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四〇話 邪神と判明と銀色の姫君 (中)

挿絵(By みてみん)











「閣下。

 …どうして姫を殺されなかったのですか」


ルダンは、片膝をつき絨毯を向いたまま納得できない声色で言う。彼の主人の背は窓際…コロシアムの会場が大きく見渡せるマッシルドで二番目に高い建物の、最上階の豪奢な部屋の一つから眼下を無情に見下ろしていた。

 観客席では清掃員達が拡声魔法機の最終点検を行なっている。魔力体力数値の表示器も今年の参加予定者のレベルに合わせさらに精度を上げ、上限をあげたとの事である。昼頃、コロシアムの賭けに参加する者達で会食を行なった際にギルドの会長がツバを飛ばしながらそう言って自慢げに笑っていた。


「ラクソン閣下…!」

「よいと言っている」


 ルダンは主人の、感情のない、呟くような声に憤慨を隠しきれずにいた。言葉はなおも止まらない。片膝をつく際に脱いだフルフェイスのヘルムが、震えた手に当たり音を立てて倒れ、転がる。


「アーラックの甘言に乗せられたとお思いになりませんか! 仮にも! ブックナー王子…いえ、アミル姫は一国の王位継承者であらせられます…!

 言い方を変えましょう。

 どうして、殺してさしあげなかったのですか…!」


 胸には、黄金の三本剣の国紋。マキシベーの在り方を表わしているというそれは、他国や得体の知れない神獣になどではなく我はこそ幾本の剣を掲げよう、という初代マキシベー王の言葉に由来する。他国に頼らないとあるように、マキシベーはたとえ罪人の血であろうと魔物にもすすらせないほどの愛国者が多い。騎士というのは守り手であり、命を賭けて国の最前線で戦うという彼らはそんな愛国者の鏡でもある。

 ラクソンに仕える騎士ルダンも、例外ではない。


「生薬などと…! 閣下は、本当に人の血肉を飲んで魔力が得られるとでもお思いなのですか!? 騎士として三四年このマキシベーに、その一五年をラクソン閣下に身骨を捧げてまいりましたが、そのような話は一度も耳にしたことはございません!

 …本当にマキシベーの王族を、不穏な盗賊団に刻ませると言うのですか…!」


「そうだ」


 ルダンは小さく呻いた。大きく。しかしゆっくりとツバを飲み、主人を睨むほどに顔を上げる。そこには白髪を大窓越しの日光に輝かせた、もはやマキシベーという国を牛耳るにいたる老獪が細く見つめ返してくる。


「…人の生薬とは、一度芯から凍らせてそれを細切りにし軽く味付けした後煮込むのだそうだ。毛髪や眼球、内臓や脳、骨、性器に排泄物、直前まで身につけていた衣服に至るまでを一つの鉄釜で。衣服にも持ち主の魔力は宿るらしい。

 …血と臓器で濁った赤褐色のアクや不純物を鉄の荒網でこし、絹布でさらにこし、カヤの御神木の削り節とともにツボに一日浸けた後また絹でこし、…その液体の下澄みと上澄みの間を抽出して飲むのだそうだ。死ぬほど苦いらしいが、まぁ良薬は口に苦し、よぉな」


 はっはっは、と覚えたばかりの例文をひけらかすようなラクソンの態度に、ルダンが言葉を中断させるべく叫ぶように言う。


「ですが、………っ!?」


「お呼びでございますかな? ラクソン公殿」


 いつの間に、だろうか。

 いや、いつから、だろうか。

 茶のフードの男はいた。背は高く一八〇の後半はある。

 音もなく気配もなく隙もなく存在感の欠片もなくただただ圧倒的な剣気を携えて―…。


「あ、アーラック…………っッ!

 き、き貴様、ノックなしの入室なぞ閣下に無礼であるぞ!」


「生憎『ノックなどしたことがない』身でありましたのでな、ルダン殿。にしても、ドア前で片膝などと…以降の来客に不敬ではないではないか、と思うのですが? 

