三一話 邪神とのどかで悪夢な日常
マキシベーの重鎮サオル・マキシベー・ラ・ラクソンは書籍を棚に直し終えると執務席に静かに腰を下ろした。部屋の表に片頬を赤くしたルダンが警備で立っているが、ラクソンの書籍を拾うのを手伝おうとして触れ、しかりを受けたモノだったりする。
彼は自分のモノを『人以下』である一般市民に触れられることを、酷く嫌う。
私兵も同じだった。
ラクソンに報告を許されたばかりだったルダンは、通常なら即牢屋行きなのだが――犬歯を折られた程度で済んでいる。ラクソンにしては異例のことである。余程機嫌が良いとしか思えない。
肘をつき、顎を乗せる。
今のラクソンが柔和な微笑みを讃えているのも――。
(あのヒカル…だったか。気付いていたのか、いなかったのか…)
一重に、一日はかかってしまったが、ようやく目的の一つが果たせそうだから、と言うことに他ならない。先ほどヒカル達が去ってから兵に追跡させ、隙あらば殺せと命令しておいた。
…相手はBクラスのギルドである。並の兵ではたとえ一〇人がかりでも傷一つつけられるかどうか、と言ったレベルなのだ。ラクソンも勿論それを承知している。
ここで話すに至っても…数々の大会を貴賓席で見ているラクソンのメガネにヒカルは少々異様だった。隙だらけのぽっと出の少年の内情は知らずとも、厳しい訓練や死地をくぐり抜けてきたのかどうか見破る程度はラクソンは目が肥えている。おそらくルダンを含めてマキシベー国から連れてきた私兵では歯が立つまい。
ヒカルに――だが、並の兵でなければどうだろう?
「アーラック、貴様が鍛えたという兵どもは信頼してよいのだろうな」
自身以外誰もいない執務室にラクソンは、この地方最強の盗賊団の頭領に話しかける。
正確には、その机の…自身が使っていた筆の頭に。マッシルドのギルドでも試験的に取り入れられている、短距離間での魔力通話技術である。
「…もちろんでございますラクソン公殿。現に、今回お貸しした兵の数人は我が団の隊長格でありますゆえ。うち2人は、私が引き抜いた元タンバニークの督戦騎士団の騎士であります。装備こそ本国のモノを使えませんが、二スタリアン戦士学校卒業の経験のある実力ですから」
「万が一と言うことがある」
「はい、ですからいざという時のために私も大会に出場するのですから」
「心強い。頼むぞ、今回の賭けに一国の王の地位をも賭けているのだからな」
――そうなのだ。アーラックの指示の下、ギルド協会とマッシルド運営委員会を権力で黙らせたラクソンはマッシルドの四方入口を陣取り、どの王国よりも先んじて盗賊団体策の警備を始めた。――正確には、二スタリアンから『彼女』を呼び戻したのは良いものの…王宮での姿しか認識のない兵達は見事に隙を突かれ…街内へ逃走されてしまったのである。ゆえに、今回の関所は、街から出さないためでもあった。傭兵を雇い、捜索と同士討ちによって参加人数を減らすというのもアーラックの思惑である。
…ある人間の暗殺を企てていたのである。弱小の国で、いつまでもその温厚な態度を改めようとしない王に足るわけのない王の、地位。…次期王位継承者である者の首を取ってしまえば、次はすでに根回ししておいた事もあって順当に自分へ王位が継承される事は目に見えているのである。
間近での謁見は数度とはいえ、悲願の殺害対象だ。見間違えるはずもない。
まさか王国の誇りである金髪を染めているとは思わなかったが――。
「………む」
魔力石の向こうからの声だ。アーラックの異変に、さすがに頬が緩んでいたラクソンも緊張感を取り戻し、額にしわを寄せた。
「ラクソン様、申し訳ございません。失敗したようです」
「なにっ…!」
「…恐ろしいほどの手練れですな。一人が攻撃範囲から逃れて生還しましたが片足をやられております。他は全滅したと。
…何、重力?」
「アーラック、貴様、大丈夫なんだろうな…!?」
