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三七話 邪神と度胸と片眼鏡の狙い

「む――」


 四方の壁の炎、舞台の右左に設置された大型の松明、そして各テーブルに設置された小さな炎さえ一つ残らず。

 ジュッ…と水をかけられたような音もない。

 ただそれ以上燃える物がなくなったかのような自然さで。


「(ヒカル兄さん、警備の人に動きはないみたい)」


「(だけど入口に集中してるわね。チッ…外側から鉄扉閉じられたわよ今。確か頑丈な錠前つきだったかな)」


 ダガーから手を離しても一切の明かりがない。

 再び触れ直すと、舞台袖から壇上に一人、タキシードを着た男が現われた。…足音で気付いたのか、前方からパラパラ…と拍手が始まりそれが会場全体に広がるまで物の数秒である。盛り上げるための演出なんだろうが…手品のトリックを盗み見てる気分だ。

 だが、そんな男が指を鳴らすと、突如6個の火の玉が現われ、惑星のように彼を中心に回り出す。


「――皆様と今日という夜を迎えられましたことを大変嬉しく思います。

 禁忌の扉は、また開かれました。

 数寄者達が集い、その欲を叶えるための祭典へようこそ――。

 私が今夜の司会を務めます、――アルセリッチ――と申します。どうぞ皆々様よろしくお願いいたします。

 ――さて、それでは第一商品を御照覧あれ」


 何か魔法を使っているのか、声が反響せずよく通る。

 火の玉がアルセリッチと名乗ったタキシードにサングラスの紳士から離れ、会場の中心上部へ蛍のようにゆらゆら上昇する。自由気ままな蝶のように不規則に飛び回り、時に観客のすぐ側まで近づいてその顔を照らしていったりした。


「(――サングラス…だよな?

 …あれ?

 …ちょっと待った。おいブックナー)」


 紳士から皆の視線が離れた隙だった。闇に包まれた紳士の傍らに、高そうなイスと手を手錠で後ろにつながれた薄汚い少年が運ばれ、イスに座らされる。うめき声すら許さないのは、口を塞いでいる金属製のマスクだ。鼻にすら届いているあれでは呼吸も満足に出来ないに違いない。


「スラムの人間だろう…」


 だから何でそのスラムの人間がいるんだと俺は聞きたかったのだけど。勿論グラサン紳士の付近に一切明かりはなく、唯一の明かりである炎は天井で飛行を続けていて視線が集中するわけもない。何をする気――、


「まず第一の商品。魔力に応じて火炎を自由自在に操る宝玉のネックレスでございます。その名も『炎操の首飾り』。隣の魔大陸ギルティ二アの、とある小国の宝物の一つ…でございます。紳士の嗜みとされる魔法をさらに劇的に演出するでしょう。

 ただ飛ばし、滞空させるだけではなく――、」


 火の玉達がステージ側に六つ飛んでいき、――テーブルの上を疾駆していった。


「…すご、」


 ブックナーなんか唖然と隣で口を開けているくらいだ。野球ボールくらいの大きさの玉を、蝋燭に直撃させることもなくただただそのヒモだけに火を灯して飛び去っていった。ちょっとでもずれたら(ろう)を溶かし倒し、周りの酒瓶さえも倒してしまっていただろう。

 ものすごいコントロール力だ。元の世界でだって距離的に20メートルもないストラックアウトにプロですらヒヤヒヤしているというのに、下手したら100メートルにも及ぶ距離を六つも同時に火の玉を操ってみせたのだ。この場にミナがいたら卒倒するに違いない。

 …首飾りもすごいが、それを暗いこの場でやってのけたこの老紳士も凄まじい技量だ。襲撃覚悟の俺達からすれば、余計なことはするな、と警告されたような気分になる。

 ダガーに触れている指先が汗ばんだ。


「――このようなことも多少の訓練で可能です。王宮魔術士による行使マニュアルもおつけいたします。最低限の練習で、優雅な会談を演出することが出来るようになるでしょう。自衛の面でも――」


