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四七話 邪神の言づてと逃亡のタクティクス(後1)

 めきめき、べきべきと、煉瓦の隙間に苔を張り岩板同然にもなっている、ヴィスヤーロ海の大津波にも耐えうるべく作られた地下水路の厚い厚い壁が――破れる。


 水路へ開通し、水の音が直接耳の中に飛び込んでくる。ファンナは思わずへたり込んでしまった。髪の下の耳をくすぐるように吹き抜けていく潮の匂いの心地良さに苦笑いする。


「へ、へへへ、どんなもんよ…っ。くぅ…」


 おおよそ六回の神殿障壁連続使用だった。何かあったときのためのMP残存の考えは四回目当たりで早々と捨てた。MPは使い切りそれでも届かなかったので、最後は恥も外聞もなく押したり蹴ったり体当たりしたりで散々だったのである。こうしてへたり込んでいる姿も学校の皆に見せるわけにはいかない情けない格好だ。手間取らせて、と吐き捨てるように立ち上がると、


「――何今、明かりが…? …しまったっ」


 反射的にダガーと首狩り剣を取り、腰を低く落として窺う。特殊(飛び出し)警棒じみた首狩り剣はまだ先が収納したままだが、出てきたところを振り切っていくつもりだ。ダガーに至っては刃を持つようにしてすでに投擲準備を完了している。ネズミが歩く程度しか物音もたてていないのは暗殺を生業とする人間が見ても驚嘆モノだろう。


(……………先客がいる…わね。さっき近づいてきてたのね…。

 鼓動が1,2…3?

 あ、三つ目はチフーか)


 壁を大々的に壊してしまったので既にファンナの存在はバレバレだった。壊すときに気合いのかけ声までしてしまったので女であるということも。 彼女の聴力限界50メートル外からの接近――それも水流にフィルタされてしまえば足音など届くはずもない。

 でも、と息を殺す。

 息を殺す。暗中での戦いのセオリーは、その言葉使い、息づかい、息を殺し心を殺し観察し、、足の運びや、動作する度に服が擦れる物音から逆算して相手の健康状態から最初に踏み出すであろう利き足などの身体敵特徴を掴む事にある。

 ――ただ、ファンナはそれのさらに上を行く。本来、音と音との狭間に足音など消え去ってしまう。しかし圧倒的な聴覚は自分と同列ほどの気配遮断をなしてくる手練れを相手に『鼓動』すら聞き逃さない規格外だ。生きている以上、ファンナに捉えられぬモノはない。


「誰――? …人ですか?」


(一人は声からして女。それも十代前半の甲高さ。奴隷かしら。…もう一人は若い、声帯にまで鋼のような筋肉が隣接する屈強な男性ね、呼吸の吐く息がのどで篭もってるわ)


「おいアララ、ここの壁って厚かったんじゃないのか。それほど大物の気配は感じなかったんだが? はっはー、もしかしたらピエール達の先を越したって奴? うしし、やったぜ」


「アララ言うな、です。無視るですよ」


 コツコツコツ、と拳が壁を叩く音。わずかに男の方が上方面へ声が放たれているのは、その意味通り男が顎をあげている事を意味する。私がすぐには逃げないことが分かっているのか、それとも逃げても無駄と思っているのか――ずいぶんな悠長さである。


(アララ? …アーラックって事?)


 いや、アとラが入る名前なんていくらでもある。

 ファンナは頭を振り余分な思索をはじき出すと聴力に集中した。


「ま、アララにかかっちまえば丸裸か」


「キーッ!!!

 だからアララ言うな、なのですよっ!

 貴方は私の婚約者なのですかっ!? 違うでしょうこのウジ虫め。

 たくもー、勇者様だけなのですよ、その言い方許してるのは。頭が高いの自覚しろです。

 …はぁ、そうですね…――、一つゲームをしましょう、貴方の汚らしい野生根性が鈍ってないかどうか試してみるとしますです。下郎。いやゲロ」


 全くアララは仕方ないなぁ、と笑いながら頭をさすさすさする音がする。少女が怒っているところを見ると、どうもこの男はアララの頭をなでる常習犯らしい。




(なんだか危険、なさそうだな――…――――――え?)




「ふふ、そうとも俺は獣のマスクで狼の群れになじんだ男…!

 そうだな…この気配遮断は戦士だな。

 性別は女。

 年はわりと若い。呼吸の反響もないから軽装で…俺の予想では薄着。魔術的装備の気配も見受けられないことから、手負い…なのかな? 何かから逃亡してるのかもしれない」





「70点。

 戦士で女でうら若くて薄着、までは合っていますですよ。ただ、手負いではなくって単に魔力切れかとー。おおかたそこの壁を掘るのに魔力を使い果たしたのしょうね」





 少女の声はまるで教鞭を執る教師のようだった。

 ファンナは次々と断定される度に、冷汗が頬を伝う。


「――俺達を追ってか?」


「脳筋は見た目だけにして下さい、貴方みたいな筋肉ゴーレムにはひのきの棒がお似合いです、と言われたいのですか? 剃るですよ上も下も。

 …いいですか? 私達を追っていたのならもう少し距離を取って壁を壊すでしょう、少なくとも壁の壊す音を私達に捉えられない程度は距離を取って。そうですねー私たちを知ってるなら六千ニール(3キロ)はほしいところです。

 私達は一度も走ったり止まったりして歩く速度を変えてはいないのですから、このように私達の目と鼻の先で壁を壊すことはそのまま私達を目的としていない事が分かります。

 そうですよね、お嬢さん」


(クッ、…)


