ミナ、こいつが最近俺が面倒見てるブックナー。ほれ挨拶、頭下げろって。あー、だからいやいやすんな。
それで…こっちはお初かな。マグダウェルだ」
ミナがおずおずと頭を下げると、マグダウェルは薄く――一瞥だけしてギリリー治療の作業に戻った。よほど急ぎなのか診断と殺菌と縫合とを同時に行っているようで、少しも他に気は回せないらしい。まぁ、マグダウェルなら心配ないだろう。――ん?
「…………ぐっ…これは、…ターヴだと…!?」
瓦礫のから現れたのは、火炎障壁で迫り来る物体を溶岩に変えたり燃焼消滅させて難を逃れていたアーラックだった。土埃を払いながら…現状を把握する。衝撃が地面をえぐった際に自分もそこに落ちたことを理解した。
直線距離にして七〇ニール《35メートル》ほど先から、大地震後のような光景の中で、この場に似合わないほどの談笑があった。先ほどまで雌雄を決していたシュトーリアの声まである。
が、一人、アーラックに気づいたらしい。その談笑から一人抜けて、茶ローブの青年が地裂下にいるアーラックを見下ろしてくる。
「おーい、無事かぁー!?」
あろう事か心配までしてくる始末だ。アーラックは歯ぎしりをかみ殺しながら黄金の枝剣を握り直し、その能力で炎の翼を二対作りだし、背に宿して上昇した。
「単身で…二人も抱えてあのオットー雪山を攻略したというのか。
サカヅキ…………ヒカル!!」」
「ん? 俺の名前知ってるんだ? ふぅん――。
勘違いしているみたいだけど、むしろ背負われて他のは俺の方だからね。
この二人を舐めるな」
ヒカルは無自覚にだが感情が影響しているのだろう、自身の回りに満ちた魔力でわずかに発光していた。それが――アーラックには底冷えするほど恐ろしい。
同時に、右手がうずく。右手の黄金の枝剣が、アイツを試せと訴えてくる。
「…逃がしたからにはその首、この場でもらい受けるぞ!!」
8000もの炎性魔力をその剣に満ちさせて、アーラックはヒカルに突撃した。不死鳥の飛び跡のようにその軌跡には火の粉を残し、羽ばたく度に加速してヒカルののど元真っ直ぐに剣先を、
「ヒカル兄さん!!!」
ガギン!!! と、間に入る小さなローブの白色の剣筋だった。
重くない。むしろ吹き飛ばされて当然――だが、アーラックはその一振りに力を緩め後退してしまう。ローブのフードをかぶり直すほどに、ブックナーの真っ直ぐにらみつけてくる視線から顔を背けていた。
「――『神殿障壁』」
そんなアーラックに、無情に、魔法名。
アーラックの頭上から突如高速発生した白色結界が毎秒八メートルの速さで展開し、炎の翼もろとも黄金枝剣のアーラックを瓦礫にたたきつける…!!
「なぁシュトーリア、アイツがアーラックで良いのか? このまま押しつぶすが」
ただただ圧倒的な魔力だった。そばにいながらシュトーリアはアーラックに同情する。8000近くの魔力の固まりを持ちながら少年の一振りで止められ、地面に這いつくばらせられる様に。
「あ、ああ…だが気をつけろヒカル、あいつの剣は」
「ぐぅうッッ!!」
瓦礫の下から腹からうなるような声とともに神殿障壁が破砕する。
「ヒカル様…アーラックが持つあの剣は精『霊』を宿しています。神聖魔法は攻撃対象に入ります!!」
「そぉ? じゃあ第二弾」
軽々しく、指をアーラックに向けて振り下ろす、邪神ヒカル。
悪夢か。
悪夢なのか。
雲が突如割れたと思った。そこに星のような光が見えたからだ。だがそれは星などではなくて――、
「…バカな!!!!!」
赤青緑に毒々しく輝く、圧倒的なまでの魔力を携えた呪いの武器の数々――!!
アーラックのいる空間ごと刺しつくさんと空から重力を伴って加速飛来した黒槍の先が黒雷を呼び、砂で形作られたような一振りの剣はまるでチェンソーのように岩肌にめり込んで暴れ、地響きを起こす。その次はナイフナイフナイフ、ナイフの倉庫をひっくり返したかと言うほどに恐るべき貫通力を秘めた刃先がアーラックに降り注ぎ障壁すら貫通して幻影もろとも被弾した。雷を伴った剣が脇横を貫通してフードを引き裂く。戦斧が降り鎌が降り鎖が降り輪刃が降り、武器という武器が体にかする度に状態異常三色を好き放題ばらまいてくる…!!