「(まさ、か)」


 ブックナーが突然隣で眼を強く見開いてステージを睨んだ。おそらく無意識にだろう、俺の手を強く握りながら。

 同時に、ステージ左右の大松明の灯が灯る。グラサン紳士の両半身が炎に揺らめき、身体の中心線の暗がりに深みが増した。

 ――邪悪な宣告をするには、似合いすぎるほどに。


「対象を直撃しても炎の勢いをほとんど失わない魔力保有力は大人から子供まで魔力切れの心配がない安心の一品ですらあります――」


 ごう、と突如それまで蝶だった炎達が弾丸と化した。炎を追っていた少年の涙眼が、叫びたくても叫べない口の、金属マスクを肺活量で押しやらんと口を膨らませる。片眼鏡(モノクル)で鮮明に写る少年の姿は死に際の悲壮そのものだった。

 そうなのだ。少年はこのデモンストレーションのためだけに連れてこられ、『使用』されるためだけに生かされてきたのだろう。

 弾丸化に反応して絶望に顔を引きつらせたブックナーが俺の手を掴み走り出す刹那。

 ファンナさえ艶めかしいドレスをテーブルクロスに押しつけるように身を乗り出し。

 そんな二人の両隣では興奮に酒のグラスをあおる淑女ども。

 ――あくまで、余興。

 会場の誰一人として、それを止めようという第一歩を踏む者はそれでもいなかった。


「あ、…………………や、め…!」



 ハプニングに強い、でもなく。

 ハプニングを知られない、でもなく。

 最悪なことに、ハプニングになりえない(・・・・・)だったか。

 なぁるほど。デモンストレーションで『当然のように』行なわれるならば、そして道具を使用して紹介する司会が達人級ならば、多少の盗賊さえその道具紹介の演出になってしまうという、皮肉。

 嘲笑と、感嘆のサバト。

 悪魔じみたオークションは少年の焼死を持って幕を開けた――。

















 ――かに、見えた。















「な…………………ッ!?」


 波状に広がるどよめき。二歩三歩も判断の速い司会者は即座に魔力の在りかを睨んだ。


 観客は少年の叫び声を聞くことはなかった。金属マスクをされていたのもあるのだろう。だが、炎が少年に届いていなかったなら逆に当然とも言えた。


 1、2、3、4、5、6。


 その全てが、少年を覆うまばゆいばかりの白色結界に阻まれ、停止していたのだから。


「 …、…………………! …………ッ!?」


 呼吸と動揺の声が一緒になって声にならないブックナーと。


「……なんて、遠隔発動と展開速度」


 以前なら信じられないと言葉を失っていたが、全身を鳥肌立たせつつも毒づいた口調は健在なファンナ。


 暗闇の中、既に酔いが回っている声で『誰だぁ…?』と不満の声も上がる。恐怖が頂点に達し失禁している少年を咎めようとする者は、いない。そんな事より、炎を止めた、炎よりも遙かに強い白光を放つそれに目を奪われていたのだから。

 ――魔法使用中は、身体が若干微光する。司会者は薄白い蒸気を纏ったような魔力の元に炎を向かわせ、動く隙も与えずに取り囲む。ブックナーが無意識のうちに回避行動を取り反射的に尻餅をついていて、…包囲された者はただ一人。


 二重螺旋でも描くかのように俺の周りを螺旋する炎達に内心よろけそうになりながらも、敵意はないとぎりぎりまで展開していた無色結界を取り去る。同席していた婦人達がテーブルから逃げ出すように四散していった。


「…お客様、進行を妨げる行為はお控え願えますよう」


 グラサン紳士があくまで客室案内のように言う。だが暗闇を無効化している俺の視界の端々では、背中や足首に仕掛けていた暗器を手に取り、狙ってきている。中には俺の武具の中にあるのと同じ呪いの毒針を持っている奴もいた。

『カティエ大さそりの魔針』…たしかあらゆる動植物に対して有毒性を持つという一品だった。ペナルティはその時の毒はあくまで装備者の体内で精製され得る物だけ、ということ。身体に少量しかなくてそれでも生きていくに必要な物質まで勝手に使ってしまうと言う自滅の可能性を秘めた呪具である。――だが生憎、人を殺すための物質なんて、人の身体には溢れてる。


 司会者に警備員に2000あまりの観客に。

 さりとて、この大注目を何とかする方が先だろう。


「…………兄、さ、…………………………奴隷達を助けるんじゃ」


「ああ、だからあいつもそうだろ? こんなチャンス逃してなるものか。

 お前らの判断は、ハズレだ」


「(…あんたバカ? いきなりマークされてどうすんのよ!!??)」


「(バカはお前だファンナ。マークが怖くてどうするんだ、それに、今までそうやって身を潜めて機会を窺ってきて結局返り討ちされた事の方が多いはずだぞ。

 確かに、こういう本末転倒っぽい事をする奴はいないけどな)」


 目当てまで身を潜めておく。それは確かに定石だろう。例えば競りが始まってステージに向かって左側の舞台裏入口に集められる時とか、競り落として商品を受け取る瞬間とか、楽に侵入できる方法はいくらでもある。むしろ頭のいい人間なら迷わずそうするはずだ。


