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二九話 邪神と殲滅とお坊ちゃまども

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


 僕は人混みを走り抜け、頃合いを見て飛び込んだ路地の壁に背中を預ける。

 何だか知らないけど傭兵達がおかしい。同士討ちしているのを見かけたと思ったら偶然に僕の持っている武器も見られてしまって逆に襲われそうになったのだ。

 …御しやすいって思われたんだろうな………くそっ、小さいからってバカにしやがって…!

 

「えーと…人街戦術の三章の二項だったかな。『個人特定による追跡に際しては人膜を楯とすべし――』」


 歯噛みする。戦士学校の文章とはいえ貴族の考えだ。一般市民を楯に使おうなどと…っ。しかし、今のところはこれが正しい、か。町中の戦闘なんて習ってない。それにここで戦えば確実に注目を引く…!


「街に降りるの久しぶりだな…」


 …学校の寮から『食道楽がしたい!』と友人に抜け出させられて以来だ。でもこんなに人通りはなかったように思う。大会参加生徒しか寮から出られなかったから、やはり僕には祭り自体初めてと言う事になる。これがコロシアム前の祭り…。

 毎年祭りになるとこの荒れ具合だとしたらこの祭りは結構危険かも知れない。いずれ整備されるとしたら死傷者防止の対策で統制しなくてはならないだろう。


 僕は路地の先と通りを覗き込んで傭兵らしき装備の人がいないか確認し、再び人混みに飛び込む。


「次に『拠点の確保』だから、……あまり人目を引かない安宿を探そう」


 ――ここからが長かった。いきなり前を通った八百屋のテントに傭兵が落ちてきて半狂乱になるし、武器屋の前では…マキシベー系の家族だろう、金髪の髪をした子供に傭兵が吹っ飛ばされて、それから僕がかばうことになった。傭兵はその場で気絶させたが注目を引いたらしい。元々のその傭兵の相手が仲間を引き連れて僕を追ってきた。…子供でそれなりの剣士なら絶対に二スタリアンの貴族っ子、ってバレてしまったのである。


 僕の行くところいくところ傭兵達が街を縦横無尽に走り回って戦っている。だが逃げればいいのにそれすらも祭りの野試合として捉えてしまっている人達なのだ。実際に一般の人には意味もなく手を出してはいないから、そう思われるのも仕方ないのかも知れない。


 怪我をするのも承知。

 そうまで心に決めてコロシアムを見に来ている人達の心持ちなんて知るわけもなく、危なくなったときいつも僕がわって入り、剣で黙らせ、傭兵狩り達の注目を浴びた。


「ここも…だめか」


 真新しい黒フードを被り直す。

 宿屋の八件目も、だめ。この人だ、分かってはいたが。

 空腹のため腹ごしらえにマッツハム(野菜とモホモス肉をナンで挟んだようなサンド)を買い、食べながら宿を探した。買い食いなんて久しぶりだ。


 ……実感する。これが、祭り。


 二スタリアン戦士学校では期末筆記試験の後にコロシアム選手選抜の学生大会が行なわれる。戦士になるべくして学校に入ったのだから、剣と魔法の祭典とも言われるコロシアムに出場することは夢の一つでもある。

 けれど生徒は皆、大抵が貴族だ。迂闊に良いとこの子を危険に晒したりすることはできないし死なせるわけにもいかない。学校の宣伝や宿敵ゼファンディア魔法学校の生徒達の事も考えると、学校の上位のみを代表として参加させる…と言うことは悪くないのだ。ただ、それ以外の生徒は寮から出られずまた勉強と訓練の日々に戻るのだけど。だから、学生大会も死にものぐるいだった。


「…………………ふふ」


 だからどうしても頬が緩んでしまう。危険な街も授業を思い出せば訓練に過ぎない。襲ってきたって追い返せばいい。卒業と同時にギルドBBクラスが授与される二スタリアン戦士学校の上位を勝ち取った僕に、かなう傭兵など早々いないのだから。