 ラクソン公殿、昨今のマキシベーは随分と礼儀知らずな騎士をお育てなようで」


 騎士歴三四年ともはやベテランの位置にあるルダンを『育成途中』と言い捨てるアーラックだった。二十歳を超えて中頃、といった所だろうか、新米の騎士のようにこの部屋の誰よりもキーの高い声質で、だがこの部屋よりも誰よりも力を感じさせて、無言する。剣士特有の直線的な剣気が抜かずして四肢を瞬く間に切断されるような予感を全身に感じて、…ルダンは喉をすら切り裂かれた後のように二の次をつなげられずにいた。


「あまり…虐めてやるな、アーラック。その者はな、先ほど自分自身で口にした通り、私に仕える中でも自慢の騎士なのだ。私は自分が恥ずかしくて目も当てられぬよ。王族の血を盗賊団に売ろうというのだからな」


「ですが――――これからは貴方様の御聖血が王族となるのですから、要らぬ後悔でございましょう。数時間後魔力が転移装置に溜まり次第、転移させる予定です。

 …ゼファンディアの小娘がまだ生きながらえていたようなので先客の『回収』はいたしませんでしたが、今回の生薬はこれまでの物より素材面では最高の出来となりそうです。

 …では」


 ルダンをフードの闇から見下ろし、黒く笑みながら今度こそドアを使って去っていく。


(あ、れが…アーラック盗賊団首領…!

 危険だ、ラクソン様が…)


「…であるからして、よいのだ。ルダンよ」


 アーラックがドアを開けるのでのけぞるようにしてその間を開けた。情けなく絨毯に尻餅をついている自分など部下に見せられないほどの痴態だ。何より主人にまで…ッ。


「臣下が国を食らい、王をも食らいますか…」


「老体でな。マキシバムのたとえ100分の1だっていい、その王族の血に刻まれた奇跡を引き寄せる力が授かれるのなら」


 ラクソンは白ヒゲを撫でつつ、悟り顔で言うのだった――。









 …外が吐息さえ凍る極寒だとは想像も出来ないくらい身体が茹だっていた。ブックナーと女の子がなにやら話していたが、耳すらも馬鹿になって会話はほとんど聞き取れない。三六九に付き合って読唇術の勉強をしたことはあったが、その唇までの1メートルとちょっとがあまりにも遠い。だからといって俺が何か言葉を口にしたところで、全ての言葉は溶けた棒アイスのように原形をとどめないだろう。


「けほっ…ゴホン! …へくしっ…」


 でも。


 背を向けているマグダウェルという女の子が、泣いてるという事だけは、分かった。




 覚えのある泣き方だ。…別にトーンや声質がそうだと言ってるわけじゃなく、その嗚咽程度の吐息に過ぎない。感情が俺には馴染み深いものだった。


 完璧に物事をこなしてきた者が初めて本当の意味でのその無力を味わうとき。

 自身が生まれた意味と同義の価値を持つ使命が根底から否定され覆せないとき。

 自分の容積を超えた価値の排斥に耐えきれず、でも、その鉄面皮が決壊できないとき。

 

 …顔に出さず声にも出さず決してその表情を人に見せようともせず本物ならばおくびにも出さず、ただただ胸の中に叫びたい言葉をしずくと変えて、一滴、一滴、それまでの思い出と同量の後悔とが自らの傷口を潤し痛めつける。

 全部――自分を、自分がこそ許すことが出来ないから。


「なんで、

 泣いてるんだ」


 腹から絞り出した声が、閉塞した喉を破ってわずかに言葉を成した。すきま風が舌にまとわりつき、あまりの冷たさに微痛となる。…なんて寒さだ、シベリアの死氷森林(タイガ地帯)だってだって呼吸くらい許されたぞ。


(わたくし)のことは…いいのです。どうせ後は積雪の下に沈む身ですわ。

 魔力のない魔法使いなど、…ただの足手まといですもの。

 ヒカル君。貴方もこの少年にお別れをしておけばよろしいですわ。最初にお別れをするべきは貴方なのですのよ」


 背を向けていたマグダウェルがわずかに振り返り、俺を見下ろす。自分自身をすぐ後に切らねばならないから、冷淡にもなりきれないのだろう。


「マグダウェル。でも僕は…兄さんを背負っていくことくらい…!」


「いつ気を失うか分からないこの人を? …ただでさえ最悪な状況に、いずれ外さねばならない重しをわざわざつけて歩くと?