 炎に照らされた周りからの視線は、困惑と期待と卑下。誰一人として俺の行動に同情する者はいない。同行していたブックナー達でさえ失敗だと歯噛みしていたというのに。

 ――ち。

 俺の周りを螺旋滞空していた炎はいつの間にか丸い水晶一杯に閉じ込められたかのように制御圧縮されていて殺傷力を高めている。熱すら放出させていないところを見ると、直撃した時の惨状が眼に浮かぶようだ。少しでも隙を見せたらやられる。

 なのに、つくづく俺は土壇場向きらしい。


 脳裏でフル回転する打算と経験とが余裕を生んで、どうにかできるという無根拠な自信になる――。


「ヒカル兄、」


「あー、いいから黙ってろ。

 こういう場は、俺の得意分野なんだよ」


 お前の怖がる虫は俺が払ってやるみたいな言い方で、瞳を閉じながら言い捨てた。





「――これは失礼いたしました。

 私、マハル・マキシベーに仕えさせております執事ヒカルと申します。お楽しみの所誠に申し訳ございません。

 本日、当家の坊ちゃまが同席しております。

 生憎と食事を済ませているので――お止めさせていただきました」


 クラスメイトにとにかく大金持ちが多かったせいか『本物の執事』に会うことも少なくなかったのが幸いした。純ちゃんに仕えていたあのクソ丁寧な少年執事をイメージして、重ねる。知らない奴よりは圧倒的に真実みがあるはずだ。


『マハル…? マキシベーのマハル家って…』

『――王族の懐刀(ふところがたな)が、どうして、…!?』

『バカな、一家のほとんどがが近衛隊親衛隊の血筋で構成されてるっていう、あの…?』


「マハ…………………………。

 こ、これはこれは…………いえ、こちらこそ配慮が足りなかったようです。スタッフを代表してお詫びいたします。

 当オークションへは初めてでございますね? …マハル家のご子息ともなればスタッフにも力が一層入るでしょう、どうか今後も利用をよろしくお願いいたします」



 …………………………………………………………こ、この反応は逆に予想外…っ。

 ええい、どうようするな、あとでブックナーを問い詰めればいい…!


「どうか。他のお客様には迷惑をおかけすると思いますが、なるべく刺激の強い物はお控えてくださるようこの場を借りましてお願いしたいのですが…誠に不作法で申し訳ございません」


「かしこまりました」


 俺の周りにあった炎が四散し、壁の松明を灯して走り、またステージに戻る。――その頃には少年の姿も撤去されていて、代わりにステージには首飾りの台座が置かれていた。ウズラの卵大の宝玉をあしらった首飾りが外されると同時に炎達も消え、台座の頂に展示される。


「――お見苦しい物を失礼しました。

 それでは皆々様、最初の商品『炎操の首飾り』。5万シシリーより始めさせていただきます!」









 オークションが始まりざわめきだした時、思い切りブックナーから靴を踏まれる。

 

「(バカ痛ぇよ!? それスパイク入ってるんだぞ!? 滑り止めのとげとげのことだ!

 い、痛い、ファンナ指が食い込んでる腕すごい痛いぃいいいい!!??)」


「(ば、ばばばばばバカはあんたよ…!! 物事には限度ってあるの…!)」


「(そうだよ、なんて…………なんて無茶するんだヒカル兄さんッ………誰がどこから狙ってるとも分からない蛇の腹の中なんだぞ…!? …っ、何がおかしい!?)」


「(はは、いやいや…さも俺が何か盛大に冒険したみたいに言うから)」


 ああまたいつものか、と苦笑してしまった。

 あくまで一般人な俺だけど、荒事に巻き込まれた時…――例えばハイジャックされたりとか原因不明の火災に閉じ込められたりとか――ふさわしい奴が他にいないからいつも最初に行動をせざるをえなかったから――こんなの賭けでも何でもない。

