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三九話 邪神と判明と銀色の姫君 (前)

 今回はシュト-リアがカラーで登場!

 ちょっと傭兵らしさなくなりそうだったから軽装ww

 ヒカルから買ってもらった風のレイピアがうなりを上げております。どう活躍してくれるのか期待…www(*^_^*)

挿絵(By みてみん)



























 ・オットー山脈の行方不明者捜索

  報償  一人につき三〇〇〇〇シシリー

依頼者 アストロニア国 ゼファンディア魔法学校学長

  詳細

  ・オットー山脈にて本国魔法学校の生徒が戦闘訓練中に行方不明になる。

・行方不明者は次の通り。

○アエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェル

○アエラ・クロテッサ・ラ・サルーン

○ビビアン・クロテッサ・ラ・ゼフェリー

○アルド・ソネット・ラ・プリンク


期限 行方不明者の死亡まで

※特別報償としてアストロニア本国国庭地在住権を授与























 ――オットー山脈中腹・『魔法陣』近くの洞窟――



 

(ッ、――……、…サルーン。…マグダ…ウェルは…?)


(頑張って、下さい…! アルド様、まだ、まだ…お嬢はまだ無理です。 

 休み足りません…っ)


 …遭難者なら遭難者らしい格好という物がある。それが雪山なら、厚手のジャケットや防寒具に頭から足先まで身を包んだ人型の雪だるまのような姿であるべきだろう。

 なのにその洞窟の中の四人は場違いにも制服だった。胸に王冠の金の刺繍がされた赤いブレザー、詰襟の学生服。防寒着はおろか非常食や手袋すら、ない。


 

 ――…外は、闇と化した吹雪だった。



 雪山の魔物さえ凍る猛烈な風。小さな雪粒達がまるでガラスの刃のよう。コンクリートじみた分厚い雲が空を覆い、日の光など欠片もなく、辺りに生気さえないとくれば――ただただ心と体を食らい尽す魔窟(まくつ)となる。


(く…ぅ……、眼が虚ろだ…アルド様はもう限界か――。

 だ、だめ…私主導じゃ障壁が安定しない…っ)


 奥行き約5メートル。縦幅1.7メートル。横幅3メートルの、洞穴。

 彼らに与えられた、死に場所だった。

 黄みがかったお団子髪の少女と、赤毛刈り上げの男子が背を合わせて手を前にさしだし、赤い障壁を張っている。少女の肩に体操座りで寄りかかるようにして苦しげに寝息を立てている、彼女の主人がいた。どこまでも曇りのない銀色の姫カットがこのような死地でさえ眩しい。たとえ今のようにその主人の瞼が赤く腫れ、屈辱に慟哭し、手を尽し――気を失うように眠りに落ちたその姿さえも愛おしかった。


 紅色の守りの外には、彼女たちと同じ制服の死体が障壁に赤く照らされている。

 



 ここに放り出されて、四日間である。

 魔力など空腹で寝不足な身体にはほとんど回復してくれず、誰もが神経さえ弱り果てていた。炎の障壁を薄く薄く、少しでも長く展開できるように調節して、来るとも分からない助けに運命をかけた。たとえ来るのがここに彼らを送り込んだ組織の手先であろうと、死んだゼフェリーのためにも生き抜くしかない。


 罠だった。

 アストロニア首都と学園とで噂だった学生による売春組織を調査していた四人は、犯人達の根城を破壊し、その結果を学園長に訴えたが、その学園長までもが組織の手先と化していたのだ。隙を突かれ、転移魔法陣でこの雪山山頂に送り込まれたのである。相互転移ではなく召喚システムが使われていて、頼みの綱の会長さえ召喚親への逆算は不可能だった。


 

「お嬢は無理をし過ぎましたっ…止める事が出来きませんでした…っ。ふがいないばっかりに…」



 外の気温はマイナス六〇度をさらに下回っていて、そんな中で生身で動こうとすれば数秒を待たずして表皮が凍った。圧倒的な寒さの前には風や呼吸、心臓の動きすら死にも勝る苦痛になると初めて知った。一度凍れば身体がシャーベットのように簡単に砕けることも授業では習わなかった悪夢であり、紛れもない現実だった。

 

 なぜ分かるかって?

