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三三話 邪神のほろ酔いとVSアマゾネス(前)

――西暦2009年7月22日 日比先(ひびさき)医科大大学病院13階隔離指定病棟第一号室――



「で? 三六九君には結局友達はいないの? いないんでしょぉ」


 何ともはや人をバカにするような真面目な紅顔をして舌っ足らずに聞いてくる一三才の女の子だった。少なくとも僕――綺卿三六九の脳内では、そう。

 広々とした病室の左を必要な分だけ使っていた僕は、相部屋が欲しいと注文つけたのだ。昨年から同室の彼女は、ドアから入って右を雑多に陣取っている。

 肩甲骨までくらいの、生まれてからずっと伸ばし続けてますよと言いたげなやや茶髪なストレート。一七歳とはとても思えない一〇代前半の童顔と幼児体型をして、僕と同じようにベッドに半身を起こし、もぎゅもぎゅとヒモみたいなグミをちゅるちゅるほおばっている。寒いのか手は布団の中に入れたままだ。


 ずずっ、と僕は紅茶をすすりつつ、ぴくぴくといらだちにつり上げられた口元が冷静さを失わないように我慢しながら、


「…君ね。人がせっかく父上から良いダージリンが届いていただいてる最中だってのに目の前で緑茶なんか飲むの止めてくれるかい。苦痛だよ、そんな草茶、鼻が腐る。君はそれより牛乳でも飲んだ方が良いよ色々な意味で。体型について潔いのは僕も認めるから。

 友達? 必要無いのだから良いだろう、君だってまともな友人の一人や二人連れてきたらどうだ、ちょこ」


「三六九様、手の震えでお紅茶が零れてしまいます。

 ――千世子様もお戯れはその程度にお収め下さい」


 傍らのメイドが眼を閉じ、静謐(せいひつ)に言う。身長170センチのブリタニッシュメイドを体現している彼女の名前は『鬼神原(きしんばら)理生(りお)』。ショートボブだが、地面に届かんばかりの長いもみ上げは彼女が走れば竜のヒゲにも見えるかも知れない。同い年にしてはずいぶん大人びている。比べる対象がちょこだから仕方ないのかも知れない。

 強く静かな顔立ちに黄金のバランスで乗せられたカチューシャは、彼女の意志すらこの僕、綺卿(ききょう)三六九(みろく)のものであることを示す主従の証だ。僕の手足であり、秘書であり護衛であり、抱き胸枕である。自己表現を元来知らないような理生に表情があるというのなら一度は見てみたいというものだ。ほら、今だって下乳をもんでいるのに何の反応もない。つまらん。


 理生に注意され、ちょこと呼ばれた少女は「へ」と白々しいそっぽで窓外を向く。彼女の傍らには限りなく一頭身に近いフクロウ(彼女に言わせるとコノハズクらしいのだが)が痙攣しながらあくびしてる。あれは生物なんだろうか。それともやっぱりお馴染みのオカルトの一つなんだろうかと密かに気になっていたりする。


「私にはもえちゃんがいるからいいもん…でも三六九君を尋ねてくる人全員依頼関係じゃん。電話もそう。三六九君が、いつも金づるだって言ってる人達のことだよ」


「お金は友達じゃなかったかな。大事にしないとね」


「三六九君だって学校行ってた時があったんでしょ?」


「…君は僕がちょっと漏らしたことでもよくそう覚えていられるもんだ、全く。

 普通の優等生だったがね」


「嘘でしょ? ね、嘘でしょ」


「一瞬くらい迷ったらどうだい」



 ――……――



 ――春先くらいだったか。初見の依頼人で、四億から負けろと言ってくるのでいつものように突っぱねたのである。ちょこがグミを食べ、僕は電話越しに相手を置き、談『笑/商(しょう)』していた時だった。途中から相手にするのが馬鹿らしくなった僕は紅茶を飲みながらスピーカーにして話半分に頷いているだけだったが、


『三六九さんよぉ、成木…ったっかなぁ? 中高一貫のそこに通っていたことは分かっている。

 あんたのご友人もいらっしゃったんだろう? 悪いことは言わねぇ。

 これから俺達に予言で尽せ。さもなくばそいつ等を全員殺す』


 …なんていうセリフが、病室いっぱいの静けさに響き渡った。


「…三六九君、ちょっとこれ、は――」


 僕とは別の意味で『百戦錬磨』の彼女は即座に表情を引き締めた。

 彼女――海々三谷(みみみや)千世子(ちよこ)も僕と同じくオカルトの生き証人であり、かつ、勝利してきた者だ。現代で言うなら権謀に長けた『探偵』に位置する僕の同居人は――やはり僕と同室たり得る資格と血筋を持つ…知る人ぞ知る名門の、一人。


