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三〇話 邪神と金髪召喚と暗殺の影

   ―― 大会まで 残り六日 ――







「――ヒカル兄さん、ストップだ」


「ん、お? どうした忘れものか?

 ………………って町人もどうしたんだ? 急に道を空けて…」


 俺達が武器屋を離れてからしばらくすると、急に人だかりのような人混みが割れるかのように道の左右に(わか)たれる。俺は珍しい甲冑だなーと思ったくらいだが、周りの静けさ、『その集団』に向けられる羨望の視線がさすがの俺にもただ事じゃないことを教えてくれる。


 ――六角に延びる線の上に大鷲が羽根開いたような刻印を載せた紋章を両肩と胸につけた、全身銀のフルプレート。プレートの隙間からは二重に着用された金色の鎖帷子で、ベレー帽型のやや角張った銀兜を斜に被っている。そのかぶり方が正しい、と分かるのは。彼らのベレー兜の額の上には皆同様に流水のごとき色様を讃えた守護石があるからだ。それぞれが微発光し、湖がたゆたうような光の奥では幾十もの守りの呪文が展開され続けている。


 四列横隊の騎士が一糸乱れぬ行進で進んでいく。彼らの家族や知り合いもいるのか、辺りからは我が子を褒め称えるような賛辞やマッシルド、エストラントの栄光を喜ぶ声かけが騎士団に向けられていた。


「…真法、騎士団」


 俺の隣でブックナーが身を縮めるように顎を引いて、言った。あきらかに緊張していて、黒フードで顔は見えないが、声からは敵意すら篭もっていた。


「騎士団? ほー…あれがか」


 腕組みしながらそれを見ている俺としては、この世界でまともな騎士『団』にあったのってこれが初めてだったりする。シュトーリアがタンバニークの騎士だったらしいが、はっきり言って想像がつかない。あいつ自身も鎧は置いてきていたみたいだし。


「…強いのか?」


「当たり前だっ…、真法騎士団は武勇に誉れ高きタンバニーク督戦騎士団と双璧を成すと言われる最強の騎士団の一つだぞ。上級騎士だから人数こそ少ないが、ラグナクルト大陸では彼らを突破できるのはせいぜいお互いくらいだ。別大陸の騎士団と手合わせしたことはきいたことがないが…」


「別大陸?」


「ああ、ラグナクルト大陸自体はそう大きい物じゃないしな」


 …アストロニアやタンバニークを含めたこの大陸がラグナクルトなら、海の向こうにはもっと広がってるって事か…この大陸って、案外オーストラリアくらいなのかな案外。


「『法』に洗礼を受けたミスリルは死の運命を受け流すと聞く。特に凄まじいのは額の守護石が彼らの神直接の守護だと言うことだ。守りに関してなら、イグナ教の最高神、聖王神イグナ・ムードゥルをすら退けるという。彼らの教えで専守防衛なのが唯一の救いだが。

 …一人一人が一騎当千という化け物の騎士団なんだよ。だが、コロシアムで上位に入れば真法騎士団への切符も得られる。うちの学校でも憧れの的だったな…」


 全然憧れすら感じないような言い方で言うから、聞いてて嘘くさくもあった。

ミスリル…ああ、確かによく見れば彼らの鎧が青みがかってる気がする。アクェウチドッドの刃色よりも水色に近い感じだ。


「法を守護する者は法の加護を受ける。

 ――この世に一度も罪を犯した者なんていない。

 ならば、それはそのままあいつらに傷一つつけられないのと同義だ。『法』とはそういうものなんだ」


 一分程度の行進が過ぎると、ブックナーは俺の手を引いて騎士団とは反対方向に早足するのだった。


「手合わせしたい?」


「ああ。せっかくこれ買ってもらったんだし、少し慣らしておきたい。ヒカル兄さん、あんたも大会に出るんだろ」


 落ち着いたのか歩調が弱まったかと思えば急にそんな事を提案してくるブックナーだった。細身のこいつはローブを着ていても細身で、腕はもしかしたらナツより細いんじゃないかって思う時がある。声も声変わりしてないのか高い。歩間も広くなく、俺がちょっと大股で歩くだけでこいつの早足になってしまうのだ。