 …冗談じゃありません。だというなら、私がこの場でこの役立たずを殺して私も死にましょう。

 ああ…そうすれば嫌でも貴方は一人で下山しなくてはなりませんわね。せいぜい生き残って、アエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェルの名でアエラ家を告訴することですわ。そしてなぜこの雪山で閉じ込められたその詳細を審問官に話しなさい。私の望みも貴方の敵討ちも、それでかなう。そう言う終わりがお望みなら――、」


「違うっ! 僕は、僕はそういう話をしてるんじゃないんだ…!」


 ブックナーが俺の胸に顔を埋めるようにして叫んだ。そんな子供の喚きを、この追い詰められきった女が聞くはずもない。


「…お黙りなさい。私は感情論を話しているのではありません。確率の話ですわ。

 ブックナー君。貴方もも二スタリアンというならば曲がりなりにも貴族なのでしょう。…領民を背負う覚悟、自らの国が危ぶむやも知れないこの事件を、何を排してでも届けなければならないという事が、わからないのですか。芽摘みの会(マニートーラ)や盗賊団が戦禍を引き起こし、今までに死んだそれ以上の人々が犠牲になる…!

 …トラファルガーの栄光にすがりつくだけが二スタリアンなのかしら。英雄に倣うなら、まず国を背負う責任から倣いなさいな」



 ――マグダウェルが、正しい。


 切るべき所を切れなければ、自滅するだけだ。後になって「でも、貴方を一人残す事なんて出来なかった」なんて言い訳は、極論弱音でしかないのだ。奇跡なんて幻想だ。ただの弱さの露呈だ。経験不足だ。ピンチの度に行動を自粛し、いちいち神や他人の行動にすがって責任を逃れようとする寄生虫のような話だろう。都合の良いときに助けてくれる神様なんていない。いるならアレだけの騒動に巻き込まれたのだから一度くらい俺の時だって、アフタの町だって助けてくれたはずだ。たくさんたくさん見殺しにしなければ生きてこれなかった。間に合わなかった。生き残る決断が出来ない奴に生き残る資格はないし、チャンスさえない。エマのように…生きる意志がなければ例え生かそうとしたって自殺してしまうというのも真なりだ。俺の時はエマを生かせる算段があったからまだ良い。でも、


「………だからって…!!!」


「そう。じゃあ一緒に死ぬことを選ぶのかしら? 無意味によ?」


 このブックナーは、算段すらないのだ。ただの理想や感情論。感情や人情を度外視した確率論で訴えているマグダウェルの言葉などブックナーは理解することすら出来ないのだろう。

 …こいつは、こいつはもしかしてバカなんじゃないだろうか。

 会って数日足らずの俺を、他の傭兵や人間は傷つけることは出来るのに見切りをつけることが出来ないなんて。何か理由があるのかも知れないけれど、それにしたって国家の存亡がかかるやも知れない可能性の前にはあまりに大小が過ぎる。大体――…それを抜きにしたって、ミイラ取りがミイラになる如く遭難者を助けようとして自身も遭難するという愚かさを、名門の戦士学校ならば習ってるはずだろうに。


「ふふふ、そう。

 ………………こんな事ッ、子供でも分かることでしょうがぁッッッッ!!!!!!!」


 張り殺さんばかりの平手打ちだった。

 ブックナーの頬を充血どころでは済まない勢いでふるわれたそれは、…それは、身構えもせず、ただ来るのを予見していたブックナーの首をすら、動かせはしなかった。

 背中越しじゃ分からないが、マグダウェルが目を見張るだけでその表情を知るには事足りた。

 ぎぎぎ、とあまりの怒りで硬直しきったブックナーの首の筋肉は、顎を上げるだけできしむような音を立て、


「…じゃあ聞くよマグダウェル。大言壮語吐いておいて、じゃあ何で自分は四日間もここにいるんだ。矛盾するだろ。ゼファンディアご自慢の魔力はどうした。ええ? お前以外の私『達』はどこにいる? …さっき『勢いに任せて下山するつもりでした』って言ったよな。黙るなよ、どうしてその前に他の『達』が何で綺麗さっぱりいない? …お前の言うその魔力の無駄遣いで埋葬してきたんじゃないのかッ!? 魔力もそれで使ってしまって、勢いに任せて『自殺』しに行っただけじゃないのかよっっ!!!!」