 ――何て事はない。身をもって知ったからだ。


それが四人のうち最初の犠牲者…今は障壁の外で冷たくなっている彼、ビビアン・クロテッサ・ラ・ゼフェリーの死因に繋がった。マグダウェルが決死の判断をしたおかげで凍ったのは右腕だけですんだが、食料のない洞窟に閉じ込められていればたとえ小指一本だったとしても焼け石に水。結果、さらわれた生徒四人のうち、誰よりも身体たくましく男らしい――ゼファンディア魔法学校第83代生徒会書記、…学園第4位のゼフェリーが誰よりも最初に命を落としたのだ。


(…っぅ…! …………………)


 男子学生のアルドは見た目同様に元々インドア系頭脳派だ。生徒会活動ではいつも体力バカのゼフェリーと万能女王の生徒会長、それについて行くようにサルーンがひぃひぃ言いながら外を走り回り、副会長である彼が留守を受け持っていた。――俯いてばかり、根暗とバカにされ、成績が良すぎるせいもあって、眼鏡だ本の虫だと陰口をたたかれ続け、いつしか人を平気で裏切り、今までの報復として禁呪である闇魔法にまで手を染めた――そんな彼が、この中の誰かが、たとえ一人でも助かる可能性のために、命を削りながら涙をにじませて魔法を続けていた。

 

 …そんな彼に背を預けながら、障壁内でさえかじかんで折れ曲がる手の指を必死で伸ばしつつ力んでいる女子生徒のサルーンだった。…たとえ見てくれは頼りなくとも、そんなアルドが今の彼女の心の支えだった。会長に諭され、更正してからは驚異的な政治手腕と魔法の才能で目覚ましい成果を上げ、会長の右腕を担ってきた彼を知っているからだ。


 魔力切れに何度も意識が飛びそうになりながらも。


 後ろ頭のお団子がアルドの背に触れる度に。


 ――――――……………、――想った。



 一時は恋を抱いたこともある。

 でも、そんなアルドは会長――彼女の主人で心の隙間を埋めてしまっていて。

 恨んだこともある。主人のおやつにといつものように焼いたパイを、激昂して彼女の制服の胸に投げつけ、拾ってもらった恩も、主従をも忘れて八つ当たりしたこともあった。


 …でも、だめだった。頭は良いクセに感情が不器用で、何かと完璧な会長を何でも良いからいつか超えてやると明言さえした想い人の姿に、自分など眼中にないのだと悟ってしまったからだった。 


 ――そして、彼らの柱は年相応の少女の重さをして、従者の肩に頬当て、眠りと苦しみの最中にいた。





 どうしようもなかった。


 学園で習った応急処置の技術とて、あくまで応急であるからには時間稼ぎでしかない。学園では部下としてゼフェリーを魔法使いでありながら筋肉バカと散々になじっていた時もあったのに――顎で使っていたマグダウェルが天才と呼ばれたその魔力の限りを尽して延命処置を施したがそのかいもなく。


 ――唯我独尊(ワガママ)で果敢で頭脳明晰で世間知らずで、貴族としての誇りに溢れていて常に学園でもトップにいて、弱さ、無力さ、後ろめたさなどとは無縁な、貴族の中でも浮世離れした天才――ゼファンディア魔法学校第一位、通称『最高学区(ゼファンディア)・当代』のアエラ・クロテッサ・ラ・マグダウェルが初めて力及ばない悔しさに慟哭したのだ。

彼女に圧倒され続け、でもいつの日かそんな彼女の力になってあげたいと願っていた残り二人だからこそ、その今にも消えそうな魔力の糸を解くわけには、いかない――。




「…なぁ」


「…………アルド様?」


 サルーンは、こんな状況で不謹慎にも自らの心を言い当てられた少女のままに高鳴ってしまった。他の誰かがいたらほくそ笑んですらいただろう、熱の篭もった声で、訊いた。


「こいつさ。口を開けば容赦ないし、仕事だとか何とか言って無茶何題押しつけてくるし、で本人は嫌みなくらいに何でも出来るし、無根拠に自信たっぷりでもう見ていて王様みたいでさ。何度殺してやるって思ったか…思い出せない」