「よし…じゃあ次はあの宿に行ってみよう」


 大通りと路地との角地に小さな宿屋があったのだ。宿屋を示すベッドのマークが風雨でか擦れてしまっていて三分の一ほど見えなくなっている。隣には道具屋がある。後で薬草やらを買い足しておこう…。


 チリン…ドアベルを鳴らしながら入ってみるとロビーも手狭だった。入口のすぐ横に階段があり、ロビーにはほとんど奥行きがない。帳簿をつけているおばさんをぎりぎり囲むような小さなカウンターが、逆に大きく見えてしまうくらいだ。

 ぎしぎしと床を鳴らしながら近づくと、


「もう部屋はいっぱいだよ」


 この店主、顔もみずに言うのだ。なんて態度の悪い…っ。

 それにしてもまたか。いい加減…精神的に疲れてきた。


「なんだと? ここも空いてないのか?

 バカを言え、そこの部屋の鍵はあるじゃないか」


 各部屋の鍵入れには二本ちゃんと鍵が入っている。つまりその部屋は空いてるって事だ。ああ、と中年の女性はメガネを上げながら後ろの鍵棚を見て、


「ここは予約をもらっててね。…坊ちゃん、祭り前はどうしても混んじゃうから予約しないと宿は取りにくいよ? さっきもぎりぎり空いてた一室が埋まったばかりさ」


 一足遅かった…っていうのか。ああああああぁ――…くそっ! なんだか傭兵達といい暑さといい、最後の一室を奪った奴といい、まるで僕をあざ笑ってるみたいじゃないか…!高級なとこに泊まりたいけど…それだと学校の授業に反する。学んだことをいかせないのは辛い。油断なく大会まで自分を緊張させ続けることも、この安宿をとる理由の一つなのだから。

 

「ここがいい。何とか一室開けられないか? 金は出す」


「あのね、それが出来たら私もお客を返したりしてないさ」


 …すると、階段から誰かが下りてくる音が聞こえた。チャンスだ。この融通の利かない店主より客に脅しをかけた方が良い。出て行く所を狙って…。


 が、その青の神官然とした服を着た妙ななりの男は、階段を下りきることもなく、


「…おいお前、何を見ている」


 何だか滑稽な者を見るように僕を見つめているのだ。予定とは違うが噛みついていくことにする。


「金はここの十倍出す。お前、僕に部屋を譲れ」


「は? だめに決まってるだろ、さっき荷物置いてきたばかりなんだから。あんまり無理言っておばちゃん困らせるなよ?」


 青年…二、三才くらい年上だろうか。この辺ではあまり見ない黒髪と黒瞳をした人間だ。タンバニーク周辺の人間だろうか。まだ子供じゃないか。葉巻なんて大人びた物を不格好に吸っていたりと不自然すぎる。

 けれど腰の剣は良質な物。…いや魔法剣だ。鞘からわずかな青光が零れているのがわかる。魔法学校の生徒か…と思ってしまうが、この統一性のない身なりは傭兵のそれだ。あいつらは確か、自分達の制服の着用を義務づけられていたはずだから――。


「って、」


 いない。僕が思考を巡らせてる隙にさっさと外に出て行ってしまったらしい。


「くっ…失礼する!」


 宿のドアを思い切り、なにやら妙な手応えはあったが気にせず一気に開く。

…!? いない! 足が速い奴だ…っ。


「いててててて…な、何だってんだもう…」


 視線を落としてみると、段差したであの男が地面に突っ伏していた。何をしているんだろうか。ま、まさか傭兵にやられた…?

 きょろきょろ見回しても誰もいない。

 自分で転けた…?