「…………………だめだめね私も。はい、降参よ。危害はないからそっちに出て行ってもいいかしら」


「手にかけてる武器はちゃんとぽっけに直してくださいねー」


「…鞘要らずってことまでお見通しってわけ?」


「そりゃー天下のアラスト様なんだからモチのロン、と言っておきましょう。親切に話してくれたなら、迷子のお嬢さんは地上に送って差し上げます…って、あ、今笑ったね!? 笑ったでしょ!?」


「あ、お嬢さーん? こんな言い方ですけどこの子に悪気はないから許してくださーい! 本当に敵意はないですからー!」



 出て行った途端迎撃パンチをもらってもしょうがない、と覚悟を決めてサイドステップで瓦礫の外に出る。


 緩やかにカーブしている水路だった。目視できるのは30メートル先までほどで、髪を前方へわずかに流す程度に海風がファンナを吹き抜けていく。とことこ、という少女の早足な足音と、がっちゃ、がっちゃ、という鎧の少女にあわせるような足音が、暢気に近づいてくる。ダガーを離してしまえば地上の光など入り込む隙もない暗闇から、明かりが迫ってくる。


(はは、――どうしよう)


 気配だけで断定されて、ニスタリアン稀代の隠密能力の面目丸つぶれなはずなのに。


 あのまま逃げればよかったんじゃないか、という緊張が走る。こうして全身の産毛が総毛立ち、実力の差に痛いほどだった。戦士としての感覚、動物的勘に任せてここで何振り構わず退くのが、今までのファンナにとっての正解だった。でも。圧倒的な上位からの提案は命令に同じ。覚悟を決めて水路に出たはずが、退けば死ぬ、というプレッシャーに半ば引きずり出されるようだったのだ。


(…何なのこいつら…!

 真法騎士団だってこんなあからさまな気配の隠蔽、しない)


 戦士の持つ剣気、魔術師の持つ魔力の流れが全く感じられないからだ。それでいて索敵は超聴力を持つファンナを二人して軽く凌駕する。おそらく魔力感知を持っていたとて、彼女たちの魔力は平凡な戦士魔術師程度にしか把握できないだろう。仮にもBB級クラスのファンナを相手にここまで絶望的なまでに気配だけで実力差を見せつけられる相手――。

 

 そして、杖先の強烈な白光があらわになる。

 現れたのはおおよそファンナの予想通りの風貌の二人だった。

 

 先が太く尾が細い木樹(ぼくじゅ)の杖を掲げ、片方の手を腰に当て胸を張るのは130センチくらいの少女。くたびれ、先が折れている山高帽、軽く羽織るように、前裾が斜めに長くなって引きずってしまっている夕焼けの空と雲を模した柄の竜毛のコート。しかし開いたコートの胸からスカートにかけては淡い桃色の編み目や作りの細刺繍のプリンセスドレスだ。魔力を放つコートや山高帽を脱ぎ去れば、そのタイガークォーツじみた髪色のお団子(シニヨン)といいぱっちり二重の童顔といいどこの王女が迷い込んだのかと問いかけてしまいそうだった。

 その隣で光に深く顔に彫りを作っているのは、柔らかい線目の鎧の長身の男である。よほど誰も出てこない暗闇の中、ようやく人に会えたのがうれしいのかとても笑顔だ。190センチ、刈り上げの黒髪で、兜をかぶっていないのは、なぜかぴょんと前に跳ねている一部分がつぶれるのがイヤだからだろうか。濁った金…真鍮色の手先までつながっている全身甲冑に茶のマント。腰にはこの二人組の中で唯一隠しきれない血のにおいと威圧を放つ一本剣が提げられていて、渦巻く魔力光は鞘に収められていてさえヒカルの持つどの武具もが――及ばない。





「あ痛!?」

 こけた。


「あららぁ…、また鼻血出ちゃってるぞアララ、ほら上向いて。垂れるから。お嬢さんちょっと、ちょっと待ってね!」


「アララってあだ名そこからきてるの!?」


「そうそう、パーティ中で流行っちゃってさぁ」


「ぅあ"」


 鎧のつなぎ目をぐいぐい引っ張って涙目のアララだった。

 さっさと拭け、と言っているらしい。

 男は白い歯を光らせて、笑顔で取り出した柔紙で優しく拭き取り、


「…へ?」


 ねじった柔紙を作って少女の鼻に突き刺すっっ!!


「ほ、ほぁっわああああ!!???」


 突き刺された幼女の方も予想外だったのか卒倒して何すんのらとつかみかかるも全然手が届かないのだった。血が出るので鼻から紙を抜くこともできない。

 男は、はっはっは、片手であしらいながら、


「やや、こんなところで奇遇だね。名前は? 今日はどういった用事で? 彼氏は?」


 結局ファンナの警戒も構わず近づいてきて握手までしにくる始末である。なすがままに手をつかまれ上下される。男の右ふくらはぎを山高帽のアララが後ろから力一杯蹴りつけているが、鎧の鈍い音がするだけで全く効いていないらしい。


「あの私、ギルド関係の調査を…」


 とっさに嘘をつく。黙秘の香でまた首を絞めてしまってこの二人に隙を見せるわけにもいかないからだ。声も知らず、下手に出てしまう。


「へぇ、この国のシステムはおもしろいな。兵士じゃなくて傭兵が請け負うんだ。この厚さの壁を部分的に、女手で削るなんて…。で、彼氏は?」


「キーン、どうして貴方はパツキンのねーちゃんを見つけるとそう鼻の下が伸びるのですか」


「神殿障壁を使って穴を開けました。

 …伸びてるんですか? 鼻」


「腐れ幼女といつもセットにされるから3割り増しくらいで可愛く見えるんだもの。

 …ああ、もちろん心配しなくていいよアララ、俺はたとえ人生負け犬のツルペタ少女だって見捨てない世話焼きな男!

