三五話 邪神の契約と迷える貴族
「さぁ! ご来場の皆様方お待たせいたしました!! ただ今より『オークションキュベレ』を開幕させていただきます――!」
憎いほどに晴れ渡った空に、甲高い女性のアナウンスが響き渡る。反響したり遮蔽されたりして声は若干かすれてしまうが、一緒に鳴らされた号砲と至るところからの歓声が言葉の内容を教えてくれた。
「くぅうう! 俺も本当は健全な方が良いんだがなぁ・・・!」
裏オークションという本命があるとはいえ、それでも人が3000人は余裕で入る位の大広場だ。人は老若男女問わずステージに群がっていて、買い目的の人はよく見ようと前方を、オークションの雰囲気を楽しみたいだけのカップルや家族連れはそれを遠巻きに眺めながら双眼鏡で楽しんでいたりする。さっきナツの姿が人混みの中に見えたが、まぁ買うお金はないにしても田舎っ子のナツの事だからせめて見るだけでも! と言う気概が感じられないでもない。
――とまぁ、かくいう俺も泊まっている宿の屋上からその様子を双眼鏡で眺めていたりする。設営された大人一人分くらいの高さのステージには午前の部の品がお披露目として並べられているのが見える。こりゃぁコロシアム当日が怖いな・・・人混みで死人が出るかも知れん。
「やけに年季の入った双眼鏡だな、ヒカル兄さんの持ち物なの?」
「ああ、この双眼鏡はカウンターのおばさんに借りた。オークションの『入口』を聞いたついでにね。町にあるなら買っておいた方が良いかもだ」
いくら地下会場とはいえ、人が多すぎて近寄れない可能性があるからだ。実際に大広場のオークションでも、競りに参加する人は係員から赤い旗をもらっている。海の方角を何だか物憂げに眺めているファンナにさっき聞いてみたら、その品の競りに参加する人は前に集まって並び、値段を司会者に告げていくのだという。そして一度値を言った人もまだ値をつり上げるなら何度も列に加わっていい。そして最後の一人になるまで続けられて、ようやく一品目。人が多すぎるからゆえの苦肉の策だといったところか。
「ぅーむ、やっぱり双眼鏡買いに行こう。これからの旅で使わないとも限らないし」
「そうか、ヒカル兄さんは旅をしてるんだったな。・・・いいな、毎日が冒険、か」
「そうでもないぞ。今のところ行った町行った町で騒動が起きてるからもう安息できないっていうか。…まぁ、偶然だろうけどさ。ブックナーこそ学校っていいよな。戦う貴族、か。かっこいいじゃん」
屋上の縁に乗り上がるようにしてオークション会場やら街並みを見ている俺だった。そんな隣で背伸びして一緒に見ていた、俺の言葉に何やら感じたのか、棘のあるしかめっ面で見上げてくる。
「…ヒカル兄さんは貴族に対して偏見を持っているみたいだな。馬鹿馬鹿しい、貴族は元から貴族だったワケじゃない。きちんと戦争に参加して武勲を立て、その結果のし上がってきた血脈なんだ。戦う才能に秀でておかしいか? ていうかどうしてそんな不思議そうな顔で僕を見るんだ。またバカにしてるな? いいかヒカル兄さん、そんな調子で大会に出てみろ、パーミルやら、それかまた…………ファン姉にのされて終わりだ」
「――む、…それは大丈夫だぞっ、きちんと真面目に臨むさ」
「本当だぞ。また手を抜いたら許さないからな。本当だからな」
「分かってる、分かってるって。優勝トロフィーやらがっちり掴んで帰ってきてやるよ。死なない程度にな…」
何だか頬が熱くなって噛みつくように言い返す俺だった。何だか立場が逆だ、そうか負けるって結構恥ずかしいんだな。――って、
「…? どうしたブックナー」
何だか俺の顔の方をじぃ――っと見つめてるブックナーだった。ガラスの向こうに展示されたあのティアラを見ていたような、惚けた目をして。
――こういう所なんだよな、こいつを見てて妙にどきっと来るのは。まるで子供が親の後ろ姿を見つめてるような、妙な信頼感。だから悪い気はしないのだけど。ファンナに女装やら何やら色々されたらしいから昔を懐かしんでっていうのは分かるが…。
ふと思い立って、俺は目の前の双眼鏡に目をやる。
「お前も見たい?」
「……ちょっとだけ」
