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三二話 邪神と数寄仲間と遊びの終わり 

 マッシルド・郊外――


 町の喧騒を離れ、マッシルドの街を包む堅牢な城壁が目と鼻の先に見える。


 屋敷の周囲は意図的に残された森に囲まれていて、植物たちのさざめきがわずかな街の息吹をシャットアウトする。街にありながらどこかの山であるかのような静けさは、おそらくここを訪れた幾人もの客人を不思議な感覚に陥らせてきただろう。

 大きさの違う一個で民家大のキューブを山を作るようにいくつも不規則的に重ね、また横に広げるようにして――傍から見ると不格好な砂時計のようにも見える『屋敷』。屋上からは水が四方に涌いていて、水のヴェールが窓やその屋敷の輪郭を隠しては表わしたり。その建築物としての高さは、マッシルドのどの建物よりも、高い。屋上から見渡せば、その広大すぎる箱庭の街並みをさえ一望できるだろう。


 最新建築芸術とミナ達は執事に説明されながら大広間に通された。天井には豪奢な灯がいくつもぶら下がり星座図のように吊ってある。

 そこで気さくに従者(メイド)達と話していた気品を感じさせる老人が気づき、営業用の笑みを浮かべ親しげに近づいてくる。


「おやおやきましたね、…この時期には随分可愛いお客さんだ」


 七十に届くだろうというしわがれた肌に薄くなりかけている灰色の髪。なのにその老成を感じさせない若々しい笑み、注目を的確に浴びる演劇的な仕草。…表情一つ、動きの一つ一つが気品と別世界を感じさせる。人柄だけで一空間を掌握する。現にミナ達も笑みを浮かべながら、身長以上の何かを感じていた。若い時にはどれほど美男子で、数々の女性をその商談の度に魅了してきたか分からない。


 この町では最も重要人物であるというのに、その身の回りには警備専門らしき人間が一人も見当たらないのだ。彼の人柄なのか、客人への配慮なのか、…それとも彼の回りの従者やこの執事がそう(・・)なのか。魔力感知が出来るミナや執事の傍にいたナツも、特別な魔力は感じられない――。


 マッシルド運営委員会会長。

 後に初代と肩書きにつけられる事になるこのカリスマ溢れる老人こそ、


「本日は急な訪問、誠に失礼しました。この場を借りてお詫びします

 ――ゼーフェ・ダルク・ラ・ジャン会長殿」


 ミナがスカートの両端を摘んで礼を取る。ナツや察したエマ、バウムがそれに(なら)おうとすると、ジャンは王が観衆にざわめきを静ませるように片手を掲げ、止めた。

 姿勢正しくミナ達に歩み寄りつつ、


「――可愛いお辞儀を有難うお嬢さん。長生きはするものだ。他の王家貴族や神官殿ならともかく、私の家ではそのような儀礼は不要さ! 私達に必要なのは礼ではなく、」


 まるで友達のようにミナに距離を詰め、さっ、と隠すものは何もないとでもいうかのように手の平を見せつつ手を差し出してくる。ミナも気付いて手を差し出すと、…その手を覆うかのようにもう片方の手がミナの手を覆った


「――握手、だと思うのだよ。私達は人の子であり皆、友。見る物全てを自分のものだと言い張るよりよっぽど強欲だろう? 私は(かしこ)まる家臣や恐れ多いと身を引く人々より、もっと生まれながらの自然さが欲しいのさ。

 何より私の願いを叶えるために訪れてくれた冒険者達だ。拒む理由はないんだ。

 困った性分だとは認識しているが、どうかここは私の屋敷、今だけでもそういう『堅さ』は忘れていただけないだろうか」


 ウィームス、とミナ達の傍らにいた三十代前半の、年代物の赤ワインのような甘みと苦みを讃えた微笑の執事の名を呼ぶと、静かに頷き、ミナ達を右の扉――客間へ先導していく。


(この町は良いですね…バウム氏にも分け隔てなく接してくれるところが)