 よっ、永遠の(わか)さ!」


「あー、なるほどね…」


「微妙にニュアンスが違うと思うのですよキーン!? またからかってますですか!?」


「いや間違ってないわ?」


「間違ってるのはお前の発音です女っっ!!!」


「お嬢ちゃん結構やるな、アララ相手に。やっぱり女は乳があるほうが包容力が…『いや意味不明だから』…あそう? やー比較対象がこれだからさぁ」


「なるほど」


 ぽん、と納得の拍手。


「なるほどじゃないのです、女! 私をそんな憐れんだ目で見ないでくれなのです!!

 私はこう見えてもれっきとした大人である二一…こっ、この! だ、だから上から目線はやめるのですっ! 不敬罪で切るのですよっ!? さらし乳首にするのです!」


「なぁお嬢ちゃん…突起物のない凹凸はお嬢ちゃん達流で言うなら、モホモス肉のない肉ばさみパン(マッツハム)と同義だ。今の暴れ馬(アララ)を怒らせちゃいけねぇ」


「いや意味不明だわ」


「ただの言い間違えなのです! この大陸の言葉は私はまだ苦手なのですよ、ニュアンスでわからないのですか!!??」


「さっきまでニュアンスがどうとか言ってた人間が何を…」


 怒髪天で勢いのままファンナに飛びかかる魔女っ娘は、ジャンプが足らずファンナの胸にしがみつく形になり、


「ちょ、いたたたた、痛いったら! 胸よ!? ひゃんんぅ、やだっ、さ、先つぶさないでってば! 握りつぶさないでよこのチビ子っ! 痛いじゃない!! び、ぃ…敏感なんだからっ!!」


「ち、チビ子ですって……!! 未だかつて言われたことがないこの屈辱!!!!!

 言いましたね、言っちまいやがりましたねこのふしだら果実ぶら下げて私に!!! 私敏感だった時期なんて一日も………ふぇぐ、ふ、ふぇぇええ!!!!」


 鼻の下を伸ばしながら止めにくるキーンの肩ごしに『女としてお前だけは許さない』的なアイコンタクトを交わしてようやく落ち着きを取り戻す二人。キーンだけはちらちらファンナのふくらみに目がいってアララに蹴られていた。俺は名より実を取る男! とかほざいている。


「ファンナよ」


「ふぁんな?」


「だから…名前でしょ? 私、ファンナっていうの。キーシクル・マッシルド・ラ・ファンナ。はい、ギルド証よ。それなりに知られてるから本来この名前だけで身分保障になるはずだけど。貴方達は?」


「ほほぅ地元人なんだ? いいねマッシルド! 美女の町!」


「こんなの乳がでかいだけです。

 …私は…そうですね、アラスト、とだけ言っておきます。姓と地名が答えられないのは少々勘弁してください。地元の大陸ではこの名前だけで身分が特定されかねないので」


 山高帽のつばをあげながら、こいつはキーンでいいのです、とおまけのように紹介する幼女のアラストだった。のぼせた顔で後ろ頭をかきながらへこへこ頭を下げるキーンは、本当に、腰の破呪光の剣さえなければ一般人にしか見えないのだ。店に飾ってあった一番高い鎧をコロシアム見物の記念に試着中のお上りさんそのままである。

 礼をすでに失しているのはお互いさまだが、名前を名乗らなければならない道理はない。これを名乗り損だと思わないあたり、ファンナも一貴族として度量が伺える。 


「で、調査のほどはどうだい?」


「いや、何もなかったわ。さっぱりよ、もしかしたらって思って壁破ってみたけれど、水路だけだものね」


「ふむ…何だったら手伝おうか? 俺達も芽摘みの会(マニートーラ)とアーラック盗賊団についてね、意見交換できたらと――ん、どうしたのファンナちゃん? あれ、俺なんか格好いいこと言った?」


 無意識のうちにファンナはキーンの線目を睨んでいたのだった。脅かさないでくれよ、と笑いながらおどけてみせるが、ファンナは知らず殺意を飛ばしていたことに気がついて苦み走ったままうつむく。


「…はぁ…いいですかファンナ。私達はこの大陸にはアストロニア王国から到着しまして、その際に怪しげな組織を壊滅させまして。それで組織の片割れがこの地にあると聞いて定期連絡船でこちらに来たのです。

 アーラック盗賊団と裏オークションについては独自に調べました。アーラック盗賊団については、生涯を家族を奪った盗賊団討伐にかけていていたアーラック盗賊団研究家のトレーシア・ファルン・ラ・クラーラさんに話していただきましたです。3年前より活動開始、人的戦力資金運用すさまじく推定被害総額280億シシリー、人的被害は5000名以上。総額はおおよそ一小国家級の国家財産に相当します。裏オークションの方は簡単です。人と物と建築とマッシルドにはあふれていますが、人が大規模に集まれる場所などたかが知れてますので地下にあるということは簡単に目測がついたのですよ。そして貴方の出てきた穴からはサパモンドーレ香、別名自害香――…この地では黙秘の香ですか。まさに何かある匂い、そのままというわけですね」


 元々私たちの大陸から流れた物ですから、とアラストはよどみない口調で付け加えた。


「……どこまで知ってるの? いや、察してるの? 貴方」


「私も所詮人の身、知り得ることなどそうそうないのです。だから考えるのですよ。魔術師とは常に、パーティの誰よりも思慮深くなくてはならない。しかし人には限界がある。 ――そんな限界を魔術師が超えるには、物事をより単純に捉えるべく俯瞰する観察力が必要です。

 ですから私は考える必要がありません。見たままを問うのです。

 こうして、こんな人気のない水路に一人のお嬢さんがいる。

 そこに偶然など、ない」


 とことこ。

 しかし、幽霊の子供がそっと背後に回るような怖気を携えてアラストがファンナの退路をふさいだ。正面ではキーンが、いつの間にか笑みを消し、線目をわずかに開いて黒色の瞳をのぞかせている。