「…この剣だって、悪党から没収したと考えれば悪意も晴れる、か」


 そんなこいつが男言葉使うから、すごく違和感があると言えば、ある。粗野な言葉ってこいつの元々の声質からすると合わないんだと思うのだ。


「雑用が何いきがってるんだぁ? 大概にしろこのっ」


「あいたっ」


 すごく殴りやすいところに頭があることに気付いた。


「はぁ~…厄介な奴拾っちゃったなぁ、いきなり大出費だしよ…」


 マハル・マキシベー・ラ・ブックナーと名乗ったこいつは、このラグナクルト大陸で言えば最西に当たる小国マキシベーの貴族の一人息子だそうだ。二男坊や三男坊があつまる学校では珍しく長男で、マハル家自体貴族でも現場色の強い家柄らしい。

 王宮魔術士か騎士団の選択を迫られ、ブックナーは騎士を選んだと言う事だ。

 ゆくゆくはマキシベーの騎士団に入るのだとか。

 

…ああ、だからさっき真法騎士団の奴らを敵視してたのか。自分の目指すところより格上だから。ライバル心かな。


「そういえば用事があるって言ってたな、ヒカル兄さん。内容は?」


「んー、人捜し。ええと…あんな感じの女の子だ」


 目先に昨日の金髪少女がいたので指さす。金のショートヘア。その右手の甲には昨日俺が刻んだ神獣召喚の魔法陣が刻まれているのがわかる。


「………………大体いくらだ?」


「それが六〇万だってさ。どっかのやんごとない貴族さんなんだろうなー。捜すには随分手が込んでるって言うか、やり方も必死というか。

 ん? 何か俺の顔についてる?」


「い、いや……金持ちは違うな、と思っただけだっ…」


「いやお前も似たようなもんだから」


 ブックナーは慌てるように顔を逸らしたが、…睨まれてるように感じたのは気のせいだろうか。





「その貧相な肢体はブックナーじゃないか。どうしたこんな所で」





「ん?」


 振り返ると、道のど真ん中を歩くようにしてこちらに近づいてくる男がいた。

銀髪のオールバック。三六九には及ばない物の、高い身長で俺達を見下すような視線を向けながら不敵に微笑している。鷹揚に手を広げ、まるで旧友の再会を喜んでいるような大げさなジェスチャーは嫌がらせにしか見えない。片手に掴んでいる傷ひとつない銀兜といい、その全身を包む高そうな鎧と良い腰の二本の剣と良い、まさに貴族然とした風貌だった。

 

「おい、あの変人誰だブックナー。…ブックナー?」


 聞かぬ存ぜぬと言った風に無視して先に進む少年だった。俺は追いついてブックナーの肩を掴むが、


「…無視してくれ。大会まであいつとは関わり合いになりたくないんだ」


「とは言っても目はつけられてるみたいだぞ。普通に近づいてきてる」


 ち、と舌打ち混じりに振り返ると、もう残り10歩とない距離まで詰めてきている男だった。年は…若い。年上になるが、そんなに離れていない。ただ一八〇センチの身長と鎧の上でも分かる美体型がうざったらしくて顔から下は見ないようにした。

 うぐ…嫌みなことに顔までハンサムだった。俺は目の前の何かから目を逸らす。


「ブックナー? こんな所でほっつき歩いてていいのかい? …大会も近い。修行に出ていないで大丈夫なのかい」


 何だか含む言い方だが、俺は他人の振りをした。


「…僕の勝手だ。君に言われる筋合いはない」


「とは言っても、そうは言ってられないようだがね。どうする?

 家に招待しようか?

 そうすれば無事に大会に出られるだろうと思うのだがね」


「………………何が望みだ、パーミル」


「ハッ、いや何、せっかくの我が校の代表がつまらない理由で脱落しては困るからね。

 まぁ…本音を言えば早いところ消えて欲しい。剣も捨て、痛い目に合わないように、上で僕の勇姿を羨望の眼差しで観覧してるがいい、と言いたいところだ。

 だが、…君だが公衆の面前で徹底的に下すことには意味がある。

 一位と五位の格差の話ではない。もっと高度な意味合いを持つ上下関係だ。分かるか?

 だろう、ブックナー?」


 一位………………・・我が校……。

 こいつも二スタリアンの代表か?