 そもそも獣人が普通に街を歩いているのだ。アフタ、アルレーの地方では運が悪かったとしかいいようがない。種族や差別など二の次、売買と貿易の都ともいうべきマッシルドであるからこそなのだが。


「姉様、…この絨毯土足で踏むのが辛いです」


「お客様、当家では友人の家と思っていただけたら幸いです。お気になさらずに」


 眉尻を落としたナツが極力体重をかけまいとするかのようにひょこひょこと歩くのでミナは笑っていると、そんな風に執事が苦笑しながら付け加える。こちらです、と豪奢な扉を開き、


「旦那様が用意されるまでこの部屋で今しばらくお待ち下さい。

 すぐに、お茶の方をお持ちいたしますので」


 礼をすると扉が閉め切られ、部屋にはミナ達だけになる。締め切られるなり大きな息を吐いて黒皮ソファに腰を下ろすバウムは、もしかすると自分のせいで何か言われるのかもと心配していたのかも知れない。


「ナツお姉ちゃん、すごいねぇ!」


「あ、ミヨルちゃん? そうね、私もちょっと…びっくりしてるんだ。こんなすごいお屋敷に住んでる人がこんなにあっさり私達を迎えてくれるなんて。ねぇ姉様」


 従者も連れていないただの村娘に、キツネの獣人、顔に魔眼を封じているように包帯している女の子を迎えるには丁重すぎるというくらいだった。門前こそ警備兵が配備されていてミナ達のいうことにはまるで耳を貸さなかったが、コロシアムの受付からのアポ取りが効いたらしい。


「そうね。…百聞は一見にしかずといいますけど、確かに貴族相手には軽く見られてしまうかも知れませんね」


 ミナの言葉は褒め言葉であり、同時に要らぬお節介でもある。実際に下々を簡単に受け入れるようでは、血族的な誇りを持つ人間が見ればその誇りに歯牙をかけるようなものだろう。なぜなら気位の高い自分が訪れた時も扱いは一緒ということだからだ。

 ――なのに、有無をいわせないのはマッシルドの創設者だからに他ならない。他の貴族や大商人では実現したくてもできない『平等さ』は、まるで王が親しい人間には呼び捨てを許し他のものには文句を言わせない――最高位のものにしかできない強権の表れなのである。


 応接間はガラスの金銀の(はく)が混ぜられた大机、それを向かい合うように四人掛けのソファがある。部屋の四方には銅像や高価そうな花瓶、壁には霊的な祝福を受けた剣や斧。天井には、大広間にも負けないシャンデリアが複雑に灯を放っている。


「この花瓶一つでどれくらいするのかなぁ」


 ひぃふぅ、と眼をぎょっとさせて身体をぷるぷる震わせながら花瓶前で硬直するナツ。バウムも慣れないのか、どことなくそわそわしている。エマinミヨルがそんな隣でばよんばよんとソファで遊んでいた。

 大きな窓から、屋上から流れ落ちる水越しに、風化した神殿の外壁のようなオブジェの中庭が見える。ガラスに手を当て、眼を閉じ、魔力感知で周囲数キロを探すがヒカルの手応えはやはりない――。


「…ヒカル様達が少しでも大会に集中できるよう、諸事情は私が処理しておかなくては」


 頭脳担当は自分、とミナも理解している。ヒカルは確かに知恵も胆力もあるが、…自分と同じ人間でもある。どちらかというとヒカルは、土壇場でこそその能力を発揮するタイプだ。普段はそのための弛緩だと考えれば必然的にミナの役割に輪郭が帯びてくるのだ。

 相談役のシュトーリアもいない。

 街を散策中にすれ違った傭兵達も危惧(きぐ)であった。魔法に武器に優れる戦士達…ミナの魔力感知は、その魔力値の高さだけにも危機感を感じていた。ゼファンディア魔法学校の生徒らしき年下の女子もいたが、その魔力値が才能だけで自分に迫っているレベルを持っていることも。邪剣のエマのように剣気だけで警戒に値する者も。――…ミナの聞き及んでいた以上に大会のレベルは高いらしい。