「――お答えくださいなのです。知っていることを全部。

 私達が掲げるのは常に正義。

 この街、この大陸の市民を不安にさせている盗賊団に鉄槌を。不穏な影にあがないを。悪には光を当てましょう。

 勇者の神目の名にかけて」








――同時刻、ラグナクルト大陸オームハイズ大平原走行中の定期連絡船にて―― 



  

 重厚で巨大な前方後円墳型の影が、地上を這うように走っている。

 時速18万ニール(90キロ)で移動するその正体は、ラグナクルト大陸が誇る最速の大陸巡航横断船『ターヴ』だ。

 連絡船前方の駒型部は操舵席や従業員室、貨物、調理場や魔力炉機関が集まっていて、その駒に取り付けられた羽子板のような後部はその全域が客席となっている。大陸各国の要人から旅行の家族までを大陸に円を描くように最大定員一八〇名の乗客を乗せ飛行するターヴ。

 強力な風力と重力魔法が展開されていて、地表はおろか上空に巣くう魔物すらその船体に近づくことすらままならない。事実上大陸一早くそして安全な飛行連絡機関なのである。


 船体前部の船底を青、それ以外は白を基調にして塗装された厚い鋼の船内では、いつもなら景色にはしゃぐ子供の声もあっただろうが、席はすべて埋まっているにもかかわらず異様なほどに静まりかえっていた。


 それもそのはず。


 着席している鎧非鎧の人物その全てが軍人であり、この航路にある町々付近に遠征していた隊員も含めて、アストロニア王国の兵士である。


 船に当たる風圧も普段の倍速で航空しているためかがたがたと窓を鳴らしている。国家権力で軍部の貸し切り状態だった。


 そして客席。

 落とされた明かりの中、アストロニアの最先端の技術によって垂れ幕に映像化されているのはマッシルドの町並みである。指揮棒を手に移り変わる映像を傍らで見つめていた鮮青の軍服の隻眼の女性は、最後にマッシルド一帯の俯瞰図に切り替わったところで一八〇人と余名を見渡した。


「聞け。三、六番隊も回収したのでこれより国交戦略部より指令を言い渡す。

 『対アーラック盗賊団国際警備』である。

各隊の動きについては手元にある資料を目に通してもらえばわかると思う。これよりそれに(のっと)って作戦の概略を説明する。

 キュベレ・一九よりマッシルド運営委員会より本国に伝報。マッシルド周辺を主に活動するアーラック盗賊団に対しての警備活動の要請だ。血気高い貴様らには周知のことだとは思うが――マッシルドではコロシアムが年始開催され、勇者の日の出を見に各国要人が集う。

 マッシルドは街だが、その広大さ、人種の多様さはもはや一国家だと考えてほしい。

 基本は各国の兵と連携…の名の下に警戒し啓発しマッシルドに訪れている人民の安全を確保すること。一、六、九番隊はコロシアム開催時はコロシアム内で巡回する予定だ。傭兵についてはすでにマキシベー王国のラクソン公爵が先導しての隔離が行われている。場所はニスタリアン戦士学校の校舎だ。私達の隊からは八番隊のみがこれに参加する。

 我らはわずか一二隊で警備に参加するが、これでも最大人数とされるらしい。腑抜けの各国の弱卒に我らの動きを見せつけてやれ。ついでに出てきた田舎を荒らし回る盗賊を確保できれば上々、といったところだ。頭領については捕獲命令が出ているので殺傷しないように、とのことだ。上はそう言っているが、多少なり痛めつけても構わん。自害させなければ私が融通を利かせよう。

 次に外壁外での警備の割り当てについてだが、」


 張り上げるような声で説明する女性に兵達も背筋が伸びる。上層部に昇格する予定の一番隊副隊長の彼女の背後では、兵達をにらみつけるように亜人混じりの大男が休めの体勢で立っている。一二隊をまとめる少佐――、そして一番隊隊長は要人の警護ですでにマッシルドに潜入していて作戦におおっぴらに参加しないので事実上彼女が最高権力を握ることになるだろう。

 彼女の同僚も、いつも以上にキリキリしている彼女に胃痛、そして鼻高々である。彼女になじられるのが一番隊の幸せでもあった。垂れ幕より右一列が妙な幸せ顔なのはそれが原因である。ガヴァンドルなどという男勝りな名前に反して隊員の中で『がーちゃん』と愛唱されているのは彼女だけが知らない。


(なぁなぁポリー、俺さ、さっきちらって見たんだけど外壁外担当なわけよ。お前の隊南地区になるってさ。だから警備の途中でアクセサリ買ってきてほしい。こんな機会でもうまく使ってマイ・エンジェルにサービスしとかないとやっばいんだよね。四増割払いでどう?)


(やめとくわ、うちの隊長先月見合い失敗したばかりでまだ引きずってるからそう言うこと見られると俺の首切られる)


(俺がエンジェルに首切られてもいいってか!?)


(実を言うと俺もお前がねたましい。死んでしまえ)


『黙らんか、命令なしではデグの分際で、黙って指令が聞けないのか!!!』


 大男の怒声でひそひそ話が一斉に止む。隊長がいる場合はその役目はガヴァンドルなのだが、この作戦に限り一番隊の第二副官である彼が担当しているのだった。片手で樹木をつり上げるという怪力を見せしめに食らってはしゃれにならないので、皆が示し合わせたように沈黙する。


「バボルありがとう――では、最後に国交戦略部からの準指令、」






『う、うぁああああああああああああああああああ!!!!!!!?????』






 ガ、ゴォオオオオン…!!!!!