ぽそり、明日の方を向きながら言う。何だか反射的に手が伸びて、その茶髪をくしゃくしゃにしながら撫でてやった。
無抵抗だった。
――……――
ヒカル兄さんが双眼鏡買ってくる、と下に降りていくのを尻目に、僕はレンズを覗き込んだ。人でごった返している会場周辺、それからその広場を大きく囲むようにして円を描いている屋台らを流しみて、
――鉄さびが伴ったような扉が閉まる音と同時だったろうか。
少なくともそれを合図にはしたと思う。ファン姉が動いたのだ。
普段通りの足取りで僕の隣に来るファン姉は相変わらずの不安顔で、さっきヒカル兄さんが声をかけたときも上の空で。
「気にし過ぎじゃないの? ファン姉。
…昨日もだけど、うん、そんなに悪くなかったと思う。本戦も速攻で行けばいけると思うよ」
「…うん」
――この様子だ。ヒカル兄さんが飲み物を買いに行くのを二人して見送った後、唐突に僕にしがみついて重い溜め息を吐いてきて、聞いてみたのである。『ヒカル兄さんに勝った』という嘘のワケは…これはたいして分からないでもなかった。
無詠唱の風の中範囲魔法二発。
戦闘中ずっとの神殿障壁の使用。
あまりにもレアな魔力鎖の使用。
極めつけは『重力に見立てようとした』巨大な神殿障壁の二重重ね。
『上から、20×2×1.5(無詠唱補正)で60で、およそ4分半だったから270、鎖はどれくらいの魔力を伴っていたのか分からないけど…。
あの重力に見立ててた神殿障壁よ。割れた時音が二枚分あった。あの男、どういう理屈で操っているのか分からないけれど、二枚分発動していたわ…クレーターの大きさからいって直径7メートル、球面体積で計算しても約MP180×2×1.5(無詠唱補正)で540。
分かるだけでも最大MPが870もある。』
『そんなバカ、……………………………・・いや、ファン姉がいうなら、間違いないか…』
学校でも才女の名をほしいままにしているこの姉代わりは、いかなる相手であっても…たとえ何千回と手合わせした僕であっても、分析を怠らない。戦闘中であっても一挙手一投足から魔力使用のクセやら踏み込みのタイミング、一歩の距離と自分に攻撃が当たるまでの時間を常に計算している。
『だから、戦闘を中断したんだね』
僕が手合わせした時も、雷光を放つあの剣が投擲される瞬間、その目視でも分かる魔力量にぞっとした。ふざけて僕に抱きついてきたのも、きっと内心理解不能でどうしようもなくて、家のこともあるから、何とか無様な負けはすまい、逃れよう、と必死だったのだ。
『じゃあ僕が潰されたのも、』
『重力じゃなくて【神殿障壁】よ。障壁発動に関しては恐るべきの一言に尽きる。発動の予兆もなければ魔力漏れの体光もなかった。それこそ重力に見えるほどにね。
…障壁使い、と言ったところかしら』
ヒカル兄さんは帝都の例の新技術を使っている様子もなかった。
すぐ後で倒れるほど酔っていながらファン姉相手に『一歩も動いてなかった』。
すでに校長からBB級と太鼓判を押されているファン姉を、ただただ膨大な魔力量だけで圧倒した――。
『ブックナー。あの男、何なの? あんな反則的な魔力量。…ギルドだから問い詰められるけど、…正直聞くのが怖い』
『ファン姉らしくないな、またいつもみたいに弱点をひねり出して勝っちゃうんじゃないの? ファン姉って二回目で負けた事ってパーミル以外にいないじゃん』
トーナメント形式だったから、準決勝でパーミルに敗れたけど、実質二位だ。箱庭の二スタリアンでは教師陣をも凌ぐ実力で、しかもギルド協会副会長の一人娘としての価値もある。ある意味、今代の二スタリアン戦士学校代表の筆頭だったのだ。
『ヒカル、か。
…あと五日しかないわ。パーミル相手には策はあるけど…この五日間をヒカルの対策だけに費やしたとしても、足りるかどうか。
ゼファンディアの魔法生徒もいるのに、それ以外であんなのがごろごろいるかもしれないなんて…世の中信じられなくなりそう。どうしよう、ブックナー』
屋上から下を覗くと、ちょうど宿屋の入口からヒカル兄さんが出てきたところだった。遠目でも分かるオークションの人混みに圧倒されているのかやや呆れた感じだ。ファン姉も気付いたのかその姿を捉えるも、すぐに目を逸らす。一瞬だったが嫉妬と羨望がこもったのを僕は見逃さなかった。