「…バウム氏。大会が起こったとしてそれに盗賊団が関わってくる可能性はあるでしょうか」


「定石的に考えれば、ない、であろう。各国の腕に自信のある冒険者やギルド、国の威信を背負った騎士が集まるのがコロシアム。そのような戦士らと争うより、今まで通り活動して子金を稼いでいった方が利益になるのは眼に見えている」


 ミナはガラスの反射する先のバウムを見た。赤いフードを降ろしていて、柔らかい体毛の顔では眼が厳しく閉じられている。賢人を漂わせる耳がそれでもぴくぴくと時折周囲を探るように動いていた。


「…会場をかき回される恐れは? 国賓が来られていますから、優秀な戦士はコロシアムに気をとられているかと」


 コロシアム、という物が一時的に戦士達の枷になってしまう。これは隙になるだろう。ヒカルが大会中に遠距離からの暗殺をされる可能性もある。


「ミナ殿、盗賊団は真法騎士団の眼と鼻の先で長らく活動しているのだろう? 重要な国賓は彼らが警護するだろう。

 …オークションについては色々きな臭さがあるようだ。わしもあまり詳しくはないがな、何でも、裏があるらしく…」


 裏オークション。

 人身売買や危険な薬品、禁呪の魔道書などが取り扱われる非合法のものだ。この町のどこかで行なわれているという噂は昔からあったが、真実かどうかはバウムも分からないらしい。


「オークションは明日からでしたね」


 ミナがバウムに振り返り言う。第三者が、ミナ達一行が客間に通されたのは実はミナがいたからと思ってもおかしくないほどに洗練した顔立ち、海の宝石を溶かし込んだような青銀の長い髪をさっと翻して、バウムの言葉を伺った。


「…天幕車が売られていた大広場があったであろう、おそらく今日の夜辺りから会場設営が行なわれるはずだ」


「ならば、会場周辺はないですね。少なくとも数キロ分は離れていると考えても良いでしょうか」


「で、あろう。女子供の声がする隣で女子供の売買が出来るとも限らん…」


 バウムは内心、エマがその売買に出されるかもしれなかった可能性に、長く憤りを感じていたのだ。その場で使い捨てられたのが唯一の救いと消極的に納得するしか、なかった。そんな養父の言葉が、もしもエマの耳に届いたならこれ以上なく傷つくだろう。


 沈黙の中、扉が開く。


「おまたせしたね。それではお嬢さん方の話を聞こう」


 屋敷の主人が静かな会議を打ち破るかのように登場する。








「それでは、コロシアム終了後探索に向かうというのだね」


 対岸にマッシルド運営委員会会長ジャンをおいて、ミナ達はソファに四人で腰掛ける。

ガラステーブルには湯気くゆり立つ、紅茶のポットとカップが五つ。ミナ達の方には砂糖やミルク、ブルーベリ大のライムのような香り玉がそれぞれ小皿に盛られていている。ミナは香り玉をつまみ、紅葉しかけの紅葉のような湯面に一粒落とした。とても良質なもので、途端に柑橘系の香りが上ってくる。

 ナツはバウムを真似して頑張ってストレートで飲んでいるが苦そうだった。

 話に全く参加してないエマinミヨルはというと紅茶とミルクや砂糖の分量を逆にしたんじゃないかと言うくらいどぼどぼにしている。


「そうですね。ここにはいませんが後二人…コロシアムに参加している二人をくわえての六人で向かうことになります。実力については私に保障させて下さい」


「かまわないさ。どのような技量や経験を持っている、などとは問わない。結果が全てだ。結果を見せつけられては、私達は何も言えないのだから。

 はっはっは、君達のような若い子が他の傭兵を差し置いて手に入れてくる、という図のほうが老いた私には好ましい物語だ! 他の傭兵達も悔しがるだろうに!」


「はい。ところでゼーフェ氏。アーラック盗賊団についての警備ですが」


「盗賊等についてはギルド協会に一任してるが…マッシルド警備隊もいる。たしか今東西と北の大門にはマキシベーのラクソン公が念のためと兵を配備してるのではなかったかな? 南の港だけは貿易組合が警備も指揮を執っている」


 村を一つ落とし周囲を騒がせているアーラック盗賊団さえもマッシルドの創始者にとっては『盗賊等』でひとくくりに出来るらしい。


「ははは、何よりコロシアムがある今の時期はアストロニア王朝にすら匹敵している! 警備も万全だ、そんな火中に飛び込んでくるメリットが彼らにあるかと言えば、なかなか肯定しにくいだろう?

