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三話 邪神の証明 (前)

「姉…様!?」

 村が木々の向こうに見えはじめる頃、森の入口付近でそわそわしている少女を見つけた。無地のブラウスと抹茶色のロングスカート。なるほど村娘って感じがする。


「ナツ。静かになさい。村の皆にまだ気付かれてはなりません」


「はい、ではその、ローブの方が…」


 小人を抱く俺を見て一瞬訝しんだが、すぐに既視感のある片膝のポーズを取る。姉のミナとそっくりの青髪が、短く首元でそろえられている。


「こ、この度は姉をお気に入りいただき大変嬉しく思います。その者の愚妹の、ソルム・ソネット・ラ・ナツと申します」


「ナツ、邪神様は大変お疲れです。すぐに湯殿の用意をしてください」


「はっ、ただ今」



 ナツと呼ばれた少女が村へ下り坂へ走り去るのを見送りながら、ミナに言った。


「疲れてねぇって。むしろ服をくれまともな奴を」


「はい、できあわせのものを用意いたします。教服は採寸を取り次第おもちいたしますのでそれまでは我慢していただけないでしょうか」


「いや、ローブよかマシだから」


 何より今『穿いてない』のである。


「パンツとかどうするんだ」


 父親のを、とか言ったらとても穿きにくい。


「パンツ、とは?」


「え、だから、下着…」


「下着、とは何のことでしょうか?」


 ……くわっ! と小さくなるナツの後ろ姿を凝視した。あの子も今穿いてないコトが発覚したのである。ええいおしいことをした。


「あ、ついでにこの子達の服もお願いね」


 子人三人衆を指さしつつ言う。



 ニルべ村は山の斜面を切り崩して出来たような場所にある。山から森(つまり一度平坦になる)、また斜面を経てニルべ村の平面、また斜面…という風に。

 村自体は森の坂道から出てくるところで一望できる。

 木造の足のないコテージのような家が三〇と数件点在し、村の端には動物よけの木の囲いがしてある。その囲いの内側に畑があり、村の家々を囲む形だ。緑の葉茎が遠目でも瑞々しい。中心らしい広場には祭りらしき用意が進められていた。

 牧畜はやってないようだ。というか牛や馬っているんだろうか。


「今日は邪神様の歓迎の宴を設けております。ご出席いただきますよう」


「えー…」


 挨拶とかしなきゃいけないんだろうか。


「ここまで来たの初めてにょ」

 腕の中では、チッチがくりくりした目で体いっぱいに村を見回している。


金「あぶないにょよ。踏まれたりしたらもう一巻の終わりにぇ」


「さらっと視覚的に怖い事言ったな!」


 確かにルーピー達妖精は透明だというから、踏んだ方も後ろを振り返って首を傾げるだけだろう。人里になんてなおさらに怖くて降りられないはずだ。

青「た、高いにょ」

緑「うにーもう本気、もう本気で走るにぇ!」

 ちなみに、後ろにやっているローブの帽子部分には青ツインテールのピルチがすっぽりと入って同じように景色を楽しんでいる。じゃんけんで負けたらしい緑ショートボブのマチーは早歩きでそんな俺達についてくるのに必死だった。


「チッチ、って何歳?」


「妖精に寿命はありませんよ?」


「まじで?

 っていうことは、ミナの祖先の妖精も生きてる可能性アリってコトか」


「そうですね。ですから私達は、邪神を祭ると同時に、祖先の妖精も守っていることになるのです。この森一つを守ることで」


 つい、と後ろに雄大に広がる森を見つつ言った。

 さらりとアメジストのような細髪が風に伸びる。誇らしげな横顔は、青白のラッピング姿とは到底思えないほどに生気と責任感に満ちている。


「ふふ」


 遠くで俺達に気付いたらしい村人がこちらを指さしているので、そっと尻を触ってみた。


「きゃっ!? ちょ、ヒカル様!!??」


「あとどれくらいでつくの?」


「も、もう…! …はい、もうすぐですよ。また再度林に入りますので」


 程なくして見えてきた十字の交路を左へ右側全面に村が広がっていて、今畑と畑の間を通ってるのだ。曲がると先には暗がりが続く林があった。その先にちらと日光が板色を照らしているのがわずかに見える。