「僕は僕のやり方で出場する。君も首を洗って待っていることだ。せいぜい油断していろ」


 怒りを堪えるように言い放つブックナーだった。


「油断? …おや、夜這いでもされるのかな? 楽しみにしておこう。

 ――それと、」


 二人のやり取りを聞きながら屋台のナツナ絞りジュースをじーっと見ていた見ていた俺は肩を掴まれた感触に首を戻す。


「うまく化かした(・・・・)ものだな。これではもしかすると奴らも気付くまいよ」


 ではな、と背中で手を振りつつ去っていく男だった。ブックナーが言葉にキレて追いすがるように足を出すが、…踏みとどまる。

 パーミルとか言ってたな。うー…美男子は目に毒だ目に毒だ。


「ま、いいや。お昼まで女の子探すからな。お前も探せよ。

 キンキンやりたいならその後で」


「………分かった。

 さっきは悪い、あいつはうちの学校の奴だ」


 再び歩き出した俺達だが、俺は俺でキツネに化かされたような心境だったりする。二刀流なのかな、って辺りが気になっただけで特に関心はない。


「まぁライバルってところなの?」


「…倒したい奴という点では、そうだな。

 頼む、あいつの話は止めてくれないか。気分が悪くなる」


 あの子はどうだ、と指さしながら早足していくブックナー。

 目標の金髪の女の子と、あいつの後ろ姿が並んで見えた時、なんとも知れない違和感が脳裏を掠めるのだった。


 で、どうでも良いことをふと思ったりした。


「俺にとって気分の悪い奴、か」


 いたかな。てか死んでるな。あいつは江ノ島で海賊に殺されたんだっけ。

 嫌な奴が生きてるのと死んでるの、どっちが幸せなんだろうな、と。

 きっと人それぞれだ。








 祭りが一日近づくだけで客は増える増える。昨日よりさらに一割り増しに人が増えてる理由をブックナーにお使いついでに聞き込みさせてきた。


「行商がツアー組んでたりして、この時期は団体が多くなるらしい。

 あいよ、…熱いから気をつけて」


 会釈しながら昼食のマッツハムを受け取る。

 ちなみに、今俺が覗いているのは天幕車の店だ。ただの馬車みたいなもんかと思っていたら種類はたくさんある。行商用に適した大貯蔵用の奴、冷凍車みたいな奴、天幕が自動でオープンする奴、天幕の掃除がしやすい奴。キャンピングカーみたいに生活設備が整ってる奴…天幕(テント)の柄までオプションで選べるらしく、今なら無料らしい。一番安い奴で一三〇〇〇、高い奴で五〇万とちょいか…ピンからキリまであるな。


「あとナツナジュースな。さっきの通りにあったんだ。買ってきてくれ」


「……………自分でいけよ」


「お前雑用、俺恩人。わかった? いってこい」


「この、鬼ッ!」


 きーっ! ととっつかみに来るが頭を掴むと前に進まないブックナーであった。


 実際逃げようとしても無駄だ。背中に神獣召喚の契約魔法陣を刻印してあるしな。…でも不思議と逃げる素振りを見せないのは何でだろう。一度や二度はシュトーリアみたく教え込んどこうと思ったんだが。

 マッツハムをくわえながらふがふが言って走っていったが多分「覚えてろよー!?」だろう。ベタな奴め。そういう奴は好きだ。


「…エマか? あれ」


 大通りに一人、ふらふら袋を持って歩いている少女を見つけて近づいてみる。ミナ達に買ってもらったのか服が違うけど、あのポニーテールは見間違えようがない。

 危ないな、そばに誰もついてないじゃないか。


「わっ」


 後ろから両肩をがしっと掴んでやった。


「…きゃ、わわあわあああわわ!!??」


 ビビビッ! と背筋をぴんと伸ばす深緑ポニーテールの少女のザマに爆笑しながら、


「あ、ヒカルお兄ちゃんじゃん! やっと見つけたぁ! どう? 大会出れそう?」


「なんだミヨルか」


 エマinミヨルだったようだ。聞いてみると、案の定この九才幽霊は迷子になっていたらしい。言わんこっちゃない。


「う~…幽霊達がヒカルお兄ちゃんっぽい人ならこっちにいたよって教えてくれたから…」


「幽霊って便利だな…てかお前よく区別つくな。俺は全然分からないのに」


 ああ分かってたさ。さっきも天幕車見てるときにぶつかったはずなのに、肩すり抜けたものな。…きっとこの人混みの一割くらいは幽霊なのだ。…たぶんコロシアムを楽しみにマッシルドに向かっていてその途中で事故にあったか魔物に襲われたかで死んだ人達だろうと思う。

 ううう、こわ。


「エマの調子はどうだ?」


「言うと思った! お兄ちゃんって、エマお姉ちゃんのの心配ばっかりしてるし。ねぇねぇ、それよりこの服どう? すっごくかわいいの!」


 キャミソールの裾をちら、と持ち上げてちょっぴりおへそをも覗かせるこの無自覚フェロモン少女だった。それこそ下着同然の布地を、その美乳の頂点と頂点とを押し上げ、ピンとテントを張るのである。一体ここまで来るのに何人の通行人にテントを作ってきたのか想像もつかない。もはや確信犯としか思えない。この柔らかさと張りを知っている自分の両手にすら嫉妬する。