「そうだなちょこ、勝負してみるか?」


 そんなちょこを見ているとどうしてもふざけたくなる。


『おい、このクソガキ、聞いているのか!?』


「うるさいな、黙っていろ塵芥(ちりあくた)が。弁えろ、お前の存在よりこの特注の受話器のスピーカーの方が高価(たか)いんだ。

 ちょこ、…三日のうちにこいつ等を捕まえられたらちょこの勝ち。捕まえられなかったら理生がこいつ等を殺して僕の勝ち。どうだ? 五つ星のケーキを一ホール賭けてあげよう」


「もーっ、私の前で殺すとか殺さないとか言わないで。どっちも!」


 人の友人の命を人質に取っているというのに聞く耳持たずな同室人は、頬を膨らませてぷりぷり怒っている。電話のスピーカーの向こうでは再三確認の脅しがかかってくるが耳に耐えないので音量を少し落として紅茶をまた口に含んだ。


「つれないね。

 さて…六柔(むじゅう)様。はぁ…何度も言いましょう。依頼は、断わらせていただきます。なお、僕に友達と呼べる人間はもうこの世にはいないし、クラスメイトにも会う予定にないらしいので勝手にやって下さい。はっきり言ってほしいですか。だから、僕はもう知らん。勝手に喚いていろ。

 ただ、貴方がクラスメイト…日本の政界や一四の大企業や、僕…つまりは女王陛下を相手に奮闘するというのなら見物させてもらいましょう。劣勢に情けをかけて予言を授けるかも知れません。貴方の死に場所の、ね。


 ――そうだ、サービスに一つ予言を授けましょう。


 『彼女』の手で社会的に死ぬか、『僕』によって物理的に死ぬか。

 どちらにしろ、貴方の立場(・・)は三日後に死にます。

 例外なく。

 余生三日をお楽しみあれ」


 今まさに殺されたかのように、百の言葉を押し殺した憤怒の声がスピーカーから漏れ、捨て台詞すら許さずに、消えた。


「…くくく、もういくのかい? 随分ケーキが食べたいと見える。君が好きそうなスイスあたりの子供っぽい味を用意しよう」


「…総監さんにまたデータベース借りなくちゃいけないからね。おねだり倒さないといけないし。お菓子くれるからいいんだけど。

 あと、次子供っぽいっていったら、今度から三六九君の顧客に黒歴史をばらしていくから。心の中で笑われながらお仕事すると良いよ。素敵でしょ?」


「素敵だね。常に人を笑う立場である僕が笑われるなんて日が来るとは思いもしないさ。すると今から君が病院を抜け出すことを僕は酉富(とりとみ)さんに言いつけないといけないわけだ? サービスで、また酉富(ドリフ)って言ってましたよ、って付け加えてやる」


「あー…ぅ、ってことは何? この賭けって私が酉富さんから逃げおおせるところから始まってるの? あぅーまた怒られるのやだなぁ、わたしガミガミ嫌いなのに…。何でいつも三六九君はそう意地悪なのさっ。絶対後悔させてやるんだから…! イーッ、てさせてやる、イーッ、って!」


 対岸のベッドでは幼女がよいしょと身を起こし服を着替えているところだった。

 赤いミニひらプリーツスカート、これまた赤い毛皮(ファー)付コート。マフラーをぐるぐる巻いただけのようなターバンハットをかぶり、人形みたいな痙攣するフクロウをその胸に抱いて。

 

 僕には見える。ちゃんと三日後ちょこはここにいて、下半身を包帯ぐるぐる巻きにして理生からケーキを食べさせてもらっている姿が。ちょこはああ言うが…この賭けは、最初からゲームにも成りはしない。こんなもの、ただの暇と勢いに任せた遊びだ。…正直認めたくもないが、このチビは知略や権謀で非現実に対抗しうる。オカルトを相手にしてもルールを掴んで丸裸にしてしまうからには、僕の予言にさえ天敵たり得るのだから。