「あれが我が家でございます」


 『屋敷』の全面が見えてきた時、門前では中学生半ばという感じのナツがヒーヒー目を回しながら薪を運んでいた。


「も…ぃひひぃ、もう少しお待ちを…ひふ、ひふ…」


 そう、『屋敷』なのだ。他の村の家がコテージだとすれば、同じ木造なれど日本屋敷のようにとにかく広い。一階しかないのが一目瞭然だが、広さで言えば他の家々の五,六倍はゆうにあるだろう。


「ナツは、あれか。お前が食われた後の案内人ってことであそこにいたのか」


「…ヒカル様は本当に頭が切れる方ですね。その通りです」


 ふと、振り返ってみた。

 林の向こうでは、禍々しい神様を祭るために人が汗を流し、奔走しているのだろう。








 一番広い一室をあてがわれた俺は、布団を引いてもらい、横になった。


緑「チッチ、その木の実ちょうだいっちゃに!」


金「いっぱいそこにあるにょ! マチー何でチッチから取るにょ!?」


青「ふふ…この固いの、好きにゃ」


 俺に出されたおやつの木の実を、追い掛けたり追い掛けられたり赤い顔して頬ずりしたりして好き放題な子人をよそに、俺はばったんばったんと引き出しやら宝箱やらを調べた。常識である。


 ヒカルはやくそうを手に入れた!

 ヒカルはどくけしそうを手に入れた!

 ヒカルは木の実(食べかけ)を手に入れた!


「パンツねぇええええええええええええええ!!」


 いっくら探しても、ない。分かってはいたが。

 ローブ姿でおろおろ、風通しの良い空間に思わず内股になる。

 ふんどし。最悪ふんどしである。穿いたことないからどうやって穿いてるか分からないが、イメージ的に相撲取りの『まわし』に近い形にまとめる感じでやれば何かいけそうな気がするのだ。が、良い感じのタオルもなければ上着もない。

 お風呂上がりに用意しますとか言ってたけど俺はすぐにでも着たいのだ。


「ヒカル様、湯殿がわきま、」


「待ってましたぁあ!!!!!」


 眼をぎらぎらさせて部屋を出て行く俺と雛のようについてくる三姉妹だった。






 ふーぅ…。

 ――ぽちゃん。


「あぁ…きくぅ…」

 さながら産湯と言ったところか。この世界では俺の身体は生まれたばかりのようだし。

 右肩のあざはそのままだが。

「ようやく裸が許されるってか…」

 湯殿はつまりはドラム缶風呂の要領だった。一二畳ほどスノコ状の板が隙間なく敷かれていてそこから下は鉄と石で出来ている。

 あのナツとかいう子が外で顔を真っ赤にしてふうふう薪を燃やしているのかなと考えると、何だか気の毒だな、と漏らした。


「『火』の魔力つかってるにょよ?」


「ほう、便利だなそれ」


 湯気の向こうから桶に乗っかって現われたチッチが教えてくれた。ふんっと生意気に鼻を鳴らすので桶をくるくる回してやって「あ"ーっ」っと言わせていると、


「ヒカル様、お湯加減はよろしいでしょうか?」


「ああ、すごいな、正直ここまで本格的な風呂に入れるとは思ってなかった」


「それはよろしかったです。では」


 ひたひたひた、と背中の方から足音が聞こえるので振り返ってみた。


「ヒカル様?」


 わずかに腰を落としただけなのに、ぷるんと、上乳が殺人的に揺れてみせる。


「――…!!!!」


 真っ白な正方形のタオルで身体を巻かず『隠す』だけの姿で現われる籠絡女である。


「ばかっ…! だからそういうのはしないでいいって!」


「――しっ!」


 急に歩調を早めて口を塞いでくるミナ。周囲を探るような目つき。何の冗談だと叫ぼうとしたがあまりの必死さに息を呑んでしまった。


(…また盗賊か?)