 夏スカートを思わせるプリーツスカートは膝上でひらひらと風とエマのしなやかさを感じさせ、穿いてないとか言うものだからもうお兄ちゃんもう我慢できなくなるのだ。そんなこの汚れきった俺の瞳を「えへへ…」などと純白無垢な親愛の笑みで見つめてくるのだから、さっきの騎士団にこの俺を引っ捕らえてと泣きついてしまいそうだ。


「…あのな、エマに誤解させるような事言うなって。その袋は? わぉ、お菓子かー」


 ひょいひょい、と大福みたいな奴を二個もらう。すると、これ全部お土産だよ、といって袋まとめて渡されるのだった。なんでも美味しかったから俺にも食べてほしいということらしい。


「この中で一番美味しいって言ってくれた奴を、今度エマお姉ちゃんと作るんだ。感想聞かせてねっ」


 両手を後ろで合わせて上目遣いしてくるエマを思わず抱きしめてしまう。んもー…! 罪な子! ホント罪な子…!


「………つくる?」


 腕の中でもぞり、と得意下に顎を上げる。


「うん。私作り方もう分かったもん。褒めて褒めてっ」


 ――……俺は手の大福似の菓子をじぃーっと見つめてみる。

 …いや、こういうのはアルレーの菓子屋にもなかったし…確かこれの小さい奴が新商品って言って行商で売ってたような。


「…教えてもらったのか? それとも何かレシピ本があるとか?」


「いいや? 食べたの」


「それで分かるのか…!? へー!」


 …さすが、アルレフール一個で菓子職人一人を卒倒させただけはある九才である。

 この子天才かも知れない。色々な意味で。


 エマinミヨルを後ろ頭を胸に押しつけるようにして抱きしめながら良い子良い子してやると、気持ちよさそうに額を俺に擦りつけてくるのでもうたまらない。同時に胸が当たる。お嫁に行かせたくない父親の心境である。というより、このエマの身体のミヨルを見ていると、お嫁に行かずずっと父親の傍にいるよ、と言ってくれてる娘に見えてくる。


「あ、今エマがね、汚い体臭を擦りつけるな変態、って言ってる」

 中身はこんな感じだったりする。夜な夜なナイフで襲ってくるからなぁ。


「俺はエマの匂い好きだからだめって言って」


 エマ達は良い宿を取れたのか昨日はお風呂に入れたようで、花の芳香が首筋からすぅーっと鼻に入ってくるのだ。たとえエマに嫌だと言われようとこればっかしは。


「そうだ。今度優勝したらミヨルのためにお店できる天幕車買ってやろうな」


「ほんとぉ!? やった! これでエマと一緒にお店できるっ。

 ヒカルお兄ちゃん大好きっっ」


 胸が押し潰れて俺の中に入ってきそうだ。ああもう死んでも良い――――――、


「…………………あの…………ヒカルお兄さん?」


「はッ…!?」


 ザッ! とエマから飛び離れた俺は周りをネコのように見回し、ベンチの前でこちらをジトっと見つめているブックナーがいることに気付いた。両手にはナツナジュースである。お、俺としたことがまるで無警戒だった…! 恐るべしエマinミヨル…!