「そう……………ですね。実は…私も」


「君が? またいつもの嘘か冗談だろう?」


「なんですかいつもって。私はいつも正直です。

 思うんですよ? …自重して欲しいって。…たまに」


 …自分にも周りにも嘘をつきすぎたせいだろうか。アルドの吐露で、もはや自分が何を言っても届かないんだ、と改めて思い知らされた気持ちになった。眉尻がわずかに落ちるが、でも…そんな彼だからこそ、続きも訊きたかった。


「…分かる、分かる。でも、何でもこの女の方が映えてみえるから結局譲ってしまって。

 なのにこの女と来たらどう考えても裏方な俺とかを表に引きずっていくだろう? お呼びじゃない、………見目、麗しくないっていう、のに…。

 はぁ…っ、…。

 そういう、自分が余裕でできる事だって、そこに自分以外の誰かがいたら出来なくても面白半分にやらせてしまうって考えがね、重荷になったこともあった…。

 ………………………、けど、」


 アルドは、障壁から漏れる寒さで油が切れたブリキ人形のようにぎこちなく首を動かし、傍らを見た。

 尊敬と羨望の、誉れ高きゼファンディア生徒会。…そんな役員の彼らをも魅了してやまない万能の姫君の寝顔は、散々部屋を散らかした猫のそれだった。


 そしてそんな彼の一言一句、聞き逃してはならない、とサルーンは静かに涙した。

 一人死に、主人がボロボロで。

 もう。

 もう二度と、背にいる人の不器用な声が聞けなくなるのだと思うと。


 たとえ――その気持ちが自分に向けられた物ではなくとも。


「…で、も、いつも、夕方、だよ、

 ……………………会長席で、こうやって、…眠り、こけてただろ…?

 …それまで、こいつには、何だって、敵わな…いんじゃないか、って、思ってた。

 でもさ、こいつの………………そんな…無防備な姿、見てしまうと、その時だけ、…その時だけは、……………………どうでも良くなった」


 

 アルドは、夢でまたその光景を見ている最中(さなか)のように話す。

 …こんな雪山に助けなど来ない。分かっている。

だからこのまま、彼女のためにも、そして自分のためにも、この自分達の姫君を安らかなままに眠らせてあげたい。

 ずっとその彼の横顔を見てきたサルーンには、言葉にせずとも、その表情を伺わなくともアルドの気持ちは伝わった。



 マグダウェルは助けが来ると可能性に賭けた。

 こんな雪吹き荒れる極寒の山腹に召喚陣があるということはその常用性、必要性あってのことだと。

 自分達のように召喚陣で転移させられた人がいるはずだ、と。

 都合良く近くに洞窟があって、そして一人として死体が見当たらなかったのは、その死体を回収しにくるからだ、と。


 でも来たとして、どうするというのだろう。送り込まれてきたのなら自分達のように囚われて無力化された後だろう。マグダウェルの言う通り死体を回収しに来たとしても、魔力も気力も底を尽きかけている自分達に何が出来る――?



「………………………………――――」


「…アルド、様………?」


 障壁は、張ったまま。

 でも障壁安定のために空中に差し出していたアルドの両拳は手の平を広げた形のまま地面に落ちていた。




(……………………………――ああ、そうだった、んですね)




 障壁安定のため、と彼の言い分に従い、背を向けていたから分からなかった。

 この人は、とっくに………………とっくに、自分の命など手放していたのだ。

 残り少ない魔力で、サルーンとこの眠り姫だけをギリギリ包む障壁を展開し、その温もりに背を預けていただけなのだ。…サルーンもおかしいなと思いつつも、こうも密着してきたことなどほとんどないにもかかわらず、今が緊急事態だからだ、と考えを放棄していた。


 温もり、と錯覚していた彼の身体は、冷たかったのだ。


 足はゼフェリーと同じく冷凍されていて。


 その腕も、…掲げていたのではなく、掲げたまま凍っていただけ――。


 背に触れている、焼けるような障壁の熱さで何とか意識を保たせて。


意識が死してなお、残り香のような魔力だけが、彼女達を守っていた。




 (……生きてって、言うんですね)