 鈍く重い音が船体前方を大きく揺らした。

 船内放送に使われるラッパ型のパイプから、操舵席の船員の叫び声…、殴打音。


 客席が船前部にあおられるようにして上下に大きく揺れ、隊員のほとんどが叫び、席にしがみついてこわばった。


「黙れ貴様らァアアアっっっっっ!!!!!!!!!』


 ――大男さえ膝をついた。その揺れの中で一人直立し、パイプを一睨みしただけしか微動だにしなかった女帝が怒号する。


「各隊員、挙手で点呼。操舵席の物音の邪魔をするな。…やれ」


 そう言い捨てると、傍らの大男を蹴り上げて立たせ、操舵席の名前が彫られているパイプを再度睨みあげる。



『…………勇ましい限りだな』


「貴様、今この船がアストロニア本国によって軍用許可されていると知っての行動か」


 パイプからの青年のつぶやきを全く無視して、言い放つガヴァンドル。


 そう、相手は意外なことに青年だ。口に布を当てて声をゆがませているがその補正を脳内でしても16、7才くらいだろう。


『…操舵席、魔力炉その他船体前部はすべからく俺達が占拠した。死傷者はない。護衛…あれは見張りなのかな? 船員にひっついてた軍人さん達もただ無力化してるだけだからご安心を。

 君たちに特に用はない。

 少々乱暴だけど、ドライブにつきあってもらう。

 ――海風は好きかい?』


「人なら誰でも乗せる間抜けなモホモスと一緒にしないでもらいたい。

 私の兵士達にも手を出すな。動くな。至急速やかに投降を宣言しろ。私にそれ以上の温情はできない」


 垂れ幕に当たる光源以外薄暗闇の中、兵士達も息をのんでガヴァンドルと青年のやりとりを見つめていた。


『…お姉さんめちゃくちゃきっついね……一応こっち人質がいるんだけど…』


「手を出したら一人につき、貴様らが捕まった時に切り分けられるパーツが10ずつ増える事になる――ん?」


 ホラお前こいっ! と青年がパイプから離れ、代わりに女を強引に引き寄せる声が聞こえてくる。


『軍人のお方、た、助けてくださいましっっ!!! すみません、すみません、私…死にたくない…!!!!』


 聞こえるのは給仕の少女の声だろうか。わずかな布のこすれから、腕をぎりぎりとつり上げられているようだ、とガヴァンドルは察した。苦み走った顔でうつむき、


「貴様、手を出さないと言っただろうが!!!」


『…だからといって足下を見られちゃ困る。

 長く話すつもりはない。交渉ごとはスピーディに、シンプルに、言葉少なに、がセオリーだ。

 そちらの統率はアンタに任せる。…無駄な動きをすれば不運な人間が増えることになる。

 繰り返す。俺達は船員、軍人達に危害を加えるつもりはない。

 以後通信はしない』


「待てっ!! …貴様らの名を、教えろ」


『――……………アーラック盗賊団。じゃあね』


 そして給仕の女性を突き飛ばしたらしく、地面にたたきつけられる悲鳴を最後に、パタン…――、と向こう側のパイプにふたをされたのだろう。音が途絶えた。


 ガヴァンドルが拳を握りしめ、歯ぎしり起こさんばかりのわなわなと震えている。その肩を冷や汗の顔で見ることしかできない第二副隊長の大男は、


「…ガヴァンドル副隊長、どうしますか」


「…クッ…………要求は呑もう。所詮我らも名目は本国からの貸し馬。多少なりマッシルドへの到着が遅れたとて我らに非はない…」


「奴らは、どこへ行くつもりなのでしょう、私達を乗せて…」


「知らない。――…案外目的地は一緒かもしれんぞ」


 大男は兵達に着席させ、床に散らばった資料を集めさせるよう指示を出した。


「…」


 その兵達の作業を見つめながら思う。

 見間違いだったのだろうか。

 あの血も涙もないと言われるガヴァンドルの横顔が、最後、一瞬だったが、悲しみにゆがんだのだ――。








「そう、か――、一日無駄にしてしまったのか。すまない…」


 夜、夕食を終えて部屋に帰ったところで部屋から出てきたシュトーリアと出くわしたミナとナツである。ナツにバウム達やエベスザーレ、アグネ、ギリリーに声をかけさせ、狭苦しい寮の一室に集合した。シュトーリアはナツに強く押されてベッドに押し込まれ、半身を起こしている状態だった。

 あまり食が進んでいなかったファンナは目覚めたシュトーリアを前にしてもどこか上の空でミナはよくない兆候だと密かに目をやりながらも、シュトーリアに何があったのかを話させる。


 窓の外は、屋外訓練場の中央にある灯火に照らされて、険呑な兵士の緊張で満ちていた。昼頃局地的な地震があったらしく地面が陥没したとか…大部分の兵士達は状況把握と人民の安全の確保、補修に狩り出されている。


「そう、ですか。ヒカル様は雪山に…」


 ミナの納得しながらもふらふらと後ろによろける体をナツとヤークが慌てて支える。ヒカルが病気で調子を崩していること、だが周りの環境が最悪で死の可能性すらある事実に眩暈(めまい)も隠しきれなかったのである。バウムが狐獣人の嗅覚でシュトーリアの体を調べたが、外気がよほど低温だったらしく臭いがほとんど付着していない。不特定多数の人間の…乾いた表皮の臭いだけは感じ取れたが、と漏らすバウム。

ヒカルはブックナーというニスタリアン戦士学校の少年と、ゼファンディア魔法学校の女子生徒と一緒にいた、とシュトーリアが思い出したように言った。


「コロシアムまであの三日、か…くそっ、ヒカルが心配したとおりになっているとは…!」


「それでシュトーリア、ヒカル様はなんと」


「ああ、


『だけど、最初から説明してる余裕がない。俺達が知り得てる情報はたくさんあるけど、これがまだ確定した真実とは限らないからそっくりお前に知らせるわけにはいかない。無意識にお前の判断が鈍るかも知れないからな。