 第一、…思い出したくないけど鮮明に、これと似たような状況経験したことあるしな。


「…狂ってる…!」


 歯噛みしながらファンナが恨めしく顎を引く。


「おおげさだな二人とも。まぁいい感じに反応してくれて助かった。驚いてるお前らと比較されたから、向こうも俺の平気具合が余計印象に残っただろ」

 

 んじゃ行ってくる、と二人に背を向ける。ブックナーが反射的に俺の背中を掴んできて、


「…ど、どこに行くって?」


「え。だから競りに。オークションなんだから当然だろ。さっきの子もついでに買ってくるわ」


「競りって…! いきなり五万だなんて世界よ!? このオークションに一年間貯めてくる人達だっているのに、私達みたいな子供になんか無理ってば!

 大体注目されたばかりだっていうのに…!」


「は? ああ…むしろ安心したんだけどな五万って聞いて」


 ブックナーは俺の態度に思い当たったらしい。背を掴む力がゆるみ、ぱたん、と重力のままに下ろされた手の平が太股を叩いた。


「…まさか、あの傭兵狩りも最初から…?」


 ――今の俺の持ち金は、金貨20枚と銀貨128枚。

   金額にして123万8400シシリーだ。ミヨルのために買ってやりたいお菓子屋台の天幕車なんてフルオーダーしたって二台買える。このオークションだって、俺としてはもうちょっと相場が高いかと若干心配してたくらいだ。だから天幕車はお預けした。


「これはある奴にも言ったことなんだけどな。

 選択肢ってな、最初から全て選べる状態にしておかなくちゃ意味ないだろ? お金の問題とか定石じゃんか」


 何かミナが喜びそうだしねぇ。






 …第一戦からオークションは白熱した。というか今もう既に一騎打ちである。


『シーダル伯爵が45万! 45万です! 皆様、ただ今45万でございます!』


 魔力で動く拡声器らしいルービックキューブ大の小箱を手に、司会者が声を上げる。


「マハル家が50万お出しします」


『50がでました! 50でございます! マハル家より50万でございます!』


 先より及び腰に思われた会場内だが、俺がステージ左の受付台まで20メートルとしたところで、同時に人々がテーブルから離れたのである。あくまでオークション参加の俺の姿勢に熱気を取り戻したらしい。

 50人くらい並んでいた貴族達だが、一人が言うと3人減り4人減り、正確には10人と待たずに残り5人になった。そのままステージに呼ばれ、シーダル伯爵と二人になってから4合と対決。現在に至る。


「ぐぬぅ…マハル家もやりますな、まさか初手から勝負にでなさるとは。

 それにしても近くで見ると、君も実に若い」


「いえ、先ほど坊ちゃまがあちらの司会者の謙虚な態度をお気に召されたようで。この商品の金額は問わないとのご命令でございます」


 嘘っぱちである。正直泣きそうだ。いきなり持ち金の半分を持っていかれなくちゃならんとかもう最悪である。シーダル伯爵とかいう軍人上がりらしい風貌の男は鈍色の瞳を細めて俺の様子に苦笑する。周囲から観察されてる感じがして、内心片眼鏡(モノクル)がずれてないかとか背筋がずれてないかとかでもヒヤヒヤものだ。三六九と一緒に帝杯堂女学院に教師(兄、俺)とその生徒(妹。三六九)で潜入した時以来である。


「なるほどなるほど、あの年でもう名売りを心得ているとは。先ほどの一見実に見事だった。…今まで確かに直視できないショーもあったが、私でもああはできない。君の魔法の腕前も大したものだった。

 そうなると大人げないな。

 ここは将来有望なマハル家のご子息にお譲りいたそうか」


「ありがとうございます…ではそのように」


 シーダル伯爵の道を空けお辞儀して見送る。それを見てか司会者が微笑し、


『五〇万です! そのほかいらっしゃいませんでしょうか――? 