 助けに来る、と言ったマグダウェルの言葉を信じろと。

 言われなくても、分かった。



 ――――――…………――――――。



「………………………………あ、……わ、たくしは…」


 しばらくして、マグダウェルがまどろみつつも声を上げた。妙齢の女性のような落ち着いた声を聞いて思わず安堵してしまう。

 サルーンは、後ろを振り返らせないようにその背を抱く。

 きっと見てしまえば、また魔力を無駄に使ってしまうからだ。


「…お嬢、まだ、大丈夫ですよ。まだ。

 まだ、あと少しだけ――」


 腕を解いて、彼女の背中にすがりつく。

憧れだった背中は、今は守ってあげられている気がした。

 ピキピキと、動けば音を立てて下半身が崩れてしまいそう。まるで自分は最初から材木やおが屑で出来ていたんじゃないかと疑ってしまいそうだ。


(…お嬢。

 今なら、無茶して、いいですよ。私達のこと、もう、いいですから。

 今度こそ、その才能を自分のために…――。


 ――私達の…分ま、で――…………)




 最後は、アルドが望んだ安らかな顔で。


 そして、氷像となった――。

 














『いい、お前はもう引っ込んでろ』


『確かに貴方は無力よ。でも、私達の足を引っ張ったら無力以下なのよ』


『今お前と会話しているこの時間にも、誰かが殺されているかも知れない。この数秒が命取りとなって、万年をこの地上一帯化け物で埋め尽くすことになるかも知れないんだぞ』


『あのまま瓦礫の下に埋めておくんだった』


『出しゃばらないで。十四年間のうのうと生きてきた甘ちゃんに、ここから先は別世界よ』


『ヒカルさん。ここまで物わかりの悪い人間とは思わなかったですわ』


『目障りだ、――消えろ』




 ――まるでおとぎ話に迷い込んだみたいに、世界は不思議な物で溢れていた。

 人の視界を縫うようにして妖精が飛び。

 ちょっとした暗がりからこちらを見つめる一つ目のミイラがいて。

 海賊がいて、化け物がいて、世界の終わらせる何かが存在していて、それを防ごうと奮闘している人達がいて。

 …ただただ、俺は無力だったのだ。


 マンガみたいに、その人達は説明なんかしてくれない。本来、その場にいてはならない一般人だったからだ。

 奇跡が起きやしないかと、何度もその人達の背を追い、真似してみようとした。魔法みたいな事をするその人達のように自分も何かできたらと、信じてもいない神様に願った。出来るわけはなかった。俺はその原理を理解していなかったし、今でも出来ていない。ともすればその魔法じみたものも全部全部夢だったんじゃないかって言うくらい、常識の世界ではそれは別世界の話だった。でも、確実にクラスメイトや知り合いは物理的に減っていった。まるで少しずつ俺が現実を離れ、オカルトの世界に引き込まれていっているという暗示のように。


 ――でも。でも、三六九と会って後悔したことは一度もない。あいつには返しても返し尽くせない借りがある。大恩がある。

 本来なら友達などと身分不相応にもあまりあるほどなのに、あいつは友であることを望んでくれた。

 三六九の期待に応えることは、俺にはない全てを持っている三六九への、唯一返せる恩返しなのである。


『――カ…にい…』


 俺が犠牲になっていれば助かった人がいたかも知れない。京都の式神事件も…俺が無茶を言って直子をかばっていればあいつも助かっていたかも知れない。でも見捨てた。全部全部自分達が生き残るために切り捨てたのだ。俺達が、俺達の持つ情報が生き残ることで、死んでいった奴らの何倍もの人々が危機にさらされずにすむんだと、何度その状況になったって心の奥底ではいつもくじけそうになる自分に何度も言い聞かせながら。…怖かった。

 

『――カル兄さん…! 起きてよ! 兄さんっ!!!!』


「…あ、れ?」


 身体の中身をぐちゃぐちゃにしようとしていたかのように揺するので目が覚めた。

 …ぅ、手足がかじかんで、熱い。

 ゆらゆらする視界の先では、ブックナーのくりくりとした瞳が自身の荒い息に泳いでいた。

 その頭の背には岩肌? いや洞窟、か? ニルべの召喚された洞窟の岩肌よりも褐色に近い、乾ききった岩肌だ。表面が冷凍焼けしたチョコレートのように白色が滲んでいる。

 …どうやら、俺は地面に寝かされているらしい。


「…っぅ……!? …いったぁ…あの奴隷達、人の首ぶち折る気か…っ…へくしっ!!」


 思いっきりくしゃみをしてしまって上半身が跳ねたので、ただでさえ杭を打ち込まれたように痛い首が取れてしまいそうなくらいに痛み。痛みで意識も一緒に落としてしまいそうだった…てか、