アーラック達が自分の知らないところで相談されると、酷く胸に疑心が残る。声を荒げてしまったのはアーラックという男に賭けた自分の財産を心配しているゆえだ。ラクソンも『獣人保護委員会』という名で一口五〇〇万シシリーという大口の賭けに参加している。…もう六〇近い。王を冠するにはもう年齢的にも瀬戸際なのである。
「…はい、大丈夫でございます。要は大会に参加できなくすればいいわけですから、方法はいくらでもありますよ。
まずは、依頼用件であるアミル王子の暗殺を優先します。例の若い魔術師による報復が考えられますので、明日のオークションまで例の場所に身を隠していて下さい。
では」
ぷつん、と通話が途切れるとペン尻の魔法石がその微光を止めた。
「…ぬぅ…」
腹に据えたまった高ぶりを、篭もった溜め息で霧散させる。
アーラックを含め…戦士の質を読み違えたことはなかったラクソンだった。だが、今回ばかりはヒカルという少年の理不尽な強さにいらだちすら感じるのであった。
『なぁ、アミル』
兄さんはいつものように、途中で寝てしまった僕をおぶって山を下りていく。
もう18才にもなろうかというのに、自慢したがりなのか、僕をお勉強中なのに連れ出して今日も狩りに出かけたのだ。
側近や、あのお調子者のカジー大臣でも連れて行けばいいのに、なんでも身体いっぱいにジェスチャーして喜んで驚いてくれる僕の方が良いんだとか。でも、死んだミッポ鳥を前に持ってきていっつも僕を泣かすのだ。どっちが本音か分からない。
『今度のお前の誕生日な、ちょうどマッシルドで大会があってね、』
僕は兄さんの首に回した腕にぎゅっと力を込める。
ちょっと兄さんを離れた隙に、野良モホモスに追い掛けられて酷い目にあった。兄さんがあとちょっと遅かったら食べられちゃってたかも知れない。
『分かってるよ、アミルも連れてきてくれるよう父上達にも頼む。アミルには是非見てもらいたいからね。君の目の前で優勝して、賞品のミスリルティアラを手に入れてみせる。
プレゼントしてあげるよ。あの水のような光沢はきっとアミルの髪によく似合う』
『………兄さんも、同じ金髪ではないですか』
『ハハハ、僕が冗談でもしようものなら母上にしぼられるに決まってる。それこそアストロニアの貴族どもにはいい話の種を提供することになってしまうよ。権力者にとって、笑いは時に弱みになってしまうんだ』
決して大きくはない身体だが、アミル一人を背負うには十分だった。太股を支える兄さんの手、兄さんの背を通して暖かさが伝わってくる。ちょっぴり汗臭い匂いも、どうしてかカジー大臣や父上、母上には出せない安心感を伝わらせてくる。強い、兄さんだった。きっと戦士学校でも、周りを圧倒しながらほんのり汗ばんでいるのだと思うと、いつかその風景を見てみたいな、と思ってしまうのだ。
かっこいい、な。
眠たげな意識の中かすれるようにで耳元で呟いた声は、兄さんには届かなかった。
『そんな、ティアラだなんて、…僕はもっと似合わないです。それこそ、みんな笑う。兄さんみたいに冗談も言えませんし』
『笑わせないぞ? 何言ってるんだアミル。この国で、君以上にあのティアラが似合う人がいるものか。
だから僕の誇りに賭けても良い。あのティアラは、君以外の誰にも渡さない』
うん、うん。
舟をこぐように頷いて、まどろむ。
その日も山の天気はとてもよかったからだろうか。。
兄さんの言葉はまるで子守唄のように、その日も僕を夢の世界へ誘った。
――――――……。
「――………あ、」
目を開けると今朝と同じ、宿の天井が見えた。瞬きをして焦点の合わない視界がようやく鮮明に見えてくると、
「う、っ…く…」
寝違えたような首の痛みに顔をしかめる。そう、か、あの時地面が急に崩れて…。
窓の外はまだ日中だ。長らく寝ていた感じもしない。おそらくそのまま連れてこられてここに横たわせたまま外出した――と言ったところだろうか。
『………へ?』
ぺたぺたと肌を触る。そしてその手も。やけに布団の感触がはっきりするなと思ったら。
「あ、ああああああ、…」
服を、脱がされているらしい…っ。しかも、きっとその後身体を拭いてる。僕が寝ている間に……………ッ……~~!!!!