『……やっぱりその年で知らない相手と結婚なんて、いやだもんね』
『うん、家から自由になるために二スタリアンに来たのに最後の仕上げで現実を見せつけられた感じよ。
………………やだよ、お嬢様した生活なんてまっぴら。私使ってまだ上を目指そうとしてる魂胆も見え見え。…強欲なんだよ、うちの親は』
『ファン姉…』
…僕は家督についてはしっかり継ぐべきというスタンスだからファン姉が望む言葉はかけてやれない。安定した家督継承は付近に住む住民の安息にも繋がる。良政は貴族の義務だ。でも気持ちはすごく分かるのだ。
もしかしたら兄さんもファン姉と同じ悩みを抱えていたかも知れない、から。
二スタリアンに入ろうと決めた時も、兄さんの気持ちが分からなくて、同時に自分も強くなる必要があったからだ。
(兄さん…わからないよ、大会に出られるくらい強くなったのに、兄さんの背中を追ってきたのに、それでも兄さんがいなくなった理由が分からない)
双眼鏡を持っていながら、そのレンズの縁だか輪郭だかを捉えるばかりで景色なんて目にも入らなかった。気付けば僕もファン姉さんと同じ、暗い表情をしていた。
(…………ちゃんと張られてるよ、コロシアムの前に。
兄さんの…名前で。
会いに来てよ…! ブックナー兄さん…!)
…しばらくオークションを見物したあと、三人で喫茶店で昼食をとり、ついでだから裏オークションのことについてファンナに話した。ファンナは家の問題があるからおおっぴらな協力できないといったものの、逃走経路は準備してくれるとのことだ。十分共犯である。ブックナーにねだり倒させたのが功を成したらしい。
「はぁああ!? ギルド協会の副ぷ、」
「(ヒカル兄さん、しぃー! 人を集めちゃうから!)」
驚きで声が駄々漏れてしまったのを隣のブックナーが口を押さえてくれて助かった。…で、でもどれだけVIPなんだよこの女…! ギルド元締めのナンバー2の一人娘ぇ!? ヤクザで言ったら若頭かよ、とんでもないな…!
「いい事なんて一つもないわよ。二スタリアンに来るまでは外で走り回るのだって『女性のやる事じゃない』なんて真面目に言われて。最初は、許嫁とかいって父親が連れてきた子豚みたいなグズ同様に太れって言われてるのかと思ったくらいよ」
許嫁嫌がる話は結構あるけど、そんな言いぐさ初めて聞いたよ俺は。
「政略結婚か。その手の話は知り合いが悩んでたけど、俺には難しいなぁ…」
まぁ一時期許嫁の話で鬱になってた三六九に話したところで、あいつが解決策を授けてくれるとは思えない。未来で『そうなっていれば』どうしようもないのだから。
その点、ミナは肝が据わってた。俺に尽すことに使命感すら感じている姿は、傍で見ていてそれだけでプレッシャーになる。蝶よ花よと育てられてきたならばこういう形の反発も仕方ない、か。
「家出すればいいのに」
「…ヒカル兄さん、貴族ってのはそう簡単に意志決定できる物じゃないんだ。何よりも家督の維持と継承が優先される。ファン姉が言ってることは、一団体の副会長であり社会の上層部としての貴族としていうなら、子供のワガママみたいな事なんだから。
安易に家を捨てることで、継承者争いや権力推移の問題で代わりに何十人、何百人という人間が傷つくかも知れないんだぞ」
…そんな事言われたって、元が一般市民な俺に言わせれば他人事なのだ。どっちに転んだって後悔するなら、自分にとって幸せな方を取った方が良いに決まってる。
「あれ? そんな箱入り娘で育てられたはずなのに何で今は戦士学校なんかにいるんだ?」
「父が出した条件よ…ギルド協会の代表の一人としてふさわしい結果と実力を身につけたなら、結婚相手は自分で選んで良いってさ。だから私は、この大会で優勝して家を飛び出してやるのよ」
名か実か、どちらかがあればいいって事か。うーん難しい。
「ヒカル兄さん。ちなみに、そのファン姉の許嫁ってゼファンディア魔法学校の生徒会の副会長しているらしいよ。コロシアムにも参加するみたいだ」
「いいじゃんそれ、公衆の面前で両者合意の元、合法的にタコ殴りじゃないか」