 この数点だけを持ち帰ってマッシルドで対策を取ってくれ。…ええと、


 『1・マッシルドがアーラック盗賊団と他の勢力に現在狙われている。対象はおそらく貴族以上。各国の王族の危機が関わってる可能性が十分にある。


 2・ミナ達、そしてファンナ達とまず合流しろ。特にファンナはギルド副会長の娘らしいから発言力を稼げるはずだ。


 3・『魔眼』って言う奴が関わってる。王達を警告した後そのまま各国の兵士達を使え。目がとにかく深紅になってる人は奴隷貴族関わらず集めて隔離しろ。暴動が起きるとしたら火ぶたを着るのは間違いなくそいつ等だ。ファンナが奴隷を一人連れてるがそいつの眼が赤いはず。似たような目をしらみつぶしで探してくれ


 4・マッシルドの地上の大オークションのち、』


 以上だ。一字一句間違いない」


 偽りない目がミナを見据え、ミナも思案顔にその目の先で焦点を合わせている。


「……………そこまで再現する必要ある?」


「覚えるのは得意なんだ」


 あきれ顔のファンナに、なぜかフフンと得意顔のシュトーリアである。

 賢いけどバカだった。


「…シュトーリア嬢ちゃん、オークション(のち)ってどういうことさ」


 アグネが言う。確かに、この部屋にいる誰もがそう聞こえた。


「――いや、もしかしたら最後は、ブツ切りだと思うわ」


 ファンナがぼそりつぶやくと、シュトーリアがそう、そうだ!と相づちを打つ。


「なぜかヒカルはその言葉を言い切る前に苦しみだして…ヒカルは大丈夫だと言っていたんだが、」


「ヒカル様が!? そんな…な、なんと言うこと…!」


「姉様…大丈夫と言うことは、少なくとも苦しみの理由がわかっていると言うことだと思います」


「しかし――…!」


 ミナが落ち着きを忘れナツを睨まんばかりに振り返ったところで、壁により掛かりシュトーリア達を見つめているエベスザーレと目があった。


「ま、そういうことさね」


「くッ…、いいでしょう、ヒカル様のお体の安否は今は脇に置いておきます。ファンナ、ブツ切りとはどういうことですか?」


「私達、地上で大オークションが開催されている間、地下の水路で同時に行われていた裏オークションに潜入してたの。…黙秘の香、っていうんだけど、地下にそれが充満してて、裏オークションに関して条件付けされて他言することを封じられている状態だったのよ」


「黙秘の香だと…? …条約で大陸持ち込み禁止に指定されてる禁制の品じゃないか…!!

 ファンナ! どうして君は今までそれを黙っていたんだ!!

 …いや、どうしてそれを『私達に話すことができる』っ…!?」


 シュトーリアが食ってかかるが、ファンナは…やはりもの憂げな表情のままシュトーリアに言われるまま。だが、ふん、といたたまれなくなったのかそっぽを向いて、


「…ある人にね、私だけ治療……? 違うな、黙秘する理由を消してもらったの」




 ――………――



「へぇ、理由は黙秘の香でしゃべれないですか。なるほど? じゃあちょっと中に入るのです」


 ファンナを見上げるように山高帽の少女がにこやかに言った。ファンナが戸惑うも構わずに手を引いて瓦礫の奥に入っていく。


「はぁ…ここはまた一段と広いのです。私達が探した中では一番広いのですよ…」




挿絵(By みてみん)




「…ここよ、私達が今立ってるのがちょうどステージになったわ。紳士淑女…欲に皮の突っ張った貴族や武器商人達が着飾ってここで紹介される物を見つめて歓声を上げていたわ。テーブルが、こう並べられててね」


 ファンナが説明するも、聞いているのかいないのかアラストは山高帽を押さえながら『ほうほうほうほう』とコマドリがきょろきょろとえさ場を探すように見回している。

 ファンナは、気づいて、口を思わず押さえた。


「あっ…」


「…――というわけです、黙秘の香はその香りを嗅いだ人間同士ならその内容の会話ができるようになるのです」


  鎧が引っかかっていたのか今頃やってきたキーンが背伸びしているのを尻目に、ファンナをいつの間にか見上げていて、人差し指をピンとたてて教師が生徒に言い聞かせるように言う。


「そして、黙秘の香、この物の仕組みをじっくり考えたことはあるですか?」


「は? …そんな、別にないわよ。大体、解毒ができないから禁制にされてるって」


 ニスタリアンの薬草学でもさらりと紹介された程度である。学生に禁制にされている物に興味を持たれてしまうのも含めて、教師も詳しく説明するのを避けたのだろう。


「そうですね。暗示による症状は毒ではないので呪文や薬物による解毒はできないのです。でもこの暗示とは条件付けです。

 今わかったことを整理すると――

 『関係者以外――正しく言うならば『黙秘の香』を嗅いだ人間以外とは『黙秘の香』を嗅いだ場所、そこで起きた出来事、物、人物などの話をすることができなくなる』

 というのが黙秘の香の効力になるです。

 逆を言うとこういう事です。

 嗅いだ時の出来事を忘れてしまえば、出来事に条件付けされていた暗示も意味をなくします。物を破壊してしまえばその品について話す必要がなくなり、来ていた人以外を殺してしまえば貴方は暗示に苦しむことはありません。これらと同様に考えると、嗅いだ場所がなくなれば貴方は暗示から解き放たれるのではないですか?」