し、下のタイツは穿かせたままだった。部屋を見回す。脱がせた服は見当たらない…。上半身裸で下がタイツだけだなんて、こんな格好で外に出られるわけ、ない…!
「あぅ…」
意識すると顔が高揚して、今はいけない今はいけないと考えてしまえばこんな時に尿意までもよおしてくるのだ。
「…………………………きっと気付かなかったんだろうな…」
シーツに顔を埋めて、惚けたような顔で呟く。何もかもから隠れたい気持ちいっぱいに身を丸くして、帰ってきたら絶対殴ってやると心に決めた。
「…兄さん」
枕を抱くと、額を擦りつけるようにして顔を埋める。…ヒカルが人目もはばからず抱いていた、あの深緑のポニーテールの子がそうしていたように。寝ている間に暖まっていた枕から、兄の温かさと錯覚しそうな温もりに時折時間を忘れながら。
「お前って案外乙女チックなのな」
「うゎああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
声の元に枕を反射的に投げつける。両手が塞がっていたヒカルの顔に真っ直ぐ的中し、
「…何? 服洗ってきてやったのにこの仕打ち何?」
ヒカルはしぼった後のような服を両手に抱えながら、何だか信じられない者でも見るように僕を見つめた。
「ふ、ふくっ………!? あ、か、かか返せッ!! 今すぐ返してくれ! 冗談じゃないぞ!!」
「…まだ濡れてるからちょっと待て。アイロンかけるからな。男がそれくらいで慌てるな、ばーか」
「くっ………くそ…っ、剣があればギタギタにしてるところなのに…!」
剣は部屋の隅に立てかけてあった。だが何だかその隣で四十もの剣やら斧やら弓やらがおどろおどろしい雰囲気を醸し出しながら山になっているので近づけなかったのである。何より裸同然のままでは布団から出られなかっただけなのだが。
「さて、敗因は何だと思う?」
ヒカルは化粧台のイスに座ると、身薄赤く発熱した黒刀を濡れた布地に押し当てながら唐突に言う。じゅぅうう…と水蒸気が立ち上り、ヒカルの顔を撫でては天井に消えていく。
「………知らない。魔力量の違い、か?」
「違うね。本当に分からない? これくらいなら素人同然の俺でも分かるんだが」
素知らぬ、という風に人の顔も見ずに言うヒカルだった。布団に口元を隠しながら睨むように、
「『知らない相手に初手で飛び込む』『諦めが悪い』。この二点」
「…コロシアムなんだぞ、どちらも当たり前じゃないか! 何が敗因だ、そんなの勝者が余裕かまして適当に理由並べるだけにすぎな」
いだけじゃないか、と続けようとして、言葉が途切れた。
「う、ぁ…!?」
何が起こったのか分からない。身体が何やら壁に押しつぶされるようにベットに抑え込められる。
…あれだ、宿屋の前で、確かこの魔法で…!
「……俺とお前がやり合うのって初めてだよな?