 …何てドジな奴だ。


 せっかく動けないでいるのだから、一気に話を進めてしまうことにする。


「待てぃおまえっ!!!! さっきはよくも――!」


 ビシッッと指をさしていったつもりが全く聞いてないらしく何やら地面にうずくまって呻いているのだ。わけがわからない。葉巻なんか抱きしめて。


「その剣…お前、傭兵だな?」

 

 内心疑問形だった。こんなのが傭兵であるわけがない。ポーチもブランド物。神官服といい、ただ格好つけた貴族の息子というなら話は分かるのだが――、


「はぁ? もういいよそんなの…」


 次の瞬間、僕は何の予兆もなく地面に叩きつけられ、気を失った。








 俺が外で朝飯を買って帰ってきたところで、ちょうどブックナーも目が覚めたらしい。


「………………・・ん、」


 目を覚ましてまどろんだ目でぱちぱちと瞬きをし、ごろん、と寝返りを打つ茶髪の少年。窓外を見たと思えば、急に半身を起こして身体の節々を見回すのだった。ローブを脱がせていただけなのにずいぶんなビビリぶりである。足の先やら頬やら腰やらを触って確かめ出すのに呆れて溜め息をする俺は、


「起きたか。頭痛いとかないか? …メシ食いながら寝るなよな。全く」


 ――このブックナーは余程疲れていたのか、俺がようやく腹がいっぱいになったって時にはすでに机に突っ伏して寝てしまっていた。ここまでおんぶして寝かせたわけだが、周囲や宿屋のおばさんからは妙な視線をいただいた。違う、俺はそんな趣味じゃないやい…!


 マッツハムという野菜と肉はさみサンドを投げ渡すと俺は一口目を口にした。うん…なんか羊臭いけど悪くない。

 外ではマッシルドの昼型の店々が開店準備を始めてるところだった。出勤客向けの屋台はすでに始まっていて、このマッツハムも屋台で買った。店主の話によると昼より朝の方が売れるらしい。まぁジャンクフードっていうか、味的にわかる気がするけど。


「……、僕のローブはどこ?」


「ローブはもうちょい待ってろ。すぐ乾かす」


 俺は窓際のイスに被せていた生乾きの黒ローブを手に取ると、今度は呪いの武具の山に手を差し入れ、


「な、なななななななななな…!? おいヒカル、それ、それはなんだっっ!?」


「え、今気付いたのかよ。これ全部俺のな。あと、お兄さんと呼べ」


 ベッドからずり落ちんばかりに後退って壁に背中をぶつけるブックナーだった。呪いの武器達が朝の挨拶をするかのようにそれぞれ妖しく赤や青や緑に光る。ブックナーから手元を凝視されているがまぁ慣れたことなので気にしない。

 六色宝珠の黒刀を握り直し、軽く赤を灯す。刀身をローブに押し当て…じゅぅう、と細かい水分が熱に触れて暴れる音を頼りに、くまなくローブをアイロンする。


「それ、魔法剣…か?」


「へ?」


「いや、何でもない…申し訳ない、続けてくれ。僕は朝食をいただかせてもらう」


 何だか無理して視線を外すように部屋の入口辺りを凝視して、はむり、とサンドにかぶりつくブックナー。両手持ちが何だか可愛い。


「あ、さっきからお前が心配そうにしてるその包帯とかはおばちゃんがやってくれたよ。ローブ脱がしてみたら擦り傷だらけだもんな。俺が消毒用具貸してもらいにいったら、ついでだからってやってくれた。お礼言っとけよ」


 …まぁあの妙な視線はきっと期待してたかなんかだろう。小さい子を部屋に連れ込んで…って、ああもう…!