「バカね、そんなこと出来るわけないじゃない」
「そうだよ、相手は許嫁に選ばれるほどの名家なんだから、」
「…殴るだけじゃなくて殺しても良いのよ」
「ファン姉そんなに思い詰めてたの!?」
ブックナーと違って俺はうんうん頷いてたり。そいつが悪いワケじゃないけど殺したくなるくらい憎い奴っているよな。実際人と成りも酷いかも知れないし。でも俺が直接被害にあったワケじゃないから俺が手を下すわけにも行かない…。
奴隷の解放についてはファンナは何も言わなかった。彼女の立場では賛成とも反対とも言い難いんだろう。
「私は……………………………」
答える必要もない答えを窮して俯いて、額を出した長い金髪姿が何だか葛藤してみえた。
そんなファンナを見ていると、さっきまで家督にあれこれ言っていたブックナーが、何だか自分の感情を優先に動けてる気がしてならなかったのだ。
――ようやく、ブックナーが子供だと言っていた理由に思い至った。
「お前はそれでも自分に正直な方なんだな、ブックナーって」
「……自分で許せないことはしたくないし見過ごしもしたくないだけだ」
――さっき自分で言った、家督やその他の人々を投げ出してでも?
子供か。
なるほど、俺はブックナーの見る目を変えなきゃいけないらしい。
少々、…舐めていたみたいだ。
知人に用事がある、とファンナ。彼女と別れた後、俺達は変装用の服を買いに出かけた。こんな所に店があるのかというくらい人気なく日も差し込まない狭い路地裏に連れて行かれたかと思えば、赤い煉瓦の壁に同化するようなドアの店があった。店だと分かるのは、ギリギリトイレの小窓かと思われるくらいの小さな覗き窓がついていたからだ。ただノブがない。
「…お前こういうとこ何で知ってんの?」
「寮を抜け出す時に使わせてもらってる。変装道具の専門店だ。…クラスの奴から聞いた」
ブックナーは路地の左右を見通して人がいないことを確認した後、ドア前の煉瓦を一つ奥へ押し込んだ。すると煉瓦の壁が人一人分入る位の大きさで回転ドアのように動く。ブックナーに遅れないようにドアをすりぬけて、つっかえがはまるような石の音がして締まる。
「むぅ…濃いキンモクセイみたいな匂いだなこれ…!」
咽せるような香のような匂いで眩暈がしそうになり、反射的に鼻を覆う。店内は薄暗く灯もなく、客に対する配慮なんて考えてないように思えた。ぱっと見は雑貨屋で、置物やら服やら宝石やら毛皮やら魔人が出てきそうなランプやら、何だか光ってたりよどんでたりする異臭を放つ薬瓶達など統一性がない。カウンター近くの巨大な水槽ではサメを頭部だけにしたような生き物が金魚みたいなサイズであふれかえっている。何か可愛い。
そもそも客が来るのかという疑問もあるが、品があり値札があるところを見ると機能しているようだ。ただ、値段がどれも一桁多い。
「ヒカル兄さん、匂いは強いですが一応きちんと吸って下さい。そうじゃないと店の人に怪しまれます。これは黙秘の香なので。依存性はないから安心して良いですよ」
「…なるほど、こういうところが潰れてない理由は一重に捕まらないから、か」
見繕ってもらいます、と顔なじみらしい店主の婆さんに話しに行くブックナーをよそに俺は店内を見回す。
(オークションに参加しなくても俺好みのありそうだな…)
惜しむらくは刀剣類がないところか。アクセサリーで良いのがあればラッキーといったところ。
「ふむ。ちょっと俺の鑑定眼は信用ならないからなぁ…」
俺は一度外に出ると空から透き見の杖を呼んで手に取り、再度入店する。
「……ぬし、それは……」
ブックナーと話し中だった婆さんが入ってきた俺の手元に気付き、
「透き見の杖。ちょっとパチモンか分からないから見させてもらうよ」
「……なぜぬしが持っておる。
イグナ教皇国の宝物庫で封印されていたと聞いていたのじゃが…」
「封印されてたのが流れたらしいよ。
…ていうか、封印されていた物だとよく分かったね? 別の機会で見たことあるの?」
こういう店みたいな裏取引を営むからには、危険物の知識と教養がいる。そして教養を受ける『機会』がいる。情報化されていないこの世界では『知っている』と『知らない』との差はすごく大きい。