「お友だち出来たの? この人は」


「ああ、ブックナー君って言う」


「…………………………………お友だち? はン」


 ごめんね!ごめんね!とミヨルを拝み倒して帰らせてから、何だか不機嫌なブックナーに向き直る。俺はナツナジュースをずずず…っと飲みながら、


「なんだよ、あいつは俺のパーティだよ、何怒ってるんだよ。はい次、お前な」


「どうして僕とヒカルお兄さんでひとつのカップなんだよ!?」


 だんだん! と空いてる手でベンチを叩くブックナーである。カップを俺に見せつけるように掲げる。ぷるぷる震わせたりして、そんな力んで見せなくてもいいのに。


「仕方ないだろ、お土産くれたんだし、何も持たせずに帰らせるのは心が痛まないか?」


 ナツナジュースを大事そうに両手でもってパタパタ帰って行くエマを思う。

 可愛いなぁ…ポニーテールがあんなにに合う子って見たことないもんな…。


「一個も僕にくれてないじゃないか!」


「だって俺へのお土産だもん。感想聞かせてくれって言うし」


 しかたないなー、と半分食べかけをブックナーに押し込んでやる。


「もが…っ……………――! …!! ………ッ!!」


 顔を真っ赤にして吐き出そうとするのを手で押し込めてナツナジュースを飲ませる。吐き出すなんてもったいない…。


「あー、出すな出すな。なんだよ、食べたいって言ったのお前だろ?」


 もうそろそろ予定の時間なのでベンチから立つと、咽せているのか涙目の少年剣士を連れて歩き出す。








「おおっ、君か! 早速連れてきてくれたのかね! その子がかい」


 俺が兵に案内されて執務室に入室すると、仕事中だったらしいあの初老の白髪貴族は、筆を置くと明るい声で迎えてくれた。

 俺の背後ではブックナーがいたがフードは相変わらず深くかぶり、室内なのに脱ごうとしない。初老の男が席を立ち、「街はどうだったかね、なかなかに盛況だろう」と口周りの白いひげを指で遊びながら近づいてくる。


「………………あっ、」


 ブックナーが一瞬身構え背後を見たが、ドアはすでに兵によって閉ざされていた。俺は苦笑いしながらさっとブックナーのフードを取る。

「この子は違います。ごらんの通り茶髪ですし目も違うので」


「む………………ふ、む…………………」


 ブックナーを見て、魚の骨がつかえたような声で唸る貴族だった。ブックナーは俯いてみようとしないが、すっ、とまたフードを被ってしまった。


「で、見てもらいたいのはこっちの方です。

 さてさて、好きな子を選んでくださいな貴族殿。

 

 …『神獣召喚』」


 言って、イメージ開始。紋様を右腕の呪紋がピンク色に光りだす。

 一瞬だけ部屋を桃光が包んだかと思えば、


「ななっ…!?」


『え? おかあさん?』

『ああ! 昨日の怪しい奴だッ!』

『……………あれ?』

『…早くしてよね』


 俺と初老の貴族との間に合計三七人の女の子が立ち並んだ。全員金髪で緑の瞳。微妙に背丈の違いはあれど全員容貌はそろっている。


『のぁあああああああああああああああ!?』


「あ」


 銀鉄の黒髪剣士が剣を握ったまま絨毯にダイブして本棚に突っ込んでいく。どさどさどさどさ…と何だか軽そうなのから重そうなのまで本棚から落ちていき、鈍痛の呻きと共に女剣士を埋めていく。


「…………………どうやら全員違うようだな。すまない」


 崩れ落ちて半分以上の本が本棚からおちて山を作っているのを見、白口ヒゲをいじっては溜め息するのだった。

 何だかブックナーをちらちら見ている気がしたが、特に何も起こらなかった。


「後一歩で森主のドラゴンの首を落とすところだったというのに…」


 あの後全員を元の場所に送り返し、シュトーリアを本の山から引きずり出すと開口早々白い目で言うのだ。ええい俺だって失敗もあるやい。

 本は貴族が片付けてくれるのだという。申し訳ない。


「所でヒカルはラクソン公と知り合いだったのか?」


 詰め所の階段を下りながら、飛び跳ねた髪を手でならしつつ言うシュトーリアであった。所々擦り傷を負っていて件のドラゴンとの戦いが結構長引いていたことを教えてくれる。何でも首が二本あって風を操る、体長三〇メートルほどの大物だったらしい。

 昨日の今日でもうランクを上げてCクラスになっていたり。タンバニークからとにかく真っ直ぐニルベ村近くを目指していたために、腰を据えてギルドの稼ぎに集中したことないシュトーリアにしてみればその程度は当然なんだろうが。


「ラクソン?」


「ああ、マキシベーの有力者の一人だ。以前タンバニークの剣術大会で国王共々訪れていたことがあってな、賞金を賜る際にお顔を拝見したことがあるのだ」


 さすがに二年では変わりようがないな、などと続けるシュトーリアはまた白い目で俺を見ては、


「…なるほど? 何か私達に内緒で依頼を受けていたのか?」


「ごめん、ミナ達は面倒なことに巻き込みたくなくてさ」


「…他はともかく、ミナには話してよかったんじゃないか? あいつは、お前の言うことなら最終的に認めただろう」


「ミナがついてきたらどうするよ。少なくともあのエマとかバウムとかナツとかをまとめて先導できる奴はミナしかいないしさ。

 傭兵狩りが起こってるの知ってるか? 俺やシュトーリアと一緒にいれば、ギルドじゃないあいつらまで狙われるかも知れないだろ?」


「むぅ…ヒカルの方も襲われたか…いや、実は私の方にもな」


 シュトーリアの方は、実は過激にも昨日の夜、宿に火を放たれたらしい。宿を変え、なるべく町中に長居をしないようにもしているとか。肩をすくめて見せるシュトーリア。犯人が不特定多数な今回ばかりは手の出しようがなかったようだ。