 こそこそっと言う。


(いえ、これは妹です)


 俺も耳を澄ませてみる。…確かに妙に静かだ。さっきまでは火がぐつぐつと湯殿の下で燃えたぎっている様が振動を通して伝わってきていたのに、それがない。


(っ…)


 顔を見合わせて、お互いに頷く。


 聞いているのだ。耳を壁に押しつけて。姉と邪神の淫行を是が非でも聞いてみたいがために胸を高鳴らせている耳年増。姉が堅物で羞恥心薄弱ならば、妹はいけないと分かっていながらも興味津々、といった具合である。


(良いだろ別に聞かれたって。妹なんだし、正直に話しちゃえよもう)


(いけません。たとえ一族の者でも、人の口に鍵はつけられませんから。何が理由で村の者に広まるか…)


 がきべき! っと風呂の壁の向こうで板がへし折れる音が聞こえた。わずかに少女が呻く声。


(聞いてるね)


(聞いてますね)


 このままひとっ風呂で終わりでは俺とミナの関係に疑いを持たれる。

 会話もなく、『目的ある』男女入浴で会話がないというのも不自然なのだ。

 相手は恐るべき神だというのにこの積極性。ああいうタイプに口が堅い奴なんてまずいない。知られた数時間後にはクラスメイト全員に広まっている、というのが俺の経験にある。


(なんかしゃべらないといい加減おかしい)

(え? その?)


 冷汗を浮かべてきょろきょろするミナの肩を掴む。


(お前何しに風呂に入りに来たんだよ。そこで聞き耳立ててる妹が期待する事しにきたんじゃないのか? 籠絡一族の名が泣くぞ)


(何ですかそのいかがわしい名前! それに、ですから私はいつでもいいと!)


(なんで顔真っ赤にしてキレてんだよ俺神様だぞっ)


 ごくり、と再度息を呑む。アレしかない。


(俺に合わせろ。いいな? 難しい事しなくていい。

 お前にはあんまり期待してないから)


(くっ……なんという恥ずべきニルベの巫女なのでしょう私は…)


「――ごほん、ん、ん、

 女、いつまでそこに突っ立っている」


(私座ってますよ!?)


(いいから! 俺の美し過ぎ恐れ多すぎる肉体に目を奪われて放心していたって設定で! コレでさっきの沈黙を無しにする!)


「あ、はい、…邪神様、」


 ミナは静かに俺から退くとわざと音が響くようにぴちゃぴちゃと足の裏で鳴らしながら近づいてくる。念入りに鳴らそうとしているせいでファッションショーのモデルの歩き方みたいに見える。


「そのような淫らな身体をしおって…俺に何を期待してるのかな」


 悪貴族系になりきるために腕を組んで睨め付ける。


「わ、…っ、私…清らかであるべき巫女でありながら、浅ましくございます。胸の内が熱く、邪神様の御身体を目の当たりにしただけで自失しておりました。

 邪神様に捧げるためだけに磨いてきた身体が、まるで路傍の石のように思えて恥ずかしいのです」


 雰囲気を出そうとしたのかくねくねと身体を見せつけてくるが、


緑「きゃっきゃっ」 

(ちょ、マチー空気読めぇえええええっ!!)


 そんなミナを指さして爆笑している子人一人。


(チッチとピルチ、あのバカ子を黙らせてろっ!)


金「あいー」

青「あーい♪」




「…………………う、く、…ぅ!」

 ぷるぷる赤面して悔し涙すら浮かべてミナが固まっていた。




「………………………………えと、うん、

 ――全く張りに張らせた乳房よな。いやらしい。

 ん? 俺を相手するためにどれだけ男で学んできているのか?

 手玉に取ってきた数は?

 こんな風に掴ませて黙らせてきたのだろう?」


 がしっと肩を掴む。

(ほら、何か気持ちよさそうな恥ずかしそうな声!)


「くぅ…………あっ、ぅんふ…ああ、そんな、とろけてしまいますぅ…!」


(バカか!? 全然気持ちよさそうに聞こえねーっ!?)


(あれ以上に気持ちいいってどんな声ですかっ!)