なのに、お前はせいぜい呪いの武器を使ってるとこ程度しか見てないのに、初撃で勝負を仕掛けた。はっきり言って自殺行為だから止めた方が良い。
それがコロシアムの場だって言うなら、縁起でもないが、はっきり言ってそのままお前の墓場になるぞ。学校の訓練じゃないんだから」
「それは…………」
コロシアムは、その勝敗に生死を問わない。…貴族達が多数参加するからと言って、温情があるとは限らない。裏で莫大な金額が動くので、いちいち生きているか死んでいるか曖昧な判定にゆだねるよりすっきりした方が良い、という暗黙の了解であることも学校の噂で知っている。
「…でもっ、僕はこの戦術でここまで上がってきたんだ…!」
剣の冴えで上回る奴がいた。
単純に魔力値で上回る奴がいた。
素早さで勝る奴がいた。
手数で勝る奴がいた。
奇策で勝る奴がいた。
ブックナー自体身体能力や技術、元からの才能に恵まれていたワケじゃない。五位という記録だって、学生達と百分の一を争って得た奇跡なのだから。
「どうしてそれが、運がよかっただけだって気付かないんだ? それ、相手が剣で迎合してくれるって分かってる戦士達だからだろ。
魔法使い相手にしたらどうなるか、考えて分からないっていう事でもないだろうが。いつまでもじゃんけんが通用すると思ったら大間違いだぞ」
知ったような口で説教してくるヒカルは、魔術士だった。剣を持っていたけど、剣技など欠片もない『投擲』。そのほかに至っても魔力で圧倒された。僕だって初参加なんだ…これがコロシアムの平均なんだとしたら、確かに今の僕では予選突破がせいぜいだろう。
「俺の経験談だけどな。『強い奴は、全部がすごい』んだ。ある一点の才能に秀でた奴だって、自身の他の才能限界を引っ張り上げてくれる。世界一の楽器奏者は楽器の腕だけじゃなくその自信の宣伝力も必要だし、未来を見ることが出来るだけでは誘拐されて才能を生かすまで行かないか、言葉足らずで信じてもらえないかも知れず、言葉だけで相手を掌握する力が必要になってくる。…そして知らず、身についている。
でもさ、お前ってそういう奴らと違ってわりと全体的に普通に見えるんだよね。それを奇策で何とか補おうったって無理無理。俺がそうだったし。
今の俺の魔力だっておまけみたいなもんだから。ただ魔力が凄いだけって言うなら俺もっと早くに殺されてると思う。けどその違いが大事なんだ」
これでも滅茶苦茶説教されてきたんだぜ、と実際にヒカルと戦った僕には信じられないことまで吐く。
あの魔力で…おまけ???
「…それはヒカルの話だろ! 僕はヒカルじゃない!!」
「まぁそうなんだけど。だめだなぁ、俺って全然説得力ないや。
…よし、シャツ乾いた乾いた。ほい」
ヒカルが投げよこしてくる白シャツを奪い取るように布団に引き込むと、背を向けて被った。そうしている最中も何だかマジマジと僕の方を見てくるのだから積極的に無視して。
――……――。
(…やっぱり基本的に俺の方が一般人だしなぁ)
何だか機嫌を損ねてしまい布団にくるまってしまうブックナーに溜め息しながら、熱い黒刀をシャツに押しつける。確かに戦闘知識や技術、戦術は、学校まで通ってるブックナーに及ぶべくもないんだろう。勝っただけで知ったような口を聞く俺の言葉が心に響くはずもない。
圧勝しちまったしなぁ、案外すねてるのかも知れない。
「ん」
最後のズボンを乾かして手渡すと俺は早々に立ち上がって部屋を出ようとした。喉が渇いたのだ。またもやブックナーを背負うハメになったのだし、ここ一帯の平均温度が高くて嫌でも汗を掻く。