「ヒカル兄さん、このシーツ…」
「うん、思い切ってみたけど、宿屋には悪いことしたな…」
何だか見覚えのある白シーツがパサリと目の前に落ちてきたので拾いながら言うのだった。きっとこの武器を安置していたあの宿屋の一室――大穴、なんだろうなぁ。
「さぁ、アーラック、おとなしくお縄についてもらおうか。
軍に引き渡す前に金返せ。そして良さげな武器もよこせ。女の子もついでに回収する。…ついでだからな?
文句言うならケツ穴をそのしわの数だけ切り開いてやる!」
「この人ホント最悪だ…!」
うるさいブックナーは無視して、アーラックがいた場所を睥睨しながら言った。
なに、直撃はさせていないもん。狸寝入りを続けるようなら魔獣使いの蛇鎖――意志持つ相棒鎖のテツで亀甲縛りの上アクェウチドッドで最期の脅しをかけるつもりだけど。
「ほらよく言うだろ、『ただし魔法は尻から出る』!」
「出ないよ!? …絶対出ないよ!? ヒカル兄さんそう言うとこホント容赦無しだよ、一体どこで覚えたのその責め苦!!??」
三六九って言う友達がいてな――って続けてもいいわけだが、何分この場は一応戦闘だ。小うるさい弟だか妹だかが急に現れたような気持ちだ、すねさせてもいけないから後で相手してやろう…と心に決めながら――突っかかってくるブックナーの襟首をつかみシュトーリアに引き渡して改めて向き直る。アイツのせいで緊張感台無しである。
呪いの武具達を地面から魔力で引っこ抜いて滞空させながら、言い放つ。
「――俺に『こう』されること、覚えがあるだろ。やったらやり返されるもんな。因果応報。やってきたことが返ってきてるだけだ。なぁ…アーラックさんよ」
「ぐぅ…ッ、…ぐ、さ、あな…。
やはり、…あの場で殺しておくべきだった。あれほど俺が言ったというのに」
瓦礫から…まるで泥沼に落ちてそこからゆらり屈辱感とともに立ち上がる人間を見ているかのように浮浪者より惨めにボロボロで、その右手の黄金の枝剣、未だ顔を隠しているフード以外は、四肢がところどころ見え隠れしてとても盗賊王とは思えないほどに無様だった。
「そりゃ残念だったな」
実は、空中に戻したのはフェイクだ。テツは未だに瓦礫の中。隙を見せれば一気に縛って拘束するつもりでいる。
「ああ、不運だ。
で、どうせこんな事になるだろうと分かっていたから、こんな準備もしておくはめになった。
――さぁ、再会の時だ!!」
パチン、と土くれに汚れた指先で鳴らすと、燃え、そして倒れている森から俊敏すぎる人影。横倒しになった校壁を一足で飛び越え、アーラックのすぐそばに着地した。
「紹介しよう。
つい先日ともに目的を果たすために私達の仲間になった――、」
あたりの炎が、『彼女』を四方から照らす。
冷たい顔だった。否、目は口ほどに物を言う、ならば、目を包帯でぐるぐる巻きにしていれば感情なんて早々分からない。
緑のポニーテールはその繊細さを失って、カサカサだ。ミナ達に買ってもらったというプリーツのミニスカート、キャミソールはそのままだが、血のように赤い紋様入りの長袖ボレロを羽織っている。
何よりその両手。右手には…全長2メートルはあろうかという返しの大きい矢尻型の銀刃をもつおどろおどろしい気配を持つ大槍と。左手には、一体何人の首を飛ばしてきたのか分からないほどに怨念を携えた小斧だ。その尾には銀色の鈴が二個つけられていて垂れ下がり、――彼女が鳴らすその時を待っている。
「エマだ。君の大切な大切な…友人だ。
ほぅら、…村一つを焼いた上に女としての尊厳まで奪った、君の欲望の掃きだめだよ」
ぎり、と。言葉のない少女は、目のない顔で真っ直ぐヒカルを睨み、両手の呪われし武具を握りしめる。
アーラックはそれをちらりと流し見て、
「…安心するがいい、エマ。貴様とあの男との決着はつけさせてやる。
大衆の面前でな。
サカヅキヒカル、エマをまたその手中に収めたくば――二日後来い。
コロシアムで待っている」
「おい、てめぇ好き放題…! あっ…!?」
炎のおぼろに瞬間身を包んだかと思えば。
エマ共々、足跡も足音も、余韻すら残さずにヒカルに二の次をつがせず消失した――。