 マグダウェルの花弁のような頬を、体育会系さながらの勢いで張り返すブックナー。唇を切ったマグダウェルだが、睨み返す力はそれでも衰えない。ブックナーが猛禽類のように細く睨むなら、マグダウェルは手負いの虎だ。何をしでかすか分からないという意味では、唇に血を滲ませているマグダウェルの方がよっぽど危険だった。


「…ゃ、りましたわね…ッ」


「は、何がゼファンディアだ、笑わせる。どうやら最高学区とやらは口先だけの愚者が椅子を温める程度の物らしいな。

 …っ、ヒカル兄さんっ!? 苦しいの…っ?」


 口をパクパクしてるだけ。…だめだ、喉がそろそろイカれはじめてる。張り詰めた弦が切れたみたいに、声にしようとしてもならない。


「…あ、ッ………貴方からもこの分からず屋に何か言いなさい…っ! 言いなさいよッ…」


 唇をぬぐいながら言うマグダウェルは金切り声一歩手前の、それでも抑えた声量だった。余程もう余裕がないのだろう。俺達を瞬間凍結から守っている炎の障壁が足下から消えかかっていて、熱した鉄みたいな足先が冷たさを覚え始めている。感覚が鈍くなってるのにこの明確な冷たさはヤバい証拠だ。気持ちよさに――このまま気を失ってしまいそうなくらいは。

ブックナーも足下の冷風に気付くが、それでも出せない答えに強く歯噛みして俺の手を握りしめ、…何度も何度も離そうとして、でも離しきれずにまた掴む。


 …確かに、まずい。


 俺はなんだか起き上がれもしないくらい動けないし、恐ろしいことに眠気で魔力の感覚すら遠い。ブックナーは額の血すらぬぐえないままのボロボロだ。…四日間ここに閉じ込められているというマグダウェルの空腹さや体力にも限界がある。このままここにいるだけジリ貧なのは火を見るより明らか。

 

「それに…………………………国なんか…っ、国なんかどうだって良いだろう…!」


 ――でも、どうしてそんなに後ろめたそうに国と叫ぶのか、分からなかった。




「――…………………それは、ハズレだ。

 なるほ…どね、…ああ、またそういうことになってるのか」


「…ヒ、ヒカル、兄さん…」


 ブックナーが地面を這いずるように顔を寄せてくる。片方の頬を赤く腫らして悔しさに涙をにじませた顔が何だか可愛く見えて、ははは、と無意識に笑いかけてしまった。

赤い眼の問題、アーラック盗賊団のこと、ファンナ無事に逃げ出せたかな、とかナツの笑い声とかエマの恥ずかしげなそっぽとかシュト-リアの太刀筋とかバウムの本を読む姿とか、そしてミナの優しい視線が脳裏を駆けていった。


「…あと、数分だけ…持てるか、それ」


 マグダウェルに話しかける。顎でさすのは炎の障壁だ。今にも消えそうで、何よりさっきから隙間風がとても寒い。


「……………ええ、」


「なら十分だ」


 まだ何もしてないのに、ただ俺がそう言っただけで目に力が戻るブックナーだった。現金な奴め。俺、死んじまうかも知れないんだぞ。――たく、こりゃまたきっと最低でも病院直帰コースだなぁ…。




『ええい…たの、む…………神獣、召喚ッッ!』




 ほとんど無意識的だった。意識が役に立たなかったのもあるが、つい先々週あたりまで魔力がないのが普通だったのに、今ではその魔法が操れない状態がそんなにまで恐怖だったというのか。