「その………じゃあ、昨日、ヒカル、………ヒカルお兄さんはどこで寝たんだ?」


 茶髪の髪をくしゃりと指で遊びながら、俯きがちにこちらを見上げてくる。

 

「お前の足下。正確に言うとベッドを背もたれにして寝た」


 板の上に寝るよりマシだったよ、と、ホモ車での寝心地を思い出しながら付け加える。


「………ごめん」


「いいっていいって。その代わり大会始まるまで俺の手足になってもらうからよろしく」


「…………・え? すまない、よく聞こえなかった」


「いやだから、お前も大会出るんだろ? それまで泊めてやるっていうのよ。その代わり雑用お願いね、って話。ローブはサービスだ。これからお前がやるんから覚えとけ。

 昨日話したぞ」


「……………………………僕は、そそ、そういう趣味はないぞ……っ…?」


「わかっとるわ! 俺も頼まれたってするかよ!?」


 キレながらも、じゅぅう、とフードの首の付け根を終えて、ブックナーに手渡す。


「…それ食ったら出るぞ。まぁおまえの武器防具云々はその用事の後になるけど」


「用事? 僕は何をすれば良いんだ?」


 きょとん、ともぐもぐ口を動かしながら言うブックナーだった。貴族学校のクセにお行儀の悪い奴だな。


「だから雑用?」


 アクェウチドッドの雷剣を腰に携えながら言う。ローブに引っかからないように腰のベルトを締め直し、


「…………何をしにいくんだ」


「決まってるだろ。傭兵狩りの本拠地を、狩りにだ」







 昨日の路地裏に行って男をテツで拷問しながら本拠地を吐かせる。イエスキリストみたく貼り付けにしてその股の下や首元にナイフを突き立てていって白状するまで続けるという程度である。

 ブックナーが青ざめてしまっていたがこれくらいで言葉を失ってたら雑用はつとまらないので股間を切断しろと命令してみたら途端に傭兵の男が白状しだした。ブックナーが半泣きになった。


「たーのもぉーっ」


 言いながら準備中の札のかかったバーの扉を神殿障壁でへし折り、もっこり煉瓦を押し崩しながら押し入る俺は、朝方にもかかわらず客…というか作戦会議中の傭兵達でいっぱいの店内を見回し、


「ここにボスいる? ちょっと良い相談があるんだけど」


「な、何の作戦も無しに突っ込むなんて…!」


 ふむ、と腰に手を当てて言った。何だか落ち込み気味なブックナーは放って置いて――赤茶の風の紋様が刻まれた鉄扇で首元を仰ぎつつ、余裕で不敵な表情は三六九全開で睥睨する。ふふふ、これぞ邪神クオリティ。


(ひひ、ヒカル…! バカかお前は! ちょっと待て、この人数だぞっ…無茶だっ!)


(ええい、お兄さんと呼べよお前っ)


 ブックナーが俺の腕を引っ張って外に逃げようとするが無視である。確かにざっとみても25人はいるな。面構えからしてDクラスの傭兵もいる。かき集めたって事か。


「…ボスは別の所だっつの…お前、どうしてここに?」


 …奥の席にいた男が立ち上がり、言った。声からして、さっきまで全員に何かを説明していた男だ。立ち聞きして中の様子伺ってたから分かる。


「ああ、たるんだ腹してる銀兜の男を締め上げて吐かせた。有象無象その他大勢の名前なんか知らん。

 まあいいけどさ、ボスの居場所知ってる奴がいたら教えてくれ。そいつは無傷で逃がしてやる。あとは盗品置いて失せろ」


「ガキ連れて何言ってやがんだ、てめぇっ…!

 知ってたって誰が言うか!

 なぁ、てめぇら!」


「わわわッ…! に、兄さん剣借りるよ!?」


「いいからいいから」


 斬りかかってきた一番近くにいた傭兵を、鉄扇で仰いだ(・・・)。熱風で壁に叩きつけられて気絶する男を顎でさしながら


「…っていうのをお前ら一人ずつにやろうか。気絶するまで何度も。壁にキスマークいっぱいつけて気絶するといい」


(ヒカルお兄さん…今の一体…!? 何か吹き飛んだりして…!!)


(バカ、しぃー! 後で説明するから!)