 …では、炎操の首飾りを五〇万で落札いたします――!!』





 そのまま俺はネックレスがかけられた台座と一緒にステージ右へ連れて行かれた。落札の手続きと納品をするためである。基本的に小切手らしかったが、良家の執事なのに字が書けないというのも問題なので即金にしてもらった。何、金貨8枚と銀貨67枚である。銅貨のおつりはもらわないのが貴族っぽいので遠慮した。ちょっぴり涙ぐんだ。

 俺の後ろでは次なる商品の怪しげな白塗りの陶器じみたランプが中央にすえられ、商品の紹介が始まった。


「はい…金額を確認いたしました。お買い上げ有難うございます。お包みいたしますのでしばらくこちらでお待ち下さい」


 くぅう、つまり包んでる間は参加は出来ないって事か。一人が独占するという真似はこうやってさせないらしい。うまい手だ。

 …ちなみにそのランプだが中の水に魔法をそそぐと、魔法ごとに違った紅茶を楽しめる一品らしい。接客や余暇などのための紅茶いらずである。常に発熱していて保温性も完璧ときた。確かにこれは便利だ。ついでに言うとバウムが好きなナツナ茶は失神の魔法『パスルト』らしい。失神するほど美味しいんだろうか。


(会場の入口と同じタイプの鉄門だな…20センチはある、か)


 箱に収めてくれている係の人の背後で辺りを観察していたが、ランプの次の商品が出てきた時に見えたのである。それにしても分厚い。水圧対策だろうが、物々しさは別として頑丈さは中央銀行最奥の大金庫レベルだな。…閉じ込めてやろうかと亜美の奴にに脅されたこともあったなぁ…確か刀が収められてたんだっけか。あの刀、なんて名前だったっけ。

 おっと――忘れるところだった。


「すみません、先ほどの少年ですが、同席していた坊ちゃまのご友人が召使いに欲しいというので引き取りたいのですが、ご交渉願えますか。

 ――さすがに、商品ではないのでしょう?」


「は…ただ今相談してまいります。少々お待ちを」


 ランプの競りが中間にさしかかり、ステージに上がる5、6人。言い合いを眺めながらこれからの三手先をいくつか模索していると、戻ってきた係の人が、すぐにテーブルに向かわせる旨を伝えてくれた。包み終わると平静を装い直し、受け取るとそのままステージ脇から退出する。









「本当に競り勝ってきちゃったのね………うう、頭痛い…」


「どうしましたか、ファンナお嬢様」


 きらきらきらきら…! と後光するように微笑んでやる。お下品にもお嬢様は『けっ』とまるで下々のように睨むのである。何とはしたない。お仕置きが必要だろうか。


「…というかブックナー。マハル家って…」


「…………………………いや、ずっとヒカル兄さんを見てて思ってたんだよ。態度変わらないな、って」


 聞くとファンナが答えてくれた。

 マハル・マキシベーとは…俺の想像を超えた血筋の名門らしい。現当主はマキシベーの王の近衛騎士隊隊長であり随一の騎士。小国であり数々の戦渦に巻き込まれながらも生き残り、繁栄を重ねてきた『奇跡を起こす』と呼ばれた王家『マキシバム』の奇跡の一端にふさわしい、華々しい戦果。そして、それにも勝る忠義心はマキシベーが誇る華とまで呼ばれているほどである。…確かに、家の名にうるさそうなファンナが可愛がるには十分な家柄である。


「………………………………やばいんじゃないのか!? こんな闇オクに参加して…!?」


「そうなんだよ…どうしよう、また迷惑かけてしまうのか…

 ………………………………彼らに申し訳ない…」


「へ? 彼ら?」


「あ、い、いや! 何でもない」


 口を濁したブックナーを「はて?」と見つめていると、ファンナがとげとげしい表情で俺の耳元に口を寄せた。


「(マハルって知ってて近づいたんじゃないの?)」


「(俺その辺疎くて。詳しそうな奴もいるんだけど今別行動しててね。シュト-リアって言うんだけど)」


「しゅ、シュ…………………シュトーリア…!? えっ、ヒカル、あの子と知り合いなの!?」


 ファンナが眼を丸くして驚いてみせる。存外に世界は狭いらしい。


「ああ。ていうかパーティだぞ。なかなか強いだろ」


「つ、強いも何も…! 先日、組んだばかりだし…あの子がいなきゃヌヴァドラゴン落とせなかったもの! 手合わせしたいと思ってたのよね。あの子も大会に出るの?」


「…ドラゴンって…ああ! あの時のね! 悪い悪い、途中で抜けさせたの俺なんだよ、ごめんな。

 コロシアムは出るぞ。もともと俺とちゃんとした勝負がしたいからってあいつが言い出しての参加だしな」


 ラクソン公に金髪少女どもを連続召喚したときに間違ってシュト-リアも呼んでしまった時である。あいつ、そういえばドラゴンと戦闘中だって言うのにあんまり急がなかったな…武器屋まで付き合ったくらいだし。俺としては会話できて楽しかったけど。