『…………………さむっ!!!!!!!! へ、へくしっっ!!! な、なんだここ、冷凍庫かよ…!?』


 そういえば、デパ地下の大冷凍庫に閉じ込められたときはマジで焦ったなぁ。三六九の、冷凍肉で冷風よけのバリゲードを作るっていう機転がなければ死んでたかも知れない。て言うか冗談じゃなくそれくらい寒いぞ…!? …――あ、


「ヒカル兄さん、無理しないで……って、ふらふらじゃないか! どこかまずいところを打たれたとか…! ヒカル兄さん、吐き気とかはない…!?」


「あると、…へくしっっっ!!」


 ブックナーの顔には額から流れた血が乾いて張り付いていた。頭がしっとりと濡れていて、なんだか下校時に雨に降られた女の子みたいに見えた。


「…ぅわ、なん、だ、これ…身体全然動か……ない」


 言いかけたが、吐き気もする。さっきの起き抜けの力が最後だったのか、くしゃみで全力を使い切ったみたいにぴくりとも指先が動かない。身体の中心から四肢が鈍くて、身体が酷く熱かった。


「…うわ、すごい熱……!」


「ね、つ…? ブック、ナー…熱って?

 へ、へ、…へ、へくしっっっっ!!!」


「くそ、…何とかして水でも…!」


『――その必要はないですわ。(わたくし)が用意しました。…そこをおどきあそばせ』


 朦朧とした視界の先に、…まるで場違いな、生粋の王族みたいに威厳を漂わせた少女が銀髪を揺らし、水玉を引き連れて現われたのだった。






 ブックナーとマグダウェルは互いに自己紹介をした後――ゼファンディア、二スタリアンとお互いに聞いて一瞬だけ眼を細め合ったが――すぐに状況を把握した。


「改めて確認しますわよ。そちらはそのマッシルドの裏オークション潜入中に奴隷解放の騒動を起こし、敵の手に落ちたと言うことで間違いないですわね?」


「ああ。でもどうやって、なんたって、こんな場所に…」


 マグダウェルが薄く張った炎の障壁の中で話していた。熱で呂律も回らないヒカルは寝ているのか起きているのか分からない虚ろな目で天井を見つめているのみだった。――無理もない。ヒカルがマサドを出てから寝袋生活が続き、AA級ギルドを相手にした緊張が、死の恐怖がちっとも解けず、マッシルドに入った後はブックナーにベッドを取られて満足に寝てすらいず、酔って暴れて気絶して二日酔いを抱えもしたヒカルは、自身でも分からないくらいに身体に負担をかけていたのである。ヒカルがファンナとの戦いで気絶した時、まるで本当の家族が倒れた時のように周りを気にせずヒカルの名を叫んだこともあるブックナーは姉代わりに言われて顔を赤くしたこともある。


(きついならきついって言ってくれないと、わからないよ…)


 ため息をつくブックナーを、マグダウェルが髪を背にやりながら窘める。


「…召喚魔法の類ですわ。貴方がここに現われた時、緑の光が足下に現われませんでしたこと? 雪で見えなかったかも知れませんが――。

 この召喚陣を使えると言うことは…どうやら、貴方がたと私達の敵は一緒のようですわね」


「貴方も…、その、マグダウェルさんもアーラック盗賊団に?」


「アーラック盗賊団? いえ違いますわ、私達の所は『芽摘みの会(マニートーラ)』と言う名の売春組織でしたわ」


「ば、ばいしゅん…!?」


「二スタリアンの戦士様は純情でしたのね。意味は分かってるようですけど、説明はいらないですわね?