 でもどうしてだろう。

 ちょこをからかっていると、まるで坂月ヒカル(あのバカ)がいた時のように、楽しい。


 (あいつ、何、してるのかな――ま、死なない程度に苦しんでるだろうが)


「ふっくくくくくく! さぁさぁ、ゲームスタートだな――」


 僕は嫌みったらしく掲げたナースコールを、見せつけるようにポチリと押した。









 無性に肉が食いたいとブックナーにわがまま言って探してもらい、地下街の料理屋に入った。豪快に焼いた二キロくらいの肉をデンとテーブルの真ん中に置いてそれをサラダやそのほかの料理で囲み、いただいている。隣のテーブルでは重剣を机に立てかけた豚の獣人がチャーシューみたいなのをこまぎれに刻んでいて、竜顔の獣人がそれを爆笑。共食いだろ! って言う辺り、じゃあこの世界にも豚がいるのかな…なんて思った。ピアノの鍵盤を縦向きにしたような楽器を店員がジャズ風BGMに弾いていた。店員の薦めでナツナ酒を頼んだが、あまりお酒に強くない俺にも飲みやすくてうまい。


 ブックナーがトイレに行っている間に、お子様用のデザートを注文してやったぞと言うと、何だか僕は大人だヒカル兄さんが子供だとかいう話になって、からかい合い、悪口の言い合い、にらみ合い、肉の脂を投げつけ合い、取っ組み合いになりマウントを取るか取られるかの瀬戸際を楽しんでいると背中から声がかかった。正気を取り戻した俺は最初こそ『お客様…(怒)、すみませんが奥の事務所まで』的な展開になるのではと冷汗かいたがそんな事はなく、


「あ、ああああ! アルレーの武器屋のおっさんじゃん!? やっぱり明日のオークションに?」


 ナプキンで顔の肉脂を拭きながら、通りかかった店員に彼用にもう一つ席を用意してもらうよう言うと、結構だ、と断わる親父。もう夕食は食べ終わったらしく、今から『夜のマッシルド』に繰り出しに行くぜと下品に笑った。妻帯者な彼には一ヶ月に一度の楽しみなんだろう。坊主もどうする? と薦めてくるがブックナーを指さして苦笑いした。


「今いくつだ? 一人で小便いけるんだったら問題ねぇよ」


「一四だ。今ヒカル兄さんを誘ったのはどういう話なんだ? 一人でトイレとはどういう関係がある? 気になるからついていくぞ」


 吹き出しそうになるが耐える。まさか今飲んでるナツナジュースで酔っぱらってるわけでもあるまいに、何だか積極的なブックナーだった。男の子だなぁ。


「一四か! 坊主、一四っつったらもういい年だぜ。女を覚えてもいい頃だ」


 へっへっへ、とブックナーと俺の肩を叩いてくる親父。今気付いたが、彼の両足の所には今日仕入れたらしい武器数十本が束になってヒモで結ばれてある。来ることは知っていたが、わりと上品な店で鉢合わせになるとは思ってもいなかった。


「お、おんなぁ!?」


「いや、おっさん。こいつにはまだ早いよ。というか俺にも早い。というか困ってない」


 すでに四人毒牙にかけている身としてはもう今更な感じがする。いついかなる時でも、って方が俺にとっては重要なのだ。金を払うなどと言語同断である。むしろ求められたい。


「不潔な! 不潔だっっ…ひひ、ヒカル兄さんいつもそういうことやってるのか!? …あのエッ………ッチな本といい…!」


 行商で買ったあのエロ本三冊である。ベットに投げっぱなしだったのを邪魔になって引っ張り出して悶絶したと見える。写真がないこの世界だと、あれくらい男子の嗜みだと思うが――一冊は『女奴隷の調教日誌』っていう題名であることはバウムに何とか読ませて教えてもらっている。そうだ、帰ってからブックナーに音読させようそうしよう。

 ぶつぶつ赤い顔をして俯いているブックナーをよそに、俺は聞きたかったことを聞いておく。


「そうだおっさん、夜の街は良いから裏オークションの場所教えてくれよ。明日から何だよな?」


「ああ、良いが………声は出来るだけ小さく頼む。どこで警備が聞き耳立ててるかわからねぇ」


「はい了解。

 …………………ふむふむ。

 へぇー、地下か…」


 公のオークション会場の大広場の地下に目的の会場があるのだという。津波対策の避難シェルターらしい。大量に人が入れて、かつ多少声が漏れても地下街の音だと誤魔化せるというからうまいこと見つけたなぁと思わず感心してしまった。