「B級にあがったんだってね、あの子も。

 …彼女、強いわよ。私の神聖仮装を目視だけで盗んで見せたくらいだから、相当学があるに違いないわ。それなりに術式隠蔽(じゅつしきいんぺい)してるのに看破されるなんて、その道の学者レベルよ」


 元王宮魔術士だと言うことを教えてやると、「道理で…」と納得顔だった。なるほど、あいつもブックナーと同じ魔法剣を身につけたって事か。ていうか元々神聖魔法使えたんだから剣に魔法込めるくらい難しくないだろ、あいつに取っちゃ。


「(じゃあ、あんな子に頬染めさせながら、倒したいって言わせる相手って……………)」


「ん? 何か言った?」


「な、なんでもないわよっっ!」


 ふんっ、とそっぽむいてしまうファンナだった。


 ランプの競りが終わり(はっはっは、と満面の笑みのシーダル伯爵だった)、次なる商品の縦横二メートルほどの空中王宮を描いた大絵画がステージに上がり、感嘆と熱狂の声があちこちで上がる。


「…マハル家の方はこちらでよろしいでしょうか…」


 ガタイの大きい、タキシードにサングラスに胸当て、帯剣した兵士がお辞儀をする。その右手には鎖があり、彼の身体に隠れるようにして反発心一杯に不機嫌に口をつぐんだ少年が首輪でつながれている。衣服はこれ見よがしに生け贄が着るような礼服――この場合は商品用の奴隷服だろうか――で、仄かに石けんの匂いがした。髪が綺麗にそろえられているところを見ると、俺が言った後すぐに洗浄され着飾られたに違いない。


「あまり乱暴は…。ぼっちゃまの御前ですので」


 動かない少年の首を引っ張りかけた腕を止め、窘める。


「は。…こちらの鎖とこの鍵を。この鍵を持っている方の命令を聞きますので紛失されないようお願いします。それでは失礼いたします」


 兵士然としたスタッフを見送った後、ブックナーが毒づくように、


「で、一緒に買っちゃったわけだ」


「まーな。名義はファンナって事にしてるからよろしく」


「ちょっと!? 勝手に人を使わないでくれる!?」 


 さっきからぷんすかしているファンナの文句をかわしながら、少年に目を向けた。

 黒髪に…宝石のように綺麗な、赤い眼をしている。年は14、5。食を満足に取らされていないのか手も足も年齢にしては細く、目の下にほんのりクマもあった。


「名前は?」


 ブックナーが早々に聞いた。


「ない」


「ないことはないだろ。一応今は飼い主なんだし」


 ブックナーが続ける。うっとう惜しげにそれを見下ろしながら、


「飼い主なら名前をつければいいっつの。せいぜい不抜けた名前でも考えるんだな」


「あのなぁ…」


 なるほど、こういう奴だからショーに使われるわけだ。早死にしたいにもほどがある。


「名前は別に聞かない。俺達に協力するんだったらこの件が終わった後逃がしてやる。どこへ成りと好きに行けばいい」


「……………………なんだ、偽善か」


「いんやそうでもないぞ、殺されそうになったら容赦なく楯になってもらう。それくらいの覚悟でいろ」


「ふん、お前の執事は言葉遣いがなってないな」


 オークション幕開けの生け贄を嘲笑するような貴族達に買われては、どんな奴隷も良い生活などできはしないだろう。この憎ったらしい態度は殺されたいのか、それともプライドが高いだけなのか。


「――あいにくね。その男はこの子の執事なんかじゃないわ。もっとタチが悪いものよ」


「言ってくれるなファンナ。お前だってブラコンだか何だか知らないが…」


「ヒカル兄さんもファン姉もストップ! そこまで! …で、ヒカル兄さん。本心は?」


「内部の情報を提供してもらうためだ」


「……………呆れた。ヒカル、アンタもしかして」


「そ。競りよりこいつを確保する方がいいっていうのはそういうことだ。簡単だろ?」


 怪訝に俺を見る少年をニヤニヤと見返し、指を鳴らす。片眼鏡(モノクル)越しに見える拡大された赤い瞳が、パチリと瞬きした。







「ところで名前だけどさ、ブクオってどうよ」


 却下された。

 何も、三人とも声をそろえなくても良いのに。


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