 不意打ち気味に尻を触ってみた。


「ひゃぁああああああんっ!」


 ………もんのすごく、甲高く甘い嬌声が風呂場に響きわたる。

 べきききき!! っと板が一枚陥没したような音が聞こえたが気にしない。



(上出来上出来)


(こ、こんなまどろっこしい事されるならいっそ…っ!)


(我慢だ。この程度切り抜けずして村人前で安寧が手に入れられると思うなよ?)


(うう父上、私は巫女としても女としても失格なのですか…?)


 要領を得てくるまで背中を触ったり首筋をさすったりして嬌声を引き出した後、もうこれ以上当たり障りのない場所がない所までいきついてしまう。


(攻守交代だ)


(交代?)


(ああ、次はお前が俺を責める。言葉責めだな。男が情けない声は出せないから、そうだな、こう、褒め称えるような?)

 

 くい、とアゴで促す。戸惑いながらも真っ赤な顔で思案していたミナは、


「………………あ、つ、次は私がいたしますわ」


「ほう、(にえ)の妙技はどの程度が、試してやろう」


「では、湯の中にお入り下さい…」


(お湯の中でってどんなプレイだ!?)


(え? ぷれいってなんですか?)


 だめだこいつ、と溜め息尽きつつ湯の中に身を沈める。確かにさっきまで寒かったので湯に入れたのは嬉しいが、その先が不安で――、


「…背中を、向けて下さいまし」


(流しっこか!)


「うむ…」


 ちゃぷ、じゃぶ、と水音を響かせて布が背中を行き来する。ほとんど形だけだ。触感から、さっきまでミナが身体を隠していた布だとすぐに分かる。


(しかしコレ全然責めてないぞ。よし…)


「ふん、もうすこし身体を押しつけよ。せっかくの身体が台無しではないか」


 べきっ、とまた板が折れる音。

 ナイス誘導俺。さっきまでの背中洗いのイメージが一変する一手である。


「は、はい、申し訳ございません…っ」


「っちょ!!!!!」


 滅茶苦茶柔らかい双乳が背中で押し潰れて、あまりの感触に飛び上がってしまう。


(ばか! 何マジでやってんだよっ! 心臓止まるかと思ったわ!!)


(え、そ、その、ですから今ヒカル様がそうしろ、と)


(あわせろってもー!)


「よ、よい、もう良い……全く貴様の身体は麻薬だな。一度しゃぶっただけではしゃぶりつくせぬわ…。

 よかろう、その浅ましく媚びた目に免じて、もう一度あの絶頂を感じさせてやろう…」


 冗談が通じないバカに、思いっきり肩もみしてやった。


「じゃ、邪し、ん様、あ、ぁぁあああああああああああああっんっ――――!!!!!」


 三〇分間念入りに。



 あれ?

 最初からコレしてたら良かったんじゃないか?







 風呂場でくたっと湯殿で伏しているミナを放って、先に上がる俺と三姉妹。タオルはそのまま奪っておいた。


「ど、どうぞ…乾いたタオルです。お召し物はこちら、に」


 俺の顔を直視できずに顔を真っ赤にしておののいているナツを気にしないフリをして受け取る。


「ナツと言ったな」


「は、はい」


「あの女に飽きたら次はお前だ。精々粉骨しろと姉に伝えておけ」


「は、はは――っ!!」


 慌てて奥に下がるのを見届けると濡れたタオルを絞って身体をふく。乾いた方は三姉妹に放ってやった。


金「マチーっ、渡すにょ! 一人で使うのなしにょ!」


緑「やーだぷー」


青「…………ふっ…(走り回る二人を直立不動のまま半眼で見つめている)」


「……………? 三人、ちょっとその場で動くな」


 ちら、と角に目を向ける。するとこちらを顔の半分だけ出して除いているナツがいた。


「ナツ。どうした」


「す、すみませんっ――!」


 そそうをしたメイドが大慌てで謝るように身体を折ると、さささーっ、と今度こそ奥に引っ込んでしまう。


「花も恥じらう――か?」


 妹の方には慎ましさが足りないらしい。






 客間。

 厄除けの効果があるというピクテル、という薬湯が出されたので飲んでいると、奥から、薄いレモン色のワンピース、バラのような花を胸にあしらった白のカーディガンでミナが現われた。