 君もここに来るまでに何人ともすれ違ってきたはずだ」


 確かに。真法騎士団の数個団隊やBBやAといった特級のギルドがうろうろしている今のマッシルドなら、戦略次第で軍事国タンバニークにも匹敵するだろう。そしてそんな中に民衆が祭りを楽しんでいる今の状況を考えると薄ら寒くもなるほどだ。


「私はね、この町が生きている証拠だと思うのだよ。いつまでも恒久的に維持するのが軍事の誉れだとするなら、私はむしろ要らないと思うのだ。ここは国ではなく街なのだから。いつしか空にすら届く私の屋敷のように、広大な街の中でさえあふれかえる人々はいつしか、さらに空に建物を伸ばすほどになるだろう。

 七階や八階ではない。

 城壁の高さが足らないほどに。

 『街』がその繁栄を誇示するかのように空を目指す。

 まるで大樹のように。

 軍事など常備せずとも、よい。我が町を攻撃できぬ理由を、この町に住まう皆が、巣立っていく商人達がこの大陸に浸透させているのだから!

 そんな街を攻撃する盗賊? それはつまり、たとえ国賓が訪れていようがいまいが大陸の敵だ。悪知恵の働く彼らだ、そのくらい分かっているだろう」


 絶対の自信を持って言い切るゼーフェ。


 …彼がこの地になぜ街を立てようと思ったのかは誰も知らない。少しずつ拡大していく街にやはり諸外国は自国に取り入れようと躍起になった時期もある。不用意に攻め込んできた小国もあった。四十年。決して短くない期間を耐えきり成長した街は、今やこの大陸にはなくてはならない存在となっている。商人のメッカ。ラグナクルト大陸とそのほか四大陸を結ぶ窓口なのだ。


「…ですが、」


「分かっている。勿論盗賊達を軽視しているわけではない。…夢を見てこの街に訪れる人々に安全を提供するのは当然だ。さすがに野試合はどうにも止められんがね。はっは、あれは街の顔の一つだから。

 不運にも会長などと言う立場である私には、下の人間に言う事だけしか出来ぬのだよ。昔のように現場指揮は執らせてもらえないのさ。私には事後処理の書類と、屋上から見えるこの街が拡大していく姿だけ――」


 小粋な貴老人ジャンは、座ったまま背の方にある壁の刀剣を親指で指さしながら、


「まぁ今回の竜剣も、どうしようもない趣味だ。下々のように屋台で甘味を買い求められる身分じゃあない。顔も割れてるしね。執事…ああウィームスというのだがね…彼や委員会の連中は少しでも会長らしくしろというのだ。だから、インテリアとして名剣の収集くらいしか胸躍る事は出来ないのだよ。まぁもちろん、収益の上昇率を見ることも胸躍ることに違いはないがね」


「ふふふ…お上手ですねさすがに。私の主もどうやら収集癖があるようで、呪いの武器やらを集めているのですよ。今回の依頼も主の趣味です。もしかしたら話が合うかも知れませんね」


「ほう! 呪いか…お嬢さんを従えてるほどの人物だ、是非会ってみたいな…!」


 年齢は私と同じなんです、という少し得意げにいうミナの言葉にまたもやひざを打って笑うジャンだった。


「素晴らしい…呪いつきを武器として扱うとは、私もコロシアムを三十年以上見てきているが見たことも聞いたこともない!」


「そうなんですよ、四〇もの武器を背にする主…ヒカル様というのですが、まさに神々しいというか! 人格共に素晴らしいお方なのですよ!」


「ね、姉様?」

「ミナ殿…その、身を乗り出すのは、」

「わかったっ、この香り玉はミットナー地区のロイヤルドリップのシュルガンだっ」


 何だか熱が入り出した姉に少しヒートダウンするようナツ達が声をかけようとするが(やっぱり会話に入ってないエマinミヨル)、


「ううむ、傭兵とは思えないと思ったら神々しいときたか…ど、どんな武器を扱っているんだね…!? 言うことを聞く動く鎖に、魔王精製の武具…!? あ、アラマズール!? 何とレアな…!