 いらんこと隙らしい所を見せてしまったために『やっちまえぇー!』と突っ込んでくる男達は、熱閃一掃するハメになったのだった。魔力を吸って発動するが、極力抑えても温度が六〇度前後の暴風。まさに砂漠の大嵐の一撃である。『亡熱刺扇(ぼうねつのしっせん)』…扇であり、投げればブーメランという投擲武具だ。装備中敵に遭遇しやすくなる呪いらしいからこれはそのままにしている。


「…はぁ」


消えてしまったランプに六色宝珠の黒刀で明りをつけると、一見室内は引っ越し前の荷造りを終えた店内に見える。でも明りを増やしていくと、…暴風でも巻き起こったかとでも言いたげだった。固く磨かれた床板すら引きはがされ壁に突き刺さっている。イスや机がオブジェを作り、傭兵やらが間に挟まったり絡まったりしてごっちゃごちゃになってうめいているのだ。


「おっ、宝箱じゃんか」


 一つにまとめるのは分配のためだ。昨日の傭兵狩り達のそうだったけど。


「この惨状を店主は…」


「ああ、きっとそこに一緒に混ざって転がってるんじゃないのか? こんな奴らを入れてる時点で罪だ罪」

 机とイスと傭兵の山を見やるが誰が誰だかもう分からないので捨て置く。

 宝箱をてこの原理で強引にこじ開けると、中身をずた袋に放り込んでいった。これでいくらくらいになるだろう? お、インゴット発見。


「ヒカル兄さん、それって泥棒じゃ…? だ、だめでしょ!? やっぱり止めよう…!巡回してる真法騎士団に見つかったら…」


「盗品をいただくだけだしいいじゃんか。置いていくのはバカらしいし。全部騎士団に預けるの? 俺達には何の報酬も無しに? この世界でボランティアはバカだろー。」


「だめだ、よくないっ!

 ヒカル兄さん、それはこっちの理屈だろう? 騎士団にとってすれば僕たちも立派な犯罪者なんだ! 確かに、ギルド同士の諍いは騎士団の関知する所じゃないけれども、常識的に考えて――」


「このお金で誰かが助けられるとしたらどうだ? 裏オークションって知ってるだろ」


 ブックナーは口をつぐんで眼を細めた。聞きは及んでるらしい。二スタリアン戦士学校はこのマッシルドの最西に当たる位置に存在するだけに、いくら俗世と隔離されていようと同じ街のことだ。嫌でも情報は入ってくるに違いない。


「あれに参加する。

 商品を競り落とせばその受け渡しのために舞台に上がることが出来るだろ? そこで内部を確認した後で、奴隷販売になったら行動を仕掛けるつもりだ。

 これは言わば、その後の奴隷達の生活費でもあるんだ」


 勿論ただで生活させる気はないけどな、と付け加える。あの屋敷なら後二〇人くらいだったら十分住めるのだ。


「金持ちの連中に気付かれないよう隠密行動を取る必要があるからな…出来るだけ騎士団とかには顔を合わせたくない。正直、今受けてる依頼すら邪魔なんだ。大会参加のために必要ってだけでな

 お、これいいなこのブレスレット。これで呪い付きだったら良いんだけどな…」


 んー、と解呪のかかった手で掴んで観察していると、ブックナーが喉の骨が取れたとばかりに、


「………それだよ、朝の、というかさっきの路地裏の武器達は一体…。あれ、全部まともな武器じゃないだろう?」


「そうだぞ、全部呪い付き。だった、っていうのもあるけど。

 ほれ、この袋お前が持てよ。いくぞ」


 ずしっ、と合計15キロくらいある金品やら宝石やらを袋に入れて持たせる。一瞬輿路ついたかと思えば、腰を入れてしっかり直立して歩くブックナー。身体の割りに力はあるらしい。納得顔ではないのが玉に(きず)だけど。