 アラストはさも単純明快と言わんばかりだ。何を言い出したかと思えば、とファンナは額を押さえつつ、


「…そんなわけないでしょう。場所を壊したって、その場所で嗅いだという記憶は消えないわ」


「ファンナは場所を壊すという意味をそのままで受け取ってるみたいなのです。

 違いますよ。

 こーするです」


 山高帽の魔女っ娘はさっと木樹の絡み合った根のような杖先を天井に向け、





「――…………………………っっ!?」




 突然集まりくる強烈な魔力。薄黄の発光を伴ったそれはすぐ近くにいるファンナをすら巻き込み、魔力孔が直に焼ける痛みに一〇メートル反射的に距離をとらざるをえなくさせた。

 アラストは全く表情を変えないのっぺりとした少女の笑顔だった。

 杖先に波動を伴って光が集まる。…ヒカルですら果たしてマネできたであろうか。一〇〇じゃ足りない、一〇〇〇でも物足りない……恐るべきはその魔力がヒカルのように霧散することなく、その全てが精緻にコントロールされ密度を高めているところだ。直感で芸術的とファンナを凍り付かせる。たとえ数倍の同量の魔力とぶつかり合ったとてこの少女の魔法は何一つ傷つけられないだろう。個人が所有すると言うには膨大過ぎる魔力。そして人のそれとは一線を画するほどの魔力運用は――……、


「――…貴方、一体…………………!!!!!!」


 

 宇宙が生まれる瞬間を見るようだった。魔力が少女を中心に発光をはじめ、魔力波が断続的に少女から広がっていく。

 最期に白色の――これだけはわかった――薄い神殿障壁が世界に広がっていき大貯水路を通り抜けていくと、星と化した魔力が、アラストを中心に創世が始めた。


 それ以上、声が、出ない。

 

 魔術師達が目指すであろう使用マテリアルの管理を、その世界の仕組みを、魔法という物を誰よりも理解した頂にあるだろう二重螺旋の魔力の帯。

 風巻き、プリンセスドレスの裾をはためかせる。

 山高帽のつばを浮かせてお団子髪の少女の相貌をあらわにする。

 猛烈な風が少女を中心に広がっていき、通路という通路を鳴かせる。圧倒的な密度に触れてか、アラストの足下の地表がめくれはじめた。



 まさに、まさに――天下無双……………!!!



「…――つまりこういう事なのです。

 貴方がいた『この地下水路の大広間』という場所は、『室』ではなく、この世界の空間に直接つながっていた」



 ――――そして、ぶっ放したのである。



 …結果、裏オークションだった地下大貯水路の天井をもちあげるように破壊し、室を構成していた部屋の壁の至る所を瓦礫の下に埋め。途中の神殿障壁はこの天井上にいるだろう人間を排除すべく発動した物らしく、破壊に伴っての怪我人や屋台の被害は皆無だった。


 日光が…生気の抜けたファンナを、照らした。

 とことこ近づいてくるアラストは、へたり込んで茫然自失しているファンナの手を優しく包み、


「ここは大広間でしたが、今では外も大広間なのです。同時に、外と中の関係でしたが、今ではこの大広間だった物も『外』なのです。

 同じ空間にいるのですよ。

 ほら。今、この街の人間が、風に乗り、この大陸にすむありとあらゆる人間がその香りを嗅いでいますです。

 同じ空間なんだから、同じ香りを嗅いだ人間なら苦しむ必要はなくなるのです。ね」


 アラストの言うことを理解すると同時に、彼女は暗示の(かせ)から解き放たれたのである。 



 ――………――



 …ファンナが話す荒唐無稽すぎる話を、皆は驚き、あるいは半信半疑の沈黙をして聞いていた。

 建物が建ち、人が生活しているほどの地盤のを形成する厚い厚い地下。

 その天井を…個人が破る…?

 唯一可能そうなヒカルという心当たりがあるミナも驚きを隠せなかった人間の一人だ。あごが外れたのかと言わんばかりに口を開けているのはバウムとヤーク、アグネ。エベスザーレとギリリー、シュトーリアが疑念の目を向けている。


「…むぅ、確かに昼の地震との説明がつく。信じられないが、ファンナ殿がそのような作り話を今するとはわしは思えぬ」


「というかファンナ姉ちゃん外に出られたんだ」


 バウムとヤークの親子が口々にファンナを肯定しだす。ミナも――邪神というシステムが存在する以上、ヒカルと同格の人間がいてもおかしくないと脅威を感じながらも、


「…わかりました。ではヒカル様の話に戻ります。

 今日私はバウム氏と、兵士や教師、傭兵達に対して聞き込み調査を行ったのですが、その折にラクソン様と顔を合わせました。どうも現在マキシベーの公爵である彼の手動によって傭兵収集が行われているとか」


 マッシルド内の傭兵はギルドで管理されていて、かつ、外来の傭兵は門前の検問によって実力ある傭兵は全てラクソン公の息がかかっているのだ。事実上注意視されている傭兵はすべからく確保され、それ以外の取るに足らない傭兵は目にとまり次第捕獲、という流れになっている。