 …よし、これも導きだろう…私は彼に賭けるぞ!

 ウィームス、私は今回ヒカルという人物に賭ける! 二スタリアン戦士学校の奴ではなくこのヒカルという人物にすると手紙を運営委員会に送れ! 今すぐにだ!

 …お嬢さん、もっと彼の話をしてくれないかね…なるべく武器の話をだ…!」


 数時間続いた。

 …エマが飽きてそわそわし出したらその隙に会話を中断させようと思っていたナツ達だが、鋭いタイミングで執事がスイーツを並べてきてナツまでも。


「むぅ…」


…バウムはまるで洗脳するかのごときヒカル談議に自分も少しずつ毒されていくのではと乾いた笑いをしながら窓外に目を向けるのだった。








 ナツナジュースを飲みながら宿屋に帰還中だった。街の張り紙でそれらしいのを見つけ、ブックナーに聞いてみると見事当たったのだった。


「ほぉ、明日がオークションね。『マッシルドオークション・キュベレ』

 …え、っていう事は月一かよ」


 キュベレって確か、元の世界でいう一月二月を示す名前だったはずだ。


「らしいな。元々オークションが根付いている街だ。そこら彼処で今も小さな競りが行なわれているだろう?」


「『らしい』って…ああ、学校で缶詰だったんだっけか。学校側も鬼だな」


 見回してみても、確かに。男店長や女将達が八百屋武器屋服屋問わず――傍から見るとタイムセールのたたき売りだが、値段をつり上げていく声も聞こえる。もう一声!とか。

 こんな街に数年住まされておきながらなかなか外に出られなかったっていうのも酷だ。


「各地の武器防具に値札がつけられてないのは、このマッシルドの影響が強いからだそうだ。大抵の武器屋はマッシルドで仕入れ、それそれの場所で売る。

 まぁ案の定、この剣より高いものは置いてなかった。ふふん」


 …納得いかないことにそうなのである。ブックナーに買い与えたこの魔力消費減の剣、36000シシリーを越える剣がない。それぞれの店で金額の付け方がアバウトだけどほとんど一緒だ。35000に迫ることはあったが、越えることはなかった。運が良いというか要領が良いというか。何というか悔しい。今頃だがこいつなんか銅の剣で十分だと思う。


「あ、ちょっとギルドに寄るけど良いか?」


「いいけど。なんかあるのか? ああ、腕ならしも兼ねて掃討依頼でも受けるのか?」


「どうしてお前はそう血気盛んなんだよ…。その年で脳みそまで筋肉は辛いぞ? 脳筋脳筋。ちょっと調べておきたいことがあってね」


 本当のことなのに半ギレて斬りかかってくるブックナーを軽やかにかわしながら酒場にダイブした俺は、さっさと奥の扉に入り込む。ドアを閉めた途端、「スコッ!!」とか言って剣が扉に突き刺さる音が聞こえたが冷汗もかかない辺り俺も末期だなとか思いつつ受付のお姉さんへ。ああ、もしかしてこの受付嬢の微笑はギルド共通なのかね。


「やいヒカル兄さん、今すぐ殺してやるから外に出ろ!」


 それでも兄さんと呼ぶ辺り俺の調教士としての手腕がうかがえる。


「お姉さんお姉さん、ちょっと依頼で調べて欲しいんだけど、あのこの町に潜伏してるって言う金髪ッ子の依頼まだあるよね? 消えてないよね?」


 あのラクソンは身を隠した、とでも言いたげな詰め所の様子に少し心配になったのだ。


「はい、まだ継続中ですよ。というより、一度出した依頼は解決するまで引くことが出来ません。完遂のために途中まで従事している傭兵の方々の心証を害するになりかねませんので」