「さきほどは、失礼いたしました…」


 妹がわきに控えてるのでこれ以上なく恐れ多い、と言う態度で礼をする。


「ナツ。下がっていなさい」


「姉様、?」


「今から邪神様に状況を説明いたします。貴方は村の皆に邪神様の無事の到来と宴の準備を知らせてきなさい。そのまま手伝いに行って結構です」


 ナツが下がるとミナは、ようやく肩の荷が下りた、とばかりに大きく溜め息をした。机に片肘をついて頭を抱え、


「ええと、何から話せば良いやら――」


「ああ、籠絡云々はナツが何とかしてくれるんじゃないか?」


「どういう事ですか? …何かヒカル様はナツに吹き込んだそうですが…」


「まぁああいう間接的なのもアリだろ。いやね、あの子みたいなタイプは放っておいても勝手に噂をつくって拡大していくもんなんだ。

 ミナが俺に手込めにされてないっていうことをアイツに言おうとしなかったろう? 

 つまりそれだけ口の軽さが以前から気になってたって事の示唆だ」


 他にも理由は考えられるが、何、どっちにしろ外に出た時にちょっとでも動揺したらアウトだから、集中するべきとしたらそっちの方だろう。


「とりあえず祭りでは何をするんだ?」


「はい、基本は料理をたべたり楽器を演奏したり歌を歌ったり踊ったり…儀式としては、最後長老に邪神の『占儀(せんぎ)』を行ないます」


「おっと…固有名詞きたな。その『占儀』って奴はなんなんだ?」

 言葉が通用するとしても、『固有名詞』だけは翻訳機もどうしようもないはずだから、意識的に俺は注意していたのである。


「そう、ですね、占儀は占儀なのですが…。

 邪神様をお招きする上での大義名分は、邪神様の力を表わし、その力量を我々に知らしめしその威光を再確認すること――なのですが、…広義な意味で言えば『測定』です」


「なるほどね。自分達が呼んだ邪神はどの程度の力を持つか、戦力を計りたいわけだ。

 でもさ、ミナは俺を見て、一〇と八万の魔力を云々言ってただろ? 別にそんな儀式要らないんじゃないのか?」


 ああ、とミナは苦笑して首肯する。


「『測定』出来るほどの使い手はこの村には私以外おりません。儀式でも魔道具を使用するので。私一人が分かっただけでは皆が確認できないではありませんか」


「そう言う意味でも全員確認、ってわけね。オーケー」


 俺は腕組みして目を閉じる。

 魔力で言えばミナが言うように、おそらく一八万分あるんだろう。でもその力を示す方法を俺は知らない。


「簡単な魔法ってないか? こう、すごく簡単な奴で良い」


「というと?」


「デモンストレーションだよ。ただ数値化しただけじゃ、魔法が使えないことをいつか気付かれるかも知れない。事実お前も気になってるだろ? こいつ才能あるのかってさ」


 簡単な魔法で良い理由はもう一つある。難しい魔法を使ってみせるのは確かに格好いいし見栄えがする。でもわずかな時間の間にそれがモノになると言う保証はない。

 でも。簡単な魔法ならどうだろう。

 俺に見せてくれたあのライターみたいな炎を出す奴でも良い。

 そこに一八万分の魔力を注ぎ込んでやれば、たったこれだけの呪文が破壊に変わる、っていうのを表現できるはずだ。何より簡単で即戦力に変わる。圧巻という意味では明らかに後者だ。


「魔方陣は刻まれてませんね? というか…まだ属性も…」


 ミナは立ち上がると、カーテンを全て閉め切る。わずかに光りがカーテン端から零れるだけで、一メートル先のミナの顔すら判別できなくなった。


「目を瞑ってみて下さい。暗い闇になるまでしっかりと」


 素直に、言われた通り目を瞑る。


「夜、寝る前に瞳を閉じた時。

 まるで瞼の裏に何か生き物がいるような感覚に囚われたことはありませんか。感触、と言うわけではなく、視覚と脳内映像の中間のような映像が。

 スライムのようにうねうねと動き、それは常に分散していて、かつ蠢いている」


「………ああ」


 その経験なら確かにある。


 寝れない時、目を閉じた闇の向こうにどんどん思考を飛ばしていけば、眠りとの境目まで辿り着けるんじゃないかと試したこともあった。


 その時によく見たのが、アメーバみたいに互いに糸引くおかしなうねうね達だ。イメージの一部なら動かして色んな形に出来るはずだ、とやってみようとしたが全然動いてくれない、形どころか、分散したまま固まってくれないのだ。