 空気中にたゆたう魔力を無意識の手がわしづかむ。

 洞窟を構成する土や凍結した成分から無理矢理魔力をかき集めるイメージだ。俺の周りは今もいつものように18万の魔力が渦巻いているんだろうが、意識的な感覚じゃ全く感じられないのだ。息をすら意識的にやらないと酸欠しそうな今の俺には魔力云々など苦行以外の何物でもない。

 目を閉じてしまえば二度と開かないかもしれない…そういうプレッシャーが、さっさとしないと死ぬぞ、と冷静にならなければいけない脳を茶化し邪魔をしてくる。ブックナーの手の熱さとマグダウェルの不安げな視線を気にさせるのだ。目を閉じるなんて眠りへの一番の誘いだ。しかも熱源たるマグダウェルの溶けかけたセロファンのような障壁は今にも消えそうだというのに。

 会ったばかりの人間なんて呼べない…! 熱でふらふらで顔がイメージできないんだ。


 だから俺は、こいつなら、と強い印象を持ったあいつを召喚することに全力を賭ける…!


 ピンク色の閃光が光ったり消えたりと、濁流越しに見る川底のライトのように光が乱舞し、


「こい、ッ………! こいこいこい、

 …ッッ!」


 ――光が。

 白桃色の閃光が煌めきをはらみ、洞窟を飲み込む。


「何ですの…ッ!!!!」


「これ…………………!」


 目を瞑ってさえ幻覚がして集中出来ない…!

 魔力が周りに満ちていることは分かるのに、全然魔法陣を構成せずにちりぢりになる。消費した魔力が無駄に発光して霧散していってるだけだ。10の高さまで積み上げなければならない魔力が4、5あたりですぐに崩れてまた最初から。でも、でもでもでも!


「この………………ぉおおおおお!!!!」


 地面に叩きつけるように右手。手の甲で発光する魔法陣は右腕から浮かび上がり鳴動して地響きを引き起こす。

 猛烈ですらあった吹雪が洞窟から吹き出す魔力にあおられて風向きを変え磁気を変え温度を変え、霊気神気に至るまで全ての力場を歪ませてしまうほど――…!


「ちょ……………い、痛い……ッ、まるで嵐…!!」


 マグダウェルがとっさにブックナーをかばうように身体を覆う。が、風ではない今まで感じたこともない魔力の渦が竜巻となって洞窟を荒れ狂い魔力孔を切り刻んでいく激痛が身体の節々を焼いた。もうろうとした意識のヒカルがそれに気付くはずもない。マグダウェルの肩越しから、ブックナーがパクパクと開いたり閉じたりする口元が見えるはずだが光に飲まれてそれも見えないのだ。


(ミナのように、ファンナのように、

 …いや、他の魔術士が当たり前のように出来ている魔力の細かいコントロールが俺にはない)


 霧散する魔力。

 俺は結局魔法がまだ下手なんだ。

 力任せの解呪と。

 一つ覚えの神殿障壁と。

 そしてこの神獣召喚しか魔法の取り柄は、ない。頼りの神獣召喚さえまともな物は呼べず、思えばマサドの宿で呼び出した真っ白な毛むくじゃらの鳥みたいな奴一匹だ。あれなんなんだろう。気になるが、ああ…今はそんな事はどうでも良い――!!


 魔法陣と。呼び出したい奴の名前と。スタイルと。声と。あの真面目ぶった性格と。銀色に光る鎧。流れる黒髪。絶対に帰るんだ。試合するんだと誓ったあいつの顔を…!


「こい…シュト-リア!!!!」


 桃色の魔力の竜巻が球体から、徐々に細くなっていく。そのまま徐々に、古くなったテレビの映像のようなノイズを伴ってまるでマネキンのような輪郭に近づいていく。霧散するが一秒以内に組み立て直す。考えたくもないが、中途半端に呼び出したら最悪『上半身だけ』とかにもなりかねない。魔法陣と魔力さえあれば丸々楽に持ってこれるなんてそんな甘い考えは俺はしてない。


 ああ、10に届かず崩れてしまうなら。

 魔力を砂山にしてしまえ。積み上げて届かないなら山にしてしまえ。そのまま正しく使えばこの雪山すら消し飛ばせるはずの18万の魔力が人一人呼び出せないっていうなら、それは単に俺が不足してるって事だ。


 さぁ、やれヒカル。

 ここへきて、今更邪神を言いわけにできる事なんてないじゃないか――…!!!