「…………何だか気疲れした。ヒカルは、全然そう見えないけど。…でも僕が悪いんじゃない」


 溜め息しながらついてくる、ブックナーが言う。


「所でお前、今金いくらくらいあるんだ?」


「四〇〇〇シシリーくらいならある。寮から出てきたばかりで心許ないが」


「ああ、まぁそれくらいはサービスしてやろう。その代わり働けよ。働かせるからな」


「……………ハァ………………何だか飛んでもない奴に捕まってしまった気がする」


 何だか従者ってこんな感じなんだろうな、って感じでブックナーを連れ、階段を上がって表通りに出て行く。


 道具屋でブレスレット以外を売り払い、金貨六枚と銀二二〇枚になってさらにポーチを圧迫してくるのである。剣二本も相まって腰の辺りが強烈に重い。これ絶対紙幣を作るべきである。


 武器屋横町に足を伸ばしてブックナーに選ばせていると、聞いた事のある声で肩を叩いてくる誰か。


「ヒカル、武器の調達か?」


 俺と目が合うと、肩までのウェーブかかった黒髪のそいつはわずかに笑って腕組みする。


「シュトーリアか! おおっ、どうだよ調子は。っていってもまだ一日目だけどな」


「一日だって無駄には出来ないからな。昨日早速掃討依頼をこなしてきた。ヒカルに借金もあることだし、今払っておこうか?」


「二万もう稼いできたの? へー。…だけど、いいって。それはプレゼントだとでも思っとけよ。

 というか止めろ、その行為は今の俺には嫌がらせにしかならないんだから」


 このポーチ見ろよ、とまるでミツバチが花粉玉をくっつけているように俺の腰に張り付いている一つ五キロだか六キロだか知らないそれを見せつける。パンパンすぎてボタンがちぎれそうになっていた。


 シュトーリアは頭痛でもするかのように額を抑え、

「………………・・ヒカル、何があったかは聞かないが、……………………………………………………………………またなんかやったのか」


「まぁそんな感じ。大会予選しやすくなるって考えるとぼちぼちって所だな」


 うん? と首を傾げるシュトーリアから逃げるように、視線をブックナーに戻す。今奥の剣置き場のツボに刺しこんである安剣を見繕っているようだ。


「おいブックナー、そんな安いのじゃなくても良いって」


 壁には豪奢な剣、槍、弓に斧。その種類にしたって様々だ。レイピアやバスタードソードみたいなのは勿論、ククリ刀みたいな奴や剣が『つか』の部分にまでついてるタイプのまである。

 呪いの武器はさすがに表には置いてない。て言うか昨日ここで斧買ったし。入口に入った途端店主がへコへコ頭を下げてきたのはそのせいだ。覚えられてしまった。


「…ヒカル、あの少年は?」


 こっちを振り向いたブックナーに気付いたらしいシュトーリアが聞いてくる。


「ブックナーって言う。二スタリアン戦士学校って知ってるか? そこの生徒なんだと」


「二スタリアン…? ニス…あの、最高峰のか!?

 この時期に出ているって事は、相当な腕利きだぞ?」


「すまん、何だか興奮してる所悪いんだが全然分からない。

 腕利き? だってあれ、ただの剣使いだろ? この辺傭兵が危ないから何だか放っておけなくてさ、」


「バカな…。

 良いかヒカル。二スタリアンは確かに貴族学校で、ほとんど箱庭暮らしだ。ほとんどが二男坊や三男坊だが…しかし、俗世から切り離して徹底的に真法騎士団やタンバニーク実践講師からの訓練をたたき込まれる、将兵養成所だと考えて良い。

 アストロニアのゼファンディア魔法学校…ギルドの依頼であったが覚えてるか? あそこは魔法の学校だが、実力は王宮魔術士予備軍。掃討依頼の時に一緒になったが、…また技術が進んだようだ。見たこともない技を使うぞ。大会では気をつけた方が良い。

 ともに学生大会というものがあって、そこで上位にならなければたとえ親の請願書があったとしても外出は許可されない。つまり街にいると言うことは、実力者でなくてはならない。