「そもそもの名目が、『傭兵達の暴走』です。それが今回問題になっている魔眼なのですが…ラクソン様の話では、その全てが目印として目が深紅に染まっていたようです」


「や、はり……………。

 なら、ヤー坊のこの目は、」


「その通りですバウム氏。

 ヤークの深紅の目。それは、光魔法により魔眼化された後遺症だというのです」


 狂おしい表情で我が子を抱くがヤークはすまなさそうに押し黙るだけだった。

 ミナは二人を見つめ、…意を決したように視線を切り、青銀の髪を揺らし、皆を見回す。

 さながら、神からの宣告を心して民に伝える巫女だった。


「しからば、その魔眼はどこで与えられたのか。

 …ファンナ、ヤークは貴方が連れてきたと言ってましたが…貴方が連れてきた時のあの人形のような服装といい…奴隷として捕まっていたということで間違いありませんね?」


「ええ…今思えば、私達が奴隷達を解放しようと彼らに近づいたとき、暗かったんだけど…これみて。ヒカルから潜入の時から貸してもらってるんだけど。

 奴隷として捕まっていた少女立ち退いた部屋は、明かりはあったの。

 でも私だけ、この『黒目夜目のダガー・ダガー』っていう夜でも昼間と同じように見えるダガーで、見てたわ。


 みんな、目が、赤かった。


 授業で習ったことがあるわ。光魔法に魔眼化された人間は一回から数回にかけてその効力を及ぼすと。おそらく、私が見たとき、すでにヒカルやブックナーは魔眼の術中にいたことになる。…部屋が薄暗かったこともあったから効力が遅延したのかも。

 私はヒカルの退避命令を受けて、ヤークをつれて逃げてきたの」


「そう、ですか」


 ファンナの吐露は、皆にはどうしようもなかった。

 特にヒカルの実力をよく知るシュトーリア達だからこそ、その時ヒカルがそうしろと言ったのなら、よほどの事態だったのだろう、と受け止めた。


 ミナだけ。


 皆と同じように納得していながらも、事実が認められず、ヒカルの代わりにファンナがいる今の状況を呪う言葉が出そうで胸を抱くばかりだった。

 ――この中で、ヒカルの本当の姿を知っているのは自分だけだ、という自負がある。

 邪神といえど召喚された者。ヒカルは召喚された後ミナの次に森の入り口でナツに会ったが、ナツにあった時点ではすでに邪神として振る舞うように意識していた。召喚された直後のヒカルの動揺を、困惑を、そして邪神として、ヒカルの事情を知る者として協力し合う契約しているのは自分だけなのだ――と。


「…いえ、ヒカル様の意思は尊重しなければ。

 ですが、それ相応ファンナには動いてもららねば困ります。貴方は今ヒカル様に借りがあるということなのですから」


「わ、わかってるわよ…そんな事くらいっ…!」


「よろしい。

 …さて、話をまとめていきましょう。


 ――ファンナ達の話から、裏オークションは、アーラック盗賊団がつながっていたと見て間違いありません。そして奴隷達の魔眼化していた事から、同様に傭兵達の暴走の理由が魔眼であった事は無関係ではないでしょう。

 それをきっかけに、ヒカル様達が逃亡した直後に行われ始めた、マッシルドの民の安全を守るという大々的大義名分ある『傭兵』に特定した強制力…この傭兵隔離です。

 ヒカル様と関係があることなど街で調査されればもはや隠すことなどできません。門前ですでに目を向けられていた可能性もあります。


 つまり、私達は、このニスタリアン戦士学校という一種の監獄に閉じ込められている囚人にして、ヒカル様達をおびき寄せる(てい)のいい人質というわけになります」


 間抜けな話ですが――、とミナは付け加えた。結局向こうの思惑通り自分たちは一挙に捕まってしまったことになるからだ。


「エマのこともある…すまぬ、わしがもう少しあの子を見ていればよかった」


「バウム氏、エマちゃんについては大丈夫です。

 私達はエマちゃんがさらわれたことは知っていますが、アーラック盗賊団にさらわれたのだ、という確証を得ていません。

 向こうからエマちゃんの身柄を預かっているとか動きがあれば話は別ですが、エマちゃんがさらわれているのかどうかわからない今の状況だからこそ人質としての価値はまだないのです」


「ミナ…ならば、早くここから逃げ出さないと、」


 もう座っていられるものか、とシュトーリアがベッドから降り立ちミナに言うと、


「それが非常に難しいのです。…マキシベー兵、エストラントの通常兵、コーエン郡域の混成兵などが昼頃到着したそうです。明日にもアストロニアより一個中隊が増援するとか。

 それに、脱出しようにもこの大所帯では…」


「ちょいちょい、ミナちゃん。ファンナ嬢ちゃんが出て行ってたって言う行き方は使えないの」


 アグネが思いついて言う。が、ミナの代わりにファンナが口惜しそうに首を横に振った。


「森から迂回する通路なんだけど、私が帰ってきたときにすでに警備が入ってて見つかっちゃった。ほんと、…すごい物見て油断してた」


「…そりゃ天井がもりもり持ち上がっていく光景見ればそうなるわ…」




「ミナ、…どうする?」


 シュトーリアだった。鎧を外し帯剣していなくとも騎士の風格を漂わせる女剣士。黒髪のウェーブ滑らかに、近寄り。ミナの後ろにある窓外を覗きにいく時そのそばを通りざま、ミナだけに聞こえる声で、そっとささやいた。


 一瞬だけだが交わした視線が、決断の時だ、と忠告してくる。


 ヒカルはいない。今はミナしかいない。と判断を自分に任せてくれているのだ。


 妙な信頼感だった。

 村人から、ナツから慕われた事はあっても、同年代の女性と肩を並べて信頼しあっている今。ヒカル以外は全てニルベのための道具に過ぎないとずっと割り切ってきたミナだった。目的のためならば妹すら、自分すら切り捨てると誓ったニルベの巫女としての誓い。




「…背中は、任せてもよいのですね」


「背中と言わず前も任せてくれ。

 守るべき物があってこその騎士だ」




二人して背中でほくそ笑み、――そして、ミナは強く顔を上げた。












 パソコンがクラッシュして修理中でしたwwww

 そのかわりwindows7のホームエディションへランクアップ!!

 きたぜ時代最先端の私!!HAHAHA!!

 ━((((((っ・ω・)っo((・ω・))oc(・ω・c)))))))━!!!


 vistaのbasicじゃできなかったエアロ機能で遊びまくりですwwwwwwwwww

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