「…大変だな、そっちも」


「ヒカルほどじゃない。聞かないが、そんな気がする」


 シュトーリアにつられて後ろを向くと、ブックナーが俺達の会話を邪魔しないようになのか、それとも考えることがあるのか距離を置いて歩いていた。

 途中で肩が当たった兵にも謝りもせず、当たった兵のいらだちの視線を気づきもせず。









 シュトーリアと入口で別れると、俺はブックナーの背中を叩いてかつを入れ、森近くの草原で向き合った。


「さーて、どうやる? ていうかコロシアムのルール知らないんだけどさ」


 後ろの髪をかきつつ言う。周りを見た。人気はなく、障害物と言えば所々に転がってるこぶし大の大きな石だけ。誰かが魔法を使ったのか所々地面が見えていて、足場確保も申し分なし。周囲にも、間違っても巻き添えにしてしまうような人はいない――。


「はぁ。…よし! たたきのめしてやるからなヒカル兄さん! 覚悟しろよっ!」


 ぱん、と頬を両の手で叩き、さっきまでもパーミルとかから味わった鬱憤を吐き出すように意気込んで剣を構えるブックナー。

 剣の握りは右腰、左足を大きく前に出し、切っ先を真っ直ぐ俺に向けるような突撃スタイルをとる。

 見てこれほど特徴がつかめる構えはない。シュトーリアが正眼で攻防一体、邪剣のエマが逆手乱舞の一対多の掃討戦向きだとすれば、まさにブックナーの構えは一対一、初撃で勝負を決めてくる一撃必殺型だ。


「コロシアムは基本一本勝負だ。死ぬか、戦闘続行不可能、及び棄権すれば負け。武器は自由だが三つまで。弓は矢と一対で一つとする。変形武具も全部で一つ。魔法使用も自由。時間制限は一〇分! …質問はある?」


 ヴン、と俺に向けられた切っ先が薄赤く染まる。魔力だ。俺と同じ、魔力を剣に込めて戦うのか。


「ない」


 口の中の邪魔なツバを飲みこんで、ズボンから扇を取り出す。


「じゃあカウントするぞ。

 試合開始五秒前。




 五、…四、…三、…二、…一、……闘技開始(アファラダ)!」




 ブックナーが、発射される。

 予想通り。高速突撃で一気に距離を詰めてくるブックナー。だがその背にはバウムよりも滑らかに無詠唱でそろえられた三つの球状の竜巻が用意されていて、


「あぁあああああああああああああああああ!!!」


「む!」


 右手の高速化のブレスレットの力でぎりぎりスタートを見切れたヒカルはすでに魔力を込めた扇で仰ぎ始めていた。


 暴熱、一閃。


 荒れ狂う灼熱が一陣の風となって目の前一帯の草原を枯れ地に変えていく――!


「風陣障壁!!」


 叫ぶブックナー。小竜巻のような風弾がそれを見切っていたかのように三膜の障壁となり、灼熱の風を突っ切ってヒカルに切り込んでくる。


「あーあ、知らないからな?」


 アクェウチドッドの雷剣が鞘から抜け出て滞空し、ヒカルの首もとの高さで水平に、目前三メートルもないブックナーに標準を合わせた。魔力を抑えて五〇〇程度にする。それでも雷光に空気をすら振動させ、


「じゃあ二撃目」


 魔力が火薬のように爆発し、ブックナーの疾走と相違ない速さで発射される。

 弾丸となった雷剣は真っ直ぐにブックナーの、


「…!!!」


 超高速で突撃しながらもお互いの接近で二倍速に見える雷剣に反応したブックナーは魔法剣でたたき落とそうとするが、投擲物にもかかわらずまるで力が伝わらない…! 


 ライフルが打ち抜くよう。

 ブックナーの首横二〇センチを、三枚の風陣障壁さえもこともなげに貫き殺す。


「まだまだァ…!」


 ブックナーはそれでも止まらない。一瞬死は覚悟しただろうが、ヒカル自身に殺意はなかったのだ。それを感じていたブックナーはだからこそ疾走を止めることはなかったのだ。


(この余裕、絶対に壊してみせる…!!)