「入口は各宿屋に設置された階段だ。宿の主人に『会場へ行きたい』って問い合わせてみれば分かる」


 じゃなぁー! と店を出て行くおっさんを見送る。さぁ、明日のために食べて、さっさと宿へ帰るか――。


「おいブックナー」


「…男だからって…いや男だからこそ慎み深くだな、兄さんみたいに紳士で………でも野性的な方が男性って感じもするし、なよってしてるより自信満々な方がかっこいいし…ってはいヒカル兄さん呼んだか!?」


「いやもういい」


 ナツナ酒が回ってきたか、何だか言葉を連ねるのが億劫なので黙る事にした。

 肉厚なモホモス肉のステーキを噛み切りやすい大きさに切り分けていただく。ブックナーも落ち着きを取り戻したのか食事を再開した。カチャカチャ食器をならしながら無言で机の上の料理を片付けていく。なぜかは分からないが会話がなくなって、頼み過ぎだったかなと思われた料理はスムーズに減っていった。


「………………ヒカル兄さん、どうしたのさ。ギルド出てから妙にカリカリしてるじゃん。真剣に遊ぶって何? 今はコロシアムが目の前にあるんだからそっちに集中するべきじゃない?」


 ブックナーは食事を中断して言う。傍らにフォークを置いて、いかにも今から集中的に話すぞ、といった風情だ。俺はブックナーには合わせずに食べ続けた。とっくに腹八分は越えていたが。


「俺は別にコロシアムしにここに来たワケじゃないんだよ。竜剣があるっていうホムロス森林に行くにはここを経由していくのがラクだったから、ってだけさ。コロシアムなんて寄り道以外の…何物でもない」


「じゃあ、裏オークションはなんなのさ。奴隷を買う? どうせイヤらしいことさせるんだろう。たまにあくどい笑い方するし。(よこしま)だっつの」


「アーラック盗賊団って奴がそのオークションに関係してるんだ。そいつらは知り合いの村を襲った。だからぶっつぶしたい。それだけさ。いいから食えよ」


 フォークで促すが、ブックナーは自分のを手に取ろうともせずにこちらを見続けてくる。悪事を問い詰められているような感じがして、なんとも今のブックナーの眼は見返しづらいのだ。


「大人じみてるな、って思ってれば、子供みたいだし。どっちがヒカル兄さんなんだ? 分かりにくいよ」


「あーもう…! いつものことなんだ…。鬱になるといつもこれだよ。

 俺元々文系なんだ。一回悩み出すとどうすれば良いか、みたいにずっと悩むんだ。大体気持ちの方が時間ぎれして忘れるみたいな感じに終わるんだけどさ」


 大体答えにけりがつかない。後悔は結局後悔だけにしかならなくて、諦め以外に答えが見つからない。次からは絶対に間違わないように、と思っててもどこかで気が緩んで、忘れて。


「文系ってどういう意味だ?」


「頭でっかちって事でいいよ。面倒臭いのさ。…あいつみたいにサバサバ出来たら良いんだけどな、きっちり割り切れる奴はすごいわ。生まれながら、には勝てない」


 三六九みたいに数字で人の命をやり取りできる人間はそういない。ちょっと言えば『薄情な人間』って事だが、割り切れるのなら『潔い人間』って事でもある。

 金持ちに生まれて小さい頃から命を狙われるからには、切り捨てる教えを幼少時から念入りに詰め込まれるんだと。

 …メディアや、おそらくこの世界でも、貴族は誰よりも先に戦場を離脱するだろう。それは臆病でも何でもなく、そう教え込まれたからに過ぎない。

 兵は自分達の時間稼ぎ、なんていう言い方も方便なんだ。そう言い聞かせることで薄情になる。自分さえ切り捨てられる三六九こそ本物なんだが、貴族だって人間なんだから、モラルはどうしてもつきまとうのだ。一般的なモラルに浸りきって育った俺に、奴の真似が簡単に出来るもんか。


「分からない…ヒカル兄さん。説明してくれる気はないのか? そう思わせぶりなことを一人ごとされると、傍で聞いてる僕が、気になる」


 (あいつ何してるかな…)