「お、おい…どこに行くんだヒカル。僕もついてくっ…」
親の買い物についていくと言い張る子供のように、ブックナーがぴょんぴょん歩きをしながらズボンを慌てて穿くので俺は笑いながら、
「喉渇いたんだよ。飲み物買ってくる」
「あ、なら僕が行く。また乾かしてもらってしまったし、何か雑用係っぽいことしないとヒカルに悪い。というか気味が悪い」
「いやいいって、身体痛いだろ、無理すんなよ。
ふっとばされて四回も五回も固い地面を転がったんだ、打ち身や打撲が出来ててもおかしくない」
「戦士学校出を舐めるな! …勝負にも負けたのだし、バツゲームとして行かせてもらう。
ついて来るなよっ! 買い物くらいびしっとこなしてやるんだからなっ」
どこの小学生だか知らないが、ふん、と憤慨しながらローブを羽織るとさっさと俺を抜かして廊下に出て行ってしまうブックナーだった。
「いや本当良いから。もうわしゃぁお前が心配で心配で。街に出るなりずっこけそうで」
「そりゃヒカルだろっ!? 飲み物を買ってくるくらい僕にも出来る! 良いから勝者のヒカルは待ってろ。それでさっきの勝負をチャラにしてくれたらそれでいいっ」
俺が追いつかないよう走っていってしまう辺り、何だか強がりの印象に拍車をかけるような感じがした。
「はぁ………あのバカ、俺が何飲みたいか聞いてないじゃないか」
それでおっちょこちょいときた。心配だな、ああいう奴が時々飛んでもないヘマをやらかすんだから…っ。
まぁナツナジュースなんだけど。
こそこそっ…。
あ、すんません。
「ええい…世話の焼ける」
やっぱり心配になったので、こそこそっ…っとブックナーの背後を追っている最中だ。
俺が何回も肩や身体を通行人とぶち当ててる中で、町中の人混みの隙間をするするすり抜けていくのにちょっと意外に思ったり。やっぱり運動神経良いんだな。かくいう俺の方はと言うと、さっきもブックナーを目で追いすぎてマンドラコラのタルに蹴躓いて転けたし、剣を肩に背負った冒険者の剣の腹で顔面を強打した。
くそっ、チビは得だな…。
(あの兵達も気になるしな)
狙いは俺かブックナーかのどちらかだが、どう転んでも今ブックナーを一人にしておくのはまずいと思ったのだ。…一応ブックナーは貴族っ子だ、大会参加で学校からの外出が許されるっていう今の期間こそが誘拐するチャンス。それか、大会参加する俺を危険視して早期脱落を狙った犯行…いずれかと見て間違いない。
あれから、帰り際に詰め所に寄ったが、あのラクソンとか言う貴族は外出したとのことだった。アポは取り付けたが、どうにも曖昧。というより、彼がいつも身近に置いている兵士達がこぞって居ないというのだからなんともおかしい。留守番くらい残しておきそうなものを。
「クロかな…だとしたら面倒だな。
いてっ…ッ!? おおっと、すんません…って…金髪!!」
何だかスネを殴打されて、涙目で振り向いたらまたあの金髪少女の一人だ。金髪のショートに碧眼という依頼の子まんまの姿で紛らわしい。俺が捜索依頼の際に話しかけて協力してもらった(というか、させた)のだが、その時から何かと俺を変態視する自意識過剰っ子である。
「お母さん、またあの変な人がねー、」
「あの…すみませんがうちの子が嫌がっておりますので…」
俺何もしてないのに何だか変質者でも見るような目で親子そろって白い目で見つめてくる始末である。買い物袋を片手に提げた母親の背に隠れるようにして、「べーっ」と舌を出してくる。あのチビ殺す。トラウマになりそうなくらいお兄ちゃんがお仕置きしてやってもいいんだがな…!?