「それが魔力。生きている人ならば誰もが持っているものです

 何色をしていますか?」


「色…? これ色ってあるのか?」


 色が把握できないのだ。赤と思えば赤だし、青と言われれば青に変わる。

 今は、しいていうなら――


「緑…」


「風か土ですね」


 ミナが両手を掴む。すると掴んでる辺りが熱くなっていって、映像にムラが生じてくる。


 沈黙の後、


「違うようです」


「じゃあ赤かな」


「赤? 火…風の全く反対側じゃないですか。そんなはずは…」


 む、とうなるミナ。が、嘆息して、


「…………・・違うようです。色が変わるなんて…聞いたこともない」


 カーテンを開けつつミナは頭を抱えた。


「………………………あ、そうか、邪神様は、神様なのですから、あああ!」


 両手を打って早足で部屋を出て行くミナ。


「チッチ、俺火も出せないみたいだ」


「そんなはずないにょ。私が教えるにょよ? 先生と呼ぶにゃぇ」


 三人中唯一俺の傍らに座っているチッチが薬湯を飲みながら言う。ほんのり顔が赤い。御神酒ともいうし、厄除けとかいってお酒でも入ってるんだろうか。


 どたどた、と戻ってくるとその腕に抱えた、金属調のカバーのついた厚い辞典のような本を机に寝かせた。


「なんて書いてある?」


「神聖魔術の考察、です」


 神官達が神の意志を計るべく、神が作りたもうたと言われる魔方陣を研究した、という内容らしい。

 ほとんどが考察というよりその不可解さ、難解さにさじを投げ神を褒め称える、と言う話だそうだ。

 聞いてるだけでもう読む価値なしである。案の定ほこり被ってるみたいだし。


「第一章の…そうですね、目の前で見せることが出来る、と言う意味ではこの魔法が一番良いでしょう」


――神聖魔術の一、『神獣召喚』


「無理だろ」


 いきなり難関そうなモノを出してくる辺り、ミナは相当に俺を買いかぶってるらしい。


「では、解呪なんかはどうでしょう」


「ものすごい伝説級の呪いの品がこの村にあると?」


 ただの解呪程度なら神官でも出来そうなもんだ。それだと全然驚かないな。

 ミナが「じゃあ…」とページをめくっていくのを尻目に、なんとなくさっき見た解呪の魔方陣を覚えてるだけ手の平になぞってみた。


 ぽうっ――


 お、なんかピンク色に光った。


「そうですね、じゃあコレは?」


「『神殿構成』…え、どういう事なんだ? 建物作るのか?」


「いや詳しいことは…いえでも魔方陣自体は六力の障壁系と似ています。多分空間遮断するモノではないかと。自分を中心にあらゆる属性や呪いをはね除ける神域を形成する、と言う感じ…?」


 盗賊に襲われてた時ミナが発動した炎の障壁を思い出す。あのマグマが下から上へ立ち上るような映像は目に焼付いてしまったかのようだ。ようするにすごく格好良かったのである。同じ、というならば、やっぱりあんな風に視覚的にもクるような何かが俺にも出来るのかも知れない。


 そう考えると何か胸も踊るというか。


 だって魔法だぜ魔法!


 自己防衛って意味でも、コレは覚えてて損はないはずだ。


「よし…頼むぞ…」


 時間にして残り四時間。

 俺とミナとで、障壁呪文の読解、特訓に取りかかった――。






 俺の隣で、


「しょうへきっ!」

 

 どぼーっ、と両手を空に伸ばすようにして自分の身体がすっぽり入る位の大きさの炎の障壁をつくって見せるチッチ。いちいち得意げだった。

 

 撫でてやった。

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