「…はぁ。まぁ他に話すネタがないみたいだし。盗賊団のくだりだけ話してやるよ。その代わり、お前腕立つんなら手伝えよ?」


「もちろんだ。僕だって正義のために振るえるならそれに越したことはない。ヒカル兄さんもそうなんだろ?」


 強さへの信頼の眼が、痛い。慣れない。いっそのことシュトーリアやミナみたいにバカみたいな魔力に呆れてくれるくらいがちょうどいいのに、純粋に信頼されるとこうもこそばゆい。


 いやいやいや、と苦笑いしつつも本気で否定した。


「正義の味方は、まだ初心者なんだ俺」








 マッシルドの夜は、酒飲みと馬鹿笑いの街だ。昼間の家族連れの姿はなく、今度のコロシアムの賭けや昼間より荒っぽい野試合、酔っぱらいを店から放り出す店主達の罵声。一階の喫茶店が終業すれば次は二階三階の飲み屋や女が買えるクラブ、と言った具合で、街から灯が消えることがない。


「こうやってみると治安悪そうに見えるんだけどなぁ」


 ゴキン! と棍棒に吹っ飛ばされてくる男を神殿障壁で受け流しながら言う。


「そうだな。僕もここまでとは思わなかったぞ。友達が…夜の街は吹き溜まりだと言っていたがその通りだな。一度寮を抜けて街に繰り出したことがあるが、昼間で何のイベントもない日だったからな」


 なんでも4年ここに居着いていて抜け出たのがわずかに一度。そう考えると驚異的である。よっぽど管理も厳しいんだろう。コロシアムの日はいずれも警備強化してたらしいから、こっちにきて一度も見ることが叶わなかったというのも頷ける。


「それよりも盗賊団だヒカル兄さん。そこまで悪化してるとは思わなかった…それに討伐依頼を出していたという依頼人のトレーシア・ファルン・ラ・クラーラ…だったか? ファルン地方はマキシベーの領地だ。確かに首都から離れているが、だとしても盗賊団に土足を許していたとは…」


 腕組みしながら思案している風なブックナーからは、シュトーリアを思わせる義務的な何かを感じる。愛国心なのか、騎士として譲れないのか。


「ああ、そういやマキシベーの貴族…とか言ってたよな、ブックナーは」


「ま、ぁな」


 黒フードから、ちら、と白い喉を零れさせながらいつもの高い声で…なんだか歯切れ悪かった。四年も寮に缶詰だから、自分が貴族だってことも自信がないんだろう。


「貴族、か。分からないんだ。

 僕は――強くなるためにここに来た。ここに来る前は弱かったんだ、全ての意味で。いなくなった人を探すために。家は、もう捨てたも同然だったのに」


「今でも弱いけどなっ」


「うるさいよっ! し、白い歯を見せつけながらにこやかに言うなよ!? バカにしてるのか? そうなんだな、バカにしてるんだろ!

 よく分からないけどヒカル兄さんにそれを言われると腹が立つ…!」


「ほぉ?」


 お口の悪いブックナーをクラッチ気味に羽交い締め(『ぎ、ギブ! はいってるって!ギブギブギブ…!!』と俺の腕をタップするブックナー)にしていると、


「あんた達っっ、群がっていきがるなッつってんの! 消えなさいよ!!」


 ハスキーボイスの大声。腹に据えかねてとうとうでてしまったとでも言うような人混みを無視した声に、思わずブックナーを落としかけた腕が緩むほどだ。


「この声…」


「知り合い?」


「たぶん。人が多いから分かんないけど…」


 野試合と勘違いしている酔っぱらい達を押しのけていく。

 …道の先で女の子が男達にに囲まれていた。いずれも戦士、冒険者らしい装備で、抜き身の剣をちらつかせて薄ら睨んでいる。…見た目からしてザコだ。だがあの女の子にはどうだろう。

 矢筒と黒塗りの小弓を背負った赤いミニスカートの女の子は、この世界ではシュトーリアのへそ出しシャツ以上に眼が釘付けになりそう白のノースリーブで肩からの二の腕が白く健康的で艶めかしい。革のブーツ、赤い鉄板を重ね合わせたようなミニスカートから零れる太股は引き締りつつも女の子の匂いが漂う。ああっ…つい花の蜜に誘われるように一歩。アレはいい。お近づきになりたいものだ。