 そうでなければ――」


 俺の視線の先では、俺に言われてか、店主に自分の欲しい剣の容貌を伝えているブックナーの後ろ姿がある。貴族でしか入れない学校。それにしては随分と――1人だな。


「学校を抜けだしてきたのかな」


「あり得る。ヒカル、彼は何の武器も持ってなかったのか? そうでなければ傭兵に襲われる心配はない。ただの観光人として振る舞っていればいいのだから。

 しかしな……………あの雰囲気、どこかで――」


 シュトーリアは横目で俺を見て、またブックナーに戻しながら言う。


「俺が障壁で折ってしまったらしい。

 それになんだ、雰囲気? どっかの大会で手合わせしてるんじゃないか? 剣士だし」


 そういえば背中で何かが折れる音が聞こえた気がするのだ。


「なら、それから武器は買い足しはしなかったのか? 金はあるはずだろう」


「…確かに」


 四〇〇〇シシリーあると言っていたし、買い足しておけばあの傭兵狩りに引けを取ることもなかったはずなのに。


「ヒカル。お前は金回りがどうしても良いから言っておくが、四〇〇〇シシリーというのは大金だ。五〇〇〇が普通市民の六ヶ月の給料だと考えていい。

 金回りが良いのはあの子だって自覚しているはずだ。何より、戦士学校出で武器を失った後すぐに調達しないのは、あまりにも不自然すぎる」


「なるほどね。気をつけとく」


 たったった、と良い物を見つけたらしいブックナーが早足で近づいてくる。


「ヒカル兄さん、アレでお願いします」


「あいよ…いくら?」


「三六〇〇〇シシリーです」


「……………………おい」


「くっくっく、そういうことか…。

 確かに貴族の戦士たるもの、安物の剣で大会出場となれば家名に傷がつくだろうな」


 聞いてみればさっき安物の剣の所にいたのは、その安剣が目的ではなくその先にある壁に掛かってある剣が欲しかったらしい。ちなみにその炎の呪文を刻んだ剣が一八000シシリー。あろう事か二倍である。信じられない。

 奥で店主がにんまりしているように感じるが、多分気のせいじゃない。


「どうしました? 買ってくれるんですよね? さっきあれだけ――」


「あーあーあー! しぃーっ!! わかった、わかったから!!」


 シュトーリアが知ったらどんなに怒るか分かったもんでない。死体に礼をする奴だ、盗品を売り払ったなんて知ったらこの場で俺を張り倒してくるかも知れないし。返り討ちするけどきっと後味が悪いに決まってるのだ。 


「くっそ…ええい、シュトーリア、お前も何かほしいの選べ。負けないくらい高いので良い。その代わり大会であいつに負けたら許さないからな…!」


 目の前に女体があるという事実にもむらむらして仕方がない。

 大会が終わったら好き放題出来る。向こうから迫ってくるとかんがえれば…!

 我慢だっ、これは……………っ、一週間の我慢だ――っ…!


「ど、どうしたんだヒカル…、まぁ、そのなんだ、良いって言うなら選ぶが」


「いいから。俺の気が変わらないうちに早く」


 やり込められた感に舌打ちしながら笑顔の店主の元へ向かうのだった。







 「んじゃ、大会まで頑張れよ」


 俺の後ろでは装備を完了させているブックナーが鞘から素早く抜き差しをして感触を確かめている。両刃のバスタードタイプの銀剣で、柄に紫の宝石が埋め込まれてある。細身で、背丈に合わせてか短め。魔力を消費率を抑えるという特性を持つらしい。初めて見る能力だ。


「ああ、ヒカル。油断するなよ」


 魔法の刻まれた大型レイピアを選んだシュトーリアは、少々浮き足気味な顔で俺達に別れを告げた。早く使ってみたいに違いない。


「ふふ、シュトーリア。それで貸し一つな」


「え、えええええええええええええええええええええええええええ!!!???」


「タダより高い物はないんだよ」


 


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