「あ、あああああああああああああああああああッッ!!!!」


 洞窟が、爆発した。俺やブックナー、マグダウェルはそれぞれ猛烈な勢いで壁に打ち付けられてしまう。つぅ………頭痛い、中からと外からでもう死にそうだ、頭蓋なんてただの頭痛装置にしか思えなくなってきた。

 蛍の光が消えていくように洞窟全体の桃光が薄まっていくと、思い出したように外からの寒い風がゆっくりと遠慮するかのように入ってくる。まだ外の空気の流れがおかしくなって風向きが安定していないだけなんて言う事実を俺が知るわけもなく、


 光がなくなり、洞窟は暗闇に戻る。


「………ッぅ………ま、またかッ!

 ……………あのなヒカル、せめて呼び出す前に声をかけるとか出来ないのか…!」


「ぶ、ックナー…? …っ、じゃない…!」


 わずかに広げた神殿障壁にブックナーの身体が入ったからだ。そのブックナーはというと俺の傍で大の字で目を回している。どうやら壁に激突してダウンしているらしい。


「くぅ…つ、な、何が…」


 俺の膝に、マグダウェルの腕があった。ブックナーをかばうように竜巻の正面に行ったのなら、爆発の時はブックナーの身体がクッションとなって直撃を免れ、はね飛ばされた後は俺の方に転がってきたというのか。体の節々から魔力焼けの蒸気をあげ、銀糸の髪が神殿障壁の輝きに応えるように光を貯えている。


「げほっげほっ…! ぅ…」


 うわ、気合い入れるために声出したからかまた眩暈が。


「くぅっ…………その声、シュト-リアだな…? 神殿障壁、見え"るが…? げほっごほっ…、すまん、急ぎの用事だ。ふらっふらでこれ以上障壁広げられない。近寄ってくれ」


「ああ、というかここはどこだ。外は見た感じ雪山のようだが――」


 ざっざっ、と暗闇から、とぷりと顔を出す魚のように障壁に姿を現すのは、相変わらずの仏頂面だがわずかに戸惑いを浮かべる黒髪の女騎士だった。


「貴方は…ッ? それに召喚って…!! 人を…!?」


 ほとんど叫ぶようなマグダウェルが、ぺたんと腰を地につけたまま立ち上がれずにいた。お嬢様が足腰立たないって図を拝みたくあるが、首を動かすだけで痛いからパスだ。


「…シュト-リアちょっとこいつの話は後回しな。悪い奴じゃないから警戒しなくていい。

 見た感じ分かると思うが、ちょっと厄介ごとに巻き込まれてる」


「――…――うむ――、だな」


「だけど、最初から説明してる余裕がない。俺達が知り得てる情報はたくさんあるけど、これがまだ確定した真実とは限らないからそっくりお前に知らせるわけにはいかない。無意識にお前の判断が鈍るかも知れないからな。

 この数点だけを持ち帰ってマッシルドで対策を取ってくれ。…ええと、


 1・マッシルドがアーラック盗賊団と他の勢力に現在狙われている。対象はおそらく貴族以上。各国の王族の危機が関わってる可能性が十分にある。


 2・ミナ達、そしてファンナ達とまず合流しろ。特にファンナはギルド副会長の娘らしいから発言力を稼げるはずだ。


 3・『魔眼』って言う奴が関わってる。王達を警告した後そのまま各国の兵士達を使え。目がとにかく深紅になってる人は奴隷貴族関わらず集めて隔離しろ。暴動が起きるとしたら火ぶたを切るのは間違いなくそいつ等だ。ファンナが奴隷を一人連れてるがそいつの眼が赤いはず。似たような目をしらみつぶしで探してくれ

 4・マッシルドの地上の大オークションのち、…………ぐぅうううッ!!!!!!」


 言いかけた瞬間喉の筋肉が急に締まって発音を、呼吸すらも不可能なほどに閉塞した。


「ヒカル、どうした…! …熱でも出してるのか?」


「(なるほど、これが黙秘の香の暗示か。…理解した。紙に書くって言っても指が震えて文字にならないとかそんな感じだろうなぁ…)