 背には、天才的な速度で展開される発射待ちの風弾2個。この距離ではたとえ暴熱の一撃でもブックナーを止める事は出来ない。ブックナーの魔法剣はその切っ先に魔力が集中していて、その攻撃力は王宮魔術士の精度の障壁をも五枚貫通してみせる切れ味があった。大雑把なヒカルにはない、繊細で攻撃的な魔力運用である。



 ヒカルの喉元真っ直ぐに、ブックナーが着弾する――!



「………!? …………とめた、だって!?

 これは……………………………」


 剣が、止まった。

 不思議な感覚だった。

 何かに剣が突き刺さった感触もなければ自身の勢いが消えたわけでもない。

 物理的でない何かによる壁。一切の力学的作用を無視して打突を無効化する薄白色の障壁が、ヒカルとブックナーの間に展開されていた。


「神殿、障壁…!」


「なるほどね、だから五位、か」


「くぅ、ううう!!!」


 手で虫を払うような仕草。

 ただそれだけで、凶悪な速度で拡大する白色結界に打突の構えごと吹き飛ばされる。


 強烈な爆風にあおられたかのように転がっていくブックナーは二〇メートルを飛ばされて何とか地面を掴み、受け身を取るが、


「…くそっ、この人滅茶苦茶だ…!!!」


 再度の暴熱一閃。ブックナーの周囲半径二〇メートルの地面をまとめて引きはがさん勢いで灼熱の嵐が突き抜ける。


「く、くそ、詠唱破棄…!」


 風弾を急きょ風陣障壁にして耐えるがさっきと熱も風力も段違いだ。あおられて一枚目が消し飛び、最後の二枚目が魔力追加を受けてももう悲鳴を上げていた。


 ブックナーの真力は風だ。隣力は、土と、…木!


「術式変更! 土流障壁!!」


 風の障壁を突き破るようにして地面から発生した蠢く土壁が半ドーム状となってブックナーをおおう。その土流の中には木々の根っこが触手のように絡み合い、地面に固く根付いた障壁が完成する。


「おーおー! すごいな、土の壁とか木とか初めて見たぞ。やるなぁ」


 全然驚いてないような声で言うものだからかちんと来たブックナーは、嵐が去った瞬間に一気に飛び出す。ヒカルの熱風が追う。だが読んでいたように土流と根っこの壁が斜めに走るブックナーを先導するように展開され、風の一撃をことごとく阻むのだ。まるで防風コンクリートである。


 螺旋を描きながらヒカルに近づいていくブックナー。しかも死角から風弾がヒカルを狙い、ヒカルはわざわざそれを一個ずつ打ち落としていた。まるでブックナーが近づくのを待っているかのように。地面を蚊取り線香のように盛り上げながら、次第に剣が届く距離までヒカルに近づく。


「チッ………!!」


 ブックナーは舌打ちした。今近づけば神殿障壁でまた防がれてしまう。

 ――対王宮魔術士の常套手段ならば。攻撃をするフェイントをかけてその都度神殿障壁を使わせ、無駄弾を打たせ、魔力を無駄に消費させていってから捌くのが基本である。魔法を発動する前の初撃で決めるのが最高なのだが、それはヒカルに完璧に読まれていた。 

 何より、先ほどの雷剣といいこの暴熱の嵐といい…下手したら神殿障壁より魔力を使用しているかも知れないのだ。

 ブックナーがぎりぎりMP三〇を切っ先に集め、魔力消費を抑える剣の効果で二〇でその攻撃力を維持しているが…雷剣と自分の剣とでは、発光の度合いが全く違っていたのに気付いたのである。

 なのに、広範囲攻撃を連発――。


(アストロニアの最高学区が先日生み出した、あの『例の技術』を使っている素振りもない。それにアレはまだ政府が魔法学校に口止めさせている最中だし)


 王宮魔術士ならとっくに枯渇しているはず魔力を、まるで湯水のように――…!


(強い、この人強い…。大会じゃもしかしたら優勝候補になるかも知れない…!

 アレを使えば倒せるかもだけど、大会までにまた貯蔵できるかどうか…!)


 上着の胸ポケットの重みだ。それは小さな剣が三本寄り添ったのを(かたど)ったペンダントであり、…ブックナーの切り札でもあった。




「…ヒカル兄さん。今から一気に勝負を決めるからな。

 その障壁、破りに行くから」




 構える。マキシベー王国の兵士が習う基本的な突撃の構え。基本にして最強の突撃を実現する、矮小な王国にふさわしい、身を楯にした捨て身寸前の一撃。

 神聖魔法を破るには神聖魔法か冥界魔法。学校の期末テストでも出た、魔法運用の例外の一つだ。ならば。

 ペンダントを握りしめる。ここで負けていたら大会でも負ける。通用することをこの目で確認しておかなくては、あまりにも無策。

 人の身で神殿障壁に対抗するには、神殿障壁しかあり得ないのだから――!