 …とある事件で芽摘みの会が学園にはびこっている情報を入手しまして、(わたくし)どもは生徒会としてその調査に当たっていましたの。でも、口惜しくも罠に落ち…」


 下唇をかむように俯く。初めて感情らしいところを見ることが出来たブックナーは、それに言葉を続けることはしなかった。


 マグダウェルは、このような場になっても天才的であった。日時を疑問したブックナーにそらで応えたのだ。正確な体内時計は、奇しくもブックナー達が丸一日気を失っていたことを教えてくれた。コロシアムまで、残り、四日を切っていた…。


「…白状しますが、学園はもはや乗っ取られていたのですわ。学園長さえ組織の手足に成り下がっていて、その場で気絶させられましたの。その時同行していた生徒に背後を取られて」


「それは何日前?」


 ブックナーが反射的に聞く。


「四日前ですわ。

 …ほんとうなら貴方がたではなくこんな場所に送りつけてきた人を待ち望んでいたのですが、貴方がたが来たことでその可能性もなくなりましたし」


 ――積もりに積もった雪の上に落とされて目を覚ましたブックナーは、辺りが大雪だったこともあってヒカルにすがりつくように辺りを見回した。すると、近くに赤い明かりが見えるではないか。その明かりが近づいてきて炎の障壁だと分かると、向こうもこちらに気付いたらしく駆け寄ってこの洞窟まで案内してくれたのである。


「…じゃあ、僕達を助けてくれたあの時、」


「そうですわね、勢いに任せて下山するつもりでしたわ。でも貴方方がいるなら話は別です。私達が得た真実を、私よりも下界に届けられる可能性が、高いですから」


「私『達』って…?」


「……………ふふ、口が滑りましたわ。私としたことが。

 …もう…――、そんなに追い詰められていたのですね」


 四日も食わずでいたのなら体力も限界に近いだろうに。よく見れば目にクマもできているようだ。…喉がかすれたような声もそのせいだったのか、とブックナーは押し黙った。

 ともかく、と、水を得た魚のように残った命を無駄にせぬよう話し続けようとするマグダウェルに、


「…はぁ、はぁ…マグ…だっけ?

 お前、…裏切られたって……………誰、に?


「あら、意識はありましたのね。ヒカル君でしたか。

 …はい、ですから同行していた生徒に」


「背、後…なのに、そいつだって………分かるんだ?」


「え、ええ。…距離も近かったですし、彼女が高笑う声が意識の最後にありましたから…

 …え? 何ですって? 声が小さくて聞こえませんわ、もう一度…」


 ヒカルは今にも気絶しそうなくらいに顔を赤くして荒い息で一度深く呼吸して、



「――目……………目は、どうだったんだ…?」



「目? そんな、別に…正気なようでしたけれど…」


「ブックナー…はぁはぁ、もしか、してさ…この世界に深紅の目って、希少価値だったりするのか…?」


「い、や。赤目自体は珍しくないと思うけれど…分からない、あまり僕も専門的なことは詳しくないんだ」


 ブクオが、目の覚めるような深紅だったのだ。ヒカル自身も、少なくとも元の世界ではあんなに綺麗な赤色の目を見たことがない。最初はその珍しさから、とにかく暗い会場の中、黒目夜目(くろめよるめ)のダガー・ダガーのおかげでブクオのそれを確認できたのである。正気を失った奴隷達に囲まれた時も、倒れたブックナーに気を取られていたのもあるが…黒髪や緑髪、蒼髪や肌の黒目の女性まで…皆一様に赤い目をしてヒカルを見据えてきたのだ。それがあの状況を鑑みたヒカルの、最初の疑問だった。商品として価値が高いならああいう風に赤目だけでそろえられるのも分かる、と、確証が欲しかったのである。


 マグダウェルだけは目を見開いて固まっていた。


「…ヒカル君、それは、…………………どこで?」


「ああ、裏オークションの……ぅ………奴隷、達が…」


「………………………そう。

 分かりましたわ。なるほど、これで私達の敵は一つだと確証が持てましたわ。貴方の記憶力に感嘆します。貴重な情報でした。

 なおさら、この場でじっとしているわけにはいかないですわね。

 ブックナー君、すぐに…出発の準備をして下さいまし」


 マグダウェルは若干ふらつきながらも立ち上がると、あっという間に積雪で埋まった入口を見据えて言った。


「この中で、生き残る可能性があるとしたら貴方ですわ。この病人も…下山する体力は見た目にもないですし、…恥ずかしいことに私も、もう魔力が持ちそうにないのですわ。途中まで案内します。そこからは、貴方一人で。…良いですね?」 