金髪っ子とすれ違ってからも熱い視線でにらみ合いながらブックナーの追跡を続ける俺。
くそぅ、この腹立たしさどうしてくれよう…! とりあえず今日のブックナーの夕食の美味しそうな所を全部食って野菜だけにしてやる意地悪をすることにする。洗濯ばさみ売ってないかな、バツゲームと称して鼻とか尻とかへそとか耳たぶとかをとめて一日中過ごしてもらうとか。そしたら進んで部屋を出ることもあるまい。
ブックナーが、酒場の前で話し合う男達二人組の横を通り過ぎた時だった。
「む?」
二〇メートルほどの距離を残した所での出来事だ。
二人の視線がブックナーを追う。そして片方が相づちを打ち、ブックナーの黒ローブの背中に視線を合わせた後、動き出す。
(なるほどね、もう傭兵達も手の内ってワケか)
俺はちょっとスピードを上げて傭兵達に追いついてにこやかに肩を叩き、路地に連れ込んで奥歯をがたがた言わせた。身ぐるみを大空に投げ捨てた後また追跡に戻る。
ブックナーは宿からだと遠いのに、もしかすると本当にナツナジュースの屋台を目指しているのかも知れない。
背格好やローブの色で特定されてしまっているのかブックナーを狙う奴らは後と立たず、でも後ろからつけていっている俺からすればその思惑はバレバレなのでそのごとに憂さ晴らしの限りを尽したのだった。気絶させた後バケツに顔を突っ込んで剣の柄をケツ穴に突っ込んで捨て置いたり、二人組なら素っ裸にした後お互いの髪を固結びして放置したり、七階建ての公共住宅の屋上からシーツで足を吊したり、手足を縛って仰向けに転がした後八百屋で買い叩いた白い野球ボール大トマトみたいな香辛野菜を顔に十数発炸裂させてそのままにしたりとなんとも想像力をかき立てるものがあった。しまいには傭兵に見えたらとりあえず連れ込んでシメ落としていた俺である。何か目的を忘れている気がする。
「お、……………………服屋?」
ブックナーがふと立ち止まって、その店の展示ガラスを見上げていたのだ。
わずか十秒ほど。時間が止まったかのように立ち止まり、また歩き出す。
気付けばナツナジュースの屋台はすぐ目の前にあった。…そういえばこの通りを二人で通った時もあいつ、ここら辺で立ち止まってたな。
ブックナーがジュース屋台の親父に話しかけた辺りで俺は服屋前に来る。建物の影に隠れながらその展示ガラスを見てみた。
「こりゃまた――少女趣味な事で…」
展示されているのは子供服。どう考えても十歳前後が対象だろう。小さすぎて。
…祭りに乗じて記念になるものを買いたくて財布のヒモが緩んでいる父親母親狙いだろうか、坊ちゃんお嬢ちゃん用にお店もリボンやプリーツ入りのカーテンを駆使し可愛らしくデコレーションしてフリフリのドレスを展示している。
『見上げていた』ブックナーの視線の高さに合わせる。
「…なんじゃそりゃ」
そのお姫様をイメージしたドレスのマネキンの頭には、お店の人のお茶目だろう、お飾りのティアラが安っぽく輝いていた。
ファンナはギルド依頼から帰ってきて換金を済ませたところだった。矢を補充したい彼女は、残り数本しか入っていない矢筒のベルトの歪みを直して颯爽と酒場を出る。
今日も数人のギルドと一緒に仕事をした。学校では学べない実践の動きも後衛として観察させてもらい、その顔と共にその傭兵のクセや戦術を頭の中にインプットする。ギリリーとかいうぱっと見パワータイプの魔法使いと、細身だが鉄球を振り回す妙齢の女性アグネ、傭兵にしては珍しく礼儀正しいオーソドックスな強化剣士で同い年のシュトーリア。彼女は自身の脳に刻みこみ、同時に対策をも開始する。
「まだまだ私も甘いわ、精進しなきゃ。これじゃ、次はブックナーにまけちゃうかも」
むき出しの肩から健康的な肌をあらわにし、マッシルドを今日も照らす太陽とともに輝かんばかりだ。彼女の貴族を思わせる美麗とした容姿と、赤ミニスカート型の腰鎧といいそのキュートながらも冒険者な服装というギャップに通行人はちらちらと彼女に視線を奪われる。