 


「XXXXX・XXXXッッッ!!!!!」



 ヒカルには何を宣言したのか聞こえなかった。

 が、次の瞬間。


『術色層解放より解放色、…ぐっ、…!

 火、水、雷、土、風、木、全指向性解放完了…!

 神殿、障壁…!!』



 ――同じ白光だった。



 毎秒MP10を持っていくという、適正のある魔法使いがのみ使えるのが『神殿障壁』である。

 だが、それでは神殿障壁を使う魔法使いが最強になってしまう。永遠の天敵であり続けなければならない戦士はこれを破らなければならないのはもはや宿命であった。だが、大会では苦汁をのまされ続けた二スタリアンが、とある傭兵を輩出したことから全てが逆転する。


 ニュール・クム・ラ・トラファルガー。


 AA級ギルドにして、それまで最強とされた竜王種の神聖魔法の皮膜を切断してのけた二スタリアン戦士学校きっての天才である。


『魔力は、全ての運用をなぞることで一色となる』


 簡単な話である。――ステージのスポットライトで考えてみると分かりやすい。色つきセロファンの光を集めていけば、白になるというのは有名な話である。

 確かに、それぞれの光が同量でなくては白にはならない。

 ならば、使用中は『他の魔力を練らなければ良い』だけの話である。そうすれば飛び出しがちな真力隣力とそれ以外の差を抑えることが出来る。

 白に、近づく。

 六力全て魔力を生み出す工程は違うが、全ての工程を同量ずつ行なえば、それは白色になるのではないか――そんな暴論を、証明して見せたのが彼だった。

 

 そして、『魔法は武器に込める事が出来る』。トラファルガーのアラマズールが高速化(エノート)が付与されているように、強化魔法は武器にも付与できるのである。


 白光の矢と化したブックナーが、白色神殿の城壁に突撃する――!


 魔力消費を抑える能力の剣に『急に肥大した』魔力を注ぎ込み、ヒカルの先ほどの雷剣より遙かに光力の強い刃でもってブックナーが地を駆ける。

 残すところあと二メートル。


 剣に接触した神殿障壁が局部攻撃により貫かれ、霧散する…!


「もらったぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


「――はい、そこまで」


 最後の踏みしめをするために足をふみしめたその瞬間、


「…え、う、うわああああああああ!!??」


 べこん! と突如地盤が崩れて踏みつけた力もろとも地中に出来ていた大穴に落下するブックナーだった。周りの土や防風壁の一部が『ざぁあああああ…』と流れ落ちていき、もがくブックナーをさらに埋める。


「まぁ、破られるのはもう慣れたというかね。

 足場を崩すか空に飛ばす。これに限るよ」


「む、ぐぅう……………ッ…………………………・・ぅぐ」


 地面から埋まったブックナーだけを浮かび上がらせると地面に横渡せた。





「でだ、」





 手を振り落とす。それこそ地震のような神殿圧縮の一撃がヒカルとブックナーの周辺半径五〇メートルを『圧死』させる。刀剣や鎧が折れる音が聞こえる。悲鳴が聞こえる。みしみしみし、と地面をへこませ防風壁すらも砂の彫刻のようにまとめて平坦にしてやった。


 暴風壁のあったところ、そしてわずかに範囲に入った森の木々だった部分に赤色の花火が出来ていた。…結界を解く。風に乗って、鉄さびの匂いが空に舞い上がっていく。

 

「つけられてたな。どこからだろ」


 一番近くの赤い花火に近づきながら零す。

 戦闘中に、うち一人が一瞬目に入ったのがよかった。防風壁にこれ幸いと入りこみ、俺の死角を狙ったんだろう。

 綺麗にプレスされて金属板と化した鎧の一部を拾い上げる。


「この鎧……あの詰め所の…………………?」


 真法騎士団とは別の、あの詰め所にいた兵士のものだった。

 気絶したブックナーを一瞬見やる。周りを見回しても、この状況で自分達を襲う奴はいないと判断出来る。危険は、ない。


「嫌な予感がしてきたな…当たるんだよな、こういうの」


 神殿障壁を破ってきた剣を拾い上げ、ついている砂を払いながら独白するのだった。


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