「いや…………いい。昔の話じゃ。勝手に見ておれ。透き見の杖に誓って言うが、ワシは偽物など並べん」
「…みたいだな。値札と内容に偽物がないってさ」
透き見の杖を持った俺の眼前には俺だけにしかめないホログラムで『店内の虚偽物 0%』と表示されてある。まぁ気をつけないといけないのが、値札の名前に『宝剣』とか書かれててもこういうのが嘘じゃないってことだ。見落とさないようにしないとな。ちなみにこの婆ちゃんを透き見の杖で見てみたら過去にイグナ教団で神官として働いてたことがあるらしい。こんなこったろうと思った。
「ヒカル兄さん、ちょっと寸法計りたいから来てくれーっ」
「ん? ああいいよ」
長い黒木製の定規で測った後、『ちょ…っと動かないでくれ。お願い』と何だか照れながら腹回りに抱きつくように手をまわす。その腕の輪を確かめるようにしながら服が掛かっているコーナーへ歩いていくブックナーを見ながら、
「婆ちゃん、あいついつからここに来てるの?」
「客のプライベートに関わるゆえな、答えられん。
どうじゃ、めぼしい物はあったか?」
「んーどうにも、見始めたばかりだしなぁ。でも普通の道具屋やアクセサリー屋と違ってまともなのが多そうだ」
「まともじゃないの置くのがこの店のポリシーなんだけどねぇ…」
アマガエルの肌をそのままローブにしたようなヌメッとしてそうな見た目のローブを着た老婆はひっひ、と笑ってみせる。いやだって、普通の店に置いてある物は基本的にしょぼいし。せいぜい呪いの品に良い物があるかどうか、だ。外観とかね。実用よりも見た目が怖ければそれでもいいというか。
ちらり、カウンター横の薬草瓶を見てみる。確かに、見た目の薬草なのだがあら不思議、煎じて飲めば何の毒か特定できない毒草だったりする。一〇〇〇〇円と暗殺にしては安価だ。気をつけよう。
「…そうだな、呪いの品はある? 何でもいい」
「生憎、もうオークションに送った後だがね」
「裏の?」
「さぁ、知らんがの」
できるだけ出展者も隠したいってワケかな。なるほど、会場全体にこの香が焚かれてたりすればバレることもない――。
能力アップ形のアクセサリーを紹介してもらってる頃に、ブックナーは二着ほど見繕って帰ってきた。
「テーマは執事と子供主人にしてみた」
「俺が主人でお前従者よな?」
「僕が言うのも何だが、ヒカルには威厳がない」
――まさかこの年で執事服着せられるなんて思ってもいなかったわけで。
宿屋に帰ってぶーぶー言いながら、なんだかんだ言って執事服に着替えた俺は鏡の前で襟などにしわがないか確認する。三六九専属の運転手が確か執事服を着こなしていたから、ボタンをどこまで止めればいいかとかは思いだし思いだしで。タイは結び方が分からないので後からブックナー辺りに結んでもらうつもりだ。時間も開場一時間前といい頃合い。先に並んでおいたほうがいいと思ったのである。
「片眼鏡って案外安定してるのなぁ」
銀縁の丸レンズ。これも例の専門店でブックナーが選んだ奴で、レンズ右上のねじりを捻ることで魔力が込められ度数が上がる優れものだ。遠くを見るのにすごく役立つ。着替える前はしばらくこれで窓外を見て遊んでいたくらいである。
「へぇ、案外さまになってるじゃない」
襟のボタンを上まで留めたところでドアが開き、ファンナが俺を見て開口早々花が咲いたように笑んでみせる。ドアをしめたかと思えば近くの壁に預けて腕を組み、俺をじっと見つめてくるのだ。
「くっそー…。まぁ立場的に言えばこれが正しいんだろうけどさ」
俺は一般人でこいつ等は貴族だし? マナーとかも元世界の知識が役に立たないのなら純な貴族であるこいつ等に客の相手してもらった方が良い。執事な俺に話しかけてくる奴がいるとは思えないしな。
ファンナの笑みが、――いつしか口だけになっていることに気付いた。
「…ギルド協会に問い合わせてもらったわ。後二件の掃討依頼でBB級だってね」
「へぇ、ホント? あがったら少しは金額も上がれば良いんだけどな」
「アンタ、何物よ」
口すらも笑みを忘れ、積年の敵を見つけたかのように睨んでくるファンナだった。
「魔力が893だって…?