ギルドランクで言えば彼女が一番上だったが、どうやら学校も学生に少々判定が甘いようだ、と再確認する。森の主のドラゴン…炎を吐いたりすることはないが、天然の魔力障壁と森の中を縦横無尽に動き回る蜥蜴のような機動力で弓士であるファンナも苦労した。
アグネは、木々が邪魔して鉄球を振り回せないと知るや早々にかき回し役に回り、魔法で囲い込み、追い立てるギリリー、途中でシュトーリアが姿を消してからは戦線が一時崩壊したが、彼女が戻ってきてからは一気に勝負を決めることが出来た。タンバニーク流の剣術が対人対魔対竜にしてなお足場を選ばないとする理由が分かった気がするほどのものだった。評価を改めなくてはならない。
「あら、ブックナーじゃない。
…あの隣の男は…………もしかしてパーミルが言ってた?」
五〇メートル先のことだがファンナの視力には目の前も同然だ。ブックナーはフードを脱いで、隣を歩く男とケンカしてるみたいにつんとそっぽ向いている。でもその男が曲がるとブックナーも曲がる。二人とも手にジュースのカップを持っていた。後ろから見ると何だか兄弟に見えなくもない。すねた弟に苦笑している兄のようにも見えた。ブックナーを入学当時から知ってるファンナにも見覚えはない。
「へぇ…あの子が懐くなんてよっぽどだわ。気に入られてた先生にすら距離を置いてたっていうのに」
『――…ル兄さんは、僕を信用できてないんだな。ああ分かるとも。でも、あの時は初めてだったからああいう不本意な結果だったけど今度は分からないぞ…』
彼女の視力をも霞ませる超人的な聴力が言葉を捉える。隣の、灰ローブに身を包んだ黒瞳黒髪の男の胸を突いて挑発的に言うブックナーの親しげな声に、思わずファンナは目を丸くした。
「…………兄、だって?」
ブックナーが夜、寝言で兄を呼ぶのは、彼と同室であるパーミルから教えてもらっていた。…パーミルとブックナーは、優等生で自慢げな先輩と、負けず嫌いだがどこか抜けてる後輩で、いつもケンカばかり…でも一年とちょっと前までは先輩と後輩で良い関係を築いていたのに、ある日急に仲違いをしたかのように疎遠になったのだ。それまでの親しみの篭もった口げんかはなりを潜め、お互いの根と根を否定するものになった。学生大会でもお互いに剣も合わせたくないのかトーナメントの割り振りを特別に離してもらってもいたのだから。大会出場が決まると、まるで、ようやく、とでもいうかのように寮を飛び出して帰ってこない――。
「…パーミルも、つまんないケンカなら、さっさと仲直りすればいいのに」
そんなわけはない。きっと根強い理由もあるに違いない。
ファンナは、一週間ぶりの弟分に声をかけようと思ったが、止めた。何だか知らないが、兄かも知れない男と軽口をたたき合うブックナーに声をかけてはいけない、と何かがとめたのである。その感情は親愛と言うには歪んでいて嫉妬というには少し複雑で、二人の間に何かがあると確信したわけではないが――。
野暮ね、と。
数年にわたって姉代わりだった戦士学校三位は、わずかに寂しげな溜め息をして二人に背を向けたのだった。
「…き、きゃぁああああああッッ!!???」
ちょっと近道しようと思って路地に曲がってみたら悪夢が広がっていた。ついでにいうと叫び声はこれでもう五回目だった。
バケツに顔を突っ込み剣先がお尻が動くと同じく動き、呻く。
素っ裸の男達がキス寸前まで顔を近づけて何とか離れようと必死だったり、見ないように空に視線を逃がすと屋上から曲芸に失敗したかのように片足をつって半脱げ鎧で憐れにももがいていたり、なんだか知らないけどミルクをぶちまけられたみたいに顔をぐっちょりと大量の白濁に汚して虫の息だったり――…!
男どもが男どもが…変死……いや、へ、変態死している…!!!???
「ひ、酷い……………これが…傭兵狩、り――…!」
ぞぞぞっ…! と背筋が薄ら寒くなるファンナは、慌てぎみに金髪のロングヘアを翻して人通りの多い大通りに退散するのだった。
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