 …なんでもない、その三つで良い。お前を今からまた戻すから、叩き起こしても良い、一秒でも早く伝えてくれ、…いくぞ」


 壁に倒れ込んだ身体に鞭打って右腕を上げる。首の締まりが解け、慌てて息を荒く吸いながら桃色の発光をシュト-リアに送り込み、


「ま、待て…! ヒカルはどうする! この状況で、立ち上がれすらできないそんな状態のお前を置いていくなどとできるわけがないだろう! …ッ! なんて吹雪だ…! ミナだって――」


「必ず帰る」


 わずかに出ていた肩当てが氷雪でコーティングされ始めているのにシュト-リアは声を荒げ、俺の肩を掴もうと身を乗り出し。


「ひか――」


 そのまま、幻が解けていくように桃色の蛍となって、消えた。





「…………貴方、何者なのかしら」


「げほっ………だか、ら、『ヒカル君』だろ。呼び方…変えるなよ」


 身体を起こし――…く、だめだ、首もと当たりまでしか身体の感覚がない。神殿障壁が展開できるだけマシと言ったところか。


「まぁ、ほら………これで憂いはないだろ、後はみんなで降りるってだけだ。

 ブックナー起こして…下山するぞ。…うう、関節がゴキゴキいってるみたいな感じがする」


 納得いかないような顔で俺を見下ろしながらも、頬についた土をぬぐいつつブックナーの元へ顔を寄せていくマグダウェルだった。

 数分後、頬を赤く張らしたブックナーが俺を背負っていた。これから洞窟を出る当たりで最後の確認をしている俺達である。俺は三人を覆えるほどに神殿障壁を張り、その光景に混乱するマグダウェルをブックナーが宥めた。年下で背も低いブックナーに背負われてる感覚がアレだが、でもこうしないと俺置き去りにされるし、


「大丈夫大丈夫、ヒカル兄さんくらいどうってことない。訓練では薪40本を担いで裏山の登山させられたりしたからな」


 頼もしい、何とも頼もしい。最初背負うと言い出した時俺はさすがに「終わったな…」とシュト-リアに心の底で謝ったが、意外としっかり背負ってくるブックナーなのである。さすが名門の戦士学校にいるだけはあるな、と感心するほどだ。見た目は女みたいに細身なのにな。


(…俺の意識が飛んだら障壁が消えてアウト。ブックナーは吹雪や冷気をシャットアウトする障壁は使えないし、マグダウェルは魔力がすっからかんで体力もほとんどないから魔力回復も絶望的…と。気力が勝負だな……ぅう、ああやばい、寝そう、寝落ちそう…)


 外は深さがどれくらいあるか分からないくらいの積雪で、吹雪で、一寸先が闇だった。

 光り輝く障壁と言えど、三人覆う程度の実質二人分の神殿障壁で照らせるのはこの吹雪じゃせいぜい3メートルが限度。先の見えない長い道のりほど辛い物はない。


「じゃあいくぞ、ヒカル兄さん。………マグダウェルも、ね」


 顔を合わせ辛いのか、終始ブックナーから目を逸らしていたマグダウェルだったが、この時、小さく頷いたのが何となく分かった。


「…………行って参りますわ、…みんな」


 吹雪にかき消されそうな声を残して、マグダウェルが積雪を一歩、毅然と踏みしめた。







 名前  ソルム・ソネット・ラ・ミナ

 性別  女

 種族  人間

 職業  ニルベの巫女、砲撃魔術士

戦術型  後方狙撃型魔術士

 『遠距離武器』or『遠距離魔術』のスキル、『魔力知識』が150以上必要。

 射程を+5、発動した魔法の距離劣化を-50%する。


筋力    33

 力の強さ。ギルド協会は握力で測定している。


体力    132

 ヒットポイント。我慢強さである。ニルべの訓練によって鍛えられた精神力に相対し一般傭兵並に体力がある。


攻撃力   33

 ミナは武器を現在装備していない。炎魔法の属性効果をつける程度。


防御力   132

 受け身の体術の他に、ニルべの巫女服に受け流しの魔術が編み込まれていて物理攻撃ならば直撃をずらす効果がある。二の腕、腹から腰にかけても鎖帷子(くさりかたびら)が内側にあり、基本的な防御力も高い。