 男達に囲まれながらもその長い金髪を翻して地面にうずくまった気弱そうな男をかばっている。肩が当たったかしたんだろう、見かねて飛び出したと言うことか。うう…何か久しぶりに飲んだせいか頭がふらふらする。


「ねえちゃん、威勢が良いのはいいが、こいつは俺の鎧に傷をつけたんだ、弁償してもらって当然だろぉ? ははは!」


「ギルドがカタギに手を出してるんじゃないよ。命を切り売りする仕事に誇りを持たないでどうするの。弁償? 鎧にそんな傷作るようなトーシロは一度ドラゴンの巣にでも飛び込んでくるんだね。

 町の人が、どうしてあんた達みたいな傭兵を客として受け入れてくれるか分かってるの? 恥を知りなさい、このどブサイクどもが!」


 おーおー、弓士が囲まれながら啖呵(たんか)を切るのをみるのは新鮮だ。余程腕が立つんだろう。このまま俺も見物を…、って、


「ファ、ファン姉!?」


「え?」


 俺の隣で声を上げたブックナーに、女の子が振り向く。周りを囲む二五、六人から一発でこちらを見つける辺り、耳が相当良いのかも知れない。

 邪を抜かれてきょとんとして、ブックナーを見つけた途端緑色の瞳を大きく見開いて――、




俺『はっはっは! 見つけたぞ俺の六十マァァァンっっ!!!』


『六十万!!??』




 ロングヘアのカツラに上げ底ブーツとはやってくれる! 俺は周囲の傭兵を障壁で四方に吹き飛ばす。店の壁をめり込ませて店主が悲鳴を上げる。

 俺はファンナと呼ばれた女に近づいていった。男をかばうように立つこの女を今潰すと一般人の男をこの子の身体で潰してしまうのでそんな羨ましいことさせてやらない。横方向に飛ばすのも同様にアウト。空に飛ばすとそのまま街に逃げられかねないので出来ない。

 だがファンナは地面にうずくまってがたがた震えている男から離れず、


「あ、あんたねぇ…! くっ、あんたもまた私を誰かと勘違いして」


 悔しそうに黒弓を引くファンナ。まさに、一息だ。ギリ、ギリ、とミュルーズアーツさながらに一瞬にして引き絞られた矢を俺に向ける。弓の端と端に滑車がついていて見た目より随分と軽く引く。たしかコンパウンドボウって奴だ。博物館で見たことがある。

 こんな町中で弓を引くなんて…絶対の自信があるんだろう。もしくはそれに準ずる理由がある。


「そうか、この傭兵達はお前がターゲットだって分かったから囲んでたんだな? なるほど。そこの男をけしかけて正当防衛しようってか。俺としたことが騙されるところだった。

 ガキばかりに会うからきっとロリッ子だとばっかり思ってたぜ、まさかこんな山谷に富んだ美少女とはな! 生きててよかったぁ!」


「な、何この本音爆発男…!?

 っていうか、今のは一体…!

 ちょ、っと、ブックナー!? この男あんたの兄じゃないの!? ちょっと抑えて、」


 俺を止めようと右腕にしがみつくブックナーに言うが、


「え? ファン姉、この人は別に僕の兄じゃないよ?」


「私のブックナーに兄さんとか呼ばせるこの鬼畜はここで殺していくわ」


 もはや向こうも俺を敵と認識したらしい。視線だけで殺されそうだ。


「いーや待て。文句やその他はラクソン公の前で聞こうか。オーダーメイドの菓子店天幕車のために拘束させてもらうぞ。確かに実力者っぽいし、兵から逃亡できるのも頷ける。ついでにちょ、ちょっとお手つきくらい…!」


 い、いかん、たかだか数日のエロ断ちで俺の良心が崩壊しようとしている…! この世界に来てから女体に恵まれすぎてた所為で、今触ってないと禁断症状すら出かねない!


「て、天幕車ぁ!?」


「おうよ、今六〇万もらっとけば大会で優勝するよりよっぽど早い。おい女、手荒な真似はブックナーに免じてしないからうへへ、大人しく――、」


「するか、ばかぁ!!」


 そ、そんなバカな。邪な気持ちが漏れたのか、赤面させながら回りに人がいるのに矢を放つファンナ。でも放つ音は、もはや爆発のそれだ。数人がかりで引くような太古の大きな石弓を間近で発射されたような音。貫くと言うより飛び散らす勢いで放たれる。


「っ、…く、危ね…!」


「無色障壁なんて聞いたことないっ…! 