 ようするに、逆恨みされかねないって事だ。まぁよく考えたらそうか、最低でもB以上の戦士達に依頼をしていたというなら、そいつ等の機嫌を身勝手に損ねると矛先が自分に向くってことは分かってるよな。


 ブックナーが何だか負けた憂さ晴らしに暴れたいみたいだし、というか斬りかかってくるくらいだからその矛先を魔物に向けたいって言うか疲れて寝てくれって言うか…くそなんて面倒臭いガキだ…。


「まぁいいや、依頼一覧ちょっと聞かせて下さいな」


 さっ、といつものメモ一式を取り出して準備する俺。それを見て一瞬苦笑するお姉さんに胸がときめくも、すぐに営業スマイルに戻って淡々と依頼を口紡いでいく――。


「お? ちょ、ちょっと待った」


 アルレーの街でメモした奴と見比べてみる。

 依頼とは、その街特有の掃討依頼、捜索依頼の『現地依頼』と、場所が分からない、または対象が移動するなどといった『不特定地依頼』の二種類がある。隠密依頼や暗殺依頼もこの不特定地依頼に含まれる。

 数十件ある依頼のうち大体八分の一が現地依頼だ。その他は全国共通とも言え、大体どこの街でも変わらない。


「あれ、お姉さん。アーラック盗賊団の討伐が消えてるよ? 解決したの?」


 さっきの話だと、依頼は一度申請したら解決するまで引くことは出来ないって、


「はい。こちらは依頼人がお亡くなりになられましたので。依頼人が死去された場合も依頼は取り下げられます。報酬が出せませんからね。

 死因は刀剣類による殺害。ギルドの調べによりますと、盗賊団である可能性が高いとのことです」


「死んじゃったのか…」


 マサドで読んだ、あの復讐心のこもった依頼文を思い出す。


 …恨み心いっぱいのまま死んだんだろうな。女性だったみたいだし、夫や家族を殺された未亡人だったのかも知れない。よりにもよって自分もその盗賊団に殺されたんだから。


 ――もしかしたら、この依頼を受けていたら、殺されずにすんだかも知れない。


 呪いの声が聞こえてくるようだった。この手の罪悪感は初めてじゃないけど、やっぱり辛い。悔しくて恨めしくて堪らない瞬間が自分の死期だなんて、誰だって許せない。


 竜剣なんて言うあるかどうかも分からないものを追ってきて、そのせいで人が死んだ。他の傭兵達も…きっと、他の誰かがやるだろう、と簡単な依頼に手を伸ばして、スルーしていたに違いないんだ。ゲームじゃない。全部がリアルタイムの出来事なんだから、…そのせいで間に合わなくて、悔しくてたまらないまま死んでしまう人も、いる。また、性懲りもなく同じ事を繰り返している。いつも、いつも。


 酒場を出ると、ブックナーが斬りかかってきたので潰した。


「っ…? ヒカル兄さん? どうしたんだ、そんな暗い顔で。とうとう自分に懸賞金でもかけられてたか? …ありがと」


 ブックナーに手を貸して引き上げてやると、俺はさっさと先に行く。追い掛けてくるブックナーに、


「お前竜剣って知ってる?」


「まぁ少しだけど……なんだ、あんな伝説の武器に興味があるのか? 子供だな…」


 手が当たるくらいの隣にきて呆れたように言う。分かっている。俺だって最初は遊びのつもりだった。それの過程で楽しいことがあれば、程度にしか思わなかったんだから。


「真剣にならなきゃいけない遊びもあるんだよ。覚えとけ」


「………………わかった」


 やけに素直なブックナーは、それから何も言わなかった。





 



 せめて、真剣に。


 そうじゃないと、

 狂おしい気持ちを抑えられないままに依頼を書いた人が、浮かばれないと思ったからだ。





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