敏捷    97

 素早さ。身のこなし。この値が高いほど行動ターンが回ってくるのが早い。戦術型が後方狙撃型魔術士なので、戦闘が始まった際には優先的に行動ターンが回ってくる。


気配    68

 暗殺の成功率。ニルベの巫女の訓練で基本的な暗殺スキルを習得している。薬草の知識などもあるので、+5上乗せされている。


健康状態  70

 100が平均値。ミナは魔力強化のため代償ある宝石や食物を小さい頃から摂取させられていたせいで、現在は体力は上限の70%までしか回復しない。


運の良さ  45

 50が平均値。


退魔力   74

 邪神の守護を受けているので退魔力は高い。


精神力   127

 精神力。戦闘で能力を発揮する際の冷静さを保つ力。魔術士としては達人クラスの精神力である。


反応速度  98

 攻撃に際して反応する速度。この値が高いほど敵の攻撃に対しての回避行動率が高い。


魔力    643

 一般的な王宮魔術士が120である。魔力数値で言えばギルドランクでもSである。しかし魔力孔が幼い頃から薬物によって所々抜き取られていて、弱魔法しか使うことが出来ない。


魔力回復速度   8/m

 分速8MP回復。魔術士で言えば一般的な数値である。



魔術知識 198/300

 魔術における知識、教養。この値が高いほど新しい魔術を覚える成功率が高くなり、その時間が短縮されていく。また、魔術使用時のMP浪費率が少なくなる。

 ミナは弱魔法しか使えないゆえ、そのコントロール、精度、そして知識のために時間を費やしていたため魔法学校でも上位クラスの知識を持つ。


武術知識     121/300

 武術における知識、教養。この値が高いほど新しい武術を覚える成功率が高くなり、その時間が短縮されていく。

 Cクラス以下の傭兵を相手に出来る程度の護身術、体術を取得している。


 使用魔法

 魔力孔に制限があるため、現在はMP5以上の魔術を使うことが出来ない。

 真力は火、隣力は水、木。しかし水や木で使えるMP5以下の魔術は隣力だとしても殺傷力は望めないため、ミナは火炎魔法の精度、向上に費やしている。


 ・火炎弾

習熟度   9/10

   火炎をを滞空させ球状にして飛ばす魔術。ミナは限りなく精度を高めているので、片腕に8つずつ火炎弾を待機させることが出来る。圧縮の知識、魔力のバックアップによって制御された火炎弾は、速度、攻撃力ともに中級魔法クラスの貫通力を持つ。


 ・火炎障壁

   習熟度  5/10

基本的な球状に展開される火炎障壁である。火炎属性があり、魔法攻撃を火炎呪文で迎撃する形で相殺する効果がある。

 ・熱火障壁

    習熟度  6/10  

火炎障壁の亜種。マグマの流れのように下から上に火炎流を作り出し攻撃を防ぐ。攻撃力を持ち、ある種の攻防一体の陣としてミナは多用している。


 ・魔力感知

   魔力を感知する技術。才能に左右されるが、ミナの場合は元々の才能にくわえて宝石や薬草などのバックアップを経て広範囲を精度高く魔力の感知が可能。

   最大半径4キロ。


・????? 8/10

 魔力放出能力が少ないミナの切り札とも呼べる魔術。ナツのバックアップを必要とする。

 自身の魔力を恐るべき精度で劣化させずに発動する破壊力は大魔術数個分を有する。ミナが魔力爆弾と呼ばれる所以である。ミナが訓練していたニルベの森の滝はこの魔術で消滅した。


 演出値  32/500

攻撃の派手さ。この値が高いほど攻撃する度に威圧感を与え、相手の行動回数を減退させる。ただし精神力が高いと減少できない。


 攻撃範囲

直線最大14マスの弾丸魔法、熱火障壁の周囲1マス攻撃などオーソドックスな狙撃型の魔術士である。

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