「え…?」


 ブックナーが唖然とするが、それ以上をマグダウェルが許さなかった。立ち上がり、ブックナー達に背を向けつつ、


「良いですか。急ぎで説明します。ヒカル君が言った赤目というのは、魔眼を受けた者の症状ですわ。…ああ、魔眼とは忌むべき禁呪…光魔法の一種ですの。

 貴方を見る限り、その魔眼は連鎖性のないもので、せいぜい第一関節までだろうと推測が出来ます。文献での強力な魔眼の説明では、それを受けた人の目を見てしまうと別の人にも感染するという物ですが、今回の物はその心配はないようですので安心して下さいまし。…まぁ光魔法だと気付く人はほとんどいないでしょうね…秘匿性あっての禁呪ですから。ヒカル君が私に話してくれたことは本当に僥倖でした。


 …考えて下さいまし。奴隷にそんな物を持たせている時点で、その売り払った後その奴隷に何をさせるつもりか大体想像つきますでしょう? …その魔眼の服従の錯乱魔術をうけた奴隷が、購入者に毒を盛り組織にとって都合の良い人形にすることだって出来るのですよ? マッシルドのコロシアムも…おそらく、ていのいい『裏オークションに貴族達が気付くまでの』、餌だったと言うことですわね。国同士の重鎮を集めてのお祭りですから客寄せには十分すぎるでしょう。何かと外出する大義名分を作らなくてはならない権力者にとっては機会としてあまりにも好条件ですし。

 こちらの貴族の少女達の売春事件も同様。社会的上位者を(たぶら)かし、支配することは国家権力に揺らぎが生じます。…遠く離れたアストロニアの組織とマッシルド周辺の盗賊団が繋がっていた。それらが意味する物は…ただ一つ。

 

 タンバニーク、アストロニア、エストラント、そしてマッシルドという四大権力の破滅ですわ。何物かが、私達の今の平和を乱そうとしているのは間違いありません。


 貴方には生き残らなければばならない義務があります。私達の言葉を、下界の皆に届けることです。ここがどこだかは分かりませんが…このような雪山は私の知る限りではラグナクルト大陸ではタンバニーク地方を除いて残り二つ…。

 オットー山脈だとするなら、下山さえすれば三日でマッシルドに到着するでしょう。下山さえすれば…。

 さぁ、準備を」


 ぱり、と電光が一瞬空中を走ったかと思うと三人をぎりぎり覆っていた赤い障壁が揺らいだ。コントロールを失いかけている証拠だ。もしくは、魔力切れの前兆。


「そん、な…」


 準備なんて、持ち物がない以上あるわけないじゃないか、とブックナーは、分かっていながら心で呟いた。

 準備とは、心の準備のことだと無粋なことは聞かなくても分かった。マグダウェルが背を向けたのも、現状出来る最低限の譲歩だったのだ。邪魔はすまいと、ブックナーの意思を尊重したゆえの。


「でも、………………だとしても、」


 兄さん達を置いていくことは、出来ない………声にならない声が口を動かした。その瞬間、ブックナーは頬を張り飛ばされて昏倒した。

 四日間この狭い洞窟で閉じ込められていた女性の力とはとても思えないくらい、…言いたいだろう言葉を全て押し殺しての、平手打ちだった。


「――今の貴方はどうやって下まで生き残るかを考えなさいな。だから先ほどから貴方には一切魔力は使わせなかったのですわ。二スタリアンの戦士とあろうものが。

 こんな状況で甘えごとは、たとえイグナ神が許しても私が許しません。理由の有無など貴方には不要です。猶予は与えましたが、決断の是非は、今の貴方の問える物ではありませんの…………! 張り倒してでも、私は…!!」



 …今度こそ、今度こそ声を荒げ。

 生き残れ、と、その両手を胸に抱いて、銀の姫が泣いた。


































 次は何描こうかなーwww


 11、12日は宮崎に旅行行ってくるの!(>_<)

 めっちゃ遊んでくるwwwwwww

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