アンタもしかして噂の、ゼファンディアの隠し玉じゃないでしょうね。
もしそうなのなら、この場で捕らえてその技術の秘密、吐いてもらうけど」
「技術?」
「恍けないで。何か違法なドーピングでもしない限りそんな数字、あり得ないもの。
年も近い。魔法学区に在籍しててもおかしくないわ。
何が目的よ。…いや聞くまでもないわね。お人好しなブックナーや私に危ない橋を渡らせて大会出場不可にさせるのが狙い? ライバル殺し、か。ふふ、だとしたら性格の悪さは噂通りってワケね」
「…あのな、ファンナ。何言ってるか俺にはさっぱりなんだが」
「答えなさい。さもないと、アンタを生きてこの部屋から出すことは出来ないわ」
「なんでだ」
「私だって、危険なライバルは減らしたいからよ。ごめんね、私も性格悪くってね」
…なるほど、合理的だ。
俺がその技術を知っていれば、それを吐かせることでコロシアムで勝つ勝率が上がる。知らないにしてもライバルはこの場で消せばいい。殺すことはなくとも大会出場が不可能なくらいに痛めつければ十分だろう。MP893があり得ないというのなら、その『技術』やらを使っている可能性が高いという賭けも、あながち悪くない。
「違うって言っても信じないんだろ?」
「どうしようかしらね。態度で決めるわ」
ゥン、と彼女の手が薄紫の光に包まれたかと思えば、彼女の右手に矢筒から飛び出た宝石矢が四本かぎ爪のように掴まれていた。
まぁ仕方ない。ブックナーの話だとこの子は頭のキレるタイプらしいし、戦闘中魔力を手加減していたところでどうしてもその魔力量の矛盾が生じ、そこから疑問を抱かれる、と言う可能性は分かってはいたのだ。
だから今まで、基本的に一撃必殺で来た。
重力魔法と言い逃れてきた。
だがファンナには、自らを押しつぶしたその正体が神殿障壁だとバレてしまってるしな。
「ファンナは4つも間違ってるから指摘しとこう。
一つ目に俺はその魔法学校やらとは全く関係ない。捜索依頼があったから気になっている程度だ。
二つ目にドーピングでもない。重力だよ。魔力を重力で集めて神殿障壁使ってただけさ。俺の魔力数値が高いのはそういうこと。
三つ目は俺が奴隷達を助けたいのは、自分がその事件に関わっちまったからだ。奴隷達の出展者に用があるだけ。コロシアムなんて、ある奴と手合わせできれば興味はない。優勝したいならお前と当たった時辞退してやるよ。
そして、四つ目――」
一秒以下で高速拡大した神殿障壁がファンナを壁に磔にする。ファンナは反射的にかぎ爪を振るおうとするも。
ごと、ごとごとん、と宝石達が転がる。
矢の先が鋭利な刃物で切り取られたかのように、ない――。
見れば、小さな障壁が4つ、自分の矢の途中を食らうようにして滞空しているではないか。 切り取られた矢の柄が、玉のような障壁が消えると同時にカランカラン、と床に落ちる。
「ファンナが話してくれた俺ってちょっと正気じゃなかったぽいね。
例えば、酔ってたとか。手加減にしてはサービスしすぎてるし」
パチン、と指を鳴らすと、部屋の隅でごちゃごちゃしていた呪いの武具達がおどろおどろしく蒼やら赤やら緑やらに発光しながら俺の背に手狭に整列する。
開いた窓からは青光する稲妻を纏ったアクェウチドッドの雷剣と六色宝珠の黒刀、引き絞るミュルーズアーツ。
俺の肩に乗る紫の魔力に包まれたテツは、それら武具達の指揮官のように磔にされたファンナを冷たく睥睨する。
「俺は今のところ、賞金で天幕車買いたいだけだから。
勝ちたいっていうなら、そうだなぁ、5、60万でこの中のどれでも貸してやるよ」
部屋が七色に蠢く中、俺だけが普段通りに、着心地悪い執事服に肩を回した。