 手応えはありそうね…!」


 俺の障壁に刺さるようにして止まる矢に舌打ち、心当たりがあるのか勢いよく後ろ飛びでさら五メートル距離を取ってくる。


 障壁に当たらなければ俺の喉に寸分の狂いなく貫いていただろう矢をむんずと掴み、


「矢尻が、宝石…?」


 矢羽は、アメジストみたいな青だ。それも十面サイコロのように角張っている。これでは人は貫けない――あ!?


 すぽん、と俺の手からひとりでに飛び出していって、空に投げたてるてる坊主のように重さを感じさせずファンナの手元に戻る。――また、引く。滑車の擦過音。ぶつぶつと何かを呟くと彼女の全身が白く光り、収束して宝石に集中した。


「今のは警告よ。ブックナー、離れなさい。この男は危険だわペド的に。

 いい? 私はあんたの探している女の子じゃ、」


「問答無用だ! 俺は触るまで帰らないからな! ついでに俺はショタでもない!」


「ひ、ヒカル兄さん!? 酔ってるんでしょ!?

 さっきまで盗賊の話してたあのヒカル兄さんはどこに行ったの!?」


 俺は頬をひくひくさせて肩を怒らせているファンナを一瞥(いちべつ)して、


「いいか、ブックナー。男には戦わなくちゃいけないときがあるんだ。獲物を見つけたとき、退()いちゃいけないんだ。よそ見をしたら負けなんだぞ?」


「目が泳いでるよ!? 酔ってるねやっぱり!? 僕は今のヒカル兄さんに引いちゃいそうなんだけど…!

 ていうかファン姉! この人はこんな事言ってるけど本当は危害を加えるとか、」


「いい、ブックナー。女には戦わなくちゃいけないときがあるの。自分の男を取られそうになった時、何振り構わず戦わないといけないのよ」


「僕取られないよ!? それに僕はファン姉のものになったつもりもないよ!?」


 周りの観客が俺とファンナの言葉に『俺(私)もがんばんなきゃな…』と意味深く頷いているのを見るとそう危険でもなさそうだ。きっと野試合に慣れてるんだろう、危なくなったら逃げるに違いない。


「よし、お前の言い分は分かった。お前が勝ったらブックナーをやる。好きにしろ」

「本当…!?」

「ホントホント、でも俺が勝ったらお前を今夜触りまくってから明日ラクソン公の所に連れて行く」

「いいわ」

「ちょっとファン姉!? 内容がぶっ飛んでるけど、それでも今の会話に全くヒカル兄さんのデメリットがないことに気付こうよ!?」


 まるで俺の生き写しのような瞳をして向かい合うファンナはまさに女狩人(アマゾネス)だった。なんて本能に従順な女だろう、もう俺にはブックナーがどんなテクでどんな脱がされ方をするか想像もつかない。


「実力で組み伏せてみるんだね。そういう男は嫌いじゃないわ。

 逆に組み伏せられるようじゃ、愛玩用もいい所よ」


「ヒカル兄さん、もうひと思いにやっちゃって…目を覚まさせてあげてくれ…」


 勇ましく、すでに勝った気でいるような余裕顔で言うファンナに対して絶望的な顔で俯くブックナーだった。きっと在学中もそういう扱いを受けてきたに違いない。

 しかしファンナの弓を構える横向きの体勢は、いかにファンナが女らしさに恵まれているかを理解するに十分すぎる。自分のスタイルに自信があるのか、本来なら下着で覆うべき胸が肉感たっぷりに凹凸していて、腰も正面から見たよりもさらに細い。透き見の杖が今手元にあったなら一瞬で裸にしていただろう。これを今夜とはなんと嬉し恥ずかし。


 それにしても血気盛んだ、そういう家に生まれた子としか思えない。


「いいだろうファンナちゃんよ、今夜は寝かさないぞ…!」


 何だか人前で好き放題しゃべるのも気持ちよくなってきたし! ああ、野試合って良いな! 演劇の舞台に立ってる気分だ。俺はおもむろに鉄扇を取り出すと、首回りの汗をパタパタ仰ぐ。魔力を発しているからこの扇が武器と気付いたのかファンナも白い歯を見せて、さらに眼を細める。



 止める者、なく。


 欲望に満ちている俺とファンナは夜の視線集まる中、激突した。

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